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ACT.3
誰しも不幸になる為に産まれて来るんじゃない
だが、大抵は生れ落ちた瞬間、何処に生れ落ちたかで、そいつの人生がどんな物になるか想像がついちまう
稀に其処から這い上がる奴もいるが、大抵は産み落とされた場所で一生を終える
どれだけ足掻こうが、途方も無い長い年月の間に作り出された身分の隔たり、そいつを越える事は容易じゃない。位の高い連中がそれを許さないからだ
この「シティ」では、その隔たりが階層という尤も顕著な形で現れる
古いトイレと同じだ
一番上が清浄で、後は何処かしらクソ塗れ。流れ落ちるソレに押されて、登る事はできやしない
清浄な空気の中、至福のツラでデカいのをやる一番上の連中は、そいつがどんな臭いか知らないだろう
まして、最後にクソが淀む最下層の臭いなんぞ
そんなクソ溜まりの中の生活は、自ずと決まって来る訳だ
少しでも綺麗な物を持ってる奴から奪い取る。ソレが当たり前
多くは上手い事誤魔化して罪を逃れるが…稀にやり過ぎて首にタグが付いちまう奴もいる
生粋の犯罪者って訳じゃねえ。唯、少しばかり良い暮らしを夢見ただけだ
そういう連中を狩るのは流石に気が引けるが…運悪く、俺の目の前にいるソイツは、正しくそういう手合いだった
ソイツを見付けるのに、大して手間は要らなかった。適当にスラムをうろついていた時、向こうが勝手に逃げ出したのだ
こいつは何かあると追いかけて、路地の隅へと追い詰める。先は無い
デッドエンド。行き止まりだ
追い詰められて、息を荒げ、なよやかにへたり込むその女は、どう見ても十代後半、普通ならまだ学生って所だった
ツラを見て、電脳にアクセスし、リストと照会する。アタリ。窃盗や強盗の常習犯だ
「えーと？ 観念するしか無さそうだぜ？」
何時もの調子で軽口を一つ。俺はどんな形だろうが年齢だろうが、賞金首には容赦しない
抜くまでも無さそうだったが、下手すりゃクソ溜まりで生まれたミュータントって事もありうる（生憎冗談じゃない。稀にいるんだ、こいつが）
念の為にと愛用の45を抜き放ち、女を照準してゆっくりと近付く
と、側まで行って、俺はようやくソレに気付いた
地面に転々と続く赤い染み。そいつは道しるべの様に、女の足元へと続いている。見れば、抑えた横っ腹から夥しい出血
多分、銃創だ
「撃たれたのか？」
銃を構えたまま、女の顔色を窺う。涙すら浮かべちゃいない。女は俺を睨み返す
「アンタのお仲間にね」
息を荒げながら、怒気を孕んだ一言。おっかねぇ女だ
「悪いが治療はしてやれない。言い残す事はあるか？」
女の迫力にちびりそうなのを我慢して（冗談だ、本気にするなよ？）、せめてもの情けを一欠けら
都市構造物に飲まれちまったTOUYOUじゃ、BUSHIのNASAKEっていうんだっけな？
女が口を開き掛けた時、俺の背後で何かが蠢いた
くるり、振り返り様、銃口をそいつ向ける。背が低い…
其処にいたのは、まだ12〜13って所のガキンチョだった。大分走って来たんだろう。息を切らせている
口元にはボロ雑巾見たいなマフラーを巻き、後は有り合せのボロ服を重ね着して防寒している
日の届かない最下層のスラムは、例え真夏だってかなり冷える
「やめろ！乱暴するな!」
ガキは口元のマフラーをずらし、ハスキーな声でがなり立て、俺の足へと食ってかかる
が、生憎、欠片も動じない。俺は身動ぎもせずに困った表情を浮かべるしか無かった
「お前の子か？」
困り果てて女に振る。女はいよいよ苦しそうに呻き
「弟」
とだけ答えた。困る理由がまた増えた。身内の前でバラしちまう訳にも行かない
「ねぇ…見逃してくんない？」
女は苦しげに身を揺すり、俺を見上げながら言う
…が、残念ながらそいつは出来ない相談だ。それに例え見逃しても、女の傷じゃ、後１時間も持ちそうに無かった
「悪いが…」
ガキをどうしたモンかと悩んであしらいつつ、それだけ答える。今の所、どっちも脅威にゃなりそうにないから、銃は下げていた
「あたしがいなくなったら、弟は一人になっちまう
此処でガキが一人で生きるってのがどんな事か、分からない訳じゃないだろ？」
