[[名簿/451338]]
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-男は、長い川を渡っている。&br;&br;その瞳に光はなく、その歩みに意思はない。&br;ただ、身体が前に倒れるのを防ぐために一歩を、次の一歩を踏み出しているから、前に前にと進んでいくだけで、&br;何処かにたどり着くための歩みでも、何かから逃げるための歩みでもなかった。&br;踝までを、感覚がなくなる程の冷水に浸しながら、音も立てず、水を掻き分けるようにして先へと進んでいく。&br;そうすることが彼に課された義務であるように、そうすることが自然であるように、先へ、先へと。
--&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084081.png);&br;&br;
---その道のりが有限であれば、いつか何処かにたどり着く。&br;だが、たどり着こうという意思がなければ、その道は何処にも繋がっていない。&br;事実、どれだけ進んでいても、何一つ掴めず、何処にもたどり着けない道のりがそれを証明していた。&br;何時間、あるいは何日歩いただろうか。&br;疲れはない。空腹感もない。胸に、それらがこぼれ落ちる空虚な穴が空いているかのように、彼の身体には何もなかった。&br;ただ、身体を冷酷に冷やす、凍てつく水の感覚が、自身との境界線を曖昧にするほどに自分の身体を包み込んでいた。
---ここは、冬の海だ。&br;男は、そう思った。&br;思ったのではなく、最初から知っていたことを思い出したようだった。&br;その認識を元に、男が少し遠くに目を凝らすと、そこには男の認識通りに流氷が漂っていて、&br;更に目を凝らせば地平の先にまでその景色が広がっていることが分かった。&br;辿りつけないのも無理は無い。&br;最初からこの世界は、凍てつく海だけで構成されていたのだから。&br;男は嘆息し、境界が曖昧になった身体を海水に揺蕩えながら、初めて歩みを止めた。
---&br;――立ち止まれば無音。&br;静謐と静寂がそこにあった。&br;掻き分ける水すらもやがて水面となり、無音の刃が鼓膜に痛みを与えていく。&br;その世界に自己しか存在しないことを知ったとき、身体が少しだけ軽くなるのを感じた。&br;背中に、腸(ハラワタ)に、背負って抱え込んできたものが取り零れていくような気がして、軽くえづく。&br;しばらくするとそれがただの錯覚であるかの如く、身体が再び重さを取り戻し、男は大きく呼吸をしなおした。
---&br;「――なんや。見覚えある、阿呆がおる」
---&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084109.png);&br;&br;
---&br;潮騒の音に混じって、男の耳に聞き覚えのある声が届いた。&br;静寂の世界に遠慮無く割り込んできて、我が物顔で居座っていた。&br;その声が聞き間違えでないことを、何故か男は知っていた。

---&br;男は少しだけ、誰にも見られないように笑い、顔を上げて、苦笑いを零した。&br;目の前にいる、少女のような何かに向かって、小さく嘆息してみせる。&br;少女は、目深に被っていた面を片手で持ち上げ、呟いた。
---&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084108.png);&br;&br;
---&br;&br;「相変わらずの――間抜け面やね」
---&br;&br;&br;&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084084.png);&br;&br;&br;&br;
---&br;&br;「何やの、俯いて歩きおって。&br; 何ぞ、大事なモン落としでもしたん、青年?」
---&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084100.png);&br;&br;冗談とも、本気とも取りきれない曖昧な言葉に、男は言葉に詰まる。&br;先制して悪態の一つでも吐いておくべきだったと悔やんだときには、悔し紛れの言葉が口をついて出ていた。&br;&br;「その辺に落ちてたら苦労しないんだよ」&br;「せやんな。&br; よう知っとるわ」
