「現状調査?」

燃えるような緋色の髪をかき上げ、女は怪訝な表情で見知らぬ男へ応対する。

「…そうだ…酒場からの要請でね…名簿に登録された冒険者の身元調査をしている…。
 …何もあんたの身上を根掘り葉掘り聞こうってわけじゃない…。
 …氏名と登録月の本人確認だけでいい…確認できたらこの証明書にサインすれば済む…」

手にした黒革の鞄から一枚の書類を取り出し、ペンを添えて差し出す黒衣の男。
その書類を引っつかみ、興味薄げに眺める赤髪の女。

「…ふぅん。ま、良いだろう。サインすりゃいいんだね?
 …エルネルラ・ヴァネラ、と。ほら」

ひらひらと女の手先で揺れる書類を受け取り、男は鞄にしまい込む。

「…協力感謝する…」
「用は済んだかい。なら、とっとと帰りな。
 あたしゃ帰ってきたばかりで眠いんだよ」

蝿でも払うように手を振り、開け放たれたドアのノブを掴むエルネルラ。
その手の行く先を、男の手が遮る。

「…もう一つ…個人的な質問がある…」
「…早く言いな」
「…ヴォルフガングという男を知っているだろう…あの男が今どうしているか…わかるか…?」

見知らぬ男から唐突に飛び出た名を聞き、エルネルラはその力強く引かれた眉を吊り上げる。

「…あんた、ヴォルフの何だい?友達って風じゃなさそうじゃないか」

警戒感を滲ませる女に対し、男は視線を動かさない。

「…赤の他人さ…噂の色男のご尊顔を一目拝んでみたいと思ったが…自宅にはいないようなのでな…
 …あの男と親しくしているんだろう…行き先を知らないか…?」
「…さあね。旅にでも出てるんじゃないか。
 泣きたくても泣けない時、男ってのは見知らぬ土地へ身を置きたくなる生き物なのさ」

気のない口調で淡々と言葉を放つエルネルラ。
それを聞き、男はかすかに笑う。

「…旅…か…そりゃいい…心の静養ってやつも必要だろう…。
 …質問は終わりだ…邪魔したな…あんたの死亡報告を書く時が来ないことを祈る…」
「祈ってもらえるのはありがたいねぇ。嬉しくて涙がこぼれそうだよ」

宿のドアが軋んだ音を響かせ、勢いよく閉まる。
男は閉ざされたドアから離れ、廊下を歩いていった。