洋上学園都市SS 世界の歪み

特にこの設定を使おうとかそういうことではなく、個人的な趣味のようなものなので、特に気になさらないようお願いします。

――さて」

 男は言った。
 それは、奇妙な猫面を被った男だった。
 人を小馬鹿にした道化の如き姿であるが、遥か大英帝国の紳士のようでもある。
 奇妙な人物。猫面と服装は彼をそう思わせる。
 彼は決して自らの名を口にすることはない。見たままに口にせよという。容姿の通りに、奇妙な男だった。
 洋上学園都市にまことしやかに伝わる《七不思議》、それがこの男の今の名だ。
 すなわち男の名は、《猫男爵(バロン)》。猫男爵と人は呼ぶ。
 ――もっとも。
 ――彼の真実の名を知るものなど多くはあるまい。
 例えば、落第街の《夜の王》であるとか。学園都市の《大鐘楼》の頂上ですべてをみそなわす統治会長であるとか。
 不用意に彼の事を知ろうとしてはならない。命が惜しければ。
 彼の猫面の奥を想像してはいけない。命が惜しければ。
 あらゆる謎を口から吐き出すというその男は、眼前の何者かへと語りかける。
 大鐘楼を背にして噴水の上。猫達の集会場。
 ステッキを持った優雅な立ち振る舞いの男と、もうひとりの誰かがそこにいた。
 男の格好と同じく、奇妙な場所だった。緑に煌めく猫の瞳が思い思いに散らばって。
 静謐なる猫男爵の秘密の庭と人は呼ぶ。男の真の名と同じく、ごく限られた人が、だ。
 静謐なる猫男爵の秘密の庭。ここでは、子猫の鳴き声のひとつですら、確実に相手の聴覚へと滑り込むという。
 遥か極東の聖人が行って見せた、同時複数対話を可能とする、かつての大手部活(ビッグ・テン)、第一魔術技工部、或いは《結社》の余技で作られた空間。
 星明りの劇場。祭壇とも呼べるか。

「さて、ここに私は宣言するだろう」
 ――既に去りし過去の上映と。
 ――今なお続く現在の上映を。
 ――そして、学園都市の輝けるものたちが駆ける一幕を。
「至高なりしはこの学園都市にただひとつ。我らが《統治会》が会長たる統治会長殿」
「すなわち――《       》」
 《統治会長》の名は呼ばれることはない。否、検閲が成された。
 メスメル学の応用か。暗示迷彩なるものか。否、否、さらに上位の力。権能。それにより阻まれる。学園都市を蓋うような、それに。
「しかし、彼のものの支配をも凌ぐ輝きが」
「機関と異能によって回転悲劇を紡ぎだす学園都市に降り立つのだろう」
 男の声には笑みが含まれている。対する何者かは、無言。
「私は都市に囚われ、都市から離れる事叶わない。私は十を語らず、盲たものに方角を示すだけ。幸福を願うだけ。我が後輩たちの」
「君も知る通り、私に出来るのはそこまで。私は、高貴なる義務を捨てた身なれば――
 男の声には哀しみが含まれている。対する何者かは、無言。
「成る程」
「そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」
「さあ」
「我らが愛してやまない学園都市10万の生徒諸君、どうか御照覧あれ」
――世界の歪みであるものを」

 星明りの銀幕に、蒸気映写機(キノトロープ)が回りだす――
 学園都市に残る、おとぎ話を映して――


 【第一の反復】

「     洋上学園都市、10万の学生諸君。運命に呪われたお前たち、全員」
――私が、この手で、救ってやる」

 《白い男》、《鋼鉄の男》、《雷電魔人》、《雷電王》

 雷電の男。双眸の黄金瞳の少女を伴って。

「正義の味方であるものか。私は、世界の敵だ」

 《世界の敵》、《世界介入》、《輝き》

『我が黄金の輝きに勝るもの!』
『あるものかよ、―――!』

「ここに。あるとも」
「輝きひとつ!」

 《支配の薔薇》、《薔薇の王》、《偽なる神の十字》、《黄金王》

 《黄金王》と戦い、学園都市を救った男の、おとぎ話。

 学園都市すべての輝きを護った、おとぎ話――


 ――違う。
 これは、違う。
 こんなおとぎ話は、学園都市にはない。
 では、何だ。これは、何だ。どうして、彼が。

 ――《史実》の彼方のおとぎ話――

 ゴールデンロア洋上学園都市ではない、もう一つの学園都市のお話。

 《マルセイユ実験》

 それが行われた学園都市のお話。

 故に。

 ゴールデンロア洋上学園都市には、いない。

 《雷電王》も、《黄金王》も、いないのだ。

 《クリッター》も、《怪異》も、《奇械》も、《結社》も、《時計人間》も。

 蒼き天も、赫いおとぎ話も、黒の王も、白き歌も、紫の魔女も、黄雷も。

 この世界には、存在していないのだ。

 故に。

 あらゆるものは意味を持たない。

 残念でした。


 ――本当に?


 違う。
 嘘だ。
 僕は、彼に助けられた。彼がいないなんて、嘘だ!
 輝きが……雷電が、確かに、ここに在った!
 《探偵》たる彼が、僕を! 助けてくれたんだ!
 ――誰だ、おまえは。
 おまえは、誰だ!
 僕にこれを見せる、お前は……誰だ!


