WaG/0002
- 黄金歴433年10月 --
- ベルトランは
風の強い 邪教の神を祭る寺院において
多少の傷を負いながらも
致死の術を操るゴブリンの呪術師と その護衛 99 体を倒しました! --
- ぬるいぬるいぬるい! 生っちょろいぞ陰気なゴブリンの輩ども!
ガッハッハッハッハ! 前哨戦は快勝快勝! 火酒が美味い! -- ベルトラン
- 黄金歴433年11月 --
- ベルトランは
小雨に煙る 巨大な吊り橋において
多少の傷を負いながらも
超巨大戦車を1輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと周辺にいたゴブリン 合計 65 体を倒しました! --
- 甘い甘い甘い! 渡河、渡橋、隘路なら棺桶も同然! 機動兵器を潰すにはこの手に限る! -- ベルトラン
- ↑↑↑ここまで前哨戦↑↑↑ --
- ↓↓↓ここから本戦↓↓↓ --
- 黄金歴433年12月 --
- ベルトランは
紅い雨の降る 何処までも続く河原において
多少の傷を負いながらも
物音を立てず奇襲してきたゴブリンの軽装歩兵 64 体を倒しました! --
- (鎧を濡らす紅い雨。最後のゴブリンを仕留めたところで槌を置き、全身から地面へと紅い水が伝う)
(それは小鬼の返り血か、己の血か。判別できぬほど辺りを覆う、深紅の中で、青い瞳の輝きが瞬いた) 軽い軽い軽い! 小物相手ばかりで骨が無いわ! だっはっはっはっはっは! ……さて。ひよっこどもは無事生き残っとるかな? -- ベルトラン
- 黄金歴434年1月 --
- ベルトランは
雹が叩き付ける 住民の居なくなった街において
多少の傷を負いながらも
戦槌や斧、無骨な刀剣で武装したゴブリンの歩兵 57 体を倒しました! --
- 黄金歴434年2月 --
- ベルトランは
深い霧に包まれた 大樹の陰で
多少の傷を負いながらも
魔狼に跨り、長槍や弓で武装したゴブリンの騎兵 68 体を倒しました! --
- ふっはっはっはっはっはっは!
遠近の軽騎兵を投入してきたのは及第点だが、遮蔽の多い場所、況して視界の利かん状況ではな! (幾つか鎧の合間に突き刺さった矢を引き抜きながら、矢先を舐めてペッと吐き出す) 毒も無しとは舐められたもんだな、だっはっはっはっはっはっは! -- ベルトラン
- 黄金歴434年3月 --
- ベルトランは
雲ひとつない青空の 何処までも続く河原において
多少の傷を負いながらも
身体が痺れ、涙が止まらなくなる白煙を吐く 多脚戦車を3輌大破させ、搭乗していたゴブリンと 周辺にいたゴブリン合計82体を倒しました! --
- がっはっはっはっはっはっは!
新型を投入してきたか! だが碌な武装を積んでおらんようだな! それに『下』への備えも足らんと見える! (幸いなことに砲の類は積んでいない支援型だったようだ) (まき散らす白煙は水面に潜ってやり過ごし、手早く多脚の下……構造上脆い部分を徹底的に痛めつけて片づける) ちっ……他と組まれると厄介なもん投入してきやがったな。 が、早速コルネリスに手土産が出来たなガッハッハッハ! 鹵獲は無理だったが、残った車体と部品でデータは取れるだろ! -- ベルトラン
- 黄金歴434年4月 --
- ベルトランは
雲ひとつない青空の 街道で 襲われていた隊商を護衛しながら
かすり傷を負った程度で
どれだけ深手を負っても一切ひるまず 突撃してくるゴブリンの狂戦士 61 体を倒しました! --
- ふっはっはっは! 中々気骨のある奴らだが、身体の骨が追いついておらんぞ!
(殺到してくるゴブリンの狂戦士たち。相対する隻眼の戦士が振るう戦槌は暴風の如し) (凄まじい勢いで吹き荒れる嵐は、ゴブリンの足を、あるいは腰部を、あるいは頭部を一撃のもとに粉砕し、瞬時に行動不能に追い込む) ぬるいぬるいぬるい! 小兵ばかりが数を頼みに押し寄せたところで、何するものぞ!
……ふん。奴ら一端に此方の兵站を狙ってきたか (静かに言い捨てて、眉間の皺を深くする) -- ベルトラン
- 黄金歴434年5月 --
- ベルトランは
漆黒の闇に包まれた 奪われた砦に乗り込み
多少の傷を負いながらも
超巨大戦車を1輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと周辺にいたゴブリン 合計94体を倒しました! --
- (夜襲、奇襲、火付けの類は長年の戦で幾度となく繰り広げてきた。状況が許せば寡戦においてこれ以上効果的な戦術はない)
(この小鬼戦争でもそれは変わることなく、隻眼の男は開戦から6か月余り、会戦を避けて夜討ち朝駆けを旨としていた) (砦外の幕舎に放火をし、慌てて消火に明け暮れるゴブリンの目を盗んで砦内に忍び込むと、敵襲に備えて搭乗をはじめていた戦車を発見する) (周囲に転がっている松明を失敬し、油を染み込ませた布と一緒に、戦車の搭乗口目掛けて投げ込む) (それからは一方的な殺戮が続いた。機外に飛び出してくるゴブリンたちを片っ端からメイスで叩き殺し、無力化した戦車や砦の中に次々と火を付けていく) ぬっはっはっはっは! まだまだ夜襲への備えが足らんな小鬼ども! いくら堅牢な戦車でも動き出す前であれば、張りぼて同然! ……ふむ。小規模な砦なら問題はない、か。くっはっは! 重要拠点以外への守りが分散してきたな! -- ベルトラン
