・(自分を抱いて眠る客の肩越しに、月を仰ぐ) (今日は特に寒いせいか月がとてもはっきり綺麗に見えた) (窓の外は凍りつきそうなほどだけれど、娼館の中の自室……名前もまだろくに覚えてない客の腕の中はもう少し暖かい) ……こんだけ寒いんなら、雪の一つでも降ればいいのにねぇ。つまらない。 (呟いても、客は目を覚まさない。苦笑して、瞳を閉じる) (あまり客がいる時は眠らないのだけど…………なんだか眠い……)
(……気がつけばベッドの上) (娼館の自室ではない。どこかの家だろうか。木造で古めかしい天井が見えた) (すぐ横にはベランダへいける窓があって、月が見える…さっき自分が見ていた月と同じ……) ……あれ?(自分の手を見る。なんだか違和感がある、自分の声にすら) あたし、私は……。んー?……なんだっけ?なんか夢見ていたのに忘れてしまったのよ。 いい夢だったか、悪い夢だったすらわからないわ。なんだか損した気分……。 ……ああ、でも未来の貴方に会っていた様な気がするの。 (ベッドの隣で椅子に座ってこちらを見ている金髪の男に話しかける。傷だらけで、柄の悪そうな大男) (話す女の微笑みは弱々しく。シーツの上におかれた手は紙のように白い) (喋るのも彼女にとって力がいるのか、時々途切れさせながら言葉を繋ぐ) (……誰が見ても「もう長くはない」、そう思うだろう彼女はそれでも、金色の瞳に強い命の輝きを宿していた) もっと髪がぼさぼさになっててね、傷もいっぱい増えてて…でもとってもかっこよかった。ふふっ。 髪伸ばすのもいいかもしれないね?ワイルドで素敵よ? あ、でも、私がもういないからって……ひげ剃るの不精したら駄目よ、カテン。 -- ・ン。起きたか? ヴィヴィ。 (椅子に座って、無骨な手で花瓶の手入れをしていた男。そばには濡れた手ぬぐいがある) (妻の体を拭くためだ。今、彼女は自分一人で身づくろいにさえままならないほどの状態にあった) (そんな様子に表情を曇らせることもなく、一つ足りないピアス以外は生前のものと何ら変わりない風貌で笑う) あンま長話しないほうがいいぞ、もう夜も遅いからな。大丈夫、どれだけ小さくてもお前の声は聞こえるよ。 (椅子に座り直り、顔を近づけ耳元で囁く。紫色の髪を掌が撫でた) 未来のオレ……か。は、そりゃもしかすると、アイツらとの約束を果たした後のオレなのかもな。 髪ねェ……ならお前くらい伸ばしてみるか? 鬱陶しくて切っちまうかもな。 ハハ……ま、そうだな。オレ、こう見えてもカミソリ負けしやすくてよ。どうしてもメンドいし。 ま、覚えとくよ。ほかならぬヴィヴィの頼みだ、大丈夫。心配ないぜ? (囁いて、額に口付けた。……唇から伝わるのは、どうしようもないほどの体温の低さ) (けれど男は表情を曇らせはしない。いつもどおりに笑って、いつもどおりに触れ合う。そういう性格だから) 腹でも減ったか? 果物持ってきてやろうか、たしかこないだもらった林檎がまだ残ってるしよ。 -- カテン? ・ふぅ…なんだか今日は冷えるね…カテンの手、あったかい…あいかわらずおっきい手。ふふ。 平気…今日は気分がいいの。カテンが眠くなかったら、お話に付き合って? 夢の貴方を思い出したいの。きっと貴方の言う通りあの子達を助けに行ったカテンだわ。 髪は背中に届くくらいで、一つにしばっててね、痛みきってたけど、それがまた素敵。 無精ひげもあったわ。でも私あれあんまり好きじゃないなーだって頬擦りすると痛いじゃない? どんな魔物にも、神様と呼ばれた存在にさえ負けない貴方が、剃刀には負けちゃうってなんか可愛いから、許したくなっちゃうけど。 (髪を撫でる手に頬擦りをして話し続ける) (他愛のない話だけれど、思いつくことは何でも話しておきたかった) (キスだって、もっといっぱいしたい。