ビゴー家出身 ロジャー・スミス 19769 †
Epilogue - "Roger the Wanderer" †そのメガデウスは私のネゴシエイションに難色を示していた。 悪魔的に趣味の悪い口にはボロ雑巾の様な何かが引っかかっているのが垣間見え、無数の脚の切っ先は我々に向けられていた。 その事実が交渉の決裂を意味している事くらい、私にもわかる。 私はいつだって紳士的な交渉を優先してきたというのに、それが相手の野蛮性によって裏切られるのは残念な事だ。 紳士的な交渉が必ずしも通じる相手ばかりではない事は、私も経験則で周知している。 この世界ではただの趣味の良い腕時計でしかないそれを露わにすると、私は交渉が次なる段階に移った事を高らかに告げた。 ・ ・ ・ 我々は砂礫の山に分断されていた。立ち込める砂塵の彼方、伊達男がアイゼン嬢の肩に手をかけるのが視界に入る。 アイゼン嬢はどうしようもない致命傷を受けてなお、伊達男の振舞いに苦笑していた。 伊達男はレディを庇護しつつ抜け目無く退路を探り――再びの落盤で私の視界は閉ざされた。 私の役目はあのいけ好かない男に見事に取られてしまった。彼について、評価を改めておく必要があるようだ。 大小の巌に閉じ込められ、私は静寂の中に置かれていた。 洞穴の暴君はどこへ消えたことか、私のパートナー達はどうなったことか。知る由もない。 視線を頭上に転じてみると、意外に茫漠たる空間が広がっていた。 酸欠で死ぬ事だけは無さそうなのは本当に有難い事なのだろうか。疑問だ。 ともあれ、私は考える時間を与えられたと解釈しよう。 剣と魔法の世界にドームは無かった。ここに来た最初の頃、酒場の客に笑われたのが記憶に残っている。 「蜀犬は日を見て吠える」…古い諺だ。曇り空ばかりの世界に生きてきた犬は太陽を恐れて吠え立てるのだそうだ。 果たして、ここはいつも重圧的な雲が空を覆っているわけでもなく、晴れた日には心地良い陽射しを存分に浴びる事が出来た。 近代的な兵装、ましてメガデウスなど存在しない世界では騎士道物語じみた武装が当たり前で、人と怪物は互いの顔を見ながら戦ってきた。 この世界を訪れて、私は剣を執った。かつて死刑執行人が振るったその剣には、見覚えのある章句が刻み付けられていた。 "CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTY." 座り込んでいた私の膝に、再び僅かな砂礫が降りかかってきた。どうやら私の死は予定より早まった様だ。 瞑目、轟音、震動、僅かな痛み。頬に注ぐ暖かな感覚。 洞穴の暗闇に馴れた目にそれはあまりにも輝かしく、私はまさしく、それを恐れるかのように少し後ずさった。 ――黄金暦87年11月12日正午 交渉人ロジャー・スミス 失踪
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