ハウス・オブ・M

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  • 150年代前半のこと

    • 奇妙な防具だった。指の一本一本にフィットする作りになっているが妙に肉厚で、これでは剣などしっかり握れまい。
      「もしや」
      己の細い肩に被せると案外フィットした。とするとこれは鎧の一部・・・そんなに、閃いた!という顔をしていただろうか。
      少年が密かに笑いをこらえた気配を見逃しはしなかった。
      「なにがおかしい。言いたい事があるならもうしてみよ」
      素直に"教えろ"とは絶対言わない。プライドの位置は今日も絶好調で成層圏。
      末は女王なアールヴの姫のむっとした顔に慌てる事もなく、はいはい貸してみなと少年は"野球のグローブ"を取り上げた。


      •      『キャッチボール・イフ・ユー・キャン』        出演:コルト・スタッガリー、ジナ・ルフスフルントゥカロス・アプラル=マク、アルヴガード


      • 「トゲ付きの鉄球だの回転する刃だのじゃねえよ! これ、こーれ! 皮のボール! 中身て・・・中身はって、さあ、なんだろ。考えた事もなかった」
        グローブは受け止める道具だと説明してからの深刻な推理に声を荒げる少年。道具の用途が解明されたのに一層不可解そうなしかめっ面を向ける少女。
        「ボールが飛んでくるからなんだ? 避ければよかろう。そもそもこんなもの武器にはなるまい」
        突きつけられていた使用感のある硬球を取り上げる。それなりに硬さは感じるが丸っこくて金属や刃物とは比べるべくも無い代物。
        それを受ける為にと複雑に編まれ縫われた頑丈そうな皮のグローブを大げさな・・・と少女はいぶかしんだ。
        「闘争から離れろよアールヴだろお前! あのなぁ、ただの遊具、娯楽の道具だっつの」
        「遊具だと?」
        不可解な表情は軽い軽蔑の眼差しに変わった。
        グローブもボールも動物の皮を継ぎ接ぎにした代物である故、自然との調和を掲げるリョースアールヴとして至極真っ当に少女は嫌悪感を抱くのだ。
        「かようなものはわらわの故郷にだってある。だが一体何故殺して剥いだ皮で作らねばならぬのだ。このように不細工に縫い目を残して」
        「ああそこはお前の刺繍よりひどいかもな。いて! なんだよ知らねーよ、今度メーカーに問い合わせてみろ。ごね方次第で粗品送ってくれるかもよ」
        でこピンされた額を押さえて少年が硬球を取り返す。
        「グローブはめてみ」
        「いらぬ。やらぬ」
        少年は後ろ歩きで距離を作りながら投げるぞ?という仕草をしてみせ。
        「ホイ」
        「二度言わせるな」
        軽く放られた硬球を叩き落とし背を向けて住処に戻ろうとする少女。戸の前まで来た時、アールヴの超感覚が自分に向かってくるつぶてを捉えて、振り向きざまに捕球した。
        だが予想以上の衝撃が手の平に走る。痺れと熱さに怯んだのが一瞬表情にも出てしまった。それを見逃す少年ではない。
        「いるだろ? グローブ」
        「そなた・・・」
        華奢な後姿に本気で投げた事を悪びれる様子も無く、少年は不遜な笑みを浮かべている。
        もっとも、リョースアールヴの少女なら必ず避けるか受け止めるだろうという信頼あっての意地悪ではあるのだが。
        美しい眉根を顰めて少女は踵を返した。
        この姫、基本的には理知的で聡明であり、将来は泰然自若とした女王になるのだろうが、プライドの高さと幼さを残す若さのおかげで不足の事態を突かれると少々カッカしやすい所がある。
        別に思ったより痛くてびっくりしてなんかない、決して何か悔しいなんて思ってない。そういう気持ちは語気に滲み出ていて。
        「ふん、遊んでやる」
        こうして本日もまんまと人の子の挑発に乗せられるのだった。


