FA/0042

  • http://notarejini.orz.hm/up3/img/exp033510.jpg -- 2018-11-04 (日) 22:02:15
    • ……ああ、その写真か? もう30年近く前のものだな。
      渋面なのが私で、その隣でチャーミングに微笑んでいるのがアーデルハイドだ。
      結婚してすぐに撮影した写真だ。でなければ私はこんな顔をしていない。
      なに? なぜこんな酷い顔をしているか? 右目にも傷が無い?
      その二つの疑問は一つの思い出によって解消されるが……そういえばお前にはまだ話したことが無かったな。
      良い機会だ。お前も所帯を持ったのだから、その有難みが分かる話をするとしよう。
      なに? 私には言われたくない? ならば反面教師としろ。そういう話だ。
      さて。話は私とアーデルハイドが結婚することになったところまで遡る。ちょうど写真に書かれている年のことだ。 -- エドモンド 2018-11-04 (日) 22:02:50
    • 当為(ゾルレン)と意欲があるが、能力がない。
      即ち、なすべきことを欲しはするが、それをなし得ない。
      それが父という男だった。
      その父が失意のうちに死を迎え、なんとも厄介な置き土産を残していった。
      家同士の取り決めで知らぬ間に決められていた婚約者。
      魔術師界隈ではそれなりの家格を持つフェーローニア家のご令嬢。
      彼女は父の葬儀が一通り終わった後になって、慎ましやかに我が屋敷を訪れた。
      「初めましてエドモンド。かねての約定により、今日から貴方の妻になるアーデルハイドです。よろしくね」
      佇まいこそ慎ましやかだが、その言葉には力があった。
      顔も知らぬ男の妻になることに対して、一切の惑いも感じられぬ響き。
      そうであることが、さも当たり前のように言い放つ彼女の視線は、まっすぐに私の瞳を捉えていた。
      ──こちらこそ。
      さて如何にして丁重にお帰り頂こうか。
      口にした言葉とは裏腹な思考が頭を巡っていた。 -- 2018-11-06 (火) 00:51:30
      • そも、フェーローニア家というのがよろしくない。
        彼女との婚姻に否定的な理由はいくらでも浮かんできたが、まず第一はソレである。
        何かにつけ己の非才に嘆いていた父らしく、自家より力を持つ家格から嫁を迎え入れる発想が気に障る。
        他の界隈は知ったことではないが、古より連綿と真理の探究に血道を上げる魔術師家系において、結婚は実利と政略によって成されるものだった。
        力の優れる家が相手であれば救いの手とし、同等以下の相手であれば危急の際の保険とする。
        気に食わない、気に食わない、気に食わない。
        己が身を以て真理の探究を成そうとするならば、その手の小細工は不要であり、負け犬の思考でしかない。
        それだけで理由としては充分過ぎるほどであったが、更に承服しかねる事態が存在していた。
        ──なぜ死別した妻の家から、息子の嫁を迎え入れようとしたのか?
        この婚姻がどちら側からの申し入れかは分からない。
        だがどちら側であろうと、フェーローニア家から当家に対して憐憫の類が垣間見える采配であることは疑うべくもない。
        そうかそうか。前の嫁は残念なことだった。今度は息子に寄こしてやるから次は上手くやれよ、と。
        まったくクソ喰らえだ。
        他人のお情けに縋るような生き方など御免被る。
        私は私の手で事を成す。
        当為と意欲に能力が見合っていないならば能力を磨くだけだ。
        能力に合わせて、自らの望みに添わぬ当為と意欲に鞍替えすることなど我慢ならない。
        ましてや父のように、当為と意欲を捨てきれず、己の能力に悲嘆する生き方など以ての外だ。
        与り知らぬうちに決まっていた婚姻など認められるものか。 -- 2018-11-06 (火) 00:52:32
      • 「エドモンド。そなた結婚したらしいな。いかような御仁か興味がある。見せよ」
        「ふざけるな。失せろ死神」
        酒場で食事にありついていると、厄介極まる女が野次馬根性を隠そうともせず話しかけてきた。
        無視したところで、こちらの都合などお構いなしに勝手に屋敷に押しかけてくるのは必定だ。
        口惜しいことに実力行使でこの女を止めることは出来ない。