- 黄金歴434年6月 --
- ベルトランは
黒い雪が舞う 灯の消えた工場にて
かすり傷を負った程度で
毒矢や爆裂する筒付きの矢をつがえた ゴブリンの弓兵 65 体を倒しました! --
- 黄金歴434年7月 --
- ベルトランは
薄闇の中 野戦病院の近くで
かすり傷を負った程度で
どれだけ深手を負っても一切ひるまず 突撃してくるゴブリンの狂戦士 57 体を倒しました! --
- 黄金歴434年8月 --
- ベルトランは
紅い雨の降る 切り出した石で組まれた古代の遺跡において
多少の傷を負いながらも
水をかけても消えない炎を浴びせてくる 多脚戦車を1輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと周辺にいたゴブリン 合計81 体を倒しました! --
- 黄金歴434年9月 --
- ベルトランは
不穏な曇り空の 丘陵に囲まれた平野において
多少の傷を負いながらも
超巨大戦車を1輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと周辺にいたゴブリン 合計51体を倒しました! --
- ↑↑↑ここまでハードコア↑↑↑ --
- ↓↓↓ここからエクストリーム↓↓↓ --
- 黄金歴434年11月 --
- ベルトランは
しんしんと雪の積もる 瓦礫の山と化した旧市街で
かすり傷を負った程度で
巨大戦車を3輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと 周辺にいたゴブリン合計 87 体を倒しました! --
- 黄金歴434年12月 --
- ベルトランは
雹が叩き付ける 船上で
致命傷を負い、戦闘終了後に行方知れずになってしまいましたが
異世界から来たと思しきゴブリンの軍師とその護衛 136 体を倒しました! --
- 結氷した川に船がある。要領を得ない斥候の報告に、ベルトランは馬を走らせ件の場所へと赴いた。
「ほぉ。船を橋と砦にしたか」 川幅の狭い河川にて鎮座している木造船。周辺の地形を鑑みれば、流れぬ川に浮かぶ船の意図はすぐさま読み取れた。 夜闇に紛れて隻眼の男は不敵に笑う。 周辺の気配を探り、船上の様子を伺えば、軽装のゴブリンが10匹ほど。 中々面白い発想をしている。だが木造船を使ったのは早計だったな。 「さて、燃やすか」 果たして早計だったのはどちらか。程なくして老兵は思い知ることとなる。 -- ベルトラン
- 僅かな月明かりとランプの光の中。船上では斧の刃が乱れ飛ぶ。
単身で船に乗り込んだベルトランは、歩哨や物見と思しきゴブリン達を片っ端から斧で叩き殺していく。 たまさか打ち捨てられた船を再利用しようとしただけか、と守りの薄さを予断に変えて、横たわる死体を横目にお目当てのものを探し出す。 「ランプがあるなら火種と油はあるな。現地調達でさっさと終わらせるとするか」 吊り下げ式のランプを手に、船倉へと歩を進める。 僅かな光が照らされる中、唐突に音もなく現れた殺気へ瞬間的に身体は反応した。 「ふっはっは! 殺気を抑えて潜んでいたか! 我慢強い小鬼もいたもんだ!」 薄闇の中、振るわれた銀閃を斧の刃先で叩き落す。小ぶりのナイフを両手に持ったゴブリンが、続けざまに刃を振るってくる。 一合、二合と切り結ぶ間、拭いきれぬ違和感が隻眼の胸中に湧いてくる。向かって右から攻め立ててくる様を見て確信に至る。 ──明らかに死角を狙ってきたな。 狭い船倉の中、存分に得物を振るえぬ隻眼の男に、小回りの利く二本の短刀でゴブリンは鋭い刺突を繰り出してくる。 「だが軽い! 軽いぞ軽いぞ!」 向かい来る刃をものともせず、脚甲を纏った丸太のような足が、ゴブリンの体に突き刺さる。 船倉の扉をぶち破って、甲板へと転がっていくゴブリンを、隻眼の傭兵は鼻で笑って悠々と歩を進めていった。 -- ベルトラン
- コイツはなんだ? 小知恵の利く類も居るには居るが、ゴブリンの近接戦闘は獣性に任せるが主ではなかったか。
殺気を殺し、地の利を活かし、対者の死角を突く。戦いの術理まで持ち合わせているゴブリンなど今までにいたか? 未知の相手を前に、慎重に止めを刺そうとゆっくり足を進めるベルトランの耳に、複数の足音と金属音が舞い込んでくる。 「なるほど。橋でもなく砦でもなく、殺し間だったか。ふっはは。味な真似を」 一体どこから現れたのか。船倉を出たベルトランは、周囲をぐるりとゴブリンの集団に囲まれていた。 冗談めかして笑いながら、抜け目なくゴブリンたちの得物や様子を伺う。 取り回しの良い小剣を帯びた者が多数、中距離で囲いを形成するいくつかは槍持ち、ご丁寧に帆柱の上では弓で狙いを定めている者も居る。 宵闇に浮かぶ小鬼たちの紅い眼光は、敵意と殺意、そして僅かばかりの理性の光を帯びて、隻眼の男に注がれている。 「か弱い人間相手に用意周到なこって。魔獣狩りでもしようってのか?」 -- ベルトラン
- なぜ仕掛けてこない? 何が狙いだ?
