名簿/468550
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- ある日、コロッセオに貴族院の査察が入った
先頭に立った外套の集団は、この街にも支部のある「断罪の剣」 貴族、王族、豪商の出資により成り立つ「貴族院の使い走り」であり…時にその告発者でもある 明るみに出たのは 曰く、異世界からの侵略者「"動乱の"メダロス」の暗躍 曰く、形骸化していたとはいえ保護法に守られるべき希少な亜人種の私有と虐待 曰く、手厚く葬られるべき剣闘士の遺体の売買… どれも、時には剣闘士として…時にはコロッセオの清掃に従事する者として グレイブが見聞きし、あるいは察して やりきれぬと「代理人」に漏らしたものばかり… ようやく、自分は「代理人」の…「断罪の剣」の間諜にされていたのだと気付く しかし、それは何の感情ももたらさなかった 怒りも、喜びも… 全ては、終わってしまっていることで グレイブには何も、戻っては来ないのだ 「代理人」は言う 今回は後手に回らざるを得なかったが、続けることがいつか未然に防ぐことに繋がると 自らの手腕で、それを目指してみる気はないかと かくてグレイブは2足の草鞋を履くこととなった アリーナに名を馳せる上級剣闘士と、悪名高い治安維持組織の構成員との --
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- …自由とはどんなものだったか、すっかり忘れてしまったな -- グレイブ
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- 敵軍の捕虜から剣闘奴隷
オーナーは確かに自分を「買い取った」のかも知れないが 所有者が代わっただけで「救われた」つもりなどなかった
無論恩を感じるはずもなく、戦う理由も得られなかった 戦場でも確かに人を殺しはしたが、そこには母国のためという「大義」があった
剣闘士になってからはただ自分が死なないために戦い、殺し その生活に疲れ、あの日 死を選んだ --
目を覚まし、グレイブは驚愕した ひと山幾らの奴隷にまともな治療を受けさせるオーナーなど居ない だから、自分はとっくに死んでいる… そう思っていたからだ
ベッド脇のテーブルには愛用していたナイフが置かれていた 医者でありながら人を殺めて命を繋ぐ、そんな日々の贖罪にと女神像を彫り続け あの日ついに限界を迎え、持ち主の心とともに折れたはずの --
しかしナイフの刃は新たに接がれ、打ち直されていた 元の柄や折れ残った刃を捨てることなく
奴隷に与えるのだから、新しいものを買い与えれば それで済むだろうに
このときようやく、グレイブは知った 自分がただの「奴隷」でなく 替えのきかぬ「人間」として扱われていることを --
「オーナーは、君に期待してる」 聞きなれた「代理人」の声 「何故、自殺のようなまねを?」
グレイブは語った 軍医とはいえ元医者としての罪悪感、無力感 「だが今は、オーナーに恩ができた」
「オーナーは私に、何を期待している?」 何度目かの質問だ しかし今回訊ねたのは、その目的に協力したいと思ったからだ 仮にそれがグレイブの倫理に反することだったとしても --
「それには答えられない。だが」 何度目かの返答 しかし今回「代理人」は言葉を続ける 「剣闘士として勝利を重ね、生き延びることが第一だ」
「…下級剣闘士の衛生状態が良くないと暴れたことがあったな」 そういえば、と思い出したように「代理人」が言う 「剣闘士以下の奴隷の仕事だが、望むなら清掃に携われるよう計らってもらおう」 「変わり者と言われるだろうが、木彫りの像を増やすよりは君のためになるだろう」 --
劣悪な環境の中、大義の下に自分と同じ人間を殺す なんのことはない 自分の「戦争」はまだ、終わっていなかったのだ
こうしてグレイブ・スペンサーは剣闘士として復帰した その瞳は矢張り乾いていたが、以前見せたような迷いはもう どこにも見当たらなかった --
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- 個室か… 弱音や愚痴を言い放題なのは助かるか(珍しく微笑む。力なく、独りで) -- グレイブ
- (そのまま、据え付けの堅い木の寝台に横になる。布団はまだない) -- グレイブ
- (眠りに落ちる前、少し涙を流し…泣いた。実に、数年ぶりの涙だった) -- グレイブ
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