名簿/498281
- 貴方は変わりましたわ
先生の言葉が、私の胸の中で響く 合唱団の奏でる音色の様に、優しく私の心を癒しながら――…… 今の私って、どんな私なのかしら? 過去の私は、どんな私だったかしら……? 静かに、目を閉じて過去の扉へと手をかける 塞いでおきたかった、閉じ込めておきたかった、忘れておきたかった 描き直せるなら上書きしたい程に、嫌な記憶 ……けれど、今は――……それをまた再び覗き込む事も怖くない 『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』 授業で習ったニーチェの言葉 きっと、今の私なら……自分の消し去りたい記憶も受け止められる -- ジギタリス
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学園に来る前の私の生きて来た過去は 物心付いたうちから大きく立派なお屋敷に住んでいて 綺麗なドレスを見に纏い、祖母から教育を受ける日々だった 4才で聖書を読み始め、すぐに全文を暗記するほどに賢かったと祖母は語り 私の事を大切に、誇りに思ってくれていたと思う ……そう、思っていたかった あのまま、私の記憶は凍りついて停止してしまえばよかったのに もしくは、真実を知らなければきっと、私は幸福の中に溺れていられたのに 賢すぎるが所以に、それまでは何の疑いも持たず 本当に私は恵まれて、日差しは暖かく祝福された中に生まれたと思うほど 鮮やかに彩られた日々だった -- ジギタリス
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けれど、きっとそれも 他の人から見れば一切不自由なく暮らして来た事は確かであるし これっぽっちも不幸せには見えないどころか、幸せな人で羨ましいと、ずっとずっと言われ続けて来た 朝になればメイドが来て、朝の支度を手伝い 髪を纏めてコルセットを締め、ドレスを気付ける 日に決められた3度の食事と、数回のお茶会 ガヴァネスが家に訪ね、授業が終われば、祖母からの勉強の時間 ダンスやピアノ等を朝から晩までぎっちりと叩きこまれ 口応えは赦されない 気が、狂いそうだった 貴族はお茶会をしていて優雅ね、とか 羨ましいとか、暇なのね、等の声もよく聞いて来たが 何が優雅なものなのか あんなのは優雅に見せかけた情報収集のゴシップの社交場だ 表面上は優雅だろうが、水面下でのポーカーの様な腹の探り合いがとても不快だったのを覚えている 上品にだとか、ご令嬢らしくだとか 日が積もるにつれ、うんざりして堪らなかった ……ましてや、姉にそんな真似が出来ないとなれば その負担が私へと掛る――尚更だった -- ジギタリス
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家の中がギスギスしていた事に気付いたのは、7つくらいの頃であったか…… どうにも、母と祖母は仲良くないらしい 祖母の金切り声が叱咤を浴びせる暴力をしている事 理由が、母の血筋が庶民の出だという事が原因である事 私の可愛がられて大切にしていた理由が、単に姉がニュクス家の娘の基準に相応しくない事 祖母から大切にされていると思っていたのも、私が最後の望みの綱だったからにすぎない事 要するに、用無しの姉への栄養を私へと渡らせて実らせるだけ 良い葡萄を取る為に、育ちの悪い葡萄を切り捨てる様なもの あれだけ出来が良いと褒めていたにもかかわらず 常に最優良である事以外は望まないと言わんばかりの様に 時折、上手く結果が出ない時は、祖母に存分に侮辱されたものだった 『低俗な血が混じれば、ろくでもない娘が出来る事は目に見えていたのに…… お前も、所詮はあの女の血の娘なのかしらね……?ジリアンと同じく 私を失望させないで頂戴――……ああ……お前だけは……お前だけは唯一ニュクス家の血が混じっていると信じていたのに――……』 私に容赦なく振りかかる呪いの言葉 幼い私は疑う事もなく、祖母の言葉に縋り、相応しい様に、愛されるように ――……そう思って耐えていた 私の血が半分、母のせいで劣っている どうして父は、母を選んでしまったの? お陰で私は愛されない 祖母に認めて貰う為に、必死に過ごす日々だった 祖母に罵倒の言葉を浴びせられ、母への愚痴を聞きながら そうして私は、長い間育ってきた――…… 何一つ疑わないままに -- ジギタリス
- ミラディーア先生が帰宅した後は、部屋に籠り、机に向かうと一人物想いに耽っていた
これから、どうするか ……もう、先生とのお話で心に決めた筈なのに 考えれば考えるほど 足掻けば足掻くほど 思考は泥沼へと墜ちていく――……抗おうとする結果なのだろうか……? -- ジギタリス
- 封をしていない先生の手紙を横に、ずっとずっと 彼からの手紙を繰り返して読んで過ごしていた
一字一句間違えない自信はあるほどに 前回より打ち解けた様子の見て取れる内容が、とても嬉しくて 故に、今回で最後と言われた時は酷く心が苦しかったのを鮮明に思い出せる ……それなのに、どうしてこんなに気が重いのか…… もう、答えは決まっているじゃないかと、再び自分に問い尋ねるけれど その返事は戻ってこない ……時が止まってしまったかのようだった -- ジギタリス
- ぼんやり外を眺めながら、自身の時間は静止しているものの、実際の時間は立ち止まっても振りかえってもくれないのだ
