[[名簿/437302]]
-【Epilogue】
--一面に白い花が咲き誇る花畑、空は飲み込まれそうな程に黒い。&br;どこまでもどこまでも、地平線の果てまで広がる花畑に少女が一人、穏やかな表情で花冠を編んでいる。&br; 白いドレスに白金の髪、その足首に繋がれた鎖を追っていけば&br;地面に刺さる一振りの剣があった。
---完成した、もう何千個目かわからない花冠をそっと置く。&br;これもいずれ、何時間もしないうちに消えてしまうのだろう。&br;きっと形が残るのだったら、白い山が出来ていただろうに、と残念そうに笑って&br;&color(#6B8E23){…雲の一つでも、流れませんのかしら};&br;黒い空を見上げる。
---ここに来てから、どれだけの時間が経ったのだろうか。&br;こう空が黒くては時間の流れすらわからない。&br;それでも、それが苦にならないのはもはや自分が人ではないからだろうか&br;&br;この魂ごと捧げると誓った、それはつまり魔剣に取り込まれるということで&br;その代償に願ったのは、自分という存在の根本からの消滅&br;産まれる、という未来の可能性を完璧に潰すこと&br;酷く歪んだ願いだとは思う、きっと誰も褒めてくれないだろうとも
---そしてもう一つは魔剣の隔離&br;幾つもある空間と空間の隙間、詳しくは知らないけれど、誰もいない世界への隔離、誰も来ないし、何も産まれない。&br; 魔剣に取り込まれた魂は消滅こそ免れたものの、きっとここから出ることはない。&br; この世界に永久に一人きり&br;
---&color(#6B8E23){皆は…};&br;もう、忘れてしまったでしょうね&br;そう願ったのだから当然だけれど&br;&color(#6B8E23){………};&br;それでもやはり…少しだけ、ほんの少しだけ寂しい。&br;せめて記憶の片隅にだけでも、と考えて首を振った。&br;それは今以上に自分本位で、自分勝手だ。&br;ただあの世界で、皆が笑って暮らせていたらそれで&br;それだけで自分はこうした意味があるのだと、困ったように笑う。
---&color(#6B8E23){いつか};&br;&color(#6B8E23){…いつか};&br;いつかもし、自分に終わりを与えられるほどの&br;この魔剣を 自分を使いこなすことができる程の&br;そんな人が自分を見つけれくれたら&br;&color(#6B8E23){……希望くらいは、もっていてもバチはあたりませんわよね};&br;微笑んで、花を摘む。&br;花冠を編みながら唄う声は誰もいない世界でどこまでも広がり
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-結論から言えば&br;その瞬間を境にして魔剣と、ファティマ・F・ルルファティマという存在は世界の記憶から姿を消した。&br; 産まれる前に流れた、ということになり&br; あの街の大きな屋敷では幸せな家族が3人、仲睦まじく暮らしている。&br;
--鉄道業の発達で、街で亜人の姿を見ることも増えた。&br; 街の人間の対応が少し柔らかくなったのも、きっとそのせいだろう。&br;賑わう街を眺めながらため息をつく男が一人。
---&color(#DAA520){なんっつーか&br;…なんだろうな、このなんとも言えない感じは};&br;空を仰ぐ、既にこの男の頭の中の少女には顔がない。&br;&color(#DAA520){おい古狐、どういうことなんだろうなこれは};
---&color(Purple){どうしたも こうしたも&br;…そもそも、あの子はとうの昔にあの屋敷で死んどったんやろ};&br; 死人の臭いがする、そう言っとったやないの 古狐と呼ばれた女は退屈そうに答えて&br; &color(Purple){それをあのけったいな剣の力で 生きている ゆうことにしとったわけやから};&br;生きている ということ自体が大きな歪みで&br;それを正したとき、魔剣の力が切れたとき少女の存在は死に追いつかれる。&br; &color(Purple){…まあそやけど…&br;…産まれたことまで無いことになる…言うのはどうにも納得でけん話しやねえ};
---単純に魔剣の力が切れた、魔剣を打ち壊した&br;というのならば、一人の少女が消えるというだけの話でここまでの改ざんが行われるとは考えられない。&br;一つ考えられるとしたら&br;&color(Purple){…アホは、最後までアホやった&br;そういう話かしらん};&br;風に靡く髪を抑えて呟く。&br;少女は最後に大きな歪みを残して行ったのだろう。&br; 一つの生命が産まれる、という過去の事実を歪めて&br;消えたのだろうか、それともどこぞへ旅に出たのだろうか&br;それはわからないけれど
---&color(Purple){それにしたって};&br;ぼんやりと記憶に残る少女の姿&br;全てが消えたというのなら、何故綺麗に消えてくれないのか&br;日に日に少女の顔を思い出せなくなり、名前を思い出せなくなり&br;…きっといずれ、思い出そうとすることすらしなくなる。&br;&color(Purple){やっぱり…人間なんて関わるもんやないねえ};
---&color(#DAA520){まあ…};&br;頬を掻く。&br;未だ少女の記憶が、うっすらとでも残っているのは自分たちが人でない物だからだろう。&br; 人ならばきっともっと、記憶がなくなるのは早い。&br; &color(#DAA520){死んだ女よりもっと哀れなのは…&br;…っていうしな、せめて俺らぐらいは覚えといてやりたいもんだが};&br;…いずれ、忘れるんだろうな&br;つぶやいた声は風に消えた。
---&color(#DAA520){じゃあ、俺は行くぜ};&br;嫁が待ってるんでな、鋭い犬歯を覗かせて笑い男は姿を消す。&br;&color(Purple){はいはい…ほな、またいつかね};&br;ひら、と手を振ってそれを見送り、狐はぼんやり街を見下ろす。&br;&color(Purple){…追われた女よりもっと哀れなのは死んだ女です&br;…死んだ女よりもっと哀れなのは、忘れられた女です&br;……忘れられた女よりもっと哀れなのは};&br;&br;&color(Purple){……あんたなんか、覚えておいてやらん&br;あほ};&br;言葉とは裏腹の優しい声、ただその表情は酷く悲しげで
--- 屋根を蹴ってそのまま狐は賑わう街から姿を消した。 &br;ルルファータ家はその後も繁栄を続け、けれど極稀にいるはずのない娘の存在を誰かが口に出して&br;気味悪がるでも無く、ただ無性に切ないような悲しいような、そんな気持ちに襲われることがあった、とか無かったとか&br; 本当に極稀に、だけれども
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-- どうかあなたの未来に幸せがありますように&br; 優しく髪を撫でるのは誰?&br; いつだって貴方達二人が幸せであるように、その為ならなんでもできる&br; そう微笑んでいたのは
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--- いつも気がつけば傍で手を引いてくれていたのは&br; いつだって守ってくれようと そうしてくれたのは
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---それに&br;…こんな私にも暖かい手を差し伸べてくれたのは&br; どんなに遠ざけようとしても&br;どんなに心を閉ざそうとしても&br;それでも私に優しくしてくれた人たちは
