「汝 我らが名の礎を知らず」
「名を継ぐ者 自ずからその天意を得たり」
「天知り 地知り 風知る言の葉有り」
「汝 烏屋葦切」
「飛鳥の理を以て天地神明の光夜を舞い…」

(…かったりぃ…膝痛くなってきた…)
「…号与の儀式くらいしゃんとできんのか?」
「いてっ!」
錫で殴られた。
「…えー。もういいじゃん。苗字変わるだけだろー」
「駄目な奴ほど物事の意味から逃げようとするもんじゃよ」
(目を逸らす)
「お前じゃよお前」(錫を顔に押し付けながら
「こんのクソジジィ!わかったよー!座ってりゃいーんだろ座ってりゃー!」
「ワシの祝詞はあと108式あるぞ」
「マジで?」
「嘘に決まってるじゃろ。だからお前はアホなんじゃよ」
「ムッキー!」


今日、俺は15になった。
そんで、烏屋を名乗ることを許された。
めでたいめでたい。はぁーめでたや。

つったって、 何も変わりゃしないんだ。
俺の仕事なんて、雑用ばっかだし。
鷹に隼、それと梟。
気性の荒い鳥を扱えるのは、烏屋本家の花形だけ。

俺はいつも卸し用の飼い鳥の世話をしてる。
金持ちに売りつける珍しいやつもいるし、普通の奴が買える手ごろなのもいる。
俺が世話できるのは手ごろな方。
大事な高い鳥には触らせてもらえない。
そそっかしいからだってさ。
ま、その方が楽でめんどくさいこともないからいいんだけど。

めんどくさい…か。

あいつも、口を開きゃ「めんどくさい」ばっかり言ってたっけ。
今頃どこで何してんのかな。
行き倒れて飢え死にしてたりして。
プッスー。お似合い過ぎる。

「おい!ぼーっとして逃がすなよ!」
「…あー?うっさいなぁ、わーってるってば」


腹ぺこの手乗り文鳥が指に乗って、手のひらの麦粒を夢中で食ってる。

あいつがいなくなった日から、もう2年くらいか。

荷物も持たないで、自分の鷹も逃がして、いなくなった。
誰もあいつが消えた理由はわからなかったみたいだ。
後足で砂をかけた恩知らずだって、皆は破門にしようって言ってたけど、ジジィは何も言わなかった。

変な奴。
初めて会ったのは、いつだっけ。
…そう、俺がまだ5歳くらいの時。
初めて本家の披露会に出たんだ。
ジジィが手取り足取り、文鳥を俺の手に留まらせようって必死だったな。
でも全然留まらなくて、皆大笑い。

そこへ、いきなり来たんだ。あいつ。
あいつが俺の顔の前で指をひょいひょいって振って。
あんなに騒いでた文鳥があっさり手に留まった。

「めんどくせぇドチビだ」とかほざきやがって。

それからあいつのこと、本家の連中に聞いてみた。
本家の生まれじゃないらしいとか。
5歳で文鳥を宙返りさせたとか。
いっつもだるそーにタバコ吸ってるとか。
博打好きだとか。
色々。

でも、あいつが何処から来たのか、誰も知らないみたいだった。
ジジィなら知ってると思って聞いてみたけど…

「ありゃぁドブから拾ってきたんじゃ。ドブから生まれたクズ太郎ってか。ひゃひゃひゃ」
「マジで?」
「お前は根っからのアホじゃのう」
「うるせぇ!」
「ふぉっふぉっ」

てな具合で、話すつもりはないみたいだし。
俺だってマヌケじゃないから、本人に聞きゃぁいいとも思ったけど。
あいつ、いっつもどこかふらついてたから、あんまり顔も見れなかったんだ。
何となく聞きそびれてるうちに、いなくなっちまうし…

