名簿/484724
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- ━━イオニカが轟爛の手に落ち、戦場にひと時の静寂が訪れた頃。
第三勢力が現れる前、第一次バルトリア会戦における被害をまとめて、再び北側防衛線を立て直すべくして、
幾人かの貴族将校達、傭兵を統括する雇われた者が夜に会した。
陣地内には手痛い大爛帝国の集中的攻撃を与えられ、多くの被害を損出してしまった者達であふれ、武器を棄て手負いとなってしまった者すらもいた。
帝国軍の組織的かつ、合理的な一点攻撃の前に、将校が討ち取られてしまい、浮き足立って、結果その戦力としての効力を兵としての力を失ってしまっている者も多い。
それらをどう配分するかが、この会の主題である。
当然として、大将を失った形となったイオニカの部隊。デュ・タンも何所かの部隊に吸収されることになる。
デュ・タンの被害は他の部隊と比べればそう酷いものではない。ただ、座に据えられるべき姫を失い、戦意は完全に失われた。
あだ討ち根性を持って、戦場に臨んだものはイオニカだけではなかったのだ。彼女の夫が英雄であるからこそ、その妻であった。
彼女も、将としてまた英雄の仮面を被り得たのである。
部隊の中には元が他国の敗残兵であったものの姿もあり、彼らはイオニカの何らかに惹かれて、また兵としての役割を名乗り出ていた。
━━痛恨の面持ちで、イオニカをむざむざと失わせてしまった副将が、イオニカの喪失を報告する。
だが、どういうわけか何人かの貴族達がその報告に微動だにしないでいる。
ほっとした、そんな雰囲気すらも持ち合わせており、その中の一人が、副将であるラショードフォンに言った。
「━━やはり、そうなったな。むやみに女が戦場に出るからそうなるのだ。」と、
もしくは「そもそも、あれは魔女ではないかとの噂もあろう。今回の戦いも━━」
と、根も葉もないはずの噂話を口にするものすらもあった。ラショードフォンは眉をしかめる。
何も知らぬ、と思わしき他の貴族達も同様に首をかしげた。彼らはイオニカにどこか同情的であったのだろう。
会の結果、デュ・タンの残党は負傷兵を引き連れる形での防衛線からの退去を命じられる。その後は、補給線の確保の任が与えられる。
曇った空の広がる夜の空に向かって嘆くように、老将はかつても失わせてしまった英雄の名を口にした。
何もかもが、上手く行っていた時期もあった。
それでも、何時だって戦争が、全てを変えてしまうのである━━。 --
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- 中央街道──
王都へと続く主たる動脈であるそこは、死の坩堝と化していた。
ランス要塞を粉砕した帝国軍は、動脈に打ち込まれた毒物の如く、王都という心臓目指して、駆け抜けていく
その中に、一際赤く、血塗られた色をした一軍が我先にへと敵陣へ踊りこんでいる
帝国第10皇子、轟爛が私兵、赤死隊であった── --
- ふぁはははははは！！
（黒骨の大剣が振るわれるたびに、鮮血と臓腑が撒き散らされる）
（指揮官という立場でありながら、最前線にて鬼神の如き暴を振るう）
（軽装である。篭手や具足は身につけてはいるが、胴当てはなく、兜もない）
どうしたどうしたもっとあがいて見せろ西人の兵奴ども！俺はまだまだ殺し足りんぞ！
うぬらの巣を木っ端微塵にされたくなければ、もっと足掻け！もがけ！のたうちまわれ！ふはははは！！はぁーっはっはっは！！ -- 轟爛
- （男の悪鬼の如く暴力によって、先陣を切り供に戦いに臨んでいた主力とも言える騎兵部隊は既に壊滅状態にある。）
（小高く隆起した丘の上に、予備隊として陣を構えたイオニカの部隊があり、戦場のそれらの光景を目の当たりにしていた。）
（がたいのよい老兵━━恐らくは副将であろう人物━━が彼女にこの場からの退却を促がす。イオニカは肯くのを躊躇って口を噤む）
━━まだ戦っている者達がいるというのに、彼らを見棄てて逃げ出せと言うのですか！
