アサシン戦直後の夜・「春吉」からの帰り道。 |
・(「春吉」の帰り道、とぼとぼとカテンの前を歩く。廃墟だらけで、明かりもぽつぽつ少なくて、真っ暗に近い) (肩を落として俯いて…落ち込んでいるように見えるけれど、そうじゃない) (小さな少女は、その幼い心で一生懸命考えていた) (アイリスに言われたこと、那智が言ったこと、先生が言ったこと) (アサシンとカテンの戦い……全部を思い出して) (命を願いを犠牲にして、それでも綺麗でいたいなんて、おかしいことだってあの子は言った) (でも、そうなんだろうか) 「誰かの犠牲の上に私達は立っている……今の食事ですらそうよ」 (何度も何度も、その言葉が頭の中で響く) (那智は彼女の妬みの言葉だといった) (それでも彼女の言ったことは彼女自身が悩み考えた果ての答えのように聞こえたから…だから、一言で忘れてしまっていい事ではないはず) (ただ食べられなければどんな動物も死ぬように、自分も聖杯が手に入らなかったら死ぬだけ。生きることに綺麗も汚いもない) (だからアイリスの言う事は正しい。生きることは命を踏みにじること、その命に綺麗なものなんてない…醜いものはあっても) (後ろを歩くカテンを振り向く) (大好きな青い瞳が、片方だけで自分を見下ろしていた) (その瞳を無言でじっと見つめながらあの少女の言葉を考える) 「誰かの犠牲の上に……」 (……私の願いのための最初に犠牲になった人) (聖杯戦争で最初の後悔。この人に縋るんじゃなかった、サーヴァントというものをもっとよく考えるべきだった) (死して尚戦わせるという事。両腕と片目片足を無くし、他にも沢山失ったものがあるはず) (……その果てに待つのは安らかな眠りではなく……終わりのない戦い) (「英霊」になればこの先他の聖杯戦争でも呼び出される可能性がある…自分の命のためにそんな存在にしてしまった) (彼はその道を選ぶのは自分のためだと言った。自分の意思だと言った) (私はその心を志を、燃える青い炎を、とても綺麗で尊いものだと思う) (……そうだよ。命を犠牲にして生きていても、人はこんなに綺麗じゃないか)
(彼を召喚した教会の前で立ち止まり、右手を引っぱる) ……先生、私考えたことがあるのです。そしてお願いがあるのです。聞いて下さいますか? -- マルチナ |
・(自らの前を短い歩幅で、肩を落として歩く少女を、ぼんやりと見下ろしていた) (見つめる先は地面だ。だがそこから感じられるのは落胆や後悔ではなく、思案) (彼女は思考していた。短い人生経験と、限られた環境、人間関係のなかで得てきたすべての経験を生かして) (今日の経験を。敵である者たちの言葉と、自分自身の答えの意味を) (それが感じられたから、いっさい声をかけることなく、ただついていっていた) (アイリスも、那智も、間違ったことは言っていない。それを「違う」と断ぜられるのは) (彼らのように、自分なりの答えと意志を持つものだけだ。そうでないものは、否定する資格さえない) (闘うとはつまりそういうことだ。同調し、従うだけならば誰でもできる。だが、対することはそうではない) (そのためには、自分自身で考え、自分なりの意志と覚悟を見せねばならない。聖杯戦争に限らず、人と闘うとはそういうこと) (その結果として誰かを犠牲にしたのなら、それを背負うこともまた、闘うためには必要なのだと。男は考えていた)
(弱肉強食は自然の理である。人と人との間でも不可避であり、争い合うと決めたならばそこには勝敗という概念が必ず生まれる) (敗北の結果、それは犠牲となる。だがそこで終わりはしない。誰かを犠牲としたものは、犠牲としたものを背負わねばならない) (その覚悟がないなら、犠牲にすること、犠牲にしようとしないことを否定することは、やはりできないだろう) (アイリスはそれらをひっくるめて、エゴイズムとして飲み込むことを決め、先のような言葉を投げかけた) (那智はそれらを知った上で、人を論うことを否としそう言った) (生きること、闘うことにキレイも汚いも、善も悪もないように) (そのどちらの言葉にも、また是も否もありはしない。はたしてマルチナは、対立するそれらを受け止めて何を見出すのか) (そんな風に考えていたら、彼女が振り向いた。何も言わずに、片目で見返す) (無限の戦いを生き抜いたその姿は、まさにマルチナのエゴのために身を擲った末の姿) (男はその姿に至ったことを悔いてはいない。