『茶道部、出撃します!』   著:アザミ 走る。 ただ、ひたすらに走る。 今、ボクがやるべき事はそれだけだ。 誰よりも早く、何よりも速く駆け抜ける。 風よりも、音よりも速く走る自分をイメージして。 そして… 「焼きそばパン2つとクリームパン、コーヒー牛乳2つにフルーツ牛乳!」 購買のおばちゃんに声をかける。 おばちゃんの「またアンタかい…」という哀れみの視線が心地いい。 「せいがでますねーリコくん」 ふと頭上から声がする。注文を受け取りながら上を見ると、そこには。 「あ、スズ先生」 「こんかいもちょうスピードでしたねー。そろそろこうないさいそくきろくをだせるのでは?」 「あはは…ボクにそんな大それたの似合わないよ…ボクは只の使いっ走りだから…」 「あいかわらずですねー」 言いながら、バターロールを齧るスズ先生。…あのパン、ちゃんと食べきれるのかな? 「…っと、早く戻らないと!じゃないと、きっと酷く罵られて…罵られて…」 「…リコくーん、よだれでてますよー」 「はっ!?そ、それじゃスズ先生!ボクは急ぎますので!」 「はーい、きをつけてくださいねー」 先生に軽く手を振ると、再びボクは走り始めた。 なんとか使い走りを終え(ちなみに間に合った。嬉しいような物足りないような)、ボクは茶道部に向かう事にした。 茶道部と言っても、よく連想される和室でおしとやかに…というイメージとは程遠いところだけど、 好きにお茶は飲めるし何故かお風呂も有る。 走り疲れた後の疲労回復には丁度いいから、なんだかんだでちょくちょく足を運んでいた。 今日はどんなお茶を用意してるんだろう?そんな事を考えてながら歩いていると… 「やーやー、リコ!リコもこれから茶道部?」 不意に背中に当たる柔らかい感触と、回される細い腕。 「わわ、ヴァルガ曹長!?」 それはヴァルガ曹長…ユディット・ヴァルガ=ウィンフィールドその人だった。 「アタシもこれから寄るところなんだよね。ね、一緒にお風呂入ろ?どうせ走り回って疲れてるんでしょ?」 「そ、そうだけどヴァルガ曹長と一緒に入ったら、余計疲れちゃいそうな…」 「なんだとー?ユディットちゃんのスペシャルマッサージが嫌っていうのかなー?」 「それって間違いなく極一部を重点的にマッサージするやつだよね…?」 「決まってるじゃんっ!」 「で、でもほら、温泉内で出しちゃったら罰があるって…」 「そうなの?…それじゃあ是非やらないとね!」 にひひ、と笑うヴァルガ曹長。ダメだこの人本気だ。 「…んなとこで何やってんだお前ら」 そんなボク達に、別の声が掛かる。 同じ茶道部のリンさんだ。 「お前ら茶道部行くところか?ちょうどいーや、アザミのやつに今日はサボるって言っといてくれ」 「あれ、リンさんどうかしたの…?」 「俺の本来の部活は『部活破り部』だからな。そっちの活動だよ」 「あ、それまだ続いてたんだ?」 「続けてるに決まってるだろ新入部員!茶道部には、あくまで負けたから入ってやってるだけなんだからな!」 ヴァルガ曹長の一言に不機嫌な顔をするリンさん。 そういえば、この人はそんな事をしてたってアザミさんが言ってたっけ。 「…まぁともかく、そういう訳だから俺は…」 リンさんの言葉を遮るように、校内に警報が鳴り響く。 「え、な、何!?」 突然の事に、うろたえるボク達。 「落ち着けーーーーーーーーーーーーーーーぃんぬ!!!!!!!!!!!!!!!」 そこにすかさず響き渡る変な喋り方の叫び。間違えるはずはない。これは… 「アザミさん!?」 振り返って視線を下に落とすと、そこに居たのは小さな青肌の少女。茶道部部長・アザミさんだ。 「いかにも、違わない。アザミちゃんです。いやそれは今はええねん。至急来たれ茶道部!!!!!」 そう言って駆け出すアザミさん。 「よく分からないけど、とりあえず行ってみようか、リコ?」 「う、うん…」 「…なんだか面白そうじゃねーか。気が変わった、俺も行くぜ」 ボク達3人は、アザミさんを追いかけて茶道部の部室に急いだ。 部室の中にはアザミさんの他にも2つの人影があった。 副顧問のソロネ先生とテトラ先生だ。 「皆そろったみたいだね。ちょっとマズい事になってるよ」 テトラ先生が、いつになく真面目な顔で告げる。 