（兵士の数から戦力差はさほど感じられなかった。しかし恐ろしい程の力を持った男が巨大な凶器を振る舞い、そうすれば戦力の差は目に見える形となった）
（今も、兵達の絶命する音が彼女の耳に届く。獰猛な獣の騒いでいるような気配に、足の震えるのを感じた。）
……それが、戦場というものなのですね。（もしくは、夫もその様にして見捨てられたのではないかと、考え、唇を咬んだ）
（それから間があってイオニカは静かに肯いた。老兵はほっとしたように、退却の命を伝えて軍を後進させる為に動かした。）
（彼女を護衛する名目で別働隊より派遣されていた従士達がその役割を果たそうと周囲を囲った。）
（屈強な騎兵達に先導される形で、突破されつつある防衛線を戦場音楽を背に退却を開始する。）
（負傷者や少年兵を優先しまだ無事な防衛線に退却させ、それにイオニカが続く。しんがりとして老兵達がその場を引き継いだ） -- イオニカ
- （台風の渦中のような戦場において、それは僅かなうねりに過ぎなかった）
（イオニカを退却させるために、動いた兵のよどみ──）
（それを、悪として生まれついた男の目は見逃さなかった。丘の上をぎろりと見上げ、みしりと、凶相を歪ませて哂った）
そこか
（劣勢の戦場から真っ先に下がるものはいつであれ、位の高い将と決まっている）
みたぞ敵将！俺に続けい！！（魔獣、牙王が咆え、放たれた矢の如く、丘を駆け上がっていく。その後を軌跡のように、赤い兵士が追う）
戦場から背を向けてよいのはなああぁぁぁ！
（あっという間に殿の老兵たちにたどり着くと、一刀の下に死肉へと変えた）
勝者と、死者だけだ！！！
（ぶん、と大剣をふるうと、血潮が飛沫となってまった）
さて、貴様らは一体どちらだろうかな？西軍の将校ども。（凶獣の瞳が、イオニカを見た） -- 轟爛
- （血肉と変えられた老兵達は苦悶の表情と供に、家族を想い。もしくは娘のように親愛しているうら若き隊将の名を口にした。）
（断絶間の叫びはイオニカの脱出を願うものであったが、
その叫びが逆にイオニカの足を止める形となった）
……！！
（叫び声に振り返れば、驚くべきことに敵将校が眼前までに乗り込んで来ており、血の海を作っている。それも仁王立ちとも付かない様子で━━）
（退却を命じられた最中、敵に襲撃をされて周囲の空気は一気に混乱を窮めた。）
あなたは……！（凶悪とも言える瞳を向けられて一瞬怯み、しかし見知った者の死を目の当たりして、女は気丈に帯剣に手を掛ける。）
「待たれよ、婦人。我々がこの者の首を落としてごらんにいれまする」
（護衛騎士達が息を荒くして言う。イオニカの前に立ちはだかると、轟爛に武装を向けて返り討ちにせんと襲撃する！） -- イオニカ
- ──女？
（勇敢な騎士たちが武器を向けても、瞳はイオニカを見据えている）
（なぜ戦場の只中に女がいるのかはわからないが。その瞳は美しさの奥に、濁った恨みを湛えていた）
おもしろい （迫る槍が首にかかる寸前で大剣を振るうと、騎士の両手が宙へと待った）
（轟爛の僅かな挙動をさっし、赤き兵士たちがイオニカと兵士を分断し、轟爛と一対一の空間を作り上げる）
さて──（帯剣に掛かった手を見てほくそえむ）
西の礼儀では決闘の前には名乗りをあげるのだったかな？ -- 轟爛
- （男を睨み返しながらも「妙な……」と、首を傾げかけている。）
（軽装で佇む男からは余裕すらも感じられ、何かを見透かしたような、もしくは射抜くような双眸ですらある。）
（男の挙動で、一対一の形となって「一体、この男は何者なのか」という疑念がふつふつと湧いて来る）
イオニカ、……イオニカ・パルミジャーニ・フルーリエ…と申します。
（不遜そうな態度からは思いも寄らない言葉であって。たどたどしく名を口にする。同時に剣を引き抜いて構える）
将の方からやってこられたとあっては、お相手するしかありませんが……女だと思っていると怪我をなさいますでしょう。
（はっきりとした口調で言うが、声尻は震えている。その心の内では縋るように亡き夫の名前を唱えていた。）
-- イオニカ
- ククク…くくくくはははははは…はっはっはっはっはっは
（唇を震わせながらも、気丈に名乗りを上げたイオニカに、喉を震わせながら低く笑い声を漏らす）
