[[名簿/508275]]
|BGCOLOR(white):|c
|#pcomment(:九死一生,1,below,reply,nodate)|

-(春の陽気が初夏の気配を孕んで、その日は随分温かかった) &br;(街路の隙間を縫うように、エリアルバイクを走らせれば、身に当たる風も心地よい) &br;(空を飛んだ方が目的地には早く着く。空にはカーブも信号も無いからだ) &br;(だが、ここしばらくは飛行を控えていた。刺客の残りがダリオだけとなった以上、彼の狙撃にいつ狙われるか分からないためだ) &br;(ダリオの固有魔術は『凶星一条』。エイベルの出身地ではまだ珍しい銃器を用いるそれは、必中必殺の魔弾を放つ) &br;(警戒を怠ってはならない。何も出来ずに死にたくないのなら) &br;
--&br;(エリアルバイクが規定高度未満の地表付近を走行する場合、地上の車両と同じ交通ルールに従うことになる) &br;(上空に無数の機械式、あるいは魔術機関式の機体を仰ぎ見ながら、一般居住区の外れを走り抜ける) &br;(この辺りは路地が三次元的に複雑で、見通しの利く場所が少ない。スポットが限られ狙撃には不向きだった) &br;(居場所さえ掴めればこちらから乗り込むのだが。ダリオの足取りは一向に掴めなかった) &br;(最早この都市に自分を狙っている者はいなくなってしまったのではないか。それほどに穏やかな日が続いていた) &br;(尖り切った警戒心を懐柔し鈍磨させるような、生温く間延びした空気が続く。命を奪うには絶好の日和であるといえた) &br;
---&br; &br;(精霊通り付近の交差点。前方の信号が黄から赤に変わる。前方のバンが減速するのに合わせ、自分も停車しようというとき気付く―――) &br;(ミラーに映る後方のトラックがスピードを弛めない。むしろ加速してすらいる。運転手の焦りに満ちた表情が目に入る) &br;(悪趣味なサンドイッチの予感。具は自分の挽肉かと、慌てて高度を上げ逃れた。大出力の精霊機関を積んだ軽量級の機体だからこその機動性、垂直上昇) &br;(眼下に追突事故を見下ろして、命を拾ったことに胸をなで下ろしつつ、さて運転手は無事かと注意を向けた瞬間のこと。何か暗くはないか?) &br;(違和感に頭上を見上げた瞬間。上空から振り落ちるジャイロプレーンが目に入る。何かを考える暇もない。アクセルグリップを全開で捻り込み加速する) &br;(漆黒の機体が唸りを上げて、前方へと突っ込んだ。向かい来る電線や高架を躱し、擦り抜け、交差点へと抜けた時、横合いに巨大な影が見えた) &br;(それはこのような街中に到来するはずがないものだった。中型の飛空艇。中型といえど街路を埋めるほどの大きさがあり、威容と呼んで差し支えなかった) &br;(その巨体が、計算し尽くされたようなタイミングで、両脇の建物に翼を擦らせながら、全開の速度で横合いから猛進する) &br;(さながら壁が迫ってくるかのよう。通常の機体ならば最早逃れる術などなかった) &br;(信号無視の小学生が轢かれる瞬間とはこのようなものかと、どこか遊離した意識で考えた) &br;(同時、殆ど無意識に指が踊る) &br;(左グリップの付け根の赤い輝点。カバーを跳ね上げ、ボタンを押し込む。燃焼室内に無水アルコールが噴射され、酒精に酔った機関の精霊が暴れ出す) &br;(エンジンが唸りを上げて、爆発的な加速を生んだ。風圧から逃れるように身を低くし、歯を食いしばる) &br;(精霊機関版NOS。瞬間加速のシステムが、エイベルの命を救っていた。信号機より僅かに高く、テールランプを飛空艇に僅かに擦られながら、交差点を駆け抜けた) &br;(加速の持続は30秒。再使用には1分。時間を稼ぐべく、建物の影に逃げ込んだ) &br;(明らかに攻撃を受けている。それもなりふり構わない苛烈なものだ) &br;(そして―――信じたくなかったことだが―――このような攻撃が可能な人物には、エイベルは心当たりが一つしかなかった) &br; &br;&color(purple){ロニー……どうして!?}; &br; &br;(ロニーの固有魔術は『狂乱車輪』。機械動力に干渉し強制的に遠隔操作を行う。大抵の機体は想定してもいない。その結果がこれまでの惨事だ) &br;(科学に劣るエイベルの故郷では、そのような乗り物は少なかったが、近年は確実に移入が進みつつあった) &br;(そのような流れを考慮して、当時最も若かったロニーに先行して与えられた、『機械を狂わせる』魔術) &br;(機械文明華やかなりしここエリュシオンでは、機械式の乗用機械などいくらでも走っている) &br;(周囲の被害を気にしないのなら、地の利は確実に向こうにあった) &br;(胸をなで下ろすべきは、直接にエイベルの乗機を操作してこなかったところからして、機関内部の精霊が免疫にでもなっているのだろうか、精霊機関搭載の機体には干渉できないであろうこと) &br;(だがそもそも、ロニーはエノーラと共にエリュシオンから去ったはずではなかったか)
---&br; &br;&color(darkblue){《久しぶり。エイベル》}; &br; &br;(思考を読んだかのように声。発生源はビキニカウル下に搭載されたオーディオ。スピーカーを操って声を届けているのだと知れた) &br;(通信機能は積んでいない。向こうが一方的に話しかけるだけになる) &br;(ノイズ混じりに届く声は、声変わりしきっていない少年のものだ。それが深い怒りを孕んで震えている) &br;(エイベルは酷く厭な予感がして、聞きたくないと思ったが、その声を止める術はなかった) &br; &br;&color(darkblue){《エノーラの仇を討つよ。被害を広げたくないなら、今すぐ出てきて死んでよ》}; &br; &br;(心臓が、衝撃に深く拍動した。彼女が最後に見せた微笑みが頭を過ぎる) &br;(誰だ。彼女を殺したのは。思い当たるのは一人しかいなかった) &br;(彼女が止めてほしいと願った、『あの人』) &br; &br;&color(purple){「ダリオ…!」}; &br; &br;(逃げようとしたエノーラを殺して、ロニーまでもを戦いに駆り立てるそのやり口の卑劣さに) &br;(怒りのあまり割れそうなほどに奥歯を噛み締めるのも僅か) &br;(次の瞬間には感情が全く凪いでいた) &br;(覚悟を決める。平静を取り戻す。より深く、より薄く、より静かに、より機械的に、より自動的に) &br;(人としての気配がしなくなる。目の前にいても見えないのではないかと思うほどに、感情とともに存在までも消えてしまったかのようだ) &br; &br;&color(darkblue){《出てこないと、その建物ごとやるよ》}; &br; &br;(現在位置は、入り組んだ路地の、さらに建物の陰。目視できる場所は限られる。狙撃を警戒していたがために、三次元的な地理を完全に把握していた) &br;(また、『狂乱車輪』による遠隔操作の射程は有限だ。