「ねぇあなた……生きてて楽しいの?」

不気味さすら感じさせる赤い瞳が問いかける

楽しいか楽しくないかじゃない。ボクにはやらなきゃならない事があるんだ──

とある薬屋が居た。西洋医学に精通し錬金術についても独学で身に付けた
取分けて執心して来たのが”命の錬成”である
どんなに良い薬を作っても寿命には限界があるのだ。肉体が崩れ落ちるのは避けられない
なら魂はどうか? 酷く曖昧な存在だが幽霊と言うものが存在する
それは肉体を失った”いのち”なのではないか?
つまり──

薬屋は戦場へと走った。沢山の武者達が死んでいる。呻き声が聞こえる
まだ息の在る者も居る。敗れ、見捨てられたのだ。つまりそれはもう”要らないいのち”
……もう既に薬屋は、狂っていた。男の手には紫色の石が握られていた
その男の名は、凪 雲龍と言った

歴代続く由緒ある薬売り、雲龍屋には隠された秘密がある
──命晶石。初代雲龍が狂気の沙汰に完成させた石の形をした秘薬
禍々しい紫の輝きを放つそれには生きたまま封じられた沢山の魂が渦巻いていると言う……
この石を完成させた初代雲龍は自刃して果て、持つ者にも幾多の災いを招いて来た
壊す事も捨てる事も出来ず、凪家の当主が代々管理してきた

「白弥! 何よ転んだくらいで泣いたりして」

「えぐっ……ごめんよ……お姉ちゃん」

凪家には美しい黒髪の双子の姉弟が居た
姉の名は雪弥。厳格な両親の元、強く聡明な子に育った
弟の名は白弥。姉とは対照的に甘やかされて育てられ気弱な子に育った

雪弥は白弥の事を気にかけていたが、どうしても弟としての情を移す事が出来なかった
何故なら聞いてしまったのだ。幼き頃とある眠れない日の夜……

「あの子達が不憫でなりません」

「産んだのはお前だ。残したい方を決めろ」

「いえ……私は貴方と一緒に決めたい」

「俺だって辛い……だが仕来たりだ、災いを防がねば我が家は呪いによって滅びる」

「そう……仕方無いわよね。あの子達のどちらかを生贄にしないといけないなんて……」

凪家には隠された掟があった

”100年に一度雲龍の血を引く者を供物と共に捧げよ”
”我らの怒りを鎮めなければ雲龍の家を滅ぼす”

どちらかが殺されるのであれば出来そこないで臆病な白弥の方だ
雪弥は白弥に憐れみの念を抱いていた

二人が12になった宴の夜。両親が二人を呼び出した

「雪弥、白弥。話がある」

「命晶石の事は知っているな?」

「はい、父上」

あくまで静かに、無表情のまま双子の父は言った

「掟なのだ……許してくれ」

「……雪弥、お前を命晶石の怒りを鎮めるための人柱とする」

「な、なんで!? 何でそんな事! 僕たちは」

白弥が動揺する。仕方の無い事だろう……しかし

「何故私なのですか父上!? 理由をお聞かせください」

雪弥も同じく動揺していた。何故なら……

「お前が女だからだ。白弥は次期当主としての大事な身」
「すまんが解ってくれ。お前の魂は命晶石の中で生き続ける」

……自分が選ばれるとは思っていなかったからだ

沢山食べ、沢山飲んだ。だが味はわからなかった。目眩がした
白い衣装に身を包む、これからあの石のある地下の忌まわしい社へと向かわねばならない
幼い頃、決してあの場所に近づくな。石に触れてはいけない、取り込まれると教わって来た
それが自ら取り込まれに行かなければならない
──自分の生きて来た12年とは何だったのだ。親を怨めば良いのか、それとも……