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---&color(#6B8E23){ほんのもう少し私に勇気があれば、きっと世界はもっと優しかった&br;…それでも、こんなどうしようもない私も、世界はそこそこに優しかった};&br;だから、と一呼吸置いて&br;&color(#6B8E23){……私に出来る、最後の仕事をしましょう};
---&color(#6B8E23){ごめんなさい&br;…きっと貴方の望むような責任のとり方は出来ません};&br; 怒るでしょうか&br;…見下げ果てられるでしょうか&br;&br;困ったように笑って、右手を開く。魔剣はゆっくりと手を離れて
--- &color(#6B8E23){使わせて 頂きます};&br; 腰から脇差を抜くと、落ちる魔剣に一閃。&br;並の獲物では塵ほどの意味もない行為、だけれどももし…もし真実、魔剣殺しの名に偽りが無いのならば&br; &br;耳に響く、魔剣の悲鳴&br;罅割れた刀身に刃先をねじ込むようにして地面に叩きつければ、それは一層大きくなる。
--- そんなことをすれば&br;&br;その声に笑う、存じておりますと&br;&br;そんなことをしても&br;&br;その声にもやっぱり笑う、それも 存じております&br;そう言って、刃の折れた魔剣の柄を拾い上げる。
---&color(#6B8E23){貴方の持ち主はまだ 私ですわね};&br; &color(#6B8E23){あなたの力はまだ 使えますわね};&br; 貴方は存在するべきではなかった&br; 今までも、この先も&br;
---&color(#6B8E23){私の全てを貴方に捧げましょう&br;生まれ変わることもこの魂が救われることも望まぬ代わりに、貴方の全てを私に捧げてください};&br; 魔剣の力が弱まり、世界が徐々に色を取り戻していく。&br; &color(#6B8E23){最初で最後、私の意思で貴方の力を使いましょう};
---&br; &br; 魔剣が吼える、少女の願いを拒絶するように&br;しかし少女の願いに世界は応えた&br;それはほんの小さな奇跡だったのかもしれない&br;折れかけの魔剣に少女の願いを叶えるだけの力はもう、無かった筈だけれど&br;それでも確かに、少女の望みは叶ったのだから
-&color(#6B8E23){あ、あ、ああ…あぁああぁぁぁぁあああああ…!!!!};&br; 眼の奥に焼き付いて離れない光景と手に残る感触を振り払うように、掴み掛かる&br;レイピアが床に落ちる音を聞きながら、吼える自分をなんて愚かなんだろうと冷静に観ている自分もいて&br;けれど、腹の底から湧き上がる言いようの無い感情に突き動かされるまま、掴んだ首を絞める力は強く。
--許さない、貴方だけは許さない&br; 殺してやると、その声に応えるように景色が歪む。&br;耳障りな不協和音も踊る影も、足元から咲く黒い花に飲まれていく。&br; 憎しみで満たされていく心が指先を黒く染めて、喉が潰れる程に叫ぶ声はこんなに苦しい世界に産まれた事を呪うように&br;
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---広がる色のない花畑、漆黒の空に呪詛の声が響く&br; &br; モノクロの世界は少女を中心にその裾野を広げて行く。首を締めていた手はいつからかその目標を失っていた。&br; 一人だけ鮮やかな色で泣く少女は何も見たくないと顔を覆って&br; 苦しいことも悲しいことも辛いことも痛いことも、そのすべてを与える貴方が憎いと世界を呪う。
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---少女の呪いに応えるように歪みの魔剣は震える。&br;期待以上だ、という歓喜の声の代わりにどこまでも果て無く、黒く世界を染めて&br; &br;染められた世界からゆっくりと這いでてくる巨大な何かに黒い花が散らされる。&br;地面を割り砕くようにして、世界に産まれ出ようとするそれはようやく絖る鱗に覆われたひれを半分覗かせた。
---まだ半分、というのにその大きさは既に小さな村程度なら飲み込める程で&br;もしこれが全て姿を表したのならばその大きさは如何ほどだろうか。&br; &br; 魔剣は少女に語りかける、もっと絶望を、自分が世界に産まれるに足る絶望を、と&br; 他の誰が許さなくても自分だけが許そう&br; お前には他の誰をも妬む権利がある、憎む権利がある&br; こんな世界など塵と還してしまえばいい&br; そう出来る力を与えよう だからもっと&br;
---&br; 何もかも筋の通らない言葉、それなのに手は剣を取る。&br; 貴方が私を望まないなら私だって貴方を望まない&br; 誰も私を救ってくれないのなら誰もかも死んでしまえばいい 私はこんなに辛いのに、私はこんなに苦しいのに&br; 妬ましい、憎らしいと心まで黒く染めて歪めて、握った剣を振りかざし
---&br;&br;&color(#6B8E23){そう でしたかしら};&br; &br; 闇に落ちきるほんの直前で耳に響く、小さな声。&br; 振り下ろそうとする手がピタ、と止まった。&br;揺れる白金の髪、そっと重ねられる手、覗き込む瞳の色は翠色。&br; &br;&color(#6B8E23){本当にそうでしたかしら?};&br;
---&br;&br;&color(#6B8E23){本当に、世界は私に辛いものでしたかしら?};&br; そうでは、ないでしょう?&br;そう微笑むその姿は、まるで自分そっくりで。&br;&color(#6B8E23){思い出して&br;…大事な思い出が、たくさんあるでしょう?};
---&color(#6B8E23){憎しみに流されるのは、とても楽だけれど…&br;…でも けれどそれは大切な思い出にとても失礼だから&br;だから思い出して};&br; 大切な思い出?&br; そんなものは一つだって、ただの一つだって…&br;
-&color(#6B8E23){(弾くと同時に一歩踏み込めば、兄の首へ突きつけた刃はその皮膚を裂き)&br;貴方は誰なのです&br;(顔を寄せれば、赤い瞳に自分が映る)};
--&color(#6B8E23){お兄様はそこにいるのですか?&br;それともいないのですか もしいないのならば、いつから?&br;(刃は確かにその首に食い込んでいるのに、レイピアを握る手にはそれが伝わらない)&br;(ただ自分を見返すその瞳は痛みに歪む素振りすら無く、口元は歪んだ微笑を湛えていた)};
---いつから?&br;いつからだなんて白々しい もうずっと昔から(黒い刃を頭上に振り上げると両手でその柄を握り、レイピアの背に当て)&br;(慌ててレイピアを引き抜こうとするよりも早く、当てた刃を思い切り押すように剣を振り抜いた)
---&color(#6B8E23){(刃は、振り抜く剣に後押しされて深々とその首へ沈む)&br;(首の骨を砕く生々しい感触…はしなかった、呆気無いほど簡単に首に沈んだ刃は右から顔を出す)&br;(一瞬の間が空いて、落ちる兄の首)};
---(そして柄から手を離し膝をかがめてそれを受け止める左手)&br;(その仕草は、まるで帽子を落とした そのぐらいの些細なことだと言わんばかりに自然で)&br;お前の大事なお兄様が剣を手にしたあの日からもうずっと&br;それでも少しは、頑張っていたけれどね(落ちた頭を首に乗せ指で斬れ跡をなぞる、まるで魔法のようになぞった端から消えていく痕)
---まあ、前菜にしては楽しめた&br;(まるで動くことが出来ず、それを見ているファティマの腰を抱く)&br;(抱かれるままに引き寄せられる体、息のかかる距離まで顔を近づけると)&br;お前にだけそっと教えてあげようか、大事なお父様とお母様がどうやって死んでいったかを&br;お前の愛した使用人たちがどうして死んでいったかを
