名簿/485629
- 黄金暦223年 ４月 --
- 〜神国アルメナ 教化救済前線駐屯地〜 --
北方震災においても物資の輸送隊として活動を行なっていたウェイストウルフ義勇軍は今回もまた、その任務を承っていた
神国アルメナの教化救済戦線に向けての補給線、多くの部隊はアルメナと共に救済という名の侵略を手伝っている
東ローディアにおいてもアルメナ教徒の数は当然、多い。神国の盲信に比べればその信心は薄いものの、経典を当然のものとして受け入れている者の数は相当数に登る
そんな中でも狼達は、異端であると言えた
「…気乗りのしねえ仕事ばかり引き受けてきやがるな、我らが隊長殿は。」
「そう言うな。僕だって引き受けたくて引き受けた訳じゃない。商人のままなら、こんな仕事はやらないよ。」
物資の積み下ろしを行う部下達を眺めながら、ため息をつく
「それと、ここでそういう事を言うのはやめておけ。誰に聞かれてるか分からないんだから」
「…へいへい。」 --
注意はしたものの、形ばかりだ。そもそも自分だってその前に文句を口に出している
アルメナのやり方は正直なところ、気に入らない。コラール家は元は貴族であるが、現在は商人という身分。
故に、実利を重視し、現実的な生き方をするよう教育されて来た為、特定の宗教には肩入れをしないように生きてきた
ウェイストウルフ義勇軍にも当然アルメナ教の信奉者は少なからず、いるが、自分の腹心
ヤードを筆頭とした元商隊員達は東ローディアの地元民が多く、彼等は砂漠の精霊を信仰している。
その教義はどちらかといえば帝国の地教に近いものがあり、アルメナの考えはむしろ否定しているものが多い
ゆえに、なるほど、考えれば宗教というのは多くの利益を生む商売だ、とレイバーは考える
一定の思想に傾向させ、教義の元に全ての行動を縛り、支配する。さぞかし教会の首脳部は私腹を肥やしていることだろう
この”救済”も神国が震災によって被った損害の穴埋めである事に違い無い。やっていることは単なる、侵略だ
先のローディア大戦もそうであったが、戦争は民にとっては恐怖でしかないが、国にとっては大きな産業のようなもの
それに加担してはいるが、心が痛む。この前線に来るまでに幾つかの町を通ったが、どの町も民は奪われ、殺され、憔悴が色濃く滲み出ていた
比べて、ここ前線駐屯地に在する神殿騎士達、共和国の戦士達は幾ばくかの緊張感はあるものの、愉しげにすら感じる
こういった思考を重ねていると、自分は戦士に向いていないとつくづく感じる。気侭に商隊を率いていたときはこれほど、ため息も多くなかったように思うが --
「…後悔してるのか？」
目だけをこちらに向けて、伺ってくる。心配している訳ではないようだが
「後悔はしてないよ。し始めたら、まずお前に出会ったのが最初の後悔になるぞ？
まだ、覚悟が決まってないんだろうな。…そろそろ始まるんだろ？」
「…竜が来たりて、動乱の幕開けをその咆哮にて告げる。狼は動乱を駆け抜けやがて伝説へ至る。」
「…下手くそな詩だな相変わらず」
元より無愛想な顔を更に歪めて、そろそろ終わりそうな荷降ろしの方へを歩いて行く親友を苦笑いで見送り
「…伝説、か。」
あの男がそう言うのであれば、本当にそうなるのかもしれない。
あれは、自分を随分と買い被って、付いて来てくれているが、実際は逆だと思う
あの男は、何時か何かをしてのける。自分は、それを見たいと思っているからこそ彼を好きなようにやらせているのだ
「精々、脚を引っ張らないようにしないとな…」
独りごちたところで自分を呼ぶ声が聞こえる。積み下ろしが終わったらしい。
「まずは輸送兵からの脱出からか。やれやれ。」 --
- ―――― --
- 黄金暦223年 １月 --
- 〜バルトリア平原 神聖ローディア共和国本陣後方〜
数えれば13度にも及ぶ同じ名を持つ2つの国の戦争
それが始まり、数週間が経過していた。既に倦怠感が漂い始め、戦場の何処を見ても士気等というものは見当たらない
