|大体の時期|統合帝国史|詳細|キャラ史|wikiでの出来事|h
|黄金暦126年|''『中央集権の緩やかな崩壊』''&br;皇帝の権威が弱まり、また、戦勝の与える豊かな経済力の影響で、徐々に地方の力が強くなっていく&br;『皇室(中央)』と『大臣府(地方)』の確執も徐々に強くなっていった|摂政政治が長く続いたことで統一皇帝の築いた『皇帝』というシンボルの権威が薄れ、民心は徐々に中央から目上の貴族、つまりは地方へと移っていくことになる&br;皇帝の威光なくして広大な帝国全土に中央の権威を響かせる事は叶わず、また、地方貴族達も皇帝という圧倒的なカリスマの不在に野心を抱き始めるようになる&br;摂政なんてものはようするに自分達と同じ貴族でしかない。力さえあればその椅子に座ることは誰でも可能ともなれば、貴族達が野心を抱く事も無理からぬことだったのかもしれない|野心を抱いたのは「ガルガーネ・フィヨルド」伯爵(ヴィーラ父)も例外ではなく、一応皇帝一族の血を引く実の息子を担ぎ上げることで再び政争に身を投じようとした。しかし、フィヨルド伯はヴィーラに政の他にも汚れ仕事の数々を押し付けようとした為、ヴィーラはフィヨルド伯からの召集を断り、そのまま出奔。追っ手が掛かったが、ヴィーラはそのまま追っ手を振り切って亡命を果たし、現在に至っている&br;理由は諸所あるが、最大の理由は追っ手はヴィーラの同期であり、士官学校で主席だった黒騎士「アベル・レンドール・カーマイン」だったことにある。彼はヴィーラは此処で死んだと報告しており、ヴィーラも帝国に戻っていないのでそのままになっているのだ&br;これは別にアベルがヴィーラのことを思ってそう報告したわけではなく、彼がヴィーラを逃した失態を上に知られたくなかった為にそうしただけである&br;自尊心が強かったアベルは士官学校でヴィーラがワザと次席に甘んじ、自分に対して最後まで本気で相手をしなかったことを見抜いており、忸怩たる思いを抱いていた。生涯、彼はヴィーラの事を憎み続けた&br;半面、ヴィーラは常に努力を怠らず、清濁併せ呑みながら貴族としての勤めを果たそうとするアベルのことは認めており、個人的に気に入っていた。アベルの下にヴィーラが居続けた理由も、学生時代は「アベルなら上に立つ器を持っている」と判断していたからである|騎士団新生の頃。なんかスト靴発売したときみたいなワクワク感があったのを覚えている|
|黄金暦130年|''『五刃統治時代』''&br;時の皇帝「エルデルージュ・ラ・ガレオン」により領土の正式な分割統治法、『五刃法(ペンタグラム)』が成立&br;事実上の貴族制の再来であり、皇室と大臣府の作り上げた中央集権法は死文化した|内政腐敗によって徐々に積もり始めていた民衆の不満は地方貴族や大臣府のプロパンダの影響もあり、全て中央へと向けられた。これへの対処が追いつかなくなった皇室はついに地方の分割統治法、『五刃法(ペンタグラム)』を公布&br;皇室が大臣府から選出した5家の有力貴族にそれぞれ公爵領相当(公爵は一国の王並の力を持つ大貴族である。広大な領土を持つ統合帝国において、公爵領相当の領土の統治とは一国を任せられることと大差がない程)の領土を与え、その領内での施政の一切を任せるという法律である&br;これは事実上の貴族制の再来であり、帝国の瓦解の始まりでもあったが、肥大化した当時の帝国にそれをとめられるだけの力とカリスマを持った指導者は存在せず、お互いの思惑と権謀術数の絡まりからこの折衷案が通るに至った&br;帝国の広大な領土は以後、&br;''統合帝都圏(極東・皇室統治)''&br;''中央ベルネット公爵領(大山脈東部・シュツルケェルム地方)''&br;''東部アドネ侯爵領(ミレーネ平原・レーニェ人工山脈