---&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084101.png);&br;&br;飄々と言ってのけるその仮面の少女に、男は眉根を寄せて尋ねる。&br;&br;「何で、こんなとこにいる?」&br;「それはやな、ここが何処かを分かってる人間が言うセリフやで」&br;&br;言われて、再び言葉に詰まる。&br;突然の覚醒と意思の付与に事実を認識するのが遅れた。&br;闇雲に歩いていた先ほどまでと違って、自分が一人の個として目の前の仮面の少女と会話していることに自覚をした途端、&br;考えないようにしていたいくつもの疑問が海の中からぽかりと水泡のように湧き上がってくる。
---&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084107.png);&br;&br;――腹部を、覆う灼熱感。&br;喉奥を上がってくる、血の味と、喪失感と――。&br;&br;フラッシュバックのように思い出される記憶。&br;&br;男は、その事実を咀嚼し、大きく息を吸った。&br;内心の動揺は、その瞬間と同じように外側には漏れず、会話中の僅かな無言の時間だけがその場に違和感として存在していた。&br;&br;「――そうか。&br; ……死んだのか、俺は」
---&br;「さあ、どうやろねえ?」&br;「お前が居ることが証拠になるだろ泥人形。&br; 死んでも治らなかったか、頭」&br;「なんや、調子出てきたやん。&br; どっちが泥人形やねん、死んだような目で歩いてきよって。ああ、すまん自分の死んだような目は生まれつきやったな」&br;「仮面叩き割るぞ美少女(笑)。&br; ……もう一度聞くぞ。何でこんなとこにいる」
---&br;少女は小さく笑い声を零し、小さく首を傾げてから。&br;&br;「『待っとった』言うたら、恋に落ちてくれるん?」&br;&br;「――胃が痛む」&br;「なんでやねん! 草ばっか食いよるからやろ!&br; 胃ぃ鍛えんかい胃ぃ!!」&br;「お前草馬鹿にしたら恋じゃなくて別の場所に落とすぞ。&br; 生憎肉食系女子を許容出来るような胃は生まれつき持ってなかったからな」&br;「ああ、喰うってそういう」&br;「お前二秒でいいから真面目に俺の話を聞く能力ある?&br; とりあえずワイヤーで縛らないと聞けない?」
---&br;「背、伸びてんな」&br;&br;その言葉は。&br;何の飾り気も、他意もないはずなのに。&br;男の内部に、深く、深く突き刺さった。&br;余りにも簡単に揺らぐものだと、自分で呆れながら、大きく息を吸って、吐いた。&br;ため息として誤魔化せたことを、男は祈った。&br;&br;その短い一言には、年月の「静止」と「空白」を同時に突きつけられたような、そんな感覚を男に与えた。&br;&br;「……何年経ったん」&br;「二年」&br;&br;短く、なんとか言葉を返す。&br;&br;「伸びるはずやんな」&br;&br;少女は、感慨深くそう呟いた。
---&br;「大変、だったんだ、ぞ。&br; お前とルームシェアしてた、テイリス、とか、お前が居なくなって、&br; それでも、それぞれ、まあ、生きてだな」&br;&br;違う。そんなことは、どうでもいい。&br;伝えるべき言葉が悪態や世間話に押し流される。&br;&br;「騒がしい奴が、急にいなくなって、教室も少しだけ静かな時期が、あって、&br; ピピルンや、ジョージは……お前がいなくなって、深夜の駄弁り仲間が減ったって。&br; 料理も、二人分作る方が、三人分作るより難しいんだが、そういう、ことじゃなく」&br;&br;前髪を、右手でくしゃりと掴む。口の端が傍目から見ても分かるほどに歪み。&br;胸の内に綯い交ぜになった感情が、そのドロドロとした感情のまま外側に吹き出して。&br;&br;&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084112.png);&br;&br;&br;「……何で、死んだ」&br;&br;&br;男の言葉は――糾弾という形で、外側に表出してしまう。
---&br;少女はその言葉を聞いて、少しだけ息を吐いてから静かに面を深く被り、&br;&br;&br;&ref(http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst084113.png);&br;&br;&br;「ごめんな」&br;&br;と、小さく呟いた。&br;&br;男は、顔を押さえたまま、俯く。&br;&br;「……違う、そう、じゃない。&br; 俺は、別に、お前に謝って欲しいとか、そういうんじゃ、ない。&br; 俺は……俺に、とっても、他の連中と同じように」&br;「ええよ。無理せんでも。&br; きっとな……こんなとこに居ったら、そう言われてまうと思ってたんやわ。&br; ……逆に、言うて貰えて、安心したわ」&br;「悪い。……何回でも言える。&br; ……何人分でも、言えるわ。フロニー」&br;&br;男は、小さく、少女の名前を呼んだ。
