SS置き場 †
- 過去話とか色々。
- まぁ設定と同じく複線でござるよ
- ロダに上げると閲覧数が怖いし、名簿に置くには長いので別ページに。
- ID間違えてた……
少年と父親 †
話があると父上に呼び出された執務室。
「これを読め」とぶっきらぼうな言葉と共に差し出されたのは、王家の印璽が捺された封筒。
「陛下からですか?」と確認を取ると「そうだ」と短い返答が一つ。
身体の端々から機嫌が悪さが滲み出ている。
何か問題のある内容なんでしょうか、と疑問を覚えながら封を切ると、
納められていたのは俺を、とある場所の領事に推挙するとの書状が一枚。
「ゴールデンロア……」
一文字、一文字、確かめるようにその場所の名前を読み上げる。
ゴールデンロア、知っている。数多の冒険者が集い、英雄が生まれる地。セルキウスを訪れる異国の吟遊詩人は口々にそう語る。
けれど、あくまでそれは黄金の地の華やかな面のみを語ったもので、多くの血が流れる場所でもありますよね。と内心に頷いてから。
「でも、どうして俺なんでしょうか?」
同時に沸いた疑問を父上に問いかける。
ゴールデンロア、遺跡あふるる異郷の地。
大部分が内地と言う事もあって、二十年ほど前のセルキウスでは比較的軽視されていたが、
彼の地の領事職にあった先代の国王が数多くの成果を持ち帰った事により、今日に置いては、貿易相手として重要な地位を占める。
十五に満たない子供である自分の身には重い。そう判断しての言だ。
「お前でなければいけない理由がある。胸に手を当てて考えろ」
俺でなければいけない理由、胸に手を当てる必要は無い。先ほど答えに触れている。
「リーベルト先王陛下……父の、事ですか?」
歯切れが悪いのは目の前の、育ての親以外の人を父と呼ぶのに抵抗があるからだ。
俺と父上との間に血の繋がりは無い。黒い髪がその証。確かな絆はあるのだけれど。
人伝に聞いた話では、先王陛下が妻と呼んだ只一人も俺と同じ色の髪をしていたのだと言う。
昔はこの髪の所為で色々と苦労もしたよなぁ。と思いを廻らせながら父上の次の言葉を待つ。
「そう、リーベルト。十五年前の嵐の夜に国を捨てて行方を眩ました先代海王。
お前の父だ。此度はゴールデンロアでそいつらしき男が見掛けられたって話でな」
「うさんくさい話ですね」
「そうさな。だからお前が適任なんだ。
俺はお前に戦う術こそ教えなかったが、生き残る術はしっかりと叩き込んだからな」
「それはもう痛いほどに」
苦笑して父上に鍛えられた日々を思い出す。
ナイフ一本で無人島に放り出された事もある。海賊船にスパイとして潜り込まされた事もある。
それに比べれば遠い異国の地の領事なんて天国みたいなものだ。
「まぁ、あくまで推薦なんだからお前には断る権利もある。
立場は多少悪くなるだろうが、お前の友達には陛下も頭が上がらないしな」
友達と、父上にそう言われて俺は一度だけ目を閉じる。
金の髪を靡かせ、澄んだ瞳を弓にして何時も変わらぬ笑みを浮かべる友の顔。
何時か交わした約束と共に、その表情に思いを馳せて。
「行きます!ええ、行きます!
ゴールデンロアの冒険者は強くなるのには最適と聞きますから」
気が付けば肯定の言を口にしていた
「冒険者ってお前、別に領事だけでも良いんだぞ。危険が危ない。下手すりゃ死ぬ」
「俺は死にませんよ。生き残る術は父上に散々叩き込まれましたから。
友との約束もありますしね。それにリーベルト前陛下も冒険者だったと聞きます。
例え罠でも父の事を探るのなら冒険者になるのが一番じゃありませんか?」
血を分けた父の事を知りたい。その思いに嘘は無い。
そう伝えると父上は大きな溜息を一つ吐いて。
「お前がそこまで言うのなら俺は何も言わん。これは選別だ。持っていけ」
取り出したのは柄に精緻な装飾の施された剣と、銀のペンダント。
剣の方には見覚えがある。何時だったか、父上が式典で身に帯びていたものだ。
「この剣の銘はロンウェン、古代語で西方から吹く季節風を意味するそうだ。
うちの初代当主が建国王に賜った宝剣だ。お前に預ける」
名剣ロンウェン、知っている。何時だったか親友が俺に話してくれた。バルフォア家の当主の証。
「謹んで受け賜らせて頂きます」
父上に頭を下げて、差し出された剣を丁重に受け取る。
手にしてみれば鞘以外の重さは殆ど感じられない。名剣と呼ばれるだけの事はある。
それに反して意味するところは余りに重いが。
「今は預けるだけだからな。継ぐ気が無いんなら返せよ」
「耳に痛いお言葉ですね。弟が生まれたら返しますよ」
「お前なぁ。まだ新婚さんだぞ、俺は」
軽口を叩いて、剣の重さを少し軽くする。このやり取りとも暫くお別れだと思うと少し寂しさも感じられる。
「ペンダントの方はお守りみたいなもんだ。中に手紙を入れてある。自分が誰だか知りたくなったなら開けろ」
「変な父上。俺はヒャルト、リーヒャルト・バルフォア。バルフォア家が現嫡子にして先王リーベルトの遺児、でしょう?
