*詳しい設定とかクソ長い話とか [#ibc98b5b]
''開くと軒並み長いです。注意してください。''
#region(年表を交えた旧時代(ID:60033)から現在までの顛末)
-[[家系図>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst030301.jpg]]
-黄金暦73年12月 
--誕生

-黄金暦78年   
--魔術『不能者』であることを示す名、ネモと呼ばれるようになる

-黄金暦79年5月  
--妹[[エマノン>http://notarejini.orz.hm/?%C5%E0%B7%EB%2F106300#x88cbd36]]が誕生

-黄金暦88年12月 
--年明けに行なわれる成人の儀式を前に村を出る
-黄金暦89年
--6月
---冒険者の街に流れ着く
--12月
---この月に冒険者になる

-黄金暦92年
--5月
---村に一度戻る決意をする
--6月
---酒場を出る
---故郷に戻るまでの長き旅
--12月
---村に戻る
---[[その一幕>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst007335.txt]]

-黄金暦93年
--5月
---酒場に戻る

-黄金暦94年
---この時期、幾多の公共施設に足を運び、一気に顔見知りが増える
---この頃ボスに出会った。多分
--1月
---闘技場がオープン。[[賭けなんてしてたね>http://1st.momo.net/uploader/img/adv007669.txt]]
--4月
---[[ダーティーな仕事をしていた>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst017602.txt]]
--9月
---[[こんなこと>http://1st.momo.net/uploader/img/adv007881.txt]]があったのかもしれない
~
~
-黄金歴94年〜103年
--色々あった。ありすぎて抜粋不可能
~
~
-黄金歴104年
--ネストをはじめとして、騎士団・魔王軍・魔法学校に参加

-黄金歴105年3月
--[[なんでもない日常>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst012668.txt]]

-黄金歴106年3月
--[[ネストのクソ仕事>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst021241.mht]]
--この件により半年ほど療養生活を強いられる

-黄金歴108年
--[[ネストの仕事>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst016212.txt]]

-黄金歴110年
--4月
---[[キンググリフォンつえー>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst018792.jpg]]
--5月
---[[ひとつの終わり>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst019321.mht]]
---[[手記の記述はこの月で止まっている>http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst019322.txt]]
~
~
~
-黄金歴111年3月
--[[アラン・スミシー>名簿/243531]]として[[シノンデル養成所>施設/シノンデル養成所]]に
-黄金歴113年7月
--正体がバレて終了
--二度目の死
--[[師匠>名簿/265071]]と出逢う
~
~
-黄金歴113年8月〜115年
--師匠と供に各地を放浪

-黄金歴115年3月
--再び街に戻ってきて冒険者登録
--以降正体を隠しつつもムーとして生きる
--一部昔の知り合いにはネモとして接する

-黄金歴119年
--昔一度だけ会った女と再会
--[[伯母>http://notarejini.orz.hm/?%CC%BE%CA%ED%2F265071#o3096549]]だった

-黄金歴122年
--諸々のコトに片をつけて再びネモと名乗る。

-黄金歴125年
--頃合とみて[[レーラア>名簿/265071]]が今まで秘密にしていた大凡の事情を明かす。
---そこでレーラアはネモにある選択肢を提示し、姿を消す。
---同じくして[[ネーム>名簿/314057]]も去っていった。こうして三人の共同生活は終わった。

-黄金歴127年
--熊に食い散らされた後に再生しているところをレーラアが回収しにくる。
--また力の大半を失ったネモに、再び機が熟した時に会おうと言ってレーラアは去った。