---&color(#6B8E23){&br;(長い廊下を歩く こちらを何度も振り返りながら逃げるメイドをゆっくりと追い詰めるように)&br;(見覚えのある部屋の戸を隠すように、庇うように必死にこちらを睨みつけるその顔 ここだけは、と震えて唇を噛むその姿は健気で)&br;(けれど首を斬られてしまえば呆気無くその体は前のめりに崩れ落ちた)};
---&color(#6B8E23){(部屋の戸に手を掛けて、ふと 思い直す)&br;(すぐにメインディッシュを口にするのは勿体無いし、随分趣が無い こういうものはもっと焦らすものだろう)&br;(メイドの悲鳴を聞いたのだろう、階段を登ってくる足音の方に顔を向け、ゆったりと歩き出す)&br;(この顔を見て、驚いたように動きを止めた衛兵の首をやはり同じように撥ねた 死の間際に彼が思い浮かべたのは家族か)};
---&color(#6B8E23){(歩きながら考える どうしたら、喜んでくれるだろうか)&br;(一人、また一人と首の無い死体を増やしながら扉を開け)&br;(握られた剣と滴る血に絶句している、かつて自分が父と呼んでいた男 賊でも入ったのかとベッドより降りて)&br;(自分の元へと歩み寄ってくる、そのまま首を失って前に倒れこんだ その音に、目を覚ます母)&br;(状況を飲み込むのは父よりも早かった、乱心したのかと まさかあの子まで手に掛けたのかと 銃を握る)&br;(握ってから、貴方は誰ですと 問いかけられ、思わず笑ってしまった)};
---&color(#6B8E23){(もう少し若ければ、この女でも良かったな 撃たれて風穴の開いた左胸もそのままに笑いながら距離を詰めて)&br;(その右胸を貫いた 早々に首を撥ねるのは、あまりに失礼だろう)&br;(どれだけの傷を負ってもただ一心に、自分の中でもう消えかけている息子と)&br;(血の繋がらない娘を心配する言葉しかその口からは出なかった)&br;(いずれ言葉を発する力さえなくなったのか、静かになる)&br;(静かになったので 首を撥ねた)&br;(ふ、と天井を見る)&br;(ああ、ようやっと起きてくれたと 迎える準備はこれで十分だろうか)&br;(彼女の為に随分服が汚れてしまった、この苦労に見合う喜びの顔を見せてくれれば良いのだけれど)};
---&color(#6B8E23){(そしてドアが開かれる どういう顔をしてくれるだろう、差し込む光に期待の目を向けて)&br;&br;あっ…&br;(ビクンと体が跳ねる、目にかかる赤毛越しにシャンデリアの光が眩しい)&br;あ、あっ…(手が震える、今のは?と、分かっているくせに、分かりたくなくて)&br;(けれどあまりに生々しく感じてしまったそれから目を逸らすことは出来ず)};
---あんなつまらない芝居を打った甲斐もあって、幕開けとしては大成功だったろう?&br; 迷ったんだ、お兄様のフリをするのと そうしないのとどちらがより喜ばせられるんだろうってね&br;(しかし今までのお前を見るに、これで正解だったようだね 嬉しそうに囁く)
-黄金暦188年10月
--レッサーデーモンの爪が深々と胸を貫かれ、骨を砕き肉を裂く音を聞いた。&br;スイッチが切れるように目の前が真っ暗になり、そこでファティマ・F・ルルファティマの命は一度終わる。&br;
&br;レッサーデーモンこそ倒したものの、冒険者側の被害も相当なものでとても死体を背負って帰る余裕など無い。&br;それでもせめて、と腹の上で手を組ませ安らかに眠れと祈り、そうして冒険者たちは遺跡を後にした。&br;
---冒険者たちが去ると遺跡が静寂と闇に包まれる。&br;と一瞬、腹の上で組まれた指が震えた。いつの間にか、その影から伸びた影が傷口を覆うようにしていて&br;その影が元に戻れば、ゆっくりと死人の目が開いた。
---&color(#6B8E23){…は…&br;(息を吐いて、組まれていた手をそっと外す。霞んでいた視界が徐々に元通りになるにつれ)&br;……わたくし、は(記憶も蘇って来た。耳に残る、自分の体の大切な部分が砕かれる音)&br;………本当に…(人ではないのだと改めて実感すると、涙が一筋流れた)};
---&color(#6B8E23){(石畳の床に手をつき、体を起こす。軽い目眩に襲われたが問題なく動く、痛みもない)&br;(立ち上がり、転がるレッサーデーモンの死骸に刺さったままの自分のレイピアを抜くと鞘に戻し)&br;(きっとこのままでは死亡報告が出てしまうだろうから、帰ろうと 出口へ足を向けた)};
---&color(#6B8E23){(出口への道を歩きながら考える)&br;(きっと自分の死に様を見た冒険者たちは酒場でその事を話すだろうと、あの街自体人でない種族のほうが多いのだからきっと帰ってきても奇異の目で見られたりはしないだろうけれど)&br;(けれど、もし知り合いの耳にそれが入って聞かれたらどう答えれば良いのか)&br;(傷ひとつ無く、弱りもせずに帰ってきた事を問われて、真実も言えず けれど嘘を貫き通す自信も無く)};
---&color(#6B8E23){(いつの間にか、歩む足は止まっていて)&br;&br;(心はもう、とうの昔に折れていた 折れた心に無理やり継ぎを当ててここまで歩いてきた)&br;(けれど)…っ…(けれどもう、限界だ 流れた涙が床を濡らして、自らを抱きしめても震えは止まらず)};
---&color(#6B8E23){(誰かに寄りかかりたいと思っても、縋りたいと思っても 自分でそれをはねのけてきた)&br;(差し伸べられた手から目を逸らして、悲しいのに笑って 辛いのに微笑んで)&br;…っ…ぅあ…};
---https://lh6.googleusercontent.com/-l6RNT1-jows/TeZ4SkCVpkI/AAAAAAAABBI/kKNXUnEmFc0/%25E3%2581%25A1%25E3%2581%258B%25E3%2582%258C%25E3%2581%259F.jpg
---&color(#6B8E23){…っ…ぅ……ぁっ…ひっ…ぅあ…あ、ああ…(噛んだ唇の隙間から漏れる泣き声、こんな時でも思うように泣けない)&br;(唇を噛む必要なんてないのに、もっと子どものように思うままに泣けたら今より随分楽になるだろうに)&br;(どうして、こうなってしまったんだろう と思えばますます涙は溢れて)};
---&color(#6B8E23){(もっと素直に生きることができたら、もっと素直に誰かに助けて欲しいと言葉に出来ていたら今と違った未来があったのだろうか)&br; (今からでも遅くはないのだろうか)&br; (誰かに助けて欲しいと、私の手を取ってくださいと、そう願うことは今からでも)};
---&color(#6B8E23){(許してくださいとはもう言わない、ただ少しだけ 私の話を聞いてください)&br;(確かに私は愚かであったけれど、それでも それでもここまでされるほどに愚かであったとは思わない)&br;(これほど辛い思いをしなければならない咎があるだなんて思えない)&br;(私のこの思いを誰か肯定してください 生きていても良いのだと)&br;(誰かの袖を引いて良いのだと言ってください)};
--- &color(#6B8E23){(そして袖を引いた手を取ってくれたら)&br;&br;};(ゆっくりと前へ進めた足は、気持ちを追いかけるように徐々に速さを増して)&br;&color(#6B8E23){(早く、あの街へ帰りたい)&br;(帰って伝えたい 私はまだ生きたいのですと まだやりたいことがたくさんあるのです)&br;(叶えたい夢があるのです もっと素直に笑いたいのです)&br;&br;(隠していることが幾つもありました そのすべてを話します)&br;(だから それを聞いて貴方がそれでもまだ、立ち去らずにいてくれるなら)&br;(どうか貴方を友と呼ばせてください)};