そう離れた位置からは操作出来ない) &br;(先ほどと同じ飛空艇が壁を粉砕しながら飛び込んで来たのをコマ送りで認識しながら、その飛行ルートと、『狂乱車輪』の射程とを照らし合わせる) &br;(さらにこの場を確認することの出来る場所となれば、一箇所しかなかった) &br;(ビルの破片が飛び散る中、極限の冷静さでアクセルを回し込んだ) &br;(無数に飛び散る瓦礫の破片を、さながら空中に針穴を連ねて糸を通すように、空白を縫って躱してゆく) &br;(精密巧緻で感情の籠もらない動作はあたかも高度な人工知能による自動操縦のようであり、操縦者と乗機が一つの機械となったようだった) &br;(機械的に情報を紡ぎ合わせた結論の場所を目掛け、一本の黒い矢のように駆けていく) &br;(だが、ロニーは黙してそれを見ているわけではなかった。片っ端から個人用の飛行機械を操り、突っ込ませてくる) &br;(人が乗っているかいないかなどお構いなしだ。無数のパイロットの悲鳴が耳を打つ) &br;(エイベルはただ機械的にそれらを避ける。避けきれないものは左手で鋼線を操りプロペラやバーニアを一部損壊させて軌道を変えた) &br;(不運なパイロットを助けるなど思考に無い。一部の無駄もなくただ迅速にロニーを止めるだけに動いている) &br;(飛行機械そのものによる弾幕が晴れた時、ついにロニーの姿を捉えた) &br;(おそらくは完全機械式だろうエリアルバイクに跨っている。場所を変えればそれだけ『弾』も補充できる) &br;(そうはさせるまいと機体目掛けて鋼線を放った。常ならば必殺の間合、速度、しかし) &br;(通常の操作では不可能な急発進で躱された。機械操作の魔術で操縦者の意思をダイレクトに伝えて機動し、並ならぬ速度で疾走する) &br;(即座にNOSを起動して追い縋る。爆発的な加速で、再び射程に捉えるまで時間は長くかからない)
---&br; &br;&color(darkblue){《来たね、エイベル》}; &br; &br;(追い詰められているのに、ごく落ち着いた声音だ。それが狙い通りだったとでもいうように) &br;(獲物を罠に誘い込んだ気になっている者に特有の、どこか『してやったり』という声だった) &br;(見えないところに待機させていたのだろう。軍用の戦闘飛行艇が眼下の路地に待ち構えていた) &br;(八門の重機関砲を頭上に――つまりこちらに――向けて) &br; &br;&color(darkblue){《お前に八つ裂きにされたエノーラみたいに、バラバラにしてやる》}; &br; &br;(砲門が火を吹くその寸前に、エリアルバイクをバレルロールした) &br;(逆さまに、両足で機体を抱え込みながら、両掌を眼下に向ける) &br;(それより放たれたのは幾条もの光を返さぬ漆黒の糸) &br; &br;&color(purple){「『一夜鍛冶・幻想金属』」}; &br; &br;(エイベルが魔術回路の補修によって取り戻したもの) &br;(学友の前だろうと、かつての家族の前だろうと、一度たりとて用いたことのない切り札) &br;(生成されたのはこの世に存在するどの金属元素にも当て嵌まらない物質) &br;(あらゆる金属よりも強靱かつ堅牢、如何なる熱もこれを融かせず、如何なる冷気もこれを砕けず、如何なる雷もこれを貫けない) &br;(それは空想の中にしか存在しない。それは幻想の中にしかありえない) &br;(膨大な量の魔力により練り上げられたこの世に存在しないはずの金属は、極限まで研ぎ澄まされた鋼糸と化して) &br;(戦闘艇の装甲を、重機関砲の砲身を、何の抵抗もなく微塵に裂いた) &br;(そして、エリアルバイクを再び反転させ、その慣性を鋼糸に乗せて翻す) &br;(戦闘艇の操作に集中し反応が鈍っていたロニーの機体が細切れに分割されて地に落ちる) &br;(だが、ロニー本人は傷つけていなかった。黒い金属糸で拘束し、力加減ひとつで殺せる状態ではあったが) &br;(事態が飲み込めずにいるロニーに、冷たい声を吐きかける) &br; &br;&color(purple){「エノーラの死体を見たか」}; &br; &br;(ロニーはエノーラの死に様を『八つ裂き』と言った) &br;(ダリオが殺したのならば、銃による傷で死んでいなければならない) &br;(ロニーとて殺しに携わるもの。死体を前にすれば死因ぐらいはあらためる) &br;(銃で殺した後に解体しても分かってしまうし、ならば刃物を使い白兵戦で殺すかといえば、ダリオがそのようなリスクを犯すとも考えにくい) &br;(エノーラとて、ある程度の戦闘技術は仕込まれている。ダリオが自分の専門ではない白兵戦を挑むとすれば、リスクが大きすぎる) &br;(単にダリオが『エノーラはエイベルに殺された』と嘘を吐いただけという可能性もある) &br;(それならばエノーラはダリオが殺したか、あるいは未だ生きている) &br;(いずれにせよ、確かめなければならなかった) &br;(殺せと叫くロニーに、再びそれを問いかけた。指先にごく僅かに力を込めて)
---&br; &br;&color(purple){「エノーラの死体を見たか」}; &br; &br;(ロニーはエノーラの死に様を『八つ裂き』と言った) &br;(ダリオが殺したのならば、銃による傷で死んでいなければならない) &br;(ロニーとて殺しに携わるもの。死体を前にすれば死因ぐらいはあらためる) &br;(銃で殺した後に解体しても分かってしまうし、ならば刃物を使い白兵戦で殺すかといえば、ダリオがそのようなリスクを犯すとも考えにくい) &br;(エノーラとて、ある程度の戦闘技術は仕込まれている。ダリオが自分の専門ではない白兵戦を挑むとすれば、リスクが大きすぎる) &br;(単にダリオが『エノーラはエイベルに殺された』と嘘を吐いただけという可能性もある) &br;(それならばエノーラはダリオが殺したか、あるいは未だ生きている) &br;(いずれにせよ、確かめなければならなかった) &br;(殺せと叫くロニーに、再びそれを問いかけた。指先にごく僅かに力を込めて) &br; &br;&color(darkblue){「……見たよ。そんなの確かめて楽しいのかよ!自分が無残に殺しておいて、それを僕に見たかどうかって確かめて!さっさと殺せよ!エノーラみたいに、早く!」}; &br; &br;&color(purple){「殺したのは俺じゃないッ!!」}; &br; &br;(一喝した。いつの間にか感情は戻っていた。元よりロニーを殺せなどしないからだ) &br;(彼はエイベルにとって弟のような存在だった。人生で初めて出来た、『守ってやらなければならないもの』だった) &br;(傷つけたくなどなかった。戦いたくなどなかった) &br;(だから、指先にこれ以上力を込めることなど出来なかった。慟哭が空に響く) &br; &br;&color(purple){「エノーラはお前を連れて逃げるって言ったよ。家族が殺し合うのなんて嫌だからって。なのにお前がなんでここにいて、俺を殺そうとするんだよ}; &br;&color(purple){俺だって嫌だよ。でもアレンは止まらなかった。殺さなければ殺されてた。だから殺した。殺してしまった。でも殺したかったわけじゃないんだよ}; &br;&color(purple){逃げるエノーラをわざわざ追い掛けて殺すなんてするものか。なんでそんなことするんだよ。お前も、ロニーも止まれよ。止まらなきゃ殺すしかなくなっちまう。俺に殺させないでくれよ、頼むからッ!!}; &br; &br;(心の底から哀しみが湧いて止まらなかった。涙で視界が滲む。声が震える) &br;(感情のままに言葉を吐き出したのなんて、いつ以来だろう。