1 Edit




 女というものは、出で立ちだけで男を操りうる。
 シシトは改めて、股からそれを痛感した。
「セルミネさん……」
 こぼれた呟きもまた、シシトの意図したところではない。見つけたひとひらの蒼が、血の巡りを導いてその口元を緩ませたのである。
 組織の施設の一角、人すれ違う広間の片隅で、あるはずもない海風が確かに鼻をくすぐり、その中に女の甘くも酸い芳しさを捉えて、シシトは白昼夢の裡に紛れた。永遠に暮れぬ黄昏の浜の、そのコテージで交わした情けの最中、彼女にセックスフレンドの関係を懇願した瞬間が鮮明に蘇る。
 いつもの紅いミニチャイナが夜闇を孕む黄昏だとすれば、初めて見る蒼のロングチャイナは暁の後の空とさえ思えた。
 だがそれは夢に過ぎず、そして一瞬のことに過ぎなかったのだろう。
 頃は夏。暑気まだ過ぎぬ盛りの今。
 たち尽くす自分に気づいた時、シシトの自由はまだ彼女のモノだった。行き交う仲間の音も、夏虫の声も遠く。感覚さえ思い通りではなかった。
 深いスリットからまろび出る生足と、なぞり見て服の上からでも窺える体線とが、シシトの掌に絹の感触を想起させる。股座を象るような浅い影を見つければ、固く漲る剛直は瑞々しい柔肉を思い出し。下腹を尻にぶつけた時の、あの柔くも張った衝撃が、今まさに走るようだった。
 まだ夢の中にいるのかも知れない。
 生々しいまでの感触がシシトにそう思わせた。
 見える限りは組織の施設でも、それさえ夢の一部であるとするなら、全て納得のいくことだった。
 廊下に続くはずの道を行けば、トワイライト・ビーチが待っているかもしれない。彼女はそこからやってきた、自分の夢の欠片なのだ。
 涼しい場所に居たと思ったが、暑さにやられてしまったのだろうか。暑い盛りの昼日中に夢へ囚われるとは、きっと彼女が懇願の答えを中々くれないから、もどかしさで危うい所へ陥ったのだ。
 彼女はなにか探すような素振りを見せて、こちらになにか見当をつけると、シシトの隣まで歩み寄ってくる。
 すれ違う間際、手と手が重なり、その瞬間、世界は打たれ、夢は覚めて、現実が後ろから首を掴んだ。
 シシトは痺れるような揺るぎによって現実へと立ち戻り、振り返った。今の感触が夢であるはずがない。僅かに嗅いだ香りも、吐息も、触れた温もりも、あの後ろ姿も、そして自分さえも。今たしかに、此処に存在している。
 硬い感触が掌に収まっていた。一瞬覚えた彼女の指の軟さではなく、紙と金属の硬さが指の間から滑り落ちようとしていた。
 紙と、鍵だ。
 隠すように握り込んで眼の前に寄せたモノの正体に、シシトは一瞬戸惑った。
 これは、一体何を示しているのだろう?
 いや、もしや。
 今は妄想に過ぎない、しかしどこか確信している意味に、シシトは目を覚ました。白昼夢はすでになかった。想起される過去の体験よりも、未来から押し寄せてくるこれからの経験が、想像力の糸となってシシトを現実に縫い付ける。
 肉体の全てが盛り上がり始めていた。今のシシトには、それを隠すなど思いもよらなかった。恥ずべき姿を何人にも見せてしまったかもしれない。そんな考えさえ、湧いてくることはなかった。
 幾ばくかの時間が経ち。セルミネが行った方向を見つめると、シシトは紙と鍵をポケットに入れてその場を離れた。



2 Edit




 夕立と思われた雨は、止む気配を見せなかった。
 昼のうちは青かった空も、今は地平線まで灰色に暗い。
 やるべきことを済ませて、シシトは施設を離れた。景色を霞ませるほどの雨が傘を打ち、激しい滴りが袖と裾とを濡らす。
 冷たくもしかし、心地よい雨だった。体は強く火照っていた。
 小さな橋を渡り、まだ静かな水路を越えると、古くも高い集合住宅のピロティで傘を畳んだ。ポケットに入れた紙は隅を濡らしていたが、読む上で支障はなかった。すばやく目を走らせて、またポケットに突っ込む。集合住宅の名前を確かめると、シシトは頷いた。
 間違いなく、ここだ。
 息を整えて、シシトは階段に足をかけた。歴史を感じこそすれ、作りに衰えのない内壁に、シシトの気配が反響する。足音と、息遣いと、水の滴りと、傘の擦れる音と。人気ない建物の中で、雨の音は低く遠い。耳の中で脈動する血管がうるさく、シシトは思わず息を潜める。目的の階で一度足を止めると、もう雨の音はしなかった。まばらに扉を構えた内廊下が、天井の灯で明々と照らされていた。
 憶えた部屋番号は廊下右手、奥の隅を暗に示している。
 押し込んだ紙の下から鍵を引き出して、シシトは静かに部屋の前に立った。
 長い道のりの間に人気はなく、事実として人が居ないのか、それとも防音に優れているのか、定かではなかったが、シシトはいずれにしてもそれがありがたく思えた。
 鍵をあてがって、穴に差し込む。そこに自分とセルミネを見出しながら、そっと回した。確かな手応えと共に錠の解かれる感触があった。恐る恐る扉を押し開け、そこにセルミネの靴を見る。薄暗い部屋の中、左右に別れた廊下の左奥から、淡い光が入り口にまで差し込んでいた。慎重に扉を閉めると、左奥を窺いながらシシトは密やかに呼びかけた。
「……セルミネさん?」
 小さな息遣いをシシトは確かに聞いた。どこか安堵するような息だった。
「いらっしゃい、待ってたわ。鍵をかけて、こっちに来てくれる?」
 今更間違えるはずもない。セルミネの声だ。
 確信が強く心臓を爪弾いて、シシトはつばを飲んだ。自分から起こった音の思いがけない大きさが、更に逆側へ心臓を爪弾く。確信が確信を呼び、やにわに呼吸を乱した。尚早な確信だと呼びかける冷たい自分が居る。シシトは耳を貸さず、確信し続けた。ここで確信せずしてどうするのか。これから来るだろう喜びを小さなものにしたくはない。覚悟と期待をせずして、どうしてその時を迎えようというのか。