---翠色の瞳が光を捉える。涙で潤んだ瞳にそれは随分眩しかったけれど、目は逸らさない。&br; 焦がれるように手を伸ばす、伸ばした手に陽の光がかかり白く染まった。&br; 今までの自分を振り切るように、長く囚われていた時間から抜け出すために強く強く床を蹴って&br; そうして彼女は 少女は日差しの下へ、ようやっと
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---ああ、けれど&br;彼女を捉えていた過去は決してその足を離さず
---&br;遺跡から出れば、空にあるのは太陽ではなく白い月&br;少女の体は、大理石のバルコニーにぶつかって前へ進むのを止められる
---&color(#6B8E23){…あ、……ぅ…?&br;(丸い月を見上げる、それから前へ進むのを阻むバルコニーに目を落として)&br;(目眩がした。それはあまりにも見覚えがありすぎて、ああよくここで遊んで叱られたものだと思い出して、震えながら覗き込む)&br;(柵の外は不自然なぐらいに暗い。空には月が浮かんでいるというのに、どうしてあの光は地面を照らさないのだろう)};
---&color(#6B8E23){(振り向けば、金細工が施された窓枠に、ガラス越しに見える赤い絨毯)&br;(ああここは紛れもなく、お父様とお母様と暮らしたあの屋敷だ。そして)&br;(最後の、あの夜だ)};
---&color(#6B8E23){そう、ですか…&br;(床を滑る、首の無い影を見つめる。きっと踊っているのだろう 影同士が交差すれば赤い絨毯は黒く染まる)&br;……すべてを、終わらせねば 救われないのですね&br;(耳障りなバイオリンの音、音程のズレたコントラバス、調律されていないピアノの音、不協和音に合わせて踊る影)&br;(遠くに見える、燃えるような赤い髪)};
---&color(#6B8E23){お兄様&br;…お兄様、私は今はじめて心の内を言葉にします(レイピアを抜く、近づけば窓は砂が崩れるように道を作り、踊っていた影は消し飛んで)&br;(まっすぐ、兄への道を作った)&br;お兄様、私は 今の貴方が嫌いです};
---&color(#6B8E23){お兄様と呼ぶのすら悍ましい&br;こうして、向き合っていても吐き気ばかりが襲います&br;(もう少しで手が届く、その距離まで近づいても一向に動こうとしない兄へ、レイピアを突きつける)&br;&br;…貴方は 誰です?&br;&br;(それは決して、現実逃避するための否定ではなく)};
---問いかけに帰ってきたのは、歪んだ笑み。&br; 返事の代わりに剣を抜いて&br; 振り抜いたま黒の剣はマインゴーシュに弾かれ、鋭い音で鳴いた。
-https://lh6.googleusercontent.com/-k9WHzWcUC94/TeuNdw1fQbI/AAAAAAAABCs/b5Qe6GjGk_A/%25E3%2581%2584%25E3%2581%2588%25E3%2583%25BC.jpg --  &new{2011-06-05 (日) 23:06:58};
--&color(#6B8E23){つまり簡単にいいますと&br;なんかすごい魔剣の力で&br;わたくしの存在が&br;なかったことに!ですわー};
---&color(#6B8E23){なんぞ私の魔剣適性がぶっちぎりですげえので曇らせるだけ曇らせて&br;魔剣の本体こっちに引っ張り出してもらってこれから毎日世界を壊そうぜー?&br;とかそういう感じの目的があったようですわー};
---&color(#6B8E23){色々整合性が取れないところとかどういうことだってばよ!?&br;というところが多いですけれど&br;こまけえことはいいんだよー ですわー&br;わーわわわー};
---&color(#6B8E23){私はこの先死ぬまで不思議な魔剣空間でぼんやりしておりますわ&br;ファティ魔剣ですわー&br;なにそれよわそうー};
---&color(#6B8E23){良く考えなくても死ねませんでしたわー};
---&color(#6B8E23){あとは色々絵を後付したりして終了ですわ…!かんそうー!私完走ーーーっ!!};
---&color(#6B8E23){めもめも&br;後でヨシュア様に脇差を返しにいきましょう…};
---&color(#6B8E23){(コメントページログをきれいさっぱり消してしまったアトでログ鳥失敗してたのに気がついて頭をかかえる)&br;へうえうえうえうへうえう…};
---&color(#6B8E23){(回収完了…ですわ…!よし…よし…っ)};
-&color(darkkhaki){(ぺたぺた)};
--&color(darkkhaki){(ぺたぺた)&br;(…ぺたぺた)};
---&color(darkkhaki){成程&br;(スラムの一角、ふと足を止め何やら見上げる。見上げた先には何もない)&br;(あるのといえば朽ちかけたレンガの家やら、壁やら、スラムでは特にこれといって珍しくない物ばかり)};
---&color(darkkhaki){(差していた傘を閉じると、何も無いそこへ左手を伸ばす)&br;遠い(伸ばしたては空気以外の物を掴めず、一言呟いて手を戻した)まだ遠い};
---&color(darkkhaki){(ぺた、と踵を返し、傘を差し直すとぺたぺたと立ち去っていった)};
-&color(darkkhaki){(ぺたぺた)};
--&color(darkkhaki){(…ぺたぺた ぺた)&br;(ここ先日、毎日と言って良いほど同じ場所に訪れる 裸足の少女)&br;(傘を差したまま、その場でくるくる回して)};
---&color(darkkhaki){(そしていつものように手を伸ばす)&br;うん&br;(いつものように何も掴めず、引かれるかと思ったその手はその日、始めて何かを掴んだ)};
---&color(darkkhaki){(掴んだ手を力任せに引くと、バキバキと腐った木の割れる音が響く)&br;(その空間には確かに、先ほどまで何もなかった その筈である。)&br;(しかし、少女が手を引いた後に姿を表したのは、木造の廊下)};
---&color(darkkhaki){(もう随分人の手が入っていないようで、裂けた空間から覗くその廊下には白く埃が積もっている)&br;(反対側から、横から見れば、おそらく何の変哲もない空間に少女が傘を差し出しているように見えるだろう)&br;(そうして少女は閉じた傘を広げる)};
---&color(darkkhaki){(そのまま、何かを跨ぐようにして少女が片足をあげ)&br;(その足は地面につくこと無く消える、広げた傘はとうに姿を消していた)&br;(足が消えたのなら、それについていくように体も消え)};
---&br;&color(darkkhaki){(ぺた、と埃の積もったろうかに足を降ろす 廊下は薄暗く 物音ひとつしない)};
---&color(darkkhaki){(少女が振り向けば、くぐってきた穴の反対側にはスラムが見えるだろう。今日は風が強い、木が揺れる音が)&br;(転がった石が壁にぶつかる音が、外にはこんなにも溢れているのに、こちら側が恐ろしいほどに静かだ。)&br;(しかしその状況に少女は疑問を抱くこともなく、足をとめることもなく、ぺたぺた廊下を歩いて行く)};
---&color(darkkhaki){(開きかけのドアを傘で突けば、招くように開き)&br;(開いた先に合ったのは、スラムだった 音の奔流が少女を襲う)&br;…ん(扉を潜り、スラムに出た少女は振り向く。扉は既に消えていた)};
---&color(darkkhaki){失敗 うん(目をやった先に先ほどまで確かに合ったはずの、あの空間への入り口も既にそこになく)&br;(いつもどおり、何ら普段と変わらないスラムの風景だけが広がっている。)};