止めようがなかった。腹の底から湧いてくるように、口から出て止まらなかった) &br;(エイベルの感情の爆発を受け止めて、ロニーは戸惑ったような表情をいくらか浮かべた後、そっと目を伏せた) &br;(それが、恐らくは仕組まれたものとはいえ、本気で殺し合った後に正面から顔など見られない) &br;(続く声音も、どこか怯えたような気まずさを孕んでいた。過ちを咎められるのに怯える子供の声だった) &br; &br;&color(darkblue){「……わかったよ。もう殺そうとなんかしない。だから降ろしてよ。宙吊りは辛いよ」}; &br; &br;(涙を堪えてバイクを操り、手近な屋上に降ろして開放する) &br;(日射しの中で向き合うと、ロニーは膝を抱えるようにして座って、促されるわけでもなく語り始めた) &br; &br;&color(darkblue){「エノーラの死体は僕が見つけたんだ。傷口をみてもワイヤーのものだったし、他に外傷はなかった。}; &br;&color(darkblue){咄嗟にエイベルの仕業だって思って、殺してやろうって、ずっと機会を窺ってた。}; &br;&color(darkblue){ねえ、エイベル。教えてよ。エノーラはいったい誰が殺したの?」}; &br; &br;&color(purple){「分からない。ダリオでも無さそうだ。だが、『籠』の同期じゃ俺たちとダリオしか残っていない}; &br;&color(purple){無関係の誰かにみすみす殺られるほど、エノーラも弱くない。……調べてみるしか、ないな」}; &br; &br;&color(darkblue){「僕も協力するよ。僕からダリオに話してもみる。いい顔はしないだろうけど、放っておけない問題だ。}; &br;&color(darkblue){……おかしいね、殺し合わなきゃいけないのに、協力するなんて。……でも、悪くない」}; &br; &br;(ロニーがそう笑いかけた。「ああ、守らなければいけない笑みだ」) &br;(少しだけ過去に戻れたような、和やかな空気。麗らかな初夏の日射し) &br;(尖り切った心を柔らかく包み溶かすような、温かい空気) &br;(―――警戒が薄れるこのような時こそ、油断してはならない。この事実を、片時の懐旧が忘れさせた) &br;(引き裂いたのは銃声だった。続いて血飛沫だった) &br;(ロニーが側頭部から血液と脳漿を噴き出させ、真横に崩れ落ちる) &br;(どこか人形みたいな動きでゆっくりと。日射しに白んだ視界にその光景はどこか現実感がなかった) &br;(なるほど日中目を覚ましたままみる空想を白昼夢と呼ばしむるのはこういうわけかと、どこか遊離した思考を浮かべて) &br;(次の瞬間、それは黒く染まっていた) &br; &br;(どのような手段を用いたとしても、エノーラを殺したのはダリオに間違いが無かった) &br;(全て俺を苦しめたいがために、あらゆる家族の命を使い捨てた) &br;(守るべき親友も、愛すべき彼女も、守るべき弟も、全て、このくだらない争いのために死んでしまった) &br;(だから、決着を着ける。死んでいった家族のために) &br;(この命を賭しても、例え刺し違えることになったとしても) &br; &br;&color(purple){「ダリオを、殺す」}; &br; &br;(その声は殺意で真黒く染まって、日射しの中に一点の染みをつくるようだった)
-(四月。夜。エイベルが店に出たとき、既に彼女は待っていた) &br;(薄暗い穴蔵のようなバーのカウンターで、無数の酒瓶で陣地を作って、その内側に突っ伏して。そしてその酒瓶の全てが空だった) &br;(酔いどれた顔で、銀の髪を掻き上げる。目があうと、彼女は笑った。美しく、どきりとするような笑みだった) &br; &br;&color(dimgray){「……エイベルだ」}; &br; &br;(良く通る声で名を呼んで、彼女はエイベルに胸を押しつけながら抱きついた) &br;(猛烈に酒臭かったが、それどころではない) &br;(何しろ彼女は―――敵なのだ。命を奪い合うべき) &br;(その相手に懐に入られた動揺と、豊かな胸の感触とが、エイベルを硬直させていた) &br;(彼女はそれを意に介したふうもない。それどころか、エイベルを抱きしめたまま泣きじゃくる) &br; &br;&color(dimgray){「エイベル、エイベル。心配してたんだから。こんなに大きくなって、本当によかった。よかったよ……」}; &br; &br;(そしてぐずぐずと崩れ落ちようとする彼女を、慌てて抱き留めた) &br;(店長が後ろから小声で声をかけてきた。曰く) &br;(『このお客さん、開店からずっとこの調子なんだよ』) &br;(『エイベルくん、知合いならこのお客さんどこかへやってよ。今日はもういいからさ』) &br;(『うまくやりなよ』) &br;(最後のセリフには爪先を踏み付けることで返事をしたが、場所を移したいのは確かだった) &br;(店長の言葉に甘えて、彼女に肩を貸して外に出る)
--(少し歩けば、公園があった。人気のない、ぽつんと一本、夜桜の咲く公園。ベンチに座らせて、彼女に自販機で買った水を与えた) &br;(話ができる状態ではないようにも見える。それでも彼女なら、その気になればすぐ回復できるのだ) &br; &br;&color(purple){「エノーラ」}; &br; &br;(エノーラ。彼女の固有魔術は毒を操るものだった。本人を守るための機能も組み込まれている) &br;(だから、アルコールやアルデヒドの分解なら造作も無かった) &br;(言葉で目を覚まさせてやるだけでよかった) &br; &br;&color(purple){「アレンを殺したよ」}; &br; &br;(それだけ告げると、エノーラは顔を上げた。顔の赤みはとうに失せていた。素面の顔だった) &br; &br;&color(dimgray){「知ってるわ。……不器用な子。逃げちゃうことだって出来たのに」}; &br; &br;&color(purple){「あいつにはそんなこと出来なかったよ。馬鹿正直な奴だから」}; &br; &br;(殺し合う関係になったのに、不思議な空気だった。お互いが家族の死を悼んでいたし、家族の死に傷ついていた) &br;(自販機で買ったただの水をどちらともなく、弔い酒のように口に運ぶ。哀しみを飲み下して、エノーラが口を開いた) &br; &br;&color(dimgray){「本当にそう、馬鹿ばっかりだわ。あなたも、ダリオもよ。家族で殺し合う必要なんか、どこにもないのに」}; &br; &br;(平静を装っているが、悲痛さがどこかに滲んだ声音) &br;(エノーラの痛みは本物だ、と感じた。彼女はあの頃から誰よりも優しく、家族のことを想っていた) &br;(一度聞いたことがある。肉親を亡くした時のことを覚えていると。一人一人のその顔も) &br;(もう誰も失いたくないからと、初めての任務の前に、そっと抱きしめてくれた) &br;(それなのにこんなことになってしまって、彼女の苦しみはどれほどのものだろう。エイベルはそれが恐ろしい) &br;(次の言葉も続けたくはなかった。でも、言わなければならなかった) &br; &br;&color(purple){「でも、アメリアも死んでしまった。ダリオが自分で殺したって。