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434年8月。帝都の守りは堅固で、籠城されれば攻略に数ヵ月は要しようかと思われた。
長く伸びた補給線を維持しながら、瘴気渦巻く魔族領にそれほどの間、兵を留めることは不可能であった。
それが故に、第一王女が取った手段は酸鼻極まるものとなった。

『皇帝を僭する者よ。人類軍総帥、グロム王国第一王女ディートリンデが、御子の首をお返しする』

拡声と翻訳の魔術が、帝都に座す皇帝の耳に王女の言葉を届けしめた。
そして彼は見た。帝都の門前に幾十もの、血を分けた我が子の首が晒されるのを。

『矮弱なる小鬼の長よ。貴様は皇帝を僭称するが、国を継ぐべき強き子を遺せぬ者に、その資格は無きものと心得よ。
我ら人類の歴史が証すこれは事実である。貴様は我が父王を討ったが、我らが国家、我らが王権は小揺るぎもしておらぬ。
人と小鬼とでは血脈の貴きが違うのだ、卑賎なる種、ゴブリンの長よ!
貴様はここで弱者として死ぬ。その名は貴様の卑小なるが故、いずれの史書にも残らぬ。
ただ我ら人類全ての勝利を称える詩にのみ、その存在を語らしめよう!愚かなる敗者として!!』

小鬼の皇帝は狡知に優れていたが、決して無情でも冷徹でも有り得なかった。
自らをして皇帝と名乗らしめた虚栄の心があり、虐げられし種族としての根深い卑屈と瞋恚があった。
皇子の首を晒され、己が種族を嘲弄され、己が築きし帝国を否定されれば、誇りある小鬼の皇帝たればこそ、これに報いずにはいられなかった。

真に帝王たる心根ある者なら、このような挑発など黙殺し、勝利のために粛々と籠城を選んだろう。
だが彼はその激情の赴くまま、開門と出兵、そして殺戮を命じたのだ。

必ずやあの高慢なる人類の王女、ディートリンデを殺し、その死体を辱め、己と己が種族の受けた屈辱を雪げよと。
それが敗北への道であると警告する、一片の理性に従うことが出来ずに――


激しい戦いの末、人類軍は大勝を収めた。
この報は即座にグロム本国に知らされ、人々の間に歓喜と安堵とが広がったという。



この戦争で最も多くの小鬼を倒したのは、奇しくも小鬼の血が混じった少女、ポレチュカであった。
その血筋による偏見を物ともせず、富と栄誉を手にした少女は、後の世までの語り草となったという。


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