名簿/484724
イオニカ>名簿/484724 &COLOR(#CC3399){いおにか}; 乌鸦>名簿/486470 &COLOR(#336699){うー}; &br;
- 黄金暦224年 9月 --
- (話は夏の終り頃になる。無駄な足掻きをしない事を心に決め、イオニカはどうにか糸口がないものかと藁を掴む気持ちでいた。
栄樂にあっては西のパルミジャーニ地方とそこまで気候の変わるものでなかったが、東の海からの風を受けるために、温度が若干高く感じる。
パルミジャーニはどちらかといえば山岳に囲まれる地域を含んでいる他、大きな水源も南側に存在することもあってか、夏の気候にあっても涼しげな
風が吹く事が多かった。栄樂にも水源が近くにあったが、河の形で、風を涼しげにする程のものではないらしい。)
(暗黙の内、外へ出る事を許されていない事も手伝ってかどうにも落ち着かない所もあった。単純に鬱屈していくのである。)
(無駄な足掻きはしないとは心に決めていたものの、その様な種類の人間らしい感情の話になると別の問題になってくる。)
(「せめて、話し相手がいれば……」と、イオニカは無意識にため息を吐いていた。)
(元来物静かを好み、おしゃべりではない彼女も、環境の変化による心痛を言葉にせずにはいられなかったらしい。)
(自然と、よく目に付いた召使いに親近感をこめて話を掛けることを試みる事になった。西側と帝国間にあっても言語はほぼ共通するものであったので
その事も憚らず言葉を紡がせた。相手はまだ少女らしい年齢であることもあって、驚かせないようにと微笑すらもしていた。)
(このとき、話題を探して前日食事に出された魚の事を思い出していた。西側ではあまり見ない魚だった。)
爛国の海で獲れる魚は西には居ないものもあるそうですね。……昨日に出されたものはとてもお口に合いました。
色がびっくりしてしまうくらい鮮やかで……少し目玉も大きかったですが。でも美味しかったのは本当です。料理をした方にお礼をしたい程のものでした。
(誇張が無い事もなかったが、美味であったことは嘘ではなかった。もしくは珍しいものに僅かに興味を向けていたのかもしれず、ともかく相手の返事を
待った。召使いはイオニカの言葉を背中で聞いて、一瞥だけをくれると、朗らかを表情に現すイオニカを無視して再び仕事に戻った。)
(「忙しいところ、申し訳なかったかも……」知れないと、イオニカは反省をしてこの日は話を掛けるのを断念した。)
(次の日、魚料理が多く振舞われた。イオニカの知る西でも食される魚から、見知らぬものまでが数日の間に出された。
出し尽くされたと言っても過言ではなかった。中には蛇の如くものもあり、魚であるかどうか、海に詳しくないイオニカにはどうにも分からなかった。)
(「少なくともコミュニケーションにはなっている」と言うので、次には鳥の話をした。)
あの鳥は西には見なかったものですが……、爛国では鮮やかなるものが好まれるのでしょうか。
そういえば、食膳に見慣れない鳥のお肉が……
(と、やはり興味から違いを指摘するような形になり、どうしても食事の話題しか持たない。それも仕方が無い事でもあり、監禁状態にあっては食事だけ
が日常の変化であった。そして文化に触れる機会でもあり、認識では共通の事柄である)
(イオニカはもしや、とは思ったが流石に大爛帝国に置いても食用の鳥である鵬の他、そう食用に適するものが種類多くあるわけでもないらしく、
鳥で食が埋め尽くされるような事にはならなかった。ただ西側ではロック鳥と呼ばれる鵬が、その日の夕餉にまるまるの一匹で出て来たばかりである。)
(流石のイオニカも膳が運ばれると閉口した。)
……。
(しれっとした調子で鵬を運ぶ召使いに目をくべると、僅かに反応する所もあった。が、意図を理解したとは到底思えなかったのである。)
(しばらく黙していると、召使いは「……たんとお食べ下さい」と、小さな声で言った。)
……はい、頂きます
(それがその召使いと初めて交わしたまともな会話となった。) --
- 黄金暦224年・夏季 --