なら、お互いもう後戻りは出来ない」}; &br; &br;(エノーラは目を伏せた。現実から過去へと少しだけ意識を移して、言葉を続ける) &br; &br;&color(dimgray){あの子はどちらにしろ長くなかった。だって、知ってるでしょう?あの子は『蜜蜂』だった。遅かれ早かれ死んでいたわ。}; &br;&color(dimgray){最期にあなたに会いたかったのよ。そのために命を使って、そして死んだ。誰かを殺すために死ぬより、よほど幸せよ。愛のために死ねたんだもの。」}; &br; &br;(『蜜蜂』とは、使い捨ての子供だ。それとは知らされずに自爆の術式を刻まれて、暗殺対象者の周辺に紛れ込ませられる) &br;(後は、外の人間か、もしくは彼ら自身が起爆するだけだ。子供の命を燃やして、無数の人間の命を奪う) &br;(アメリアの死に方は、確かに『蜜蜂』のそれよりはましな死に方だったのかもしれない) &br;(でも、納得なんかできない。誰にも。エイベルにも、目の前で悲痛に胸を焦がすエノーラにも) &br;(死んだアレンだってきっとそうだった)
---&br; &br;&color(purple){「そうやって納得なんかできるものか。アメリアが死ぬ必要なんてなかったんだ。 &br;そもそも俺たちが誰かを殺す必要だってないんだ。それで誰が幸せになる。俺たちが人を殺して、『誰かを幸せにする』、『孤児を生まなくする』なんてあるわけがない。 &br;『園』が人を殺すのは、そんなためなんかじゃない。だって、実際に竜害を止めて、竜害孤児を生まなくしたのは、俺の養父と爺さんだ。 &br;竜害は『園』の刺客となるべき孤児を作ってくれる、『園』にとってはむしろあるべきものだ。それを止めさせないために、オヤジを殺そうとして俺を差し向けたじゃないか。 &br;ダリオだって気付いているはずだ。いや、アメリアを殺した時にだって、気付いていたはずだ」}; &br; &br;(だが、ダリオは、エイベルよりずっと年長で、任務に『籠』の外に出て任務についた機会も多く、その期間も長い) &br;(だとすれば、その可能性もあり得べきことだった) &br; &br;&color(dimgray){「……そう。ダリオも分かっていたことよ。でもね、あの人はそれで納得なんかしなかった。できなかった。}; &br;&color(dimgray){信じていたことをいきなり捨てるなんてことは出来ないのよ。組織の無謬を思考の基盤に叩き込まれて育って、いきなりそれをひっくり返すなんてことは。}; &br;&color(dimgray){それにね。ダリオがやらなくっても、他の誰かがやっただけだわ。}; &br;&color(dimgray){組織っていうのは、巨大な機械よ。それが動いていること自体が誤りだって誰かが気付いても、誰にもそれを止められやしない。}; &br;&color(dimgray){私たちみたいな歯車は回るためだけに回るしかない。中にいる以上は連動させられてしまう。組織がそういうふうにできているからよ。}; &br;&color(dimgray){結局ダリオは、愛を選べなかった。取り返しのつかないことをしてしまった。}; &br;&color(dimgray){そして、止まることができなくなってしまった。アメリアの死をあなたのせいにして、自分の過ちから逃げている」}; &br; &br;(組織の規範を裏切れず、妹を自ら手に掛けた。引金を引いてしまった。納得なんてできないままに) &br;(そして―――自分を許すことができなくて、許されたくて、エイベルの命を狙っている) &br;(エノーラは哀しんでいた。この悲劇の全てをだ) &br;(だから望んだ。幕引きを) &br; &br;&color(dimgray){「お願い、エイベル。あの人を止めて」}; &br; &br;(彼女にはそれが出来ないから。) &br;(直接戦闘の能力は、彼女には無いといってよかった。エイベルやダリオを仕留められるほどでなければ、無いのと同じだった) &br;(色香で男を惑わし、情交の最中に固有魔術による毒で殺す) &br;(彼女の戦い方は、そういったものでしかなかったから) &br; &br;&color(dimgray){「私にはダリオを止めることはできない。あなたを殺すこともできない」}; &br; &br;(目に涙を溜めて言葉を続ける。白い肌を透明な雫が伝った) &br; &br;&color(dimgray){「だから逃げるわ。ロニーを連れて。こんなことはもうたくさん。}; &br;&color(dimgray){追手が来たって、なんとかしてみせる。ロニーの魔術なら、それができるから」}; &br; &br;(風が吹き、夜桜が散る。花片と、銀の髪とを巻き上げる) &br;(エノーラは、『だから』と続けた) &br; &br;&color(dimgray){「だから、あなたは生きて。}; &br;&color(dimgray){あなたは、私たちみんなが欲しいと願って、そして得られなかったものを持ってる。―――本当の家族を、陽の当たる暮らしを。}; &br; &br;(街灯も届かない月明かりの下、つくりもののような貌で、エノーラは優しく儚く、それでいて悪戯な笑みを浮かべる) &br; &br;&color(dimgray){あなた、我慢してるでしょう。恋とか、愛とか。}; &br; &br;(エイベルは目を見開いた。いきなり何を言い出すのだと) &br;(そして思い出す。エノーラにはそういうところがあった。唐突な物言いで周りを振り回すようなところが) &br;(けれど彼女はいつだって無邪気で、悪びれず、憎めないのだ) &br; &br;&color(dimgray){「図星だ、って顔ね。本当に人間らしくなった。昔のあなたは本当に機械みたいで、怖いくらいだったけど。今の方がいいわ。}; &br;&color(dimgray){……見ていればわかる。私は男心の専門家よ?あなた、一番大切な人ができたらダリオが奪いにくると思って、恋心を希釈させてるでしょう。}; &br;&color(dimgray){本当に愛がほしいのに、彼女がほしいほしいっていいながら、実際は気のない素振りばっかりしてる。恋心っていうのは、消すのが大変なのよ。すごく強い感情だから」}; &br; &br;(本当に図星だった。返す言葉もなかった) &br;(エイベルをよく知る、ハニートラップの達人だからこその洞察だった。すっかり的を射たそれは、エイベルを硬直させていた) &br; &br;&color(dimgray){「いい。周りが幸せなら自分が幸せ、っていうのは欺瞞よ。自分の幸せを求めないことなんて誰にも出来ないんだから。}; &br;&color(dimgray){そうやって我慢して、心に無理ばかりかけていては、いつか限界がくるわ。だから、さっさとけりを付けて、あなたが壊れてしまわないうちに、大切な人を見つけなさい。}; &br;&color(dimgray){寂しさは毒よ。やがてあなたを殺してしまうわ」}; &br; &br;(実感の籠もった声。男を誑かして殺すうち、男女の愛も、恋も、エノーラは信じられなくなっていた) &br;(理性では信じていなくても、本能は温もりを求めていた。寂しさという埋まらない隙間を心に抱えてしまっていた) &br;(自分はそれをもう埋められないからと、エイベルに託したのだ) &br;(それは呪いだった。それを得ることの出来る相手への羨望が生んだ呪い) &br;(「私の分まで幸せになって」という、一方的な願望の押しつけだった) &br; &br;&color(purple){「ありがとう」}; &br; &br;(しかし、エイベルは頷いた) &br;(彼女の想いに家族として報いてあげたかったから) &br;(そのためにも、自分のためにも。この悲劇に幕を引いて、幸福を掴むのだ。本当の幸福を) &br;(肯定に、エノーラはくすりと笑う) &br;(それは仮初めの平和の内にいたあの頃に戻ったような、素敵な笑みだった) &br; &br;&color(dimgray){さようなら、エイベル。どうか、元気で。}; &br; &br;(銀の髪の彼女が足を翻し去っていく) &br;(桜の舞い散る夜道を、光の当たらないどこかへと)