ふと気が付けば、外が既に暗くなっている……どのくらい こうしてしまったのだろうか…… まだ動きたくも考えたくもなかったけれど、こうしてはいられない 力無く立ちあがって、歩こうとするが……上手く力が入らずよろけてしまった 「あっ……」 (机に置いといた、香水瓶が落ちる――割れた瓶とこぼれた香水が床一面へと広がり、部屋中に香りが充満する) (拭きとらないと、匂いが映ってしまう) (わたしは急いで、掃除しようと しゃがみ込み、香水で出来た水鏡と向き合う形となった) -- ジギタリス
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立ち上る酷く強い香りに軽く眩暈がする それに誘われるかのように――……昔の事を思い出していた――…… -- ジギタリス
水鏡に映る、過去の私と 今の私が対面する 思い出した記憶の中で、自分の想いが蘇って来る それと重なるかのように、リンクする割れた瓶と零れた香水 過去はもう、戻らないのだ そして、今はそれに縋るでもなく、取り付かれるでもなく…… やるべき事はたった一つ これからあの人と交流する為に、自分の足で歩いて行く事 『……そうね……もし、行くとするなら――……』 (カレンダーを見つめて、日付にチェックする) -- ジギタリス
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会いたくなかった、と言えば嘘になるかもしれない 会いたかった、と言えば嘘になるかもしれない 一つは文通相手である事 もしかしたら相手からすれば、単なる授業の単位を取る為の行為かもしれない 一つは私の異能 それは『私自身』ではなくて、異能により――……いいかえれば洗脳により、自分を好意的に思わせてしまうかもしれないから その為に人間関係を拒絶した私には、最も恐れた事だった けれど、同時に お手紙を通してお話しして、相手に興味や共感を持ったのは凄く嬉しかったし 私自身、初めて誰かと一緒に居たいと思ったかもしれない…… 何より、私の異脳が関係ない文通というやりとりだったのが幸いだった それは能力なしに、久々に誰かと本当に交流できたと思ったから ……もう、私は迷わない 3/14 あとは、この日を待つだけ――…… 胸に決意を固めて この日は彼女にしては珍しく、午後の授業を抜けて、彼の元へと向かっていた -- ジギタリス
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- (2月に入る前から、チョコレートを贈ろうかを迷っていた)
(日が近づくにつれて、その迷いも徐々に強くなってゆき) (文通相手からチョコレートが贈られても、迷惑じゃないかとかを考えてしまう) (きっと、これが彼への返事のお手紙に付ける……のなら迷わなかったと思う) (問題は、先日手紙を送ったばかりで そんなにすぐに返事が来ないだろうという事) (だからこそ、相手に送る主役はではなくチョコレートなのだ) (意識しなければ、他の女子たちの様にチョコレートを贈るイベントとして気軽の楽しめたのだろう) (だが、彼との文通にはミラディーア先生を通して行っていた事から) (先生にチョコレートを渡して貰うことになるのだろうか? と考えてしまってからは駄目だった) (それに、相手も突然チョコレートが贈られたらどう思うのかを、一瞬だけでも考えてしまったら……) (鬱陶しくないか、とか 妙に負の方向へと考えてしまう) (それは、人を引き付けるのが自分自身ではなく、異能のせいだと知ってから) (自分自身がどう人に思われているのか、全く分からなくなってしまったから……) (……あれこれ考えた末に、ようやく時間もギリギリになり どうするかは決まった) ……いいわ、別に――…… そう、只のお祭りごとなのよ。皆、単に騒ぎたいだけ…… -- ジギタリス
- (誰かに聞かれる事のない独り言を囁けば、その日は何事もない様に早々に眠りに着いた)&br; (……別にいい。これは単なる騒ぎたい乙女達のお祭り騒ぎなのだ)
(反芻しながらゆっくりと夢の中へと意識が落ちて行った――……) -- ジリアン
(静かにチョコレートを置いて戻ってくれば、授業の準備をする) (時間があるので、普段よりゆっくりと食事をとってお茶をし、ケーキを食べて過ごす) (そうしている間に、ジリアンが起きて彼女のご飯を用意しながら) (起きるのが遅いだとか、何故昨日のうちに準備をしておかないの?等と小言をいいながら日常に溶け込んだ) (双子の姉が学校でチョコレートを配ったり貰ったりするのを、何事もない様に 普段と変わりなく過ごす……) (これで私のバレンタインはお終い) -- ジギタリス
- 私は人と触れる事が出来ない
私は人を愛する事が出来ない それが、可能なのは――……今となっては唯一、姉のジリアンだけ…… -- ジギタリス
- どんなに美しくても
どんなに他者を魅了しても…… 今はもう、誰かの温もりを感じる事も 抱きしめて貰うことも、私は出来ない -- ジギタリス
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それともきっと――…… これは望まれないままに生まれた事を示す為の神の警告なのか 或いは宿命なのかもしれないけれど…… もし、神様が存在するのだとしたら…… 私が『誰かに愛される事』を望むのは、罪なのか…… 答えを頂けますか……? -- ジギタリス
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