女だと！？（ぐわっと瞳を見開き、鉄槌のような大剣を振り下ろし、イオニカの剣を打ち落とした。怪力である）
戦場に立つものに男も女もない！！！（ぎゃりん、と黒い刃がイオニカの喉元にきらめく。凶悪な笑顔が覗き込むように近くまで寄っていた）
我が名は大爛が第十皇子、轟爛。さてイオニカよ。今からお前は死ぬる訳だが何か言い残した事あるかな？ -- 轟爛
- （夫に会いたい━━もしくは、その魂の無念に安らぎを与えたい。自らを犠牲にしてもその事は果たされるべきである。）
（一瞬、その思考が脳裏を過ぎり、目を見開いた。黒刃が喉元の皮を僅かに切り、血の雫が垂れる。）
（━━轟爛。その男の名前を反芻する。）
……死を、死は恐れません。あなたも、恐ろしくありません。
けれど……（苦々しい悲しみが胸を裂くのを感じる。何かを、果たさなくてはならないと屋敷を飛び出し、馬に跨り、軍を率いた。）
（全ては無謀な、孤独となった女のあがきであったのか。しかし未だそのあがきは果たせず……）
（まだ、死ぬわけにはいかなかった。悪鬼に食い殺されても、果たさなければならぬ━━）
……っ！
（そのまま切って殺される可能性があっても、反抗して、落とされた剣を拾い上げ様とする。） -- イオニカ
- ほおう （死の恐怖はない。女はそういった。その目には、泥を啜ってでも、という輝きがあった）
（この殺戮の渦中で、どのようにこの女が這い回っていくのか。僅かに興味が沸いた）
面白い！（ぐっと、細首に指を添えた。握る。首の血流が遮断され、イオニカの意識を刈り取った） -- 轟爛
- （意識の失われていく最中、故郷とも言えるパルミジャーニの景観が彼女には見えた。）
……ミ……ゼル……。
（縋るように伸ばされた手は意識と供に落ちて宙を切った。）
（周囲をとりまく、退却戦闘は轟爛の率いる赤死隊によって散々にさせられている。あるものは降伏をしようとして殺され、あるものは武器を投げ捨て逃げた。）
（イオニカを敵の将校の手より救い出そうという余力のあるものは、その場にはもう居なかった。） -- イオニカ
- この女、貰い受ける！
（腕に抱いたイオニカを、戦利品のように宣言した。異を唱えるものはこの場にいない）
（王都進行は後方からの挟撃により辛くも防がれた）
（自陣への退却を余儀なくされたが、轟爛の顔には笑みが浮かんでいた。腕に抱かれて気を失っている女を一瞥する）
ミゼルと言ったな。（かの英雄の名は、東にも伝播している。その妻がこのイオニカであるとすれば、それはとても面白い事になるだろう。とても、とても）
たまらんな！やはり戦争は！
（魔獣の上でそういうと、高らかに笑い声を上げた。それは風に乗って、戦場をどこまでも響いていった…） -- 轟爛
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- （夏のある日、イオニカがウラスエダールから流れてきた大規模な盗賊団の討伐に向かった時の事）
（規模が大きく、手持ちの兵だけでは苦戦すると考えた西ローディア中央から、援護の隊が送られてきた それは、７０人程度の規模の傭兵団だった）
（歴戦という様子のその騎兵を率いたのは、以外にも、２０に満たないような小柄な赤毛の剣士 イオニカの前に真っ直ぐ歩み寄れば、ギザっ歯を覗かせて明るく笑う）
御機嫌よう！パルミジャーニさんはお嬢さんかい？俺はアベル・レッドフィールド 盗賊団討伐の加勢にまかり越した！よろしく頼むよ -- アベル
- （援軍の到着を知り軍幕から顔を出したのは年頃の女である。軽甲冑をまとい老将を連れている。）
イオニカ・パルミジャーニ・フルーリエです。本日は頼もしき援軍を迎え入れられると知り心の強い限りです。
（にこりと笑顔で挨拶応じるイオニカであったが、その表情に陰りが無いと言えば嘘になるだろう。彼女の噂を知ればその理由は納得のいくものかもしれない）
（どうやらこの未亡人が率いる一団は、アベルの率いる庸兵団と比べてもそう人数の勝らない。貴族の軍にしては軽装で、そして何より過半数の兵が熟年している。）