-&color(purple){(貧民街。エイベルはあれから幾度となく足を運んでいる) &br;(過去が彼に追いすがったあの日から、何度でも、確かめるように。あるいは、誘うように) &br;(仕掛けてくるならここしかないと確信があった。ここの住人は厄介事には関わらない。せいぜいが野次馬となるか、より危険そうなら逃げるだけだ) &br;(学園の公共施設では、ほぼ間違いなく邪魔が入る。それこそ、エイベル以上の実力者などいくらでもいるのだ) &br;(彼らが狙っているのは自分なのだ。冷静に考えれば、一対一で闘れる状況を選ぶはずだった) &br;(自分が育った『籠』の中では、暗殺向きなのは自分とダリオ、それにエノーラだけだ) &br;(エノーラの手口は、顔を知っている自分にはいきなりは通用しない。今は考慮しなくていい) &br;(ダリオは恐らく、しばらくは襲って来ない。俺を苦しめようとするはずだからだ) &br;(そして、俺の周りの人々を、理不尽に傷つけるようなこともしない。確実に俺と決着を着けるのに、邪魔が入らないようにするためだ) &br;(恐らくダリオのやり方はこうだ。俺を他の家族と殺し合わせ、存分に苦悩させた後で、正面から出てきて俺を殺す。エイベルはそう予測していた) &br;(最愛の妹を失ったダリオならそのくらいのことはやってのける。あの目はそういう目だった) &br;(奴の実力と固有魔術であれば、正面からでも充分容易に俺を殺せる。それは、他の者でもそうだろう) &br;(だからこうして、仕掛けられるのを待っていた。爪は研がれた。友人のお陰で、あの頃の技を取り戻した。後は覚悟を決めて殺るだけだと)};
--&color(purple){(歩を進めるうち、賭試合、ストリート・ファイトの喧噪に行き会った。ふと、空気の違いを感じ取る。来たか) &br;(瞬間、予感が確信に変わる。砲声にも似た轟音が腑を揺らす) &br;(アミュレットの残骸を飛び散らせながら、傍らを人間が通り過ぎた。街路脇に積み重なった塵の山に突き刺さる) &br;(アナウンスが叫ぶ。『チャンプ、破れる!!』) &br;(チャンプとは、このファイトにおいて最多勝利数及び最高勝率を誇る王者のこと。『嵐を呼ぶペイズリー』の二つ名を持つ植物使いのことだ) &br;(しかし彼は今、初参戦の挑戦者の一撃を受け、ゴミ山に沈んでいる。アナウンスがそう告げた) &br;(挑戦者は放ったままの拳をこちらに向けている。彼の燃えるような赤毛が精悍な顔に透ける在りし日の面影を浮き彫りにしている) &br;(突き出された拳から、かつて差し出されたその手を思い起こす。あの日の記憶、あの頃の記憶)};
---&color(purple){&br; &br;&color(darkred){「僕はアレン。君は?」}; &br;(握手のつもりなのだろう。差し出された手を無感情に見ながら、幼いエイベルは立ち尽くしていた) &br;(無視しているのではない。どうしていいかわからない。赤毛の少年は人なつっこい笑みを浮かべて、首を傾げる自分の手を取った) &br;&color(darkred){「よろしくね。家族が増えてうれしいよ。同じくらいの男の子がいなくて、ちょっと寂しかったんだ」}; &br;(彼の瞳は、おそろしいほどに澄んでいた。心の奥底まで曇りなく透けて見えているような透明度。純然たる善意がそこにはあった) &br;(彼の伸ばした手が、エイベルにとっての最初の救いの手になった) &br;(アレンはいつでも真っ直ぐで、直截で裏表が無かった) &br;(悪いことは悪いといったし、良いことは良いといった。正しいと思うことは正しいといい、誤りと思うことは誤りだといった) &br;(そして、それ故に、冷え切った幼いエイベルの心に火を熾し、動かすことが出来たのだった) &br;(それはエイベルが最初に覚えた友情だった。そしてアレンもまたエイベルを親友と捉えていた) &br; &br;(純粋で、真っ直ぐで、単純で、騙されやすい、赤毛の少年) &br;(それは彼が純粋であったからで、故に、『園』の歪んだ教えにも、疑問を抱かなかった) &br;(エイベルが『園』を出る前、最もその教えに染まっていたのは、他ならぬアレンだった)};
---&color(purple){&br; &br;(その彼が今、エイベルに拳を向けている) &br;(彼は彼の正義に従って、エイベルを正そうとしている) &br;(アレンがその首からアミュレットを引き千切り、捨てた。平等な条件で闘うということか。ゆっくりと呼吸し、気を高める) &br;(その気迫で、人混みが割れた。視線が合う。紅色の瞳は太陽のように力強く、その輝きで焼き尽くすかのようだった) &br;(エイベルは背中が冷たく濡れるのを感じていた。本当に勝てるのだろうか、自分は、と) &br;(だが、アレンはその怯懦を許してはくれない。容赦のない、真っ直ぐな戦意がエイベルを叩く) &br;&color(darkred){「エイベル。君は正しくない」}; &br;(距離は10m以上あった。それを一歩で詰めて至近、爆発的な呼吸から、迫撃砲のような拳が放たれた。破壊的な震脚が石畳を粉砕する) &br;(紙一重、外側に躱す。回転を加えた裏拳が間髪入れず放たれエイベルの脇腹に突き刺さる) &br;(10m以上吹き飛んで、建物の壁にしたたかに背中を打ちつけた。呼吸が詰まる) &br;(半ば自分から跳んだとはいえ、相当な衝撃だった。拉げた金属板が地面に落ちる) &br;&color(darkred){エイベル。君は与えられた任務を失敗したのに、自刃もせずのうのうと生きている」}; &br;(一歩、また一歩と歩みよるアレンの周りでは、怒りが熱となって、陽炎のように揺らいでいる) &br;&color(darkred){「君のせいでアメリアが死んだ。君は選択を間違えた」}; &br;(比喩ではない。実際に熱量が上がっているのだ。これがアレンの固有魔術、『烈日烈火』。魔力の限り無限に加熱する) &br;&color(darkred){「君の間違いは僕が正す。友として、君を殺すことで」}; &br;(アレンを中心に、熱量が高まっていく。路面の水分が蒸発して白い靄を立てている) &br;(霞み歪む視界の中。間合の外で立ち止まる。半歩でも踏み込めば必殺の位置、見えない線でもあるかのように) &br;&color(darkred){「思い残すことはあるか」}; &br;(起き上がろうとするエイベルを、純粋な熱量が正面から打ちつける) &br;(エイベルは怯まない。ゆらりと立ち上がり、笑った) &br;「間違ってんのは、お前だ」 &br;&color(darkred){「何が言いたい?」}; &br;「お前はどうして、『園』のことを信じてる? &br;言われるがまま殺して、『それが世界の幸福のためになる』『お前達のような孤児を生まないためになる』……本当にそうか? &br;疑問に思ったことはないのか」 &br;(アレンが瞑目し、眉根を寄せる。エイベルの目にはそれが、忍耐、あるいは苦悶するようにも見えた。意識して何かに沈み込もうとするような顔にも) &br;&color(darkred){「お前は、この期に及んで……」}; &br;(結局、問いかけは火に油を注ぐだけだったようだ。上限の無い熱量が、さらに過熱し、瞳を灼く) &br;&color(darkred){「僕らを捨てただけじゃなく、侮辱までするのか!!お前は!!」}; &br;(怒りのまま、さながら炎の化身と化したアレンが、境界線を踏み越える)};