---&color(darkkhaki){&br;(少女はもう、何日も何日も同じことを繰り返していた。)&br;(同じようにあの裂け目から廊下へ至り、そしてどのドアを開けてもスラムに出て あの廊下のある空間から閉めだされる)&br;(何日も何日も、表情ひとつ変えずにそれを繰り返して、今日で53日目)&br;足りない};
---&color(darkkhaki){(くるくる、と傘を回す)&br;確かに間違ってない けれど足りない(風に髪を靡かせながら、回る傘は速度を緩めて)&br;繋がりが あるいは 私の成長 足りない うん};
---&color(darkkhaki){やはり必要(足先を見つめながら、回していた傘を止める。)&br;見せる 成程 けれど見せるとは何を?…うん 難しい(呟いて、ぺたと歩き出す。今日はもうこの行為を繰り返すことに意味はない、と判断したらしい)};
---&color(darkkhaki){私には必要&br;(ぺたぺたスラムを行きながら呟く)&br;必要 そのはず(自分自身に確認するように呟いて 少女の影はスラムへと消えていった)};
-【スラムの一角 不自然に人の気配は無く、大小転がった瓦礫でまっすぐ歩くことが困難な そんな場所】
--&color(darkkhaki){(くるくる 傘を回しながら目を瞑る)&br;(薄く埃の積もった廊下、あの部屋に繋がる扉の前 もうこうしながら何時間もそうやって少女は立ち尽くしている)&br;(傍目からは何を考えているのかは伺えない、表情のない顔)&br;(少女は悩んでいる もうずっと、ずっと前から)};
---&color(darkkhaki){(少女には目的があった)&br;(けれどその目的の理由が欠落している、たしかにそれをしなければならない、と突き動かす何かはあるのに、何故かと問われれば、答えられない)&br;(それでいい と思っていた、人が心臓を動かすのに理屈や理由はいらない それと同じだと)&br;(けれど)};
---&color(darkkhaki){(本当に これで良いのか、と そういう思いが浮かんで、それが心に張り付いて離れない)&br;(なぜそういう思いが生まれたのか、それはきっとこの扉を開ければハッキリするのだろう)&br;(あの時、この部屋で確かに自分は目的への一歩をすすめることができた、と思った)&br;(それと同時に、確かに誰かを思い出した筈なのだ それがこの部屋を出てから欠落した)};
---&color(darkkhaki){(その欠落した、誰かにこそきっとこの思いを芽ばえされる何かがあるはずなのだけれど)&br;……(傘を回す)&br;(ドアノブに掛けられた手は、それを捻ることが出来ず)&br;………んー…(目的はわかる、手段もわかる、けれど理由がわからない わかれば、今の自分ではきっとそれを遂げることが出来なくなる)&br;(しかし、やらなくてはいけない)};
---&color(darkkhaki){(このまま忘れてしまいたいと思う どうせ忘れるのだったら、この目的すら忘れてしまえたら楽に生きられる)&br;(けれどそれが叶わない以上、突き動かされる目的がある以上、少女は止まることができない)&br;(ドアノブを捻る 開いた先があの部屋に繋がらなければ良い 前のように、スラムの光景が見えれば)};
---&color(darkkhaki){&br;(それでも、一度少女がそれを観測して記憶してしまった以上そこは あの部屋に繋がる)&br;(静かな部屋 窓の外は暗い そして少女は思い出す)};
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---&color(darkkhaki){(白い花畑、広がる黒い空、一人だけ色を纏うあの人の名前)&br;ファティマ&br;…私は貴方を助けたい けれど 私は貴方の願いを叶えたい&br;(この空間でしか留めておけない名前を呟いて、首を振る)&br;私は 私は};
---&color(darkkhaki){(この胸が痛むのも感情のせいだというのなら、人間というのは強い生き物だ)&br;(辛くて 苦しい、この痛みさえなければきっと貴方の願いを叶えられた)&br;(人で無い、生き物かすら怪しい私の祈りは届かない、私の祈りでは奇跡を起こせない)&br;(奇跡しか貴方を救えない、ならばこんな痛みなんて知らなければ良かった)&br;(ああ、私は)…人間になりたい};
---&color(darkkhaki){(この痛みは奇跡を呼ばない、この祈りは誰にも届かないで虚しく消えていく)&br;(そしてここを出れば、またあの人の姿も名前も忘れて、どうしようもない思いだけが胸に残る)&br;くるしい、くるしい…};
-&color(darkkhaki){小さな化物のとても小さな昔話};
--&color(darkkhaki){【黄金歴189年 某月 冒険者の街より随分離れた野原にて】};
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---&color(darkkhaki){それは一片の光も通さない、粘着くような闇の中};
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---&color(darkkhaki){ゆっくりと、誰にも知られずこちらの世界に産み落とされた};
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---&color(darkkhaki){とても色々な物をあちらの世界においてきて&br;産声さえ忘れた少女はゆるゆると目を開けて};
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---&color(darkkhaki){それで少女は始めて 色のある景色というものを目にした};
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---&color(darkkhaki){世界というのは こんなにも綺麗なものだったのか};
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---&color(darkkhaki){背中に当たる草の感触 風が運ぶ雑多な匂い&br;鳥や虫の声 空に輝く星と月 全てが少女には始めてのものだらけで一瞬で心を奪われる };
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---&color(darkkhaki){少女の形をした小さな化物は、その日始めて決して叶わない恋をした};
-&color(darkkhaki){(ぺたぺた 一人少女は野原を歩く)&br;(少し歩いてはつんのめり、時々転んで地面に突っ伏し、まるで始めて歩く赤子のようにぺたぺたと)&br;(少し歩けば、コツが掴めてきたのかその足取りは危なげないものになる)&br;(月明かりに小さな体を晒して、少女はそのまま体を前に傾けて)};
--&color(darkkhaki){(つんのめるようにして走りだす)&br;(少し走って、そのまま草に足を取られた。顔から地面に倒れこむ)&br;……(うつ伏せのまま、ピクリとも動かない。痛かったのか、といえばそうでもないようで)&br;(もそもそと体を丸めて、少女はそのまま目を閉じた)&br;(やらなくてはいけないことは沢山あるから、こんな事をしている場合ではない そう思いながらもやってくる睡魔に耐え切れず)&br;(目を覚ましたら、このせかいが消えてしまっていたりしませんように そう願いながら少女は眠りについた)};