「実はさっき、エリュシオンの進行方向に巨大竜巻が発生したらしくてね。今非常警戒警報が出て回ってるんだよ」 「え、でもそういうのは進行方向を変えるだけで何とかなるんじゃ?それに、都市部からも対策班とかが…」 ボクの質問に、テトラ先生が答える。 「急に発生したもので回避は難しい上に、対策班も当然編成されてるんだけど…調査に向かった部隊が全滅したんだって」 「全滅!?」 「なんでも竜巻の中から大量に魔物が出てきたとからしいよ」 「へぇ…面白そうになってきたじゃねぇか。おい、アザミ。わざわざ俺達を集めたって事は、なんかやらかすつもりだろ?」 不敵な笑みを浮かべるリンさんに、アザミさんは小さな胸を張って叫ぶ。 「当ッ然ッッッ!!!『出撃』だッッッッ!!!!!!!」 「しゅ、出撃ぃ!?ていうか、そういうのは戦闘部とかの役目じゃ…」 「問題なっしん。既に手は打ってありんす」 「…こういう事かぁ…」 「ていうか、いつの間にやったのコレ?それに結構凄いやつだよね?」 呆気にとられるボクと、『それ』に興味津々のヴァルガ曹長。 目の前に有るのは、ボクの単座軽飛行機『ケファラス』と、ヴァルガ曹長のオートジャイロ、 リンさんの双発式飛行機も並んでいる。 ただし、いずれにも本来付いていないはずの機銃…それも恐らく最新型、弾切れの心配が殆ど無い独立式魔導弾タイプが積まれている。 「アザミちゃん、竜巻が出た瞬間見とったからね。そっこーで、せんせ達に相談しといたんよ」 「苦労したわよー、手に入れるのも取り付けるのも私達じゃ出来なかったし」 「まぁ私とソロネが『ちょっとお願い』したら、皆快く手を貸してくれたけどね♪」 「…あ、はい」 ソロネ先生とテトラ先生が、どんな手段を使ったのかは訊かなくても想像はついた。 「…俺のは、元の回転式機関銃で良かったんだけど」 「あの竜巻から出てくるやつらにゃー、見とったけど実弾効いてなかった系じゃったわ。いいから積んでき」 「弾が効かなきゃ、ぶった斬るだけなんだが…ま、せっかくだしありがたく受け取っとくか」 「さて、これで皆分かってくれたおもーけど、こういう空戦は茶道部が一番向いてるっちゃね。だから出撃するっすよ」 「…あの、僕達って『茶道部』だよね…?」 「何か問題が?」 「…ううん、愚問だったよ…」 「んじゃアザミちゃんは用事があるけー遅れていくけん、皆先行っといて。攻撃目標は竜巻から出てくる魔物。なんか質問ある?」 「山ほどあるけど…ひょっとして全部倒せっていうの?」 「他に質問はあるっすかん?」 「…ありません」 エンジンが唸りを上げ、開いた外壁ハッチの先に空が広がる。 風が強い。上手く操舵しないと一瞬で持っていかれるだろう。 「先に行くぜ!一番撃墜したやつが勝ちだからな!!」 そんな中、リンさんが真っ先に空へと飛び出していく。全く恐れを感じていない、力強い飛翔。 「リコ、アタシ達も行くよ!」 続いてヴァルガ曹長が発進する。操縦の腕に自信があるからこそ、こんな空へと飛び出せるのだろう。 …ボクに出来るんだろうか? こんな嵐の中でのドッグファイトが… 「できるよ」 「うわ!!?」 突然、目の前にアザミさんの顔が現れる。いつの間にか前面ガラスの上に乗っていた。 「リコっぴなら、できるよ。それに一人ちゃうっしょ?リンリンもユディっちゃんも居るけぇ」 「でも、ボク…」 「じゃあ、こう言えばいーかな」 機体の前に降り立ち、アザミさんがボクに真っ直ぐ指をさす。 「命令だ、リコ・オリバレス。直ちに出撃し、敵を殲滅せよ。充分な戦果を上げれば…」 今まで聞いたことのないような凛とした声で、告げる。 「1週間、温泉内粗相時の罰ゲーム免除権を与えよう!!!!!!!!!!」 ボクは苦笑を浮かべると、肩の力が抜けるのを感じた。 「んじゃ、頑張っちにリコぽん」 そう言ってアザミさんはツインテールを揺らしながら機体から離れる。 「ふぅ…」 ボクは呼吸を整えると、真っ直ぐに空を見つめた。 ボクに出来る事が有るなら… こんなボクにだって、役に立てる事があるのなら… 「リコ・オリバレス。『ケファラス』、出撃します!」                                            ─後半に続く?