[[設定/ブラックゴート傭兵団]]
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--&br;ローディア連合王国は豊かな国である。統一王朝の分裂の時より勝利したその者らの特権の地である。&br;北は雪に、東は砂漠に、西は外洋に、南は内海に接する広大な大地に豊かな実りが彼らを育んだ。&br;しかしそれと同時に勝利者であるものは、また押しのけた敗者や押し出した者らと隣り合い続けることとなった。
---&br;北はその過酷な土地にありながら家父長制度ならぬ家母長制度とも言うべきか&br;得体のしれぬエルフを筆頭に粛々と、しかし獰猛に鋼という牙を鍛え、そして容赦なく戦わんとする狂戦士が出来上がっていた。&br;エルフを筆頭にした執政が対外的に滞りなく生まれるのにさほど時間はかからなかったが、この分裂の時代においては北方からくる狂犬を打ち据えローディアを守る者が必要となった。
---&br;東は東で、追い出した野良犬とも言うべきか飢えた敗北者が定めた国境付近にてうろつくようになる。&br;敗北者の怨恨とは根深いもので、いかに愚行であろうと終わらぬ演劇のように紛争が後を絶たず&br;いつしかそれらが古き良き騎士という形骸化しつつあるを存在を存続させるための茶番のような世界が出来上がる。&br;故に彼らは英雄を欲した。騎士の英雄を望み、生まれ続けた。
---&br;西は汚染地域に住み込んだ者らが難敵となった。武力に任せた実効支配などは行わず、静かにその手を闇から伸ばしていく。&br;特異な土地というにはあまりのその質は強く、隠秘学や錬金術の狂信的なまでののめり込み等忌避すべき存在と化していた。&br;表だって動かぬため、西方はその役割を対外執政または内政により国を富ませ盤石にすることで防いだ。&br;内的な治安が最も優れているというのは、この時代から汚染地域に労働力を引き込もうとする奴隷商人らを取り締まってからであるとも聞く。&br;とかく、この国に実質的な利を生み出す存在こそ据えられることとなる。
---&br;南。この地は些か特殊である。北と東が軍事であるならば西は執政。&br;地理的にみても東で賄える範囲であった。東がバルトリア一帯を治めればいい話であるのだが、ここにそれらを度外視しても南を据えなければならない理由があった。&br;宗教である。南に隣接する地域にはアルメナ教が沸きだし教会が実権を握るコミュニティが出来上がる。&br;その実態は少し頭が回る執政者や商人からすれば醜悪なものであり、その思想の強い流入を防がなければならなかった。&br;そのためには東に求められる敗北者らとの戯れと合わせもつような二束の草鞋は&br;【内的高潔さ】が必要とされるだろう使命と、【表面的な清潔さ】を防ぐという役目と合わせること自体愚行であり避けなければならぬ事態であった。
---&br;そしてここに、アルメナ教を防ぐという理由だけでかの地の果て近くに街は作られ、南方領が生まれた。&br;バルトリア平原の一部から河川流域、ローディア南方山岳一部を含む四方で一番小さい南方領。&br;それは豊かすぎず、また貧しすぎず。ただ思想の防波堤と独自の高邁さを求められた思想の防波堤&br;結果として民は飢えず、乾かず。しかし満ちず、潤わずという非常に思想的に不安定な民を生み出し&br;ある種の思想の流刑地、隔離された世界に遂げることとなる。
---&br;そこから長い年月を経て、いくつかの密約や条約が生まれ、武力も貧しく自警に留まる程度にしか持たぬ南方の地&br;この日、当代のローディア連合王国南方公領主の第一子がこの世界に産声を上げたことから南方領は変容を始める。
---&br;当代の領主は有能である。&br;それは優秀な執政、武道ではなく。求められることを成し遂げ、存在するという…こと南方領においては必要とされるべきことを要領良くやってきた。&br;四方領主の集まりでも変わらずどちらでもよい、関わらず。との故に触れず。形骸化したその役目をただ果たしてきた。&br;昔から続いてきた果たすことの必要性を肌で感じ、アルメナよりの侵害を押し留めるだけの人柱を生み出してきた南方領主の家系。&br;その役割を受け入れ、果たし続けてきたこの男を以ってしても唯一どうにもならなかった失策が存在した。