一向に仕掛けてこないゴブリンたちを前にして、隻眼は忙しなく動き、脳髄に駆け巡る思考は目まぐるしく不可解な状況を紐解こうとする。 『地獄の戦鬼、ベルトラン・ドードレームに問う』 しゃがれた声に問われ、驚きに目を見開く。呼びかけられたことにではない。 周囲にゴブリンしか居ない中、こちらに通じる言葉で語りかけられたが故の驚きであった。 声の主を探ると、ゴブリンたちの集団の後方で、月明かりに照らされた中空が捻じれる様にして開かれていく。 凝縮された深い闇の霧が蠢き、霞の様に霧散していくと、そこには一匹のゴブリンが佇んでいた。 漆黒のローブを身に纏い、革張りの本を手に携えている姿は、学者か高僧を思わせるような風情が薫り立っている。 「交易共通語を使えるとは話が早い! いやぁ降参しようって考えてたとこなんだわ!」 コイツがこの集団の『頭』か? 身隠しか、空間に干渉する類の魔術を使うか? 戯言としか思えぬ言葉を吐きながら、頭の奥では慎重に戦力分析を推し進める。とはいえ、状況次第ではその戯言も辞さぬ構えである。 『騎士道とはかけ離れた戦の術理を用いながら、言葉も通じぬと目する相手に名乗りを上げる非合理は何故か?』 -- ベルトラン
- 知りたがりか。コイツはいい。ベルトランは内心でしめしめと笑みを深くする。
姿を現したがゆえにか、先ほどよりもゴブリンが口にする交易共通語の響きが、明瞭さを増していた。 「そりゃお前さんのような者がいるから名を売っといたんだ」 『……交渉か。命の代わりに何を差し出す? 貴様の力か?』 おまけに頭の回転まで悪くないときた! 内心で小躍りしながら、ニヤリと笑う。 「そいつは難しいな。向こう一年は王女殿下との契約が残ってる。戦に勝たせるって契約なんでな。手も抜けんわ、だっはっは!」 『再度問う。命の代わりに何を差し出す?』 「お前さんたち、戦争の落しどころは考えているのか? まさか人類全体を相手取って戦い続けられるとは本気で思っておるまい?」 『再度問う。命の代わりに何を差し出す?』 「どうもお前さん方と交渉しようと考えている輩は少なくてな。血の気が多くて参っちまうわな。いざって時に敵方に話が通じる奴が居ると、後々効いてくるもんだぞ?」 『再度問う。命の代わりに何を差し出す?』 再三に渡って同じ言葉を繰り返すゴブリンに、やれやれと溜息をついて頭を掻く。 言外に「お前たちはいずれ戦争に負ける」と示しても、些かも崩れる向きは無く、極めて冷静な知の光を瞳に宿していた。 なるほどなるほど。相手に流されず、都合の良い問いにのみ応えるのが、こいつの交渉か。 「何が欲しいんだ? お前さん方の流儀もあるんだろ?」 『命の次に大事なものを差し出せ。ベルトラン・ドードレーム、貴様は何を差し出す?』 命の次に大事なもの。問われればすぐに頭に思い浮かび、次いで胸の奥に燻る様な疼きが生まれた。 「すまんが、それは誰かに差し出せるようなもんじゃないんだわ」 『理の全ては魂に息づくものではない。貴様の戦の理、詳らかにして記す。差し出せ』 「おっとインテリは早合点でいけねぇな。俺が命の次に大事にしているのは商売道具じゃねぇさ」 『戦の術理より価値ありしものか。それは何か?』 -- ベルトラン
- 「Serment」
端的に答えて脳裏に過るのは遠い記憶。勝気な女が不敵に笑っていた。 『誓い?』 言葉を操るゴブリンは、その怪訝さまでも見事に発音で表し、手元の本の頁をいくつか手繰る。 『ベルトラン・ドードレーム。傭兵にとって契約は絶対である。これは是か?』 「少なくとも俺にとっちゃ是だな」 『重ねて問う。貴様の誓いは、その契約をも超えるものである。これは是か?』 「……是だ」 本に目を落していたゴブリンが静かに笑ったように見えた。 言葉を弄し、腹芸を用いることはあっても、嘘は吐かない。 僅かばかりの遣り取りで、種族も異なる敵同士ながら、二人の間では奇妙な共感が生まれていた。 なるほど。このゴブリンは良く人を見ている。機微を読み取る洞察力といい、小洒落た用兵といい、さながら軍師といったところか。 どこか通じ合うものを感じたベルトラン。そうであるならば次にゴブリンの軍師が語る言葉も予想が付いていた。 『なれば、ベルトラン・ドードレーム。我と皇帝に不戦と忠義の誓いを立てよ』 そらきた。しかも『ゴブリンに』ではなく、『我と皇帝に』ときたもんだ。ゴブリンの世界まで政治の綱引きとはな。 頭の中では冷静に思考を続けながらも、どこか他人事のように考えは上滑りしていた。 真実、隻眼の男に芽生えていたのは、胃の腑が煮えるような心中の滾りであった。 -- ベルトラン
- 「断る」
言葉少なに切って捨てた響きが、12月の冷厳なる空気を更に凍てつかせた。 ゴブリンの軍師が逡巡し、次を切り出そうとした時には、既にベルトランが動いていた。 「交渉決裂だ! ふっはっはっはっはっはっは!」 破砕音が鳴り響いた。戦斧を手にした隻眼の男の一撃が、甲板を叩き割って木片を散らしていた。 胸の内から湧き出でて総身を駆け巡る激情が、大人一人はゆうに通れる穴を甲板に穿っていた。 突然の出来事に動きを止めていたゴブリンの軍師は、瞬時に冷静さを取り戻し、身振り手振りと鳴き声で配下の兵に合図を送る。 号令の下で動き出したゴブリンたちが目にしたのは、すっと船倉に入っていくベルトランの影であった。 警戒しながら船倉へと歩を進めていくゴブリンの先頭が、のたうち回って切り刻まれた喉を抑えている。 狭い船倉の入り口から垣間見えた光景に、思わずゴブリンたちは息を飲んだ。 手早く火付けの油を発見したのか、船倉の一角では割れたランプの周囲で火の手が上がり始めている。 先ほどまで豪気に笑っていた男は、兜の面頬を下ろして腰に佩いていた長剣を抜き放ち、踊る火の粉の直中に立っている。 厚い面頬に阻まれて、その顔色は伺い知ることは出来なかったが、男の体からは炎のように噴き出る怒気が滲みだしていた。
──俺が誓いを立てる主は、後にも先にも一人だけ。新たな誓いで汚そうとする輩は、誰であってもタダではおかぬ。
殺し間となるはずの戦場が、本当の戦鬼を目撃するのは、まだこれからのことだった。 -- ベルトラン
- 朝になってもベルトランは戻らなかった。彼に船の件を報告した斥候は、何人かを集めて再度船上の様子を見にいった。