 鍵をかけて靴を脱ぎ、シシトは部屋の奥へと向かった。惹かれるように薄明かりを追い求めて行けば、半ば開かれた扉から光は漏れている。
 そこに、セルミネは居た。
 広い部屋の中、出窓を背に広いベッドへと腰掛け、蒼いロングチャイナの深いスリットから、組んだ足をこぼしている。薄暗い部屋に囁く激しい雨音は、しかし静謐をもたらし、ただ二人だけが在った。
 シシトは細く深く息を吸った。薄いカビ臭さの中に、彼女の香りを嗅いだような気がする。鈍色の雲に濾された仄かな陽光が、黄昏の色をかすかに届かせていた。
 セルミネの金色の髪が、微かに波打った。
「生憎の天気になっちゃったわね」
 シシトを見つめたまま、セルミネは立ち上がる。
「お風呂、入りましょうか。冷えたでしょ。これで風邪なんて、馬鹿らしいわ」
 シシトは頷いた。
「はい」



3 Edit




 部屋を出て、暗い廊下を戻った。追い越していくセルミネの香に浸って、その背中についていく。
 玄関から右手奥にある扉を一つ開けると、灯りの点いた脱衣所に暖かな湿気が満ちていた。それは隣の、浴室から漏れてきているらしかった。
 シシトは後ろ手に脱衣所の扉を閉めた。途端、何処か遠い場所に来たような気がして、意思に関係なく逸物が隆起する。
 ここは、日常の空間から遠く離れているわけではない。同じ町の中にあって、区画としても然程遠くはないだろう。
 それでも精神の距離は、必ずしも地理上のそれと一致するわけではない。人気なく古びた集合住宅の、その角部屋の、更に脱衣所の中は、いうなれば三重の箱の中と言える。日常から隔絶された概念的に遠い場所で、今のシシトはセルミネと二人きりだった。
 きっと、何者の目も届きはしない。自分は秘密を日常の物陰に手に入れたのだ。
 今度こそ、シシトは疑いなく確信した。ハイリスクな賭けではある。高く登れば落ちる距離も伸びるだろう。それでも期待が増幅する喜びは魅力的に過ぎた。それに、セルミネもわざわざ閉鎖空間で断りはするまいという勝算もある。彼女は賢い女だ、危うい真似はするまい。
 あとは、その言葉をセルミネが言ってくれさえすれば。
 飢えた獣を心の茂みに隠して、シシトは自身の濡れた衣服に手をかける。
 セルミネも蒼いロングチャイナの留めに手をつけて、柔肌を晒そうとしていた。
 シシトが下着一枚になるころ、セルミネの体からロングチャイナが滑り落ちた。乳房と股座を隠すブラとショーツも、チャイナと同じように蒼かった。
 施設で目を引きつけたこの蒼に、シシトはまた惹きつけられた。その蒼に隠れる秘められた場所について、黄昏の中で見た記憶が蘇り、去っていく。ブラに柔らかく収まった乳房の形と、ショーツの下に茂る秘密の冠と、そしてシシトを夜通しくわえ込んだ魅惑のクレヴァスとが、感覚を伴って脳天からつま先を走っていった。
 どうして彼女は今日、蒼い服を着てきたのだろう。シシトはふと思う。それも、下着まで同じ蒼だとは。
 セルミネといえば、その金髪に合う紅い服が象徴的な女である。シシトもそのように覚えて、そしてその紅に体を昂ぶらせていたものだった。
 けれども今日はこれまで見たことのない、蒼い服で組織の施設を訪れた。それに何らかの意味があるとすれば……自分とのことだろうか?
 まさか、おこがましいことだ。
 しかし、それ以外はないようにもシシトには思える。
 てっきり組織間の用事でやってきていて、ついでに返事も携えてきたのだと思ったが、実はそうではないのかも知れない。
 シシトに返事をするのが主目的であって、組織間の用事で来たと思わせるのが、カモフラージュだったのではないか。そんな推測が、にわかに信憑性をもった気がした。
 閉じた口の内で、シシトは歯を食いしばった。唇も力んで、薄く引き締まっているかも知れない。性的な情念が盛り上がる時、鼻の下を伸ばすと言われているが、唇を引き締める姿はまさにそうなっているような気がしてならなかった。
 共に下着姿となった二人の間に、奇妙な沈黙が降りた。停滞が其々のフェロモンと混ざり合って化合し、呼吸と共に股間を潤わせるようだった。夏の暑気と浴室の湯気が寒さを覚えさせなくとも、とうに宿る体の火照りは冷めやらず。健全に上がる熱がシシトの体を震わせる。
 先に動いたのはセルミネだった。
「ね、ほら」
 流し目と共に、手指が乳房の谷間でそよぐ。乳房から注意を移して見れば、ブラのフロントホックが陰に見え隠れした。
 シシトは万感の思いを込めて右手を伸ばした。初めて彼女と交わった時も、こんな風にブラのフロントホックを外したのだ。それが今、再演される。あの時の彼女は自分にあてがわれて、そして自分に押し倒されて、組み敷かれながらブラのホックを解かれた。だが今は対等に向き合いながら、そのホックを外そうとしている。
 象徴的だとシシトには思えた。彼女の携える返事が形になったのだと、霊性と運命の絡みつきを考察する。だがそれは瞬きの間にかき消えて、ただ茂みから獣の鼻先が覗くばかりとなった。
 指がホックにかかり、引くと、合わせて形を変えた乳房が谷間を深める。解かれると同時に弾んで揺れて、谷間を広げて底を晒し、被さるばかりとなったブラを下ろせば、やがて落ち着いて本来の形を取り戻した。ツンと尖るようなやや上向きの、形良く張りのある若々しい二つの山が、そこに吸い付くものを待つようにシシトを見上げている。
 吸い付くものとは、シシトか? それとも……シシトとの子か?