---&color(purple){(その殺意が、エイベルの内に諦念を生んだ。覚悟と呼んでいいのかもわからない。ただそうするしかない、という寂寞とした気持ち) &br;(目尻に涙さえ浮かべながら、その感情を身の内に沈み込める。そうするしかないから。生きられないから) &br;(静まりかえった心が光のない瞳に映す。殺すことに関してひたすらに自動的な存在へと自分を切り替える) &br;(一筋の落涙が、迫り来る熱で泣き跡に変わる) &br;(熱風巻いて迫り来るアレンの拳を、横を擦り抜けて躱した。擦れ違い様に首へと放った斬撃を、アレンは避けようともしない) &br;(生成された鋼鉄の刃がその肌に触れる前に沸騰し、霧と消える) &br;(鉄の沸点は三千度近い。アレンはそれほどの熱量をその身に帯びている) &br;(そして彼の固有魔術は単にその身を加熱するだけではないのだ) &br;(アレンの後方へと逃れたエイベルの背へと放たれるのは掌打) &br;(届く距離ではない。だが、その一撃は空を打つ。高熱を孕んだ空気が打ち出され、死の風となって追い縋る) &br;(これが固有魔術『烈日烈火』の真の用法。有り余る魔力を超高効率で熱量へと変換し辺りへと撒き散らす焼殺の術法) &br;(エイベルが宙を舞う。地面を蹴って、弾け飛ぶように横へ。それでも右脚の膝から下に強烈な灼熱感が襲った。炭化までは至っていないにしても、重度の火傷だった) &br;(熱風が街路を駆け抜け、建物のいくつかを炎上させる。それほどの熱量だった) &br;(ファイトに集っていた者達は既にあらかた逃げ散っていたが、それでもそこかしこから悲鳴が聞こえる) &br;(聞こえていないのか、意に介した風もなく、エイベルの着地先を狙い、アレンが飛び込む) &br;(今の熱量ならば拳を触れさせる必要すらない。距離を詰めるだけで致死量の熱が相手を殺すのだ。エイベルの機動力は死んだも同然。好機だった) &br;(死の熱が到達する寸前、エイベルは残る左足で壁を蹴り低く跳躍、際どくもさらに逃れる。同時、数本のナイフを投げ放った) &br;(アレンにどうせ蒸発させてしまえるという油断は無い) &br;(眼前、両腕で円を描く。タングステンの刃が弾き飛ばされた) &br;(タングステン。融点3422℃、沸点5555℃。エイベルが生成可能な金属の中で最高の融点・沸点を持つ) &br;(しかし、鉄の約2.5倍というその比重の大きさ故に) &br;&color(darkred){「遅い―――」}; &br;(アレンの反応速度を上回るような速さは出しにくい。しかし、今のは足を止めるための牽制に過ぎない。着地と同時、エイベルはイメージを解き放つ) &br;&color(darkred){「ッ!?」}; &br;(受けの直後さらに距離を詰めようとするアレンの右足を、地面より生えだした刃がアレンの右足を刺し貫き、反しを以て縫い止める) &br;(タングステンの刃は融けもしない。アレンは機動性の確保のため、足下の熱量は抑えていた。足場を溶かさないためである) &br;(だが足を止められたのも一瞬だった。アレンが足下の熱量をさらに上げれば、タングステンさえも蒸発させてしまう。その熱量は太陽の表面温度を超えていた) &br;(ずぶずぶと紅く融け出す地面に半ば沈んだ足を振り上げれば、放たれるのは溶岩の散弾だ) &br;(だが、アレンが足を止めた一瞬のうちに、エイベルは更に動いていた。生成していたのはクロスボウと、それに装填された何か) &br;(想定以上の火力と反撃の早さを苦にしながらも、溶岩の飛礫を潜り抜けながら引金を引いた) &br;(アレンは意にも介さず突っ込む。右足からの出血を蒸発させながら、一歩ごと熔解する地面の上を、水の上を走るように) &br;(エイベルが為すどのような小細工だろうと、彼の魔術が金属生成である以上、彼の熱量の前では無力であるという油断) &br;(タングステンすらも蒸発させる熱量ならば、何ものも恐れる必要はないという油断だった) &br;(打ち出されたのは、角に四つ重りを付けて丸められた金属箔のベール。投網のように広がれば、複雑精緻なレリーフが露わになった) &br;(魔除けの紋様。それ自体が魔術としての性質を帯び、アンチ・マジックの効果を持つ―――) &br;(アレンはそれをまともに食らってしまった。太陽の如き熱量を生んでいた魔術が徐々に打ち消され、純粋な魔力と化して減衰していく) &br;(―――今なら攻撃が通る) &br;(そう確信したエイベルは再び引金を引いた。素の自分では引くことの出来ない引金を、薄れさせた感情のまま、反射的に、自動的に、否) &br;(『それは駄目だ』 家族の命を奪い去ることへの強烈な忌避感が、エイベルの感情を引きずり戻した。そしてそれが照準を狂わせた) &br;(クロスボウから放たれたクォレルが、僅かに急所を外してアレンの胸を貫く) &br;(致命傷ではあるが即死ではない傷。最も与えてはいけない、今際の際に苦痛を与えるだけの傷だった) &br;(アレンが、ごぷりと血を吐いてその場に崩れ落ちる。魔術は最早維持されず、致死性の高熱は消え去っていた) &br;(エイベルが足を引きずりながらアレンの元へと駆け寄ると、驚くべきことに、アレンは笑っていた。エイベルの手を取り、掠れた声を絞り出す) &br;&color(darkred){「これでいい…………」}; &br;(声すらも出せなくなって、唇の動きだけで『生きろ』と続けた。それきりだった)};
---&color(purple){(そうか、と気付く) &br;(アレンは、このようなことになっても、親友だった) &br;(不器用で真っ直ぐな彼は、組織を裏切れない。そして親友をもまた、裏切ることができない) &br;(組織と親友との間で板挟みになった結果として、組織に殉じる形で友情に報いたのだ) &br;(自分を殺させることで、迷いを断ち切れるように。家族との戦いで生き残れるように) &br;(アレンはそのために最初の刺客として現れたのだ。自分の前に、命を賭して) &br;(このことを理解して―――エイベルは慟哭した) &br;(それは周囲で燃え盛る炎よりも激しく、エリュシオンの空に響き渡った。世界のどこよりも高いこの空に)};
