「今日もよく働いたなぁ」 暑い陽射しが大地を覆う、ここは南国緑豆農園地。家を継いだ若者がタオルで汗を拭き、空を見上げる。 ここ緑豆農園地は国の大黒柱だ、この緑豆はとても肉厚で噛めば噛むほど濃厚な味が口に広がる。 さらにその一粒一粒の大きさから一粒で腹を十分に満たし、乾燥させれば保存食にも最適だ。 「この豆達も、後三日ってところか」 国の魔術師から提供された農具たちがせっせと仕事をしているのを眺め、たわわに実った豆たちをいとおしげに見つめる。 緑豆は冬に実をつけ夏の中期に収穫する、幼い頃寒さに耐え抜いた豆たちは夏の解放的な雰囲気にその体を一気に膨らませるのだ。 「はぁ……これで悩みがなんも無かったらいいんだけどなぁ」 うれしい収穫期、しかし青年にはひとつ大きな悩みがあった。それは先月、隣国の魔術師がこの緑豆農園に災厄をもたらそうという噂が立ったのだ。 隣国はすぐにこの噂を否定したものの、やはり不安の種は残る 「ま……王様も気をつけてくれてるみたいだし、俺はこうして豆の成長を祈るか」 青年は少し自分を慰めるような仕草をし、仕事をすべて終えたことを確認すると街へ夕食を買いに出かける 「最近はほかの野菜も進化してきたなぁ……あ、このトマトの色すげぇ」 城下町の商店街、ここは日が昇るうちは活気であふれ、毎日大量の通貨が人から人へと行き来する場所、いわばこの街の動脈のひとつである。 その中で青年には行きつけの野菜売りの屋台の前で数々の野菜を物色していた。 「おっ! 兄ちゃんお目が高いね! この野菜はつい最近隣国から取り寄せたものさ、どうだいこの濃い赤! すごいのは色だけじゃねぇぜ、味だって濃厚だ! ほら、一個食ってみなって」 屋台の主人はそういうとトマトをひとつ取り、青年へと差し出す。この豪快な主人にサービスの野菜を貰うのはもはや青年にとって定番だ 「それじゃひとつありがたく貰って……んっ! すげぇ、俺甘いトマトなんて初めて食べたよ……」 差し出されたトマトを手に取り、一口食べればその濃厚な甘みに青年は目を丸くする。 それを見た主人は楽しそうに笑い。 「そうだろう! いやー俺もガキんときは貴重な砂糖こっそり拝借してよ、トマトにかけて食べてたもんだが、これがありゃもうそんな必要もねぇな!」 そういって主人は大声で笑い、つられて青年も笑ってしまう。 しかしふと客としてではなく、農家として不安が湧き上がる。このままどんどんほかの野菜が進化すれば緑豆は売れなくなるんじゃないだろうか。 思えば俺は緑豆が元々持った性能に頼りっきりで、何も新しいことはしてこなかったじゃないか。 青年はどちらかといえば受け継がれてきたものを大事にする性格であり、それ故に緑豆を昔からそのままのやり方で育ててきた。 青年は我に帰ると、いくつかの野菜を購入し急いで家へと戻った。 「美味い……これも、これもこれも、どれも美味くなってる……」 テーブルに転がるいくつもの野菜、それを次から次へと食べてはその味の進歩具合に表情を曇らせていく。 「主人はこの野菜全部隣国産だって言ってたな……噂も否定するわけだよ、こんな美味い野菜がたくさんあるんじゃ。 このままじゃきっと豆もどんどん改良されて、俺の緑豆よりずっとおいしいものが出来るに違いない……」 すっかり意気消沈してしまった青年は、気分転換かふらふらと再び街へ繰り出す。 「俺も豆の品質を上げるために何かを……でもどうやって、そんなこと親父から学んでないぞ」 ブツブツと独り言を言う青年をふとかすれた声が引き止める。 「お客さん、大分お困りのようだね」 青年が声のする方向を振り向けばそこには痩せこけ歯すらほとんど残っていない事が気にならないほど禿げあがった男が立っていた。 「な、なんだお前。