:草宮司家
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名簿/475273
お名前:
……浮浪? いや、君の生き方は君自身が決める事だけどプータローはどうかな……せめてヒモくらいにはなれると思うんだけど
(謎の家族会議。珍しくニーナも同席した細やかな酒宴の席で持ち上がったのは、夏九が歳を取らぬという事実についての話題だった)
(酒の入った和やかな雰囲気の今こそ、と切り出したはいいものの、父・重治の脳内文字変換は明らかに失敗している。いきなり幸先の悪い展開だ) --
重治
?
(重治を小突いて、割って入るおふくろ様。さすがに貫禄たっぷりで) ヒモもダメ、この街で定職につけとは言わないけどせめて冒険者はちゃんと続けなさいよ!
アタシはねえ、身を持ち崩してダメになってった大人を嫌というほど見てきたわ。もううんざりするくらいにね、だからこそ息子のあんたにはちゃんとした……まあ本当は冒険者以外の道を勧めたかったんだけど……ともかく。
ちゃんとした生業を持ってほしいの。オーケー? 答えは聞かないわよ、聞いたとしてもイエスオアはいだけ。いい? --
アリーチェ
?
(そっちの「ふろう」ではなく、歳をとらない方の不老であることを伝える。つまるところニーナと同じ身の上になったという、若干重たい事実を)
(ニーナは相変わらずの調子で、実家でのんびりと飲む酒を楽しみながら話に耳を傾けている。普段やかましい彼女がそんな風に人の言葉を聞くことは、珍しい事と言えた)
ふむ……(夏九の言葉を聞いても驚く様子は見せず、腕を組んで沈思する)
正直なところ、多少は驚くけどショックは受けないかな……この街じゃそういうたちの人間は珍しくない。
その上うちには(ニーナを見て) 前例がいるからね……君がどういう選択を以てそういう状態になったかは知らないけど、僕はありのままにそれを受け入れるよ。
……アリーチェとニーナはどうかな? --
重治
?
(手にしたジョッキを一気に呷ってから、一言) 好きになさい。あたしは息子の選択を信じる。
というかもう成年してるんだから、そんなこといちいち報告しなくていーわよ。そりゃ家族でどうにか出来ることなら相談にも乗るけどね。
あんたが好き好んで選んだ道、その果てにそのなに……不老? になったんだったらむしろ恩の字じゃないの。姉弟そろって事前確認もなしにそれなんだからあたしはお手上げよ?
(ポーンと両手両足を放り出す。まるで拗ねた子供のようだが、その言にも一理ある。せめて事前に一言あれば、まだ引き留めようもあったろう) --
アリーチェ
?
おねーちゃんもママと同じでーす。もう済んだことだし、これからどうしていくかだけでいいんじゃなーい?
ながーい人生がさらに長くなったとしても、その長くなった部分をどう使うかは結局夏九君自身で決める事だもん。先輩として言える事は、時間は大事に使いなさい。くらいかなー。 --
ニーナ
?
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……浮浪? いや、君の生き方は君自身が決める事だけどプータローはどうかな……せめてヒモくらいにはなれると思うんだけど
(謎の家族会議。珍しくニーナも同席した細やかな酒宴の席で持ち上がったのは、夏九が歳を取らぬという事実についての話題だった)
(酒の入った和やかな雰囲気の今こそ、と切り出したはいいものの、父・重治の脳内文字変換は明らかに失敗している。いきなり幸先の悪い展開だ) --
重治
?
(重治を小突いて、割って入るおふくろ様。さすがに貫禄たっぷりで) ヒモもダメ、この街で定職につけとは言わないけどせめて冒険者はちゃんと続けなさいよ!
アタシはねえ、身を持ち崩してダメになってった大人を嫌というほど見てきたわ。もううんざりするくらいにね、だからこそ息子のあんたにはちゃんとした……まあ本当は冒険者以外の道を勧めたかったんだけど……ともかく。
ちゃんとした生業を持ってほしいの。オーケー? 答えは聞かないわよ、聞いたとしてもイエスオアはいだけ。いい? --
アリーチェ
?