-黄金歴130年代半ば
--再び力を蓄え、選択の時が否応無く迫る中、未だ思い悩むネモ。
---そんな折に故郷の父親から手紙がきた。

-黄金歴140年11月    
--選択

-''現在''
--気楽な余生(←いまここ)
---黄金歴144年12月から定期的に里帰りしている
#endregion
#region(ネモ→ムー)
*時には昔の話を [#y5497df6]
あの世にしては代わり映えしない。~
~
それが目を覚ました時の第一印象。~
**フラッシュバック 〜黄金歴110年6月〜 [#j8582b27]
何故自分は生きているのか?~
~
「成人の儀式で名を得なければ、こうなるのよ」~
「……こう、とは?」~
「老いることも、死ぬことも無くなる」~
~
少し前、[[ある女>名簿/314057]]との会話が頭を過ぎる。~
~
「貴方が自分の名を強く想えば、貴方は死ねるわ」~
~
でも俺は生きている。~
なんだ、結局駄目だったのか。~
俺は俺になれなかったのか。~
~
生きている喜びよりも、深い失望が胸に広がっていった。~
**深く潜れ [#s31fb641]
さてどうするか?~
[[「組織」>同盟/ザゼルズネスト]]に追われている以上、このまま戻るわけにゃあいかない。~
しばらくはスラムに潜伏して考えるか。~
~
包帯を顔に巻き、襤褸切れを身に纏う。~
このナリでもスラム街じゃ目立つことは無い。~
ライ病患者や体の一部が欠損した、乞食ギルドのお歴々がごろごろいる。~
~
~
薄暗い路地裏での寝泊り。~
ごみ漁りの日々。~
縄張り争いから発展した喧嘩。~
懐かしい感覚だ。~
冒険者になるまでの一年間を思い出す。~
~
「人一人殺してパン一個手に入る。お前どうする?」~
ある日餌場での争奪戦が終わったところで、一人の男が話しかけてきた。~
適当に質問に答えていく内に、男が[[シノンデル>施設/シノンデル養成所]]のスカウトマンであることが分かった。~
~
シノンデル……「組織」に居た時代、何度か耳にしたことがある兵士養成施設。~
包帯の下で嘲るような笑いを浮かべる。 どうせ相手には見えやしない。~
確か「組織」とは何らかの繋がりがあった筈……とそこに思い至ってハッとする。~
~
ここの内情を掴めばそれをネタに、「組織」に対して保身を図れるかもしれない。~
~
スカウトされるなら渡りに船だ。~
まさか一度殺した相手が関連機関に潜入するとは思うまい。~
~
今にして思えば、それは甘い考えだったのだが。~
~
「それでお前の名前は」~
「[[アラン・スミシー>名簿/243531]]……それが僕の名さ」
**蟲毒 〜黄金歴111年3月〜 [#f23c0a53]
養成所の日々は胸糞悪かった。~
~
集められた人間は一部を除いて頭のネジが数本飛んた連中。~
酒場の連中のおかしさとはまた別種の人間達。~
大半の人間が別の場所であらかじめ「調整」を受けて来た、人ならざる者。~
同室の少女も見た目はそれこそ普通だが、身体機能を強化された人間であった。~
稀に普通の人間も混じっているが、身売りか口減らしか親無しか、自発的に来る理由じゃない。~
いずれにしても彼らと顔を合わせるにつけ、いいようの無い感情が湧いてくる。~
彼らをこのような状況に追いやった者達への怒りとやるせなさ。~
~
実地訓練と称して、毎月危険度の高い冒険依頼への派遣。~
彼らの多くは疑問の余地を差し挟まずそれをこなす。~
そうであるように「調整」されているからだ。~
~
反吐が出る。~
~
内心隠す嘘笑いだけが小馴れていく自分にも腹が立った。~
**発覚 [#l36dc8b4]
時が過ぎ、生徒も過半を割った頃気付く。~
「兵士養成所にしては損耗率が高過ぎる」~
内部資料によると前期のシノンデルもそうだ。~
修了まで到達する生徒は僅か、しかも──~
「兵役に就く者が少なすぎる……」~
当初掻き集められた者の一割にも満たない。~
これではまるで養成所のていを為していないじゃないか。~
出荷が主目的ではない? となると……~
~
その考えを裏付けるような資料を発見した。~
[[アテール報告書>名簿/153191]]。~
『生命を蹂躙する事が罪ならば、蹂躙できる生命を作り出せば問題は解決する』~
兵士の養成によるコストと品質の問題の解決案。~
人造規格生命の量産。~
その産物「[[マスプロダクト・シノンデルス>名簿/155052]]」~
~
シノンデルの主目的は兵士養成ではなく、実験体と投薬のデータ収集だ。~
**ふりだし [#b24baa23]
巡察官が来る。~
嫌な予感はしていた。往々にして悪い勘ばかりが当たるものだ。~
~
「おや? 何故君がここに居るんだい、'''名無し'''」~
「……人違いじゃありませんか?」~
「ふふ、外見だけでは僕の目を誤魔化せないよ。最もそんなチャチな変装ではねぇ」~
~
嘲りの笑いを背に俺は駆け出す。~
よりにもよって最悪の相手に見つかった。~
[[アンティル・ファルクラム>名簿/95499]]。~
~
~
~
路地裏の壁にボロボロの体で寄りかかり、荒い息を整える。~
逃げの一手で精一杯。~
しかし彼に露見した以上、この場を凌げたとしても……~
~
「ため息を吐くとその分、幸せが逃げるって言うよ?」~
マスプロダクトの一体を従えたアンティルが余裕面で追いついてくる。~
両者、息一つ乱れていない。~
「まあこれから死ぬ君にはそんなの関係ないけどね」~
「かつての同僚のよしみで見逃してくれない?」~
「裏切り者に掛ける情けはないよ。 しかし君にはがっかりだ、英雄クラスとの貴重な実戦データが手に入ると思ったら……」~
薄笑いを浮かべて、値踏みするような視線を寄越すアンティル。~
「肩慣らしにもなりはしない。 もう殺しちゃっていいよ」~
アンティルの言葉に反応して再び剣を取るマスプロダクト。~
~
「本部の連絡員のようなミスはしない。今度は確実に殺してあげるよ」~
良く舌が回るアンティルとは対照的に、目前の量産兵は先程から表情一つ変わらない。~
彼には色が感じられない。その仕草の一つ一つ、剣を振る殺しの動作にも。~
一手、二手撃ち合わせただけで、俺の得物は弾き飛ばされ、彼の剣が深々と体に食い込んだ。~
~
あっけないもんだ。二度も死ぬのか俺は。~
そう自嘲しながら、体の内から湧いてくる熱に、意識が呑まれ消えていった。~
~
「燃えた?自ら火を点けたのか?……まあいい、引き上げるよ」~
裏切り者の始末を終えたアンティルとマスプロダクトは、音も無くその場を後にした。~
~
**師との邂逅 〜黄金歴113年7月〜 [#f0fc6678]
こうして二年余りのシノンデル潜入が水泡に帰した。~
俺はというとまた死ねずに生きている。~
「俺は何なんだ。 何故まだ生きているんだ」~
いや、生きているとは言い難い。ただ死んでいないだけだ。~
深い深い徒労感が身を包む。~
今は何もやる気がしない。~
~
路地裏で無気力にへたり込み、地べたを見詰めていると、影が差す。~
ふと顔を上げるとそこには女が一人居た。~
人形みたいだ、と思った。~
目鼻立ちは恐ろしく整っているが、表情や仕草が無造作で味が感じられない。~
女は碧い眼でじっとこちらを覗き込み、一言呟いた。~
~
「……ムーか」~
~
何故、どうしてこの女は俺の幼名を知っているのだろうか?~
『ムー』~
俺の故郷では15歳になるまで皆がこの幼名を用いている。~
彼女も村の者なんだろうか?~
~
「来る?」~
女は煙管を吹かしながら、白く細い手を俺に向けて差し出す。~
~
俺は──~
~
僕は迷わずその手を取って立ち上がった。~
#endregion
#region(師匠といちゃいちゃする話)
何故僕は師匠と一緒にいるのか?~
それは師匠が僕のことを&ruby(ムー){名無し};と呼んだからだ~
師匠は僕のことを知っている~
多分、僕自身よりも~
**『覚悟』 [#i3a7add1]
いつものように寝そべって煙管を吹かしていた師匠が呟いた言葉。~
なんですか? と聞き返す僕。~
「あんたに足りないもの」~
~
師匠はいつだってそうだ。~
言葉少なに的確に容赦なく僕の痛いところを突いてくる。~
そして僕はそれが嫌いじゃない。~
多分、師匠はそんなところも見透かしている。~
~
責任が無いのは実に気楽だ。~
僕には過去にしてきたことと積み重ねてきたことを再び背負う覚悟があるのだろうか?~
**貸し借り [#v01a5829]
タダより高いモノはない。~
使い古された慣用句だ。~
~
「対価と釣り合いの取れない貰い物は毒。徐々にその身を蝕んでいく堕落という名の毒」~
師匠は珍しく饒舌だった。~
~
「器量に見合わぬ力は振るうたびに足場を破壊していくと心得なさい。気付けば自らが穿った穴に呑み込まれている」~
煙管を吸う片手間ではなく、目を見てしっかりと話してくる。~
~
「借り物は借りていることを忘れないこと。利子は水面下で積み重なっている」~
いつもは直接的に言わずに僕自身に気付かせるように教え諭す人なのに。~
まるで僕の瞳に映った自身に語りかけているようだった。