上官の命令通りに動き、形ばかりの交戦を行い、一定の時間が経てば引き上げる
端から見ていても面白みの一つもない、緊張感に欠けた戦
それでも刃を交えれば怪我をする者は現れるし、動けば腹も減る
彼等は今日もせっせと腹を減らした兵隊たちへの糧秣を運ぶ為、前線、そして後方への行き来を繰り返していた --
- 「…こーら、ヤード。そんな顔をするなって言ってるだろう？仮にもお前は副隊長なんだぞ？
指揮官がそんなつまらなそうな顔をしていたら士気に関わる。分かってるだろ？」
荷駄の護衛に付く者達、その内の一人。騎馬に跨り、甲冑を身に纏う長身の男。このような任務に付いているのが場違いに感じるほど、貴族然とした風貌をしている
その顔に苦笑を浮かべながら苦言を呈するその視線の先には、同じく騎馬に跨る褐色の肌をした男
「”そんな顔”は元からだ。誰かさんのような優男じゃあないんでな。
幾らでも下がればいいだろうそんなもの。こんな仕事、寝ていたって完遂出来る」
ヤードと呼ばれた男はこれ見よがしに大きな欠伸をしてみせる
それを見て優男はやれやれと首を振り
「任務は任務だろう。」 「ほぅ、任務。ガキの使いの方が幾らか達成困難な任務だな」 --
彼等の行く街道は実に長閑なものだ。空は青く晴れ渡り、雲ひとつ無い晴天。小春日和と呼ぶに相応しい、穏やかな陽気
街道の脇に目をやれば、仔兎の一匹でも飛び跳ねていそうな実に安穏とした空気が流れている
この道の行き着く先は血が流れ、命を奪い合う戦場であるというのにも関わらず、だ
「大体こんなところで士気を上げてどうする。西の連中が本陣を抜けてここまで突撃してくるのか？
それとも補給線を断とうと遊撃部隊でも飛び出してくるか？土煙の一つも見えないこんな場所で？
俺ぁピクニックでもしてるような気分だぜ、普段の仕事の方がまだ気の張りようがあるってもんだ」
ヤードの言葉に周囲からドッと笑い声が上がる。
「違ぇねえや」「野盗の一団でも現れたらまだ面白いのにな」「いやいやコボルトの方がまだ歯ごたえがある」
思い思いの声が上がり、元々張り詰めてもいない空気が更に緩和していく
「全く…はいはい分かったから私語は慎んで、確りと周囲の警戒をする」
パンパン、と手を叩いて注意を促す。とはいえ、差し迫るような危機は彼にも一切感じられない
隊長であるという責任からその言葉を発しているだけで、実際には彼、レイバー・コラールも退屈に駆られている --
彼等はウェイストウルフ義勇軍。隊長のレイバーと、副官ヤードが率いる武装商隊を前身としたれっきとした正規軍である
此度の戦において半ば強制的ではあったものの招集され、神聖ローディア共和国軍として参戦する運びとなった
元より好戦的な性格の者が多い隊員、及び副長は当初はそれなりに喜んでいたが、実際に戦が始まればそれは単なる糠喜びであったと知る事となる
前線を望んだ彼等が配備されたのは後方、元商隊であるという事を買われたのか、それとも舐められたのか、輜重兵隊であった
当然、血の気の多い隊員達の士気は右肩下がり。実際の戦場も目の当たりにしたが、その緊張感の無さに更に気力を削がれるだけであった
かくして何事も無くピストン輸送を繰り返す日々は過ぎ、現在の無気力部隊が出来上がったのである
「ふぅ…気持ちは分かる。しかしこの姿を見られればお叱りを受け…急にどうしたヤード」
先ほどまでやる気の欠片も無い仏頂面を見せていた副長が、目を釣り上がらせしきりに周囲の様子を伺っている
「…どうも妙な匂いがするな。…レイ、下がるぞ。」
「何だ、敵襲か？そんな様子は何処にも…」
「違う。そんなもんじゃあない…いいから号令を出せ隊長。」 --
既に本営は目視出来る距離にまで迫っている、ただでさえやる気を損なっている隊員達のお陰で輸送の速度が下がっている為、上官に目を付けられているという現状
周囲には他の兵たちの姿がちらほら見えるようにもなっている、こんな状況で副官の、単なる勘という理由で隊を下げる等ということは、普通考えれば出来るものではない