        誠に遺憾ながら、この女の興味が尽きるまで、フェーローニア家の令嬢の話をするしかないのである。
        「なぜ斯様な場で夕餉を口にしているのか? 奥方はご不在か?」
        健在だからこの場にいるのだ。
        厄介なことに、当家に来てから朝昼晩の食事を用意しているのは使用人ではなく、彼女であった。
        それだけでに留まらず、彼女は使用人の半分ほどに暇を出すと、彼らが行っていた家事一切を自らの手で取り仕切るようになった。
        真に良家の令嬢ならば、家の全てを差配できるように家事諸々についての教育を受けるものだが、彼女は度を超していた。
        本来メイドが着るような仕事着を身に着け、掃除・洗濯・食事の用意などといった主要な家事を、彼女は完璧にこなしていた。
        監督役ならいざしらず、自らが日々実務にあたるなど、魔術師家の令嬢なら考えられないことである。 -- 2018-11-07 (水) 01:16:38
      • 「なんだ。では奥方の手料理が不味いから、ここで食事をしているのか?」
        「完璧にこなしていると言っただろうが」
        何度か口にした彼女の料理は文句のつけようがなかった。
        味、分量、バリエーション。朝昼晩と供されるメニューの使い分け。
        嫌味なほどに隙が無い。
        「先ほどから理解に苦しむ話だなエドモンド。美味い料理を口にする機会をみすみす逃すなど考えられぬ。そこまで偏屈な男だったか其方は」
        「人には人の数だけ事情と機微があるって事をいい加減学んだらどうだ粗忽者」
        家で食事をする際、必ず彼女は同席してくる。
        まめまめしく給仕をしながら話しかけてくる彼女に、気のない生返事を繰り返す作業は苦行に近い。
        私は可能な限り彼女との接触を断とうとしていた。
        前以上に研究に打ち込み、食事や睡眠は極力屋敷の外で行う日々が続いていた。
        「ふむ。では子供はいつ産まれるのだ?」
        「臆面もなく恥知らずが。その『いつ』が訪れることは永遠に無い」
        なにせ彼女には今まで指一本も触れていない。
        これからもその機会はないだろう。
        離縁する女を抱くのは愚策の極みだ。 -- 2018-11-07 (水) 01:18:02
      • ──寝室を共にするのは互いの事を良く知り、合意を得てからにしたい。
        私が結婚にあたって彼女に要求したのはこの一点であった。
        この要求は受け入れられ、その結果として初夜に結婚の証を示すような悪習を回避することは出来た。
        時代の流れで効力は弱まってきたとはいえ、夫婦の営みをもって結婚の成立と見なす文化は生きている。
        結婚の成立・不成立が、離婚調停の決め手となることは古今のケースを見れば明らかである。
        「エドモンド様。いい加減、奥様の事をお認めになっては如何ですか」
        父の代から務める家令の言葉に一瞬耳を疑った。
        奥様。奥様と言ったのかコイツは?
        今までは私に同調して「フェーローニア家のご令嬢」「アーデルハイド嬢」などど呼んでいた家令が。
        奥様と呼んだのみならず、私を諫めようとしていることに眩暈がした。
        「奥様は立派に務めを果たしておられます。エドモンド様もそれに倣うべきでしょう」
        「不当な状況下に置かれて尚も務めを果たそうとする。そこに何か裏があるとは思わんのか?」
        「ほう。では何も裏がなければ奥様をお認めになると?」
        家令の反駁で、ぐっと言葉に詰まる。
        彼女の真意が那辺にあるのか?
        それを確かめた結果どうなってしまうのか?
        考えぬようにしていた問題だ。得も知れぬ漠然とした思いが胸中に漂う。
        「……たとえ彼女の真意がどうであろうと、私は私の為すべきことを為すだけだ」
        「斟酌いたします」
        その斟酌は誰の何に対してなのか?
        詰問したい気持ちを堪えて私は言葉を飲み込む。

        ああ、そうだ。
        誰が何を思おうと、口出しさせない結果を見せつければいいだけだ。
        こと魔術師界隈での話ならば、魔術師として圧倒的な力を見せればよい。
        力と道理が伴えば、互いに望まぬ婚姻など容易く覆せるのだ。 -- 2019-01-14 (月) 22:44:38

Last-modified: 2019-01-14 Mon 22:44:38 JST (1928d)