俺が誰かなんて、分かりきった事じゃないですか」
「モラトリアムって言葉がある。今はそうやって大口叩いていられても。
向こうに行ったらお前は一人。何時かは思い悩む日が来るさ」
「そう言うものですか」
「そう言うもんだ。今日の話はこれで終わりだ。もう行けよ。」
預けられた剣を腰に差して、首にペンダントを掛けると一礼をして執務室を後にする。
その時、俺の胸にあった感情は二つ。
これから先に対する不安と、同じだけの決意だった。
少年と太陽 †
あいつと初めて出会ったのは俺がまだ“僕”だった頃。
十歳の誕生日を迎える少し前、
不慣れながらも教えられた礼儀作法を、何とか一通りこなせるようになった僕が、
一人で行けるな?と父上に念を押されて訪れた王宮の舞踏会。
その頃にはもう、俺が周りの貴族達と違う事は分かっていた。
大広間の中、赤い絨毯に白いテーブルクロス、様々な楽器を手にした燕尾服の楽団が演奏を行って。
でも、僕の視界に映るのは黄金色の髪をした身なりの良い人達ばかり。
立派な椅子に座って、皆の挨拶を受ける男の人と女の人は王様とお王妃様だろうか。
稀に茶の色は見られても、黒い髪の子供なんて、何処を見ても俺一人しか居なかった。
だから一人、片隅に居た。
天上から落ちる光が幻灯機みたいに眩しくて、
煌びやかに着飾った周りの人々が影絵のように見えた。
荘厳な演奏曲も、周囲の囁きと合わさると得体の知れない鳥の声にしか聞こえなくて。
自分が一人、見知らぬ異世界にいたような気持ちだった事を覚えてる。
でも、唐突に。
そんな世界を突き破って、僕の前に一本の手が差し伸べられたんだ。
真っ白な絹の手袋に包まれた綺麗な右手。
覚えている。鮮明に、他のどんな記憶よりも。決して色褪せる事の無い、その思いを。
顔を上げると、そこに居たのはとても綺麗な男の子だった。
“中性的な”と言う言葉。当時の僕は知らないけれど、そんな言葉が良く似合う。
薄い金色の髪は、肩の辺りで丁寧に切り揃えられて。
手袋一つを取ってみても、広間の誰より豪奢なのに、決して見劣りする事は無い。
取り分け僕の心を捉えたのは彼の瞳の色だった。
瞳の中には、まるで青空を落としたかのような綺麗な色が広がっていて。
太陽。そう、確かにその時、僕は彼の瞳の中に太陽を見たんだ。
手を差し伸べると彼は言った。
「今日は俺の誕生日なんだ」
僕は思った。だから祝って欲しいのかな、と。
でもね。彼は僕のそんな浅はかな思いを打ち砕くように、こう言ったんだ。
「だから、君にも笑っていて欲しい」
差し伸べられた手を取る以上の答えがあったなら、昔の俺に教えて欲しい。
そして僕らは友達になった。俺の、始めての友達だった。
彼に手を取られて過ごしたその一時は生涯忘れ得ないだろう。
俺がそんな彼について、一つ勘違いをしていた事に気付くのは、
屋敷に帰り、父上に今日の舞踏会は王女様が主役だったと聞かされてからの話。
掌と掌 †
俺とアイツは友達だけど、少なくとも最初の頃は対等な関係じゃなかった。
アイツは無垢に今と変わらず手を差し伸べたけど、俺が殆ど一方的に追従してたから。
俺達の関係が変わったのは、出会って暫くしてからのある夏の日。
太陽が眩しくて、でもそれ以上にアイツの笑顔が眩しくて、
見ているだけで何でも出来そうな気分になれる、そんな危うい午後の事だ。
その日はずっと、朝から王家の私有地である小さな丘陵地帯に居た。
辺り一面に草の色香が広がって、遠くには森の濃い色が見えて、
目を凝らせば、中天を越えたばかりの太陽を照り返す大きな湖の姿も見える素敵な場所だ。