凍てつくような空気の中でも、噎せ返る様な血臭が混じっていた。 朝靄の漂う船上は酷い有様だった。そこかしこにゴブリンの死体と破壊の残滓が広がっていた。所々に火で焼け付いたような跡も目に付く。 ゴブリンたちが手にしていた武具が、放たれた矢が、墓標の様に甲板の上を転がっていた。 異様な事といえば、船上を幾つもの氷の塊が転がっていることである。中には杭の様に鋭い氷の槍が血に濡れて、甲板に突き刺さっているものもあった。 よくよく船の周囲を見てみると、結氷していた川の氷が削り取られ、水面が顔を出している箇所が複数点在していた。 残る氷と水面の狭間では、漆黒のローブが朝の風にはためいていた。 激戦の名残を伺わせる船上に、斥侯たちはいつまでたっても目当ての人物を見つけることはできなかった。 隻眼の男の形跡を残すのは、甲板に突き立てられた戦斧と、留め具が外れあちこちがひしゃげているプレートメイルだけであった。
黄金歴434年12月。隻眼の老兵は行方知れずのまま戻らず、その年は暮れていった。 --
- 黄金歴435年1月 --
- ──マルグリット。俺たちは無敵のデュオだ。お前が描いた絵図を形にしていくだけで、面白いようにピタリと嵌っていく。
──何言ってるのベルトラン。幾ら手足の役割でも、頭と口はもう少し使うものよ。勘所だけで動かれちゃ堪ったものじゃないわ。 小領地に似つかわしくない戦略と戦術を乗せて、周辺領地と鎬を削る遣り取りは、まさに得意の絶頂だった。 理詰めの筋道をすっ飛ばして事を行う男に、体系だった軍略と理を教え込む女の横顔は常に激していた。 青の瞳を鋭く光らせ、華やかな金髪を揺らしながら、桜に色づいた唇を忙しなく躍らせる。 言い争いともじゃれ合いともつかぬ、論戦の果てにはいつも、勝気な女が不敵な笑みを形作っていた。 -- ベルトラン
- 目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。
寝ぼけ眼の頭には過去の夢が急速に遠くなり、全身からじゅくじゅくと痛みを告げる感覚で、また命を拾ったのだと悟る。 さて、どうしてこうなったか? 直近の記憶を探り当てれば、打ち付ける雹の中で巧みに偽装された氷の槍が己の体を貫く情景であった。 止めの一撃であった。四肢を貫かれ、身体中が骨折と出血の痛みで悲鳴を上げていた。 留め具ごと吹っ飛ばされた鎧の傍らに、ゴブリンの軍師が立っていた。周囲には未だゴブリンの護衛達が健在であった。 勝利を確信したゴブリンの軍師が、こちらに何かを問いかけてきたが内容は覚えてなどいなかった。 動くための体と心の力。その両方が尽きかけようとした時、己の首に吊り下げた指輪とロケットペンダントが、視界で揺れていた。 自然と口元に笑みが蘇った。驚くほど体が軽かった。迂闊に近づいたゴブリンの軍師をその手に捉えて駆けだす。 護衛達が軍師に当たることを恐れ、逡巡している僅かな間、氷の抉られた水面に飛び込んだ。 落ちていくさなか、軍師の首をへし折って「あばよ」と結んでいたのが、最後の記憶だった。 -- ベルトラン
- ベルトランが意識を取り戻すと、そこは川の下流の寒村だった。
手厚く看護をしてくれた老夫婦から、いかに介抱が難儀であったことや、この村の苦境について、たっぷりと時間を掛けて聞かされた。 年の暮れに戦線の一部となっていた村は、戦車の侵攻を防ぐため、周囲に塹壕を巡らして簡易な砦を形成していた。 正規軍は善戦していたが、多脚戦車の投入により形勢は一変し、正規軍は村を捨てて退却していった。 幸いなことに攻めてきたゴブリンたちは、退却した正規軍の追撃に向かった為、一時的に難を逃れることは出来た。 しかし、追撃を終えたゴブリンたちが、いつまたこの村に押し寄せてくるか分からない。 村を捨てて出ようにも、根深い雪に阻まれて、ゴブリンたちが陣を張っている街道筋を避けるには、命がけの山越えを行うしかない。 若い者や男たちはとうに戦に出ていて、この寂れた村には体力の劣る老人か女子供しかいない、怯えて助けか春を待つしかない。 僅かばかり残されていた軍の備蓄の中から、糧食と葡萄酒を平らげながら、ベルトランは豪気に笑った。 なぁに戦車なんて軽いもんさ。無敵のデュオにお任せあれだ。 首から提げた指輪とロケットペンダントを掌中に収め、隻眼の男は口の端を不敵な形に吊り上げた。 -- ベルトラン
- 残る物資をあるだけ搔き集め、可能な限りの備えを施し、ベルトランは敵の襲来を待った。
本調子とは程遠く、具足の類も使い慣れた鎖帷子と、サイズの合わぬ鎧を無理やり継ぎ接ぎした不格好さ。 不安を隠せない村人たちを横目に、捨てられていった武具を手にした隻眼の男は、常に余裕の笑みを浮かべていた。 3輌の多脚戦車を先駆けて襲来してきた小鬼の群れ。隠れ潜んで様子を見ていた老兵は、勝利を半ば確信していた。 戦車以外は小兵ばかり。兵の居ないうらびれた村と侮ったが、貴様らの命脈尽きる所以よ。 仕掛けた罠は単純だった。敵の侵攻が予測できる線上の塹壕をより深く掘る。その上を布などで覆い雪で隠す。 ただそれだけの仕掛けであった。 いくつかの隠れた塹壕の一つに潜んでいた隻眼の男は、程なくして2輌の多脚戦車の足が雪の中に埋没していくのを目に捉える。 あとは電光石火の仕事だった。塹壕を巧みに利用して健在であった残り1輌に忍び寄り、砲塔に向けて油壷を投げ込んだ。 火を使うタイプで助かったな。ガスの方じゃこうはいかん。 内心でほくそ笑みながら、足を取られて身動きを止めている2輌にも同様の事を繰り返す。 「さぁてゴブリンの諸君! 遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我が名はベルトラン・ドードレーム! 地獄の淵より蘇りし戦鬼が、貴様らを黄泉路に引き摺り落とすべく参上だ!」 官給品の斧と槌を手に、白い雪上へ怒号を響き渡らせる。地鳴りに似た咆哮を轟かせ、隻眼の男は塹壕に消えたようだった。 再び姿を現した時、男はゴブリンの血飛沫の中に立っていた。 目まぐるしく現れては消え、戦車を叩き壊し、小鬼たちを砕いて弾けさせる。 どちらが鬼か分かったものではない。隠れ見ていた村の者たちは、息を呑んで戦鬼の蹂躙を見守っていた。 -- ベルトラン
- ベルトランは
しんしんと雪の積もる 見渡す限りの塹壕地帯において
かすり傷を負った程度で
水をかけても消えない炎を浴びせてくる 多脚戦車を3輌大破させ、 搭乗していたゴブリンと周辺にいたゴブリン 合計83 体を倒しました! --
- 黄金歴435年2月 --
- ベルトランは
雲の隙間から陽の光が降り注ぐ 巨大な橋において
激戦の末、戦死したとの報告があがっており、 以下の戦果は正確ではないかもしれませんが
捕虜を盾に矢を射かけてくるゴブリンの奇兵 63 体を倒しました! --