---&br;「せやな。うちも、おんなじことうちに向かって言いたいわ。&br; ……自分や、テイリスやモイリーが苦しんでたのと同じで、うちも苦しんでたんやからな。&br; 全部、見えとったから、ここから」&br;「何だよ、それ。&br; 趣味悪すぎるだろ……」&br;「せやんな。……何回も、何回も呪ったし、叫んだわ。&br; そんでも、どうにもならん言うんが分かって、ようやく待つ言う選択肢が出てきてん。&br; だから、もっぺん言ってええかな。待っとってん。ヒューイ。&br; ヒューイだけやない、死にたがりの誰かさんが、もしかしたら来るかもしれへんて、思うてたから」
---&br;「……何だそれ、怖いわ」&br;「ふっふっふ、そして貴様は黄泉路の道連れとして選ばれてん。&br; 恨むなら死んだ自分の運命を恨むがええわ!!&br; さあ向かおか、結婚という名の墓場へな!!」&br;「死んだら治れよ馬鹿は。&br; ……何年掛かるか分からないのに、ずっと待ってた筋金入りの馬鹿に掛ける言葉じゃないが」&br;「おや、あんま嫌そうな顔せーへんねんな。&br; 死んでんねんよ、自分。もっと嫌だ!生きたい!言うて暴れるもんちゃうん」&br;「……さあ。&br; 実感沸かないのか……かなり前からこういう覚悟をしてたのか、どっちかだろうな」
---&br;男は、小さく嘆息する。&br;&br;「守る相手のいない、縛られるものの無い人殺しの末路なんて。&br; ……ずっと、こんなもんだと思ってた。&br; 最期にお前と話せたのは、何かの間違いだろって、今でも思ってる。&br; もしくは、俺が都合良く俺に見せてる、勝手に創りだした幻想か何かだろ……」
---&br;「せやったらヒューイん中のうちって意外と美人やってんなー、自分で思うわ。&br; でももうちょい胸あったことない? DかEくらいはあった気ぃすんねんけど」&br;「……もういい。&br; あんまり、そういうの続けられると、溺れそうになる。&br; ……死のつかの間に見た夢にしては、救いがあったよ。幻影だろうが、感謝くらいはする。&br; ……もういい、フロニー」&br;「良うないよ?」&br;&br;男は、その言葉に顔を上げた。&br;少女は、腕を組んで、首をひねった。&br;「良う、なかったよ。&br; うちは。&br; せやから。&br; ……きっと、ヒューイも良うないで」
---&br;「俺の中のお前、捻くれ過ぎ」&br;「女体も知らんと女を語んなや多分童貞」&br;「人のこと言えんのか多分処女。&br; だから……こういうのが、もう良いって言ってるんだが?」&br;「なんで幸せにならへんの?&br; どうにでもなるんに。どうにでもしたるんに」&br;&br;苛立ちを超えて、男に殺意が芽生えた。&br;&br;「お前が言える言葉じゃない」&br;「うちだから言えるねん。&br; そして、言うために、うちはここに居る。&br; それが、ヒューイが聞いた、うちがここに居る理由や。&br; ちょっと長なるけど、寝ずに聞けや。&br; ヒューイがうちに言いたいこと山ほど抱えてきたように、うちかて、自分に言いたいこと山ほどあんねんぞ」&br;&br;少女のその言葉に、男は深呼吸をして、自分の中の怒りを収めた。&br;丁寧に10秒数えて、怒りにお引取りを願うと、聞いてやるとばかりに仮面の少女を睨み返した。
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-とても。&br;とてもとても幸せやったよ。&br;&br;ありがとうな。 
-命が終えるまでの数秒間。&br;少しだけ残された私のロスタイム。&br;腹部からあふれ出る赤も、もう見えないし、&br;化物の息遣いも、もう聞こえない。&br;私の中にだけある閉じた世界の中で、少しだけ私の話をしよう。 --  &new{2011-07-14 (木) 19:18:35};
--テイリスに問うた何故は、自分にも返ってくる。&br;何故、自分はこんなにも人の中にいることを求めたのか。&br;自身の異質さを認めていながら、どうして孤独に身を潜めていることを選ばなかったのか。&br;仮面を被って、道化と笑われる道を選んだのか。 --  &new{2011-07-14 (木) 19:20:43};