(そっちの「ふろう」ではなく、歳をとらない方の不老であることを伝える。つまるところニーナと同じ身の上になったという、若干重たい事実を)
(ニーナは相変わらずの調子で、実家でのんびりと飲む酒を楽しみながら話に耳を傾けている。普段やかましい彼女がそんな風に人の言葉を聞くことは、珍しい事と言えた)
ふむ……(夏九の言葉を聞いても驚く様子は見せず、腕を組んで沈思する)
正直なところ、多少は驚くけどショックは受けないかな……この街じゃそういうたちの人間は珍しくない。
その上うちには(ニーナを見て) 前例がいるからね……君がどういう選択を以てそういう状態になったかは知らないけど、僕はありのままにそれを受け入れるよ。
……アリーチェとニーナはどうかな? --
重治
?
(手にしたジョッキを一気に呷ってから、一言) 好きになさい。あたしは息子の選択を信じる。
というかもう成年してるんだから、そんなこといちいち報告しなくていーわよ。そりゃ家族でどうにか出来ることなら相談にも乗るけどね。
あんたが好き好んで選んだ道、その果てにそのなに……不老? になったんだったらむしろ恩の字じゃないの。姉弟そろって事前確認もなしにそれなんだからあたしはお手上げよ?
(ポーンと両手両足を放り出す。まるで拗ねた子供のようだが、その言にも一理ある。せめて事前に一言あれば、まだ引き留めようもあったろう) --
アリーチェ
?
おねーちゃんもママと同じでーす。もう済んだことだし、これからどうしていくかだけでいいんじゃなーい?
ながーい人生がさらに長くなったとしても、その長くなった部分をどう使うかは結局夏九君自身で決める事だもん。先輩として言える事は、時間は大事に使いなさい。くらいかなー。 --
ニーナ
?
いよいよ君も、顔つきが男らしくなってきたね? 男子三日会わざれば刮目して見よとは言うけど、僕が一か月離れている間に随分と色々な経験をしたようで何よりだね。
冒険者としては……(成績表を手に、ふむと顎を撫でる) 良くも悪くも平凡、といったところかな……ああいや、けなしてるんじゃないよ? 君の仕事の厳しさを考えればその頑張りはよくわかるからね。
(柔和な笑顔を讃えた重治の隣には、珍しくアリーチェが同席している。こちらは夏九をじっと見据えたままだ) --
重治
?
……さて(話を改めて、といったように深くソファへ腰かけ) 君はもう二十一歳……社会的にも立派な大人だ。
だからこそ、僕は草宮司家の当主としてある程度の事を伝えておく義務がある。 --
重治
?
アタシの知ってることと大差ないけど、それでも随分と変わるんじゃないかしら?(にぃっと笑う特徴的な笑みは、夏九のそれとそっくりで)
とにかく、よく聞いて自分なりの処し方を考えるといいわ。 --
アリーチェ
?
(アリーチェの言を受けて、目を細めつつ) 草宮司の血に関するあらましは以前話した通りなんだけど、今からするのはその補足だよ。――具体的に言えば、ましろなるてつの力の発現についてだね。
「鉄が鍛たれてこそ輝きを得るように、人の魂は研鑽を積むことで尊い力をその光の中に宿すもの」……九図川に伝わる古文書の一巻に、そういう文言がある。
うん、これは文面通りに受け取ってもらって構わないかな。サクっと言えば、こないだ言った通り「冒険者として危険に身を晒す」事がまず前提条件になるってこと。 --
重治
?
夏九君が冒険者を続ければ続けるほど、力の秘奥への道行きが縮んでいくことになる。自身の器を大きくすることで、力自体の受け皿を整えるのが目的とでも言えばいいかな?