「おい!!食わせ過ぎだ!眠てーなら水ぶっ掛けてやるぞ!」
「…ぐちゃぐちゃ細けーなー!このくらい平気だっつの!」

…ちぇっ。
どいつもこいつも馬鹿にしくさって。
俺だってやるときゃやるんだからな。
見てろよバーカ。バーカ。

……


星が綺麗。
お月様が真ん丸い。



この止まり木にぶら下がれるのは、もう俺だけだ。
同い年の奴等は皆、俺を追い越していった。
背も、実力も。

人一倍頑張れば何とかなるって、皆が言う。
でも、わかってるんだ。
俺には何の取り柄もないって。
昔からそうだった。
何をやってもうまくいかなくて。
ビービー泣き喚いてばっかり。
そう…あの時も。

……


あの日、俺は餌に入れる野草を採りにいって、間違えてその中に毒草を混ぜちゃったんだ。
それがバレて、散々ケツ叩かれて、蔵の中に放り込まれた。
いくら叫んでも、誰も扉を開けてくれなかった。

夜になっても誰も来なかった。
寒くて暗くて、腹が減って。
干草がいっぱいに積んである、餌蔵のカビた匂いがたまんなかった。
ずるずる鼻水が出てきて、涙が止まらなかった。

なんでいっつもこうなんだろう。
つまんない失敗ばっかり。

ヨシキリって名前も、嫌い。
ほんとに泣いてばっかり。
駄目なやつ。

「…ちくしょう…なんでだよ…ぐすっ…」

また泣きそうになった、その時だった。
干草の山が、がさがさ動き出して。
びっくりして鼻水が飛び出そうになった。

「…あぁ〜?…なんだ、お前か。うるさくて目が覚めちまったんだけど」

出てきたのは、あいつだった。
月明かりでやっと見える顔。
だらだらゆるゆるした、だらしない顔だった。

「お、お前なんでここに…」
「あぁん?お前こそ何やってんの?青っ洟垂らして」
「あ…み、見るなよぉ!バカ!クズ!」

慌ててそっぽを向いても、もう遅かったけど。
何となく、あいつにあんな情けない顔を見られたのが、悔しかった。

「何それ。どうせまたなんかやらかしたんでしょ。で、お仕置きタイム中」
「……ほっとけ…バーカ…」
「お仕置きされてるアホに言われたくないんだけど」
「うるせぇバーカ!ばーかばーかぶわぁーか!」
「うるさいのはお前の方なんだけど。静かにしてくれない?人の安眠を邪魔する権利がお前にあるというの?」
「……ばーか…」

マッチの音がして、あいつの口元から火花が飛んだ。
タバコの甘い香りを感じたら、いつの間にか、涙は止まってた。

「…お前、いっつもここで寝てるのか?」
「そうだけど何?」
「自分の部屋で寝ないのか?」
「落ち着かないんだよ、あの屋敷。孤独が思索の最高の栄養なんだよ」
「ふーん…シサクってなんだ?」
「考え事だよ、無学なドチビ君」
「ドチビって言うな! …お前でも考え事なんてするんだな」
「喧嘩売ってるのお前は。…まあいいや」

干草にごろんと転がって、あいつは天窓のお月様を見つめてた。
何を考えてるのか、俺にはわからなかった。

「何を考えてるんだ?」

気がついたら、思ったことがそのまま口に出てた。

「…さぁなぁ。自分でもわからんね」
「わからない?」
「そう。わからないから探しに行く。人生は未知と探求にこそあれ」
「…?よくわかんねぇや」
「ま、子供にわかることじゃないから安心しなさい。
  つーか草んとこで寝たら?どうせ朝にならんと開けてもらえんよ」
「…そうする」

あいつの隣に寝っ転がると、お月様の光が眩しかった。
目を閉じたら、あいつが煙を吐く息遣いが聞こえてきて。
目を開けたら、天窓から日の光が飛び込んできた。

昨日まで隣にいたあいつは、もういなかった。
起きてからすぐに、本家のやつらがぶつくさ言いながら蔵の扉を開けていった。
外に出て、あいつを探した。
見つかるはずもないのに。
もうその頃には、あいつは本家からいなくなってたはずだから。

……


あいつはきっと、探しに行ったんだ。
何かはわからないけど、何か…大切なものを。

よし。
決めた。

聞きに行こう。
あいつが何を探してるのか。
こんなところでうじうじしてるのは、もうたくさん。
俺ももう大人なんだ。
やりたいと思ったことをやらなきゃ。


旅支度よーし。
まだ誰も起きてない…よな?
よし。
勝手口から出れば誰にも…

「だからお前はアホなのだと何回言わせるつもりなんじゃ?」
「ひゃっ!?」

げぇーっ!妖怪ジジィ!?いつの間に背後を取りやがった!?

