Q.桜桃は?
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- (狭い部屋の中、唯一チェルニーの髪が…蛍火のように淡い燐光を放っている) -- チェルニー?
- (光源は壁に寄り掛かったまま座り込んでいて…だらりと両足を伸ばしたまま)
(ぼんやり虚空を見ていて…まるで死んだように、微塵も動かない) -- チェルニー?
- (実際死んでいるようなものだった) -- チェルニー?
- (借り物の『脚』を失って、幾月経っただろうか?)
(時間の感覚は色褪せて、全くわからない)
(……もしかしたらほんの何日か前か、或るいは何年も過ぎたのか) -- チェルニー?
- (仮初めとはいえ、一時得ていた自由をなくすのは酷く堪えるもので)
(狂惜しいまでにチェルニーは渇望していた) -- チェルニー?
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- (先行偵察と索敵後、更には誘導を終えたネフィリムが帰投し、収容されたのが先刻)
フェーニクスっての動きよかったねー。この前の…クレオパトラ、だっけ?
あれも凄かったけどさー…
(操縦槽から上気した顔で引き上げられたチェルニーは濡れ鼠のような有様だ)
(試験機体というのもあってバイアフ内部の居住性は二の次で、快適には程遠く)
(戦闘時の超過機動ともなれば高温となり、さながら蒸し風呂状態)
(…搭乗時の装束が裸体同然なのもこの為だった) -- チェルニー?
- えー…ほうこくしょー?書かなきゃ、ダメ?
(チェルニーとしてはバイアフを扱う仕事は好きだが)
……はぁ、だめか……
(諦めて取り組むが…この手の仕事はどうにも好きになれないのだ)
今月は飛行種を一、その前は獣型を一と人型を一にー… -- チェルニー?
- すももっくす! --
- …なーに笑ってるんだ?
けど、うまいよな!すもも! -- チェルニー?
- 桜桃は 応答せよ --
- (諱称で呼び掛けられれば軽い調子は変わらぬものの)
…ん、あーい。此方《ネフィリム》…視界・音声共に明瞭。
しっかり聞こえてるよー、っと! -- チェルニー?
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- がらすのひつぎ
- 「…それで、あの子の様子はその後どうかね?」
- 《衰弱の傾向は見られますが殆ど変わらずです》
《…とはいえ、この一年近く飲まず食わずですから》
- 「常人であれば餓死だろうが、あの子の場合は生粋の妖精属と遜色ない域だからね…」
- 《……。ですが、やはり強化兵の生物的なアプローチは限界があるかと。》
《チェルニーのような…肉体的な欠陥は妖性を生物に落とし込む際の無理の現れですし》
《何より精神面がバイア騎士には不適格かと…》
- 「報告書の件、か……妖性の高さはバイアフとの高同調を示し、機体性能を発揮できる反面…」
「非戦闘的な気質が目立ち、命の駆け引きや極限のやりとりにおいては後手に回りやすい」
- 《はい。操者としての高適性個体が優れた騎士にはならない…という趣旨でしたが》
《薬物投与などで副次的な性格矯正はある程度不可能でないのは第十三次計画で実証済みですが…》
- 「妖性の高さの為に既存のモノでは効きが悪く、調整にも現状では限界がある…のだったね?」
- 《純血化のプランでの展望はかなり難しいかと……加えて外的妖素追加の計画が勢い付いていますし》
- 「…ともあれ、当面は現状維持だろう。遅れていた試験機も到着するから…キミはこのまま継続してくれ。」
「軌道修正は新機種のデータを取ってからでもいい……幸いにも派生のが進行できそうであるし、ね?」
- 《了解です……派生の計画、ですか?》
- 「バイアフの主幹を掌るバイアサイト、その根本は死んだ妖精……妖精の死とは、石と化すことだ。」
「斜紋石化した妖精はバイアを発する事を止め、内に込め溜め込む……それは感情の喪失に他ならない。」
「これまで適正を高める為、根源である妖精に近いモノを作ろうと…我々はあれやこれや手を尽くし、一定の成果を得た。」
「では次のアプローチは?」
「バイアサイトを我々に近づける事だ……出力不足な既存の人造品よりも質を高め、人に隷属させる。」
「その為の素材があの子だ……だから上等な石の棺を作ってあげねばね?」
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「桜桃の」ネフィリム |
ブルッフザール帝国のバイアフ。
外見的には丸々と重厚な上体に比べて脚部はか細く、 非常に不安定な印象を与えるが、独自の姿勢制御に成功した機体。
さながらメトロノームのように振れながらも倒れずに進む光景は異様。
「不倒の」ネフィリムと別諱でも知られているのはこの為である。
実験機という特性上、装備も簡易で……帝国バイアフにありがちだが 余計な機構を廃した、実質非武装型というのも特徴か。 ……その分、純然な構造強度は高いのだが。
頑強な手甲に覆われた巨腕を振り子のように揺り動かしながら 勢いの乗った拳を叩き込む物理打撃戦法は単純ながらも強烈。 | |
黄金暦254年5月、粘形敵性体(ウーズ級)と交戦……大破
同戦域にて僚機がネフィリム搭載の純正バイアサイト『巡礼者(ピルグリム)』を回収。
同刻、機密処置完了を確認した。
- かわいそうなぞう
- 「ごめんね、ネフィリム……」
- 粘形の敵性体に機体の下部を包まれ、溶解はされなかったものの…脚部がそのまま圧砕された
- 行動不能に陥ったバイアフの末路は幾つかあるが、
搭乗者が健在な場合に多く採られるのは機密保持の為の自壊処置だ。
- 不意に機体がだらりと、自らの重みに耐えかねて脱力したようになる
……主幹バイアサイトとの同調解除により各部挙動を制御する収縮植物繊維が一斉に死に絶えて、
急速に朽ち枯れ出したからだ。
- 壊死した組織とは対照的に、各部に埋設されていた人工バイアサイトは急激に熱を帯び……発火。
枯れた繊維を伝って隅々に燃え広がり、爆炎を上げた。
- 機体を包み込んでいた異形もまた炎に呑まれ、苦悶を現すように形が揺らぐ。
……半刻ばかり過ぎて。火はいまだ立ち上ってはいたが、黒く焦げた異臭の物体。
業火によって魔性共々完全に物言わぬ異形の像と化した。
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- あしながおじさん
- 『…君にはバイアフを駆る適性があるようだ。』
- 『君自身の、その足では地を這うのが精々だろうに……実に面白いと思わないか。』
- 『…さて、本題だ。我々は不自由な君に然るべき立場を、地位を与えよう。』
- 『望むのならば代わりの《脚》も用意しよう。』
- 『自由を得る君が払う対価は…責務を全うする事だ。』
- 『我々と共に歩む意思があるか、聞かせてくれ。』