地方)''&br;''西部マキャフリイ侯爵領(大山脈西部・西方諸国国境付近・辺境地方)''&br;''北部エーリオ公爵領(グレーネウェルス樹海・エーリ平原・エーリケェルム地方)''&br;''南部カーマイン伯爵領(旧ウィルケェルム・ミレーネ湾地方)''&br;の、6つの地方に分かれて統治されることとなる&br;この帝都圏以外の地方を統治する貴族達は『護刃』もとい、『五刃(フィフスブレイド)』と呼ばれ、10年毎に皇室と大臣府、そして国民投票によって行われる選挙によって再選出されるということになった&br;無論、問題がなければ今までの領主が続投する方針である|士官学校主席に相応しいだけの実力と皇室近衛騎士団長という肩書きを持ったアベルの働きもあり、カーマイン家は伯爵位であるにも関わらず1地方の統治を任せられることとなる&br;一方、フィヨルド家は没落の一途を辿り、マキャフリィ侯爵家から村1つを任せられる程度の力しか既になかった&br;次第に汚れ仕事の全てを押し付けられるようになり、フィヨルド伯爵は皮肉にも嘗て自分が息子に強いた事を強いられる事となる&br;このとき与えられた汚れ仕事の殆どはカベルネがやっていたが、彼女はああいう性格なので別段気にせず楽しく戦っていた|ヴィーラ1死&br;強キャラ設定にした息子ほど長生きはしないもんである&br;丁度アールヴァンも聖杯に参戦していたころ|
|黄金暦133年|''『マキャフリイ侯爵病死』''&br;西部辺境を治めていたマキャフリイ侯爵が急逝&br;大々的に葬儀が執り行われ、帝国全土に響く大ニュースとなった&br;あまりに急な死だったために実は関税の問題で揉めていた西方諸国連合や旧帝国の刺客に暗殺されたのではないかと噂されたりもしたが、詳しいことは伏せられたまま現在に至っている&br;その後の施政は侯爵の子供達が引き継いだが、年からは考えられないほど老獪で綿密なその施政は好評を得た|実際は噂通りに暗殺されているが、暗殺したのはカベルネである&br;マキャフリイ家は政治に疎い箱入り貴族が多く、一度取り入って頭を挿げ替えてしまえばあとはどうにでもできると考えられた為の暗殺であった&br;これ以後のマキャフリイ家の施政は間接的にフィヨルド家を中心とした複数の地方貴族達が執り行っている&br;無論、一般には知られていない|フィヨルド伯爵の分不相応な野心が暴走を始める&br;カベルネは別に戦えればいいので文句言わずに黙々仕事を続ける|聖杯1期がだいたい収束し始めたころだったよーな、ちがったよーな&br;とりあえず故郷が荒れてることなど露知らず、フローキー、アイゼンを名乗り、学園教師になる|
|黄金暦139年|''『皇帝崩御』''&br;元々身体が弱かったエルデルージュ・ラ・ガレオン皇帝が35歳の若さで逝く&br;続く皇帝は第一皇女ネイジュ・ラ・ガレオン(当時6歳)が即位し、皇室による摂政政治が続く事となった|アベルの手引きによってエルデルージュが暗殺されるが、これは皇室、大臣府に所属する貴族大半の総意であり、全ては闇に葬られた&br;既に帝国に皇帝という名のシンボルは必要なく、盤面を引っ繰り返す力を持った絶対者である皇帝は居ても邪魔なだけだったのだ&br;しかしながら少ないながらも当然皇帝派の貴族達も存在し、帝国内部での火種は大きくなっていく|汚れ仕事をしたことでアベルの経歴に傷がつき、同時に皇室を裏切ることができなくなる。今はいいが、いつかこの事実がスキャンダルとして何者かに突き上げられる日が来るかもしれないと疑心暗鬼に陥るアベル&br;ヴィーラがいればこの手の仕事はヴィーラがする予定だったので、「アイツがいれば……」と、余計に逆恨み&br;ヴィーラがすぐ傍に居たときは「アイツさえ居なければ俺が……」とかずっと思っていた彼だが、今はヴィーラが居ないばかりに苦労している自分の立場と能力を呪うようになる&br;フィヨルド家のほうは根回しを終え、次回の五刃選出へと備える&br;カベルネ、身体能力の維持を目的に呪術薬物投与による擬似不老を得る|6月にアイゼン死亡。『もし』が重なれば、アイゼンは最小皇帝アスタリスク・レスリスウェーバーと共に凱旋している年である&br;史実では『もし』は重ならなかったのでこのまま帝国は衰退していく|