「ゴソゴソやっとると思うたら、案の定かい。こっそり抜け出すつもりなら、もっとうまくやらんか愚か者め」
「くそっ…えーいこれまでか!矢でも鉄砲でも持ってきやがれ!」
「大声を出すでない。誰もお前をふんじばろうなどとは言っとらんわ」

…ありゃ?

「葦切に飛ぶなというのが無理というもんじゃて。お前の気性はわかりやすいからのぉ。
  文の字を探すつもりなんじゃろう?」
「…何もかもお見通しってか?そうだよ。あいつには聞きたいことがあるんだ。俺は行くぞ。行くったら行くんだからな!」
「行け行け。行って世の中を見てくるがよか。あやつの行方も知りたいところじゃしのう。
  お前が抜け出す決心をつけてちょうどよかったわい」

なんか踊らされてる気がしてきた…クソジジィめ。

「なぁ…ジジィ」
「なんじゃ」
「あいつ、なんで出て行ったんだ?ここが嫌になったのか?」
「…ふぉっふぉ。さぁてのう。ただ、あやつは探しに行ったんじゃよ。己の行く末を。それだけじゃて」
「けったくそ悪いなぁ…なんか隠してんだろ」
「ふぉっふぉっふぉ」
「その笑い方むかつくからやめろ!」
「ほれ、ぐずぐずしてると皆起きてくるぞ。早く出て行かんか。
 とりあえずでかい街にでも行ってみりゃあやつの足取りもわかるじゃろう」
「うっ…わかったよ。じゃあなジジィ!くたばれ!」
「ふぉっふぉっふぉ」


それから、俺は山を降りて旅に出た。
色んな街に行って、噂話なんかを聞いたり。

毎日が新鮮で楽しかった。
変な奴とかにもいっぱいあったり、大変なこともあったけど。
あいつがどこにいるのか、何とか掴んで、歩いて歩いて。
やっとこの街についたんだ。

で。
あっさりすぎるというかなんというか。
あいつがどこにいるか、すぐにわかった。
というか予感がした。
街の入り口に看板があったから。

「魔窟よいとこ一度はおいで!ゴルロアホテルB2F・フリー麻雀「天鳳」」

…間違いない。
ここにいる。

で、ホテルの地下に行ったら。
いた。
麻雀打ってる。
あのだらしない顔しながら。

無性に腹が立ってきた。
人が苦労して探しに来たってのによ〜…
のんきに麻雀なんて打ちやがって!

気がついたら後頭部に膝蹴りを食らわせてた。
その後、あいつが間借りしてる長屋で不貞寝してやったのは覚えてる。
目が覚めると、懐かしいあのタバコの匂いがした。

「何しに来たのお前は」
「うるせぇ!こっちの台詞だ!勝手にいなくなって何やってるのかと思えば…!」
「麻雀」
「死ね!地獄に落ちろ!」
「あと冒険」
「くたば…冒険?」
「冒険者。キノコ探したり鉄探したり」
「…ふーん。それがお前の探してるもんなのか?」
「?何それ。人に頼まれたから探すだけなんだけど。食うために」
「…はぁ…もういいや。疲れた。寝る」
「ああそうそう、お前も冒険者に登録しておいたから」
「…ふがっ!?なんだそれ!?」
「きっちり働けよ。俺のために」
「〜〜っ!死ね!腐れブン助!」


こうして邂逅を果たした葦切と文鳥の二人。
文鳥が探すものとは一体何なのか?
葦切は死の冒険を生き残ることができるのか?
それはまた次のお話で。

烏屋の二人
〜 オワリ〜