名簿/508330
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- 今日という日は私にとって記念すべき日となるだろう、何故ならば、自らに過去というもの刻み込む最初の日となるのだから。
そもそも私は過去も未来も持たぬ存在だった、ただ組み込まれたロジックに従いそれを遂行する者。 その瞬間に何を選びどんな行動を起こしたのか、それは次の瞬間にはただの結果となり、起きてしまった結果は単なるリソースの無駄にしかならない。 行動ログの優劣は一貫している、故に私はロジックの命じるままにあらゆる無駄を排除した、それはさながら滝つぼに落ちる水のよう……一定の境界を越えたものは区別なく飲み込まれ消えていく。 私自信がそうして来たのだ。
そんな私がこのようなものを残そうと判断したのだから面白い、これもあの星の自律思考体「人間」を調査し学んだ結果であろう。 br;しかし、面白いと感じると同時に後悔もある。自らの過去を振り返る事が出来ない、自分がやって来た事に対する後悔だ。 これも、時間の概念を知り始まりと終わりを自覚したゆえの変化なのだろう。 過去とは自らの定義であり、未来とはそれを下地とした想像力を育む概念、どちらも持ち得なかった私ではあるが過去と未来を知った、同様に自らの定義とこれからを想像する力を得る事は出来るのだろうか。 --
- その唐突なる訪れは、自らが何のために作られたか、それを思い起こさせるものだった。
衛星軌道上に第二種警戒待機させていた自らの艦体、少し前までは私自信だったもの、のセンサー類が一斉に稼働、それにより捉えた異変を逐次報告してくる。 空間跳躍による重力振動波形、震源は惑星系外縁部である事、発生は約5時間前である事、そして……
あれが、私が討つべき敵性体……
定められたロジックに従いデータを照合・解析した結果が声として洩れた。 なぜ今になってこの場所に現れたのかは分からない、しかし…… ヴン、そんな音と共に浮かび上がるコネクトサイン。 体と艦体の各所に描かれるそれは、量子通信密度の増大と艦体システムへの直接リンクネットワークが構築された証。
自らのコアに刻み込まれた最上位命令、私はそれに従うまで。 重力子エンジン出力戦闘領域へ、スラスター全噴射、光学測距データ逐次解析及び戦闘データ蓄積開始、最適砲撃位置計算終了、戦闘行動開始 --
- それはおおよそ戦闘と言えるものではなかった、私が砲火を開けば敵性体と考えられる存在はたちどころに破壊され、その活動を停止する。
艦体各部のチェック及び戦闘データの解析を行い、再びエリュシオン上空の衛星軌道上に固定配置させ一連の行動は終了した。
……あれは、なんだったのか
自室で短い戦闘ログを参照すること何回目だろうか、不意にそんな疑問が湧き上がる。 それに対する回答は明確にして不明瞭なもの、私が倒すべき敵性体、しかしそれが何者か?という問いに自身の演算子は何も答えを見出せない。 その理由は簡単だ、知らないのだ、私はあれに対するデータを何も持ち得ていない…… 今私の手にあるのは、先の戦闘において記録された外見上のデータと推察される行動パターンのみ、それを理解するにはあまりに足りなすぎる。
あれは倒せばいいだけの存在、知る必要など無い
一方でそう結論付ける回答もある、それは確かに正しい、私の中に刻まれた最上位命令からすればそれ以外の答えなど有ろうはずも無い、有ろうはずも無いのだが……
今更……
そして結局一つの結論を導き出す。過ぎてしまった事を悔やんだところで仕方が無い、人はそれを後悔というが、それは同じ過ちを繰り返さないための自分への戒め もし仮に、次に遭遇することがあるのならば、その時は --
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