黄金暦197年、東大陸に属する宗教国家ベルトラム。この日教会に所属する聖騎士達は大平原へと集結していた。 その数300、すべて歩兵で構成されており、全員の手には銀で作られたメイスが握られている。 「いいか! 犠牲になった人間達のためにも、ここで奴を捕らえおぞましき根源を断ち切るのだ!」 白銀の鎧を身に着けた老騎士が空にも響く大声で叫ぶ、それを聞いた聖騎士達は勇ましくメイスを天へと掲げた~ 「ごしゅごしゅじじんさまさま、これこれですすすべててべててです」 ミイラが執事服を着た様な生物が一人の青年へ駆け寄る。 「よし、それじゃこれを並ばせて、ちょっと挑発してくるかな」 そう言って青年が歩き出せば、ぞろぞろと人の形をした者達が後ろからそれについていく。 姿、肌の色はまさに人間そのものだが、ひとつだけ、いかにも寄生生物に寄生され、乗っ取られたといわんばかりに目や口から触手が生えている~ 「わわわたしがいいういうのもあれあれあれですがが、いいいいつみてもも、ききききみがわるわるいですですすなぁ」 異形人間達の大移動を目にし、ミイラはポツリとつぶやく。 青い空、果てを思わせないほど広大に広がる平原、神聖な気さえ感じるほどの風に吹かれつつ、聖騎士達は静かに祈りを捧げる。 ここはベルトラムの人間にとって聖地、たとえいつ敵が攻めてきてもおかしくない状態でも、ここに来たからには祈りは欠かせない。 空気を肺いっぱいに詰め込み、薄目を開けた一人の聖騎士の顔が一瞬にして青ざめる。 「き……来た……」 平原の向こうから裸の人間がぞろぞろと歩いてくる。どれも顔にある穴からグネグネとした触手を突き出させ、気分が悪くなるほど醜い。 「なんと恐ろしい……」 「あれが人間のやることか」 聖騎士たちがざわつき始めると、先ほどの老騎士が怒号を上げる。 「うろたえるな! ああなってしまった人間を救うためにも、我らはここへ来たのだ! このメイスを持って彼らを―――」 「あー、あー、マイクてすてす。聞こえるかな?」 老騎士の言葉をさえぎるように草原に別の声が響き渡る、その声は聖騎士たちが耳にしたことにも無いようなノイズが混ざったものだった。 「わっはっはっ! ようこしょっあっ噛んじゃった……ようこそ聖騎士諸君、まずは君たちの聖域をこれから血で染めることを詫びよう」 ブツッブツッと所々にノイズがはいり、ビーンとした電子音が混ざる声を聞き、聖騎士達は震える。 「なんだこの声は……それにあれは、敵の大将か」 再びざわつき始める聖騎士たちを尻目に、老騎士は敵を一点に見つめていた。 「さて……君たちにも既に見えているかもしれないが、彼らは皆君たちの国からさらって来た者を? あーちょちょいと……ちょっとこれ字汚くて読めない。 あーちょちょいと、そう誘拐して私の魔術で化け物にしてやった者たちだ。ふふふ……さぁ、この哀れな実験体達を殺し、私を捕らえて見るがいい!」 ブツンッと響く音を最後に声の主と思しき影は寄生された人間達の後ろへと下がっていく 「おのれ外道め、全軍! これは聖戦である! 悪魔と、悪魔の毒牙にかかった者に導きの罰を!」 老騎士がメイスを相手に向け、命令を下せば聖騎士たちは一斉に走り出し、戦を始めた。 「ごじゅごじゅ、ごじゅってんといったところろですな」 執事服のミイラはメガホンのような形をした生き物を青年から受け取り、からかう様に笑った。 「ならもっと時を綺麗に書いてくれてもいいだろう、ほらここなんか潰れてるって」 聖騎士達が突撃してくるのを他所に文字が潰れた潰れてないの押し問答をしばらく続け、ふと手を上げる。 「よし、全軍突撃、盛大に殺されて来い」 上げた手を下ろすと同時にそう命令すれば、こちらもおぞましい元人間達が走り出す 「たすけて……」 「しにたくない……」 「痛い……痛い……」 うわごとのようにそう繰り返す異形の人間達を見送り、青年は苦笑いする。 「毎度のことだけど、いい気分しないよね、これ」 「っぶわっ! くそっ! こいつら血の量が半端じゃねぇ!」 「ごめんなさいごめんなさい……」 殴れば臓器と血が花のように盛大に咲き、そして聖騎士と聖地を赤く染め上げていく。 助けを求め、苦しむ相手を殺すだけでも後味が悪いのに、彼らは裸体で、しがみ付くだけでほとんど無抵抗だ。 