-&color(purple){(男子寮。自分の部屋で、天井を見上げる) &br;(自分の前に何人の学生が、何を思って眺めたのだろう。種々の悩みがこびり付いたかのように複雑に黒ずんでいる) &br;(溜息をつく。自分のこれもまた一つ重なって、この天井にくすみを足すのだろう) &br;(焦り。燻り。迷い。あのトーナメントの王者と闘っても、それは消えることが無かった) &br;(ただ、自分の弱さが浮き彫りになっただけだ。頭上、掌を翳し、握る。強く) &br;(またひとつ、溜息。感情のコントロールが効かなくなっている) &br;(幼少期。物心ついた時には自然と出来た。己の感情を殺し、何も感じなくなる。己を暗殺者として成り立たせていた、そのやり方を、自分はいつからか忘れてしまった) &br;(何故出来たのかはわからない。覚えていないほど昔に、何かがあったのかもしれない。そうしなければならないようなことが) &br;(覚えているのは、そう、この才があったからこそ、自分は拾われたのだ) &br;(人殺しを商う犯罪組織、『幸福の園』に) &br;(思い出さなくてはならない。あの頃のことを) &br;(この燻りを晴らすためになるかはわからない。しかし、向き合わなければならない時が来ているのだ) &br;(最初の刺客がこの身に刃を突き立てる前に、心を固めなければならない) &br;(家族に刃を向けるのだ。そして) &br;殺す。 &br;(口に出してなお、実感が湧かない。自分は本当に殺せるのだろうか。彼らを―――)};
--&color(purple){(『幸福の園』が運営する、『籠』と通称される殺人者育成用の孤児院。そのひとつにエイベルがやって来たのは、彼が5つの時だった &br;(見たことのない景色。年を経て汚れた石造りの、硬質で灰色な建物。床材の木が歩く度に軋んだ) &br;(背が高く穏和そうな『先生』に伴われ、案内された教室で、皆の前に立たされた) &br;(家族なんてもういないのに、これからは彼らが家族だ、なんていわれても、受け入れる気にはなれなかった) &br;(極めて陰気な、感情の起伏に乏しい目をして、エイベルは教室を見回した) &br;(そこにいたのは五人) &br;(鼻の頭に絆創膏を貼ったいかにも快活そうな赤い髪の少年が、興味津々にこちらを見ている) &br;(油断のない視線を向けるブロンドの少年は背が高くいかにも大人びていて、すぐに年長だとわかった) &br;(その後ろに、同じ髪色の女の子が照れたように隠れ、こちらを伺っている) &br;(また、銀色の髪の少女が穏やかに笑っている。その胸に抱かれているのは、エイベルよりも小さな、青い髪の男の子) &br;(エイベルと先生を含めて七人の、とても小さな暮らし) &br;(それがやがてエイベルの心の氷を溶かしていった) &br;(いつしかこの共同体を家族だと思うようになった。少なくとも当時は、それを温かく感じていた) &br;(この温かさそれ自体が、殺し屋達を組織の元へ囲い込む『籠』だった) &br;(組織の上部が手駒を都合の良いように操るための、宗教じみた歪んだ教育も、子供は疑問に思わない) &br;(表面上だけは優しい、今思えば目の奥に禽獣の光を持った先生が教えたのは、そのようなものだった) &br;(殺すための技と、殺すための心) &br;(特別な君たちには特別な技が与えられるのだと、刻まれた固有魔術) &br;(歪みに満ちた箱庭で、エイベル達は穏やかに育った)};
---&color(purple){(彼らのことを思い出す) &br; &br;(拾われたばかりの頃、最初に手を伸ばしてくれたのは赤毛の少年) &br;(いつでも真っ直ぐで、純粋で疑うことを知らず、だからこそ危うい) &br; &br;(はじめての任務のあと、温かく迎えてくれたのは銀の髪の少女) &br;(どこか抜けていて、自分勝手で、でも確かな優しさを秘めていた) &br; &br;(守るべきもの。あどけない瞳で頼ってくれたのは、青い髪の男の子) &br;(最も小さく、我が侭で、しかし放っておけない、まるで皆の弟のような) &br; &br;(いつかの失敗。与えられた教訓。叱ってくれたのは、真鍮の髪の青年) &br;(男らしく、芯が通っていて、淡い憧れを感じさせた) &br; &br;(日常の中、いつも笑顔で接してくれたのは、真鍮の髪の少女) &br;(相手の都合を考えずに振り回すのに、不思議と嫌な感じはしなかった) &br; &br;(この五人と、あとはもう一人) &br;(厳しくも優しく、生徒達に殺しの技を教えてくれたのは、『先生』)};
---&color(purple){(―――彼らと彼らとの暮らしを思い出す度、気付かされていく) &br;(自分は過去から逃げ続けてきたのだと) &br;(忘れて、無かったことにしたかったのだと) &br;(様々な正道の武技を学んで、固有魔術を使いこなした気になって、それで過去を塗り潰したつもりになっていたのだと) &br;(アミュレットを必ず着けて闘っていたのも、『間違っても誰かを殺さない』ということだけに拘った、過去からの表面的な逃避に過ぎなかったのだと) &br; &br;(最後となった任務。養父の背中を追うと決めたあの日から) &br;(暗闇の過去から逃げて、避けて、目を背けて、結局どん詰まりまで来てしまった) &br;(過去という名の死神が、今にも己の肩を叩こうとしている) &br;(今を、そして先を生きるためには、過去を殺すしかない) &br; &br;(天井に翳した手を開き、そして握る―――血が滲むほど、強く) &br; &br;(封じてきた技を、思い出すのだ) &br;(自分の、本当の技を)};
-&color(purple){(貧民街。夜道を歩きながら思考する。持て余しているのだ。身の内の焦げ付きを) &br;(原因はひとつに、体育祭のトーナメントでの準決勝敗退だった) &br;(よくやった、という向きもある。全く予期しない攻撃を食らっての、半ば事故のような敗戦ではあった) &br;(しかし―――自分は本当に強くなっているのか?) &br;(その疑問が頭を支配する。俺は相手にとって強敵だったのか?まんまと術中に嵌って負けたのではないか?) &br;(結論は出ない。考えるほどに分からなくなる) &br;(そのせいか。近ごろ戦いに精彩を欠いていた。自分の体が自分のものでないような感覚がある) &br;(隅々まで神経が通っていない。技のキレが色褪せた。一瞬の判断が僅かに遅い。泥の上を歩くような感覚。歩を進めるだに深みに嵌る) &br;(賭試合の勝率も、近ごろ目に見えて落ちていた。設定されるオッズが下がる。それはすなわち、実力の代理変数だった) &br;(俺は、このままでいいのか?) &br;(ただ日々をぬるま湯のように過ごして―――) &br;(あの人に。養父に。越えると誓った背中に、追い着くための歩が。鈍ってはいないだろうか) &br;(考えるほどに分からなくなる。行き場のない中途半端な熱量が、頭の中を不快に廻る) &br;(捌け口を求めて賭試合に身を投じ、半ばほど負け、半ばほど辛勝する。近ごろはその繰り返しだった) &br;(今日もその帰りだった。後者の方ではあるが、胸を張っていい勝ちともいえなかった) &br;(ぼんやりと星を見上げて歩いている。早春の夜風は肌寒く、しかし内なる熱を冷ましてはくれない)};