「…分かった。ウェイストウルフ、全隊後退せよ。副長の指示があるまで、だ。全速である必要は？」
「無い、まだ遠い。だがのんびりという訳にはいかなさそうだ」
ヤード・ディアースという男が、匂いという表現をした。それはレイバーにとっては何より重く受け止められる事態
この男の鼻は、一種独特のものを嗅ぎ分ける。今までそれが、外れた試しはない
本営を目の前にして後退を始める輜重隊を訝しむ様子を見られたが、言及してくるものはいなかった
元より常がらを共としている訳ではない神聖ローディア共和国軍だ、寄せ集めの体に近いそれは連携において弱い部分がある
一定の距離を取ったところでようやく副長は停止の指示を出した。突然の指示であったにも関わらず部隊員達からは不平の声は一つとて上がらない
むしろこれから何が起きるのか、それを目の当たりにしようと周囲に目を走らせている --
それから、暫く。張り詰めた空気が緩和しそうになった、その時。＜犬＞達が一斉に上空を見上げ、滅多に鳴く事の無い叫びを轟かせる
それと同時に目をつむり、何かを待っているようにも見えた副長が、閉ざしていた口を開く
「…来るぞ。まさか、こんな大物が現れるた、予想外だけどな…」
＜犬＞達と共に見上げる上空、皆も一斉にそちらを向き直り…絶句した
「おい、ありゃ、まさか…」「嘘だろ！？」「あ、あぁ…」
「…ドラゴン…！？」
悠々と、我が物顔で空を滑空していく巨躯、遠目であってもそれが竜である事は分かった
戦場の面々も招かれざる厄介な客に気がついたようで、混乱する様子が見て取れる。
「おいぼやぼやしてんな。後退だ後退、本営まで戻るぞ。ぼやぼやしてたら、折角後退した意味がなくなる」
唖然とする面々を尻目に、一人冷静に更なる後退の準備を始める副長
「あ、あぁ、そうだな…」
頭では分かっていても、体がいうことを聞かない。遠目とはいえ初めて目にした天災にまで例えられる破壊の権化の姿に、心が、体が、震えて止まらないのだ
肌に感じる空気の振動は、かの竜が咆哮したのか、騒乱する数万の軍勢の怯えか
「て、撤退、撤退だ、ウェイストウルフ義勇軍。」
ようやく発したその声もまた震えていた。それを聞いた副長は何時もと全く変わらぬ様子で、からかうように笑い
「おいおい隊長さん、そんなんじゃこの先が大変だぜ？折角、チャンスが巡ってきそうなんだからよ、もっとどっしり構えて貰わねえとな」
「チャンス…？何を言ってるんだヤード。あの様子じゃ、この戦争は痛み分け、経済効果も見込めやしない…単なる大損に終わる可能性が…」
「竜は動乱を呼ぶ。こりゃあ単なる始まりに過ぎねえよ。これからだ、これから。くっくくっ…なかなか愉しくなりそうだぜ？」
愉悦を隠さない副長の表情に、背筋に冷たいものが走る。昔から、この幼馴染はそうだった。
凡人には感じられない何かを感じ、それを確信として行動し、成功する。故に、誰からも理解はされず、畏怖される。
曰く、そんなやつを信頼して行動を共にする自分も大概だそうだが
既に後退を始めた部隊に遅れを取りそうになるレイバーを振り返る
「何してんだ、さっさと撤退だ。前線から逃げてくる連中に巻き込まれんぞ。」
はっと我に返り、彼に追いつく。並んで撤退する自分の方に顔を向けてくる幼馴染の表情は相変わらず愉しげで
「レイ、昔の口約束が本当になりそうだな。あんたを、公爵にしてやるよ。」
何時だったか、子供の頃に、そんな事を言われた記憶が脳裏をかすめる
なぜ、こんな時にそんな事を口走るのか、相変わらず、二十年来の親友の考えは分からないが
「…無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ、ヤード」
小言を言ってやれば何時ものしかめっ面に戻り、それ以後、本営へと戻るまで一度も口を開く事は無かった --
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