とても重要な事だよ。自分以外に拠る力を身に宿すというのは、つまり自分の中にまるで違う世界を持つという事だからね。
それを自覚して自在に操るとなれば、より一層の努力が求められる。これからも安易に満足せず、妥協せず、いつまで経っても半人前の気持ちで挑み続けるんだよ。
もちろん人の評価も判断の材料にしてもいいだろうね、第三者による客観視は時に思いもよらぬビジョンを主観に与えてくれる。人の教えを乞い乞いうまくやるのが上策、と言ったところかな?
……いやあ、ははは。なんだか説教のようになってしまったけど、これは伝承にあることをそのまま伝えただけだから勘違いしないでね。 --
重治
?
そこで第三者に限りなく近い肉親のアタシから一言。子供のころから冒険者をたーっぷり見てきたアタシの記憶では、重治の言うような試練を乗り越えて力を得る……ってタイプの奴が少ないのがこの街なの。
ゴロツキか天才か。大体そのどっちかだけで、両極端。そして、その両方が平等に死亡報告を受けるのをアタシは耳にタコができるほど聞いてきたの。
結局のところ、生きるか死ぬかはアンタ自身に託されてるわ。冒険者っていう道を選んだ以上、その選択に責任を持って生きる義務を果たし、そして生きられる権利を使いなさい。
振るった剣……ああ、夏九は魔術師目指してるんだったわね? じゃあ振るった魔力の先に、自分なりの「命の答え」を見出せるよう……もがいて、もがいて、もがきぬきなさい。それが一つ目のアドバイスよ。 --
アリーチェ
?
ほらね? 違う視点からの意見は時に火を燃え上がらせる薪になる。まあ、逆もまた然りなんだけど……それはおいといて。
二つ目の話をしよう。これも伝承にあるくだりからの引用でね。
「慈しみ、愛すること。極端な善や悪によらぬ無心の慈悲こそ、ましろなるてつの心金となり、刃となり、鎬となり、峰となる。それこそ真の真髄」
これも前に話した事そのままだ。誰かを好きでいたり、誰かを大切に思うその心が、力を操り行使するためのトリガーになるといったところかな。
下心抜きでの善意なんて、この世界には存在しないのかもしれない。その存在の可能性すら疑わしいものを……暉久は、神髄と位置付けた。
それが何故っていうと……ああ、これは暉久神社の由縁に関わる話になるから別の機会にしようかな(冷めてしまっているお茶で口を湿して)
人を好きになり愛するっていうのは、何も恋愛だけに限った事じゃない。家族愛、友人愛、仲間内の絆……もっと言えば、誰かを労わる一瞬の心遣いだって愛だと言えるだろう。
ただ、それを無心に、下心なしで行うというのは存外難しい。人間、多かれ少なかれ自分に得があるように動く性質があるんだから。 --
重治
?
だけど、引き金を引くためにはそれが必要だと、力を作った張本人たる暉久が言ったのだから僕たちはそれに従うしかない。
少なくともその力を使いたいと願うのなら、まずはその軌道に乗らなきゃ始まらないよね? 夏九君は下心丸出しで生きてたから内心無理じゃないかなーって思ってたんだけど、あっ貶そうとかそういうのじゃなくてね。
でも、最近の君はそういうのがどっかに行って真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐだ。当たれば誰かを傷つけずにはいられないほど、ド直球。養成校は、冒険者という仕事は、君にどんな魔法をかけたんだろうねえ……。 --
重治
?
重治、何か若干オッサンくさいんだけど……? まだまだ若いんだからしゃきっとする!
人とのコミュニケーションって本当大事よ。アタシなんかほら、生まれてこの方酒場の花形でしょ? あっちょっと鼻で笑うな夏九、こう見えてめっちゃもてるんだからねえアタシャ。
コミュニケーションで大事なのは、相手を気づかうこと。相手をおもんばかること。アタシは基本的にその原則を守ってれば、重治の言う下心抜きの善意の境地にたどり着けるんじゃないかと思うのね。
すぐにそこへ至れ、とか常にその視野に立ち続けろ、なんて無茶は言わない。夏九は夏九のできる範囲の事を精一杯やりなさい。
きっといつかは、それが初めての羽ばたきにつながるはずだから、ね? --
アリーチェ
?