だが主が、それに引け目を感じていることは理解していた) (体を失った。大切な人を亡くした。友を喪い、敵を殺し、いくつもの世界さえも手放してきた) (慣れている、といえばそこまでだが……本人以外から見れば、それを苦境と見ることも自然だろう、と) (だがたとえ、主であれ誰かであれ、自分以外の何者かがその様を嘆き、そうしてしまったことを悔やんだとしても) (やはり男はそれを笑う。「自分で決めたことだ、だからいいじゃねェか」と一笑に付す) (否定されたならば全力でぶつかるだろう。元に戻せると言われたならば、その誘いをはねのけるだろう) (誰かのためではない、己のため。己の意志で選び、己の力で歩んできたその道を、誰よりも肯定するのは自分自身だ) (男は考える。そうしている限り、命を捨てるものであれ、自分の意志で選ぶなら) (それは他者に存在理由を拠らせず、己のためだけに在り続けること) (すなわち、エゴイズムのために他者を犠牲にし、生きながらえ、善悪を悩むもの) (人間にほかならないだろう、と。その強固な意志は、宝具としてその身に宿るほどに、研ぎ澄まされていた)
(感覚のない右手を引かれ、首をかしげる) ン? あァ、いいぜ。聞いてやるよ。どうした? -- ランサー? |
・(夜は更けきって、月も沈みかけている…今日は沢山の事があった。一日だって思えないくらいに) (遠くの空が白い。少女は彼の手を引いて、誰もいない教会の中、鐘撞き場へと上がる) 足元気をつけてくださいね。ここ、とても古いですから。 うー…やっぱり夜明け前は寒いですね……でも、ここなら、月も太陽も見えるのです。 (腕をさすりながら、白く消えて行く月を眺める) ……私達は「太陽と月の姉妹」だとオーナーに言われていました。 陽の光のあるうちは私の時間、月の光のあるうちは姉様の時間。 だから誓いを立てるのはきっとこの時間が相応しい。 (そう言って、彼の青い瞳を見つめる) (今も昔もたった一つ変わらない、優しい光を) 私、決めたことがあります。この先戦い続ける中、絶対に守る事。 先生にも守ってほしい事です。 さっきずっと、同席した二人のマスターの言った事を考えていました。 特にあの女の子の言ったこと……。 「誰かの犠牲の上に私達は立っている……」 私は、これから12人のマスターとサーヴァントの願いと命を犠牲にして、生きるために聖杯を手にします。 その上で卑怯なことはしたくない。それはあの子は選ぶ事もしない子供のごっこ遊びだと言いました。 (今思い出しても、あの子の暗い瞳と声が胸を苦しくさせる) (考えたくない、わからないと子供でいることへ逃げてしまいたくなる) ……でも、それでも。 私は卑怯なことはしたくない。間違っていると思う事を生きるためだと見ないふりをしたくない。 それがただの偽善で欺瞞でも。 先生、私達はこれから先戦いで卑怯だと思うことはしません。 だから先生も、同じようにしてほしいです。 …そして、子供…いえ、マスターの命を奪わなければならない時は、 私の命令を待ってからして欲しいんです。 できれば自分でやりたい。これは、私の命のための戦いだから……でも、 それがただの足手まといになると思った時は、私達が貴方に「殺せ」と命令します。 せめて、私の意志で命を奪いたい。きっとそれが何も出来ない私が背負える事。
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(私は後悔しています。先生を英霊にした事を) (でも、先生は自分の意思で決めた事だって) (そう笑うと思うから、言いません) (後悔したって先生を英霊にしてしまったのは変わりない) (ここで足を止めれば先生の存在が無駄になってしまう) (だから、それならばせめて) (未来の果てから約束を守りに来てくれたこの人の前で) (私は綺麗で正しくあろうとしていたい) (貴方が守ってよかったと) (永劫の争いの鎖に囚われる事になっても、悔いはないと) (そう言ってくれるような人間になりたい)
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(朝日が昇る。白い月が消えて行く…世界に鮮やかに色がついていく。その中で少女は凛とした声で高らかに)
……太陽と月に誓って。私は貴方の誇りになるよう、戦います…!!!