---&br;それは子である。&br;南方領主には跡取りが存在しなかった。もとより若き頃より白髪が混じり始めた頭髪が、より白く変わるこの年頃まで子供ができなかったのだ。&br;その原因は伴侶にあるものではなかった。自身にあることをこの領主はよく理解していた。ことその愛する伴侶から新たな命が生まれようとしているこの瞬間&br;焦りでも期待でもなく、ただ過ぎ去りゆく時間の中にいるようなどちらでも起きることは変わらぬという諦めに満ちた青い顔が語っていた。&br;それは、この南方領とアルメナのある取決めが大きく関わってくる。100年以上前よりか、決められた密約。&br;最初に生まれた子は直ぐにアルメナへ預ける。よってアルメナと南方領の執政との結びつきは強くなると。&br;いつからか決められたその取決めが、領主の心を幼き頃より蝕んだ。事実この男は第二子でありる。長子である兄はアルメナより帰ってこなかった。&br;そして、二度と会わないと決めたのだ。生まれた時より分かたれた実の兄と再び見えた時。兄はアルメナを偶像化したような姿に変わっていたからだ。&br;人にありて人ではないその姿に言葉を失い、それより一時言葉を失い続け、食事を拒んだ。&br;そう。兄は、七眼六臂の化け物となっていた。
---&br;床に沈んでいた赤毛の祖父は語った。&br;「詮無きことよ、故に第二子がこの南方領を治めるのだ」&br;第一子、長子が誰であれアルメナに取り上げられるのであれば仕方もないことであるから諦めろと&br;これは儀式の一つなのだと、祖父は呻くように囁いた。それがこの領主の心に深く根ざし。愛する伴侶と共に望むべき次の世代へ引き継ぐ儀式を遅々として進ませなかった。&br;しかし、幸か不幸かこの齢になってその命が。託宣のように降りてきた。儀式ではなく戯れのように続けてきた行為が、目をそらしてきた己への罰として送り込んだのかもしれない。&br;知ったアルメナは医師らと一部の関係者をこちらに送り、妻を守るという名目のもと関わり始めた。&br;母体から取り上げるのも彼らであれば、この南方領から第一子を取り上げるのも彼らである。&br;今、城の一室を借りきって分娩を行っているのはこの南方領のものらではなく、かの国の者らなのだ。
---&br;かの者らが表れてから、より肌でアルメナの悍ましさを感じることとなった。それはあの兄を思い出しまた口を閉ざすことにも繋がる。&br;妻はうわ言のように囁きながら腹を撫でることが多くなった。この南方領に嫁いできたころより、静かな女ではあったが良き妻であり、良き女であった。&br;最近では子もいなこともあって、より影が伸び始めたかのような暗さが見えていたが、子が出来たことにより以前よりも笑顔が増えたこと…道理でいえば喜ばしいことであるが…&br;その愛する者もまたアルメナとの密約を知っているはずであるのに異様に腹の子への執着を見せた。それが、恐ろしかった。&br;取り上げられることが分かっているというのにここまでの変り様は危うさを感じた。&br;表面的には祝福を、と述べるアルメナのものらもまたこれが当然かのように妻と接している姿はこの100年以上の長き時代にて変わらぬ儀式なのだろうと改めて恐ろしく感じた。&br;当代、自分の番になってようやくわかるものというものがあるのかと。
---&br;そのような陰鬱な空気の中に思考を沈ませてからどれ程経ったのだろうか。執政官もまた、この何の報せもない事態を不審に思い始めたころである。&br;「領主様!執政官殿!大変な…!」&br;礼もせず執政室に現れた衛兵長を咎めるような視線がまず、彼に刺さるがその報告を行った彼の言葉が領主と執政官の顔色を変えた。&br;「具体的に説明ぜよ衛兵長、何が起きた?」&br;まさか妻の身に何かが、と席を立ちあがった領主すら注意に留めず衛兵長は叫ぶ&br;「とにかく…来てください!」&br;衛兵長は優秀な男だった。この城の防衛の責任者であり、その歴は長い。&br;この度の出産の時も、一室を外で警備し万全を期していたはずなのだが&br;その彼が、言葉にすることもできないという事態は何が起きているのか&br;領主は、走った。久方ぶりであったためか足を幾度ももつらせ、壁に当たったが走った。
---&br;そこは、赤黒で染められていた。いや、赤黒でしかなかった。&br;アルメナより来た司祭も、医師も、魔術師も皆口からドス黒いものを吐き出し死んでいた。&br;それが内臓か何かかはわからなかったが、とんでもない血臭がこのフロアに広がり始めていた。&br;聞いていた戦場とは違う、同じか、いや地獄なのか。何かが、そこにいた。&br;愛する妻に抱かれた、赤子がそこで嗤っていた。&br;「無事、産まれました。」&br;妻の至って平静で、赤子を愛おしく抱く姿。この世のものとは思えぬ地獄の如き世界で、歪に見えた。