はっはっは、失敬失敬。とまあ、ここまでは序って感じかな……これを託すにあたって、最低限は理解しておいてほしくてね。そのために回りくどい説明をしたんだ。(和服の袂から取り出したのは、古い表装の巻物)
これは九図川の二代目が記した古文書で、真白金縁起と称される曰くつきの一品なんだ。
ほら、銘のところにもそう書いてあるでしょ。これは元々九図川の中だけで受け継がれていたものなんだけど……僕の代に、当代のお婆様から譲り受けてね。そんな貴重な物を、なぜかって?
ごらん(広げて見せる、中身は巻物の全長に比べて極端に少ない) 夏九君にはどこまで見えているかな? 10行くらい……そうか。
(夏九の言葉を受けて、重治の表情は少し引き締まった。それは落胆や期待外れ、といった類の色はない) --
重治
?
それじゃあ、僕が視得ている部分まで……君への餞代わりに。(そして呟くのは、呪言。体系化された言語ではなく、身体の内に秘められた力を引き起こすためのノイズじみた音の断片である)
(草宮司の血統の中でも書を繙き険しきを冒した者だけが本能的に理解できる「おと」。数年にもわたって苦難を乗り越えてきた夏九にも、それは感覚的に理解できた。)
(だがそれは、あくまでも理解できるだけ――彼が力を発現するには、進んでその「おと」の深奥を覗く必要があった)
(夏九の脳を不可思議な力が一杯に満たすその瞬間――重治の身に顕現するのは、まるで銀のようにまばゆく、ガラスのように透明な鉄の尾) 鍛冶の神は昔から独眼隻脚と決まっている。
暉久にとってもそれが第一のイメージとして合ったんだろうね……だからこそまず、この力を持つ者に蹈鞴を踏む大きな一本足を授けた。力強く地を蹴り駆けて、愛する者を守れと。 --
重治
?
僕はこれを見出すのに四半世紀もかかってしまった。そして、顕現させた状態を維持するのもようようままならない……。
(尾――いや、「足」はまるで霧散するように消えて失せた。鉄の輝きを帯びていても、それは体の中にある力を可視化させたに過ぎず、その実体を維持するには集中力が必要であった)
ね? 僕は最初のみくだりを読むのが精一杯でね。ここまでだった。でも君は違う、真っ直ぐに生きて真っ直ぐに冒険者として目の前の障害に立ち向かい続けている。
僕は君が、真の「ましろなるてつ」に至れると信じているよ。親ばかかもしれないけど、君の心根の優しさは僕らがいちばんよくわかってるつもりだしね。 --
重治
?
夏九は夏九らしく、時には屈託してもいいからとにかく歩きなさい。女の子に懸想してもいいし、バカやって徹夜したってかまやしない。
でも、本当になりたいもの、本当にやりたい事だけは見失っちゃダメ。この街で薄らぼんやり生きるのは……きっと退屈だから、周りが刺激的に見える分尚更。
常に向上心を持って、気合入れてゴー! よ。オーケー?(楽しげに揺れる瞳、親の慈愛に溢れた視線が夏九を捉える。さかしまに映りこむ夏九の顔は凛として)
重治、とりあえず細かいことは後回しにしてお酒でも飲まない? アタシ家族でお酒飲むのって結構好きなのよね〜。 --
アリーチェ
?