|黄金暦140年|''『五刃再選出』''&br;滞りなく再選出が行われる。特に各地方共に問題なかったため、侯爵が病死したマキャフリイ侯爵領のみがフィヨルド伯爵領に改められ、他はそのまま続投が決まった|投票は一応されたが、これは形だけのものであり、実際は賄賂やら密約やらで決定された&br;ともあれ、この10年で『五刃法』による地方分権の形が定着し、帝国は徐々に連邦国家の様相を呈する形に姿を変えていく&br;しかし、これは通常の連邦制とはことなり、各地方の独立に限りなく近い形の地方分権であった&br;皇室の力の衰退により、皇室を上位組織と見ている貴族は少なく、また、法的に皇室と大臣府は同等の力を持つと認められている為、皇室を舐めている貴族も多かったためだ|皇室近衛騎士団所属のアベルは皇室所属だったが、父であるカーマイン公爵は南部の統治者であり、お互いの存在が少しずつ邪魔になってくる&br;アベルもカーマイン公も「アレが死ねばそのポストに息のかかったものを……」などと考える&br;拝金主義に傾倒するフィヨルド伯の姿を見て、カベルネも「そろそろ見限りをつけるべきか」と少し思い始める|ヴィーラ2死。このあたりで学園入学|
|黄金暦145年|''『北西問題』''&br;西部フィヨルド伯爵領が単独で西方諸国連合との和親条約を締結&br;西方諸国連合と密に交易することで私腹を肥やす&br;越権行為であるとの批判もあったが、伯爵側は「五刃法の適用範囲内の行為である」と反論&br;後に続くように北部エーリオ公爵領も旧帝国との通商条約を結ぶ&br;流石に旧帝国との条約締結は民意を問う必要があると皇室側が指摘するが、エーリオ公爵側はこれを黙殺。ついに皇室近衛騎士団を中心とした帝都進駐軍による介入が決定される&br;フィヨルド伯は「既に領内での民意は決している。国境沿いの事情を丸投げにする帝都に辺境に住む者の気持ちは分からない」とエーリオ公爵の肩を持ち、産出する鉱物を侯爵領や伯爵領に降ろす中央ベルネット公爵もこれに迎合&br;対し、熱狂的な皇帝親派であり、戦乱により幾度となくその地を旧帝国軍に焼かれた東部アドネ侯爵、ミレーネ湾の交易を牛耳り、西部や北部に鉄が流出することで損失が生まれる南部カーマイン伯爵は皇室の味方をした|度重なる暗殺と加速する内政腐敗、そして事実上の皇帝不在に貴族達も既に帝国の終焉を予見していた&br;統合帝国は沈み行く船であると判断した西部と北部はそれぞれ別の派閥に身を寄せる事で自領安堵を目論み、また、西方諸国連合と旧帝国も南東交易を牛耳る統合帝国の衰退を望み、彼らの後押しを惜しまなかった|そこまで大々的な戦闘行動はなかったが、小規模な小競り合いは多くあった&br;アベルもまた北部エーリオ公爵領へと進軍&br;一方カベルネは西部から派遣された北部公爵軍の一人としてやはり戦乱に身を投じる&br;静かな内紛が続く|ヴィーラ3死。学園で留年とかしているころ|