-- マルチナ |
・(夜が西へと消えていく。蒼くも赤くもない月が地平線へ消えていく) (それは男が異世界で望むことのできなかった光景。なぜならば) (故郷においては侵略者が赤の月を昇らせ、守護者達が蒼の月を掲げたから) (エミュレイターとウィザードの争いがある限り、けして<月門>の色は金色にも白にもならない) (夢見る神が生み出した泡沫の如き世界においてさえ、つかみとれなかった当たり前のもの) (それがこうして見えることに、男は今でも奇妙な感慨を抱く) ン……あァ、心配ねェよ。底が抜けちまうかもしれねェがな。 (冗談めかして言いつつ、同じように消えていく月を眺めた) (逢魔が時とは違う、灰色の刻。何者にも染まらぬ、自由な時間) (マルチナの言葉に一瞥した。さぁ、と風が吹き、外套をあおる) (青い瞳が蒼を見返す。変わることのない意志の強さを以て) (其れは不変の光。男自身が放つ、人としての輝きだ) (そして誓言が灰色の空のもとに果たされた) (彼女が、いや、彼女たちが、二つの心には窮屈すぎる体の中で決めたこと) (それは最も辛き道。逃げもせず、隠れもせず、されど蹂躙もしない生き方) (闘うことも、倒すことも、逃げることも、諦めることも、失うことも、得ることも) (何からも目をそらさず、すべてと向き合い、背負うと決めた覚悟の言葉) (並大抵のことではない。今口にしたとて、心が折れてもおかしくはない) (それは無限の転生を、そのように歩んできた男が一番良く知っている) (だからこそ誰かに背負わせはしない) (自分のものだと。この苦痛も、喜びも何もかも、自分だけのものだと言い張り) (背負う。そうやって生きてきて、今、ここにいる) (その背中を追うように。自らの主であることを望んだ少女たちもまた、それを選んだ) (何も言わずに、葉巻を取り出す。高々と意志を叫んだ少女に背を向け、火をつける) (視線の先には登りつつある朝日。灰色を白へと染めていく) (男はかつて夜闇の魔術師だった。陽光を守るため、夜の闇を駆ける戦士だった) (光を疎んじ、背を向けたこともあった。羨むように見て、苛立ったこともあった) (だが、その夜の戦いはもはや、終わった) (この世界へやってきたときに) (己の死を以て終わるはずだった戦いが終わった時に) (ゆえに、"騎西"という名を示すknight-westに) (「太陽が東から昇り、夜は西へと追いやられた」という意味を持つnight-westの意味を込めたのだ) (そしていま、自分はまた夜の闇の中にいる) (それは憎悪のためか?) (否である) (祈りのために) (醜くも気高く、病めど健やかであり、尊くも悍ましく、欲望であるがゆえに純なる願いのため) (其れを叶えるため。また、尊き願いを踏みにじるため、ここにいる) (己の意志で選んだ) (その選択肢を与えたものもまた、己の意志を今、言葉にした) (人は己を写す鏡だ、と男は考える) (男が不機嫌ならば、それを見た人もまた顔を顰めるだろう) (男が笑っていれば、それを見た人もまた笑みに変わるだろう) (ならば己がただまっすぐにあり続ければ) (誰かもまた、まっすぐに在り続けるはず) (自分のために何かを成し遂げるということは) (すなわち、自分以外の"全て"のために、何かを成し遂げるということ) (背負うもののため) (対するもののため) (敗者のため) (傍観者のため) (進む先には未然だけがあり) (あとにはただ必然だけが残る) (その生き方は今、確かに伝わっていた)
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(男が振り返る) (白み始めた空に、蒼灰色の煙が舞った) (笑っていた) (笑って、ひとつしかない光で、輝かしいほどの気高き少女を見返した) それでいい。 辛いことがありゃ、どこかで折れるかもしれねェ。 それでもいい。 あるいは、曲げて、もっと大事な何かを為したいと思うかもしれねェ。 それもいい。 自分自身で考えて、「自分はこうだ」と思うこと。 それだけはやめるな。 それだけができてりゃア、たとえそれが果たせなくても。 お前自身も。 お前のそばにいる人たちも。 お前と対する全ての人も。 きっと、自分自身を持ったまま進めるンだからな。 (男は己を夜へと置く) (それは太陽からの逃避ではない) (陽が登るためには、夜もまた必要だから) (夜を切り裂き、夜に生きるものが必要だから)
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誓うぜ。 (そして言葉を、放つ) アンタがオレの、マスターだ。 (太陽と月の姉妹へと、誓いを立てた) -- ランサー? |