蟹聞如是 黄金暦89年のとある日、青年は蟹の槍飾りをトライデントに付け替えながら曰く。 「ねぇ蟹槍、僕の友達には面白い人達がいっぱい居てね。みんなが居てくれるこの酒場が、僕は大好きなんだ…」 ●何かを守ることを生業としてきた一族の女に関して 「彼女…彼女達って言ったらいいのかな?僕には見えないもう一人が居るからね…  彼女達は不思議な絆で結ばれているみたいだけれど、もし彼が消えてしまったら…彼女は一体どうするんだろうね?」 黄金暦89年7月  蟹神は、その女が冒険者を引退したことを酒場で聞いた。話によると、憑き物が落ちたやら友人が死んだやらと畳み掛けるものがあったそうだ。  どこで暮らしているのかを聞こうとして、蟹神はやめた。自分が知ったところで何になると言うのか。 ―坊主、その友人ってのはおめぇさんのことだよなぁ…そっちでは吸血鬼さんの顔は拝めたかい? ●朴訥な話し方をする少年に関して 「彼と出会ったのは…そうだ、クリスマスの一日後のことでね。なんだか俯きかげんなのが気になって、ついつい家まで誘っちゃったんだよなぁ。  最近じゃあはっちゃけて友達もいっぱい出来たみたいで、よかったなって思うよ」 黄金暦89年8月  蟹神は酒場の端から、生還を祝われる少年の噂を聞いた。  彼は今月の依頼で命に関わるほどの傷を負ったが、何の加護があったか持ち直して一命をとりとめたようだ。  自らの体には不要なものを、形だけ飲み干して蟹神は席を立った。 ―坊主、あの子は幸せそうだ…そっちでの再会はもうちょっと後になりそうだな ●美味しいパンを焼く少女に関して 「もうあの子が亡くなって半年近くが経つんだ…まだ全然そんな感じがしないや…いつも明るくてみんなに優しい子だったなぁ  今は向こうで楽しくやってるのかな?」 黄金暦89年9月  蟹神はとある少女の墓を訪れた。故人の関係者がまめに参っているのか、汚れも無く花が供えられている。  蟹神は片手に使い古された小さなエプロンを持っていた。元の蟹槍の持ち主が住んでいた家から勝手に持ち出したものだ。  蟹神はエプロンを墓にかけると、その場を立ち去った。 ―坊主、俺が持っててもしょうがねぇから返しておくぜ。そっちでまた美味いパンでも焼いてもらえ ●最初に声をかけてきた二人の古い友に関して 「冒険を始めてしばらくは自分から声をかけに行くのが恥ずかしくて、いつも酒場の隅で騒いでる人たちを見てたんだ。  そしたらね、その日の冒険で一緒だった二人の冒険者が声をかけてくれたんだよ!あれは嬉しかったなぁ…  一人はもう結構前に亡くなっちゃったけれど、最近もう一人の彼と久しぶりに話をすることが出来たんだ。また近いうちに遊びに行ってみようかな?」 黄金暦89年10月  古い冒険者の墓に参った帰り、蟹神は冒険から帰ってくる一行とすれ違った。  蟹神はその中に、濃い紫のコートを着た覆面冒険者を見出した。  すれ違った後で、ニヤリと笑って自らの棲家へと足を向けた。 ―坊主、おめぇさんの友達ってのは、角があったり火を吹いたり変な輩が多いんだなぁ? ●長きに亘って冒険を共にした英雄の見届け人に関して 「あの人とも随分長い付き合いになったなぁ…姉さんが死んだのを知って落ち込んでた僕を励ましてくれたんだ。  とっても物知りな人でね、たまに本を貸してもらったりしてるんだ。  次代の英雄を探すためだって言ってたけれど…僕も生き続ければそんな人に会えるのかな?」 黄金暦89年11月  棲家である街の外れの廃屋で仰向けに寝転がりながら、蟹神は過日酒場で話した男のことを思い返していた。  永遠にあらざる短い命の中で、それでもその男は求めたものを見出すために命を惜しまないと言った。  破れた屋根の隙間から差す光をじっと見ながら蟹神は考える。 ―坊主、おめぇさんも生き続けりゃあ英雄なんて呼ばれるようになったのかねぇ? 蟹神は起き上がると、軋む戸を開けて外に出た。 「見届けるもの…か。それも案外悪くねぇ気がするぜ…トッシーニよ」 蟹考如是 蟹神は冒険者を続けている。 たまには酒場で知己になった者や故人の友人達ともいくらかの話をすることがあるが、やはり普段は酒場の片隅で喧騒を眺め続けている。 〇黄金暦90年4月  蟹神は青年の墓参りに来た冒険者達の安否を酒場で尋ね、既に亡くなった者達の墓へと参った。  その墓の一つ一つに花を手向けながら蟹神は考える。  自らの依り代となる体が亡くなったとき、それが周りの冒険者達にとっては死として扱われるのだろう。  生者と言葉を交わすことは無くなり、何百年以来続けられていた振る舞い、つまり漁師の家の神棚に安置されている本尊に落ち着くことになる。 ―なぁおめぇさん達…俺ぁそっちには行かれねぇが、よければそっちでもうちの坊主と仲良くしてやってくんな~ 〇黄金暦90年7月  少しずつ体の動きが鈍くなりはじめていることに蟹神は気づいていた。  恐らく依り代に負荷がかかりすぎているのだろう。  酒場にたむろするのを控えるか。蟹神は億劫そうに目を閉じた。 