前日譚 Edit

発生 Edit

気がついたら其処にいた
気がついたら其処にいて、月を見上げていた・・・
それより以前は無かった・・・不思議とそう確信できる
自分はその時生まれたのだ

血を飲まなければならない
そうしなければ生きてはいけない
血は力だ
血を飲めば何でもできる

日光は恐ろしい
光は避けねば生きてゆけない
夜は味方だ
月の元で生きるのだ

本能とでも言うべきか・・・ただそれだけは理解していた

研究 Edit

自分の力を知りたかった
だから研究する

身体を変容できる
狼は素早く力強い。片腕を切り離して狼にすれば、血を吸う間に面倒ごとは片がつく
蝙蝠は空高く飛ぶ事が出来る小さく多くに分けるか大きな一となるかも自在
霧へと変じれば物理的な障害など無きに等しい、ただ少し疲れる

仲間を増やせる
致死の域まで血を吸えば感染が起こり、そいつは従者になる
従者は自分と同じ・・だが少し弱い、そんな存在。力も技もどうやっても自分が上だ
血を吸った者には暗示をかけて支配ができる、支配にはけして逆らえない
支配は便利だ、相手の意向を無視できる

身体の事
従者からは多くの情報がもたらされた
自分の身体はとても冷たいらしい
自分の腕力は人間よりもずっと強いらしい
自分の再生力は人間よりもずっと高いらしい
鏡なる物に吸血鬼は映らないらしい

日光を浴びてはいけない
いくつかある本能的な恐怖の一つだ
支配した従者に日の下を歩かせてみた所、一瞬で燻り灰と化した
一度灰と化せば再生は出来ない、おそらく自分も同じなのだろう

十字架を見ると妙な吐き気に襲われた
とてもでは無いが長時間見る気にはなれない

人間の扱う金属の中には恐ろしい気配を放つ物がある
銀、というらしい
試しに銀の刃物で従者を切ってみたがその傷が再生する事は無かった
別の従者を斬りつけ、今度はその傷口を素手で抉った所、今度は再生した
これは対処法になるだろう

心臓を狙われる事は恐ろしかった
試しに従者の心臓に杭を打ってみたがたちまちの内に灰と化してしまった
だがこれで死ぬというのは他の生物にもいえる事だろう・・・


流れる水の上は歩けなかった
試しに川を歩いてみた所、立ちくらみと吐き気に襲われた
代わりに従者を進ませた所、半ばまで行った所で動く事が出来なくなった
結局日が昇るまで従者は其処に蹲っていた
別の従者を支配して命じた所、今度は川を渡りきれたが意識は無かった
結局その者が目覚める事は無かった
後で橋や船を使ったり蝙蝠に変じて上空を飛行したが
その場合は特に影響は無かった

発見 Edit

ある程度研究は進み、自分の事がわかってきた
仲間も存分に増え安定して血液が提供されるようになると色々な事が億劫になってきた
要するに飽きたのだ、代わり映えのない日常に、危機の無い毎日に

戯れで従者の内、選りすぐりの者達の支配を解いてみた
皆血相を変えて襲い掛かってきたが危機は感じなかった、
ただ選りすぐりの者だっただけに失うのは少々勿体無かった

人間に自分の正体を広く公開してみた
今度は少し面白かった、あの手この手で自分を殺そうとしてくる・・・
人間は非力だが知恵が回る・・・良い危機感だ
でも結局最後に生き残るのは自分で・・従者が以前より増える結果となった

試しに吸血を絶ってみた
中々の危うさを感じた
何せそうしている時にも多くの人間や従者が命を狙っているのだ
ギリギリの攻防を制し、相手を組み伏せ。その報酬として血をすする
驚いた事に・・・勝利の美酒は震えるほどに甘美な味だった


そう味だ
今まで生きる為に力をつける為に浴びる程飲んでいた血液だが・・
血には人それぞれに違う味があった
甘い者、酸味の強い者、苦味のある者、薫り高いもの、舌触りのよい者・・・
一度気づけば探求の炎は再び燃え上がった

潜入 Edit

人の世に紛れ人間の観察に腐心した
味を分ける差はなんなのか、どうすればより甘美な血液と出会えるのか・・・
家系か?食べる物か?健康の具合か?性格か?関わった人の数か?純潔さか?
徹底的に調べては味を見比べる日が続く

見て聞いて、読んで話して、時には交わって、人間という者を知っていく
手段が目的と化し・・段々とそれが楽しくなってくると
今までの自分の生活が余りに色あせて見えた

気がつくと人の世に入り浸り、根城へ戻る事は少なくなっていた

変容 Edit

何度か家族が出来て、愛し愛される喜びを知った

愛される中で自分の正体を明かし、避けられる寂しさを知った

逆に受け入れられる温かさを知った

種の違いから来る迫害や人の世の理不尽に怒りを知った

力では解決できない社会に無力感を知った

子を為せぬ苦しみを知った

愛はそれらを乗り越える力があると知った

養子や夫と死に別れる悲しさを知った

親しき者達から置いていかれる疎外感を知った

この悲しみを他の者に感じさせてはならないと義務感を知った

一つ線を引いて尚、かかわり続けたいと思うほどに人の世は楽しかった

時に置き去りにされながらも幾つもの家族を経て、吸血鬼は変わった

変わった目で、ふと後ろを振り返った


従者達がいた・・・自分が吸血し、支配した者達が
吸血鬼は初めて従者に恐怖を覚えた
初めて罪の意識を感じた
初めて逃げ出した

以来娼婦に身をやつしている


Last-modified: 2012-10-14 Sun 06:20:30 JST (4183d)