- この時期、戦乱の模様は西ローディアから移りって神国軍と大爛帝国の激突にあった。
決戦をあやうく回避した西側は軍を建て直し再起することに躍起になっている時期でもあり、先の戦闘の苦い経験から来るべき対大爛帝国に向け、
いくらかの対策を講じている期間でもあっただろう。
それだけに、一方的なまでにローディアの地は侵略を受けていたし、なにより大爛帝国が無類なまでに強かったと言える。
僅かの期間にあって幾人かの将校貴族が殺され、侵略者に対しての危機感を強烈に植えつけられたとも考えられる。
その様な大局の流れも、本流の流れではない小さな集まりにしても影響が無いわけではないらしく、
そういったことを分かり易い現象として見れば、人種差別的問題が浮かび上がってくると言う事になる。
戦争が起これば、必ず何所かにしわ寄せが起こる。その最たる所が権力を持たない者達で、農民であったり土民である者達だ。
イオニカにとって幸いであった事は、大爛帝国がいまだ一方的な侵略者の側にあった事にある。
圧政によって搾取される側には置かれても、まだ納得の範囲であって、結果的に不条理ではなかった。一方、ローディア側の農民からすれば、
大爛帝国は土足で土地を荒らしていくだけの搾取者であり、自らに置かれた圧政をさらに助長し続けるという存在である。
その事から人種差別問題がイオニカにもたらした事は、現状に置いて僅かな空気感だけに留まっており。その事は、『敵国の人間である』と言った
普遍的な感情論からは逃れない程度のものとなった。真逆の境遇であれば、その事は違ったかもしれないが、西側の貴族一家の一員である身分
よりも、側室(形だけではあったが)として轟爛の所有物とされている格の方が上になっているのである。
イオニカは大爛帝国の政の事情をまったく知らないと言っても良かったが、それでも、少なからず快適に過ごしていることが、轟爛の政治的威厳を
見せつけられることに等しい事になった。彼の政治手腕や統治を目にせずとも、その気配から強大なモノを感じているものである。
人種差別問題は主により弱い立場にある者へと虐げられる、と言った形で行われた。 --
- 例えば、この数ヶ月間の間にイオニカは召使いの一人を捕まえて、こう問いただしている。
「私の他に、西の者が捕虜とされてはいませんか」
問いただすと言うには遠慮がちな問いかけではあったが、先ほども触れた様に、形だけは轟爛の傘の下にいるのであるから、
問われたものからすれば、どうにも無碍にするような返事も出来ず、知っている事をうやうやしく話した。
すると、どうやらイオニカと互いに顔の知るものが捕虜とされていたらしい。支族の男で、どうやらイオニカより以前に捕虜となって監禁をされている。
時期に捕虜として交換にされるという話で、毎晩、西ローディアの牧羊歌を歌い、見張りの兵をへきへきとさせているらしい。性分は頼りがいのある
兄貴肌の男で、イオニカは何度かその男の親切を見ている。
事を知ると、イオニカは飛びつくように机に座して手紙をしたためた。
懇願する形で下働きの者にその手紙を掴ませて、「どうか兄にお渡し下さい」と涙ながらに頼んでいる。
切羽詰った様子に負けて、結局その下男は肯いてしまった。
何週間かが過ぎて、捕虜の男が複数人からの暴行を受けて殺されてしまったと、下男がおずおずと耳打ちした。イオニカは顔面蒼白になって、
信じられない、と何度も食い下がった。が、事実であった。どうやら男は嫌西感情の根深い兵によってなぶり殺しにされたらしい。
渡されず返された手紙を、黙して見詰める婦人に申し訳もなさそうに頭を下げて下男はその場を後にしている。
イオニカからすれば、その手紙は自らの今後を左右するかもしれない内容を含むものであって、フルーリエの家に、自らの存命を知らせるものでも
あった。希望的観測ではあったものの、助け出されるかもしれないという淡い期待を丹精に文に籠めていたものであろう。
同時に、イオニカはこの様にも想った。
「轟爛という男が先に手を回したのではないか」 轟爛にして見ればどのような形であっても、所有物を自らの手に納まっている間は無頓着でもない