**失われたもの [#n0caeb91]
若い者が死んだ時にはその未来と可能性を嘆き、年老いて死んだ者へはその人生の記憶を惜しむ。~
いずれにしても尊いものが失われるから、生きて欲しいと願う。~
~
かつてあるエルフとそんな話をした記憶がある。~
死は失われること。端的に言ってしまえばそうだ。~
だが師匠は「死なないこと」によって失われるものもあると言う。~
~
「制限時間が無いとどうなる?」~
~
師匠は僕がそのことについて薄々答が出ていることを分かっているようだった。~
人の為すことには期限がある。その内容によりけりだが、決定的な期限は「死」だ。~
~
「意義が無くなるのよ」~
~
人は生きてる以上何かする。しなくてもいい事をする。そうせずにはいられない。~
『今これをやらなくちゃいけない!』 そういう感情を伴って行動している時は本当に充実感がある。生きている実感だ。~
だが期限が無くなるとどうなるだろう?~
『明日やればいい』という怠惰で甘美な誘惑に抗えるだろうか?~
そしてその考えに一度甘んじてしまった時、『明日』は『そのうち』に代わっていってしまわないか?~
~
「明日明日言っている人間に明日は訪れない」~
~
次第に『そのうち』も消えてなくなって。 目的意識は露と消える。~
……それは生きているといえるのか?~
~
言い終えた師匠は色の無い表情で煙を吹き上げている。~
その瞳は透明な無関心に満ちていた。~
**甘さ [#l2750311]
「アンタは甘い。自分にも他人にも」~
師匠はいつも前触れも無く突然こんなことを言い放ってくる。~
煙管を吹かしている最中、思い出したかのように。~
「甘さには2種類ある」~
はあ、そうですかと僕はやる気のない相槌。~
~
「アンタの甘さは無責任の甘さ。自分の言動で相手に責任持ちたく無い傍観者の甘さ」~
これは耳が痛い言葉だ。~
確かに僕は誰かと何かをする時、相手に選択を委ねようとする。~
それは相手の意思を尊重しているからではなく、自分の選択を明示していないだけだ。~
~
「そんなに失敗が怖いのかしら」~
何かあっても、それは僕のせいではなく君のせい。~
自分の手札を見せなければ負けは無い。 但し勝ちも無い。~
~
「失敗しても死ぬわけじゃあるまいし」~
だが僕のちっぽけな自尊心は死ぬかもしれない。~
好意を持った人に自己が選び取ったものを否定されるのは死ぬよりつらいことかもしれない。~
~
「でも師匠、僕は相手に責任持とうとすると対象にのめり込んでしまうんです。&br; それで相手のいい面も悪い面も見えてくる。&br; 僕は他人を肯定するのも否定するのも疲れるんです」~
「だからアンタは駄目なのよ」~
~
ばっさり師匠に切り捨てられる。~
それが妙に心地よかった。~
**誠実 [#ofea07b0]
「正直に生きた者にはある特典が与えられる」~
正直。 僕や師匠とは縁遠い言葉に思える。~
師匠は視線で「わかる?」と問い、ゆっくりと煙管で煙を燻らしている。~
師匠のことだから「正直に生きればいいことがありますよ」などという無根拠で黴の生えた道徳論である筈が無い。~
そういった考えは現実に根差したものではなく、そうあって欲しいという願いだ。~
~
暫し僕は考えた。~
誠実に生きることで後ろめたさが無い、精神的な満足感。~
これぐらいしか思い浮かばなかった。~
それじゃあないだろう、と僕は師匠に向け首を横に振る。~
師匠はそれをうけて、ゆっくりと煙を吹き上げてから口を開いた。~
~
「自分の心に正直に生きた者は、置かれた立場や境遇に関わらず、~
 己にとって何が良くて何が悪いかを、自分の意思で決めることが出来る」~
良いか悪いか。 この文脈だと単純な善悪を指していないことは確かだ。~
しかし一つ気になることがある。~
~
「師匠、でもそれって正直者じゃなくても決めることはできませんか?」~
「それは自己欺瞞に過ぎない」~
~
正直に生きるのは難しい。~
#endregion
#region(その2)
**笑顔 [#kc806aab]
師匠と出会って間も無い頃だった。~
余人を寄せ付けない空気にふとした疑問を抱く。~
彼女は会話能力に難があるし、実に面倒くさそうに喋る。~
人嫌いなんだろうか? でも人の多い場所を避ける様子は無い。~
~
「面倒は嫌い。 人は、好きよ」~
~
僕の疑問に、彼女は軽く笑ってそう答えた。~
僕が見た数少ない師匠の笑顔。~
平素の無表情と相まって良く覚えてる。~
ふっと淡く浮かんだ甘い笑いだった。~
~
**変化 [#df07d4f7]
大切な部分を変えないためには些事を変えねばならない。~
変わるために何かを捨てねばならない。~
年を取るほど、捨てねばならぬものが増えてゆく。~
しかし捨てるために必要な思い切りや蛮勇は、年を重ねるほど磨り減ってゆく。~
~
「一度全部捨てて、必要なものだけを拾い集めようとしたんです」~
「それでどうなった?」~
「前よりものが増えてしまいました」~
「あんたはそれでいいのよ」~
~
いいんだろうか?
**何にも無い [#rbf5da7c]
伯母さんは何考えてるか良く分からない人だ。~
よく笑い、よく怒り、良く喋る。~
だが本心がどこにあるか分からない。~
~
「彼女は何も持っていない」~
「何も持とうとはしていないし、手に入るとも思っていない」~
「誰に対して、何に対しても、一片も期待をしていない」~
「それはとても哀しいことだ」~
~
師匠は寂しげにそう言った。~
伯母は……ネーム・レスという女は師匠が評する通りの人なんだろうか?~
~
俺には否定する材料も肯定する材料も無かった。~
~

