それはうさんくさい冒険依頼でありました。  依頼した商人曰く。 「ここから南に五日行った先に恐らく遺跡がある。多分この辺りの怪物の根城だろうが、或いは違うかも知れん。  まあ怪物の貯め込んだ財宝があったなら報酬とは別途好きに持ち帰るといい。得意だろう。  ……なに、こんな依頼は降りさせて貰う? 君らは冒険者だろう? 未知の土を踏めるのだ、探検できるのだ。  むしろ喜んだらどうだね?」  との事で。  この脂の乗った恰幅の大変よろしい商人は見た目通り傲慢という有様。  依頼の地へ向かうその最初から、私達は随分とやる気を削がれたものです。  されどその商人の言う事もまた然り。  だって冒険者でしょう私達。  何がどうなっていてこんな事がありそうですよ、だなんて事が予め知れていては、それは冒険とは今一言い難いですもの。  ひょっとしたら一人頭1,600では全く足りない事になるかも知れませんが、それはそれ。  私達の誰もがいつも報酬と内容が見合っている訳ではありませんし。  そうしてそうして……成る程、確かに遺跡がありました。  無かったらどうしようかとも思ってはいたので、取り敢えず安堵したのは確かです。  大分古びているようで、しかも他に誰もいないのか、それとも意気を潜めているのか。  不気味。  通路は続き、私達の足音、吐息、そればかり。  踏み込んだ部屋で私達を迎えたのは宝箱。開けたは良いがガラクタばかり。  ともかく目ぼしい物、金目の物、と物漁りに余念が無い辺りやっぱり商人の言う通りなのかもしれません、私達って。 「痛ってぇー!?」  別に彼が特別強欲だとかそんな訳は無いのですが、アルゲントゥムさんが不運でした。  箱を調べ、まだ何か入っているぜとにやりと笑ったのがついさっきだったんですがー……。  針でしたね。抜いて、あ、結構深め……傷口は取り敢えず凍らせた血で蓋しましょう大丈夫ですよ私上級者ですもの。  あっ。 「痛ってぇー!?」  ……ごめんあそばせ?  そして通路は続きます。続きます。  あれよあれよトロルだとかトロルだとか。  どうしましょう。依頼側の事前調査が足りないのを恨むべきか、冒険者としての本分である自体を喜ぶべきか。  ともかくトロルだなんて流石に荷が重過ぎて。辛くて、二度の戦闘で私達は随分くたびれてしまって。  でも一応は皆無事ですし、こういう時好奇心が勝るのは職業病なのでしょうね、そんなに年季ありませんけど私達。  ……ところで……あら、開きません? 宝箱。  あ、いいんですよ? 私なんてこの前宝箱も扉も何回か試させて貰ったんですが全部ダメだったですもの、ねえウィリアムさん? 「いや……そうだな。うん、あれは酷かった」  私の自己犠牲とウィリアムさんが空気を読んだ事で場の雰囲気は和みました。これでよいのだ。  通路はとても静かで、部屋に居たトロル達は寝ていたんでしょうか。いえそんな訳はないですね、だって寝てませんでしたから。  中々綺麗な硬貨を拾ったと思ったら大爆発の罠。アップダウンの激しい内容で、色々と心が折れそうです。酷いです。 「……遺跡だったよなここは?」 「その筈ですよ」 「深く気にするべきではないと思うが、これはあれか。こういうのがある場所に何か建造物が造られ、遺跡と化したのか」 「かも知れませんよ。取り敢えずクジ作ったんで引いた番号の若い人から行って下さいっていう方向で?」  最初に渡ろうとしたマサイエ君が闇に吸い込まれるように滑落していったのはいかがなものか。  その先は行き止まり。休憩しても良さそうだったので、真っ先に座って一歩も進まない構えを見せたら皆賛同してくれました。  そうですよね、休める時に休まないと……ぼろぼろだし……。  冒険者達は来た道を戻り、そして通路は続き―――それらは異形の存在。  虎であるが、二足で立ち。虎であるが、知恵を持ち。虎であるが、言語を持つ。  嗚呼虎男、彼等は傷付いた冒険者達の存在を先に察知し、罠を張り、不意を打った。  通路でのそれは今まで部屋での戦闘しかなかった事で完璧に成功し、何人かの冒険者に深手を負わせる。  この時点で彼等の命運は既に尽きかけており、だが誰もそれを信じようとはしていなかった。  虎男の爪を深々と受けて尚倒れぬ男。  咆哮に怯まず魔法を放つ女。  交錯する怒号、怨嗟、そして魂の絶える音。  その瞬間誰かが彼女の名を呼び、応えは無く、冒険者達は総崩れとなり、そしてまた一人。また一人。  冒険には冒険者が支払うべき代償が必要である。  無論それを全員が支払う事は無い。  ただ偶然、或いは必然、それを支払う側に彼女が回った。  それだけである。  …………あれ? ……ねえ? …………みんなまって? どうしていってしまったの……。  彼女の血に塗れた虚ろな眼差しはどこを見ていたのか。  何が見えていたのか。  その瞬間、元貴族の側近である彼女は敬慕する御主人様の声を聞いたような気がしたが……。  それを確かめる術も、確かめようとする思いも、永遠に閉ざされた。