（兵装はまばらで、騎兵は纏まった数を揃えているらしいのだが、軍としては何所か見る者に欠けた印象を与えるものだ。）
……本来、ウラスエダールよりの盗賊たちは統率の取れず武装もままならぬ烏合の衆ではありますが、偵察のお話では騎兵も目撃されており……
どうやら討伐隊を返り討ちにせんと廃坑を利用し、簡素ながらも根城すらも築いているとか……。
（声には憂いが含まれているようだが、将であることを演じている様な素振りでもある。老兵を振り返り、それからアベルに向き直る）
……アベル・レッドフィールドとその一団には先鋒を任せる事になるでしょう。遊撃隊としての活躍は私の耳にも届いているものです。 -- イオニカ
- イオニカか 噂以上の美人さんだ うちの兵にもやる気が起こるってものだよ
（英雄夫人への物言いではない イオニカの側近が目を丸くするが、気にした様子もなく笑う赤毛の剣士）
根城があるとなると、こちらからの侵攻か……そうなると、何も知らないでは不利だね さて、ならー……じいや、地図を
（笑顔から切り替える表情は、戦場を進む者として 老騎士が持ってきた地図を広げれば、本題に入る）
イオニカちゃん、この辺りの地理に詳しい者は居るかい 俺達は異国人だ、先鋒は良いが、まず情報が欲しい 攻める為に、生きる為に -- アベル
- それは……ありがとうございます。ご活躍を期待しています
（目を細めて微笑んでみせたところ、この未亡人の方も気にもしていない様子である。）
……この辺りの地形はウラエスダールに近付くに連れて多少、起伏のある……そして奇襲にはもってこいな視野の狭い道が続きます。
行軍する以上……その道をお行儀よくお進みになるしかないのですが…………。
（地図に細い指で道なりを示し、その中途でいくつか丸を作ってみせる。どれも地形に戦術的難がある場所であった）
（どうやら憂鬱そうにしている原因がそれにあるらしい。寄せ集めとはいえ、元々は名誉ある貴族の兵であって騎士であったものばかりだ。
それが援護とはいえ傭兵の一団を壁の様にして進まなければならない。戦争ではないがこの命令系統が女としては非情にも感ずるのだろう。）
……口に、するまでもない事ですが、アベル…様とその皆様には泥をかぶりながら進んで頂くことになるでしょう。 -- イオニカ
- （たおやかな笑みに返す明るい笑み ギザっ歯が除けば、やんちゃな子供のような表情だ）
ふぅん、成る程な（しかし、地図と説明を理解すれば、目を細める 数事の質問をする様子は、部隊を治める者らしく）
うちの隊は東生まれの小型馬が多い 山道でも少しは動ける 十数人を斥候に出し索敵遊撃、本隊はその後に進軍ってのが良いかな……（痛むような顔をするイオニカに気付けば、少し言葉を止め）
（そしてまた、笑った）なぁに、泥を這って雨に打たれて 汚れ役なら慣れてる それに、俺達も奇襲が得意でね だから逆に、奇襲する側がされて嫌な事は判ってる
適材適所 どうせ戦なんて皆そのうち手を汚すんだ 気にするなよ、イオニカちゃん（金ももらってるしな、と笑った） -- アベル
- （アベルの言葉を励ましの言葉と取ったのだろう。静かに肯いてみせた）
せめてものことですが比較的に若く立地を理解しているものを従士を部隊の方へ合流させてください……。
戦いに望む指揮官がこの様な言葉を言うのはいけないと、釘を刺されているのですが……できれば誰の血も流したくはありません。
賊達も……恐らくは理由があってその立場に身を窶していると想うのです。勿論、戦いの最中にあってそのようなことは甘言なのでしょうが……
（何所か煮えきらぬ様子で指先を合わせている。能天気な婦人ではない様ではあるが、血なまぐさい事柄にはどうしても不慣れなのだろう。）
（頼もしげなアベルの受け応えに引き寄せられて、身分を置いて、言葉を濁してしまっている。）
……いえ、ごめんなさい。先頭を任せる事になるのですから、……命のやり取りに関してはお任せするしかありません。
……どうか、ご無事に済まされますように願っています。
（軍を動かす準備をするために副将と見受けられる老将に命を下す。それからアベルにお辞儀をして自らの率いる兵達の元に戻っていく） -- イオニカ
