人には秘密というものがある。 人には過去というものがある。 人には―――時々どうしようもないほどの劣等感を抱えてしまう、心というものがある。 今回語られる話は少女の仕事にアクティ・フォロールが首を突っ込んだ時のそれ。 とある男女の物語。    『二人分の劣等感』 昼頃。幽霊屋敷の一角。 エプロンドレスとメイドカチューシャをつけたティナが紅茶の前にいる。 両手の指でハートの形を作ると、謎のダンスをした。 「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん!」 それを気まずそうに見ている青年、アクティ。 たまたま遊びに来ていた彼は、茶髪を手で押さえるとげんなりとした様子で少女に話しかける。 「それ、俺に淹れるために出したカップだろ。俺の紅茶に何のまじないをしてるんだよティナ…」 即席メイドルックのティナは胸を張って答える。 「これ? これが上手くできるようになれば、バイト代が出る喫茶店があってねー!」 ティナと同居している植民請負人(ロカトール)の青年トゥランが顎に手を当てて考え込む。 「不思議な呪文だ。それで美味しくなるのか?」 「いやなるわけねぇから! 二人揃って天然か!」 アクティはツッコミを入れると疲れた様子で肩を落とした。 「とにかく、やめとけってティナ……そういう仕事はさぁ…あと俺は紅茶よりコーヒー派で」 一行がそんな調子で閑談に時間を費やしていると、そこに一人の女性が現れた。 「ここ、何でも屋トレーネでしょ。依頼に来たんだけど……って、何してるの」 「へ?」 「そういうのさ、あんたみたいな若くて可愛い子がやるより私みたいなブスがやったほうがキマるんだって」 そう言ってティナからエプロンドレスとメイドカチューシャを受け取ると、依頼人の女は自分でつけてみせた。 「ね」 依頼人の女は堂々とした振る舞いで、言葉にするのも難しいくらい『似合って』いた。 「う、うん……確かに」 「プロっぽいな……」 「言い知れぬ凄みを感じるが、本職か?」 ティナとアクティとトゥランは唸る。 それに対して首を左右に振り、エプロンドレスとカチューシャを外した依頼人はその言葉を口にする。 「私、娼婦やってます」 ソファに三人が座り、その対面に依頼人―――バーバラと名乗った娼婦が座る。 行き過ぎたアンティーク趣味のテーブルの上には紅茶のカップが四つ。 「あはは……ちょっと率直すぎて驚いちゃった…」 バーバラは薄い色素の長い髪を指で梳ると、紙を三人に見せた。 「ある男のことを調べてほしいんだな」 むむぅと唸って紙に目を通すティナとアクティ。 隣のアクティの両目をティナは塞ごうとする。 「ちょっと、アクティさんプライバシープライバシー! 外部の人は見ちゃダメー!」 「わ、悪い……なんか流れで…」 その様子を見て笑みを浮かべながら紅茶を飲み、依頼人は語る。 「その人、私を指名してくれる客の一人なんだけど。  その客が……日曜の午後にマーケットでいっしょに買い物してお茶するだけで、  二時間……金貨30枚払ってくれるの。変でしょ!?」 その言葉に沈黙を守ってきたトゥランが口を開く。 「調査のために聞くが、性的サービスは要求せずに……か?」 「トゥランさん!?」 「男女の関係のことだ、聞いておく必要がある」 トゥランも最近は何でも屋の仕事を手伝っている。 よってティナもトゥランが首を突っ込んでくることに関して止めはしなかった。 しかし、真顔で核心を突きに行くトゥランにティナは焦り顔で両手をもどかしげに振った。 「最初は部屋に呼ばれたの。そういうサービスも手順通りにしたわ。あんまり手馴れてなかったから、風俗デビューだったのかもね」 息を呑んで話を聞くティナとアクティ。表情を変えないトゥラン。 「で、その次から月に一度か二度、日曜に買い物に。  ヘンタイかと思ったこともあったけど、もう長いこと続いてる。今では娼館を通さずに私に直接依頼してくる」 話を聞いていたティナが思わず問う。 「それってバーバラさんにとってオイシイ仕事なんじゃないの……?」 「うん、その通りなんだけど……」 そのバーバラの言葉に、アクティが冷めてきたカップの中の琥珀の液面を揺らしながら聞く。 「失礼だけど、どこか核心に触れていないような。あんた、奥歯にものが挟まったような物言いをしてるよな?」 四人の間を静寂が包む。 アクティの言葉に目を伏せて薄く笑ったバーバラは、 「プロポーズされちゃったの」 と答えた。 「知りたい……娼婦なんかに何故!?」 切実にその言葉を吐き出した依頼人に対し、ティナが真っ直ぐにその瞳を見る。 「私は職業に貴賎はないと思う。だから、確認したいのは一つだけ……そのプロポーズ、受けるつもりなんだよね?」 「…はい」 「この依頼、受けた! 頑張らせてもらいます!」 ティナが力強く頷くと、右手を振り上げた。 「これは何でも屋トレーネの大仕事だー!!」 立ち上がってばたばたと準備を始めるティナに、バーバラは一度だけ頷いて。 「そういえば、何故この何でも屋に依頼をした?」 