      • 「ホントにいらないのか? 手ぇ痛かったんだろ。無理すんなよ、マジでマジで、嫌味じゃなしに」
        「かまわぬ。今一度本気で投げよ。それで終いだ」
        10mほど距離を開けて向かい合う二人。少女はやはり動物の皮の継ぎ接ぎを身に着ける事は拒否して素手だ。対する少年ははめたグローブに球を投げ込んでいる。
        「見栄っ張りめ」
        ひとつ深呼吸し、グローブの中でしっかりと硬球を握りしめ、振りかぶった。足を上でなく前に大きく踏み出すのが少年のフォーム。
        小柄な体格を目いっぱい駆使して投げるその球は時速110km程。年齢や体格を考えると意外と健闘、いや健投というべきか。コントロールの方はちょっとしたものだった。
        なにしろ少女が一歩も動く必要が無かったので。まあ、そもそも今回は少女の方が一歩も動く気は無かったようだが。
        「○○○!」
        発した声が聞き取れないのはアールヴの言語ゆえに。短い気合のような一声だから深い意味は無いのだろうけど、真剣であるという意識は見て取れる。
        先程の捕球のようにまっすぐ手の平を向けていたが、今回球は肌に触れる10cmほど手前で見えない力に押し返された。否、押し返すなどと生易しくはない。
        何しろ打球のように投げた速度以上でそのままで少年に帰ってきたのだから。硬球は身を竦ませながらかざした少年のグローブの中に、奇跡的に収まってくれた。
        「・・・うおっとか言っちゃったじゃねーか! なんだ今の! お前なー! 理・力・を・使・う・な・! キャッチボールにっ魔法使うんじゃねーよ! ッバーカ!」
        「なんだと!」
        「やっぱさっき素手で痛かったんだろ。オラ素直にこれ使いなさいよ・・・!」
        「う、るさい、いらぬこんなもの・・・! よさぬかっ、こ、のっ・・・」
        グローブの押し付け合いは少年が勝った。少女の技量ならば、この程度の相手に力づくで来られようとも柔を用いて転ばすことも可能だったろうに。
        もしかすると遊びに魔法を使うなと怒鳴られて、ほんの少し気にしたのかもしれない。
        リョースアールヴに利き手の概念は無いが左用だったのでそちらにはめた。ちなみに発端のこのグローブ、少女がその辺で拾ったボロである。硬球も同じく。一個だけなので少年は素手だ。
        さあやっと、今度こそ、キャッチボールが始まった。


      • 魔法を使わなくても少女の運動神経はすこぶる良い。生まれながらに精霊に祝福された肉体は柔軟で、風にそよぐ羽根の様な軽やかさを誇る。
        「そうそう三本指で、縫い目に指引っ掛けて・・・」
        握り方から教えるも数百年の生の中で身体の操り方は仙人の如し。初めから動きに無駄が少なく投球フォーム、コントロールなども一球ごとにスムーズに定まっていった。
        反面単純な筋力はというと華奢な見た目通りのかわいいもののようで。はっきり言って全力で投げてもスローボールだ。素手で受けるにはちょうどいいかも。
        「案外コントロールはいいじゃん」
        「造作も無い。誰に向かって言っている」
        「なんか手先不器用な方だと思ってたからさぁ」
        修行中の刺繍の腕は知ってるけれど、それよりも絵心の方が早急に何とかした方がいいよと少年は思っている。言ったこともあったかも。
        "お前絵が下手だな"などと正面から言われるなんて、箱入り500年の生で初めての体験でその時少女が受けた衝撃は計り知れなかった。
        「・・・・・・」
        「オイわざと雑に投げんなし!」
        意図的な暴投を飛び退ってなんとか取った。お返し、とそれまでとは違い少し外して投げる。少女も同じく全身を使い腕を伸ばす。グローブの網部分で捕球できた。
        この皮手袋、はめたところで手の平に伝わる衝撃には大差無いと胸の内でボヤいていたが、ここにきてようやくその利点に頷けた。
        衝撃からの保護よりも、わずかながら手の中に球を収めやすくする補助器具だったのだ。先ほど少年がやっていた真似でグローブに拳をボスボスと突き入れながら。
        「しごく単純な遊戯にこんな大仰なものを」
        「これはただのキャッチボールだ。本来はベースボールの道具だから」
        「・・・っ。そなたまたわらわを謀ったな!」
        「ええぇ・・・」
        ちょっとした齟齬へのこの反応に日頃からの少年のおちょくり具合が伺える。
        またいっぱい食わされたと思い込んだ少女がグローブを顔面に投げつけてくる前に、少年はベースボールの説明を懸命に説いた。
        「今度こそ偽り無いのだろうな」
        「無いアルよ」
        「あるのかないのかどちらだ」
        「アーアー無い無い無いまさにお前の胸状態」
        グローブは飛んでこなかったが、握られた手を軸に180度身体が回転するほど吹っ飛ぶ柔の技のおかげで少年にまるで地面が飛んできた。打ち付けた頭に平衡感覚が戻るまで少し待って欲しい。