歌の文句ではないが、人には人の世界がある。それはパーソナリティやアイデンティティという言葉に置き換えられて常々語られることだ。
そして、その世界にはその世界に応じた価値観が存在する。――オレはそれを侵す事こそ、彼女のためと考えて、そして行動していた。 --
夏九
独りよがり、と言われてしまえばそれまでだろう。現実に、ユキヤのオレに対する反応は拒絶そのものだった。
力を見せつけ、自分とお前とは別の生き物だと断言して去ったのだ。――和解の糸口や反論の余地すらも与えずに。 --
夏九
それはある意味で衝撃的だった。今までオレは、他人にこれほどに拒絶された経験がなかったから。
それはとりもなおさず、ただ手を差し伸べていれば、いずれは相手がつかみ返してくれるのが当然とたかをくくっていた証左とも言える。 --
夏九
余りにも傲慢な思考。自分には及びもつかない世界の事を、知った気になって鳥瞰していた自分の浅ましさが、ひどく下劣なものに思えた。
今まで出会ってきた相手、今まで助けた相手、そして救ったと思い込んでいた相手――彼らはオレの押しつけがましい厚意を、どう思っていたのだろうか? --
夏九
普段使わない頭が悲鳴を挙げる。無理もない、真正面からぶつかることしか能のない人間が搦め手を考えるなど、どだい無理のある話なのだから。
こうして文字にして書き出せば、幾分考えがまとまるかと思ったが…なかなかうまくいかないものだ。 --
夏九
ともかく、オレがユキヤを救いたいと願ってそれを拒まれたのは事実だ。同時に、彼女が義務感の赴くままに暗い方へ、暗い方へ、突き進んでいることも。
…いや、彼女にとって人を癒すという行為は、闇の中で一抹の光に向かって突き進んでいるだけの事なのかもしれない。
望むままに生きること、希望を掴もうとするその行為。それが彼女の幸せだというのなら、第三者がどうして止められるだろうか。 --
夏九
ましてや、その行為こそが彼女の生きる意味なのだとしたら?
――「石」の一時的な封印と弱体化。彼女は自らが招いた災厄によって奪われた魂を、人を癒す術として還元することで贖罪をしている。
その行為は、確実にユキヤの生命力を蝕み、最大の術式を発動すれば彼女の命すら消えてしまうという。
オレは、身を削るという部分だけを聞いて、彼女にそれを止めるように強く言ってしまった。
彼女を彼女足らしめる部分を知らずに、踏みにじってしまっていたことになる。 --
夏九
胸が痛んだ。アマンハと入れ替わりにやってきた時は、正直ただの可愛い子、としてしか見てなかったし、
その出自を知ってすぐは、「何故アマンハの代わりにこいつが来たのか?」 …そんな風に斜に構えておざなりな対応をしたりもした。
我ながら最低の思考だし、最低な行動をとったと思う。非紳士的とでも言えばいいのか…でも、実際には彼女のせいでアマンハとの繋がりが立たれたわけじゃない。
むしろ、逆の方向に事態を動かしてくれる機械仕掛けの神様のような存在だった。 --
夏九
贔屓目抜きでも、彼女は大きな存在だろう。ユキヤの豹変に少なからず驚かされた人間は多い。
深いつながりのあった茶道部のメンバーは、みんな往々にして何らかのリアクションを取っているというほどに。
それだけじゃない。ユキヤと面識のある大半の人間が、彼女が寮を引き払ったことを訝しがっている。当然だ。彼女はいつだって微笑みながら、皆の横に寄り添ってきたのだから。
そんな彼女に何かあれば、皆が心配するのも無理からぬことと言える。 --
夏九
遅かれ早かれ、こういう事態になっていたのかもしれない。だがせめて、卒業するまでは…そう思うと、悔やんでも悔やみきれなかった。
それでも、オレは前に進まなければいけないのだろう。一度転がした賽を振りなおす事はできない。
仮にそれが偽善と言われようが、彼女にとっての幸福がなんであろうが、関係はない。
皆と一緒にいた時の彼女の笑顔を、その全てを、嘘と諂いで塗り固めた幻想だなんて思いたくないから。
彼女の癒しが、ただの義務感と罪悪感の下に捧げられた自己犠牲の手段だとは思いたくないから。 --
夏九
…だからこそ、みんなの力が必要になる。
ユキヤがその在り方を、少しでも和らげてくれるように働きかける力が。
オレは、その礎になれるならそれでいい。彼女自身も含めて、誰かが彼女を救うその礎になれれば。
記・草宮司夏九 --
夏九
夏九君も成人してずいぶん経つし、そろそろ話をしておこうかなと思うんだよね。
ああ、アリーチェは席を外しておいてくれると嬉しいかな? うん、お願い。 --
重治
?