--&color(purple){ (そしてふと、立ち止まる) &br;(首筋に痺れるような殺意を受けて、それまで感じていた焦燥が、血の気と共に消えて失せた) &br;(直感する。遠い昔に置き去りにして、努めて意識の外に置いていた過去、それがが追い縋ってきたのだと。よりによって、この時に) &br;(素人の放つ殺意ではない。それは、いわば鋭く丹念に尖らせた黒塗りの針だ) &br;(標的のみに突き刺さり、それ以外の人間には露ほどの気配も感じさせない) &br;(殺気の主は、それが放てるほどに訓練された存在だ。殺す気ならば、既にそれは為されているはず。恐らくは、よく知った方法で) &br;(殺意の出所を探ると、色褪せた石塀に凭れて、男が一人佇んでいる) &br;(洒落た身なりの男だ。一見して仕立ての良いグレーのスーツに、上質な絹のアスコットタイ) &br;(羽織った黒いトレンチコートは織りが緻密で光沢があり、男のしなやかな体躯とあわされば、見る者に黒豹の毛皮を思わせた) &br;(合わせて仕立てたのだろう黒の中折れ帽を目深に被って、その容貌は見て取れない) &br;(積み上げられた金貨が見えるような衣装、それを纏った伊達男が声を投げた) &br;&color(darkgreen){「弱くなったな、エイベル」}; &br;(男は帽子で貌を隠したまま、革靴を鳴らして歩んでくる) &br;(それがごく自然な調子であるのに、微塵の隙も見て取らせない) &br;&color(darkgreen){「そして、随分と人間らしくなった」}; &br;(街灯の下。帽子を上げたその貌に、エイベルは見覚えがあった) &br;(柔らかに錆び付いた真鍮色の髪、鋭いヘイゼルの瞳は在りし日の面影を湛えて光る) &br;ダリオ…… &br;(伊達男は名を呼ばれ不敵に笑う。張りのあるその貌は若く、20代の半ばといったところか) &br;&color(darkgreen){「忘れられちまったかと思ったぜ。同じ釜の飯を食った可愛い弟分だもんな、そんなわけはねえ。 &br;暖かい家庭に迎え入れられて、今では悠々一人暮らしの学生さんとくれば、 &br;俺たちのことなんてすっかり忘れちまった風に見えちまう。だが、そうじゃねえんだな……」}; &br;(ダリオは仕草や声音のひとつひとつに若手の俳優めいたわざとらしさを纏わせながら、今度はくつくつと笑った。 &br;&color(darkgreen){「確認するぞ、エイベル。俺がここに来た理由はわかるか?」}; &br;(聞かれれば答える。それは明白なことだ) &br;俺を消しに来た。 &br;&color(darkgreen){「そう。だが百点じゃない。確かに、あの親父殿の庇護下じゃ俺たちも手が出せなかった。 &br;が、ここなら奴の手も届かない。園の外に幸福なし。 &br;この機を狙ってお前を消す―――そうするかどうかは、これからのお前の返答次第だ」};};
---&color(purple){(淡々と語るダリオの言葉に、暗澹たる気持ちに心が塗り潰されていくのを感じながら) &br;(エイベルは苦虫を噛み潰した表情を浮かべて動かない。視線、続きを促して言葉を待つ) &br;(伊達男は頷いて続ける。さもこちらが本命である、とでもいうように) &br;&color(darkgreen){「戻ってこい、エイベル。『大鷲』がそれを望んでいる。家庭も学校も捨てて、一羽の『梟』としてやり直せ。 &br;お前がこれを断れば、俺たちがお前を消すことになる」}; &br;(『幸福の園』の掟のひとつ。組織から抜けようとする者がいた場合、同時期に同じ『籠』で育った仲間が始末を付ける) &br;(『籠』とは組織の支部であり、各地に点在するそれらは殺人者を育成する孤児院にして教練施設だ) &br;(同時期に同じ『籠』で育つとは、家族の絆で結ばれるに等しい。組織から抜けようとすれば自然、家族同然の者達と殺し合うことになる) &br;(殺人者として育てられても、もとは皆が孤児である。家族を失い、擦り切れて消えて無くなってしまいそうなほどに孤独を噛み締めた者達だ) &br;(であれば、擬制されたものとはいえ、再び得た家族の情は裏切れるものではなかった) &br;(ダリオは手を差し伸ばす。振り払われるとは露ほども思っていない表情で) &br;断る &br;(何かを考えたわけではない。エイベルは反射的にそう答えていた) &br;(ダリオの指先が、数秒の凍結を経て震える。笑声が路地に響く。帽子を抑え、ひたすらに笑った) &br;(それは、心の底から楽しげな笑いだ。待ち望んでいたものが到来して、腹の底から湧き上がるような笑いの噴出。ひぃひぃと呼吸を荒げて、落ち着けば言葉を返す) &br;&color(darkgreen){「そうこなくっちゃな。だが、理由くらいは教えてくれよ。そんなに新しい家族が大事か?ここの生温い暮らしがいいのか?」}; &br;(理由。かつての家族と殺し合うことになったとしても、エイベルには通したいエゴがある) &br;俺は決めたんだ。俺の最後になった任務、あの時だ。あの一撃を貰った瞬間から。あいつを――あの壁を越えてみたいって思った。越えようと決めた。 &br;これは俺が、人生で初めて自分でやるって決めたことだ。命じられた殺しの続きでもないし、あらためて命じられるつもりもない。 &br;俺は俺の意志で生きていく。二度と園に戻るつもりは無い &br;(ダリオの眼光は鋭い。心胆の底まで射貫くような視線が、エイベルの背に汗を滲ませた) &br;&color(darkgreen){「それだけか?」}; &br;それだけだ。 &br;(これは見え透いた嘘かもしれなかった。ここの暮らしに執着があるといえば、周りが巻き込まれるかもしれない) &br;(真っ当に、各々の目標に向けて日々を歩む気の良い者達を自分の事情で不幸にしたくないが故の、一部が欠け落ちた回答) &br;(それに表向きは満足して、ダリオは頷く) &br;&color(darkgreen){「いいぜ、エイベル。今はそれでいい。今日の俺は意思確認のメッセンジャーだ。だからこれで引き上げる。 &br;だがこれから先、『籠』の誰もがお前を本気で殺しにかかる。今後のお前の生活は、俺たちの屍を踏み越えた先にしかない」}; &br;(地面を踏み締め、身を翻し路地の闇へと歩き出す。ふと、途中で足を止めて) &br;(これが真の本題とでもいいたげな、言葉で殺そうとでもするかのような、突き刺さる刃物のような声音) &br;&color(darkgreen){「最後に言っておく。妹は―――アメリアは死んだよ。組織の自制を聞かずお前を追って出奔し、命令違反と脱走の咎で殺害の命が下った。 &br;だから殺した。せめて、俺の手で」}; &br;(ダリオは皮膚が破れるほど拳を握る。エイベルは、何かを口に出すことも出来ない) &br;&color(darkgreen){「殺したのはお前だ。お前が出て行ったからアメリアは死ななければならなかった」}; &br;(肩越しに一つ、眼光が飛ぶ) &br;&color(darkgreen){「だからお前は、俺が殺す」}; &br;(最後にそれだけ言い残すと、ダリオは再び路地の闇へと消えて失せた) &br;(色を失い立ち尽くすエイベルを残して)};
-test --  &new{2014-02-06 (木) 20:40:06};
--test