「大変でおざる! たいへんでおざるぞー!」 天下の往来、人の行き来も少なくない中少し小柄な男が叫びながらひとつの建物へと慌てて入る。 「なんだ騒々しい、おめぇがそんなに息を切らすほど大変な事がこんな平和な日にあるってのかい」 家主は突然入ってきた男を睨みつけながらも、何かを編む手は止めずにいる。 その大柄の体や無愛想な顔にはいくつも傷があり、まさにならずものの親玉といった風貌だ。 小柄な男はそんな男に睨まれても臆することなく、息を切らしながら口を動かす。 「いやね旦那、最近巷で妙な噂を聞きましてね」 「噂?」 「へい、なにやら最近とある店でゾンビ肉なるものが売られて、しかもそれが大人気らしいんでさ」 それを聞いた大柄な男は驚いたような顔をし、男へ身を乗り出す。 「なにっ! ゾンビっていやお前、あの動く腐った奴か」 「へい」 「お前聞き間違いでもしたんじゃねぇのか、誰か好き好んで腐った肉なんて食うんだよ」 「いやぁあたしに聞かれても……それで旦那を呼んで、一緒に見に行こうと思って慌てて来たんですよ」 それを聞いて少し考え込む大柄な男、元々好奇心は強く、子供の頃から冒険に行ってはよく怪我をしたものである。 しかし今は子供の時とは違う、こうして内職をし生計を立てなければ暮らしていけない。ただ気になると言うだけでその仕事を放り出すわけにも行かず、しかし…… 「よし、いっちょ見に行こうじゃねぇか」 その目は顔や体に似合わず、好奇心に勝てなかった少年のような瞳であった。 「あれです、あれあれ!」 家を出てから20分ほど、いつもは人がいい具合にばらけ、様々な店の品物を見る客であふれかえっているはずの商店街が、今はひとつの店にだけ人だかりが出来ていた。 「はー、あれがゾンビ肉ってのを売ってる店かい。うっ! なんだこの臭いは、臭くてたまらん」 人だかりに近づこうとしたその時、漂ってくる異臭に大柄な男は思わず顔をしかめ、鼻をつまむ。 「こりゃ本当にゾンビの肉らしいですな、臭くてたまりませんや」 隣では小柄な男も同じように鼻をつまみ、袖でパタパタと少しでも臭いをよそへやろうと仰いでいた。 しかし人気といえどこの人の多さは異常である、いくら人気でもこの異臭に耐えられる人間はそう多くはないだろうからだ。 大柄な男は頭痛がするほどの臭いを我慢し、客の一人へと近づく。 「おいあんた、あんたよく鼻もつままずにこんな臭いところに居られるな」 客の肩を叩き、大柄な男がそう尋ねるも客は振り向くどころかまるで肩など叩かれていないかのようにまったくの無反応である。 大柄な男はおかしいと思いつつ、ひとつの店に群がる客を改めて見回すとある異変に気づく。 そう、これほど人気なら我先にと商品を手に取ろうとする客たちでごった返し、まるで戦場のような騒がしさがあるはず、なのに店の前には人は多いものの、誰一人として騒いでいないのだ。 いやそれだけじゃない、ここの客全員、微動だにすらしていない、まさに完全に静止した状態なのである。 「こりゃいったいどういうこった……おいあんた、具合でも悪いなら家に帰って……うっ!」 先ほど声をかけた客の肩をつかみ、こちらへと向かせるとその客は二つの目玉をくりぬかれ、大きな穴がぽっかりと開いているではないか。 これを見た大柄な男もさすがに驚き、思わず数歩後ろへ下がってしまう。 「どうしたんですか旦那! うわっ! こりゃまたいったい……」 後ろから近づいてきた小柄な男も、その客の顔を見て一瞬で青ざめる すると突然、今までピクリとも動きもしなかった客たちが、いっせいにこちらを振り向いた。 同じように両目が抜かれた者、鼻を削がれた者、唇も歯も舌さえ無い者達がいっせいにこちらを睨みつけるのだ。 「だ……旦那、こりゃやばくないですか」 小柄な男は全身を震わせながら大柄な男に耳打ちする、その様子は腰が抜ける一歩手前といったところだ。 「ああ……だが気をつけろ、こいつら一斉に動き出すかもしれねぇ。ゆっくりだ、ゆっくり動くぞ」 流石の大柄な男は肝が据わっており、冷や汗をかいているものの冷静さを失うことは無かった しかしその時である、二人の動きに反応したように一斉に顔の一部を無くした者たちが襲ってきたのだ! 「ギヤーッ!」 小柄な男はたまらず叫びながら手をばたつかせ走って逃げていく。 大柄な男もそれを追い、気がつけば自分の家の前へと戻っていた。 「はぁ……はぁ……なんなんですかあいつらは! まっまっ……まるでゾンビって奴みたいじゃないですか!」 小柄な男は再び息を切らしながら、顔を真っ青、いや真っ白にして叫ぶ。 こうなってしまうのも仕方が無い、この男二人はいわゆるモンスターなど大ネズミか大蝙蝠ぐらいしか見たことが無い。 人型の化け物とは無縁、ましてやゾンビなどが自分たちの住む場所に現れるなど思っても居なかったからだ。 「まぁ待て、確かにあれはゾンビってやつなのかも知れねぇ、でもここにゃそんな奴らを倒して金を稼ぐ奴らが居るだろう。 きっとそのうちお上かそこらの金持ち商人が金を出して討伐依頼を出してくれるさ」 「そうだといいんですがね、あーもうゾンビ肉とか言うもんだからてっきり暇つぶしになるかと思ったら。こっちがゾンビの肉になるところでしたよっ!」 小柄な男がプリプリと怒りながら大柄な男の家へと入っていく、ちゃっかり茶でもご馳走になろうというのだ。 「やれやれ……まったく切り替えの早い男だ」 その様子を見た大柄な男は呆れるやら少しほっとするやら、笑いながら自分の家へ入っていくその後姿を見る。 しかしその途中違和感を覚えた、静か過ぎるのだ。 今は昼、子供はおろか買出しに出る主婦や店の人間、果ては冒険へと出る冒険者さえも道を歩いていない。 大柄な男は寒気を覚えながら家へと入る。 「しかしそのときおおがらなおとこはこのあとおこることを……」 ゾンビの死体が目の前にひとつ横たわる。 「おいお前冒険者兼現役猟師なんだってな」 「いやーしっかり確認出来たよ、ところで君現役猟師なんだって?」 「助かるわぁー、ゾンビって臭いし処理に手間がかかるし嫌いなのよね」 横たわる死体を見ると冒険後猟師ということで押し付けられた、いわゆる押し付けられ文句が何度も頭をよぎる。 「流石に腐った肉は食べないんだけど……」 かといって捨てるわけにも行かず、埋めたら埋めたで通報されそうな物体を前に、ひたすら現実逃避を行うばかりであった。