~
「人間は元々何も持ってはいないの」~
「だから何かを自分の物にしようとしたり、人に取られまいと思ったりする」~
「その行為はじわじわと自分の心を苛めてゆくわ」~
「大切なものだけ守ればいいのよ」~
~
そう言って伯母さんはふと笑った。~
~
伯母さんの大切なものは何ですか?~
師匠の言葉が頭にちらつき、その問いを口に出すことは出来なかった。~
~
**思考 [#q6712873]
── ''何の疑問も持てぬようにしてしまう。 何と恐ろしい事か ──&br;── だが、考えない事は確かに楽である。 生きてはゆける。 楽しむ事もできる'' ──~
~
とある書物、黙示録の一節だったろうか?~
師匠はたまにこうして諳んじている。~
~
── ''『多くの知識』は『考える』事をうばい去ってしまった ──&br;── 陽はその時、いちばん高く真昼を迎えていた ──&br;── 陽は沈み行くその過程がいちばん美しい。自然界の定めは、万物すべての定めなのだ''──~
~
遠く、空を見詰めながら紡がれてゆく言葉。~
誰に向けての言なのか。 自身か、俺か、それとも……~
~
「枯れない花は花ではない」~
吟じ終えた師匠は俺のほうを見てそう言うと、またぞろ煙管を吹かし始めた。~
~
**尊きもの [#d12c545e]
最近気が付いたが師匠は決して論理的ではない。~
粘り強い論証やしつこいくらいの反駁によって立脚する西方の論理ではない。~
言葉の語感やイメージを用いて、俺に教え諭そうとする。~
~
「確かに。 私たちは同じ言葉を用いて会話しているが」~
「その実、同じものを見てはいない」~
「どれだけ言葉を尽くしたとしても」~
「自分の見る世界を切り取ることは出来ない」~
~
それじゃあ本質的にお互いを理解することは出来ないんじゃないか?~
~
「本質、ということはさておき」~
「近づけることはあっても分かることは絶対に無い」~
「何をしても本当のことは何一つ分からない」~
~
もし師匠の言うことが本当だとすると~
それってなんだか寂しいな~
~
「寂しくはないわ」~
「それは一人一人が違っているってこと」~
「とても尊いことよ」~
「寂しいことじゃないわ」~
~
そう言って師匠は静かに笑っていた。~
~
**独り [#m2d0fa45]
一人は気楽だ~
好きな時に寝て起きて、メシ食って、ふらりと出掛けて~
気の済むまでブラブラして、また寝て~
~
ここ10年は一人になれる時間が少なかった~
だから終ぞ忘れていたのだ~
~
気凄い夜更けに煙草など吹かし~
夜空を見上げながらぼんやりする~
ふと胸に差し込んでくる寂寥感~
~
そうだ~
これが一人だ~
~
**本質と実存 [#g69cd3c3]
「私は嘘吐きである」~
師匠は時々真顔でこういうことを言う~
意図を察するまで冗談なのか本気なのか判別が付かない~
~
ははぁ、これは矛盾のことを指しているんだろうか?~
「半分正解、というところかしら」~
「意味内容が支離滅裂であっても表現することが出来る」~
「それが言葉の恐ろしさ」~
「言葉は唯の道具であることを常に意識なさい」~
~
要は何を表そうとしているか、か……~
意味、意味……~
『意味の意味わかんねー』~
なんて間の抜けた放言だろう~
~
「例え全てのものに意味は無くとも」~
「存在する事物は何の根拠もなく在るということを努々忘れぬよう」~
そういって師匠はまた煙管を吹かし始めるのであった~
~
**行き着く先には [#z8bd7254]
'''Nemo ante mortem beatus'''~
~
─''誰も死ぬまで幸福ではない''─~
~
死ぬまで何が起こるか分からない~
~
それは際限の無い不安の種ではあるが~
一抹の希望でもあるんだ~
~
**意図 [#k0fd5d0d]
「饒舌な者はその言葉に、寡黙な者はその所作に」~
師匠、そのココロは?~
~
「裏が表れるところ」~
裏表が無い人間も極々稀に居ますが~
~
「そうね。そしてそれは我々一人一人が違うゲームをしている証左」~
違うゲーム?~
~
「言葉であれ動作であれ、それは心の内を表すツール。共通していても使い道は千差万別」~
「時・場所・人が違えば、同じ道具で異なる用法」~
~
行動の意図を読めって話ですか……確かに俺と師匠が同じ事を言ってもそれぞれ意味合いは違いますしね~
~
「通常は人を害する道具で、心を殺しにかかる者も居れば、逆にソレで愛そうとする者もいる」~
「だから人は面白い」~
~
ホントに面白いと思ってんのかこの人は?~
~
……いやこうして俺がしかめっ面で考えてるのを面白がってるのか?~
~
微かに笑いを浮かべる師匠を見て、俺は考えるのを止めた~
#endregion
#region(ちんたら書き足してる回想編)
*追想 [#x6cf5abf]
便りが無いのは良い報せ。~
知らなきゃ無いのと同じだ。~
良い事も悪いことも。~
~
『すぐ帰れ』~
~
たったそれだけが書かれた手紙。~
この字を見るのは何十年ぶりだろう。~
親父の筆跡だと分かった時、懐かしさと同時に不安を覚えた。~
妹が死んだ時は手紙一つも寄越さなかったのに。~
~
「絶っっっ対、碌なことじゃねぇ。あーーー、めんどくせぇーめんどくせぇー」~
口では不満を漏らしても、体は動きだす。~
もう帰ることは無いだろうと思っていた故郷への旅支度に。~
さて何年ぶりだろうか、と頭の中で指折り数えているうちに。~
思考は過去へと沈殿していった。~
**黄金歴79年の5月に [#s20b48b7]
生まれてから最初の記憶ってのは判然としない。~
でも物心ついたのがいつかはハッキリしている。~
妹の産声を聞いた時だ。~
~
子供の頃の記憶。~
その多くは妹との事。~
良いことに限ればほぼ全てが。~
親父の事は、まぁ少しばかり。~
母は、母は……ほとんど記憶に無い。~
あの人は母親として在ろうとしていなかったのだ。~
~
***鳶と鷹 [#jf9f189f]
母親は鷹。~
妹も鷹。~
親父も……まぁ、鷹。~
~
俺は鳶。~
故郷の村で、たった一羽の鳶。~
~
~
鷹の集団の中で鳶は生きづらい。~
醜いアヒルの子の例えの方が適切だろうか?~
~
……ともあれ腫れ物扱いであったことは確かだ。~
~
まず呼び名からして違う。~
15の成人の儀式で名を得るまでは皆、ムー(名無し)と呼ばれる。~
それに対して、俺は妹が産まれた時からネモ。~
村では個人の能力、性質に応じて名を付ける。~
『何者でもない』を意味するネモは、何も出来ない不能者としての名だ。~
~
村では一、二を争うほど魔術の扱いに長けた女が、一切魔術を使えぬ子を産んだ。~
数百年に一度あるかないかの珍事だったそうだ。~
尤も、生まれついて皆が魔導の才を持つ土地で、ソレが無いこと事態が珍しいことだったのだが。~
**花摘み [#i58836ed]
CENTER:http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst049220.jpg~
~