と問いかけるトゥランに、バーバラは首を傾げて。 「ここって探偵稼業みたいなものじゃないの?」 そう答えたのだった。 調査対象は、どこにでもいそうな青年。名をジャスパーと言った。 どこにでもいそうな娼婦にプロポーズをした、変わった男でもある。 イムルトン王国で測量の仕事をしているようで、毎日忙しそうに動いている。 新興国だからこそ、決めなければならないことは山積みのようであり。 彼の仕事ぶりを物陰から眺めるティナとアクティ。 「何も起きないねー、怪しいところはないみたい」 「プロポーズする相手が気になって何でも屋に依頼するくらいの秘密主義者だしな…」 「ってー、何でアクティさんも身辺調査に加わってるのー」 「いや、乗りかかった船っていうか、気になってなぁ」 そう言いながら二人で話していると、測量道具を手にターゲットは移動してしまう。 「お、追いかけよう!」 「焦るなよ、まだ三日も経ってないんだぜ? トゥランもあいつの故郷について調べてくれてるしさ」 「で、でもー……」 おろおろするティナを前に、アクティは小さな溜息をつく。 「確かに、長丁場にしちまうのは良くねぇよな……」 そう言って春の青空を眺めた。 結果として、何も成果はなかった。 真実を掴めないまま一週間、身辺調査は空振りが続いた。 彼の故郷から探っていたトゥランも真新しい情報はないままロカトールのほうの仕事が忙しくなってしまった。 書類を手に困った顔をするティナ。 「一週間ジャスパーさんを尾行したけど……真面目に仕事して、たまにお酒を嗜んで、家に帰るだけ…」 その様子を見ていたアクティは、首を左右に振って前に出る。 「埒が明かない、俺が彼と話をつけてくる」 「ちょ、ちょっと! アクティさん!?」 今まで尾行していた相手の前に姿を見せるアクティ。 「バーバラさんから身辺調査の依頼を受けた、何でも屋のモンだ」 堂々と名乗る青年に、少し戸惑った様子のジャスパー。 臆することなく言葉を続ける。 「仕事が終わったら少し時間をもらえるか?」 「何を………」 小さめの声量で聞き返すジャスパーに、これが正しいとばかりに言い切るアクティ。 「あんたのようなヤツは身辺を調査しても何も出てこない。なら、真っ向勝負しかない。頼む」 その言葉に、薄く笑ってジャスパーは頷いた。 「調査費で飲もうぜ。いってみりゃ、バーバラさんのオゴりだよ」 「あは……」 そう言って話し込むアクティとターゲットを、ティナは不安げに遠くから眺めていた。 夜の酒場。 アクティとジャスパーは二人で同じテーブルについて酒を飲み交わしていた。 「(プロポーズした相手にも肚の内を語らない相手、これ以外の手段が思いつかない)」 二人は凄い勢いで酒を飲んでいた。 何を誇るでもない、ただその場の勢いで酒を口に流し込む。 「(徹底的に飲んで、相手に語ってもらうしかない)」 アクティの真剣な表情、酒に強いのか口角を持ち上げて酒を飲むジャスパー。 周りの男達は彼らを見て語り草にしている。 「見ろよあいつら、尋常じゃないピッチ……」 「死ぬだろあれ……」 アクティは酩酊しながら思った。 この先に真実があるのか、と。 二人の幸せに繋がる何かがあるのか、と。 夜の川原の土手でジャスパーは仰向けに転がって星空を見ていた。 「あーもう無理……限界」 その様子を見て、アクティは酒精に霞む視界の中で、 「(デスマッチに勝ったか…!?)」 と考えながら煙草に火をつけた。 「俺の母ちゃん娼婦だったんよ」 それは突然のカミングアウトだった。 座り込んでいたアクティは思わず腰を上げ、硬直する。 ジャスパーは語り始める―――真実を。 「女手ひとつで俺をスクールに通わせてくれて……猛勉強するしかないじゃん」 「そんな母ちゃんも死んじゃって……天涯孤独なんよ」 「俺は極端に劣等感が強いからマトモな女性とはロクにお喋りもできないんだな」 繋がっているような、繋がっていないような。 彼はそんな言葉を一つ、二つと紡いでいく。 「もしも結婚するとしたら……母ちゃんと一緒の職業の女性ならって…」 アクティの瞳に涙が溢れた。 泥酔のせいだろう。そう自分に言い聞かせて。 上体を起こしたジャスパーが、人好きのする笑顔を浮かべて語る。 「休日に夫婦でマーケットに買い物。それが夢なんだぁ……」 後日、ジャスパーとバーバラの結婚式。 純白のドレスに身を包んだバーバラは幸せそうに笑っている。 ジャスパーもその隣で、少し照れながらも笑顔を浮かべた。 「花嫁さん、すっごく綺麗……」 「おいティナ、今日は僕達はジャスパーの親戚筋なんだから発言に気をつけるんだぞ」 「わかってるってアクティさん、今回は頑張ったね!」 礼服を着たトゥランが着心地が悪いのか、自分の服装をあちこち見ながら言う。 「これが結婚式というものか? だが、悪くない」 「えへへ、二人とも幸せそうだもんね!」 「男と女が劣等感をシェアして結婚したのは、どこか奇妙に健全な気がするな」 トゥランのその言葉に、アクティとティナは顔を見合わせた。 「うん、きっと上手くいくよ!」 そう言って笑い合ったのだった。