---&br;&br;&color(darkkhaki){(少女が産まれてから、実質1日目)&br;(裸のまま寝ていた少女は、通りがかりの旅の一座に声をかけられ目を覚ます。)&br;(誰もかれも、随分早口で少女には何を行っているのか理解できなかった。だから首を傾げれば)&br;「これはあれだよ」&br;(くるくると頭の横で指を回す派手な服に身を包んだ男、その仕草で他の人間も納得したのかそれ以上少女を混乱させる言葉はかけられなくなった)&br;(関わり合いにならないほうが良い、という人間と このままでは目覚めが悪い、せめて近くの街まで、という人間)&br;(まっぷたつに意見は別れたものの)&br;「近くの街ぐらいまでなら良いじゃない、それに喧嘩なんてやめて」&br;(叱り飛ばす、座長の娘の声に誰も逆らうことが出来なかった。黒い髪に褐色の肌を持つ娘は少女に笑いかける)&br;「そのままだと寒いでしょう?服を見てあげる、おいで」};
---&color(darkkhaki){(不思議と、その言葉だけは理解することができた少女は頷く)&br;…私は感謝する};
---&color(darkkhaki){「あはは、そういう時はありがとう、で良いのよ」&br;(どの服も少女には大きくて、合わせるのに苦労しながらも娘は笑う)&br;ありがとう …ありがとう&br;(頷いて、着せられた服に目を落とした。常に素肌が布に触れている感覚、というのはとても不思議だったけれど)&br;(優しくされるのは、嫌いでなかったから少女は大人しく座ったまま、目の前のこの人の名前を知りたいと思った)&br;(人間には名前がある、そして少女にも大事な名前がある。名前と名前を交換することというのは、とても大切だ)&br;私は&br;私は、テイリス テイリス・イリス・ツィツィティマ};
---&color(darkkhaki){(貴方の名前は そう聞く言葉は 馬車が出るという声に遮られた)&br;(娘に手を引かれて馬車に乗りながら、慌ただしい空気に飲まれてとうとう少女は名前を聞く機械を失ってしまう)&br;(もう少し静かになったら、馬車の隅のほうで膝を抱えて一人頷く)&br;(夜ならきっと静かになるだろう、人は夜眠るものだから)&br;(結局 テイリスは娘の名前を今に到るまで知らない 何故ならその日の夜は静かでもなく、眠りとも遠く)&br;(悲鳴と泣き声と、耳障りなワイバーンの鳴き声が行き交う夜だったから)};
-&color(darkkhaki){(何が悪かった、といえば運が悪かったというよりない)&br;(ここの山道は冒険者によって討伐が成された後だった筈だ。それでも人間のやること、完璧などあるわけがなく)&br;(ワイバーンの鳴き声に馬が暴れ、馬車酷く揺れ 何事かと思うより早く馬車がひっくり返った)};
--&color(darkkhaki){(真っ先に外に出た座長が爪に捕らえられ、悲鳴をあげる間もなく赤い塊に変わる)&br;(逃げようとする人間は、血の匂いに引かれてやってきた別のワイバーンに引き裂かれ)&br;(そしてそれを見たあの娘があげた悲鳴に、転げた馬車の中で相変わらず寝ていたテイリスは飛び起きた)&br;(娘が危ないというのは理解できた、そしてあの大きい生き物が敵だというのも)&br;(だから)};
---https://lh5.googleusercontent.com/-16iP5XB_jpk/Tiv_TRMIkXI/AAAAAAAABLg/I52WRhg8gxU/%2525E3%252581%2525A6%2525E3%252581%252584%2525EF%2525BC%252599.jpg
---https://lh3.googleusercontent.com/-alKZKJZrybk/Tiv_UuVRV6I/AAAAAAAABLk/ozfVBfNW8Vw/%2525E3%252581%2525A6%2525E3%252581%252584%2525EF%2525BC%252591%2525EF%2525BC%252590.jpg
---https://lh4.googleusercontent.com/-bGEj_DsHR_Q/Tiv_VQdfcSI/AAAAAAAABLo/GmzChXy4CmQ/%2525E3%252581%2525A6%2525E3%252581%252584%2525EF%2525BC%252591%2525EF%2525BC%252591.jpg
---&color(darkkhaki){(だから、助けようと)&br;(伸びた影はワイバーンを的確に貫いて、地面に引きずり落とす)&br;(地面で、あるいは空中で無数の影の針に貫かれて、赤黒い塊になって落ちてくるワイバーン)&br;(当たりはあっという間に赤一色になり、降ってくる血を少女は傘で受け止めた)&br;(動くものが減れば再び周囲に静寂が戻って)};
---&color(darkkhaki){(散り散りに散ったそれを一瞥して、テイリスは思った)&br;(そうだ、静かだから名前を聞かないと、と)&br;(振り向いて 娘の顔を見る)&br;…私は&br;(あなたの名前を知りたい)&br;(そう言おうとして、その先が出てこなくなる。)&br;(どうして、そんなに怖い顔をしているのだろう 怖いものはいなくなったのに、どうして)};
---&color(red){&br;「化物…」};&br;&br;&color(darkkhaki){(震える声でつぶやかれた言葉、化物 という言葉にテイリスは首を傾げる)&br;(その様子に、恐怖が一層大きくなったのか、抜けた腰で必死に娘は後ずさり)};
---&color(darkkhaki){(ワイバーンの屍肉を躊躇することなく踏みながら、一歩また一歩近づくたびに娘の震えは大きくなる)&br;(まだなにか、娘を怯えさせる物があるのか不思議で、テイリスは足を止めて辺りを見渡すが、これといって見当たらず)&br;(ならば夜が怖いのかと空を見上げれば、タン という短い音と同時に体が揺れた)};
---&color(darkkhaki){(少女の喉に、小さな穴が開く)&br;?&br;(そっと指先で触れれば、その手を離すより早く傷口は塞がって それは、ますます娘を怯えさせた)&br;「化物…っ…化物、化物…!」&br;(壊れたレコードのように、同じ言葉を繰り返す。震える手が銃を取り落として)};
---&color(darkkhaki){(テイリスは、一つだって目の前の人間を傷つけるつもりはなかった、むしろ 守ろうと思っていた)&br;(だから、その反応が自分に怯えているのだとどうしても理解できず)&br;化物とは違う 私は&br;(もう一度、名前を言おうとして)&br;「神様、神様…」&br;(泣きながら祈る姿、きっと今の娘には何を言ってもこの声は届かない ようやっと気がついた)&br;(今彼女は、自分に怯えている)};
---&color(darkkhaki){…私は テイリス テイリス・イリス・ツィツィティマ…&br;……ありがとう、名前も知らない人 ありがとう&br;(パチン、と傘を畳む。こんな血なまぐさい場所では、涙は止まらないだろう)&br;(テイリスの影が、散り散りになったワイバーンの屍肉を、あふれる血を掴んで)&br;(引き寄せるとそれは、地面に沈むように消えてなくなった)&br;(再び静寂が戻り、しかし転げて壊れた馬車と、無残に食いちぎられた座員の体はそのままで)};
---&color(darkkhaki){……ありがとう、ありがとう&br;(教えて貰った言葉をなんども繰り返し、テイリスは怯える少女の脇を通り抜ける)&br;(その瞬間聞こえた悲鳴は、不思議にテイリスの胸を痛ませた)&br;(娘の泣き声を背にぺたぺた、と石だらけの道を歩きながら、テイリスは学ぶ)&br;(この力は、人に見せてはいけないものだということ そして、自分は化物だ ということ)&br;ばけもの…&br;…成程、化物…(チクチク痛む胸、けれど今のテイリスはそれをどう表に現して良いかわからず)&br;(ただ無表情に道を歩くことしかできないのだった)};