#CLEAR
年が10を超える頃には村での雑事をさせられた。~
花摘みはその一つだ。~
5歳下の妹は良くついて来て手伝いをしてくれた。~
~
「にいさん、このお花は何?」~
「ああ、それはアザミ」~
「じゃあこれは?」~
「それは……スミレの一種かなぁ? 持ってて父さんに聞いてみようか」~
こんな調子で日が暮れるまで。~
帰りは手を繋いで。~
~
妹は同年代と遊ぶ時間を割いては俺と一緒に居た。~
友達が居なくて一人で過ごすことの多かった自分には、何よりそれがありがたかった。~
~
~
~
「お前たち仲良すぎじゃあないか? 兄妹だぞ兄妹」~
親父はそんな俺達を見ては大真面目な顔で良く冷やかしてきたものだった。~
「兄妹だからじゃないの?」~
村では他に兄弟が居ないので比較は出来なかった。~
子が死ぬか、俺のように出来損ないでも産まれない限り、夫婦一子が原則だったからだ。~
~
「そういえば、なんで一人しかダメなの?」~
「多いと面倒な事になるから」~
「面倒って?」~
「そのうち分かる」~
「父さんはいつもそればっかりだなあ」~
~
親父の仕事を手伝っている時は色々なことを質問したもんだった。~
手隙の時には親父の方が気まぐれに話もしてくれた。~
親父は元々この村の人間では無く、他の土地から来た人間だ。~
此処ではない何処かの話。~
偶に聞ける別天地の話には胸躍った。~
と同時に、この土地の決まりの歪さも目に付いてくるようになる。~
此処と他所。~
それらの差異を親父に質問しては、のらりくらりとかわされたり、時には的確な答えを貰ったり。~
「お前がナンデ? って思っても、ソレはソコにソウして在るモノだってのを忘れるなよ」~
親父の口癖の一つだった。~
言われた当時は全然意味が分からなかった。~
今でも分からんけど。~
~
~
**感応 [#d25797e8]
年を重ねるにつれ、俺の仕事は増えていった。~
エマノンを始めとした村での上位階級者達。~
彼ら(ほとんどは彼女ら、だが)の近くに就いての雑用。~
顎で使われる身分だ。~
実の子は舐めるように可愛がる癖に、俺に向ける視線や振る舞いは虫けらを相手にするようなものだった。~
思春期に差し掛かった当時の自分は、そんな彼ら、ひいては村全体に嫌悪感を募らせていた。~
~
今考えるとそんな彼らの態度にもそれなりの理由があったのだ。~
何も知らないというのは、ある意味気楽だったんだ。~
~
~
ある日仕事を終えて家に帰ると、ふと気付いたことがあり、父に尋ねた。~
「珍しいな。母さんが家に来てたのか」~
母は普段、エマノン達が集まる村の中心地に詰めており、滅多に自宅には居なかった。~
俺の言葉に親父は不思議そうな顔で尋ね返してきた。~
「なんで分かった?」~
「なんでって……感じで分かるだろ」~
「感じぃ?」~
「こう、魔力の残り香が」~
親父は顔を顰めて細巻に火を点け一服すると、隣にいる妹に対して「分かるか?」と訊いた。~
親父の問いに妹は黙って首を横に振った。~
「俺にも分からん」~
と一服終えた親父は俺を連れて、エマノン達の所へと向かった。~
~
「ほー、ほほぅー」~
「いやいやこれはこれは……」~
エマノン達の前に連れてこられた俺は、暫し退屈なクイズに付き合わされた。~
分厚い帳の奥に潜む、魔力の篭った品々や人物。~
それらの正体を言い当てるクイズだ。~
答えを当てる度に、驚き感心したように息を洩らす周囲の態度に、俺が当惑していると、~
「あの帳は魔力をほぼ完璧に遮断する」~
と親父が説明してきた。~
その説明を聞いてもピンとこなかった。~
こんなことは誰にでも出来ると思っていたからだ。~
***血筋 [#m5328c05]
村の中心には絶えることなく燃え盛る炎があった。~
薪をくべることなく燃え続ける、純粋魔力の産物。~
それは『終わりの火』と呼ばれていた。~
村での葬儀の際には、遺骸をその火に投げ込み、灰一つすら残らない。~
「全ては炎の中で一つになる」~
と親父は言っていた。~
~
終わりの火の傍では常にエマノンの一人が守をしていた。~
例の一件以来、俺の仕事は彼女等の世話係になった。~
泊まり掛けで家に帰れないことも多く、~
「兄さんと遊べなくてつまらない」~
と妹が良く口を尖らせていたものだった。~
俺も全く同じ気持ちで、退屈で鬱屈な御役目の日々を過ごしていた。~
~
~
「いやはや血筋とは怖ろしいもので……」~
「腐ってもダカール氏族ということでしょう」~
「力無くとも血だけは優秀。種馬として扱うのも……」~
女ってのは寄り集まるとどうしてこうも、口さがないのだろう?~
陰口ならまだしも当人の居る前で言うのは俺が『ネモ』だからか?~
女達の声を聞きながら内心毒吐きつつも、何の感慨も沸いてこなかった。~
他の側女達から揶揄されるのには慣れっこで、感覚が麻痺しつつあったからか。~
だがその日ばかりは我慢ならなかった。~
~
「優秀? 二代続けて二子を儲ける血筋など呪われているわ」~
「狂児に徒花……確かに確かに」~
「ダカールのムーもどうなるか知れたものではないわ」~
ダカールのムー。~
妹のことだ。~
~
気付けば俺は女達に殴りかかっていた。~
~
***憧憬 [#ea5aa61e]
「昔は村一つ、下手すりゃ街一つ分くらいの広がりはあったらしいな、各氏族で」~
謹慎中の一週間、俺は事情を聞きに来た親父を、逆に質問攻めした。~
「時が経つにつれ、エマノンを多数輩出してきたダカール氏族の血脈も細くなり、今や家族ひとつ分。一子に制限した『甲斐』でな」~
そのおかげで俺は外から入り婿出来たワケだ、と親父は笑いながら付け加えた。~
~
親父が笑顔でいる理由が分からなかった。~
外の自由な世界を捨ててまで、こんな歪つな決まりだらけの村に来た理由が。~
しかしその時はそれよりも気になることがあった。~
~
『二代続けて二子を儲ける』~
『狂児に徒花』~
側女達が言っていた事だ。~
これらの事について問い質してみると、親父は珍しく渋い表情になった。~
無言のまま細巻に火を点け、二度三度と吸ったところで、重々しい煙と共に言葉を出した。~
~
「お前の母にも姉妹が居た。姉……ま、お前から見ると伯母だな」~
「オバ?」~
「うん。伯母さんだ」~
「オバサン」~
「そう。伯母さんだ」~
「伯母さん、かぁ……」~
「うむ。伯母さんだ」~
初めて耳にする言葉の新鮮な響き。~
何とはなしに繰り返し口にした。~
今考えると恐ろしい話だ。~
~
「居た……ってことは死んだのか?」~
「いや、そうじゃない」~
親父は、これからするのはあくまで聞いた話、と前置きして、~
「15になる前に村を出て行った。だからお前の母さんが産まれたワケだ」~
「……何で出て行ったんだ?」~
「さあな? どうしてだろうなあ?」~
はぐらかすような親父の答えに疑問は益々沸いてくる。~
~
「女どもが言ってた『狂児』って伯母さんのこと?」~
「……文脈からするとそうだな」~
いつに無く歯切れの悪い親父の返答に引っ掛かりを覚えた。~
「伯母さんってどういう人だったんだ?」~
「……」~