はずであり、ただイオニカを屋敷から逃がさないで置くだけの命令を自らの息が掛かったものに与えなかったかもしれない。
どうにしても、戦時中にあって、自ら気を削がなくとも監視をさせる程度のことはしていたはずである。
その様に考えて、イオニカは慎重になった。もしかすれば、支族の男が撲殺される原因を作ったのは自分かもしれず、無闇な行動の結果が現状を
招いたているあり、事に関しては辛抱強く進める事を決意していた。
事といえば、轟爛が自らの夫を謀殺した首謀者であると言う話も、彼女の内心を焦られている原因にもなってはいる。
例え、いくらか温厚な人格を所有していても、約束を交わしもした相手を対象に快楽的な殺人を嗜む様な態度を示す、人物を嫌悪せずにいられる
はずもなく、同時に轟爛に辱められる事もあり、帰郷心はより一層強いものになっていた。
ただ憎しみの感情に任せていない事は、やや彼女に機敏な所のある所有でもある。
「一度、国へと戻り、義理の父兄弟達を、西側貴族を説得し団結をして、軍を持って戦場にて轟爛を討たなければ」
と、やや遠い目標を定めていた。自らが手を下さなければ気が済まない所もあったが、余りにも現状に耐え忍ぶ事のできない時には、
人任せであっても構わないと、妥協すらもしていた。どうにしても、現状と言う監獄から見た希望にすがり付いているのであった。 --
- --
- (寝具にくるまって、足を抱えるように蹲っていた。)
(昼夜涙を流して、そのようにしていた。声は嗄れたようになっていたが引き攣った様な嗚咽だけはおさまらなかった。)
(轟爛が戦争のために本土から帰っていないが為の事であるが、これは勿論、情愛からの事ではない。むしろ涙を流す行為は彼女にとって気を休める事ですらある。)
「━━あの男の居る日は」(と、想いに続く。不純な、穢れた行為をされるのだ。)
(轟爛の前では決して涙は流さないと、心に決めているものらしい。屈服を認めず、男の前あくまで気丈に無心を貫いた。)
(嗚咽交じりの涙も、そういった事の反動でもある。根深い傷を牙で掻き毟られている感情であっただろう。) -- イオニカ
- (感情が治まりをつけると「この地獄が何時まで続くのだろう」と思考をめぐらせた)
(恐らくは、彼女が男の篭絡から抜け出す方法は少なくはないはずだ。)
(例えば、戦争捕虜として扱われているのならば、同じくして先の会戦で捕虜となった帝国将校と交換にされればいい。
イオニカは名義上貴族の娘である。義理の……と言った名分こそ付くが、フルーリエの家は彼女という存在をそう蔑ろにするものではない。
もしくは、適当な捕虜がいないのであればどうだろう。金銭による捕虜の交換は情勢の落ち着かぬ間は意味をなさないのではないか。)
(そうすれば、捕虜として確実に西側に帰れるのは戦争の決着が付いた頃合いであろうか。
国勢を知る事の出来ない現状、戦争の展望等は出来ない事ではあったが、それでも幾らか先の事になろうことは分かることだ。)
(そもそも現状、自身が捕虜として扱われているかどうか。轟爛と言う男は、人をも物品として扱う様な癖があって、彼女もただ『戦利品』として西側から奪ったものと見ているかもしれない。)
(つまり個人の価値判断でしか扱われない。そうすると捕虜として、国家間を通してどうにかなるものではない。)
(では、個人の所有物としての彼女は、何時解放をされるだろうか。
もしくは男が彼女を弄ぶ事に飽きれば━━そう考えられるが、その時には轟爛と言う男の事である。つまらなくなった物を”ただ”処分するだけなのではないか。)
(考えるだけ、絶望的な状態にある。)
(鳥篭の中の鳥であるのだが、その飼い主が乱暴者で鳥を生き物とも思っていなさそうなのである。捕獲され、籠に放り投げられた身としてはこれ以上の不幸はない。)
……ッ(ぞっとするような感覚があって、寝具を跳ね除けて起き上がる。) -- イオニカ
- (「いっそ、自ら死を選んだ方が……」)
(その精神への負担を思えば、潔く死を選ぶ方が楽であると言える。)