-&color(darkkhaki){(一座から別れたその夜から何日かして)&br;(ワイバーンに襲われ一人生き残った娘の言により、大規模な山狩が開始された)&br;(そこにワイバーンの死体が残っていなく、食い残された座員の死体がある様子を見れば、誰だって思うだろう)&br;(一座が拾った少女は、少女の形を取った人を食う化物だと)&br;(およそそのワイバーンというのも、少女の仲間なのだろう と)};
--&color(darkkhaki){(付近の街の教会が指揮を取って行われた山狩)&br;(何も知らずのんびりと道を歩いていた少女は、突如大勢の人間に追われ、抵抗する間も無く頭を撃ちぬかれた)};
---&color(darkkhaki){(頭に風穴があいて、ふらついたものの しかし風が通り抜けるより早く、失われた頭がよみがえる)&br;(その様子に、集まった人間は怯んだ)&br;(それで、少女は何とかその場を逃げ出すことができた。)};
---&color(darkkhaki){(それで逃げれたと思ったのが甘かったのか)&br;(少女を追う人数は日増しに増えていった 人の姿を見れば影に身を隠さなければ、容赦無く敵意を向けられる)&br;(何度撃たれても斬られても、殴られても貫かれても、テイリスにとってそれは髪を斬られるようなもので)&br;(痛くもないし、すぐに治るけれど それでも、人に敵意を向けられるのは嫌だった)&br;(だからやっぱり、何度でもその場を逃げ出した)};
---&color(darkkhaki){(そうしたらば、ようやっとテイリスを追う人間の数は減った)&br;(けれど、それは減ったというより 追う人間の質が変わっただけで)&br;(その人間たちは、テイリスたちのような化物を狩ることに先鋭化した人間だった)};
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---&color(darkkhaki){(雨あられのような鉛玉で、あるいは矢で あるいは聖銀でできた剣で弾で)&br;(木の杭で 炎で水で、時には光や祈りの言葉で あらゆる手段でテイリスの体はなんどもなんども削られた)&br;(顔の半分を、手を 足を無くしながらなんども再生させて、ただ逃げ続けるテイリスは始めて恐怖というものを感じる)&br;(それは痛いとか、死にたくないとか そういうことでなく)&br;(明確な敵意を持った人間がこれだけいる、殺意を向けられている、ということに対する恐怖と絶望)};
---&color(darkkhaki){(例え全身を一瞬で破壊されても、テイリスという存在が消えることはなかった)&br;(次の瞬間には元の姿を取り戻し、影へ消え、そしてまた別の影から現れる)&br;(人の姿を取るのをやめて、もっと原始的な姿に戻れば逃げおおせることもできたかもしれない)&br;(けれどこれは、この姿と名前だけは 決してなくしてはいけない気がしてできなかった)&br;(そのせいで、何度も何度もこの体は崩れていく)};
---&color(darkkhaki){(浴びせられる化物の二文字と、耐えることのない攻撃はゆっくりとテイリスが忘れていた、感情というものを呼び起こさせた)&br;(それはまだ表情に現れるほど強いものではなかったけど、確かにその時 悲しい、と)&br;(そして何百回目になるか、もう忘れるほどの攻撃を受けて体が空を浮く)};
---&color(darkkhaki){(吹き飛んだが再生し、浮いた体が地面につく間もなく 追撃が来る)&br;…?&br;(来る、と思ったのだが 急に止んだ攻撃に、地に伏せながら首を傾げた)};
---&color(darkkhaki){(月の光を反射して、鈍く光っている銀の杭)&br;(地面に刺さったそれは、テイリスを追う人間たちの腕にも刺さっていて、そのおかげで攻撃が止んだのだ、とようやく理解する)};&br;&color(#FA8072){あまり面倒事に首をつっこむのは嫌なのですが…&br;…夜の森でうるさいんですよ};&br;&color(darkkhaki){(薄い桃色の髪を風に靡かせて、本当に面倒くさそうに言う女の手には、同じ銀の杭が握られていた)};
---&color(darkkhaki){…いけない&br;(自分は何度攻撃を受けても問題ないけれど、恐らく目の前のこの人は違うだろうと判断して、声を上げる)&br;(その声に、女はちらとテイリスの方を見て)};&br;&color(#FA8072){大丈夫です、私もあなたと似たようなものですから};&br;&color(darkkhaki){(笑う口元に覗く犬歯、尖った耳を見るにこの女もまた人でないのだろう)};
---&color(darkkhaki){「化物が増えたか…」&br;(突然の乱入者に一時は狼狽えたものの、相手は女一人子供一人ということ)&br;(更に仲間が追いついて人間側が優勢と分かれば、すぐに落ち着きを取り戻す)&br;(相手の能力が未知数な内に優勢と判断する辺り、凡そこの人間たちの実力も知れたものだ)&br;(そして女もそれを悟ったのか、鼻で笑う)};
---&color(#FA8072){貴方たちは…頭が悪いのですね?&br;よほど優秀でない限り、そんな無駄口を叩く前に攻撃するものでしょう&br;そしてみた限り、それほど貴方たちが優秀にも思えませんし、やはり 頭が悪いのですね?};&br;&color(darkkhaki){…悪いの?&br;(立ち上がり、どうやらその言葉がいたく気に入らなかったらしく憤慨している面々を見る)};&br;&color(#FA8072){悪いんですよ&br;ここがどこかも知らずにこんな事をしている時点で、十分に悪いんです};
---&color(#FA8072){さて、ここはどこでしょう};&br;&color(darkkhaki){(二人に向けて放たれた弾丸が、弾ける音を立てて目の前で掻き消える)&br;(結界か、それに近いものが展開されているらしい 攻撃が尽く遮られ)};&br;&color(darkkhaki){(ようやく、ここがどこか、という問いの答えに至ったらしい人間サイドは攻撃の手を止めた)&br;(しかし、とか だが、とかそんな言葉が多めの議論が交わされて)};
-&color(darkkhaki){…ん&br;(馬車に揺られながら、説明を聞く)&br;(どうやら、ここは冒険者の街 という街の領域で そこでは色々と権利やら利権やら、難しい事情があって、好きな事ができないらしい、ということ)&br;(実のところ、説明されたことの半分も理解できなかったのだが、分かったように頷く)&br;(女の名前は、キャッツァ・フェルエンベルクというらしく ダンピールという種族らしい)};
--&color(#FA8072){…まあ、他より過ごしやすい街、と思えば良いですよ};&br;&color(darkkhaki){(テイリスが理解できていないのが一目で分かったのか、そう言って首を振る)&br;(馬車が揺れずれた、対面の席で寝ている自分の子供の毛布を掛けなおすのを、テイリスはぼんやり見る)&br;(小さいけれどしっかり人間の形をしていて、説明を聞けばこれが大人になるという)&br;…不可解};
---&color(#FA8072){不可解、というほどのものでも…いえ、確かに不思議ではありますね&br;けれどどの生き物にも、子供時代というのはあるものですよ};&br;&color(darkkhaki){…子供時代…では、子供時代が無い生き物は、生き物でない?そういうことで構わないだろうか&br;(産まれた時から、自分はこの姿だった。尋ねると、小さくキャッツァは首を振る)};&br;&color(#FA8072){それだけで決まるものではありませんから、何とも};
