水着を買ったときの買い物でついでに手に入れた異国の服、 お盆という行事に縁が深い、「浴衣」に袖を通してみた。 快適な着心地、直線で構成された美しいシルエット、 かの国の文化は、機能美から始まる神秘性を帯びていた。 この国では、お盆といったり降霊祭という とにかく、馬鹿騒ぎをして、 現世を憂いて降りてきた霊魂を安心させ もてなして、黄泉の国にまた送ってやるという行事がある。 去年は、結局参加しなかったけど、今年は違う。 彼を、ホタルを誘ってお祭りを堪能しようと思った。 彼は酒場の片隅、いつもの席で、俯いてジュースを飲んでいた。 外は蒸し暑い。 いつもは酒場で管を巻いてる連中も、外にいたほうがマシなのか姿は疎らだ。 少し驚かせようと死角から近づく。 いつもはこちらが話しかけられてばかりだし、たまには先手を取って見たい。 「いつも話しかけてくれて、ありがとね。それでその、お盆だし、ちょっと外に出かけない?」 少し極端すぎただろうか、それとも気配で気が付かれてたかな。彼は顔を見るより先に言葉を返してきた。 「俺でよければ喜んで」 断られなくてよかったと、心が少し跳ねる。 こちらの顔を見るなり、彼はひらめいた顔をして、 「ちょっと待っててくれ。準備する」 と、二階に駆け上がってしまった。 マスターと二、三言会話を交わすと、ものすごい勢いで階段を駆け下りてくる音。 ホタルは、私と同じ浴衣に着替えて降りてきた。 彼の浴衣は深い、濃い緑の物。 彼の髪の毛とのコントラストがよく映えていた。 - - - ホタルのことは知らないことが多い。 過去を話そうとしないし、私も突っ込んで聞かない。 わたしも差し障り無い程度にしか話さない。 鬱陶しいと思われたくない。弱みを見せて慰めてもらいたいわけじゃない。 夢はお酒を飲みながら語りあったことはある。 互いはお金が必要で、 お互いに勝ち取るべき名誉がある。 だからお互いに、夢を語り合ったことだってあった。 ホタルと話す時間は楽しくて、 いつも時間がすぐ過ぎて、 だからもっと話す時間がほしくて、 だから今日、わたしから、もっと時間を作ろうと話しかけた。 外に出てしばらくは、会話が無かった。 話したいことはいっぱいあった。でも、ホタルは周りを見ながら何か考えてる風で、 わたしは話すきっかけがなかなか出てこなくて、 ホタルのちょっと後ろを追いかけながら、話すきっかけを探してやきもきしてた。 街はお祭りに託けた大売出し状態。 出店から遊戯施設から、見世物から、 冒険者主催のフリーマーケットもあった。 出店並びはいい匂いがしてて、 それで今日は朝以来食べてなくて、 おなかの虫がコロコロと、空腹を主張し始める。 これをとりあえずきっかけにしよう、 「美味しそうだね」 「それじゃ、ちょっと食べてくか」 さっと、出店で棒つきソーセージを買うホタル 別に催促したつもりは無いんだけどな。 - - - 慎ましくソーセージを食べながら街を二人で歩く。 話した会話は他愛の無い、いつもの会話。 周りの人にはどう見えてるかな、友達?兄妹?それとも… 頭を振る。 何を考えてるんだ、全く。 そんなこんなで妄想と格闘中、不意にホタルが、 「外、いかないか?」 と言ってくれたのはちょっと助かった。 城門の外はすぐ街道になっていて、街道の脇には、小川が流れている。 ここはいわゆる、逢引の名所というか、隠れスポットって言うか、 お祭りとかになると大体カップルがその…、愛の語らいをしている。 とりあえず周囲に気を使いながらもう少し奥に行き、完全な静寂が辺りを包む。 「静かだねー」 周りに人がいないから気軽に声を出せる。 いつの間にか前を歩いていた。 ホタルは、軽く頷いて、 「酒場がうるさすぎるんだ」 肩をすくめていつもの軽口、確かにあそこはいつも騒がしい。 でもそれは嫌な喧騒じゃなくて、それがあったからこそ─ 「ほら。あそこだ」 ホタルが示す先には、幾重にも輪を作り出す、淡い光点。 まるで小さな宝石が、楽しげに会話するように舞っていて、 「あの輝きは、天空から降りてきた星だ。死者の魂が戻ってくるときの道しるべだと言われているんだぜ」 そういわれてしまうと、そう納得してしまう神秘性を帯びていた。 ホタルは、無造作に腰を下ろした。 周りみたいに、隣に座るべきか、少し距離をとるべきか躊躇して… 結局こぶしひとつ空けて座った。 手を伸ばせば、容易に届く距離、 互いの息遣いが聞こえる距離、 ひょっとしたら、この鼓動も聞こえてしまっているかもしれない。 光をを見つめるホタルの顔は、とても儚げで、 月の光で輝く、透き通る髪は、とても幻想的で、 このまま彼が、霞んで消えてしまいそうで、 いつの間にか夜はずっと深くなっていた。 変わりに聞こえてくる、軽い地響き。 いつもの、酒場の、あの音だ。 そして、ホタルは苦笑してて、もう霞んでは消えていなくて、 「行こうぜ。みんなが待ってる」 彼の差し出した手を、私はそっと乗せるようにあわせて、 そのまま、彼が消えてしまわないように、触れ合ったまま歩き出す。 「ありがとな」 ホタルの声は、小さくて、 「え?」 「何でもねえ」 彼はそっぽを向いてしまう。 