- （剣士はイオニカの背を見つめ、僅かに微笑んだ 嘲るのではなく、）戦が終わった後には、ああいう人は、手を汚さないところで微笑んでいてほしいものだな
（踵を返す 付き従う騎士に、）優しいお姉さんだ でも、本人が言ったように甘い……理由があっても、盗賊達は人を害して生き続けている
兵達には、殺すなという命令は出すなよ 殺さないで済ますのは、殲滅するより難しく、兵の命を危険に晒す（その考えは、軍人としては当然の事）
（しかし、続いた言葉）……俺達は、兵を、盗賊を極力殺さなくて済む策を練るぞ ……難しいのはわかっているが
イオニカちゃんは、どうにも、ｵﾚみたいな初対面のやつでも、力になってあげたいって思っちまうような人だ（少し笑った）
（その後、その戦で先陣を務めた傭兵団は、大激戦になると予想されていた戦の中で、敵味方の死傷者を大きく抑えた結果を出したのだった） -- アベル
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- 223年-西ローディア・パルミジャーミ地域、フルーリエ伯爵邸敷地内 --
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- 黄金暦223年4月 イオニカの日誌より --
- 「第十三次ローディア大戦、および北方震災の影響は目と鼻の先の出来事でありながらも、この砦に置いて直接的な災を及ぼす事は無く━━
━━しかし同月**日、近隣に置いて先の大戦の惨敗兵と見られる賊奴の襲撃がある。
賊は数名(内、亜人種1)の健常者を斥侯にして、数頭の家畜を拉致誘拐。農民の所有する馬を強奪し北側山脈のふもとまでの逃走を計る。
捕獲した一人の東ローディア人いわく、傷追いの者数名を抱えたこの戦争脱落者の一団は既に半数が死亡しており━━
━━賊奴と化した一団を無力な一般市民として保護。……特に戦争における詳しい情報は得られず。」 --
- 追記:「傷を負った惨敗兵の中に居るはずの無い夫の姿を探してしまう。
ラショードはそんな私の様子を見て口ひげを撫でていた。……自分でも惨めではあるとは思う。
けどそうしなければ、今にも崩れ落ちてしまいそうな心があって……どうしようもない。
ルロックル様にも申し訳の無い想いばかりがあり、ミゼルの━━(後は消される)」 --
- 黄金暦223年5月 イオニカの日誌より --
- 「先の会戦で特別な損害を逃れたムジュール・アールの一部分隊が砦にやってくる。
彼らは名目上では収監された捕虜の引渡しを目的にしている。しかしこの砦に捕虜は数人もいない。
先月に身柄を拘束された惨敗兵の多くは、東の情勢に対して何らかの不安を抱えていた。
そのためか村の住人として、もしくは傭兵としての帰化を望むものも少なくは無かった。
東ローディアは想像するよりも、生きるのに苦しさを含む所があるらしく、兵士として国が為に担ぎ出された一方で中には、
故郷に身寄りを持たず天蓋孤独の身であって、何ら帰る気力を持たないが為に捕虜とされる事を頑なに拒む……そんな姿もあった。
それは、もしかすると今の私と変わらぬ姿なのかもしれず、その為に私権を利用する形で、こと正しく書かれるべき牢獄の管理リストは
その正確さを欠く形で、ムジュール・アールに手渡される事となった。
引き渡される捕虜は交換の価値を持つ地位に着くものか、商人の息子である等の理由で無事に帰ることが出来る。
戦争がおこると、惨敗兵の賊が増加する理由が分かった気がするが、治安を維持する事を役割とされたのなら、今回の方法は間違っ
てはいないのではないかと……信じたい。一人を救えば、もしくはその中に夫の姿があるのではないかと、願って……。
…………私はいまだに夫の死を理解できないで居る。」 --
- 黄金暦223年8月 イオニカの日誌より --
- 「ぽっかりと空いた穴の中に、腐り果てた遺体が横たわっていた。胴に大きな傷がある。
形だけはどうやら一応は縫い合わされてはいるらしかったが、その姿は既に私が彼と認識出来る様なものではなく、