おまけに殺せば大声でつぶやいていたことを叫んで死んで行く、聖騎士達の動きは徐々に鈍り、吐き出す者まで出始めた。 「ぐぬぬ……なんという悪魔の所業、ここまで人の道を外れるとは。同じ人とも思いたくは無い」 苦虫を噛み潰したような顔で老騎士は嘔吐感を必死に押さえ込む、もはやここまでか。 「だだいぶんうごきががにぶにぶにぶくなってききましたな」 「そろそろ逃げ時かな、しかし毎回あれだけ用意するのは苦労するよ」 その惨状を眺めつつ呑気に逃げ支度を進めるミイラと青年、敵を一人も倒せずにいる状況に余裕すら見せている。 「しかし実際に起きてないことでも噂を流せば事実になるんだね、本当は誘拐された人間なんて一人も居ないのに」 「そそそそんなものでござざいます、よなよよなかはだはだかかであるくくにんんげげんのももくげききれいいいにくくわえあー」 喋ってる途中であごが外れるミイラを見て青年は笑い、改めて戦場を見る。 「ま、確かに、夜な夜な不振な人間が街を歩き回り連続誘拐事件の噂。そして化け物と聖騎士の戦いがこうして繰り広げられる」 「そそ、そしてあなたはすがすがたをけしし、じゃきょうははかかかいめつ」 「……よし、あいつらが吐いてるうちに逃げるぞ」 そう言って走り出そうとしたその時、背後の戦場から大きな歓声が上がった。 「も、もうだめだ、俺はもうだめだー!」 一人が逃げ出せば、二人、二人が逃げ出せば三人が逃げ出す。虐殺じみたこの戦いに聖騎士達は次々と悲鳴をあげ走り出していた。 「貴様ら! それでも聖騎士……ええいっ!」 引き止める間もなく次々と異形の人間達は絡みつき、押し倒してくる。老騎士は必死に頭を潰しながらも自分の精神の限界を感じていた。 もはやこれまでか……何人もの異形たちにのしかかられ、薄れ行く意識の中思った、その時である。 一瞬にして異形たちの首が飛び、後ろからはまるで勝利でもしたかのような喜びの声が聞こえるではないか。 いったいどうしたことかと後ろを見れば、短めの柄とは不釣合いなほど大きな刃を持った斧を担ぐ巨漢が立っていた。 灰色の鎧と兜、威風堂々としたその姿、この辺りの男性なら誰でも読んだおとぎ話に出てくる冒険者、首狩りの導き手にそっくりだった。 その姿を呆然と見ていると、導き手は再び斧を一振りする。すると風が吹き荒れ、次々と異形たちの首を刎ねていく。 「本物だ……」 老人は声を搾り出し、そう一言だけ言った。 「う……そ……」 青年はその光景を絶望したように見つめる。 「ごごごごしゅじんさま、マジデヤバイデス、ホンモノデス、逃げましょう」 あまりのショックにミイラも普通の喋り方になるのも無理は無い。 首狩りの導き手、生前は冒険者であり名前は語られていない、その斧は一振りすれば洞窟が崩壊するほどの豪腕と言われる冒険者である。 あまりにも強すぎる事から末期には殆ど一人で依頼をこなし、最後はドラゴンの居る場所へと行ったっきり帰って来なかったという。 それは導き手がドラゴンに臆して逃げたともそのまま食い殺されたとも言われている。 しかし突如現れた絵本には導き手はドラゴンとの死闘の後息絶え、その後導き手とし神に仕えたと書かれていた。 彼は全世界を放浪し、導かれるべき者が居るところにふっと現れるのだと。 「いや、きっと偽者だ。そんな話を信じるわけには行かないよ、信じたら死亡確定だし」 青年は懐からカードを取り出し、パチパチとパズルのようにカードに付いたタイルを動かし、右肩に当てる。 「イルゴは先に逃げて妹のところにいきなさい、偽者でもあの強さは本物だ」 「ご主人様……分かりました、どうかご武運を」 イルゴと呼ばれたミイラは一礼し、走り……出そうとした時。 「あぁ、まって。その前にこれをあそこに居る奴に渡して、いざという時は使えって言っといて」 青年はそう言うと先ほどまで弄っていたカードをイルゴに投げ渡すと、自分とは真後ろの丘を見ずに指した。 「分かりました、それでは」 イルゴはこの意味を即座に理解し、走り出す。 「直接戦闘は得意じゃないんだけどさ、って言うか殆どしたこと無いんだけどさ」 不安そうに笑う青年の両手には剣と盾が握られ、その腕は剣と盾から伸びた肉片に包まれる 「フォローぐらいはするよ」 肉片から小さな声が聞こえると、青年は戦場へ向かって走り出す。 導き手の出現により勢いを増した聖騎士達は再び突撃を行い、先ほどとはうってかわり次々と異形の頭を潰していく。 