それでも、ホタルの手は暖かくて、 嫌いになったわけじゃないってすぐわかる。 「ねえ、あれ」 舞い踊る光が、ホタルの肩に止まる。 それは淡く、静かに輝いていて、何かを伝えたそうに明滅していた。 それが、誰かの魂であるとするなら─ 「ホタルに会いに来たのかな」 「もしかしたらディセアの友達かもな」 一緒に口を開いて、なんだか可笑しくって、 二人で手をつないだまま、声を殺して笑った。 光はやさしい色のまま、光の群れに戻っていった。 - - - 酒場の周りは、普段と違う喧騒に包まれていた。 「おい、どうしたんだよ。盆祭りじゃないのか」 盆のフィナーレはお城で行うことになっている、少なくとも虹の裏亭じゃない。 「結婚式だ!」 「マジか。こんな時間にか」 「落ち着け」 ここはいつでも、何かが起こる場所だ。 だから退屈しない、予測もできない、心地いい番狂わせ。 「な、なあディセア。まだ暇か?」 イレギュラーはいつだって突然にやってくる。 「空いてる、けど」 「よし。いこうぜ。ご馳走を食いにいこう!」 言うや否や、わたしの腕をつかんで進みだす、 「ちょっと、逆じゃないかな」 抗議の声を上げるけど、別に嫌じゃない。 そのまま、大通りに駆け出した。 そのまま、貸し服で大忙しの衣服店に連れ込まれる。 ホタル曰く、安くて見栄えのいい服が借りられるとのこと、 ホタルはそそくさと衣装を決めて、ドレスルームに直行した。 わたしはこういうのに疎い、 アクセサリだって、ホタルにもらったイヤリングしかない。 結局、店主の奥さんにに見繕ってもらう。 選んでくれたのは、ワインレッドのドレス。花の髪留め。 こんなの似合わないって講義したけど、そのままドレスルームに引っ張り込まれる。 コルセットがきつくて、多分はじめての化粧を施してもらって、 ついでに下着も換えさせられて… ヒールは歩きづらくて… 結局鏡に映ったのは、ぜんぜん知らない自分の姿だった。 ドレスルームから出ると、ホタルはもう着替え終えていて、 いつものラフな服装からは感じられない気品を漂わせていた。 思わず息を呑む。 彼は私なんかより、ずっと似合う人がいるだろう。 わたしよりずっと良い人が待ってるんだと思う。 心が揺れる。 そのまま、心の振り子がゆれたまま、式場に向かう。 櫛を通してもらった髪をいじる。 わたしは・・・ わたしより・・・ わたしなんか・・・ 結局道中、ホタルと話したかさえわからなかった。 - - - 教会はすでに準備が整っていた。 低くうなる、鳥の声。 『迷うもの、悩むもの、立ち入ること無かれ』 今わたしは、新郎新婦を祝う気にはなれなかった。 わたしは何でこんな服を着てるんだっけ わたしは何で、 不意に腕を引かれる。 ホタルが、こちらを見て笑っていた。 振り子は少し収まったけど、それでもまだ、 - - - 式場はすでに、教会ではなく、いつもの酒場然としていた。 それでも、踊り・歌い・叫びながら、新郎と新婦を心から祝い上げていた。 空元気が出てくる。 振り子は揺れ続けるけど、今だけは忘れて良いと思う。 むしろ騒ぎ疲れて、忘れてしまえれば、この迷いなど無かったことにして、 また明日から、友達として接することができれば…。 わたしは、用意された葡萄酒を軽く煽り、踊りの輪の中に身を投げた。 - - - 騒ぎはいつ終わるとも知れず続き、 慣れない服で、慣れない踊りを踊って、一息ついた私は、 空いてる席に腰を下ろして、また葡萄酒に口をつけた。 甘酸っぱい葡萄の味と、ほのかなお酒の味。 ごくごくと、疲れを吹き飛ばすように、お酒を空ける。 足りない、こんなものじゃ。 こんなんじゃまた、 気が付けば、目の前には、 「ホタル…」 ホタルが手に届く距離、 振り子はまた、大きく揺れ始めて。 踊りでも上がりきらなかった心拍数を上げていく。 周りの音楽が聞こえなくなる。喧騒も。 (ダメ…) 声にならない叫び、 (元に戻れなくなる…) 彼にはもっといい人がいる。 わたしの存在は、彼にとってマイナスとなる。 だから、ホタルとはこの距離を、親友の距離を、 嫌われてはダメ、それも嫌、だから、 振り子はずっと揺れている。 「ディセア」 名前が呼ばれる。心臓が跳ねる、音は聞こえないはずなのに、ホタルの声は聞こえる。 「あ、え…と」 早く、振り子を抑えないと、もう、 「好きだディセア。つきあってくれ」 目の前が真っ白になる、 頭の中をホタルの言葉が駆け巡る、 背筋に電流が走る、 「あ…、あ、」 言葉が詰まる、言葉が紡ぎ出せない。 心がはやる。 ホタルは、私が好きだって、そう言ってくれた。 「ディセア好きなんだ。迷惑かな?」 振り子はついに壊れてしまった。 「…き。」 「えっ?」 立ち上がる、もう迷わない。 「大好き!ホタル!」 わたしは、ホタルに飛び込んだ。 ○ホタル・ムーンボウ http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F12982 ブロンドの青年。占い師。 ○ディセア・コードウィル http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F17753 白子病(アルビノ)のドワーフ。