---&color(darkkhaki){……成程&br;(足をぶらぶらさせながら、頷く。確固たる結論が得られなかったことは些か不満であった。)&br;(しかし、あまり問い詰めるわけにもいかない。話しすぎて、目の前の二人が起きたらそれは、申し訳ないと思った。)};
---&color(#FA8072){ところで、貴方はどこに行きたかったのですか?&br;…成り行きで乗せてしまいましたが};&br;&color(darkkhaki){…わからない&br;(流れる夜の景色を見ながら、首を振った。わからない、テイリスにはわからなかった、どこに行きたいのか何をしたいのか)&br;(ただ、何かしなければいけないという想いだけが渦巻いている。)&br;…わからないけれど、きっとこっちで良い};
---&color(#FA8072){そうですか&br;…まあ、行って悪いところでもありませんから、良いでしょう};&br;&color(darkkhaki){(キャッツァの言葉に頷く、と毛布が手渡された。)};&br;&color(#FA8072){まだ朝までは時間があります、少し寝なさい&br;私はあまり人と話すのが得意じゃありませんから、そのほうが助かります};
---&color(darkkhaki){私は&br;(人でない、という言葉は掛けられた毛布で遮られる)};&br;&color(#FA8072){言葉のアヤ、というやつです&br;良いから寝なさい ここでは誰も貴方を攻撃したりしません};
--- &color(darkkhaki){……&br;(それで、ようやく久しぶりにゆっくり寝れるのだと気がついた。)&br;ありがとう(もそもそと体を横にして、小さくお礼の言葉を言う)&br;(目を閉じれば、すぐに睡魔はやってきて)&br;(どうか起きた時も、この平和な時間の中でありますように、と祈りながら夢を見た)};
-&color(darkkhaki){夢};
--&color(darkkhaki){うとうとと目を開ける&br;空は相変わらず黒くて、目の端に映る花はいつでも白い&br;寂しくて名前を呼ぶ、名前を呼べばいつだって返事が帰ってきた};
---&color(#556B2F){「どうしました?」&br;「…ええ、大丈夫です 私はちゃんとここにいますわ」};&br;&color(darkkhaki){揺れる金色の髪を掴むと、緑色の目は少し困った風な形になる。&br;だからすぐ手を離せば、にこにこ笑ってくれて};
---&color(darkkhaki){その笑顔を見ると とても安心した。&br;真似して笑えば、ますます優しい笑顔で頭を撫でてくれる。&br;&br;お話をしてといえば、沢山の話をしてくれた。&br;色のついた空と、色のついた花と、沢山の人の話。&br;その話をする時はいつも、見たことのない笑顔をするからとても悔しくて};
---&color(#556B2F){「…貴方も いつかここからでられれば良いのですけれど」};&br;&color(darkkhaki){お話の最後にはいつも決まってそう言って、悲しそうに笑うから 不安になる。&br;私はずっとここにいるよ&br;私はずっとここでよい&br;ずっとここで、こうしていられれば 私はもうそれで良い};
--&color(darkkhaki){そしてまた夢};
---&color(darkkhaki){世界の終わりは緩慢に&br;どれが兆候だったのか今となっては思い出せない&br;呼びかけてから返事が帰ってくるまでに、随分間があくようになったことだろうか&br;それとも、目をつぶったまま横たわる時間が少しずつ増えてきたことだろうか&br;昔語りの内容が、少しずつ曖昧でぼんやりした語り口調になったことだろうか&br;それとも、見えない程足元を埋め尽くしていた白い花が少しずつ減っていって、黒い大地が見え始めたことだろうか};
---&color(darkkhaki){きっとそのどれもが全部、この穏やかな時間の終わりを告げていた&br;私はそれを本能で感じ取って、それでもただ膝の上で安らいでいた&br;目を逸らしても事実は事実として襲ってくる&br;それを理解するに、まだあの時の私は随分子供だったのだろう};
---&color(darkkhaki){ひび割れた器から水が漏れるように&br;少しずつ少しずつ、暖かな膝の持ち主はその翠眼を開かなくなり、白金色の髪は色あせていって&br;目を逸らすことができなくなる程に憔悴したころに、器の中の水はもうわずかだった&br;};
--&color(darkkhaki){夢の終わり};
---&color(darkkhaki){決して後ろを振り向かずに走れ と言われた&br;手をひかれて、ただひたすらに白い花を散らして走った&br;いくらも走らない内に足元は空になって、そこでようやっと私は ふたりだけのこの世界がもう、随分昔から駄目になっていたことを知る&br;あれだけ広がっていた花畑は、もうわずかで&br;花畑がなくなって天空と変わらない黒い地面が顔をのぞかせれば、そこで私は一人になった};
---&color(darkkhaki){約束を破った&br;繋がれた手がなくなって、一人になって思わず振り返った};
---&color(darkkhaki){振り返れば、名前を呼べばいつものように返事は帰ってきた。&br;僅かに残った白い花の上で、いつもの 困ったような笑顔を浮かべて、首に、足に、腕に繋がれた鎖は限界まで伸びきっていて&br;一緒にはいけない、とそれは案に示していて 私は 途方にくれる};
---&color(#556B2F){「世界には とても幸せが溢れているのです」&br;「私は、貴方にそれを知ってほしい」&br;「どうか この狭い箱庭の中だけが幸せだと思わないで」};
---&color(darkkhaki){そんなことを言わないで欲しい&br;それでは そんな台詞はまるで 貴方が今幸せでないようで 悲しい&br;うれしい時には、幸せな時には人は笑うのだと教えてくれた 笑っているから貴方は幸せなのだと思っていた&br;けれど 今の貴方が言っていることと 貴方の浮かべている笑顔はまるでちぐはぐだ};
---&color(#556B2F){「私は、とても幸せでした 貴方という存在と共に過ごせてとても」&br;「願うなら、どうか貴方がもっと広い世界で幸せになれますように」&br;「ありがとう テイリス、私の小さくて大きな希望 私の望みは、あなたの幸せ」&br;「そして、あなたの幸せを永遠にここで見守ること」};
---&color(darkkhaki){嘘だ&br;嘘だ嘘だ&br;幸せでないのにどうして笑う 本当は悲しいくせに、寂しいくせに、一人は嫌なくせに&br;どうして笑う&br;嘘つき 嘘つき嘘つき&br;ファティマは嘘つきだ&br;どうして一緒に行こうと言ってくれない ファティマがそう言ってくれれば 私は、私は};
---&color(#556B2F){「ごめんなさい」&br;「私は&br;    だから    貴方  に&br;};
---&color(darkkhaki){足元が 崩れる&br;ふたりだけの世界が終わる&br;ここからは 一人だけの世界&br;私が追い出されたのか ファティマが置いていかれたのか 、どちらにしても私がここからいなくなったらもう、永遠にここは孤独な箱庭になってしまうから、だから寂しそうに笑う姿に 手を伸ばす&br;私の幸せを願うなら、どうかこの手を};
---&color(darkkhaki){&br;手は&br;取られなかった&br;私は一人で影の中へ落ちて行く&br;消えていく意識と 記憶、その最後に小さく耳に届いた声};
---&color(#556B2F){「貴方の行く末が 笑顔と幸福と、暖かな光に包まれていますように」};&br;&color(darkkhaki){&br;意識は 完全に影に飲まれた。&br;そして私はこの世界に生まれる};
-桃色ダンピールと二人のこどもと馬車の仲