勇者が勇者でなくなった日/勇者が少女の騎士となった日


 物語には終わりがある。
 英雄譚ならば、英雄がドラゴンを倒して、或いは魔王を倒して、姫を助け出して世界を救う。
 そう、それが物語というものだ。たとえ、結末が良くないものであったとしても、いつしか物語は終わりを迎える。
 物語の主人公は、どのような結末であれ、物語を終えることができる。
 だが、だがもしも。終わりのない物語があったならばどうだろう。
 終わりのない物語の勇者は、一体どうなるのだろう。
 ドラゴンを、魔王を倒しても終わらない物語。
 永遠に続く物語。永遠に紡がれる物語。
 そんなものがあったとするならば。そんな物語が存在しえるなら。


 ――君なら、どうする?


「絶望した」

「目の前で、何度も何度も崩れていく世界を目にして」

「俺は」

「俺は」

「壊れて、しまった」

「世界を救っても、魔王を倒しても」

「終わらない。世界は端から、崩れ落ちていく」

「何も救えない、何も守れない」

「俺は――勇者じゃない」

「ただ、ただ、無様に踊り続ける、操り人形」

「……世界を守れなかった、勇者だ」


 ――それで?


「それで……」

「それで、俺は――」

「――――――――」

「……勇者で、なくなった」

「魔王に、なったんだ」

「世界を壊すために」

「――世界を守るために」


 ――守るために、壊す?


「そうだ」

「俺は、守るために壊す」

「この、ふざけた世界を、悲劇を生み出すためだけの世界を」

「壊すんだ」

「神が全てを弄ぶ、この世界を――!」

「全ての、世界の為に――!」


 ――違う、違うよ。世界のためなんかじゃない。自分のためだろう?


「違う」


 ――いいや、自分のためさ。君は、耐えきれなくなったんだ。君が、耐えきれなくなったんだ。


「違う!」


 ――君は、欲しいんだ。求めているんだ。自分の物語の終わりを。


「俺は、世界の為に戦い続けている。運命と、神と! 俺の身など、どうでもいいんだ」


 ――自分の物語を終わらせてくれる存在を、求めているんだろう?
 
 
「もう見たくないんだ!」

「救っても、手からこぼれていく世界を、何もかも消えてしまう世界を!」

「最後に神が現れて、何もかも終わってしまう世界なんて!」


 ――そう、すべては終わる。だけど、君は終わらない。君だけは、終わらせない。


「戦いは無限に続く。世界を救っても、魔王を倒しても、すべては終わり、また始まってしまう」

「俺は、勇者として、永遠に戦い続けなければならない。何度も何度も、世界を救い、そして滅ぶ様を見て」

「呪いだ」

「勇者の、呪いだ」

「何度でも何度でも何度でも蘇り、魔王を倒す。世界を救う」

「そして、世界は終わる。終わってしまう。滅ぼされてしまう」


 ――誰によって?


「魔王によって」


 ――それは、君じゃないか。


「違う、俺は勇者だ」


 ――いいや、君は魔王だ。自分でも言っていたじゃないか。君は、魔王に堕ちたんだ。永遠に繰り返される世界に耐えきれずに!
 
 
「……そうだ、俺は魔王になった。神と戦うために」
 
 
 ――違う。君は、君に倒される為に魔王になった。勇者に倒されるために魔王になったんだ。
 
 ――だけど、そう。ダメだったね。君は君の物語を終わらせる存在にはなりえない。
 
 ――永遠に、神の玩具だ。世界を滅ぼしたのは君だ。勇者に倒されるのも、君だ。
 
 ――いつまでもいつまでも、それを繰り返すんだ。
 
 ――君は世界なんて守れやしない。可哀そうな勇者。
 
 ――彼の世界の英雄たちのように、君はなれない。
 
 ――かつて君が旅した、黄金の伝説の残る世界の人々のようには、なれない。
 
 ――さあ、絶望しよう。君の大事なものも、何もかも、すべては消えうせた。
 
 ――すべては奪われた。
 
 ――世界を壊した勇者、世界を救おうとする魔王。
 
 ――実に、喜劇だ。
 
 ――デクスの勇者。


「――違う」

「俺は、抗い続ける。運命に負けなどしない」

「何度生まれ変わっても、何度絶望しても、絶対に諦めない」

「幾度罪を重ねようとも。幾度世界を救い、滅ぼしても」

「諦めない」

「――お前を、殺すまで」

「全能なる父」

「――神よ」


 ――素晴らしい。

 ――それでこそ、勇者だ。神に立ち向かう、魔王だ。

 ――でも、ダメだよ。

 ――ほら、今も。

 ――こうして世界は、終わってしまったのだから。

 ――永遠に物語を紡ぐんだ、勇者よ。

 ――君は、永遠に真に勇者にはなれない。主人公にはなれない。

 ――神の物語の中で、囚われ続けるんだ。

 ――その、デクスの力だって。

 ――神の、与えたものなのだから。

 ――さあ、今回も、おしまい、おしまい。

 ――行こうか、次のページへ。

 ――永遠に完結しない物語を、もう一度始めよう。

 ――神が終わりを与えない、黒き歴史の物語。

 ――「Kの伝説」(終わりなき物語)を。



 落ちていく。
 落ちていく。
 深い闇の中を、俺は落ちていく。
 世界が崩壊していくのが見える。全てが闇に包まれていくのが見える。
 何もない世界の中で、佇む者が見える。

 誰だ。

 あれは、誰だ。

 血の涙を流して。
 闇を身に纏って。
 世界を滅ぼしたのは、誰だ?
 俺の敵は、魔王は、誰だ?