- 侵攻線の限られた橋で矢を射かける。これは戦の常道だ。やれやれゴブリン側も中々分かっている。
捕虜を盾にする。ルールに縛られた人間同士の戦場であれば、これほど道から外れた行いもない。 決まりごとに何かと煩い騎士道はもとより、ルール無用の傭兵同士とて、滅多に取る様な手段ではない。 「お前ら捕虜の扱い方が分かっておらんようだな! 身代金を踏んだくったところで使い道も思い浮かばんか!」 盾に使えばどうなるか。二度とその気が起きん様にたっぷりと教育してやる。 鋼鉄製の大楯を構えて独り進軍する隻眼の男は、いつになく身体の熱と重さを感じていた。 凍傷の余波も消えず、腐り落ちた箇所を見て、やれやれ癒し手が減ると敵わんな、と従軍司祭のことが頭を掠めた。 これ以上、リーゼルに負担を掛けるわけにもいくまいと、意地を張っていたのが裏目に出たか。 或いは、それ以外の何かを感じ取っていたか。最近とみに昔のことを思い出すのは何かの予兆だったか。 -- ベルトラン
- 迂回して奇襲しようにも他に道は無し。遠距離から仕留めようにも捕虜の命は保証できない。
捕まった間抜けが悪いんだ、と若い頃なら見捨てることも出来ただろう。 精彩を欠く頭の巡りに呼応するかのように、手足の動きも鈍い。 重装の戦士の足取りを止めようと矢襖が降り注ぎ、歩兵たちも得物を手に斬りかかってくる。 ゆっくりと歩を進め、矢もゴブリンも薙ぎ払っている内に、盾にされた捕虜の前までたどり着く。 傍らのゴブリンを肉塊に変え、捕らわれた捕虜の縛めを解く間にも、矢は遠慮呵責なく降り注ぐ。 弧を描いて降り注ぐ矢の雨を横切るように、鋭く一直線に飛来する弩の矢も少なくない。 捕虜を弓矢の及ばぬ物陰に隠すと、いよいよ大立ち回りの始まりだった。 鎧の隙間から鎖帷子を貫いて、幾つもの矢が突き刺さる戦鬼は、凄絶に笑った。 -- ベルトラン
- ........................................................................................................... --
- 断章 --
- 黄金歴434年11月 --
- 休戦期は敵の大軍勢の到来により終わりを告げた。敵の頭目と目される『皇帝』を擁した敵主力は大軍の威容をこれでもかと見せつけていた。
対峙する人類軍も総力戦の構えである。休戦期に拡充を終えた全軍を以て、小鬼の主力を迎撃せんと陣容を展開していた。 --
- 人類軍の主力が展開する最右翼。
そこから幾分の隔たりを経て、陣が張られた幕舎の前にて、隻眼の男の声が響き渡る。 「別命あるまで待機! 以上が王女殿下の命令だ!」 お得意の馬鹿でかい声で、陣に集った兵たちに下知を伝える。 その手に持った羊皮紙は、誰しも王女殿下の命令書と疑わなかったが、実際は何も書かれていない白紙であった。 『手が回らん。重装騎兵は貴様が使ってみせろ』 戦を前にしたディートリンデの言葉は実に端的だった。 休戦期の補充により、特別遊撃隊の兵力は加増され、その中でも重装騎兵の数は200騎余り。 具足や馬は無論の事、時には小姓すらも自弁で用立てねばならぬ重装騎兵は、国外の傭兵ともなるとその数は少ない。 必然、重装騎兵の者たちは半分以上がグロム王国の兵で占められていた。 主力の第一軍団や第二軍団ではなく、特別遊撃部隊に編入してくるような者たちは、なかんずく王女殿下への忠誠心が篤い。 外様の傭兵風情の言葉よりも、忠義を掲げる王女殿下の言葉であれば、致し方なしと納得もさせやすい。 「閣下。良く通るお声でしたね」 「何の役分も権限も無い傭兵に閣下は止せと言っとるだろうが」 それは失礼、と王軍の連絡役を兼ねる司書官が表情も変えずに、何も書かれていない羊皮紙をくるくると丸める。 まだ年若い司書官の女は、開戦時から頻繁に地図や報告書の類を陳情してくるベルトランとは顔馴染みであった。 役職も権限もないと言う割に、遠慮呵責もなく王国司書官を使い倒しているのはどういう腹積もりなのか。 などと、当初は腹に据えかねる部分もあったが、なんやかんやと今では軽口を叩き合う程度の仲である。 ここ一年で隻眼の傭兵の考えも掴めてきたのか、白紙の命令書で王女殿下の言葉を騙るのも、黙認していた。 「それで閣下。ディードリンデ様からは実際どのようなご命令があったのですか?」 「だから閣下は止めろ」 駒を片手に地図を広げて思案顔している将軍気取りはどこの誰なのか。 そうした意を軽口に変えて訊ねる司書官に、隻眼の男は鷹揚にぼりぼりと頭を掻いている。 「いつも通り好きなようにやれってよ。右翼の隅っこで助かったわな」 「中央の布陣から大きく離れていますが、それが良いのですか?」 「この会戦は負けるからな」 --
- 会戦に負ける。
隻眼の傭兵はさらりと言ってのけた。 その口調は重くも軽くもなく、ただ当たり前の事を述べるように告げていた。 流石に平素は鉄面皮の司書官も、動揺で表情が僅かに乱れた。 「負ける、とは……」 「王女殿下の見立てでもある。この会戦は負けをどこまで抑えるか、帳尻合わせになるだろうな」 「なぜ、負けると……」 「休戦前でも押し切れなかったのに、相も変わらず何の工夫も無い中央に寄せた布陣。かたやゴブリンは休戦前の会戦より総数は上だろう。後詰もどれほどいるか予測がつかん。兵力差は以前より不利なのは間違いない」 政治的にも戦略的にも負けをなぞっている。これでは幾ら戦術を練ろうと数の差に飲み込まれる。消耗戦をして終わり。例え五分のつぶし合いをしても、長期的に見りゃ負けに数えられる。 つらつらと自説を述べる傭兵に対して、司書官は言いようのない反発を覚えた。 まるで他人事のように、自分の国じゃないからって。 下っ端であっても王国付きの司書官である。愛国心は人並み程度に持ち合わせている。その自負が挑戦的に言葉を後押しした。 「では閣下なら、どうやれば勝てるかもお分かりなのでしょう?」 「この会戦にか? うーん……」 問われた隻眼の男は腕組みをして地図を眺めている。 負ける負けると講釈を垂れるなら酒場の酔客でも出来ること。勝ち筋を示せなければ繰り言に過ぎない。 答えが無ければどう嫌味をくれてやろうかと秘書官が腹の奥を滾らせていると、ベルトランはずいっと腕を差し出してくる。 「司書官。もっとでかい地図は無いか? この周辺ではなく、隣国まで見れるような縮尺の地図」 「え、それは、ありますけど」 司書官が幕舎の中から言われるがままに目当ての地図を持ってくると、受け取った男は新たな地図を広げて眉根を寄せている。 --
- ──マルグリットならどう考えるか?