でも、もう自分は起き上がることができないから、彼にしてもらうだけ) (眠ったらきっともう…貴方に会えないだろうから) (その前に沢山、想いを伝えておきたいの) 林檎はいいや。おなかいっぱいなの。薔薇のジャムなら少し食べたかったけど…ほら、こないだカテンに教えて作ったやつ。 でもあれ昨日使い切っちゃったしね…えへへ、残念。 (もう手の力も租借する力も弱くて、上手く食べることができない。恥ずかしいからそうやって避ける) (死の床にあっても夫の前では綺麗でいたかったから……体の世話をしてくれている彼にはわかってしまうだろうけど) (そうやって今までずっといつも通りおたがい振舞ってきた) (彼と旅を続けるために自分を時の止まった存在にと魔術をかけた体が、 次元を超える度にどこかおかしくなっていく事に気づいたのはいつだったか) (隠し通して、けれどついに限界が来て倒れ、そのままその世界にとどまれば彼と永久に一緒にいられた) (でも女はそれを選ばなかった。未来の約束のために、彼は英霊になるためにもっと強くならなくてはいけなかったから) (その足を止めさせるということは、彼に約束を破らせ、古い友人達を死に追いやる事と同じ……) (…………そんな事を、「ヴィヴィアン」が許すわけがなかった) (体が動く限り彼と共に次元を廻り………………そして今、最期の夜。多分、夜明けまでもたない) (やぁね、自分が死ぬのってなんとなくわかるって聞いてたけど、ちょっと残酷だわ) (声もうまく出ない。カテンに近づいてもらわなきゃ、届かないなんて…言い訳に悩むわ)
前はよくベッドの中で夜明けまでお話してたよね?だから今日も夜明けまで付き合って頂戴な。 ねえ抱っこして、カテン。今日は寒いわ…雪でも降るのかしらね?さっきまで綺麗だった月が翳り始めてる……。 (そう言って、小さな声が不自然にならないように、抱っこをねだる) -- ヴィヴィ ・そうだなァ、もう冬めいてきてるからな。明日からは毛布出しておくか。 (温もりを伝えるように、髪を、頬を、額を撫ぜてやる) (そのたびに伝わる。生命そのもの、物質化しづらいものが、失われつつあるのが) (生命の原動力、プラーナを操る自分だからこそわかる。もはやヴィヴィアンという存在は、生きてはいけないのだ) (その時は近づいている。いや、目の前だといっていいだろう。すでにゴールラインを超えている可能性すら) (それでなお、こうしてヴィヴィアンがいることは、ひとえに彼女の心の力故に他ならない) (辛いだろう。苦しいだろう。何度となき死を迎えた自分だからこそ、その気持ちはよく分かる) (……残される側に回ることは、そう多くない。こちらの世界に来てからは、回数も増えたが) (愛する人がいなくなること。それはおそらく、初めてだった) (こうしてその時が迫ってみると、不思議と心が落ち着いているものだ、と男は内心述懐した) (そばにいられるからだろうか。ヴィヴィアンは一秒一秒を懸命に生きて、自分とともにあろうとしている) (それを嘆くことは、ヴィヴィアンの意志を否定することだ。だから、彼女の思うままに付き合うべきだと、判断したのだろう) (他愛もないことをぺちゃくちゃと―――もっとも、現実はぽつりぽつりとだが―――話す妻の姿に、笑みがほころぶ) いい加減頬ずりする癖、直せっての。ワイルドなンだろ? オレもひげ、伸ばしてみっかな。 (未来の話。二人では迎えられない時間の話。今だけ、この瞬間だけ共有できる、ありえない世界の話) (乾いていく唇を潤すように、くちづけて、にこりと笑った) ン……そっか。残しといたほうがよかったなァ、でもアレヴィヴィの手製だけあって、めちゃくちゃ美味くてよ。 今度またやってみるべ。オレもけっこう自炊とかできるからよ? ほら、お前が居候してた頃は、よくオレが用意してたろ。 (強がりとも見えるその思いやりを、「それでいい」とばかりに、話に同調してあげて) (事実どれだけ衰えていたとしても、気高く在ろうとする姿。それそのものが美しい、男はそう感じている) (いつもどおりの会話。姿も変わらず―――もっとも、男の場合は魔術でもなんでもない、いわば魂の力だ―――、声も変わらず) (ヴィヴィアンだけは衰え、ずれ、きしみ……それを教えられたときも、激昂するのではなくただ抱きしめた) (そして、付きあわせた。ただ一度の約束を果たす、それを目指して。いや、ヴィヴィアンがそうあることを選んだ) (男が自らの意思で英霊となることを選んだように。その隣りにいるべき女性もまた、己の意志で死を選んだのだ) (だから否定すべくもなかった。永遠の停滞よりも、たとえ破滅であれ前に進むべき道を、歩く) (たとえ時間を止めたとしても。その姿はまさしく人間で、だからこそ、男にとって愛すべき伴侶足り得た) (……その強がりのツケが、いま来ていた。代償を支払うべく、死神はすぐそこまで迫っている) (追い払うべくもない。もう十分、時間は過ごした。せめてその幕切れは満足たるものであるように) (切なる純なる、けれど傲慢で貪欲で醜く、だからこそ美しい祈りのため、二人は語らっていた) ふ、ったくいつまっでも甘えンぼうだよな……はいはい、わったよ。オレがあっためてやる。 (シーツごと妻を抱き上げて、二人くるまるようにして。きゅう、と、せめてその体だけは強く抱きしめた) ……大丈夫、聞こえてるよ。たとえ声が出なくなっても、大丈夫だ。お前が伝えようとしてくれる限り、オレは絶対聞いてやる。 離したりしねェさ。安心しろ、……怖くないぞ、心配するな。……な? (そよそよと。髪をなで、さかんにキスをおくって、労るように。お世辞だとか、取り繕う言葉ではない) (真に思いやるゆえに。心配ないよ、と、幼子に語るように、その言葉はどこまでも純粋で、暖かかった) -- カテン? ・(……明日) (彼ももうわかっているのに、目の前の妻が明日の朝日を見ることはない事を。だけど、明日の話) (それが嬉しくて…………同じくらい悲しかった)
(……言ってもいいのに、置いていくなと。泣いたっていいのに) (英霊になる事、それは……貴方をまた終わりのない戦いに独りで向かわせる事) (それを止める事ができたのはきっと私だけだったのに……) (約束なんか忘れて、孤児を引き取って幸せに……そんな未来も選択できた) (時を止めたせいか、…それとも夫の子殺しの罪の呪いか、魔女はついに子供を授かることは無く) (二人を自分の子供のように思っていたから余計に、見捨てることを許せなかった) (そして彼と離れて生きることもまた同じくらい嫌だったのだ)
(……考えてみたらなんてわがまま) (初めて会った時からずっと、わがままを言ってばかりだったな…どんなわがままも貴方は「嫌だ」とは言わなかった) (駄目と言う事はあっても、感情で、気持ちで拒絶をすることはずっとなかった) (……ああ、一度だけあったな) (「初めて」の夜) (唇が触れる。優しく。その時に思い出して、くすっと笑う) ……ふふ、なんだか昔の事思い出しちゃった。頬擦りも恥ずかしかった頃よ。 いいじゃない頬擦りくらい。あ、でもお髭ちゃんと伸ばしたらそれはそれで新感触かしら……興味はあるわね。 (本気なのか、冗談なのか。そんな事を口にしながら彼に抱きしめてもらう) (不自然に息が切れる。喋りすぎたかな。全然足りないのにな。まだ雑談しかしてないじゃないのにな) (でも、こうやって抱いてもらえば、声も小さくてすむし、寒くなくなる。さっきから小さな震えが止まらないの) 寒いから、私があっためてあげるのよ?お嫁さんゆたんぽなの。 (抱き返す腕は弱い、ただ服に指をひっかけてるだけで精一杯だ) (二人がヴィヴィアンの「死」を意識したときからずっと毎日を噛み締めるように生きてきた) (幸せだった。