ああ、良く知ってるとも。一応俺も此処の生まれだからな。だが、答えはノー
恐らくはこのガキの為に窃盗を繰り返していたんだろう。こんな所でガキ二人生活するには仕方ない、と言えば仕方ない
だが似た様な境遇、似た様な賞金首は五万といる。そいつら全員を一々見逃してたら、何時かは俺が同じ立場になっちまう
俺の心情を察したか、女は一度口篭る。だが、直ぐに俺の顔を見上げ
「…分かった。けど、弟を…弟をお願い
あたしの代わりに、弟を守って。お願いだよ…」
そいつは無理だと言いかけて、女に振り返る。視線が触れ合う。青い瞳
まるで上層区の上に広がる本物の青空の様。こんな地の底で、空を見る機会があるとは
俺の信念が揺らぐ
「お願いだよ…」
息も絶え絶え、もう彼女に残された時間は少ない。その最後の時間を、唯ひたすら、弟を生かす為だけに使っていた
俺は瞳を閉じる。数秒置き、再び開く。また、俺の目に空が映る
「……分かった」
俺は初めて、出来もしない約束をした
女の希望通りガキを一度遠ざけると、俺は女の眉間に銃を付き付ける
覚悟は良いか？ そう問い掛けるが返事は無い。唯、間隔の長い呼吸が聞えて来るだけだ
多分、俺の声ももう届いていないだろう。時間が近い
俺は少しでも早く苦しみが終わる様、手伝ってやるだけだ
声が届かないなら、と、指を三本立て、女の顔の前へ。一呼吸置いて二本に。もう一呼吸置いて一本に…
女は静かに瞳を閉じる。高らかに銃声が響く
一瞬、青空に鳥が飛び立つ様が見えた気がした
女の亡骸を中層区のミートポストに引渡し、幾許かの報酬をポケットに、施設の外へ出る
余り良い気分じゃ無いが、この仕事はそういうモンさ、そう自分を納得させ、施設前の階段を下る
と、見覚えのある背中が段差の隅に座っていた。あの女の弟だ
「付いて来たのか？」
その背中に声をかけるが、返事は返って来ない。唯其処に座ったままだ
当然か。そう一人ごちながら、俺はその隣に腰掛けた
「姉ちゃんを届けて来たの？」
ストレートな言葉が、思いの他突き刺さる。賞金首であれ、ガキの身内を奪った事に変わりは無い
そして、女との約束も守るつもりが無いだけに、余計に胸が痛んだ
「ああ。これが君の姉ちゃんだ」
報酬を引っ張り出し、枚数を数え、半分と少し、ガキのポケットに捻じ込んだ
「大事に使え。それから、何かあったら此処を頼れ。保障はできんが、何とかしてくれる」
約束を守れない罪悪感か？ 俺はあの教会のアドレスを書いてガキに手渡す
情報屋なんてらしくない事もしているが、一応、神の家だ。迷える子羊には何かしてくれる筈
じゃあ、元気でな。そう言い残し、ガキの隣から立ち去る。これ以上の深入りは、きっと俺自身にも良くないだろう
俺は明日をも知れぬアウトロー。賞金首には容赦しないバウンティハンター。それで良いじゃないか
やや後髪を引かれながらも先へ進み、そろそろガキも見えなくなるかと言う頃合で、一発、銃声が響いた
驚いて振り向く。遠目に、スローモーションの様にガキが倒れて行くのが見えた
その直ぐ側を、ガキとそう歳も変わらなさそうな誰かが、硝煙を燻らす銃と紙束を手に走り去る
強盗殺人の現行犯。そう遠くない内にアイツもリストに載る事になるだろう
その時狩るのは俺か？ 別の誰かか？
あえて追う事もせず、俺は倒れたガキの側へと歩み寄った
ガキは即死の様だった。夥しい血が、階段を一段、また一段と降りて行く
俺は結局、約束も、そして僅かばかりの罪滅ぼしさえできなかった
見開かれた青い…あの女と同じ青い瞳が、俺を責める様に見詰めている
俺はその瞳の中の空に、上層区を突き抜けて聳え立つ天国への階段を見た気がした
階段を登るガキ。その側を、一羽の白い鳥がやかましく喚きたてながら付いて行く…
まぁ、こっちよりは暮らし易いと思うぜ？
ガキの瞳を手でそっと閉じながら、そう呟く
不意に教会の鐘が鳴る。午後の祈りの時間
やっぱり賞金首への祈りは無い。無いが…今回だけは特別だ
俺は産まれて初めて手を合わせる。祈りの言葉に自信は無いが…
もしこいつらに次があるなら、少しでも日の当たる所に…
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