「これが導き手か……」 老騎士はその様子を導き手の後ろから眺めて居ると、人影がこちらに走ってくるのを見つけた。 「やあやあ我こそはこの異形の軍を率いる大将なり、そちらの方を導き手とお見受けする。是非一対一の決闘を申し込みたい!」 それはおぞましいノイズと共に声を響かせていた青年であった、この状況で決闘など何をバカな……と老騎士は首を振る。 聖騎士はあくまで信仰を守るもの、決闘などは受けないが、死してなお冒険者である導き手は一歩前へと出た。 「いいだろう、この乱戦のさなか一人身を投じるその勇気をたたえ、この首狩りの導き手。ここに生み出された哀れな生物、己の信念を貫かんとする聖騎士たちのために。 その申し出受けよう!」 そう叫び、足を踏み鳴らせばドンッと空気が揺れ、はるか上空の雲が導き手の羽へと形を変えていく。 羽は空を多い、やがて光が差し込んだかと思えば兜を被った天使が数十、雲で作られた羽の切れ目から舞い降りてくる。 「彼らはこの決闘を見届けるもの、手出しはさせん」 導き手はそれだけを言うと、斧を構え先頭体勢へと入る。 「泣きたい」 それを見た青年は真顔で呟いた。 青年は導き手は本物であると確信した。 「みみみつけました、こここれこれを」 イルゴが丘を登り、とある人物を見つけると、カードを手渡す。 「分かっておる」 人物はそれだけをいうとカードを受け取り、パチパチと弄りだす。 「ま、死にそうになったら助けてやるか」 人物はそれだけをいうと、再び戦場に目を向けた。 「無理無理、受けれないって!」 導き手が斧を振り下ろせば地面が割れる、それに対し青年は必死に逃げるも、導き手は弾丸のような速さで間合いをつめる。 青年は盾を構え、信じられない速度で飛んでくる相手の頭へと振り下ろす。 「っ!」 その瞬間導き手は斧で盾を払い、そのまま青年の胴に狙いをつけ斧を振り切る……が。 「ただの肉が巻きついた剣ではなかったか」 青年の肩から外皮のない人の上半身が生え、振り切ろうとした斧をがっちりと止めていた。 上半身の肘から先は鋭利な刃物になっており、ぎちぎちと火花を散らす。 「剣術で敵うつもりなんて最初から無くてね」 再び青年が盾を前へ突き出せば、もう片方の肩から生えた、これもまた同じような外皮の無い人の上半身が導き手の首へと狙いを定め、両手の刃を突き出す。 「なるほど、悪魔だのと言われるぐらいの禍々しさはあるようだな」 突き出された刃を避けるように後ろへと飛び、斧を握り直しながら笑う。 「それでも勝てないだろうけどさ」 遊ばれてることを実感しつつ、青年は空を見上げた 「来た……」 「あらもう無理だな、よし、可愛い子孫のためにいっちょ使ってやるかね」 丘の上から戦場を見ていた人物は先ほど渡されたカード、そして自分の持っていたカードを取り出し、上へと掲げる。 「誰も見たことも、まだ触ったことも無い、この星の、世界の外に居る、そんな生物が降りてきたらいーな!」 大声で叫び、掲げたカードをガチンと互いにぶつければ、空から重苦しい音が鳴り響く 「おや、少し大きすぎたかね」 予想外のものが生まれたのだろう、人物はカードをしまい、急いで走り逃げていった。 「なんだこの地響きは! 悪魔が何かを出したのか!」 地鳴りと空鳴り、天地を揺るがすような音が響き渡ると、聖騎士達も動揺を隠せずに居た。 導き手は青年がもはや戦う気が無いのを悟り、上を見上げれば雲の切れ目から何かが見える。 「おい導き手さん、騎士さんたち逃がすなら今のうちだよ」 「ああ、そのようだな」 雲の切れ目から姿を現したのは大きく鼓動する隕石、街、いや大国一つよりも大きい生物がこの地へと今降ろうとしている。 「今すぐ人間を抱え遠くへ避難させろ! 出来るだけ遠くにだ!」 導き手が叫び、天使たちが腰を抜かす人間、泣き叫ぶ人間を抱え飛んでいく。 「お前はどうやって逃げるんだ」 それを見送った導き手は逃げる様子も無い青年に尋ねる。 「こっから走っても無駄だしなぁ、ここは一つ導き手さんとやらの実力を見せてもらいたいかな」 半ば諦めたように笑う青年を見て、導き手は鼻を鳴らした。 「いいだろう、この斧の切れ味しかと見届けろ、我に狩れぬ首は無い」 二人が空を見上げる、大きな生き物は殆どが雲に隠れていたが、その大きさはもはや視界に入りきらないほどであった。 