      • さて、お姫様は次にベースボールを所望のようであるが。
        「22人もいないと出来ぬ遊びだと」
        「しかもそれ監督とか控えとか除外した必要最低人数だもんな」
        「番号」
        「あん?」
        「番号! いち!」
        「に、にー!」
        「・・・20人足らぬではないか」
        「お前20人も友達いる?」
        「たわけが。それを今からたかが遊戯に呼びつけると思うか」
        「え、いるんだ」
        「わらわとていつか手が出るやも知れぬぞ」
        「あれあれ今さっきもう出したよね?」
        「ボールはある、グローブもある、バットとやらはこの薪雑棒でよかろう。道具は揃っているというのにおのれ」
        「シカトでたこれ」
        なんやかんやと言いながらいつも好奇心旺盛で、目の前の不足に燻っている少女の為だ。少年は提案する。
        「三人目がいればギリギリ的に成立させられるー・・・かな?」
        一度うちに帰って家主のエルフでも引っ張ってこようかと少年が考えていると、少女は閉じ合わせた両手に息を吹き込み、それを開く。木の葉巻き上げる風の中から現れる影。
        その身は幾種類もの草木で出来ている。存在理由は姫の手足となる事。名前は人の子が付けた。
        少女の忠実なる僕の騎士、アルヴガード。
        後に英雄に匹敵する戦績を残す身の丈2mの複雑に絡み合った植物性のゴーレムを背後に、少女は笑みを浮かべて知ったばかりの台詞と共に少年にバットを突きつける。
        「プレイボール!」


      • それでこうなった。少年が投げ、騎士が捕り、少女が打つ。
        説明を元にベースボールのダイアモンドを描く騎士。その間三人制での特別ルールを決める少年少女。
        一球でもノーバウンドで外野まで飛ばすか、内野ヒットは1ランナーとして内野ゴロでも4ヒットすれば得点となり少女の勝ち。
        ダイレクトキャッチか三振によるスリーアウトで少年の勝ちと決めた。審判は捕手と兼任で騎士。
        少女が剣のようにバット(の薪雑棒)を正眼に持とうとしたので、遠慮がちにその体を手取り腰取り矯正していたが、途中で気づきわずかに頬を染めたままこうだよこう!と自分でやって見せて構えは解決。
        そうしてこれまた騎士に急造させたマウンドから何度か投げ込んでから、いいぞ、と打者を指で招いた。
        「いざ参れ」
        「負けてもヘソ曲げんなよな」
        「安い挑発はもうよい」
        「へいへい」
        勝負は勝負、一球目から全力だ。それも内角低めのやらしいコース。まだぎこちない少女のスイングはあえなく空振りする。
        「くっ」
        「さすがに始めて一時間のルーキーに打たれるわけにはいかねーよ」
        二球目、今度も目いっぱいの速度で外角高め。体が泳ぎまたしても空振り。
        無言になった少女にちょっと気がとがめて、三球目も全力投球だがコースは真ん中にしてあげた。するとぎこちなさが抜けてきたスイングがそれに触れる。
        「くっ・・・」
        カラン、と地面に転がる薪雑棒。前進してぼてぼてのゴロをグローブに収めると少女を伺った。
        硬球はちゃんとしたバットでも芯で捕らえないとかなり手が痺れるから、アールヴと言えども粗末な木の棒と華奢な手では無理ない事。
        「こいつはヒットにゃ数えないぞ。抜けてないし」
        「・・・無論かまわぬ」
        「ボールは芯で捕らえないと―――」
        「わかっている!」
        「あっそ。そっちのアウトにも数えねーから張り切って続けれ。今ツーストライクな」
        いまだ痺れの残る手だが、そんな素振りは見せずに少女は薪雑棒を拾い構えるのだ。
        見目麗しい面の裏にそういう密かなガッツがあるところ、少年は嫌いじゃなかった。身の丈がちょっぴり追いついていない気高さを尊敬していたし、好いていた。
        四球目は真ん中低め。投げた瞬間少年自身がややボールだと内心舌打ちしたのだが、なんと薪雑棒はまたも掠って今度はファールに。
        「見たか! さあもっと来るがよい!」
        手の痺れをおくびにも出さず破顔一笑。薪雑棒の先を向けられた少年は対照的にゲッという顔。
        五球目だが、同じモーションから突然80km台のスローボールを投げたところ、力んだ少女がふわっと打ち上げて少年は難なくキャッチ。ワンナウトとした。