|黄金暦148年|''『西方諸国連合の侵攻』''&br;陰湿な内紛が続き、北西部の民達は疲れていた&br;そんな状況を打破するため、フィヨルド伯はついに西方諸国連合への介入要請を打診する。この要請を受け、西方諸国連合中央議会も介入を議決。極東第二猟兵師団の派遣を決定する&br;明確な侵略行為であると皇室側はこれを批判し、いよいよ東西戦争の様相を呈するかと思われたが、ここにきて旧帝国側が大規模な機甲師団を伴い、ロォンコール河を渡って北部へと進駐&br;「袂を分かてどそこは帝国の領土であり、そこに住まう人民は帝国臣民である。西の暴挙は見過ごせない」と統合帝国に助力し、西方諸国連合を恫喝&br;これを受け、これ以上の自体の混乱を恐れた皇室は西方諸国連合と旧帝国へ改めての和親条約と通商条約の締結を提案し、両者もまたこれを受け入れることで決着となった|真相は旧帝国と西方諸国連合によるマッチポンプであり、現地民の民意を統合帝国から旧帝国へと向けるために行われたパフォーマンスであった&br;このパフォーマンスにより西は西方諸国連合へと民意が傾き、北は旧帝国へと民意が傾くこととなる&br;地図こそ書き換わっていないが、事実上はこれにより、北部は旧帝国、西部は西方諸国連合の植民地と化したといえる状態となった&br;内紛を独力で抑えられなかった責任を問われ、皇室の権威は失墜する|フィヨルド家はこれにより西方諸国連合との関係をさらに密にし、かつての没落からは考えられないほどに隆盛する&br;諸々の責任を問われ、皇室近衛騎士団長であるアベルも辞職へと追いやられる&br;|ヴィーラ4死。カベルネ出奔|
|黄金暦150年|''『領名優先法』''&br;五刃の再選出(以前同様形だけの選出)にあたり、皇室により「領命優先法」が公布された&br;かいつまんで言えば、国全体の法律である帝国法よりも領邦内のみで適用される領主法の方を優先して適用するという法律であり、事実上の連邦制の是正であった&br;これにより、帝国はほぼ完全な地方分権による貴族統治領群へと返り咲くこととなり、皇室の権威はより一層失墜することとなる|これ以上地方貴族が力をつけることを恐れた皇室は右翼貴族らと共に「五刃法」の廃止を決議しようとしたが、既に皇室にそれだけの力はなく、大臣府及び左翼貴族らの猛反発によって逆に「五刃法」を強化する「領命優先法」が可決される運びとなってしまった&br;本来、右翼貴族と左翼貴族のパワーバランスは拮抗しているのだが、今回は旧帝国や西方諸国連合の圧力の関係もあり、彼らとの関係を悪化させる可能性がある「五刃法廃案」には純粋に説得力が足りなかったという背景もある|皇帝ネイジュもこの辺りから徐々に自分の立場に疑問を覚え、自分が飾りだけの皇帝であるという自覚を持つようになり、卑屈さが加速していく| |
|黄金暦152年|''『皇室排斥運動の高まり』''&br;独力で内紛を収められなかった責任や、長年の摂政政治による権威の失墜から皇帝不要論が加熱し、皇室排斥運動が民衆の間で高まっていく&br;大臣府もこの排斥運動に乗じて皇室の脆弱な政治手腕を批判するが、帝都周辺や海辺の交易を牛耳る皇帝親派の貴族達は「皇帝陛下あっての帝国。帝国は陛下の血肉に過ぎず、その血肉の上に生きる我らは忠を尽くす義務こそあれど、主の行いを否する権利などない」と、これに猛反発&br;かつての皇帝戦争を彷彿とさせるように、地方と中央の確執は深まっていく|海辺や帝都圏の貴族達とは、先の戦勝で活躍した皇室貴族達や、現状既に十分な利益をあげているカーマイン伯をはじめとした南東貴族達……要するに今まで甘い汁を吸いたい放題吸っていた貴族達であり、真に皇帝への忠誠心から反発した貴族は少なかった&br;既に帝国の腐敗は取り返しのつかない段階にまで踏み込んでおり、いまや帝国はその腐肉に群がる獣の巣と化していた|実はこの皇室排斥運動の糸を裏で引いたのは皇室から見放されたアベルである&br;彼は先の内紛で皇室に反旗を翻したフィヨルド伯などに接触し、自らの知る機密や皇室貴族の裏帳簿の詳細などを暴露&br;それを受けて、皇室批判の材料を揃えた地方貴族達が動くという運びになった&br;アベル自身も元皇室近衛騎士団長の立場を逆に利用し、反皇帝グループの旗印として活躍する&br;アベルもまた野心を忘れたわけではなく、薄暗い復讐心と、歪に膨れあがった自尊心で自らの精神を保護し、皇室無き後の新しい帝国で成り上がろうと考えていた|聖杯3期。フローキー参戦|