 心は既に切り替わっていた。前者であり、後者であると、セルミネから鍵を受け取ったあの時から、シシトはシシト自身に言い聞かせている。
 彼女との間に子供を作るのだ。ヤるからには、それくらいに入れ込んでヤる。
 黄昏の浜で作り出されたセルミネ用の心構えが、なんら衰えもなくシシトを支配した。自分の中に作り出した局所的な自分は、より一層にシシトの血の巡りを早めた。
 力の漲りは痛々しいまでとなり、下着のウエストから尖端が覗いて、ぬめりの縦線を布地に描いた。反り返る逸物の尖端がシシト自身の下腹を突き、体温以上の熱でもって自身の興奮をシシトに意識させた。
 立ち上る雄の臭いにセルミネも気がついたのだろう。目は細まり、薄く唇は開いて、熱い吐息が長く溢れた。
 セルミネの手指が伸びてシシトの下着のウエストにかかり、どこか確かめるような手付きでシシトの腰回りを自由にする。見せつける裏筋は野太く、やや紡錘する中で血管が蔦のごとく浮き上がり、先走りの伝った痕を残していた。
 しゃがみこみながらシシトを裸にすると、しばし陶酔してからセルミネは再び立ち上がり。
 セルミネがなにか言うよりも早く、シシトがセルミネのショーツに指をかけた。
 そこにある全てをじっくりと楽しむように、劇場の緞帳が上げられるように、蒼いショーツが隠していたモノを一つ一つ明らかにしていく。鼠径部のラインをなぞり、生い茂る小さな金の冠と、そして快楽と未来の園を露にして、淫らな照りを帯びる糸を引いた。
 セルミネがそうしたようにしゃがみこみ、片足ずつ上げさせて脱がした蒼いショーツを、シシトは脱衣かごに放った。そして立ち上がり、セルミネと向き合う。
 古くとも品良く、品良くとも狭い空間に、男と女が其々一人。生殖器を熱く怒らせる若い男と、多くの子を産んだ経験のある女が、準備の整った体を見せつけあっている。
 それをあるがままの姿であると言うのは、なるほど適した表現であるのかも知れない。生殖に濡れる一組の男女の有様は、生物として事実あるべき姿であろう。
 沈黙が帰り来て、二人は互いの目を見つめ合った。女は微笑んで、男は顔を固くしながらも息を荒くしていた。
 耐えきれず、シシトの逸物が脈動する。滾々と先走りが湧いて、太幹に垂れる痕を残す。
 セルミネは唇を舌で濡らした。
「いきましょ」
 浴室の扉を開いて、セルミネは薄い湯煙の中に紛れた。シシトも頷くとそれに続き、丸く豊かで柔らかな尻にたまらず逸物を押し付ける。先走りを塗りつけると、脈動と共にすぐに次の汁が溢れ、それは幹を伝ってセルミネの柔尻に移り、尻たぶから太ももの裏まで流れていく。
 手桶をとって、セルミネは湯をかけた。彼女の体で雫が珠となり、先走りも流れて落ちる。彼女は手桶をシシトに渡すと湯船に足を入れ、その底に腰を下ろした。足を伸ばすことは出来るだろうが、それでも二人入れば手狭に感じるだろう。
 シシトも湯をすくって身を清め、セルミネと向かい合うように湯船へ身を沈めた。その逸物を、欲望のたぎりを見せつけ、そしてセルミネの肉体を余すこと無く見るために。
 沁みてくる熱に、火照った体も雨に冷えていた事を意識した。あるいは血が一点に集まっているせいだろうか、ともかく熱は失われていたのだろう。全身の温まりに煩わしさより安らぎを見出す。
 それでも、シシトの意識がセルミネから逸れることはなかった。シシトが浸かり、姿勢を定めて間もなく、セルミネは脚をのばしてシシトの脚に絡め、強調するように乳房の下で腕を組み、またじっとシシトの目を見つめた。
「急に呼び出しちゃってごめんなさい。でも……来てくれて、嬉しかったわ」
 ため息混じりに、セルミネは目を細めて言った。
「それにあの時の返事も遅くなって……もうわかってくれているとは思うけれど、今後はよろしくね」
 こみ上げるモノを必死に抑えるために、シシトはつばと空気を飲まなければならなかった。喜びの絶頂がそのまま肉体の絶頂に繋がりかけて、下腹に力がこもり、痛みさえ伴う。心地よい痛みだった。顔の筋肉が緊張と弛緩の行き来にまどい、目が大きく開かれている事以外、自分でも何が起こっているのかよくわからなかった。
「あのっ」
「ええ、何かしら?」
「どうしてか、聞いてもいいですか?」
「……セックスフレンドになっても良いって、思った理由のこと?」
「はい、そうです」
 聴かねばならないことだった。
 なぜそれを聴かねばならないのか、シシト自身もわかってはいない。それでも聴かずには居られなかった。
 おそらく、彼女がどのようなわけでその結論に至ったかを把握しておかねば、セックスフレンドの関係に後々不安がおこると見たのだろう。推測に過ぎないが、納得はできる。少なくとも理由を知っておけば、関係の安定を試みる取っ掛かりにすることは出来るはずだ。自分はきっとそう考えたのだ。
 おかしな奴だと、自分で自分を思う。
 そもそも、夫ある人とセックスフレンドの関係になる事自体、危うさにまみれているというのに、そこに安定した関係を見出そうとは。
 その危うさの中でスリルを味わおうというのか?
 冒険者と呼ぶに相応しい精神と言えるだろう。
 どうやら自分はそこまで彼女の肉体に溺れているらしい。シシトは認めざるを得なかった。
 想い人の母である、その背徳。
 想い人には無い、経産婦の肉体。
 想い人とは違う、大人の女。
 人は、同じだが違うものを望むという。その点で言うなら、セルミネはまさにピッタリの女だった。
 自分は破廉恥な男だ。母娘を揃って抱ける環境を整えようとは。そしてその欲望に抗えないのだ。
「そうね……」
 目を伏せて、セルミネは沈思黙考する。
 少しして、シシトを見ながらセルミネは言った。
「友達が居るのは楽しいから、かしら」
「友達がいるのは、楽しいから?」
「そうよ。そう思わない?」
 悪戯っぽい笑みに真意を見出そうとして、シシトは息を潜めた。
 友達、つまり、セックスフレンドについて話しているのだろうか。セックスフレンドがいるのは楽しいから……もしもそう言っているのだとしたら、あまりにもストレートな表現である。
 そうですねと、直球で返すのはシシトにとっても簡単だった。ここに来て正直な気持ちの吐露をためらう理由もない。
 けれども、多分、それが全てではないのだ。
 だが一晩肌を重ねて、互いを啄み、歓楽を訴えあっただけでは、人となりの全てを知りようはずはない。
 シシトは沈黙せざるをえなかった。
「そんなに難しく考えなくてもいいのよ……本当にそれだけだから」
「そう、なんですか」
「ええ。そうなの」
 深く考えすぎているのかも知れない。