はは、そう肩肘張らずとも夏九君は聞いているだけでいいんだよ。これからするのはちょっとした古物語。
そして僕たち草宮司の家に与えられた、本当に小さな「可能性」のおはなしさ。 --
重治
?
僕たちが守護を務める暉久様は、元々刀鍛冶だったということは言わずもがな知っていると思う。
そして、彼にはたくさんの弟子がいた。彼はその腕の良さもさる事ながら、人としての魅力にも溢れた大人物だったというからね。 --
重治
?
そんな彼の弟子の中でも、特に目を掛けられていた五人を称して、人は「五ツノ鎚」と呼んだ。
あくまでも目を掛けられていた、というだけで必ずしも腕がよかったわけじゃないらしいんだけど……。 --
重治
?
その「五ツノ鎚」は後に、暉久神社を陰日向から守る立場に変わっていく。何故かって? 大量生産の技術が発達し、刀匠というなりわいが廃れていったからだよ。
それはさておき、その五ツノ鎚の一人が高梨心吉。うちのご先祖様さ。 --
重治
?
それがどうしたって? 話は最後まで聞くべきだよ、全く。夏九君はちょっとせっかちなところが玉に瑕なんだから、気を付けてね。
ここからは、九図川のお婆様から聞いた話だから……軽々に吹聴して回らないように(勿論、信頼できる相手なら構わないけれど、と付け足して)
暉久は生前から常々、自分が死んだ後も五ツノ鎚の事を守りたいと願っていた。そして、彼の願いは図らずも叶えられることになる。
ややオカルティズムな話になるけど……彼は、後の世に祀り上げられたことで神格を得た。つまるところ、人としての生を全うし神になったというのさ。 --
重治
?
九図川のお婆様が何故そんな事を知っているのか? それは、お婆様のご先祖に当たる方が御霊と対話したからだそうだ。
訝しむのも無理はない。僕もにわかには信じ難かったし、さすがにお婆様も耄碌したかと思ったほどだ。 --
重治
?
でも、それこそが盲点だったんだ。信憑性に乏しいと思わせるほどに胡散臭い力を、お婆様……いやさ、お婆様のご先祖様は与えられた。
……そして、それぞれ違う力が他の五ツノ鎚に与えられた事を知らされたんだ。他の誰でもない、初代の師であり神として崇められるようになった暉久本人によってね。 --
重治
?
九図川の血に与えられた恩恵は、協調。世界と同化し、全てと対話しうる可能性。だからこそ、暉久とも対話できたという事らしい。
お婆様はこうも教えてくれた。草宮司の血には、大いなる力――「ましろなるてつ」が秘められている、と。 --
重治
?
「ましろなるてつ」は、暉久が生涯を賭けて見出した鍛冶の――命の、こたえそのものらしい。
その力は、幾度となくその身を危険にさらす中で大きくなっていくそうだ。そして、誰かを慈しみ守り愛する毎にその力は光り輝く。 --
重治
?
真価や力の内実はわからない。けれど、その類の力が君にも宿っていることを、忘れないでいてくれるかな?
もしもその「ましろなるてつ」が目覚めえたなら、きっとそれは、君の望みをかなえる助けになるだろうからね……はい、今日のところはこれでおしまい。
ニーナちゃんが帰ってきてるみたいだから、二人でしっぽりやってきなさい。あ、エッチな事はダメよ?(からからと笑って膝を打った。話はひとまずしまいらしい) --
重治
?
Last-modified: 2012-05-01 Tue 22:19:39 JST (4371d)