 「また救えなかった」と泣いているあれは、誰だ?

 あれは――俺、だ。

 世界を滅ぼしたのは、俺だ。

 絶望の果てに、悲しみの果てに。世界を神の楔から解き放とうとして。

 滅ぼしたんだ。

 俺が。

 この、魔王が。


「いいだろう、ならば、俺は魔王だ」

「世界を救う、魔王だ。そして、勇者だ」

「俺の前を往くものすべて、悪として斬り」

「神の世界を壊して、新しい世界を作り上げる」

「幾万の罪を背負って。幾億の罪を背負って」

「何もかもを、壊して、壊して壊して壊して壊して壊して壊して」

「狂ったとしても」

「全てを、救い」

「守って、見せる」

「あらゆるものを、壊して」

「この、悲劇の世界を、壊して」

「取り戻そう」

「――すべてを」



 「かつて勇者だった者」が生まれ。
 それは、「そして勇者であり続ける者」となった。
 勇気ある者は、絶望の果てに狂って。
 あまりに切なる願いの為に、狂って。
 神と戦うために、世界と戦うために、狂って。
 何もかもを救済する勇者/魔王となるために、狂った。
 神の楔を解き放つために。
 
 
 だから、あの世界へ行こう。この世界の神が造りだしてはいない世界へ。
 自らの世界と、自らの呪縛を解くために。
 たとえ、これすらも、神の操りであったとしても。
 解き放つ。解き放って見せる。
 黄金の伝説の残る世界へと、再び、降り立って。
 何もかもを、すべてを。神に奪われたもの、すべて。
 取り戻して見せる。

 勇者/魔王として――




 ――問おう。

 ――守るべき世界を守れなかったとき

 ――君はどうする。
 
 ――全てを諦めるのか、それとも、全てを取り戻そうとするのか。
 
 ――我が主よ。聞かせてくれ。
 
 
 
 ――そんな事、決まっています。
 
 ――僕は、守る事が出来なかった。守るべき力が無かったから。弱かったから。
 
 ――僕は、守られていた。幼かったから。弱い存在だったから。
 
 ――今だって僕は…弱虫で、臆病で、卑怯者だ。
 
 ――…それでも………!!
 
 ――それでも僕は!!取り戻したいっ…!
 
 ――守れなかったものを! 優しい人達を!! 大好きだった人達を!!!
 
 ――だから…故に…! 僕は、貴方に命じる。バーサーカー(魔王)
 
 ――貴方の力を僕に。僕の願いの為に、使って下さい。
 
 
 
 ――君の、願いを聞いた。
 
 ――君も、奪われた者ならば。そして、全てを取り戻すと言うのならば。
 
 ――俺も、守れなかった。世界を、守るべきものを、この手で、守れなかった。
 
 ――君の願いは我が願い。奪われ、取り戻したいと願うのならば。
 
 ――この、狂った勇者をも用いて、願いを成すというのならば。
 
 ――この、紋章の力を君の為に。
 
 ――この、腕は君の腕となり、この足は君の足となろう。
 
 ――君の悲しみは我が哀しみ。君の絶望は我が絶望。
 
 ――非情な運命にあってもなお、抗う者こそ。
 
 ――俺にはふさわしい。
 
 ――この紋章がたとえ、俺を無限の世界に縛り付けるものであったとしても、俺はこの力を、君の為に使おう。
 
 ――君の願いの為に。君を守るために。
 
 ――何故か。それは、俺が勇者だからだ。神の操る世界を壊す魔王であるからだ。
 
 ――君が、それを望む限り。
 
 ――俺は世界を守る勇者だが、この瞬間、この時、この戦においては
 
 ――君だけを守る、騎士となろう。
 
 ――君が、俺のマスターだ。

召喚

――ご命令を、我が主(マイ・マスター)。この力、全てを、君の為に用いよう。
 
 ――それは、俺の願いをも果たすもの。
 
 ――さあ、我が主の名を、ここに。我が主の名前を、俺に、聞かせてくれ。
 
 ――そして共に、全てを、取り戻そう。
 
 
 
 
――僕の……私の、名前は――



DECUS SAGA

Legend of KEITA
 ―The Sixth Holy Grail War