 人類種は、疑うがために発展してきたのだとも言う。疑えば疑うほどに、疑いに囚われてしまうのだとしたら、今の自分はまさにそうなのだろうか。簡単な問題に、問題ですらないものに、それが大きな問題であると構えてしまっているだけなのだろうか。
「わかりました。じゃあ、そうですね。そう思います。友達が居るのは、楽しいことだ」
 シシトはとりあえず、信じてみることにした。信じることもまた、人類種の美徳である。それにここで迷い、疑いに囚われてしまうのは馬鹿らしいことに思えた。今は深く考えることだって出来はしないだろうし、囚われるだけ無駄というのもある。
 あるがままを受け入れるのが、せめてもの賢いやり方というものだ。
「ふふっ、だったら、良かった。こんな部屋まで用意しちゃって、違ったらどうしようって思ってたから」
 セルミネは浴槽の縁に頬杖をついて、ぐるりと浴室を見渡した。
 持ち上げた腕に引かれた乳房が、湯の中でゆっくりと揺らめく。二の腕のあった場所に産まれた空間が、乳房の形を際立たせた。垣間見える腋窩のラインに、シシトは思わず引き付けられる。
「一つ、覚えておいてくれる?」
 セルミネのつぶやきで、シシトは我に返った。何かまた、言うことがあるのだろうか。
「私はシシトくんを気に入ってるわ」
「それは、ありがとうございます」
「なんだかよくわからない、って顔してる。ふふっ、シシトくんの不安を少しでも和らげてあげようと思ったのよ」
 そう言いながら、セルミネは湯を掻いてシシトに向けて身を乗り出した。豊かな乳房が湯の上に現れて垂れ下がり、セルミネの手がシシトの胸板を愛撫する。間近に迫ったセルミネは、シシトと額を触れ合わせて言った。
「セックスフレンド……シシトくんだから受けたけど、他の人だったら、わからなかったわね」
 それから互いの鼻が触れ合い。
「あなただから、良かったのよ」



4 Edit




 どちらからともなく深く息を吸って、唇を触れ合わせる。
 限界だったのだろう。
 男気か、それともただの『男』か。
 あるいはその両方に押され、シシトはセルミネをきつく抱き締める。
 大きく波立つ湯の中で相手の熱を見つけ、肌触りを確かめ、尻を掴むと、逸物を自身とセルミネの下腹に挟み込ませた。
 この危ういモノに、まずは本懐を遂げさせなくてはならない。
 唇で交わす歓びに自尊心をもしゃぶらせながら、生殖に対して冷静な生命の機能はセルミネの下腹のうちに潜り込むことでいっぱいになっている。
 しかしセルミネの唾液が美味で、唇は離れたがらなかった。その歯も、舌も、口腔の全ても、シシトの舌は美味を覚えて止まらず、隙間から溢れ出す液の伝いにさえ性感を忘れられない。
 深く吸った息は既に尽きて、唇を交わしながらも鼻息荒く、離れず、セルミネの肌に吹き付けては吸い、肺一杯に彼女の香りを満たすと、それがまた次の呼吸を促した。
 彼女もそうして、肺に自分の匂いを満たしているのだろう。肌に彼女の息が吹き付けるたびに、抱きしめる腕の力が意思に因らず強まっていく。
 抱きしめる手の片方で、セルミネの後頭部を抑えた。いつか離れてしまうかも知れないと思うと、切なくてやるせなかった。時が来るのを恐れて、心と体は見解の一致を見せる。体の前面を覆う柔らかな肌に、あらゆる場所が吸い付いているようだった。
 それでもついには、唇の間に距離が生じた。共に荒いだ息が混ざりあう中で、繋がった銀の橋が静かに落ちていく。
 彼女の唇が、舌が、口腔と歯が惜しくとも。なお一層に惜しまれる場所が、時が来るのを疼きながら待っているのだ。シシトも、セルミネも、同じように。それに応えてやらねばならなかった。
 シシトは抱きしめる腕を緩めて、セルミネと共に浴槽の縁へ手をかける。いきり勃つモノを中心とする腰回りを少し前に突き出すと、セルミネは体を浮かせて跨ぎ、位置を合わせて浴槽の底に膝をついた。
 シシトの目が、セルミネの乳房と股を行き来する。そうこうしているうちにセルミネの手がシシトのモノを掴み、少しずつ腰を下ろして狙いを定めた。風呂の湯とは違う熱を確かに尖端で感じると、シシトとセルミネの視線が絡みあう。
「あっ……」
 セルミネの切なげな声と同時に、その腰がゆるゆると沈んだ。金の茂みの下に隠された秘密を惜しげもなく晒して、シシトの男にセルミネという女の何たるかを復習させる。
 熱い肉が、その正体だとシシトは思い出した。柔く淫らにうねる、快楽のために整えられたかのような穴がそうだ。それは生殖を終えてもなお、男を次なる生殖に惹きつける、男の記憶に焼き付ける女の武器だ。美貌と極上の肉体へ男が抱く期待に応える、願いが叶うという最高のエンタテイメントだ。
 シシトの固く張り詰めた逸物をほぐそうとするように、セルミネの膣肉は密に吸い付いて強く締まる。それでいながら奥に進もうとする動きを妨げることなしに、掘り進める楽しみを与えて一層シシトの腰を惹きつけた。四方八方から押し付けられる女の肉は即ちにして歓迎であり、セルミネの腰回り全てがシシト待ちわびていたかのようだった。
「っ……はぁ」
 セルミネの金の茂みとシシトの陰毛が触れ合うと、シシトの尖端もまたセルミネの最奥に触れる。そこが物欲しげにヒクついているのを、鈴口まわりの亀頭が敏感に感じ取った。
 下腹部と下腹部が触れ合い、臀部が腰と腿にのしかかって、生殖器は共にあるべき形へと収まる。
 本能が充足する中、シシトは湯の中で後ろに傾いでいた上体を起こして、セルミネの胸へ飛び込むように再び強く抱きしめた。セルミネもまたそれに応えてシシトを抱きしめ返すと、どちらからともなく深く口付けを交わした。
 そこでシシトは、限界に達した。
 返事を待たされていた鬱憤と、この部屋に来てから煮詰められた滾りとが、鈴口から白濁として弾けてセルミネの最奥を汚す。
 べっとりと張り付く未来の生命はしかし、続々と吹き出される後続に押されてその場にとどまることは出来ず、真に生命と為ることを求めて母胎の揺り籠に潜り込むと、その内側に厚く貼り付いて熱意を伝えた。
 シシトの子種は訴える。どうか母親になってくれ。この自分たちの熱が感じられるのなら、その術を解いて卵を与えてくれと。卵を与えてくれるまでは此処に貼り付いて、決して動かないと。
 シシトもまた訴えられる。逸物の中を通り抜けていく子種たちが、種なることをやめて子成ることを求めている。どうにか首尾よく父になってはくれまいかと乞い願う。この極上の女を母として、その父にと。
 それは幻覚だろうか。夢見ていた事の成就はシシトを満たして引かず、夢と現実の認識を曖昧にする。定かな事はただ一つ、自分がセルミネに対して生の中出しを決めている事のみ。他のことは何一つとして、その在処を落ち着けることはできそうにない。