「お姉ちゃん!」

「帰りなさい、白弥」

「やだよお姉ちゃん! 僕が人柱になる! お姉ちゃんを守るんだ!」

……自分の心が汚れていた事に初めて気づいた
雪弥は……白弥が代わりに死ねばいいと思っていたのだ

「馬鹿な事を言うのは止めて」

震える声を絞り出すのが精いっぱいだった

「でも……」

「うるさい! もう出て行ってよ! あなたなんか弟じゃない!」

騒ぎを聞きつけて手伝い達が白弥を取り押さえる音がした
薄暗い明りの元、障子越しだが、雪弥は白弥との間に大きな隔たりを感じた

手伝い達を引き連れて父と共に地下の社へと向かう
身を清め、沢山の供物と共に石の前へと向かう

命晶石──良く分からない言語で書かれた綱で結界を張り、その中で禍々しい光を放つ
耳を澄ませば取り込まれた沢山の無念の叫びが聞こえてくる

皆静まり返っていた。それほどまでにこれはおぞましいものだった

「始めるぞ」

父が呪文の様なものを唱え始める。石から聞こえて来た叫び声が大きくなる
紫の光が辺りを眩く覆い、叫び声がぴたりと止んだ

「手を伸ばせ雪弥、それに触れるのだ」

父の冷たい声が響き渡った。どうしようもなく怖い、自分は今から死ぬのだ
恐る恐る手を伸ばす。その時、地上から声が聞こえた、手伝い達の悲鳴だ

「白弥様のご乱心で御座います!!」

こちらへ向かって走って来る足音が聞こえる。血塗れの白弥が目の前に立っていた

「白弥! 出ていけ! お前が来る所では無い!」

「嫌だ、父上。僕は嫌だ。姉上を返せ」

「馬鹿っ! 何してるのよ白弥!」

「ごめん、お姉ちゃん。ずっと一緒って約束、僕の方から破る」

駆け抜ける足音、手が伸びて石に触れる。何も見えないほどの眩い光が放たれた

「ねぇ、おねえちゃん」

「なぁに」

「ぼく、おおきくなったらおいしゃさんになる」

「えー、しろやはくすりやさんになるんだよ」

「おねえちゃんがくすりやさんなの! ぼくがおいしゃさん」
「ねぇ、おねえちゃん」

「なぁに」

「ぼくたち、ずっといっしょにいようね」

「あたりまえよ、しろやはわたしのだいじなおとうと」

「ずっと、ずっといっしょだよ」


飲み込まれる身体、伸ばす手、それを助けようと掴んだのは……雪弥だった

「馬鹿っ! どうして、どうして……私が死ねばよかったのに!」
「私のせいなのに! 白弥は悪くないのに!」

「泣かないでお姉ちゃん。ごめんね……お姉ちゃんの真似ばっかりして」

「こんな所まで真似しなくて良いわよ馬鹿……もう……離さない」

「駄目だよ……お姉ちゃんは生きて……僕の……大好きな……」

もう顔も見えないほど石に飲み込まれる身体、握りしめた手が、そっと解けた




「いやあああああっ!!」




誰を憎めばいい? 父親? 母親? 生まれ?
雪弥は石に手を伸ばした

「や、やめっ……雪弥……」

父親達は石に生気を吸われたらしく、立ち上がることすらままならなかった

意識が……流れ込んで来る
沢山の人間の魂。怒り、悲しみ、嘆き、呪い
押し潰されそうだった。気が狂いそうだった
死ね、死ね、死ねと沢山の声が聞こえた。負けそうになるほどの重圧……でも、自分には弟がいる
──弟の為に生きようと思った

気がつけば辺りは薄暗い明りだけになっていた。眩い光を放つ石は……どこにも見当たらなかった

「ひいっ、ば、化け物!!?」

手伝い達が腰を抜かす。何を見て怯えているのだろう
しかし、力を吸われ意識の無い者たちが居る。それは助けなくてはならない。何故なら……

人の命を救うのが……家の仕事だから
それが……あの子との約束だから

眩いほどの銀色の髪に紫の禍々しい光を瞳に宿しながら
その日、一匹の夜叉が飛び立った