「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」 導き手が腰を落とし、斧を構え気合を入れる、空に浮かぶ雲の羽は大きく揺れ、まるで激しく羽ばたいているようにさえ見える。 大きな生き物は更に音を大きくしながら地上へと接近する、鼓動を早め、目を見開き、この星をまるで皿に乗った餌の様に見つめる。 「もうすぐだな……あぁっ、こんなんならなんか好きなことでもしておくんだった。ナムナム」 思わず手を合わせ始める青年を導き手は無視し、一歩大きく足を前へ出す。 大きな生き物は速度を上げ、空気の壁をまとい一気に距離を縮める、雲を裂き空気を砕き、歓喜の声を上げたそれはおぞましく底の見えない暗闇を見せた。 「見ていろ青年! これが首狩りの導き手が、神にも認めさせた一撃だ!」 絶望の鳴き声を貫くように導き手の声が響き、斧を一気に振り切る! すると辺りの空間が縮小をはじめ、一つの軌跡となり大きな生き物へと向かっていくではないか! 大きな生き物は何かが近づくのを感知し、纏っていた空気でそれをはじき返そうと壁を作る……が、刃と化した空間はそれをいくつも破っていく! ひとつ、ふたつみっつよっつ! 次々と空気を切り裂き、空を引き裂く一撃はついに大きな生物へとたどり着いた! 斬激は大きな生物をど真ん中から切り裂き、まるで研いだばかりの包丁で切られるトマトのように軽々と真っ二つにされる。 「あそこって首なの?」 「知らん」 二つに分かれた大きな生物は断末魔の声をあげ大量の血しぶきを上げていく。そうしたうちにどんどんしぼんでゆき、地面に落ちる頃には手のひらより小さくなっていた。 「はぁ……中身殆ど液体だったんだ」 血の雨が草原を染める、異形の臓器も人々が捨てていったメイスもすべて赤く染まる。 「さて……どうするかね、決闘はまだ終わっていないぞ?」 再び斧を青年へと向ける、すると青年は後ずさり。 「やめてよね、あんなの見せられてかなうと思うほうがバカだよ! それに知ってるだろ、こっちがこんなことしてる理由」 大きな生き物の成れの果てを投げ捨て、辺りを見渡す。 辺りには異形たちの死骸がゆっくりと溶けていた 「私は導き手ではあるが天使でも、ましてや神でもない。ただ導くものだ……仕方ない、お前も導いてやろう」 導き手は斧をしまい、背を向け歩き出す。 「それはどうも、はぁ……服も靴もぐっしょぐしょだよ、やりすぎだよこれ、絶対ここ後々血塗られた聖域とか呼ばれるよ」 げんなりする青年、やがて血の雨は止み、再び太陽が姿を見せた。 すると空から羽の生えた人間が急降下してくるではないか、最初は天使かと身構えた青年だが、その正体を知ると急いで首を防御した。 「やっほー! また派手にやったねぇ、あっこれ人間の?創作物の?」 急降下してきたのはオレンジ色の髪に大きなおさげを引っさげた少女であった、灰色の羽には目玉が一つ付き、あたりをきょろきょろと見回している。 「創作物、全部創作物のだよ、って言うかどうしたの。もう全部終わったよ、我が妹よっ!」 妹と呼ばれた少女は腰のサーベルで感極まり飛びついてくる青年の首を刎ねる。 「いやさー、私今日で18歳になったから、なんとなんと……当主交代のお知らせでーす! わードンドンパフパフ。 ってーわけで兄さんはカテゴリ家追放! 好きな家名名乗ってねっ!」 無邪気にはしゃぐ少女を他所に青年は急いで腕に巻きついてた肉で首を繋ぎなおす。 「あっそ……あ、お前あれだぞ、戦争で人殺すなよ。無駄な復讐心出てくるから」 「分かてるよう、もうっ心配性なおにいちゃんっ!」 再び首を刎ねられる青年、すぐさまもう片方の肉片で首を繋ぐ。 「まっそれならいいけど……ああ、もうカテゴリ家じゃないから兄妹じゃないんだよな、それじゃあ頑張ってね」 それだけを言うと少女に手を振り、青年もまた導き手とは正反対のほうへと歩き出す。 「冷たいんだー、これからどうすんのー」 歩き出す青年に少女が呼びかけると、青年は少し考えて振り返る。 「んー、好きなことする」 「そっか、じゃーまたちょくちょく会いにくるからさ。頑張ってねー、ラッセ」 少女に手を振られつつ、ラッセと呼ばれた青年は歩き出す。後にカテゴリア家と家名を変え、借金地獄に身を投じるべく……。