初めてであった時、あの試験の一年みたいに毎日が大切で) (今、愛する人を失う時ですら、彼の優しさに包まれて、私はなんて幸せなんだろう) (望むだけ、キスしてもらって、望むだけ触れてもらって) 怖くないわ、カテンがいるもの…幸せよ、私。こんな、死ぬときまで幸せでいいのかしらね…? (ずっと二人が避けてきた「死」という言葉をその時初めて口にした) もういいの。こんな時まで強くなくても、いいのよ。カテン。 この死は、私のわがままなの。約束を破ることも、貴方と離れることも嫌がった私のわがまま。 だから…わがままな私を責めたって、いいの。 (抱き返していた手を彼の頬へ伸ばす。ゆっくり、ゆっくり……ひんやりとした手が彼の頬に触れた) ……覚えてる?初めての夜の事…こんな寒い日だったよね。 雪のクリスマス…私は今と同じ姿で、貴方の前にいた……。 (途切れる言葉も、弱々しい息も、もう隠さない) ……ああ、雪よ。綺麗ねカテン…貴方のいた世界の、白拍子が舞う様ね…。 (寄り添って彼と見る窓には雪なんて降っていない。青い月が静かに輝く) (だけど、彼女の目には……窓の外に、真っ白な雪。それは桜にも見えて、眩しそうに瞳を細める) -- ヴィヴィ ・(それは虚栄だろうか) (否である) (それは御為ごかしだろうか) (否である) (たとえヴィヴィアン・ナイトウェストが死したとしても) (たとえその肉体が冷たい屍に変わっても) (妻は) (愛した女性はともにある) (その魂は永遠に自らのそれとともにある(My spirit will go on)と、誓ったから) ……あぁ、オレも思い出してたよ。 懐かしいな……お前がオレのところにいきなり転がりこンできて。 イケメンがどうとか、監禁がどうとか言ってよ。 何度けっぽりだしても人の部屋に入りこンで、ベッドにまで潜りこンできて……。 で、そうだ。花見行ったりさァ。海ではしゃいだり、色々あったよな。 いつのまにか、お前のこと好きになって。 お前も、オレのことを信じてくれて。 色々あったけど……全部、楽しかったよ。 (抱きしめた。消えそうになった息を、大気ごと腕に繋ぎ止めるように) (足りない。ずっと永遠に。けれどそれは叶わない。その終焉を一秒でも伸ばすように) (ヴィヴィアンの望みはカテンの望みで。それを毎日、いつ終わりが来てもいいように、繋いできた) (それが今、終わろうとしている) (終えてもいいと、妻は言う) (静かに、首を横に振った) わがままなのはオレのほうだよ、ヴィヴィ。 お前と一緒に逝ったりもせずに、これから一人で歩ンでいく。 生徒の、そいつの大切なヤツとの約束を守るために、さ。 だから、責めるとか、苛むとか、いいンだ。 (頬に触れる手に、手を重ねた。笑って、泣きそうになって、結局笑った) 覚えてるに決まってンだろ……クリスマスはいつも波乱万丈だもンな。 大人になって出てきてさ、シンデレラみてェに0時になって魔法切れて……。 嗚呼。 そうだ、こうやって、雪が降ってたっけか。 オレがオレを超えて、お前を愛するって、誓った時と。 同じだな。 (窓を見る。雪は降っていなかった。けれど、見える。見えるとも、そう思って、抱きしめる) なァ、ヴィヴィ。 ……ヴィヴィ、なァ……聞こえるか? ヴィヴィ……。 (何度も、名前を呼ぶ) (消えてしまうその瞬間まで、何度も、何度も) (そうしてやがて、くちづけて、撫でて、いたわって、温めて) (抱きしめて) (強く) (強く抱きしめて) (肩を震わせて) (けれど笑って) (言った) …………愛してるぜ、ヴィヴィ。 どれだけ時が経っても。 どんなことがあっても。 おれがどうなったとしても。 お前は……お前だけが。 おれの、大切な人だ。 ……ありがとよ。