      • 「おちょくったんじゃねーよれっきとした戦術だっつの。プロの試合でもスローボールくらい投げるんだぜ? 大体お前の投球なんか全部スローボーrrr」
        「うるさい! もうよいから続きだ、戻れ!」
        何か言いたそうな顔してたから、とぶつくさ言いながらマウンドに戻る。ところがここから流れが変わり始めた。
        緩急織り交ぜたピッチングに早くも少女が対応し始めたのだ。六、七、八球目と全てバットに当たっている。九球目などついに高速のゴロとなって少年の脇を抜けていってしまった。
        「うっそだろ・・・」
        「つねってやろうか?」
        「いい、ベッドの中じゃないのはわかってるから」
        「そうか、夢と確かめたくなったらいつでも懇願するがよい」
        額ににじむ汗をぬぐう少年に振舞われる得意顔。
        一イニングで捉えられるなんていくらなんでも冗談じゃねえぞ・・・己の中に沸きつつある焦りを吐き出すように大きく呼吸して。
        決めた、本気出そ。少年のピッチングにここから緩急に加えて悪球、すなわちボールが混じり始めた。
        慣れのままにそれに手を出して空振りとファールが続き、あっという間にツーストライクに追い込まれる少女。
        だが楽観はできない。この順応の早さならばこの先もっとアウトが取りにくくなるはず。少年も必死だし、少女もただの遊びどころではない集中を見せている。
        互いに相手の事を思い、相手の考えを知ろうとする真剣な時間が始まった。内角?外角?高目?低目?正球?悪球?
        奇しくも今日初めてプレイした二人が、いつの間にかまさしくベースボールの醍醐味と言える読み合いと駆け引きを体現していたのだ。
        最後の切り札を少年が切る。放たれる白球。その速度はスローボール以上、速球以下。少女の新緑の瞳はそれが描くであろう軌跡を正確に予測して五体を駆動させる。
        完璧に捉えたと思った。なのにその球は空中で見えないブレーキをかけられた様にスゥーっと地面へ向かう弧を描いて、少女のスイングをかわしていってしまったのである。
        「ッしゃあ!」
        騎士の方は初めての軌道にも難なく対応して捕球。ツーアウトに少年が吼えた。