(轟爛は己が仇でもあったが、彼にすれば彼女は弄ぶ遊具である。仇を愉しませて置くままの術もない。)
(室内に視線を巡らせる、刃物の類はないはずであった。はずであったが、きらりと光る刃を見つけてしまった。)
(いつの間に置かれたのか、膳が準備され置かれており、その傍らにうっかりと落とされた様に小さな刃物が放置されている。)
……。(疑り深く、しかしその刃物から目を離せない) -- イオニカ
- (面識は無い。何度か彼女の前には現れたことはあったが、度々、目も合うことはなかった。)
(それもそのはずで、彼女はずっと嘆いているのである。憐憫の情には自己を守る為に周囲を遠ざける働きがある。)
(ましてや召使いとして終始佇んでいるだけでは、存在を認識されないのも肯けるものだった。)
(イオニカが声を嗄らして泣き続けている様に、この幼い下女もただ沈黙と静寂を守っていたのだから)
(屋敷にあって、下女は一人だけではなかったが、率先して気難しそうな西の貴族夫人の世話をしたがる者もなく、必然と、立場の無い奴隷であり異国出身である少女に鉢が回って来ることに為る)
(いくらか決められた当番があったが、彼女の寝室に皆勤しているのは少女だけである。)
(その度に、女の情念とも言える光景を横目にしたが、何も感じない様に無表情であった。しかし内心では)
(「この人はどうしたいのだろう」と、度々小首を傾げている。)
(イオニカは恐らく気が付いていないだろうが、ときたまに独り言を漏らしていた。その中に自らの死を願う所もあり、それを耳にしたこの奴隷の召使いはそっと、忍ばせていた刃物を"床に落とした"のであった。)
(「それで━━」)
(「どうするだろう」と、彼女の死角からまんじりともせずに様子を窺っている。) -- 乌鸦?
- (もしもイオニカが置かれた刃物を手に自らの胸を突くのであれば、彼女を絶命させた責任は少女に向かうだろう)
(主人である轟爛が帰宅した後、イオニカの遺体を見つけ、たちどころに自らその責任を取らされるかもしれない。皇子の所有物を壊して罪を逃れる様な事もないだろう。)
(ましてや"あの"皇子である。腹いせに屋敷に住まう下女を全て嬲り殺しにする可能性すらもあった。)
……。
(少女もその事は理解している。だが、特に感情に影響する所もない。)
(ただ結果を見届けることに入念になって息を殺している。罰を恐れていないばかりか「死ぬのであればどうにか"助けよう"」という気配すらある。) -- 乌鸦?
- (刃物を手に取ろうと近付いて━━)
(━━断念した。)
……そこに誰かいるのですか。
(戸の先に声を掛けたつもりで、誰かの気配があってのことではない。)
(しばらくの静寂があって膳に目線をくべた。すっかり冷めてしまっているのが分かった。)
(恐らくはナイフは料理を事前に切り分けて置く為のものであっただろうが、そうするとこれを運んだものの落し物であろうと思案した。)
(躊躇ってから、刃物を拾って懐にしまいこんだ。自害の気はなかったが、誰かを傷に付けることなども考えもしていないらしい)
(「落としたモノにそっと返してあげよう」と言う、現状からは能天気さすら感じる思考でいる。)
(彼女は、その滑稽さをどこかで自覚している。自らの感情に対して直視することを恐れてもいた。
それがその能天気な思考を作り出した。奇妙な動作であるが、衣服の上から刃物を撫でている。) -- イオニカ
- (傍目から見れば、刃物を手に入れて何事かを暗に想う女の姿があった。)
(自害はしないにしても、無力感からは遠ざかるだろう。刃物にはそれだけの魅力があったし、武器も柄も持たない裸の人間はあまりにも無力であることを少女は知っていた。)
(皇子の首を狙う腹であろうかとも思った。)
(そっと、姿を暗がりの中に消してその場を後にする。どうにしても、だ。)
(「これで彼女は泣き止んだ」のだと少女は思う。浅はかにも感じたが、そういう生き物であるならば、それでいい。)
(部屋を回りこんで死角の窓から外へ出た。夕焼けに西の空が望めたが、陽は遥か遠く、窓には影が差して暗がりばかりを作り出していた) -- 乌鸦?
- --