呪われた子と呼ばれた少女、ティナ・マーストンの日常をここに記す。 それは時々変わっていて、時々哀しくて、時々楽しい物語。 今回語られる話は彼女が受けた依頼の一つ。    『少女と鎧と呪われた名前』 ある日の朝、幽霊屋敷。 とはいっても、最近は人が増えすぎて賑々しいボロ屋敷と言ったほうがしっくりくる。 屋敷に住む少女、ティナは屋敷の正面入り口から出ると、大きく伸びをする。 「んんー! 今日も良い天気ー!」 そしてポストを覗き込む。 嫌がらせの不幸の手紙なんかが大量に入っている。 少女の世間での評判はすこぶる悪い。 というのも、ティナは元いた国で魔王に両親を殺された。 魔王、ロードオブエンディアがティナの親を狙った理由はこう推測されている。 忘れられた歴史を喰らう魔王であるロードオブエンディアは、過去を再現するゴースト使いを狙ったんだ、と。 人々の古い記憶を呼び起こすゴースト使いは、その魔王の天敵。 ティナの母親もゴースト使いだった。 つまり『母親と同じ能力を持つティナもいつか魔王に付け狙われて殺される』と思われている。 その風評はティナに呪われた子という忌まわしい名前を与えた。 「あー、また不幸の手紙に中傷メッセージだー。やなかんじー」 そう言って慣れた様子で雑言の文を廃棄用の袋に入れていく。 その時。 「………!! あーーーーーーーーーーーーーー!!!」 ティナは叫んだ。 朝も早くに。 近所から人影が駆けつけてくる。 正確に言えば、それは人の影ではない。 リビングアーマー、意志持つ鎧だ。 「ちょっとなになに、朝から叫んじゃって。何があったのティナちゃん」 独特の喋り方でティナに話しかけるこの顔なじみの鎧。 なんだかんだでティナのことを気にかけてくれる気のいい鎧だった。 「あ、ヨロイさん! この手紙見て、ゴーストの討伐依頼だって! ある村の近隣に現れる悪霊の退治ー!」 興奮した様子でぴょいぴょいと跳ねながら鎧に話しかけるティナ。 「何でも屋トレーネに大口のお仕事ー!!」 彼女は何でも屋を営んでいるが、仕事の八割は猫探し人探しに掃除に洗濯。 生活も苦しく、食べるものもメインがもやしな生活を余儀なくされていた。 「あらぁ、いいわね。でも危ないんじゃないの? あなた敵対的なゴーストは操れるのかしら」 「それはー、ちょっと難しいけど。仲間のゴーストに頼んで退治してもらう!」 その言葉を聞いてうーんと唸る(唸ると言っても中の空洞からそういう音が響いてくるだけだが)鎧。 「不安ねぇ……私を着て行きなさいよ、防御面が万全になるわよ」 「え、でもいいの? 私の仕事を手伝ってもらって」 遠慮するティナを前に、幽霊屋敷の近所をさまよう鎧は誇らしげに立つ。 「子供が遠慮するものじゃないわよ。アタシを装備したら装備重量軽減、ダメージカット、自動回復と良いこと尽くめよ」 そう力強く言う鎧に目を潤ませるティナ。 「あ……ありがとうヨロイさーん! それじゃ、現地に行こっか!」 「あらぁ、話が早いわね」 拳を晴天に向け力強く突き上げて、 「依頼を頑張って今日の夕飯を一品増やすぞー、おー!!」 と少女は明るく叫んだのだった。朝っぱらから。 ティナと鎧はとりあえず一緒に依頼主のいる村に向かった。 イムルトン王国近隣の村、国外ではあったけれどその日のうちに向かえる距離だった。 その村の長が、禿頭に痩せぎすの老人かつ白く長い髭を蓄え眉が何故か長く目元を隠している、典型的村長スタイルで出迎えた。 「すまないのう、村の外れの古戦場跡から村近くに時々悪霊が現れるんじゃ…それを退治してもらいたくての」 それを聞いたティナが力強く頷く。 「お任せください! 私と鎧さんとゴーストが必ずや村に平和を!」 「あらぁ、本に出てくるような村長さんね。共通規格でもあるのかしら?」 動く鎧に面食らった様子の村民たち、鼻白んでいた村長もすぐに咳払いをして話を再会する。 「と、とにかく今のままでは安心して村民が外に出ることもできませぬ……よろしく頼みましたぞ」 「はい! どうする、ヨロイさん? ここでヨロイさん着てく?」 「あらぁ、アタシはどっちでもいいけど悪霊を探す時に別行動を取れないのは不便ねぇ」 マイペースな少女と鎧の会話。 そして悪霊退治が始まった。 夕暮れの古戦場跡を一人と一体が歩く。 その傍には半透明のゴーストたちも随伴している。 「うーん、やっぱり暗くならないと霊は出てこないのかなぁ?」 「ティナちゃんに協力してるゴーストたちは昼間っから屋敷の外についてきてくれてるじゃな〜い」 そんなことを喋りながら探していると、彼女達の前に黒い靄が立ち込めた。 不吉と不穏を煮詰めたような黒は、次第に人の形を成す。 「オオ……オ、オオォ…」 咄嗟に構えを取る少女。 「で、出た! 会話にならないタイプの幽霊だよ! 倒して天国に行ってもらうしか……!」 すると。 黒い人影は無数に現れ、少女と鎧とゴーストたちを取り囲んだ。 