|黄金暦156年|''『雷帝ネイジュ・ラ・ガレオン』''&br;幼少の時分より病に臥せっていた時の女皇帝、ネイジュ・ラ・ガレオンが長い闘病生活からついに表舞台へと復帰。統合帝都にて演説を行うが……その最中に皇室排斥派のボウガンによって狙撃され、暗殺されかけるという事件がおきる&br;だが、皇帝は迫り来るボウガンの矢を電撃魔術の投射によって叩き落し、凶賊はその場で側近の黒騎士達によって取り押さえられた。皇帝はそのような様など意にも返さずに雄々しく自らの無事と今後の意気込みを語った&br;覇気溢れる皇帝の姿。それは長い摂政政治の時代の終わりを意味し、中央貴族に不満を持つ多くの民衆に希望を抱かせた&br;そして、その期待にこたえるかのように、皇帝は帝都での演説と同時に国庫の横領を行っていた皇室貴族数名の公開処刑を決行&br;処刑は皇帝自らの手で行われ、落雷を思わせる絶大な雷撃魔術放射によって、一瞬のうちに横領貴族達は消し炭になったと言われている&br;ダマスカス製の豪奢な重フルプレートに身を包み、異形を思わせる意匠のフルフェイスヘルムで顔を覆ったその姿は民衆に大きな衝撃を与え、同時に不正を断固として罰するその姿勢は畏敬を抱かせた&br;この痛烈にして厳粛、そしてセンセーショナブルな公開処刑によって皇帝のイメージはダイレクトに民衆へ刷り込まれ、建国当時から民衆の間でほのかにあった皇帝信仰を再熱させるに至った&br;これらの一件から、いつしか彼女は『雷帝(エクレール)』の異名で畏れられるようになり、皇帝人気の上昇に伴って皇室排斥運動は辺境を除いていくらか鳴りを潜めることとなった|実際はこの凶族は皇室排斥派の放った暗殺者ではなく、皇室貴族が準備した刺客であった&br;この演説の場は本来、皇室貴族達が摂政政治を続けるため、皇帝崩御と同時に皇室排斥派の凶行を非難し、それらを受けて新皇帝即位の宣言をする為に用意した場であったが、そこで暗殺されるはずのネイジュが逆に賊を返り討ちにし、そのまま貴族達を別件の横領疑惑で粛清することで奇襲を行ったというのが真相である&br;その後もネイジュは民衆人気を盾に敵対する皇室貴族らを牽制し、同時に摂政政治の為に残されていた皇帝の強い権力を逆に利用して、確固たる皇帝としての地位を確立した&br;皇室貴族達も大臣府につけこまれないようにするために平然を装う必要があったため、内心で敵意と不満を抱きつつもネイジュを皇帝として認めざるを得なかったのである|実はネイジュはこれの以前より細々と様々な暗殺の危機に晒されており、そのたびに側近に庇われるなどして生き残ってきた経緯がある&br;今回も暗殺される直前までは無力を装い、魔術や武術の教養と才、そして帝王学の知識を表に出さないように虎視眈々と機会を伺っていたのである&br;顔をフルフェイスヘルムで隠しているのは自分に親近感を抱かせない事で民衆の畏敬を得る為という目的もあったが、顔にある呪詛毒による傷を隠すという理由もあることは史実では余り知られていない&br;この皇帝の奮起に伴って皇室排斥の旗頭であるアベル、フィヨルド伯も大いに動揺する|聖杯3期終戦|
|黄金暦170年|''『』''&br; | | ||
|黄金暦180年|''『』''&br; | | |国ロワ参加|

|黄金暦182年|''『』''&br; | | |国ロワ敗退|