戦術面での行き詰まりを感じた時。あるいは戦術を超えた戦略や政治を考える時。 ベルトランが思うのは己に軍略を叩きこんだ、妻の思考法であった。 なぜ戦域から遠く離れた地形まで見ているのか、と司書官が疑問に思い始めた矢先、沈黙が快哉の声で撃ち破られた。 「……くっはっはっは! 見つけた! これだ!」 隻眼の男が地図上で指を指している。そこは会戦の場所はおろか、最終防衛線と目されている要塞よりも遠く離れた地点であった。 「これは王城の付近では?」 「そうだ。全軍ここまで退く」 「え、会戦は行わないんですか?」 「やるわけないだろ。負けるんだから」 司書官の頭は混乱した。会戦場所を近郊に移すというなら分かる。或いは要塞まで退いて周辺で迎え撃つ、というのならば頷ける余地はある。 「ですが、ここは要塞から遥かに後退した地点で、ここまで全軍を後退させればゴブリンは更にグロムに侵攻し、王城も目の前で……」 「もちろん、ここに退くまで砦や村の物資は全部引き揚げてから焼く。要塞も吹っ飛ばして平地にしとかんといかんな」 「そんなことをすればグロムの国土の八割方を放棄することになります。ゴブリンの領地が増えるだけではなく、隣国の国境線まで突破され……」 あっ、と司書官が声を無くす。常識的に考えてあり得ないほどの戦線の後退。それが齎すものが何であるか、おぼろげな輪郭が浮かび上がってきた。 --
- 「この戦争はな、領地の取り合いじゃねぇんだわ。こっちとしちゃゴブリンの継戦能力を奪えりゃ勝ち。ゴブリン側は良く狙いが分かんねぇけど、グロムを倒しても終わることはねぇんだわな」
不敵に笑いながらベルトランは地図上を大きな楕円で囲っていく。 それはグロムの王城を中心とした土地を示していた。国土は半分を割り、円の外側には隣国の国境線も見えている。 「全軍はこのラインまで退く。今までよりも厚く防衛線が敷ける。防衛線の外にある国境線は放置する。で、今まで高見の見物してた奴らにも働いてもらわんとな、ふっはっは!」 「わざとゴブリンを他国に侵攻させて、周辺諸国を無理やり戦争に引っ張り出すんですか……!」 「ご明察! グロムの方は浸透してくるゴブリンを奥深くに引き付ける。道中で徴収や略奪も出来んとくれば、冬の行軍で分断と疲弊が起こり、守るも容易だ。あとは人類軍の数が膨れ上がるのを待って一気に叩いてまわるだけだな」 これが人的被害も少なく短期的に戦争を終わらせるに確実な手だ。 そう結んだ隻眼の傭兵に対して、司書官は唇を戦慄かせた。 「ですが、こんなことをすれば……」 「グロムの威信は地に堕ちるだろうな」 グロム王国は古来より北の魔族領と接する人類守護の砦でもある。 戦争に勝つためとはいえ、その役目を半ば放棄し、周辺諸国を危険に曝すとあれば、対外的な信用失墜は避けられない。 「だいたい他の国の連中はな、兵は大して出さずに他人事って顔してやがる。グロムが落ちれば次は自国という危機感が足りん。盆暗どもの目を覚ましてやるには荒療治が必要だ」 「……確かにそうかもしれません。ですが」 戦後のグロムはどうなるというのか? 焦土と化した土地を復興させるには莫大な人員と資金を要する。 他国の支援が無くば立ち行かなくなるのではないか? もしそうだとすれば、一番犠牲になるのは……。 「だがグロムの民草が泣くことになる。地方の小さな領地ならともかく、王国でこの手は取れんわな!」 やはり俺に戦略を飛び越えた政治は難しい。マルグリットのようにはいかないな。 ベルトランは内心の自嘲を吹き飛ばすように馬鹿笑いを立てていた。 「ま、どうせこの会戦は止められんのだ。ならば少しでも勝ちに持っていけるようにやるだけさ」 「結局、閣下にはこの会戦の勝ち筋が見つからなかったのですね」 「そういうこった。まいっちまうな、だっはっはっはっは! あと閣下と呼ぶな」 あとは臨機応変にやるだけよ、と豪気に笑う隻眼につられ、司書官の口元にも微かな笑みが浮かんでいた。 --
- 「まだ戦線には参加しないおつもりなのか!」
ついに両軍の激突がはじまり、中央の布陣では鬨の声が激しく上がる中。 未だ静観を貫く特別遊撃部隊・重装騎兵の陣では、兵の昂ぶりが弾けていた。 面罵の響きを浴びせられる隻眼の男は、騎上からゆっくりと陣中にたなびく旗を指さした。 第一王女の徴でもある血を思わせる深紅の薔薇と金の縁取りが、冬空の下で悠然とはためいている。 「死なずの薔薇は動かず。機を待つべしと」 ただそれだけで兵の怒気が萎んでゆく。それでもひりついた戦場の空気は収まることをしらない。 人類軍とゴブリン本隊の激突を横合いから俯瞰できる丘の上。 既に200の重装騎兵は全員騎乗を終え、今や突撃を待つだけの恰好であった。 大分旗色が悪いな。 敵の本隊に猛然と雪崩を打ったグロムの第一軍団と第二軍団は、勢いに乗じて敵を喰らっていたがそれも最先のこと。 突出した二つの布陣は、やがて山のような小鬼たちの大軍に飲み込まれてゆき、じわじわと数の波に包囲されつつあった。 馬鹿が。