距離は王宮からそう遠くない。まだ子供の僕ら二人でも歩いて行けるくらいだから。
アイツは自然と戯れるのが好きだ。
本当は人と戯れる方が好きなんだけど、危ないからと街には出して貰えないから。
人目を引くし、王様の子供だから仕方ないのだけど。
だから、代わりに草原の上を転げたり、木に登ったりと二人でそんな事をして時を過ごしていた。
御付の者は俺一人だけ。
アイツがそれを望んだし、年の割にはしっかりしてる。とそんな理由で選ばれた。
何かあったら人を呼ぶように言われたが、その必要は感じなかった。
アイツには何でも出来る。当時の俺は本気でそう思っていたし、アイツも否定しなかったからから。
「なぁヒャルト」
アイツは僕をヒャルトと呼ぶ。リーヒャルトでは長すぎるから。
「何?エリス」
俺はアイツをエリスと呼ぶ。エリステイルは長くないけど、友達同士は渾名で名前を呼び合うものだとエリスに教わったから。
「丘の向こうに行ってみない?」
エリスがそう言って指差したのは以前ここに来た時に、大人達に注意を促された場所だ。
「危ないよ。そっちには崖があるって父上が言ってた」
そう言いながらも俺はエリスの提案を退けない。悪いお目付け役だけど、次の言葉を待っていたから。
「大丈夫だよ、ヒャルト。俺には何だって出来るさ」
「そうだね、エリスなら何でも出来る。」
本当に、心からそう思う。僕は頷き答えると、歩き出したエリスの背を追って草原を踏み締めた。
確かにそこには崖があった。
崖と言っても、底の浅い小さなものだ。大人ならば苦になるまい。
けれど、まだ幼かった僕には落ちたら二度と這い上がれない千尋の谷にしか見えなくて。
でもエリスは畏れず、それに近づいて「大丈夫だろ?」と笑ったんだ。
次の瞬間、土の欠ける音と共に彼の姿は崖下に消えた。
頭の中が真っ白になる。身体は自然に動いてた。
手を差し伸べる。右手を伸ばして、消える彼の手を掴む。
目の前に居る彼も、僕と同じ立場なら迷わずそうしただろうから。
手を掴んで、それだけ。幼い僕には力が無くて、引き揚げる事は出来やしない。
エリスも賢明に左手で土を掴もうとするけれど、土壁は崩れるばかりで這い上がれない。
僕らは二人とも子供だった。不注意で、全能感に溢れていて、だけど何も出来なくて。
「離して!もう離してよ!このままじゃ俺だけじゃなく君も落ちてしまうから!」
「嫌だ!絶対に離さない!君は僕が助けるんだ!」
掌に走る鋭い痛み。俺の右手に突き立てられた五本の爪は彼のもの。
鮮血が腕を伝って袖の色をじわりと朱に染めるのが見える。
けれど、僕はそれでもこの手を離したくなくて。でも、身体はとうに持たなくて。
結局、押し合いへし合いの末に二人纏めて転げて落ちた。
崖の下で、擦り傷だらけで、でも助かって、二人で泣きながら笑った事を覚えている。
エリスはすぐに薬草を取ってきて、俺の手当てしてくれたんだ。
掌の傷は中々血が止まらなくて、心配そうな顔をしたけれど「大丈夫だよ」と僕は強がって。
丘の上に戻る道を何とか見つけて、王宮に辿り着いたのは西の海に日が沈む頃。
遅くなって、傷だらけで、二人共酷く怒られた覚えがある。
右手の傷は誤魔化したけど、お説教が済んだ後。
「良くやったな」と何故か父上に褒められたから、きっと何があったのか全部バレていたのだと思う。
俺が“僕”を卒業して、エリスが少しは女の子らしくし始めたのは、それから直ぐの事。
あの崖際で傷付けあって、罵り合って、俺たち二人はようやく対等になれたんだ。