      • 空振ったままの姿勢で、少女の顔に驚きと困惑と悔しさの入り混じった表情が浮かんでいる。
        「コルトそなた! 今何を、した! したであろうわらわに理力を使うなと言っておきながらそなたは・・・ッ!」
        「バ〜〜〜〜〜ッカ、してませんー! 回転変えただけですぅー! 田舎モンに教えてやるぜ、あれこそは50年前に突然現れた人類最初の魔球、カーブよ!」
        「魔球だと・・・!?」
        「ふっふっふっ、原理は実に単純そのもの・・・だが効果は絶大なり。勝ち誇りかけた後の派手な空振りだったなぁええオイ?」
        「回転・・・回転、か・・・よもや、いや、わかった。なんたる、おのれ。くうっ・・・!」
        初心者相手にカーブまで持ち出して、少年こそ必死も必死のはずだが今は鼻高々。なんとか残りスリーストライクくらいはもぎ取る自信はあったから。
        勝負は再び投手側に傾きつつあった、なにしろ変化球によって正球が悪球に、悪球が正球に変わるのだ。
        それに緩急とコースを混ぜられると、動体視力他驚異的な適応能力を誇るアールヴの少女でも、さすがにこの短時間では球を完璧に捉えるのは難しかった。
        早くてストライクゾーンから逃げるカーブと、遅いが途中からストライクゾーンに入ってくるカーブであっという間にツーストライク。
        どちらも口数が減り、再び真剣勝負の様相を呈してきた運命のカーブ解禁4球目。少年が選んだのは。
        「っ!」
        渾身の、ストレート。速度は今日最速だがその分コースがやや甘いか。集中を高めたアールヴの瞳は高速度カメラのように時間を圧縮して対象を認識し、瞬時に軌道を導き出す。
        「ふっ」
        それは今までの腕力で棒を球にぶつけるスイングではなく、大陸拳法の荷重移動による体術原理『剄』に似た技術を応用した、少女の体重を薪雑棒のスウィートスポットに乗せて叩く会心の一打。
        硬球内部に反発が一瞬蓄えられ、開放される。コォンと打球は小気味いい音を纏って空へ。青いキャンパスに一滴の白絵の具を垂らしたようだった。


      • 「勝った! ははは見たか! これこそ我が!」
        「いや、そりゃ、お前の勝ちだけどさぁ。どーすんだよ球あれ一個なのに」
        「あっ」
        歓喜の打球は少し目を放した隙に、空の彼方ではなくもう森の何処かに落ちてしまった。小さな森とはいえ探すのは難しそうだ。
        やられたかーとさっぱりした諦めの表情と、有頂天から一転して愕然とした表情。敗者と勝者の顔の対比としては珍しかった。
        「ああ・・・」
        「ゲームセット」
        立ち尽くす少女に歩み寄り、肩に少年がポンとグローブを被せるのだった。


      • 後日、少女手ずからの古布と草編みによって作られた、球というか毬な風情。素手でも小屋の中でも安心の優しい感触だ。
        ソファにもたれたままで角度を計算し壁にぶつける一人キャッチボール。さっきからしばらくそうしている。
        ― ベースボールなるものはわかった。わらわも少々退屈を紛らわさせてもらったぞ ―
        ― 超ムキになってたと思うけどそりゃよかったな ―
        ― だがはじめのあれはなんだ。キャッチボールとは一体何が面白いのだ、皆目わからぬわ ―
        ― んー・・・投げた球が戻ってこなかったらすげーつまんねーぞ。きっと ―
        ― なんだそれは・・・ ―
        「たしかに」
        こうしていても頭には以前の会話が浮かんだり、この後出かけるか否かを迷ったりで、目の前の手毬になどまるで意識を向けていない。
        壁に当たる音はむなしさを数える音のようですらある。あの時は聞き流したが納得せざるを得ないと思った。
        キャッチボールは、一人でボールを投げる事より楽しい遊びだったと。
        「そなたは誰かとの為に生まれたものなのだな」
        ヒマ過ぎて球に話しかけていた。角度を誤りついに戻ってさえ来なかった球に。静寂が訪れる小屋。

        足音がした。近づいてくる、50m、49m、48m・・・歩幅もクセもよく耳に馴染んだものだ。
        肘掛に乗せていた足を下ろしソファを立つ。ポットに水を満たすと理力で沸かす。今日の葉はこれにしてやるかと、新しくブレンドしてみた茶葉を選んだ。
        一旦戸に向かいかけたが反転して毬を拾い、手慰みに編み出した驚きの回転による技を軽くウォームアップ。完璧だ。これを投げつければきっと驚くに違いない。
        少年が戸を叩いた。少女が戸を開ける。
        「なんだそなたか」
        さあ、今日は何して遊ぼうか。


        -Fin-

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Last-modified: 2014-09-16 Tue 23:14:15 JST (3481d)