面を突き破る突破力が無ければ、ただ寡兵として呑まれてゆくだけだ。 冷静に戦況を捉える隻眼も、その腹の中では苛立ちがふつふつと湧いていた。 決してグロムは弱兵ではない。だがそれはゴブリンも同じくだ。 質の違いはあれど、互いに精強ならば、あとは用兵で差が出るのみ。 血気にはやる先鋒の突撃で、続く二陣、三陣との足並みが揃えられなければ、勇壮な進軍も無策の果てに転じる。 戦況は既に負け戦の顔を覗かせていた。王女殿下の麾下のみで行われた戦評定と違わぬ結果が見え始めていた。 王族が戦下手なのは問題にならない。その下にある元帥や上級大将達が手綱を握れば良いだけの話である。 が、ここでも政治の綱引きが垣間見えていた。緻密な戦術や戦略が、政治の駆け引きで分断される。 精強な軍隊が負け戦に転じるのは、往々にしてこうした事態が裏に潜んでいる。 数多の戦場で出くわした光景に、辟易といった様子で隻眼が嘆息すれば、司書官は不安に塗れた目をしていた。 --
- 「おう、司書官。そろそろお役御免だ。後方に引き上げ時だぞ」
次々と早馬でもたらされる伝令の文を検めては、然るべき相手にその文を託す。 そうした司書官の仕事も、いざ兵たちが戦線に投入されれば後は伝令に後事を任せて、後方へと帰還する。 この陣幕でも司書官の果たす務めは終わりを迎えようとしていた。 「閣下はどうされるおつもりですか? まさかこのまま撤退を」 「その先は言うな司書官。あと閣下は止めろ」 無謀な突撃や乱戦で麾下の兵力を無駄に減らすことは許されない。奇襲を掛けるにも大軍相手では効果が薄い。 ゴブリンの本隊は正面に展開する戦力だけでも、3〜4万はくだらない。 その後方に控える『皇帝』の陣容では更なる大軍が後詰として備えられているのは想像に難くない。 かたやディートリンデが温存している特別遊撃部隊は、加増を含めても千は超えるが2千には届かぬ兵数である。 グロム側でも一騎当千の選りすぐりであるが、10倍以上の兵数と正面からぶつかれば大損害は免れない。 もとよりディートリンデの考えは『皇帝』の首を取ってゴブリン側の支配と継戦能力を瓦解させることが狙いである。 『皇帝』を引きずり出すために、一か八か野戦で死力を削るのは余りにリスクの大きい賭けだといえた。 であるならば、次の戦に備えて特別遊撃部隊は矛を交えず撤退するのも悪くない判断であった。 しかし隻眼の男は時宜を過たずに待ち構えていた。 「このままやられっぱなしでいられるか? 王女殿下が許すまいよ」 況や麾下にある特別遊撃部隊の面々もである。あの血気盛んな奴らが、ゴブリンたちの蹂躙を前に大人しくしている筈が無い。 なればこそ。若い者たちだけを死線に残し、老いぼれが安全策でおめおめと生き延びたとあっては、もはや恥知らずをも超える所業である。 「第一軍団と第二軍団が撤退を始めています。このままでは……」 いずれこちらにもゴブリンが殺到してくるのでは? と司書官の不安と怖れが顔の険しさに現れ出た時。 隻眼の男は戦場を見て不敵に笑った。その手はずいっと司書官に向けて差し出されている。 「最後の仕事だ。王女殿下の命令書を」 敵軍の綻びが見えた。 白紙の命令書を手に、隻眼の老兵は不敵な笑みを更に深くした。 --
- 「さぁて方々! 準備は宜しいか! 機はとうとう訪れたぞ!」
ベルトランが馬上から響かせる声に、陣幕に居並ぶ人達の耳目が集中した。 「慈悲深い第一王子と第二王子は、中央に布陣した兵たちだけではなく、我々特別遊撃部隊にも手柄を残しておいで下すった! 流石の采配よな!」 傭兵流の言い回しで口角を上げていたのは、同じく国外から集った傭兵たちだけであった。 今やグロムの第一軍団と第二軍団は総崩れであった。次々と潰走してゆく友軍を尻目に、残された中央の布陣が我先にと撤退に及ぶ。 もはや会戦は追撃戦の様相を呈していた。友軍の惨状を目に、グロム出身の重装騎兵たちは憤懣たる激情を腹に溜め込んでいた。 剣呑な空気を嗅ぎ付けた隻眼は、先ほど司書官から渡された羊皮紙をこれ見よがしに広げて言葉を続ける。 「ディートリンデ第一王女からの檄文である! 精強なるグロム王国軍の諸君に告ぐ! 我らグロムの民と地を犯し、蹂躙せしめる悪鬼どもに、裁きの鉄槌を下す時が来た!」 第一王女の名が出れば陣の空気が色を変える。居並ぶ騎兵たちがその佇まいを正し、一言一句も聞き逃すまいと身じろぎもしない。 すまんな王女殿下。今日ばかりはあんたを存分に使わせてもらうぞ。 悪びれもせずに王女殿下の檄文を装って、隻眼の男は白紙の命令書を手に、大声で空気を震わせる。 「我ら敗れる時がくれば、その背に負うグロムの民たちが悪鬼どもの魔手に曝されよう! グロムのみならず隣国、周辺諸国にまで悪鬼どもは凌辱の手を伸ばすこととなる!」 さらに陣の空気が色合いを変える。他国から来た傭兵達にも、グロム出身者達の熱が伝播するかのように、並々ならぬ意気が充満しはじめていた。 「グロムの民ならず、我々は人類守護の砦! 