夢か幻か。 それは彼女が最後に抱いた幻想。あるいは…… 私、ステラ・ウィレムスタッドは長年追ってきた復讐相手の紫の影を殺し、 そのために命を使い果たし、焼け落ちる館の中で力尽きた。 意識は暗闇の中に落ちて。 「……きて…」 遠くで呼ぶ声が聞こえて、むずがる赤子のように少しだけ目を開いた。 ここは地獄だろうか。 「起きて、お姉ちゃん! ねえ、起きてったら!」 ルーシーの、声……? ばっと跳ね上がるように起き上がる。 「あ、起きた。もう、普通劇団で熟睡する?」 目の前には、変わった格好をしたルーシーがいた。 女学生? のような……? 彼女は見たことのない、制服を着ていた。 「ルーシー………? どうして……」 困惑した。私はどこかの劇場の中にいるようだ。 体はどこも痛くない。 それどころか、自分も何か学生のような格好をしていた。 「ルーシー? なぁにそれ、お姉ちゃんが寝ぼけてる」 彼女は、ルーシーじゃない…? でも、どこからどう見てもルーシーで。 自分がいるのは舞台袖の椅子の上のようだ。 そこに男性がやってきた。ウルガンだ。 「ようやく目が覚めたか……?」 「え、私、え……?」 微笑むウルガン。彼は、ううん。ルーシーだって。 死んだはずだ。 椅子に座ったままただ周りを見渡す。 自分は幻術でも受けただろうか? 「あ、起きたー? ひょっとして相当疲れてる?」 「女優だけじゃなく、次の台本まで書いてるんだ。疲れもすると思う」 エル……クロウ… 記憶が混濁している。私の名前はステラ・ウィレムスタッドのはずだ。 「カッ! おねむなら家に帰ってベッドに潜りこみやがれってんだ」 ガルデグラム……の声。でも彼は背の高い人間の……姿で…… 次は人間に転生したいと最期に言っていた彼の、人間の姿。 「ふふふ……そう言って心配する辺り、年長の優しさが見えますね…」 「ああもう、寝顔まで絵になるのって素敵〜!」 リーディエ、ネピェ。どうして、みんな……そんな、異国のような格好を…? 「あ、イタズラし損ねたかな? 寝顔に落書きとか基本だけど」 「フフフ……寝ている間に魂の解放を! それもまた、自由への道標!」 キールにムング……… 顔を拭う。イタズラなんて、されていないだろうか。 「は! ったく、締まりがない顔してさ。顔でも洗ってシャキッとしてくれよ」 「…ご自愛してくださいよ、あなたがいないとこの劇団も回らない」 スパンキー、ジャック……まるで違和感がない。 声が同じ、服装が違う。顔が同じ、言っていることが違う。 私は軽く頭を振った。 どうしてみんな、楽しそうにしているんだろう。 「お姉ちゃん、今日はお姉ちゃんの友達の腹筋が割れてる女の人とか、読書好きの人とか、色々見学の予定が入ってるの。しっかりしてね?」 微笑みかけてくるルーシーを見て、どうしてみんなが楽しそうにしているかがわかってきた。 私は近くの高校に通う女子高生で、妹と両親と一緒に暮らしていて、放課後は劇団銀月の女優で。 そうだ、どうしてこんなことを忘れていたんだろう。 「お姉ちゃん……!? ど、どうして泣いてるの!? おなか痛い……? 寝不足?」 「ううん、本当になんでもないの」 流れた涙を指先で拭った。 ここはきっと、幸せの国なんだ。 だから、涙は要らない。 「さ、練習を始めましょうか!」 そう言って立ち上がると、ステラ・ウィレムスタッドとして生きた記憶が薄れていった。 それでも構わない。 もう今の自分には、必要のないものだから。 私は幸せの国にたどり着いた。 だから、この物語はきっと、ハッピーエンドなんだ。 私は次に書く予定の台本、そのノートのタイトルを指先で撫でた。