もやは何者であるかどうかと、証明をするものは薬指にはめ込まれた指輪だけ。指輪は確かにミゼルのものであって
それでいて、私が肌身離さず身につけている者とは一致するのであった。……その事は、確かに。
……この二度目の葬式に呼ばれた私は、また二度目の同情を与えられた。
誰しもが夫の存在を悲しみのうちに忘却しようとしている事は、目に見るよりも明らかであった。
涙を流す事を忘れてしまっているのは私だけである。この一連の儀式が終わった後に、私はずっと夫の墓に向かい合っていた。
見知らぬ人間で埋められた墓であると、うっすらと思ったりもしたが、それが無理の有る見解であることも理解していた。
ミゼル・パルミジャーニと彫られた石造りの墓石に、何所からともなくカラスが一羽降りて来た。嘴には見覚えの有る光物。
妙にもの言いたげなこのカラスは儀式の最中、遺体から指輪を奪うや、参列者を嘲笑うかの様にその姿を空に飛び立たせていた。
まるで魔女の所業であろうが、私はそのカラスの悪戯にどこか悦に感じてもいたのだ。
その指輪はこの冷たい墓石の中等ではなく、何所か遠く、誰の目にも届かぬ場所へと持っていって欲しい。
願いが通じたのかどうか、カラスは再び何所かに飛び立っていってしまった。
アレキサンデルに戻ろうと言う時、葬式を指揮した司祭様にカラスの事を尋ねられた。だけど私は何も知らない。
そう答えると司祭様は黙って間を置いて、祝福の詩を唱えられなられて見送り出してくれたのだ。
もしかすれば、あの遺体は夫であったのかもしれない。だけれども何も温もりを失った石櫃の中に夫が居るだ等とは想いたくはなかった。
東ローディアにのびる空には暗色の雲が掛かっている。もしくは、まだ夫の魂がその戦場の中にさ迷い居ることを想っているのかもしれない。」 --
- 黄金暦224年1月 イオニカの日誌より --
- 破竹の勢いで東のローディアを壊滅せしめた帝国軍の勢いはとどまる事を知らず、西側国境線沿いにある砦には急遽として
防衛前線が築かれつつあった。その戦いに置いてどれ程の数の命が落とされてしまったのか、前線の配備からは遠ざかり、
ひたすらに賊の捕縛を任務としてきた、私には想像も出来ないことではあった。
神聖ローディア王国軍は戦意を失いつつあるもの、健在な軍を含み大爛帝国帝国軍に大部分を吸収された形で西側に、
このフルーリエの家のある地にまでも迫りつつあるのだ。その中には恐らく、夫を殺害━━切り結んだ者の姿もある。
ラショードにその事を打ち明けると、静かに首を横に振られた。
しかし後日、事の重大さに気が付いたのであろう西側諸国の面々たちは総力を持ってしての、全面戦争を決意。
大爛帝国は強大な侵略者であるとされ危険視される。
西側は、例え予備隊であろうども前線に配備されるであろう程までに、防衛線を広くする腹積もりであるらしいのだ。
この戦略が決定された時、ラショードは杞憂がちに防衛線を広くし過ぎる事の脆さを古くの友人に語っている。
それでも結果的にデュ・タンまでもが、防衛線に配備されることになり、殿方がよく話の種として酒と供に口にする戦略・戦術の
高等を露も知らない私個人は、機会を与えられたのだと、ただ何とも言えない感情に身を昂ぶらせているでのある。
放牧されている羊達の群れの中から、何頭かの若い羊が食膳に出された。
女中達は私や老人達、まだ子供の幼さの残る志願兵が戦争に出る事を祝福する反面、半場嘆いてもいる様でもあった。
死を急ぐにも半端な者達である事もあるのであろうが、中には女中の親であったり、子供であったりするものも少なくはないので
ある。今となっては賊達や、一部の外国人も一軍に加わって仲間としての意識を高めつつある、現状である。
その事をふと想って、私は少し敵討ちと言う個人の感情が、とてもどうしようもないものであるように思えて悲しくもなった。
ただ、ただ。どうしようもない感情の矛先を求めているだけなのかもしれない。
私は惨めな羊飼いで、恐らくは周りの誰しもがその事に同情をしてくれている。
「やっとこれでミゼル坊主の敵討ちになる」「あんたの無念は恐らくは神もお認めになったろう」「フルーリエの意地を見せてやろうぞ」