 射精は長く続いた。密着して互いの唇を吸いながら、共に腰をつけて離すことはなかった。十秒を超える頃には逸物もそれが常態であるかのように振る舞い、そこに心臓が生じたかのようですらあった。
 事実、心臓に近くなっては居たのかも知れない。シシトの射精はセルミネの術によって活力へ還元され、セルミネを通じてシシトにも分け与えられる。心臓が血液を巡らせるように、シシトの逸物とセルミネの秘部は二つで一つの中心だった。それは生命力を廻す巨大な脈動なのだ。
 だがそれも、やがては終りが来る。
 セルミネの最奥を埋め立てた精液は行き詰まり、後から押し出される力は失せてなくなった。逸物が萎えることはなかったが、尿道に精液を残しながらも脈動は止まる。
 それでも繋がったまましばし、二人は互いの唇を求めながら其々の肌を愛撫した。吹き出す汗を湯で洗い流しながら、シシトは絹の手触りを思う存分に楽しんだ。金の髪を手櫛で弄び、背筋から尻にかけてのラインをなぞる。見事な丸みを円形に撫で回して、浅く掴んで腰を押し付けさせた。
 セルミネもまた、シシトの求めに応えた。乳房を押し付けて乳頭同士をくすぐり合わせ、腰を引き付けられれば自ずから寄せて快楽を引き出す。シシトの逸物を軸とするグラインドは密着したまま為されて、尿道に残る精液も絞り出さんとするばかりだった。
 やがて新たな動きを見せたのは、セルミネだった。
 グラインドに留めていた腰つきがやがてピストンに移ろい、シシトの逸物を用いて自身の膣の敏感な部分を刺激しているのは明らかだった。
 シシトの反応は早かった。抱きしめていた腕を解き、片腕でセルミネの腰を支え、片腕で浴槽の縁を掴んで自分の姿勢を保つ。両の脚を浴槽の壁面につっぱらせて固定を得ると、巧みに腰を動かしセルミネのリズムをずらした。
「ぅっ、あっ、んんっ、シシトっ、くんっ!」
 自分のリズムではなく、シシトのリズムを押し付けられてセルミネは息苦しそうに喘いだ。そこに宿る艶めかしさが、シシトに動きを止めさせなかった。隠れていた嗜虐心が顔をのぞかせ、シシトを唆していた。
 この女に、自分が今、誰と交わっているのか思い出させてやろう。女を立てるのは男の甲斐性であるかも知れないが、屈服させるのもまた男の甲斐性だ。この女が絶頂に至るため用いるのが自分の逸物なら、その世話をしてやろう。自分の思ったとおりに至らせるのではない、こちらの都合で至らせてやるのだ。
 リズムを早めて、シシトはセルミネの膣内をこすった。その弱いところは既に知っている。きつく吸い付いてくる淫らなところが、かえって屈服の助けになるだろう。
 時に子宮を持ち上げんばかりに深く突いて、腰を引き寄せて子宮口をほじくる。セルミネの口から、たまらず嬌声が零れた。シシトはなおも突き続ける。
「んっ、ふっ、んっ……ぁっ、いっ」
 セルミネの様子を見て、シシトは絶頂の気配を見て取った。
 そろそろかも知れない。彼女と交わったのはあの時の一度きりだが、その一度のうちに何度と無く交わしたのだ。なんとなく前兆はつかめている。
 シシトもまた、次の絶頂が近づいていた。まだ一度出したばかりだったが、次の装填は既に済んでいた。
 セルミネとのセックスで最も素晴らしいことは、もちろんセルミネそのものである。しかしセルミネに連なる女に共通することとして、男の精も事実上の無尽蔵に成ることがあった。
 セルミネに連なる女といっても、シシトが知っているのは想い人とセルミネだけではある。それでも交合に伴い、男女が両方共に獲得する絶倫性は、セルミネの系の他には見たことがなかった。
 精を放ち切る虚脱もまた、男の楽しみの一つと見ることは出来るだろう。それでも、下腹を膨れさすような量と勢いで母胎に放つ喜びは、生殖の本能も相まって殊更に大きい。
 本能におもねって意識までも生殖器に委ねれば、耽溺の歓楽を余すこと無く味わえる。
 シシトはまさにそれを求めて、セルミネの動きを見ながら腰を振り続けた。
 遍歴で自信のついた逸物が、柔肉に隠れた弱点を突き上げくすぐり、止まらずあふれる先走りをこすりつける。一瞬たりとて休む事なく、シシトという男を、シシトの逸物の形を思い出させて、この遺伝情報を求めさせる。
 連続する短い喘ぎと、喉を鳴らす甘い声が、セルミネの乱れた呼吸に混じり始めた。
 今こそスパートだ。
 シシトは勢いつけて、深くペニスを突き刺した。
 弱点に思いきり叩きつけ、そして強く引いた。
「ああっ! あっ! んんっ……! あああっ!」
 セルミネの声は破裂めいた悲鳴となって、それでもシシトは躊躇わず繰り返す。弱点に向けて何度でも、何度でも、執拗なまでに逸物での突撃を繰り返した。
 あとひと押しだ。それを見て取り、シシトはとどめを刺した。セルミネの全身を震わせるような渾身の力で逸物を突きこみ、衝撃も引かぬうちに激しく精を浴びせかける。
「あっ、はっ……! ああっ……! んっ……あぁっ! あっ……!」
 セルミネの全身がわななき、跳ねて、自分の意思では抑えられないのか、切なげに身を捩らせた。乳房が乱れて弾み、快楽の激流から揉まれるように腰が暴れる。漏らす吐息はどこか詰まったように細く、それは絶頂の証だった。
 先程はその入口で行き詰まった子種たちが、次なる奔流を受けて母胎の揺り籠になだれ込む。熱い迸りは留まるところを知らず。奥壁に押し寄せて張り付き、埋めて、卵管に迫り、子宮はついにシシトの精でいっぱいになった。あぶれた精液は逸物と膣肉の隙間から逆流を余儀なくされ、結合部から半固形の粘液として押し出されると同時に、その粘つきのために子宮そのものさえも押し広げるようだった。
 他の感覚を麻痺させる快楽の波は、射精している限り押し寄せる一方である。しばらくは引く様子もなく、シシトの意思のほとんどを独占して、細かなことは考えることすら許さなかった。



5 Edit




 浴室に男と女の息遣いがこだまする。
 肉体を逸脱した精神が徐々に還り来て、シシトは正気を取り戻した。どれほどの時間が経ったのかはわからない。逸物はやはり萎えずあり、精は既に次の分が溜まろうとしている。時を計るあてには出来ないだろう。
 ひとまずは射精の感慨に浸りながら、シシトはセルミネの乳房を弄ぶことに決めた。今日はまだそこに触れていないのだ。そろそろ触れて、手を休めておきたかった。
 腰を掴んでいた手が、セルミネの乳房を持ち上げるように掴む。手にしっとりと馴染んで、しっかりとした張りがありながらも柔らかく、シシトの動きに従って震えながら形を変える。乳頭を弄り、乳輪の円周に沿って指でなぞると、セルミネのヒクつきは強まり、膣は逸物を締め付けた。その締付けからくる刺激がまた、セルミネをわななかせる。
