「ねぇあなた……生きてる意味あるの?」

痩せ細った少女が問いかける
どうでも良い
放っておいてくれ
俺にはそんな言葉はいらない

むかし、むかしの事だった
戦を生業とする時任家に三人の子が生まれ育った

長男の陽軌、次男の将葉、三男の影駿

長男は武術に優れ戦場で数々の首をとった
次男は軍術に優れ陽軌の補佐として様々な戦術を授けた
三男は武術、軍術どちらも兄達に劣り、臆病者であり厄介者でもあった

何故なら影駿は他の兄弟達とは異母兄弟であり、母親も既に病死していたからであった
戦場でも人ひとり殺せずただ後ろに隠れるのみ、兄達から疎まれるのも無理はなかった

──そんな中、戦で異国の地に寄った時とある噂を聞いた

古来山に鬼が棲んでいる、と

丁度良い、肝比べじゃと三人は古来山へと向かう
山を登り程無くして陽軌と将様は踵を返す

「影駿、お主が鬼を討取って見せよ」
「わしらは父上と大事な用があるから帰る」

二人は軽い気持ちで陰駿を置き去りにした

影駿は進むしか無かった。このまま何の成果も上げずに帰らば兄達に殺される
日も暮れかかった夕刻の事だった

「ねぇあなた……生きてて楽しいの?」
虫の様な節の細い小娘が問いかける
そんな訳が無かろう
地獄じゃ
これこそ何よりも耐えがたい地獄じゃ

むかし、むかしの事だった
戦で何もかも奪われ命辛々逃れたどり着いたのは古来山
そこで産気付き、生まれて来たのは唯の死骸
何を怨めば良くわからぬ。気付けば女は鬼となっていた

──それからどれくらいの日が経っただろうか
一人の男が棲み家にやってきた

「我が名は時任影駿、時任家の命により古来山亜沙鬼を討ちに参った」

「阿呆が、鬼相手に名乗る暇があるのなら幾分かでも斬り込んで見せよ」

だが男は刀を抜かなかった。抜いた時点で縊り殺して喰らってやろうと思ったのに

「わしはそなたを殺しに来たのではない。そなたの邪を討ち祓いに来たのじゃ」

「戯言を。さっさと死せい」

気にくわないので爪を伸ばし襲ってやった
だが男は刀を抜かずに鞘だけで応戦した

「話を聞け、わしは」

「去ね」

爪と鞘の迫り合い激しく四刻以上にも及んだ
疲れを知らぬ鬼と人とでは徐々に差が出来てきた
よろめいた足取りを見逃さず亜沙鬼は影駿の首を捉えた

「暇潰しにもならぬわ」

「〜〜〜〜」

男は何かを唱えた。その瞬間首を捉えた亜沙鬼の腕が人の形に戻る

「貴様、何をした」

慌てて手を離す

「邪を払っただけじゃ。わしは呪術を使える」
「瘴気を払う」

「小賢しい」

腕を伸ばし印を払う

「阿呆が、わしに小細工など効かぬ」

そう言ってから亜沙鬼の視界から影駿が消え辺りが暗くなった
完全に見えなくなる前に一言だけ聞こえた

「阿呆が、峰打ちじゃ」


──目が覚めた。凄く暖かな光

「目覚めたか。鬼は祓ったぞ」

手を伸ばす、異形の腕はすっかりと元の形に戻っていた

「余計な真似を」

「良く見たら女子じゃ。一人は寂しかったろうに」

「五月蠅い。放せ」

「嫌じゃ、まだ手当が終わっとらん」
「……お主、どれだけ人を喰ろうた」

「そんなもん数えとらん」

「いいやわかる。その数だけ人から遠ざかっておる」
「兄者達ももはや鬼じゃ。人を殺す時、生き生きとしておる。わしはそんなのは嫌じゃ」

「誰もそんな話聞いとらん」

「まぁ聞け。わしは愛の素晴らしさを知っておる」
「お主も人の姿を少しでも保てるのなら」
「愛に生きよ」

「阿呆が、お主が消えたらいくらでも人を襲うぞ」

「構わぬ。何度でもわしが祓ってやる」

「下らん」

「約束じゃ、また逢いに来るぞ」

「どちらにせよわしは古来山の鬼。ここから動けん。好きにしろ」

「必ずじゃ」

そう言って男は帰って行った
下らぬ約束をして……

それからどれくらいの時間が経ったのか
亜沙鬼はとっくに気付いていた。影駿はもう居ない

待つ事がこんなにも辛いとは思わなかった
鬼で居続けるよりも地獄だった


──男が一人やってきた

「よぉ」

「誰じゃ」

「亜沙鬼? だっけか」

「帰れ、今のわしは最早人助けも出来ぬただの妖じゃ」

「いやいやあんたの噂は聞いてるよ。道案内してくれる鬼なんだろ?」

そう言って男はこちらを覗きこんだ

「……影駿?」

「ちょっと違うな。俺は影船だ」
「んでさ、あんたは今まで沢山の人達に愛を説いて来たんだろ」
「だから俺にも教えてくれよ。その愛って奴をさ」
「生憎勘当されちゃってさ。行く所がねぇんだ」
「人生の先輩よ。俺はどこに行けば良い?」


──男の笑顔は余りにも眩し過ぎて
  心の邪がまた祓われた気がした