---&br;&color(#2f4f4f){「何故?母から私を、私から母を。父から私を、私から父を取り上げようとしたからだよ」&br;「ハハハ、そう顔をしかめるな。当代ではな、長子をその場で神聖魔術にて傀儡にし母体をその儀式の贄にするよう手回しをしていたのだよ。」&br;「その前までは長子を取り上げた後、傀儡にする予定だったらしいがいかんせん第二子が望める齢でもなかったからか早々に傀儡にした後、新たな女をあてがわせる予定だったらしい」&br;「しかしまぁそうはさせぬということでな。連中にはその場で死んでもらった。何、あの場においては全て準備が整っていたからな。母以外を贄として私は目覚めたわけだ。」};
---&br;&color(#2f4f4f){「ふむ、産まれる前からこの力というべきか。何かを使えたか。というのは難しい話ではあるな。」&br;「素質自体はお前達二人と同じように生まれた時からあった。南方領の家系かな、それもまた関わってくるのだが」&br;「実のところ、術として自在に使えるようになったのはもう少し後でな。それまでは思考の中より遊んでいた結果として使えたわけだ」&br;「何?そういう話ではないと、いや同じだよ。私は母の腹の中にいるときより母の声を聞き、また母へ語りかけていた。」&br;「例えば…そうだな、稀に母の中にいたことを覚えている者がいるようなもの…でもないな。とにかくできたものだからな、いや何暇で仕方なくてな、あそこは」&br;「しかしこれがなかなか面白くてな…おぉいかんいかん。酒が冷めるな。大爛ではこういうのもあるのだから、飯もまた観光の楽しみよの。」};
---&br;&color(#8B0000){「で、その後はどうなったのかしら。アルメナが黙っている理由などないでしょうけど。ところでこの蟹いけるわね」};&br;&color(#2f4f4f){「茹で上がった蟹は逃げぬぞ香。さて、その通りでな。父上はここで書簡を送ったのだよ、アルメナへの。事実をあるだけ書いてな。」};
---&br;その書簡を出してすぐ、アルメナよりの使者が訪れた。その使者とは領主の兄、アメクスだった。&br;七眼の枢機卿は高位の司祭を引き連れて南方領に入領。自らの眼を以って遺体を検分した。&br;書簡に書かれたことが事実であるかどうかを確かめるために。そしてその事実は覆しようがないものだった。&br;まず外傷がなく、内からかき乱されるように殺されていたのが全てだった。赤子を取り上げられぬように衛兵や魔術師が手を下したようなものではなく…それこそアルメナの神聖魔術により殺されているようにしか見えなかった。&br;体内の魔力、あるいはその根源的な力の暴走。アメクスはそれらを生まれた長子が行ったと決めた。&br;あそこで行えるものの可能性として消去法で選んだのだろうと、領主は最後まで反論したがアメクスはその反論を否定し続けた。
---&br;そして、通例の通りに連れて行くことを決めた。しかし一つ例外を入れた。領主の妻、長子の母も連れて行くと。&br;当然領主は反論したのだが南方領の妃は受諾。子と共にアルメナへ行くことを望んだ。&br;領主は最後まで反論した。奇怪な事件に対する見せしめと、その人質として妻をも連れて行くつもりなのかと。&br;南方領の領主らしからぬ言動であったため、それはアメクスや執政官に諌められた。&br;新たな第二夫人を迎え入れて、今までの通り過ごせばよいと。&br;領主は子を諦めていたはずのものから、さらに愛する伴侶も失い、また南方領主としての執務に戻り。&br;長子とその母は、アルメナの首都アルマスへ送られることとなった。&br;通例の通りに。
---&br;&color(#8B0000){「あら意外ね。次は施術の代わりに傀儡のための乳母でも宛がうのが定石と思ったのだけれど。ところでこの蟹、殻は食べられるのかしら」};&br;&color(#2f4f4f){「六陵の蟹もいけるが、この浄玻璃の切子も良いな。アメクスは私が生まれたと同時にアルメナと南方領の通例が崩れたことを理解したらしい。」&br;「故にこれ以上は手出しをするべきではないという部分と、通例の妥協点を考えてのことだったらしい。どちらにせよ母以外から乳を受けるつもりはなかったが。」};&br;&color(#8B0000){「それにしても、宗ともお話したかったのだけれど都合がつかなかったのは残念だわ。飛の首塚見たかったのだけれど。大蠍の唐揚げは食べないのならいただくけど」};&br;&color(#2f4f4f){「ふむ、アトル・イッツァ以来だったな。この先盤で戯れる機会もあろうかと思っていたが、聞くにありえぬやもとなれば遊ぶのもまた些事となってしまったのは残念なことよ。」&br;「本の塚ぐらいは見てやりたかったが…さて、まぁ待て。本題はここからとなる。先に述べた通りそこから先の話でな…あれは私が12の頃だ。甘味はないのか、甘味は」};