乞食にやる金なんて無いぞ」 青年はそういうと小さく笑い、ビンに入ったひとつの液体を差し出す。 「なに金なんて要りやしません、お客さんどうやら植物の事でお悩みみたいですからね、これを差し上げようかと」 差し出された瓶を男は見る、瓶の中はきらきらと光った緑の液体が静かにゆれていた。 明らかに怪しい、こんなものをうちの緑豆に使うわけ無いじゃないか、青年は頭の中でそう考える。 「ばかばかしい、お前がなんで俺の悩みを知ってるのか知らないが、こんな薬使えるか」 「いいんですか、このままではあなたの豆は売れなくなりますよ」 「なんでお前にそんなことが分かるんだ、もうどっかいけ」 「ほう、ではあなたは代々受け継いできた農園がどうでも良いって言うんですね!」 気がつけば男は鼻の先が青年の鼻に突きそうなぐらい顔を近づけていた。 青年はそれに驚くも身動きひとつとれず、男の目をじっと見つめる。 「あんたはこのままじゃ隣国の新しい野菜、新しい豆に負ける、あんたが負ければ緑豆農園も終わりだ」 「で……でもこっちにはこっちの需要が」 「そんなもの、隣国の魔術師がつぶしにくるに決まってるじゃないですか。これをまきなさい、いいか、必ずまけよ」 青年の頭の中には男の声だけが響き、視界は真っ暗になる。ふと気づけば手には先ほどの瓶、男の姿は居なかった。 「はぁ……」 日も沈み始めた夕暮れ時、男は座り込み農園を見つめる。手には瓶を持って。 「このままじゃ負ける、俺にあんなのの言葉を信じろって言うのかよ。でも……」 農園は守りたい、でももしこれが植物にとって毒なら農園はおろか自分の人生まで砕けてしまう、男は悩み悩んだ末に。 「よし……まこう」 青年は立ち上がり、瓶の栓を抜くと農園の地面へとまき始める。 これでどうなるかは分からない、しかしもう後へ戻れないのは確かだ。青年は何か底知れぬ高揚感を感じ、薬をまき終えると家へと戻っていった。 「なんだ……これ……」 翌朝青年は愕然とした、自慢の緑豆農園の緑豆が、すべてゴブリンになっているではないか。 信じた自分がバカだった、青年はひざを付きむせび泣く……そんな時一人の冒険者がそんな青年を見つけた。 「君、いったいどうしたんだい、それにこのゴブリンは……」 木からぶら下がるゴブリンたちを見て冒険者は困惑しつつも青年に優しく声をかける。 青年は涙を流しながらも今までのことを話し、話し終えるとまた泣き始めてしまった。 この愚かであり哀れである青年を見た冒険者は、すっと自慢の斧を構え、ゴブリンの首を次々と刎ねだした。 青年はそれを見て驚いた、それは冒険者がゴブリンの首を刎ねたことではなく、首を刎ねられたゴブリンからは血が一滴も出なかったことにである。 「食べてみなさい」 冒険者は転がったひとつのゴブリンの頭を指差し、青年にそう告げる 青年は正直と惑いつつも、もはや自分の人生は終わった、こんな姿にしてしまった豆への懺悔代わりにこれを食べて死のう。 そう思い一思いに頭にかじりついた。 「……うまい」 青年は一言だけそういって頭を上げると、冒険者の姿は既に無かった。 そう彼こそ首狩りのザムドという異名をはせた英雄の一人である。 死後は路頭に迷い道を失ったものの導き手として現れるという言い伝えがあった。 その後青年は緑豆をゴブリン豆と改名し、更に売り上げを伸ばし幸せに暮らしたという……。 「という言い伝えがあるんです」 「そうか……ゴブリンの頭にはそんな意味が、うっうぅ……私はなんて悪いことを……ゴブリンが一人の青年を救っただなんて!」 「いや別にゴブリンは救ってないんですけどね」 依頼報告、町長に少し作り話を聞かせたところ真に受けすぎて泣き出してしまった。 しばらくゴブリン討伐はここから出ないかもしれない。