ささやかな羊の宴で、彼らは戦意が十分であることを示していた。
デュ・タンはこの一年で実戦で戦えるであろう程の好調な戦績を上げている。老人達はどこか若々しさを取り戻していて、若者は
その老人の真実とも知れない話として装飾された戦歴を真面目腐って肯いて聞いている。
戦う事は、求められてもいるのだと、心に想う。
次の日に、義弟の蒼鷲隊とこの白羊隊は防衛線上にて合流する手筈となっている。
理由は聞けなかったが、パルミジャーニ本隊はどうやら前線にまでは出ては行かないらしい。
戦争に出向く前にルロックル様にご挨拶を窺えない事をとても残念思う。それでも敵討ちを目的として戦に出ようという私に対して、
侯爵様は悲しい瞳を向けてくださる様な気もするのだ。
何か大事な事を思い出せそうな気がして窓の外を見る。見覚えの有るカラスがその口に光るものを咥えているのが見えた。 --
- 黄金暦224年2月 イオニカの日誌より --
- これから積み上がるであろう屍たちを啄ばもうとしているのか、漆黒色の鳥達が行軍するデュ・タンの上空を滑空している。
部隊は幾つかの戦いを重ねていながらも死傷者の数は最小限の形で留まっており、これは初戦にしては善戦に近い戦果ではないかと思われる。
とは言え、私は余り熱心に命令を下しているわけではなく、これらの戦跡はほぼ歴戦の老兵達の手柄であると言ってもよいくらいだ。
突破力を持つ騎馬隊、その先鋭で集められた隊が副将ラショードに率いられて先行する、最後尾には負傷者や少年兵が置かれる。
蛇行する軍の腹の部分、私は従者達に前後を守られながらも馬に揺られる。この従者達とは一切の面識がない。
フルーリエの別本隊であるムジュール・アールから、義弟の配慮によって護衛として配属された者達で、デュ・タンの中にあっては一際頑丈そうな
甲冑を身にまとう重騎士達である。彼らは終始寡黙で、何を話しかけても形式ばった態度で最低限の言葉だけを遣った。
私自身も、腕の立つ者達を傍らにつける事が護衛することだけを目的としているわけではないことは重々に承知してはおり、
ラショードの言う分には、彼らはいざとした時の制止力でもあって、戦場に置いては貴族の殿方は”女”を信用し切れないのだという証でもあるらしい。
女である事を軽んじられる事は、さほど問題とは思ってはいなかったが、言動に多くの制限を加えられる形になってしまい、その事がよりいっそうに
鬱屈した気持ちを心中に呼び込んだ。一度、寡黙になってしまうとどうしても余計な事ばかりを考えてしまう。
━━。
風の噂では一部の人間達から私は夫を呪いによって殺した、張本人であるらしい。
恐ろしく下らない噂話であると、周囲の者達は私に気に掛けない様にと諭したが、それにしても呪いというのは唐突なもので、面を喰らってしまった。
その話の原因は周囲を飛び交うカラス達が起こしたもので、つまりはそれらの黒い鳥達は私が使役する使い間であるというのだ。
ある女中が金属のを口に咥えるカラスを目撃した。それは見覚えの有る指輪を咥えていて、そのカラスは私の部屋の窓の外で木の枝に居座り、
じっと部屋の中を覗いていたというのだ。━━まるで、主の命令を待ち構えているかのように。
勿論、事実無根であり、誰もその話を本心から信じるわけがない。そう想った。ただ、一部の者達だけは例外としなければならなかった。
これから先も、その様な言い掛かりが続くのではないかと思えば、屋敷を出て、戦場の未だ肌寒い冬の風を頬に感じる事は何ら煩わしさもない事だ。
もしくは、初めからそうだったのかもしれない。
私は、軍を率いると言う行為によって、失った居場所からの逃避を企てているのかもしれなかった。
空の色までに哀しさを覚え始めた時、ふと、行軍がとまった。
敵の先鋒部隊を先行していた偵察が見つけたらしい。赤色の旗を靡かせた部隊で、どうやら強行に防衛線に向かって進んでいるという。
カラスたちもざわめき始めていた。その様子に、どうしても不吉な予感が拭えない。 --
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