「ねぇあなた……生きてて楽しいの?」


透ける様な白い肌の少女が問いかける

バッカじゃない……楽しい訳無いわよ

「ごめん、君とは付き合えないんだ」

「そ、そっか……変な事聞いてごめん」

「いや、その……」

少女は振り返らず走り出して行った


「……って訳なのよ。ありえ無いじゃん!」
「アタシを振るなんて男としてあり得ない」

ファミリーレストランで憤る少女。眉間に皺を寄せて不満を漏らす

「純ちゃん……えっとね」

その愚痴に付き合う少女。大人し目にあくまで優しく話しかける

「あ、織子ごめん。アンタも好きな人居たんだよね。上手くいった?」

「う、うん……勇気を出して良かった……純ちゃんのお陰だよ」
「あの……怒らないでね?」

「怒る訳無いじゃん! でも二人で失恋旅行ってのも面白かったかもね」
「じゃあ今日はお祝いだね! この後どっかいこっか」

「純ちゃんいつも奢って貰ってるけど……今日は私がだすね」

「えーっ、何それ! そんなの気にしなくて良いよ。どうせパパに貰えるんだし」

──少女の名は天葉純子。大企業の社長夫婦の養子だ
2歳の頃にとある人物から預けられる。彼が言うには……

「迎えが来るその時まで決してこの子を泣かせてはいけない」

その言伝を守った夫婦は彼女を甘やかして育てた
今では彼女は権力と財産を盾に傍若無人の限りを尽くしている

だが決まるその時が迫り、その自由も終わりを告げようとしていた

「純子。話がある」

「何よ突然。ノックぐらいしてよ」

「純子、真面目な話だから良く聞いてね……」

「何よ、今忙しいんだけど」

「お前はうちの子じゃないんだ」

「えっ……」

「私が小さい時に出会った人物。友人でな」
「いつも不思議なものを私に預けてくれた」
「今の私の地位があるのも、彼のお陰と言っても過言じゃないんだ」

「突然変な事言わないでよ!」

「落ち着いて純子、お父さんの話を聞いて」

「そんな時一人の子供を私に預けた」
「いつか迎えに来るからこの子の面倒を頼むってね」
「お前の本当の名前はアマンハ。アマンハ・ジュントという名前だよ」
「手紙に書いてあったんだ。そして13年後の今日、迎えに来るってね」
「だから本当の家に帰りなさい」

「何言ってるか全然分からないし」
「パパとママ、どうかしてるわよ?」

「純子……」
「……出ていけと言っているんだ」
「契約の期間は過ぎたんだ。お前のお守はもう終わりだ」
「もう学校には連絡してある。明日は挨拶だけ行ってきなさい」

「……」

睨むような鋭い目線が父親の振りをしていた男に突き刺さる
男はそれが苦手であった

「分かったわよ。出てけば良いんでしょ、出てけば!」
乱雑に夫婦に鞄を投げつける。怯えた母親が自室のドアを閉めた

「あなた……言い過ぎよ。仮にも私達は……」
「お前は黙っていろ、うんざりなんだよ。私はあれが不気味でしょうが無いんだ」

何で、何で、何で、嫌だ。嘘だ
耳を塞いでも父親の振りだった男、母親の振りだった女の声が聞こえて来た
その日は壁に寄りかかりながら眠った

──次の日

『死ね』

と大きく書かれた机が目に入った。自分のものだった

「あいつ貰い子だったらしいぜ」
「図々しいんだっつーの」
「てか前からムカついてたんだよね」

やけに言葉が突き刺さる。仲が良かったと思い込んでいたから
ただ皆にさよならを言おうと思ったのに
……友達だった振りをしていた人間達に、交わす言葉など浮かんでこなかった

帰り際に廊下で一番親しかった友人……織子と男が歩いていた
……告白して断られた相手だった

「バカじゃん、アタシ」

バレないように立ち去ろうと思ったが帰る途中

「待って! 純ちゃん」

と聞こえた。でも振り返る事は出来なかった
これ以上親友だった振りをしていた人間の顔を見たくなかったから

一度に世界から切り離された気がした
自分が必要とされるのは当たり前だと思っていた

だからこそ今の気持ちは耐えがたいものになる
でも……この気持ちを外に出す事は出来なかった

……知っているからだ。自分が泣き、声をあげると周りに迷惑がかかる
五月蠅いから、と言う意味では無い

──小さい頃に飼っていたインコが亡くなってしまった事があった
どうしようもなく悲しくて、泣いた。そうしたら飼っていた金魚まで死んでしまった
近くに居た母親も倒れた。その後どうしたかは覚えていない

だがそれを境に父親は自分に過保護になった事を覚えている
友達も何故か沢山出来た記憶がある

つまりそう言う事か。自分の声には何か特別な力がある

自分を父親に預けた男もきっと、自分を珍しい道具の一つと見立てていたのだろう

「……」

泣きたくても、泣けなかった
ただどうしても歌いたくなった。ただそれだけだった

これからどうするのかは分からない。でも……
この心に縛りついたモノは、決して解けない事だとわかった