ずっと、一緒にいてくれて。 これからも、ずっと一緒にいてくれて。 ずっと一緒だ。ずーっと、な……。 (こぼれ落ちる涙を隠しもせず、けれど満面に笑って) (最後の口づけを、返した) -- カテン? ・(心は遠く、少女だった過去へ) (側にいるだけでどうしょうもなく楽しくて) (好きで、好きになってほしくて一生懸命だったあの頃) 桜舞い散る中で、貴方に抱かれて……そう、夢で貴方に好きと言ったの…。 夏の陽射しの中で、貴方にキスをねだって…花火の中やっとキスしてもらえて。 ……ああ、そうよ、あの時貴方に好きだと言ってもらえて、どんなに嬉しかったか。 気が遠くなるほど長い長い人生、人の何倍もの時間を生きてきた貴方の最後の時間を、 貴方は私にくれると言ってくれた……。 風の吹き抜ける川原で、貴方の涙を見たこともあったね…? 私は貴方を抱きしめる事ができる幸せをあの時知ったの……。 (……一つずつ、一つずつ、思い出をたどる) (出逢った最初の一年を、二人でもう一度歩いていく) あれから長い時間がたったけれど、カテンの笑顔は変わらないね。 自信あって、かっこよくて…ちょっとだけ、子供っぽいのよ。 (もう、上手く手を上げていられない。彼に手を重ねてもらってやっと、頬に触れていられる) (泣きそうな顔で笑う彼の胸元で、自分が贈った青い魔法石が光った) ……これも、クリスマスの時にプレゼントしたものよね…私の世界の、海の魔法石……。 大好きなカテンの瞳の青い色。貴方の炎と同じ色…。 (囁きながら、魔法石に口付ける。どうか、どうか、この人を守ってと、想いを込めて) (……そして) (……一年は巡り、桜の季節を迎える) (試験終了、最後の日) (最後の瞬間まで、いつものようになるべく過ごそうとして……そう、今みたいに) ……ふふ、あの時とも同じね。貴方の膝の上で、抱きしめてもらって…他愛の無い話をして……。 私達はいつも、あの一年をたどっていた気がするわ……あの愛しい一年…を……。 (言葉が自然に途切れた) (……息が上手くできないのに、苦しくも無くて、変ね) (貴方の言葉も聞こえているのに、声が出ないのよ) (人形のように微笑を浮かべながら、彼の声を聞く。夢を見ているような気持ちで) (唇が触れる感覚は、まだ、わかる。……それがとても幸せ) (愛してる) (カテンが囁いた言葉) (ああ、なんて素敵な響きなんだろう……) (まだほんの15歳の少女が恋焦がれた、たった一言の貴方の言葉) (ぽたぽたと、春の雨のように暖かい涙が、頬に降り注ぐ) (そういえば、試験最後の日も、カテンは泣いてたね) (私が我慢してるって言うのに、泣いちゃって) (駄目な人ね) (やっぱり私が側にいないと駄目なんだわ) (なんて、思ったり……ふふ、思い出すとちょっと恥ずかしい) (大丈夫よ、側にいるわ。私が死んでも、私は貴方を守る) (貴方を愛したあの人と同じように……) (だから泣かないで) (幸せなのよ、私) (唇が重なって…離れる。もう手を頬に伸ばすこともできない。ただ、彼の涙で濡れた頬に、頬擦りをした) (そして内緒話をするような小さな声で、彼の耳元で囁く) ……カテン。私、側でね、待ってる……から。 英霊になって、永久に戦いを続けることになっても…… 貴方がきっと、そこを乗り越え、また私を抱きしめてくれるって……信じてる…… 私の最後のわがまま…聞いて……いいでしょう? (耳をくすぐるように、くすっと笑う) (それはあの時、少女が異世界へ帰る時によく似ていて………………) 愛してるわ………私の…… … (……青年が、何か返事をする前に……彼女の体から力が抜けた) (眠るように、微笑を浮かべたまま) -- ヴィヴィ ・(そうして、少女は、愛した伴侶は、妻は、息を引き取った) (青く輝く魔法石を、二人の愛の絆たるペンダントを胸に、男は涙を流し続け) (……やがて、一人旅立った) (それから男は、いくつもの世界をめぐり、その都度戦場に現れた) (あるときは流浪の戦士。