親父は無言の内に二本目の紙巻に火を点けていた。~
また暫しの間を置いて煙を吹かした後に一言呟いた。~
~
「麒麟児」~
「……キリンジ?」~
「火の扱いは天才的。10になる頃には、村で彼女に敵う者は誰一人居なかった。エマノンになるのは確実、って話だったそうだ」~
「……それなのに村を出たって? 自分から?」~
「余程風変わりな人物だったらしいな。だもんで麒麟児から転じて『狂児』ってワケだ」~
「村を出てからどうなったんだ、その人?」~
「四年後に赤子一人連れて帰ってきた。一年するとまた出て行って消息不明だとさ」~
自分が知っているのはここまで、と親父は話を打ち切った。~
~
分からない。~
全く理解できなかった。~
優れた力を持ち、将来を約束された身でありながら、村を出て行った伯母という人物が。~
何故そんなことを?~
そんな疑問も抱きつつ、見も知らぬ伯母がどんな人物であるか想像するにつれ、芽生えていく感情があった。~
~
憧れだ。~
***小さな願い [#k8859c48]
親父から伯母の話を聞いて、判然としていなかった己の道行きに一つの道標が立った。~
15になる前に村を出る。~
話を聞くまでそんなことすら思い浮かばなかったのだ。当時の自分は。~
誰にも何にも憚ることも無く、その道を選択した……わけでもなく。~
いま思い返せば、自分は最後まで期待していたのだ。あの人に。~
~
「採取作業終わりました」~
どうぞお確かめ下さい、と事務的な口調で、エマノンの一人に運んできた荷を差し出す。~
儀式や触媒に用いる植物、鉱石。~
彼女はいつもの無表情で、それらを一つ一つ丁寧に検分していった。~
本当に、何も、一切の感情を読み取れぬ、冷徹な無関心の色を帯びた瞳で。~
「ご苦労様でした…………これは?」~
俺と同じく事務的な口調で労いの文言を述べると、エマノンは採取リストに無かった花を手にとって訊ねてきた。~
「それは……あなたに、です」~
問いかけてくる視線から俯いて目を逸らし、尻すぼみの声で俺は答えた。
この瞬間は、いつも怖い。~
いつからそうなったのであろう?~
妹と一緒になって差し出した時は、そうではなかったはずだ。~
「そうですか」~
彼女の返答はいつも通りだった。そこには当然のように、感謝の情は込められていなかったし、逆に要らない物を寄越されて迷惑だ、という響きも無く、ただただ何の感慨も感じられなかった。~
「それでは失礼します」~
形式的な礼をして、俺は足早にその場を立ち去った。~
外に出ると、長い長い溜めをおいて一息つく。~
重苦しい空気の開放感からか。あるいは一抹の落胆からか。~
~
http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst066722.jpg~
~
結局それが最後だった。~
著莪の花。~
彼女に……エマノン・ダカールに贈った最後の花。~
俺が期待していたものは終ぞ見られなかった。~
母の笑顔は。~
~
***出奔 [#w814eb7b]
村を出てからの生活は酷いものだった。&br;飛び出す際にくすねてきた魔導器や魔法書に触媒等を、捨て値同然で買い叩かれたことに気が付いていなかった時点で、もう行く末は決まっていたようなものだった。&br;世間知らずの子供が甘い見通しで動いた結果は往々にして碌でもなく、自分もまたその内の一つだった。&br;街を転々と渡り歩き、路銀が尽きたところで、子供一人では都市で生きるしか道が無いと知り、西へ進み、大都市であればあるほど乞食にも規律があることを知り、屋根のある場所で眠ることと毎日食事ができることの有り難さを知り、異邦人は真っ当な生活を送ることすら難しいのを知り……知らないなら知らないで全く構わない知識が増えるにつれて、心と身体は擦り切れていった。&br;この時期は自分が過ごした中で、またこれから訪れるであろう未来を含めても、最も酷い時間だったと言い切れるし、思い返すのも嫌になってくる。&br;全ては能無しの自分が招いた結果であるし、また当時の自分も薄々は自覚していたようで、周囲の環境を憎み呪おうにもソレは自分に向けた呪詛の言葉となり、その内に敵愾心を抱く気力すら萎えて、何もかもが面倒で疎ましくなっていった。&br;端的に言うと一年で色々あって生きる気力が無くなってきました、ということだ。&br;その色々については本当に思い出したくも無い。&br;そんな状態で89年の暮れ、寒さが本格化し始めた12月を迎え、これは冬を越すのも怪しいぞ、というところである出来事が起こった。&br;路地裏でへたり込み、茫洋と空に視線を流せば、密集した煉瓦造りの建物の合間から覗える遠く高い星空が印象的な夜だった。~
~
~
~
「いやいやいや参っちゃうね〜、息が詰まる詰まる。アハハ〜」&br;こっそり夜会を抜け出すと、吹き抜けた冷涼な風がコートの裾と結わえた髪を揺らす。&br;見上げた空にはいっぱいの光が煌いて、黒々と蒼い冬の夜空を彩っていた。&br;「や、あそこのシャンデリアよりずっとずっと綺麗」&br;視線の先に広がる天然の色彩に目を細め、うーんと身体を伸ばしていると、自然に溜息が漏れた。&br;先程までいた夜会場。父と共に出席し、方々に頭を下げまわっては哀れみと蔑みの視線を浴びる屈辱の時間。&br;「とんだ親不孝者だ、私」&br;10を助けるために1が犠牲となる。その犠牲となる1は我々貴族と軍人たるものの務めだ。&br;と、父は事あるごとに私にそう教え込んでいた。&br;ご立派なお題目、対外的な建前だと思っていたけど、私がその教え通りに行動し、結果として命令違反を犯してしまったことに、&br;「もう出世は望めんな」&br;と、破顔一笑した父を見て、ああ本音だったんだ、とひどく私は安心した。勿論その後にこっぴどく叱られたんだけども。&br;「左遷で済んで御の字……なのかなあ?」&br;命令違反は軍内でも相当重く、内容如何によっては斬首刑も已む無しであるが、形式的な査問委員会で更迭が決定されただけで済んだのは、私が代々士官を輩出した家の出であることと無関係では無いだろう。&br;表向きは、勃興地域における新規巡察騎士団の士官候補生うんぬんかんぬん栄転おめでとう! とゆーことになっているけど、どう見ても左遷。&br;「近衛兵やお姫様の侍従より退屈しないと思ってたんだけどな〜」&br;そうした家系とはいえ、女だてらに正規軍付きの騎士団編入は異例の事であったらしく、母にはエラク反対されたものだった。&br;今にして思えば母の懸念は至極もっともなもので、しかも家名に泥を塗るような結果になってしまったのだから真に申し訳ないことだとは思う。&br;でも後悔はしていない。反省はしています。ごめんなさいマミー。&br;「巡察騎士団って懲罰部隊だっていうしツマンナそう……ここは面白そうだなぁ」&br;夜も更けてきたというのに明かりの尽きぬ不夜城を見回して独りごちる。&br;そこら中に点在する酒場から杯を重ねる喧騒の音が耳に届き、種々様々な人間が出入りしている様子が目に入る。&br;冒険者の街。