「え、ええー!? 数が多いよう!! ど、どうしよう!?」 影の剣を手に襲い掛かってきた黒い影を持った槍で一突きに仕留める鎧。 「ゴーストを実体化させるのよね!? 早く!!」 「う、うん……わかった!!」 鎧の叱咤に魔力を集中させるティナ。 「遍く魂魄を、ティナ・マーストンの名の元に世界に現界させる!! 進化の力、プログレス!!」 ティナの周囲に白い光が満ちて、四体のゴーストが強い力で実体化する。 それぞれが独自の判断で悪霊の群れに攻撃を開始する。 しかし。 「わぁ!!」 ゴーストたちが討ち漏らした悪霊がティナに襲い掛かり、それを寸前で回避。 「いけないわ! ティナちゃん、両手を広げて!!」 「え、ええー?」 「早くするのよ!!」 言われるがままに両手を広げるティナ。 それに対し、鎧がパーツごとに別れて少女の体に装着されていく。 「着装完了よ、ティナちゃんはアタシが守るわよ!」 「こんなことできたの!?」 「やってみたらできたのよ!!」 そんな無茶苦茶な、と思いながらティナはたどたどしく手の槍を悪霊に放つ。 その時に気付いたが、鎧は完全にティナのサイズにぴったりとフィットしていたし、重さを感じないどころか楽に槍を使えた。 槍に貫かれ雲散霧消する悪しき影。 「わー!?」 「中に響くから大声出すんじゃないわよ、次くるわよ!」 「わー!!」 自分の動きが信じられないのか、叫びながら戦うティナ。 そうしてさまよう鎧を装備したティナとゴーストたちは一気呵成に悪霊の群れを倒していった。 最後に残った一体の悪霊は、他の悪霊よりも構成する黒い靄が色濃く、兵士の姿をしているのが見て取れた。 他の悪霊たちも過去の戦争で亡くなった兵士なのだろうか? 「ア、アアア………皇国の名の元にィィィィ!!」 「!?」 突然、人の言葉を喋る悪霊に気圧されるティナ。 一歩、また一歩と兵士の悪霊は距離を詰めてくる。 「正義と光輝を齎すは、我が剣なりぃぃぃぃぃ!!!」 黒影の剣を振り上げて襲い掛かってくる悪霊に、ティナは思わず目を瞑る。 しかし、衝撃は来ない。 気がつくとティナの腕がひとりでに槍を突き出して悪霊を刺し貫いていた。 「女の子を大声で脅して、何が正義よ」 「ヨロイさん!!」 胴体を貫かれた最後の一体の悪霊はガクガクと震えると、黒い霧となり、薄れて大気に消えていった。 「ヨロイさんが私の腕を動かしてくれたんだねー、本当に助かったよー……」 「アンタ危なっかしくて見てられないのよ。さ、早く戻るわよ。日が暮れちゃうわ」 そう言って少女の体から外れてさまよう鎧に戻ったリビング・アーマーは先導するように歩き出した。 「あ、待ってよう!」 そう言って仲間のゴーストたちの実体化を解いた少女は鎧を小走りで追いかけた。 星をまぶした夕闇が茜色に溶ける頃。 村に戻ったティナを、村長は笑顔で出迎えた。 「おお、悪霊どもをあの世に送り返していただけましたか! これはありがたいですのう!」 「えへへー」 照れながら鎧の隣で頭の後ろを掻く少女。 「それでは、これが報酬ですじゃ」 そう言って村長が差し出した革袋をティナは開く。 その中身は。 「何よこれ……」 「ええっと…」 そう短く言う鎧に、絶句して硬直するティナ。目が泳いでいる。 革袋の中身は、子供のおこづかいと言って差し障りない金が入っていた。 少なくともモンスター退治で払う金額ではない。 「申し訳ありませんのう、長年悪霊に苦しめられてきた我が村では十分な報酬を用意することができませんで……」 そう言い訳をする村長に鎧が食って掛かる。 「アンタね、そんな理屈が通ると思ってんの!? この子は命懸けで……」 鎧の前に立ちはだかって両手を広げ、首を左右に振るティナ。 「いいの、ありがとうヨロイさん」 「ティナちゃん……」 そう言うと革袋を大事そうに荷物の中に入れて、 「報酬、確かに受け取りました! また何でも屋トレーネをご贔屓に!」 と言って笑うと背を向けて立ち去っていった。 それを追いかけていく鎧とゴーストたち。 イムルトン王国に帰っていく彼女たちを見ながら、村長は小さな声で。 「呪われた子に払う金なんぞあるわけなかろう」 と言って口の端を上げた。 夜。屋敷に帰りつくと、ティナは大きく伸びをした。 「ありがとう、ヨロイさん! それじゃ解散で!」 「あのね……いいの? ティナちゃん、あいつら本当は」 「いいの! また明日から頑張ればいいから!」 そう言うとティナは屋敷に駆け出していった。 中庭でうとうとしていた愛犬のケヴィンを抱きかかえて。 「ただいまー、ケヴィン! ごめんね、明日からもいつも通りのごはんだけど……」 「キューン?」 白い犬の毛並みを撫でて、少女は寂しそうに笑った。 「また頑張ればいいんだよ、また頑張れば……」 その言葉は、今時珍しいくらいに呪われた―――自身に向ける呪詛に近い言の葉だった。