 ――闇の中に――

 ――燃える三眼が輝いて――

 ――《混沌》――

 《マルセイユ実験》の再現。
 《マルセイユ実験》のやり直し。
 《マルセイユ実験》の続き。

 いや、いや、いや。
 そんなものであるものか。
 我が《結社》はさらなる回転悲劇を。
 我が《時計人間》さらなる回転悲劇を。
 求めているのだ。
 故に。
 この学園都市が、ある。

 喝采せよ! 喝采せよ!
 盲目の輝きどもが!
 黄金螺旋階段を上るのだ!
 学園都市という黄金螺旋階段を!

 あの男がニューヨークを救えなかったように。
 君も、そう、君も、何も救えはしない。
 残念だったな、行動的探偵。君はただの、子供だ。
 確かにそう、《雷電王》はいた。《結社》もそうだ。
 だが、そうであったとして。
 お前に何ができる?
 《雷電王》は最早この学園都市にはない。
 或いは、この世界にさえも。
 さようなら。
 君は彼じゃない。君は手を伸ばすことすら、できない。
 彼の世界の者たちのように、なることなどできはしない。
 その《黄金瞳》でさえも、何も見通せはしない。

 残 念 だ っ た な !


 「手を伸ばす」


――
違う。僕は諦めたりしない。たとえ、お前が。這い寄る混沌であっても。
 許しはしない。お前を。世界は、お前の、玩具じゃない。
 皆生きているんだ。輝いているんだ。それを弄ぶ。そんな悪を、僕は許さない。

 ――《世界の敵》はもういないのか、本当に?
 ――輝きを護るものはもういないのか、本当に?
 ――おとぎ話を護る者はもういないのか、本当に?

 いるとも、《魔導探偵》が。
 お前たちと戦う、《世界の敵》が。魔を断つ剣が。
 今はまだ、分かり合えずとも、必ず。ともに。

 いるとも、《鉄の薔薇》が。
 血を流し続けても、歩み続けるものが。彼の《黄金王》と見えしものが。
 たとえその身が散ろうとも、戻ってくる。必ず。今はまだ、薔薇のみが残されようとも。

 いるとも、《碩学たる魔女》が。
 黄金瞳で真理を見つめる探求者が。あらゆる謎を追い、明らかにせんとするものが。
 その先にあるのが、幾百の悲劇であろうとも。

 いるとも、《銀の腕》が。
 絶望を希望に変えるものが。時を、空間を超え、少女の叫びに応えるものが。
 巨大な運命に巻き込まれたことに、まだ気づいていなくとも。


 ――故に、終わりじゃない。まだ、何も、終わってなどいない。
 ――意味がないなんて、言わせない!

 そして、《行動的探偵》がいる。
 諦めることなく、手を伸ばし、輝きを護らんとする者がいる。
 たとえその正義が、今は盲目であっても。

 ――伸ばした手から――

 ――輝きが溢れて――


 いいだろう。では、やってみせるがいい。
 これから起こる幾百の回転悲劇を救えるというのなら。
 遍く輝きを消させぬというのなら。
 やってみせるがいい。愚者どもよ。

 お前たちが黄金螺旋階段の果に、《鐘》にたどり着けるならば――


 ――たどり着いて見せるさ。
 今はまだ、届かなくとも、必ず! お前に、輝きの力を――


 ハハ、ハハ、ハハハハハハハハ!!
 ハハハハハハハハハハハハハハ!!


 ――《混沌》の哄笑が響いて――

 ――闇は消える――



……長! レーチェル部長! 起きてください、どうしちゃったんです?」
……ハッ!?」
 レーチェルが目覚めると、そこは行動的探偵部事務所であった。何も変わらない。いつも通りの場所であった。
「もー、びっくりしたんですよ? 部長ったら急に意識失っちゃって……泣いてたんですよ?」
 助手のエルが心配そうにレーチェルを覗き込んだ。
……泣いていた? 僕が?」
 反射的に頬に触れると、右目の黄金瞳から涙があふれ出していた。
……いや、大丈夫だよ、エル君。最近白昼夢を見るようになってしまったようだ。また病院にいかなければね、疲れているのかもしれない」
「ほんとですよ? 無理はしないでくださいね?」
「もちろんさ。行動的探偵なんだ。行動できなければね」
 レーチェルは白昼夢の内容を思い出すことが出来なかった。とても、とても重要な話を聞いたはずなのに。なにひとつとして、靄のかかったように。
 思い出すことが出来なかった――


 【第一の反復・了】


――さて」

 猫男爵の秘密の庭にて、月のない空を見上げながら、男は言う。
「大変申し訳ありませんが、第一部はこれにて終了とさせていただきたい」
 映写機の映像が止まる。星明りの銀幕も白く染まっていく。やがて、星明りの銀幕も消えて。
「では今宵はこれにてお別れ。これは現在も進む物語。いずれまた、続きは後ほどに」
「今宵の上映は、これにて。月のない夜は夜道にお気を付けを――
 上等なシルクハットを取って《猫男爵》が一礼する。すると、その場の全てが蜃気楼であったかのように消える。
 全てが一晩の夢であったかのよに――


【あとがき】
 途中から完全にオナニーSSですすみません。たぶんほとんどの人は意味が分からないのではないかと思います。特にこれが公式の設定に影響するなどはありませんし気にする必要は何もありません。ただ個人的にやりたかっただけなのです。

【出した人】 ほとんど数行言及するぐらいでした、すみません。
・猫男爵
・羽佐間海空
・リゼット=ラシェル・ピュイフォルカ
・アンヘリカ・リラ
・フォス・ファルス
・エル・ショコラヴィエ

【書いた人】

・レーチェル・ダイオジェネス