サヤ>名簿/314486
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”彼”>&fpage;
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- 告白
- ボクと同行している間。彼はよく笑った。
ただしそれは心から喜ぶ笑みではなく……そうするしかないから、そうしている。そんな笑顔ばかりで。
きっと我知らず”彼”に惹かれていたボクは、それを見るのが辛かったんだと思う。
- 回想 港町にて
- 小さな港町を恐怖に陥れていた魚人の群れは、今や物言わぬ屍としてその間抜けな顔を寒空の下晒している。辺りに立ち込める魚臭い血臭の中、バンダナの少女は傍らの青年の様子を伺う
細身の長身に纏う白の陣羽織は一滴の返り血を浴びること無く、風に靡いている
流した赤毛の下の琥珀色の瞳は、感慨無く魚人の屍を見下ろしていた。その表情は、かつてあの街の酒場で見たものとはあまりに違う
違うのは表情だけではない。常に左腕に着けていた手甲の姿は無い
……そして、それに宿っていたという相棒の姿も。
- 「……、……。」
バンダナの少女は、何かを口にしようとして、再び口を噤む。
あまりにも鮮やかな手並みだった。魔剣を使うまでもない。自分は討ち漏らしに止めを刺すだけで良かった。
……それ程までに鬼気迫る、そして美しい戦い様であった。
両手の短刀と、時に魚人から奪う銛で以て、群れの中心に躍り出て、殺す。
作業めいて行われる一方的な殺し。
- 「助かったよ。僕一人じゃ、少し面倒な仕事だった」 -- ”彼”
- 唐突に、青年が口を開いた。
どこか空虚な笑顔で、青年はバンダナの少女に感謝の言葉を告げる。
「……そ、そう、かな。ボクが居なくても、キミ一人でも……」
思わず、躊躇うようにそう応えて。
互いに間合いを測るように曖昧な笑みを向けて、白い息を吐いた。
結局、仕事が終わった事を依頼者の漁業組合に報告し、酒場で暖を取ろうという段になるまで、二人は一言も喋らなかった。
- あまりにも印象が違うな、と思った。
少なくともボクが遠目に見ていた彼からは考えられない程、空虚な雰囲気を纏っていたのだ。
彼に、何があったのか。
何故かボクは、それが気になった。
- こんな稼業なら、他人に言うのが憚られる事情の一つや二つ誰でも抱えている。
明け透けに聞く事も出来たけれど、何故だかボクはそうしなかった。
だからボクは、酒場で弱い酒をちみちみと傾ける彼に向かって、こう言ったのだ。
- 「……ねぇ、もし良ければだけどさ。
暫く、ボクと組んでみない?」 -- サヤ
- 彼は、興味が無い風に聞き流そうとしたのかも知れない。
けれど、ちらりと動かした視線がボクのそれと正面から合って。
逸らした視線の先で、何を考えたのかは、ボクには分からないけれど。
- 「……良いんじゃないかな。」 -- ”彼”
- そう、ボクに返したのだった。
- 告白
- ボクが厳密に人間とは呼べなくなってから、もうどの位の時が経ったのだろう。
魔剣と共に在るこの生は、ともすれば時間の感覚すら曖昧にさせる。長い眠りと途切れ途切れの人生。
出会いと別れは何度も何度も繰り返されて、それがいつだったのかを思い出すのも少し大変だ。
- 別にこの生き方を後悔している訳じゃない。
ボクに魔剣の扱い方を教えてくれた師匠にも、何度も命を救ってくれた魔剣そのものにも感謝はしている。
けれど、ボクが普通の人間とは別の時間を生きているのは確かで……それを共有出来る人も、そう多くはない。
そんな長い生の中。
ボクは一度だけ、人を愛した。
これは、その告白。
- ”彼”と出会ったのはいつだっただろうか。
弟子のアキが冒険で死んだ、その暫く後だったように思う。彼はこの街で冒険者をしていて、いつも馬鹿な事をしては、相棒に殴り倒されていた。
ボクはその時直接彼と知り合いだった訳じゃなかった。騒がしいそのやり取りを、酒場でよく目にしていたってだけ
- 言葉を交わした記憶はない。だけど、その相棒との微笑ましい姿は覚えていた。
暫くして。ボクはこの街を後にして、また気ままな旅暮らしに戻った。
不老の呪いを受けていたアキ。長い人生を共有出来るかも知れない彼が死んで、少しばかり感傷的になっていたのだと思う。
それから、色んな場所を、長い時間をかけて回った。
- 繰り返すが、ボクは時間の感覚が非常に曖昧だ。だからその時街を離れてからどれぐらいの時間が経ったのか正確には分からない。
”彼”と再び出会ったのは、北界圏の寒い港町だった。
夜な夜な港に出現する怪物を討伐して欲しい、と言う依頼を聞いたボクは、そこでばったり、遠目に見るだけだった彼と同じ依頼を受けることになったのだった。
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