近年著しい拡大を見せる冒険者ギルドの中でも最大級の規模を要するという、この街。&br;昼間に少し見て回っただけでも、老若男女、様々な人種、種族が入り乱れる活気に溢れた街だと言う事がすぐに分かった。&br;「よし、そこらのバーでちょっと冒険者の人とご一緒させて…………無理かなぁ、この格好じゃ」&br;改めて自身の服装を見る。軍の礼装。はいアウト。&br;上に地味めなフロックを羽織っているとはいえ、それにも軍の徽章が入っている。&br;「断られ……はしないけどイイ顔はされないよねぇ、多分」&br;冒険者と治安維持者の間では度々揉め事があるという。例え何が無くとも、軍服姿の自分が冒険者の酒宴で目に付けば、場が白けるかもしれない。そんな野暮なマネは御免だ。それに万一何かトラブルがあれば父に益々迷惑が掛かる恐れもある。ああ、何て息苦しい立襟。&br;恨みがましく軍服の襟を弄っていると、一際強い風が吹いた。肩に掛けていただけの濃紺マフラーが大きく風にたなびく。&br;風の行く先を目で追えばそこには路地裏への入り口がぽっかりと。風の通り道になっているようで、ひゅうひゅうと耳に涼しげな音を響かせていた。&br;「こーいう街の路地裏って、どーなってんだろ?」&br;軽い興味で足を踏み入れる。悪漢でも出てきたらボッコボコにしてやろうと、少しの用心を心に忍ばせて。~
~
~
~
掛けられた言葉の意味が分からなかったのは、五日間水以外の物を口にしていないとか、寒くて寒くて頭に血が巡ってなかったこと等とは一切関係が無かったと思う。&br;兎にも角にも、目の前にいる人物から発せられた台詞の意味が分からなかったのである。~
~
http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst069695.jpg~
~
「へいボーイ。おじさんと一緒にご飯食べない?」&br;その台詞に顔を上げると女がいた。かなり身なりの良い女が。&br;おじさん? 発せられた声音は女のものだったし、目の前にいるのも女だ。ちらっと視線を巡らしても、この女一人しかいない。&br;「……」&br;黙りこくったまま女の顔を見上げる。多分、この時の俺の顔はひどく間の抜けたものだったことであろう。 &br;「あ、もしかして女の子だった? ごめんごめん」&br;違ぇよ。と心の中で即座に応答するも、実際に声には出さなかった。いや、出なかったのかもしれない。&br;俺が猶も黙ったままでいると、女は顔を近づけて、じーっとコチラを覗き込んできた。数秒ほど真顔で俺の顔を覗っていた彼女は、突然へらへらとした顔つきで笑い始めた。&br;「なーんだ、やっぱ男の子じゃん。あ、もしかして『へいボーイ』より『へいガーイ』の方が良かった?」&br;何言ってんだこの女は。&br;貴族の気まぐれか、男娼でも買い漁りにきたか、それとも頭のネジがいくつか緩んでるのか。&br;そんなことを考えながら黙りこくっていた……正確に言えば何を言っていいか分からずに言葉を失っていた俺に、女はまた話し掛けてくる。&br;「じゃ、ご飯食べに行こっか」&br;どうやら頭のネジが緩んだ御方のようだ、とその時は思った。&br;どう見ても上流階級に属する身なりをした女が、初対面の浮浪児を本気でナンパするわけが無いし、男娼を買いに来たのならわざわざこんな所まで出向かずに、その道に通じた人を介して呼び寄せるのが常だからだ。 &br;断りの台詞を口に出す気力も無く、代わりに少しだけ女を睨みつけてやると、小首を傾げて見返してきた。&br;もううんざりだ。口に出してハッキリ言ってやろうと口を開いたところで、不意に、&br;「ぶえっくしょい!」&br;と思いっきりクシャミをしてしまった。何の予備動作も無かったため、眼前にいた女の顔にクシャミの飛沫がモロに掛かった。&br;あ、まずい、と咄嗟に思ったが、まあこれで女は居なくなるだろうな、とも思い、悔恨の情は一瞬で消し飛んだ。 &br;「気が付かなくてゴメン。その格好じゃ寒かったよね」&br;女は顔に飛び散った飛沫を拭きもせず、簡素な上衣と襤褸切れのような外套を身につけた俺を見回してから、唐突に手を握ってきた。&br;「うわ、冷たい」&br;「触んな!」&br;……今になって思い返すと、親切にしてきた人に対して、あまりにあまりな第一声である。&br;しかし当時の自分が極度の女嫌いであったことを鑑みれば許されるのではないだろうか? 許されませんねハイ。&br;怒声を浴びせられた女は目をパチクリさせて驚いていたが、すぐに余裕を取り戻して、睨みつける俺の視線をニヤニヤ笑いで受け止めた。&br;「ふっふ〜ん。お年頃だね、このこの〜」&br;ヒューヒュー囃し立ててくる女に、酷く脱力感を覚えた。初めて出会ったタイプの人間を前に、どうしていいか分からなくなってしまった。&br;ふと女に視線を転じれば今度はコートを脱ぎだしているところで、これには流石にギョッとさせられた。&br;「コート着てみて……ってダメかぁ。サイズ全っ然合わないもんね〜。もっと沢山食べておっきくならなきゃダメだよー?」&br;呆気に取られている俺を尻目に、コートを着直しながら、あーでもないこーでもないと首を捻る彼女。&br;やはり物狂いなんだろうか? と思い至る二度目。当時の自分に、ただの親切な人だとは露ほども思えなかった。&br;「そうだそうだ、これがあったんだ」&br;弾む声で女が手にしていたのは、彼女が身につけていたマフラーだった。&br;「うん、OKOK。似合ってるよキミ」&br;されるがままに彼女に巻いてもらった濃紺のマフラーを、何度か手で弄ってみる。自信満々にどうよと胸を張る女。&br;悪くは、無かった。&br;「それじゃご飯食べに行こっか」&br;三度目の誘い文句と共に手を差し伸べてきた彼女に対して、また無言で固まってしまう。&br;今度は、どう断ろうかでは無く、行くか行かないかで迷っていた。&br;「……お嬢様!…………−ナお嬢様!」&br;彼女の誘いに逡巡している内に、道を隔てた先から老齢の男の声が聞こえた。誰かを捜している様子であった。&br;「やばっ、じいが来た! ごめん、食事はまた今度ね! ゴメンね!」&br;表情に焦りの色を滲ませて駆け出しながら謝っていく彼女。&br;俺がマフラーを引っ掴んで何か言おうとした時には、既に彼女が路地裏を走り抜けていってしまった後だった。&br;「何であっちが謝ってんだよ……また今度って何だよ……またって……」~
~
結局その「また」が訪れることは無かった。……が、しかしである。&br;非常に恥ずかしい話ではあるが、全てのものが煩わしくなっていた15歳のネモ少年は、この夜を契機に「もう少し生きてみようかな」と思い直し、冒険者としての生活を始めたのである。 &br;更に恥ずかしい話であるが、ネモ少年はこの夜に貰ったマフラーをその後季節を問わず肌身離さず身に付け、今はもうそのマフラーは失くしてしまったが、現在でもマフラーを愛用しているのである。&br;非常に非常に恥ずかしい話である。~
~