---きっと、そこにあったのは寂しさとか、孤独感のような弱い感情ではなく。&br;きっと私は、誰かに強く愛されたかったんだと思う。&br;&br;褒めてもらえたのだ。&br;笑顔でいれば。&br;微笑んでいれば、最初は褒めてもらえた。&br;……愛してもらえたんよ。 --  &new{2011-07-14 (木) 19:21:54};
---……笑顔をくれたのだ。&br;微笑んでいれば、微笑が返ってきた。&br;笑っていれば、みんな笑ってくれると思っていた。&br;……いい子にしていれば、愛してもらえると信じていたのだ。&br;今にして思えばそんな呪いの縛鎖の中にいながら、その縛鎖を檻にして人との壁を作っていた自分は、&br;とても滑稽だったと思う。 --  &new{2011-07-14 (木) 19:26:57};
---&br;……そうか。&br;うちは、笑いたかったんやなくて。&br;誰かに笑ってて欲しかってんな。&br;いや……&br;それも……ちょい、違うか。&br;&br;(小さく息を吐く。涙が零れた)&br;(悲しみでなく、おそらく幸福で) --  &new{2011-07-14 (木) 19:28:58};
---(天を仰ぐ。ずっと探していたものが、見つかった気がしてもう見えない目頭が熱い)&br;うちは。&br;きっと、笑うてくれる家族が欲しかったんや……。&br;うちが本当に欲しかったものは……。&br;同じ屋根の下でうちとおっても笑顔でいてくれる誰かと……幸福に暮らすことやったんや……。&br;&br;だとしたら。&br;うちは。 --  &new{2011-07-14 (木) 19:31:12};
---(思考は、ここで途切れる)&br;(最期に何を思ったのかは、きっともう、誰も知ることはない)&br;(物語にするには余りに小さい最期に見つけた幸福を、小さな手のひらから零すまいとした少女の生涯は、静かに幕を下ろした) --  &new{2011-07-14 (木) 19:34:18};
-''「フロニーちゃんは、お母さんが死んでも泣かなくていい子ね」''&br;最初の呪文はそれだったように思う。&br;&br;別段不幸な境遇に育ったつもりはない。&br;母は早くに夭逝していたけれど、父は健在だったし、私に愛情を注いでくれた。&br;不在がちな父によって孤独に晒されないよう親戚の小母さんはたびたび私の世話を焼いてくれたし、&br;きっともっと辛い境遇の人から見れば、なんと恵まれた子供時代なんだろうと、そういう感想が出てくるだろう。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:33:13};
--ただ、子供ながらにして母親がいないという境遇は人から見れば同情に値し、&br;賢しかった自分はそれを理解していたから、努めて笑顔でいようとは思っていた。&br;そうすれば周りの人も笑顔を返してくれる、全てが上手くいく。&br;それが小さな私が小さな世界を守るために編み出した、最初の処世術だった。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:35:39};
---その処世術が頓挫したのは父が死んだときだった。&br;傭兵だった父の仕事は理解していたし、いつかはそういうことが起こることも理解はできていた。&br;あまり顔をあわせることがなかった父親だったため、大きな悲しみが胸を打つことなく、&br;ただ娘にあまり合えなかった父のことを思うと、少しだけ哀れむくらいには私の内心は育っていた。&br;&br;だから泣くほどの辛さはなかったけれど、&br;それでも、私は笑うほどの余裕はなかったはずだった。&br;人並みに、悲しんではいたのだから。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:38:20};
---''「貴方……どうして笑っているの?」''&br;&br;小母にそう尋ねられ、私は首をかしげた。&br;笑っているつもりはなかったのだ。&br;自分の顔に手を触れるが、手で触れてどんな顔をしているか分かれというのは、酷な話ではないか。&br;&br;''「貴方のお父さんが、死んだのよ……?」''&br;理解している。それに、悲しんでもいる。&br;でもそれは、伝わらなかった。言葉にしても、感情にしても。&br;&br;悪罵と共に頬を叩かれ、葬式を追い出され、後ろ指を指されながら雨に降られたところで、&br;自分が&color(red){決定的に人間として壊れている};ことに気づいた。&br;溜まり始めた水溜りに写る自分の顔だけが……まだ笑っていた。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:42:31};