 掴んでいた手をセルミネの腰に戻し、今度は大きく開けた口を近づけて、軽く歯を立てるように乳房へと覆いかぶせた。浅く歯を食い込ませながら舌で乳頭を舐り、噛みつきを緩めて表面に唇をつけると、全体を使って強く吸ってみせる。
 腰のグラインドを合わせ、浅い噛みつきを交えながら吸い続けると、耳に届くセルミネの呼吸は何時の間にか整い、彼女の手が浴槽の縁を離れてシシトの髪を撫でた。不思議な安らぎを感じながらもシシトは長らく吸い続けていたが、やがてゆっくりと離れて、自分が乳房につけた浅い噛み跡を眺めるようになった。
 小耳に挟んだ覚えがある。女は時に、乳房に吸い付く男へ母性を感じるものだと。なら自分は今、母性に絆されて子供に戻っているということなのだろうか。子供を作ろうと必死な男が、子供そのものになる。皮肉な話だと思えた。
 それとも、こう考えるべきだろうか。母性を呼び起こしたということは、子作りの同意へ一歩近づけたのだと。
 些かの飛躍はあるかも知れない。しかし突飛という程の論理ではないように思える。
 どこかほのぼのとした温もりが心のうちに広がる一方で、シシトの逸物は冷徹なまでに熱く、セルミネの膣内で次を待っていた。主権を与えられた生殖本能からすれば、些末な事は関係ないのだろう。腰は緩やかにグラインドを続けている。逸物の尖端でもって子宮口周りを広げんとばかりに、弱点近くをいじめ抜いている。
 まだ熱の残る精液を絡め取り、子宮口の外周をくすぐって、絞り出した愛液と精液を混ぜ合わせる。そこに先走りを滲ませて作り上げた淫らな液を、セルミネの膣に擦り込んでいく。
 たとえ彼女の社会的な帰属がどうあれ、今は肉体的に間違いなく自分のモノなのだ。マーキングの本能が人間という種にも残っていることをシシトは思い出した。頭でなにか考えている時にさえ、生殖器は人の機能に忠実だった。
「んっ……もう少し、こうしててもいいけど」
 思考を絶つ声の割り込み。上から注がれる慈愛の眼差しがシシトの顔を引き上げて、上気したセルミネの顔を望ませる。
「そろそろ、ベッドに移らない? 湯船じゃ集中できないでしょ?」
 確かに、それはそうだ。湯の中では浮力の助けもあって、ベッドでは出来ない体勢も出来る一方、常に溺れる可能性と隣り合わせていて、セックスに集中できるとは言い難い。
 死の危険がつきまとうことにより、性の猛りが増すというのもあるにはあるが、注意するべきことが多いと女体への集中も途切れようというものである。
「そう、ですね。そうしましょうか」
 シシトとしても否やはなかった。終わりにしようというのではなく、もっといい環境で続けようというのだ。拒む材料はない。
「ええ、じゃあ一度抜くわ、ねっ……!」
 セルミネが底に足をつけて、湯船の中で立ち上がる。自然と離れていく膣と逸物は泣き別れの有様を見せ、きつい締め付けはシシトのモノを咥え込んで離さない。吸い付きは強く、口淫で唇が逸物に覆いかぶさるように、秘裂周りの肉が孤独を拒んで逸物を引き止め、吐き出された半固形の精液を重々しくこぼしながら、そのヌメリによってようやく離れるほどだった。
 シシトの眼の前に、セルミネの股間があった。絹の肌を大量の水が流れ落ち、やがて珠となった水滴を残して、金の茂みがそれを絡め取っていた。
 逸物に絡みついて引きずり出された精液が湯船に塊となって漂う中、セルミネの股にぽっかりと空いた穴から後続が流れ落ちていく。シシトの腰を跨いで開かれた白い内腿で、白濁の流れが無念とばかりに溢れて滞り、ところどころ塊になってセルミネの肌を汚した。
 シシトは思わず、セルミネの腰を掴んでいた。
「っ、どうしたの?」
「一度、お腹を空けておきませんか? 廊下を汚すかも知れないし……」
 それは建前だ。
 シシトはただ、自分がセルミネにたっぷり種付けをした結果を見たいのだった。
 女の股から精液がこぼれる光景は、何度見たところで色褪せるものではない。極上の女から自分のものが出てくるなら、数を重ねるごとに誇らしくさえなってくる。
 シシトはそれを欲していた。
「……そうね、じゃあ、手伝ってもらおうかしら」
 セルミネは、背にしていた縁に腰掛けた。
 湯船の幅いっぱいに股を開いて晒し、二本の指で自ら穴を開いてみせると、シシトの逸物で開いたままのそこから白濁の塊がこぼれ落ちようとしていた。
 膝をついて、シシトはセルミネにむけて身を乗り出す。内腿の間に滑り込むと、片手を股に、片手を下腹部に据えて、まず白濁の中に指を突き入れた。
 膣を埋め立てる自身の精液。それを掻き出すのは少しばかりもったいなくも思われたが、どれだけの痕をこの女に刻めたのか、それも気になることではある。
 シシトは指先を鉤状にして、ゆっくりと引き抜いた。
「んんっ……あぁっ……」
 セルミネは甘く鳴いた。
 粘度の高い精液が旺盛に絡みつき、まさにその父なるモノの手で、母となりうるモノの体から掻き出される。膣口を越えて溢れ、会陰を伝い、浴槽の壁面をねっとりと流れ落ちて、へばりついた所に次の流れが追いつき、乗りかかる。三度、四度と、膣内の上下左右を其々指でかきとり、指を伸ばして、ぐるりと絡め取ると、そっと穴の奥底を覗き込んだ。角度が良くないのだろう。そこは闇で、入口付近にまだ精液がこびりついているのを見て取れるばかりだ。
 膣内だけでこれなら、子宮から押し出せばどれほどの量になるのか。
 自分が抱いていた劣情を形にされたようで、シシトは自嘲する。これでもまだ、序の口でしか無いのだと。
 下腹部に置いた手をじっくり押し込んで、子宮を圧迫する。
「んんんっ!」
 セルミネが軽くのけぞり、胸を突き出して、乳房が大きく揺れた。
 粘つき泡立つ重い音を立てて子宮口から白濁が吹き出し、シシトの掃除を無に返す。楽しい光景だった。一度圧力を解いて、それからまた押し込むと、また次の精液が吹き出した。
「んっ! ぐっ! ぁはっ!」
 セルミネの奥深い体温から守られていた精液は、まだ温もりを保っている。セルミネはくぐもった声で鳴いて、酸欠めいた息を漏らした。
 これで全て、ということはないだろう。まだ子宮内に貼り付いているはずだ。だがそれを確かめるすべはない。
 それは、そのままでいいだろう。シシトも元より全部出すつもりはない。子宮に残るものがあるなら、それはそれで上等である。汚した証を見たいのと同時に、痕跡を中に残したままでいるのも、また男の楽しみである。これから暫くの間、自分の精液は彼女の子宮にとどまり続けるのだ。それはたまらない喜びだった。