世界の守り手たる諸君は、己の故郷のため、翻っては自身とその家族のために、命を燃やし尽くす奮戦すべし!」 いくら大義と美辞麗句で飾ったとしても、結局のところ人は己のためにしか戦えない。 自身と、自身が大事に思う何か。それを守るために死力を尽くした凄まじい力を発揮するのだと、隻眼の傭兵は心得ていた。 「気炎万丈、ディートリンデ第一王女麾下の特別遊撃部隊精鋭に告ぐ! 我らこれより一条の槍となって、敵陣を貫く! この旗に続け!」 隻眼の傭兵が旗差を引きつれて馬首を戦場へと向ける。陣幕では雄叫びが木霊していた。 一つ一つの火が集まって敵を飲み込む巨大な炎へと変じていた。 200の重装騎兵たちが槍を片手に一群となって丘を駆け下りていく。 凄まじい地響きが遠ざかっていくのを目に、司書官の胸の鼓動は未だ収まることは無かった。 --
- 潰走する味方本陣。追撃をはじめたゴブリンの本隊にとうとう綻びが現れていた。
「人の世界も政治に惑わされるなら、ゴブリンの世界も同じってわけだ」 逃げ惑う人類軍に対して、ゴブリンたちは我先にと手柄を求めて殺到していた。後方に控える『皇帝』に武威を示そうと躍起になっている。 足並みが崩れていた。今までは巨大な「面」であったゴブリンの本隊が、徐々に「線」へと姿かたちを変えていっていた。 機動力の異なる兵科や部隊が、足並みを揃えず我武者羅に進軍すれば、陣容が崩れるのも必然である。 「今は只管にこの旗を追え! 『死なずの薔薇』を追うのだ!」 「死なずの薔薇、グロム王国、ディートリンデ・グロム」 旗差を引き連れて先頭をひた走る隻眼の傭兵に続いて、鬨の声を上げながら重装騎兵達は一糸乱れぬ縦列を作り上げていた。 鬨の声は、祀る聖人や軍神・所属する土地・仕える総大将の名、これらを連ねるのが一般的である。 薔薇の描かれた旗の下で突撃を仕掛ける一団が、一斉に叫んでいるのは、忠誠心の篤さの結実ともいえる。 さて敵さんの方はどうかな? 「槍を構えろ! これより敵の横っ面を殴りつけるぞ!」 「死なずの薔薇、グロム王国、ディートリンデ・グロム」 ベルトランを先駆けに重装騎兵達が楔を打ち込んだのは、ゴブリンたちが追撃をしている側面からだった。 今や追撃の先陣は、てんでばらばらの進軍速度で、分厚く「面」で張られていた陣も、薄く伸び切った「線」が何本も点在している有様だった。 電光石火の早業で一糸乱れぬ側面からの突撃に、ゴブリンたちが気づいたときはもう遅かった。 --
- 「ふっはっはっはっはっは! いいぞいいぞ! このまま駆け抜けろ! 機甲部隊には構うなよ!」
伸びきった戦列は横合いからの突撃に驚くほど脆かった。万の大軍が、せいぜい100やそこらの寡兵に落とされていた。 機動力に優れる魔狼や亜竜に跨った小鬼の軽騎兵達を、特別遊撃部隊の重装騎兵達が鬨の声と共に蹴散らしていく。 足を止めてはならぬと、戦車を始めとした機甲部隊は目敏く避けて、敵側面の中央突破を果たしたベルトランは、馬を走らせながら後ろを振り向く。 追撃部隊の先陣は横合いを突かれて混乱していた。 特に突破された線上では、積み重なる死体や突撃から逃れ右往左往するゴブリンたちに阻まれ、足を停める者と追撃を続ける者たちとで分断が始まっていた。 中には、思いもがけぬ伏兵たちが薔薇の旗を掲げているのを目に取ると、新たな手柄とばかりに重装騎兵達を追うゴブリン達も出始めていた。 「だっはっはっは! 王女殿下はゴブリンどもにも懸想されとるようで大変だな!」 さて。落伍者もいないようだし、このままある程度の数を引き付けて、各個潰していくか。 素早く算段を終えて隻眼の傭兵は拍車をかける。馬は更に加速した。 あいつらも動き出してる頃合いだろう。派手にやっとるだろうな。 特別遊撃部隊の面々を思い浮かべては、愉しげに口元を緩ませて、隻眼の男は手綱を握りなおした。 「さぁて方々! 存分に引っ掻き回したところで、俺たちのケツを追ってきている命知らず共も纏めて地獄に送ってやるぞ!」 「死なずの薔薇、グロム王国、ディートリンデ・グロム」 野太い戦場声の上で薔薇の旗は悠然とはためいていた。 戦場に舞う血飛沫で、その紅がいっそう深みを増すのに、そうそう時間は掛からなかった。 --
- 434年11月(6/27)、敵主力と思しき大軍団が到来。その中には『皇帝』と思しき、明らかに位を逸した個体が確認された。
人類軍は全軍でこれを迎え撃つも、敵戦力は想像以上に精強であり、人類軍の損害は大。 功を焦り突出した第一王子、第二王子が共に重傷を負うなど、特に兵力の損耗はグロム王国第一軍団、第二軍団において多し。 そのような中、第一王女率いる『特別遊撃部隊』が、全体の混乱に即応した柔軟な用兵で多大な戦果を挙げたことにより、敵本隊との緒戦は辛うじて痛み分けの結果に終わる。 これにより戦線は膠着し、兵士たちの胸中には、再び長い戦いの予感が満ちることとなった―― --
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