---長年受けた賞賛という呪いによって、自分の顔が微笑み以外の形を表現できなくなっていたと気づいたのは、その翌日だった。&br;腫れた頬を水で洗い、鏡を見た自分がまだ笑っていたことに気づいたときは、それはそれは戦慄したものだ。&br;&br;以来、自分の部屋にはけして顔全体を見ることができる鏡を置かないことにしている。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:45:59};
---小母は翌日に頭を下げて謝罪をしてきた。&br;いわゆる土下座というやつで、笑えることに本気で謝罪をしているようだった。&br;感情が高ぶってしまい、つい叩いてしまった、許してほしい。そんなことを言っていたように思えるが、詳しくは覚えていない。&br;その謝罪の奥に見える「敵愾心」「優越感」「憐憫」その三つの感情が、嫌というほど伝わってきたから。&br;皮肉なものだ、こっちの感情は伝わらないのに、相手の感情ばかり伝わってくるなんて、と私は内心で思った。&br;&br;翌日には家を出た。小母は一度引き止めはしたものの、二度目はそれを承諾した。&br;少女の姿をした化物を外に追い出すための、世間体との折衝だと思うと、少し笑えた。&br;&br;ただ、今思えば、きっとひねくれていたのは私の内心で、彼女は本当はいい人だったのではないかと思う。&br;だが、そのとき覚えた私の感情も一つの真実であるとするなら、私は百回人生があったとしても、百回とも家を出ていただろうとも思う。 --  &new{2011-07-13 (水) 03:52:33};
---私は家を借りた。&br;寝泊りしていた施設から小母の名義を借りたいと文書で送ると、返事は印鑑の押された書類で帰ってきた。&br;それから数年、何度も何度も「表情を変えようとする」なんていう訓練を続けた。&br;結果は見ての通り。私の表情筋はおそらく精神をストッパーとして、一切の動きを止めていた。&br;&br;生活をしなくてはならない。日雇いの労働先を探した。&br;もちろんそこでも人間関係は生じる。懇意にしてくれた人もいる。&br;ただ、一ヶ月過ぎ、二ヶ月過ぎると必ず全員が私に近寄ろうとはしなくなった。&br;&color(red){常に、何があっても、相手がどんな状況であろうと笑っている少女が、正しく理解されるなんて夢物語は、どこにもなかったからだ};。 -- [[フロニー>名簿/451338]] &new{2011-07-13 (水) 03:57:46};
---化粧を始めたのもこのころだった。&br;感情が表に出ない分、それが不自然に見えないような化粧はないかと模索を始めたのが発端だった。&br;結果化粧の腕は上達し、表情筋に関する知識から、&color(red){エンバーミング};という道に出会うことになるまでそう時間はかからなかった。&br;&br;死体の顔を復元する。後ろ指を指されるような仕事ではあったが、&br;それは私にとって唯一、&color(red){他人の表情筋を見ることができる機会};だった。&br;最悪な暗い感情を引き連れて、私はその道へと自分を進めていった。 --  &new{2011-07-13 (水) 04:01:20};
---そして私は冒険者として登録が許される、15という歳を迎える。&br;父は冒険者上がりの傭兵だった。&br;その道に進むことに躊躇いはなかったが、丁度そのとき新設の冒険者養成学校が開校するという情報を耳にした。&br;&br;私は、学生の経験がない。&br;年上が理解できないものを、同級の友達が理解できるはずがないと、諦めていたからだ。 --  &new{2011-07-13 (水) 04:03:03};
---&color(red){私は仮面を被ることにした。};きっと、徐々に離れていかれるよりは、誰も近寄れないくらい近寄りがたいほうが傷つかないでいいに決まってる。&br;疎まれ、謗られ、バカにされれば……それを覚悟していれば、傷つかずに済む。&br;道化になろう。&br;泣いていても笑顔の化粧で分からない、クラウンになろう。&br;&br;私は仮面を被ることにした。 --  &new{2011-07-13 (水) 04:05:56};
---&br;未だ、その仮面は剥がれていない。 --  &new{2011-07-13 (水) 04:08:11};