 指で精を掻き出しながら、シシトはこれからの性活に思いを馳せた。お互いに体の空いている時、自分たちは交合する。そして日常で再び出会う時、彼女は自分の精液を腹に抱えているのだ。
 未来に光明が差したようだった。それまでは暗かったということもないが、人とは現金なものである。性生活の隙間が埋まるのだと考えると、肉体が否応なく充足してしまうものらしい。
「あっ、はっ……終わった……?」
「はい、これ以上はちょっと」
「そう……」
 子宮から溢れさせた精液も処理して、シシトは指を引き抜いた。湯に混じった大量の精液は後で片付ける必要があるだろう。仕上げにセルミネの股周りを掌で拭い、湯で濯ぎ洗い流す。
「ふふっ、じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
 立ち上がり、シシトはセルミネに手を伸ばす。セルミネもシシトの手を取って、湯船を上がった。



6 Edit




 バスローブ姿の二人は、指を絡ませて暗闇の廊下を戻った。
 日はまだ暮れていなかった。
 陽は変わらず曇天を白ませてあり。出窓を叩く雨の滲みは影を織って、部屋を極光の揺らぎで満たしていた。
 影を辿るようにベッドへ縋れば、互いの姿だけが見える。日常に紛れる絶景を認知しなかったわけではない。しかし今、何よりも指先の体温こそが二人の感覚を支配していた。セルミネがベッド際で振り返り、にわかに指の絡みからすり抜けると、シシトは追いかけるようにセルミネをベッドへと押し倒した。
 揺らぐ灰色の影の中、シシトはセルミネの手首を掴んで自由を奪い、体重をかけてのしかかりながらセルミネの唇を貪る。
 そしてまた、バスローブの厚い布地にもどかしさを覚えて、全身をもぞつかせながら女の肌を逸物の先で探し求めると、やがて腰を深く引いてすくい上げるように秘裂へとたどり着かせた。
 そうなればもう、シシトのものだった。
 男の体格。
 男の体重。
 男の筋力。
 男の、象徴。
 その全てを使って、シシトはセルミネを組み敷き支配した。
 穴に潜り込むのは容易かった。先に思い出させたシシトの形を、セルミネの媚肉は覚えていた。
「んん……んむむ、んむ……」
 口づけたまま、セルミネは喉を鳴らす。
 ピッタリとハマる穴はシシトの肉棒に密着し、媚肉は柔く隙間なく包み込んで、ズブズブと掴むようでさえあった。
 そうして男の象徴を深く、女の象徴の最奥まで突き刺し、それを錨としてお互いをつなぎとめ、力のみならず結合によって逃げ道を断った瞬間。確立された優位性にシシトの男性性はそれだけで絶頂せんばかりだった。
 唇から唇を引き上げ、シシトはセルミネと見つめ合う。
 セルミネの唇からこぼれる透明の液は、一体どちらの唾液だろう。
 シシトはセルミネの首筋へ吸い付いた。キスをし、舌で触れ、ヴァンパイアのように首と胴の境へ歯を立てる。我が眷属となったなら、お前には我が子を産む栄誉を与えようと、そういわんばかりに痕を残した。
 ふと、ベッドと彼女の間に満たされた、彼女の匂いにシシトは気がついた。ともすれば、自分はこの匂いに誘われた一匹の蚊であるのかもしれない。
 尊大さを捨てて、シシトは匂いを追いかける。のしかかる自身へ更に力をかけ、セルミネを押しつぶさんばかりに項とベッドの隙間へ潜り込まんとした。
「んぐっ、ぁっ、はっ、ぅぐっ……!」
 セルミネは苦しげに呻く。
 シシトの胸板に乳房ごと胸郭を押さえつけられ、息が細くなっていた。
 シシトは止まらなかった。金の髪に鼻を埋めて、首筋に口づけを繰り返した。強く吸って痕を残し、向こう見ずにセルミネの肩周りを攻めて回った。
「ぁうっ、んっ、くっ、はぅっ」
 セルミネの体が跳ね始め、押さえつけた腕がもがき出す。それをなお強く押さえつけて、腰を振ることでシシトは黙らせた。
 だがそれが却って、上体の力を緩めた。逸物に伝わる快楽はシシトを腰回りの歓びへと誘い、そちらに意識を誘導してより強く深いピストンを求めさせる。結果として腰が浮き上がり、セルミネを押さえつけていた上体の浮上を招いた。
 セルミネが深く息を吸う。耳でそれを捉えると、吸気が止まる所を狙ってシシトは腰を叩きつけた。かはっ、とセルミネは呼吸のリズムを崩して、にわかに体をのけぞらせる。シシトは逸物の長さをフルに使って追い討ちをかけ、自らの下でセルミネを悶えさせた。
 快楽が脳髄に染み渡り、理性を根本から蝕むのが心地よかった。シシトもそれが危ういことであるとはわかっている。それでもなお、自力で止めることはできそうにない。止められるとすれば、欲望を放って一時の鎮まり見せた時だけだった。
 あえて欲望に任せて、シシトは腰を振り続けた。強すぎるほどにセルミネの腕を抑え、彼女の白い首筋を自分の唾液にまみれさせながら、彼女の穴に鈍い水音を奏でさせ続けた。
 それが抵抗であったのか、あるいは同調してきたのか、シシトにはわからなかったが、セルミネの脚がシシトの腰に巻き付いて引き寄せる。
 シシトはそれを振り払うこと無く、流れに任せてストロークを短くし、スパンを早めた。浅いピストンでもってセルミネの膣肉を耕し、子宮口を小突いて、胎内で精愛の混合液を練りに練り。時に強く押し付けて、子宮の中へとねじ込んだ。
 いよいよもって、射精欲が高まる。
 シシトは再びセルミネの唇を貪ると、彼女の舌をしゃぶりながら逸物で彼女の体を持ち上げんばかりに突き上げた。
 そして、射精した。
 怒涛となった白濁が尿道を噴き上がり、彼女の中へ撃ち込まれていく。狭い膣の中で対流する精液が鈴口周りをくすぐり、カリの返しの裏にまで入り込むのがわかった。
 一方でまた、密着した子宮口から奥壁を打ち、セルミネの胎底を響かせた精液はそのまま子宮内に溜まって錘となり、母胎の悶えに合わせてぷるぷると震える。
 射精しながら、シシトはセルミネを拘束から解いた。体を起こしてみてもセルミネに動きはない。ただ呼吸に胸が浮き沈みし、つんとした乳房が左右の違う所を指している。
 西の果てから滲み来る闇に彼女の白い肌が映えて、二つの乳房は月のようですらあった。金色の髪は日の名残りで輝き、雲の向こうにあるはずの夕映えにも似ていた。
 シシトは消えている照明をちらりと見て、すぐに目をそらした。
 真の夕映えは天の端にあって、紅みを望めはしても部屋の中は蒼かった。
 そろそろ手探りが目よりも当てになる頃合いではある。けれどもシシトは、この蒼を気に入った。
 腰に巻き付くセルミネの脚が解かれて、シシトも体を離す。
