「随分と、元気ないね」  じっと窓から外を見ていると、背後からそう声をかけられた。 「ようやく女の子らしさを学んだのかな……って、そうじゃないみたいだね、アコレット」  続けて耳に飛び込んでくる声は、ずっと聞いてた、でも最近はこの二年は耳にする事のなかった言葉。 「お兄……ちゃん」 「ん、久しぶり」  振り向いたその先にいるのは、生まれてから十数年間見てきた大切な、家族。 「久しぶり、じゃ、ないわよ」  そう、十数年間の間、このどうしようもなく朴念仁で鈍感で間抜けでおまけに不幸まみれのこの男はいつだってこうやってこんな見られたくないような情けない所を目撃して…… 本当に間の悪い男だ。 「こんの、馬鹿アニキ!!」 「ぐぇほっ!」  妙な声を出しながら構えてすらいないボディに拳を叩き込まれその場にうずくまる兄(21) 「なんで……こんな事、する、かな?」 「レディの部屋に入る前にはノックしなさいよこの駄目人間」  「した、筈なんだけど……聞いてなかったんじゃないかな?」 「あたしが聞こえてない以上、それはしてないわ」 「……どうしようもないじゃないか、それ」 「それで、今頃見つけるとかどーゆう了見よ」  涙を拭いて、一応顔も洗ってなんとか平静を装おうとする。  その所為か、口調もぶっきらぼうなものに。いや、むしろいつも通りかもしれないな。この兄の前ではいつもこれだ。  他の人となら自然に喋れるのに……。  兄はテーブルに備え付けられている椅子に座り、私はベッドの縁に腰掛ける。  そしてぽつりと、兄の方から話し始めた。 「見つけたのはつい最近だったんだよ。なかなか知り合いも多い方じゃないしね。  偶然、町で買い物をしてるところを見かけてね。それで声をかけようとも思ったけど、やめたんだ」 「なんでよ」 「この町で、僕がいない所でちゃんと友達を見つけて、ちゃんと過ごせてる所を見れたからね」 「………」 「いつも僕の後ろからついてきて、あまり人に懐かなくて……一人で、もしくは僕としかいなかった君はもういなかったんだ。  一人で生きていける。僕じゃない誰かと一緒に暮らせてる。それがわかったから、声がかけられなかったんだ。  ここで僕が出ていったら台無しになるんじゃないかなって思っちゃってさ」 「なによその保護者目線。なに保護者気取ってんのよ。大体そのずっとついて回ってたのだって結構前の話じゃないっ」 「はは、それだけ僕には思い出深い事なんだよ。そしてなにより僕は君のお兄ちゃんだからね」 「なによ、それ」  思わず膨れっ面になる。いつだってこの人は君の事は何でも知ってるみたいな口調で話す。  嬉しいけど、怖くなる。 「理由はそんな感じ。さてと、なんだか僕ばっかり話してるし、君の話も聞きたいな。  例えば、久しぶりに泣いていた理由とかね」 「それは……」 「話してみてよ。こう見えて、こっち来てからはそこそこ頼られてるんだよ?」  ニコニコしながら話しかけてくる。一見嘘をついてない様に見えるけど、嘘を吐いてる。 「嘘。サンキストがそうやって言う時はいつも嘘ばっか」 「はは、やっぱりわかる?」 「わかるわよ、ずっと一緒に……いたんだから」  実際は、この人が満面の笑みの時は大体が嘘を吐いてる。  嬉しい時はそれこそ微笑むくらいで、この人が笑う時は何かをごまかす時だ。  「それじゃこんな言い方どうかと思うけど、昔ながらのよしみってことでどうかな?」 「長いよ?」 「構わないよ」 「途中で泣いちゃうかも」 「構わないよ」 「手とか出すかも」 「それは配慮してね」 「………」 「ふぅ……構わないよ」  そして、あたしは話し出す。  長かったこの2年近くに起きた色んな人との素敵な出会いと、悲しすぎる一人の女の子との別れを。 「なるほどね……それは、辛かったね」  話し終えたあたしの話に、彼はぽつりとそう言った。 「わかるよ、その気持ちは」 「わかるわけっ」 「僕も、こっちに来ていつも優しくしてもらった人が、亡くなっちゃったからね」 「え……」 「だからわかるよ。泣いてしまう理由も、いつまで経っても落ち込む理由も」  兄は立ち上がり、椅子からあたしの座ってるベッドの傍に来て、そのまま隣に座った。 「でも、泣いてちゃ駄目なんだ。落ち込んでるだけじゃ駄目なんだ。それはきっとその人が望んだ事じゃないから。  生きてる僕らがしなきゃならないのは、前へ進んでいく事。その人がくれた優しさを少しだけもらってね」  すっとあたしの頭を抱えるようにして彼は自分の胸へと押し付ける。 「ただまぁ、そうするにはやっぱり色々すっきりしとかなきゃならないし。だからまぁ、散々泣いたとは思うけどその人に対しての涙は僕がもらっていく。  だから……今は泣いて、明日からはまた強い君でいよう」  それからの事は、あんまり覚えてない。  すっごく泣いて、泣いて、泣きまくって。そのまま疲れて眠ってしまってた。  起きたらそこにはもう兄の姿はなくって、書置きに「またいつか会おう」とだけ書いてあった。  ん〜、兄らしいというか、変なところでカッコつけるのも相変わらずだ。  次に会ったらまずは殴ろう。そして、いつものあたしで会いたい。  そっと、胸のペンダントに触れる。  悲しいけど、もう悲しくないよ。    ありがとう、そして……さようなら。