〇黄金暦90年9月  とある呪術家の手により、依り代は問題なく動くようになった。  その青年の腕もよく、鉄の体は恐らく以前以上に動きやすくなったのだろう。  しかし、蟹神はどこかに違和感を感じていた。それは恐らく依り代ではなく依る存在、つまり蟹神自身に関わってくること。  自身もそれに気付き始めているかのごとく、蟹神は誰にともなく中空に呟いた。 ―坊主、おめぇさんの未練が薄らいでるのかね?それなら俺の寄る辺は無くなっちまうのかもなぁ 〇黄金暦90年10月 [#faa2f94f] 「僕の大事な蟹槍…すこしだけ力を借りるよ…」  酒場からの帰り道、蟹神は頭の中に響く声に戸惑いと懐かしさを感じた。  それはもう二度と聞くはずも無い青年の声。 「…何の音沙汰も無いまんまだと思えば、いきなり手を貸せってかい。まぁいいさ、好きにしな」  そう言うや否や蟹神は光に包まれて消え、代わりに蟹神が元居たところに蟹の槍飾りがころりと転がりおちた。 〇黄金暦90年11月  蟹神はある冒険者の墓前に立っていた。その男はすでに先月の討伐で命を落としたとされている。  蟹神は知っていた。言葉巧みに生き抜いてきた詐欺師の最後の詐術のタネを。  それでも蟹神は弔意を告げて花を手向けた。  真実は秘してこそ華、ならば最後まで騙されて終わるのも相応しいと考えたからだ。  墓地から帰る蟹神の顔には、余人には読み取れない僅かな笑みがのぞいていた。 ―坊主、おめぇさんらしいじゃねぇかよ。親友の窮地に駆けつけるなんてよ 〇黄金暦91年9月 [#gb39b7c7]  今月もとある冒険者が命を落とした。  それは冒険者にとって毎度のことであり、蟹神は慣例どおりに形だけ死者の張り出された掲示を眺めにいった。  しかし死者一覧に載っている名前の一つを見て、蟹神はバイザーの中の目を大きく見開いた。  その男は蟹神の元の持ち主とも死ぬ三月前から付き合いがあったが、それ以上に蟹神が親しくしていた冒険者であった。  遺体の還って来ない墓に花を添えた後、蟹神は自問する。『あの男との付き合いは一体どういったものだったのだろうか?』  答えは自ずと蟹神に浸透してきた。蟹神はいくらか涼しくなってきた晩夏の夕暮れを見つめて感慨に浸る。 ―坊主、こいつぁおめぇさんの絆じゃねぇんだな…おめぇさんよりアイツを知ってる俺自身の繋がり…か 〇黄金暦92年7月  書き散らかしてきたものをまとめる際に、蟹神は今まで書いてきた中に表れた冒険者達の名を書き記しておくこととした。  死んだ冒険者は忘れられていくもの。しかしそれでも誰かの記録に残されていれば、果敢無くとも確かに生きた証として残るだろうと考えたのだ。  蟹神は軋む窓を開けた。この土地へ来て7度目、冒険者としての体を得て4度目の夏を感じていた。 蟹聞如是 タダノ家出身         トッシーニ・タダノ       http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F12513 オオッ家出身         ナンダロウ・オオッコレハ    http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F11942 スタンガン家出身       エレキング・スタンガン     http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F12789 セール家出身         シャオン・セール        http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F16041 キーパー家出身        ノエル・ノエル         http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F20593 キサラギ家出身        ラセット・キサラギ       http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F24141 ラジナン家出身        ティルア・ラジナン       http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F27881 蟹考如是 オオッ家出身         ナンダロウ・オオッコレハ    http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F11942 イーモール家出身       アルエ・イーモール       http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F11639 モリナガ家出身        タケシ・モリナガ        http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F11431