 射精は止まりかけていたが、残る精液を彼女の腹と陰毛に吐きつけて汚し。萎えず硬いままのモノを内腿へ押し当てると、そこで表面を覆う残滓を拭った。
 それから少しの間、シシトは蒼に染まるセルミネを眺めた。
 自分の精液にまみれて、大股を広げながら横たわる女の姿は美しかった。
 たった今までその肌さえも全身で楽しんでいたのに、獣欲に浮かされてなお今は、触れがたいもののように思える。
「少しは、収まった?」
 荒く息をしていたセルミネが、シシトを見ていた。とろけた微笑みだった。
 苦しみに混じる快楽の中、ままならぬ息に意識も濁らんばかりだったはずである。入浴を終えたばかりというのもあるだろうが、全身に汗が浮いていた。それがただ熱に因るものか、あるいは苦しみもあっての冷や汗や脂汗であるのか、闇の中ではわからない。ただ一つ、汗の光沢を得てテカるセルミネの体は情欲をそそった。それは確かだった。
 セルミネの言葉に、シシトは省みる。閉ざされた空間が、自分のタガを外してしまったのだろうか。ひと時ばかりだったが、独りよがりなセックスだった。だからこそ、気持ちよかった。それで自分は満足を得られただろうか。
「いいえ、まだ」
 シシトは首を振って答えた。
「そう、なら、満足するまで付き合わなくちゃね。ずっと焦らして、ここに招いたのは私だもの。責任は取るわ。私のカラダ……好きに使って頂戴」
 雨音が遠くなった。依然、止んではいない。雨降りはただそれだけで、なんとなく体が冷えた気がする。これもそうなのか? 全身から血の気が引いたようだった。血は何処へ行ったのだろう。逸物は今にもはちきれそうになっていた。
 恐らく、脳こそが性的興奮時に最も血液を供出するのだ。あるいは逆に、過多な血液を尽く性的興奮の脳部位に注ぐのだろうか。それとも、その両方なのか。
 逸物が巌の体を為した時、男の意思も等しく巌の体を為す。
 まさに巌の威風をまとわせて、シシトはセルミネの脚を掴んだ。大股開きのままに腰ごと持ち上げ、セルミネの体を二つ折りにしながらその股へ乗り上がる。屈曲位である。
 高く掲げられたセルミネの穴で精液は逆流し、重力に従って深い所に溜まった。子宮の中で震える一塊の白濁は内壁を滑り落ち、底の方で広がって卵管にまで滑り込んでいく。
 狙いを定めるといったことを、もはや意識はしない。収まるべきものが、収まるべきところへ収まる。そのような認識で、シシトは再びセルミネの秘所へ逸物を押し込んだ。
 そう、これでいい。収まるべきものが、収まるべきところへ収まった。この穴は自分用の穴であり、この女は自分用の女だ。この胎は自分用の胎であり、やがて自分の子を宿して産む。
 掴んだままのセルミネの脚を手がかりに、シシトはじっとセルミネの顔を見ながら腰を跳ねさせる。
 鏡で見た自分の顔と、今まさに覗き込む彼女の顔。一突きごとに快楽で顔を蕩けさせる、この美貌。二つの顔を組み合わせたら、どのような顔が出来るだろう。
 目はしっかりとセルミネを捉え、像を認識しながらも、シシトは想像の中で交合から出産までのプロセスを追いかける。
 今、自分とセルミネは交わっている。創命の儀式だ。セルミネがそうと認めない限り、セルミネが孕むことはない。だから、認めたことにしておく。
 激しい射精をもって、シシトはセルミネに精液を送り込む。精子は母胎の内を泳ぎ回り、やがて卵子を見つけて群がると、今、受精した。受精卵は平穏無事に着床し、セルミネの腹は少しずつ大きくなって、今は淫らな表情を浮かべる顔に慈母の笑みを浮かべながら、快楽の相互承認によって膨れたその腹を撫でるのだ。
 やがて、出産の時が来る。シシトはセルミネの手を握っている。セルミネは苦しみながらも二人の間に出来た子を生み出そうともがき、ついには赤子の頭が見える。セルミネがひときわ大きな声を上げると赤子は産道から滑り出し、へその緒で繋がった小さな体で高らかに産声をあげた。
 白紫の髪と青い目を持つ、二人の遺伝子の混成体だ。
 そこでシシトは現実に戻ってきた。セルミネの脚を持ち、赤子が出てくるはずの穴を、自身の竿でかき回していた。
 そうだ、自分は孕ませる。
 そう思った次の瞬間、意識は再び白昼夢の裡に入った。交合から出産までのプロセスを、シシトの意識は繰り返す。そのうちに異なるビジョンが入り込み、セルミネが腹を膨れさせながらも、赤子に乳をやっていた。年子が出来たのだ。
 そしてまた意識は還り来る。
 気がつけば、射精していた。
 逸物が白濁をセルミネの子宮に吐きおろし、注ぎ込み、腰は止まること無く浅く深く万遍なく擦り込んで、シシト自身は再び白昼夢に入る。
 幾度か浮き沈みを繰り返した所で、シシトは息を荒げて汗だくになった自分に気がついた。全身が熱く、こと顔に至っては、額の辺りで血管の脈動さえも感じられる。
 唾を啜り、呻きながら、シシトは深く息を吸った。熱くなりすぎているのはわかっている。けれども体が止まる気配を見せない。意識もまた、止まろうとは思っていない。セルミネと交わっている限り、体力と精力は無尽蔵だ。あらん限りの活力を精力に換えて、注ぎ込まないでは居られなくなっている。
 それでもなお、シシトは深く逸物を打ち込んで射精した。動きを止めて、じっくりとセルミネに注ぎ込む。
 このまま、一匹の野獣と化していても構いはしなかった。
 シシトがシシトを止める事ができたのは、セルミネともっと別の絡み方もしたかったから。その思いが全てだった。
 高く持ち上がった結合部から、精液が四方へと溢れていく。
 セルミネの尻に、セルミネの尻の谷間に、尻の穴を覆って、背中へと流れ。
 陰毛に被さり、陰毛の間を抜け、下腹を過ぎ行き、乳房の下縁から腋窩へと流れた。
 シシトはゆっくりとセルミネの脚を下ろし、横たえると、自ずと抜けた逸物から精液をその肢体へ吹きかける。呼吸に上下する腹と、蕩けた顔に白い飛沫を浴びせて、シシトも覆いかぶさり、セルミネの胸の谷間に顔を埋めた。
 しっとりと汗の浮く中へ頭を預けて、シシトは息を整える。
 セルミネの早い拍動が、深い呼吸が、肌と耳から感じられた。
「今度は……どうかしら?」
 セルミネの指が、シシトの髪を分けた。母が子にするように撫でて、もう片方の手が恋人を寄せるようにシシトの背を這う。
 乳房の間に顔を埋めたまま、シシトは首を横に振った。
「ふふっ、そうでしょうね」
 シシトは言葉を返さず。ただ唇でセルミネの乳房をくすぐり、舌で汗を舐った。
「明日は休みよ、お互いに。だから、ゆっくりやりましょ……ね?」


Last-modified: 2019-06-26 Wed 15:03:33 JST (1737d)