あるときはひとりきりの軍隊。あるときは謎の槍兵として) (その戦いは語り伝えられたものもあれば、吟遊詩人の一節にさえ現れないものもある) (たとえば"錆びつかせるもの"ムルトゥアとの戦い) (たとえば<魂が消えた都市>での丁々発止) (たとえば「夏の女王」ティアンドラを前とした決闘) (たとえば《光り輝く都市》シラノール・オストを救う冒険) (たとえば……) (………) (……) (…) (男は) (戦って) (戦って) (戦って) (……戦い続けて。) (虐げられるものを背に) (悪逆なるものを前に) (信頼出来る仲間を隣に) (輝く空を頭上に) (変動する大地を足元に) (無数の世界をめぐり) (無窮の戦場を渡り) (無限の敵を倒し) (無敵の友を守り) (戦ってきた) |
| (やがて、男を呼ぶ名がいくつも生まれた) (《蒼炎の英雄(スペルスカード)》) (《魔女なき蒼き騎士(イモータル・ブルー・ナイト)》) (《隻眼にして不具の槍兵(ヴィジョナリィ)》) (《因果の糸を担うもの(ストリング・スティング)》) (《決戦存在》、《希望の星》、《永遠の王》、《光の刃》……) (あるものは男を英雄(ヒーロー)と呼んだ) (あるものは男を寄る辺なき放浪者(フォーセイクン)と呼んだ) (あるものは永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)と呼んだ) (だが、男は英雄ではない。放浪者だが、その心は常に一つどころから離れない) (男の永遠を保証するものはなく、ただ一秒を生き続ける戦士である) (その旅路の先にあるものは千辛万苦であり、たどった道は精思苦到) (けれど男は歩みを止めない。たとえ己を取り巻くものが天歩艱難であれ、止まらない) (旅路の終焉はすでに約束された場所だから。そこを目指すための歩みを、けして止めはしなかった) (幾多の友が去っていった。数多の仲間が逝った) (いつしか男の名前を覚えている者もいなくなり、人ならざるものへと昇華され) (定命の存在(モータル)をやめ、英霊(イモータル)となってなお、男は歩み続ける) (寂しい? 寂しいとも) (悲しい? 悲しいとも) (苦しい? 苦しいとも) (だが、嗚呼、だからこそ!) (愛する人はともにある。約束は胸にある。自分が自分であるべき理由はそこにある) (だから)
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(男はいつも、笑っていた) -- |
(空が白み) (夢は終わる) (それは青い月が見せた夢) (呪印を通じて、聖杯が見せた過去) (客の男の腕の中で、目を覚ます) (カーテンが開けっ放しだったせいで朝日がまぶしい) (なぜか驚いた顔をしている男に首をかしげる……明るい所で見たら好みじゃなかったとか?そんな事を思って) (けれど怖い夢でも見たのかと聞かれて、頭を撫でられた) …ちょっと何?!…子供じゃないんだから私…… あ、れ…… (……そこで初めて気づく) (……自分の頬を伝っている涙に) (気づいたら涙はもっと溢れてきて、止まらなくなって) (名前もわからない男の腕の中で泣きじゃくるしかなかった) (ヴィヴィアンの最期の言葉が耳から離れない) (……伝え切れなかった、最期の言葉) (あたしは知ってる。なんて言おうとしたのか、知っている……) (彼女の中で、見ていたのだから) 「愛してるわ………私のカテン」 「一緒に行きましょう。約束の…懐かしい未来へ………」 (……そうして、時は廻る。約束の過去へと) -- キリル |