#endregion
#region(12月から4月の間、何してんの?)
*日記 [#gb86e9c6]
ド田舎は娯楽が無いと骨身に沁みて実感するのは夜だ。~
昼間、特にやる事もなくてゴロゴロしてばかりいるツケは、寝付けない夜という形でやってくる。~
気が狂いそうになるほど静か。冬だから虫の声もしない。~
寒いから気晴らしの散歩に出かけるのも億劫だ。つーか雪積ってるぞクソぁ!~
真夜中でもメシや酒が飲み食いできて、程好く人もいるという都会の便利さに改めて気付かされる。~
ありがたや文明。~
~
そういうわけだから久々に日記を書いている次第。~
書いてる間は気が紛れる。懐かしい感覚。~
**黄金歴146年12月某日 [#ladd7f56]
依頼を終えて、酒場でダラダラ飯を食いつつ酒を飲んでいると、師匠に会った。~
一ヶ月ぶりに会う彼女は相変わらずヤニ臭かった。というかヤニ臭いを超えて異臭がするレベルだった。~
最後に湯浴みしたのはいつですか? 着替えと洗濯ちゃんとしてます? と質問すると、~
彼女は暫し考えてから「一ヶ月くらい」と答えた。~
信じらんねぇ! どこの山賊だよ!~
すぐ湯浴みして着替えてください、と言った僕に「明日行くから準備しておいて」とだけ返し、師匠はさっさと帰ってしまった。~
~
言われたとおり、市場に行っていくつか必要な物と嗜好品や手土産を買い揃えて、旅装を調えておく。~
三回目となれば慣れたもんで、特に迷うことも無く機械的に作業を終えた。~
~
帰ってくると友人何人かが騒いでいた。ごく手短に別れの挨拶と、一足早い迎年の文言を並べて、さっさと寝た。~
**黄金歴146年12月某日 [#d117ed90]
故郷に帰ってくるとまず墓参り。~
妹、母、父の墓に街で買ってきた花を供えた。~
ぼんやりと簡素な墓標を眺めていると、母のものだけ綻びが目立った。~
妹と父のに比べて古いものだから当然なのだが、無性に物寂しい気持ちになった。~
親孝行したい時に親は無しって本当だな、と親父の墓標を叩きながら笑っていると不意に視界が滲んだ。~
~
涙が止まるまで待っていたら完全に日が暮れており、体は芯まで冷え切っていた。~
村に帰ってきて、いの一番に鼻水垂らしながら『終わりの火』の前で暖をとる。~
ちょお寒い。死ぬかと思った。~
その様子を見るに見かねたのか、側女の一人が暖かい薬湯を持って来てくれた。~
ありがたく啜っていると、師匠が来て、開口一番「なにそのアホ面」ときたもんだ。~
言葉を失っていると「年明けまで風邪引くんじゃないわよ」とありがたいお言葉が。僕の鼻を摘みながら。~
~
その後も火に当たりつつ薬湯啜ってたら眠くなってきたので早々に寝た。~
**黄金歴146年12月某日 [#b6bd97be]
年明けの成人の儀式まで何もやることがないので凄く暇。~
といっても儀式の最中も、基本的に師匠のやってることを見てるだけなので暇。~
ヒマっ ヒマっ ヒマヒマヒマヒマっ 死んじまえー、などと鼻歌交じりに紙巻吹かしていたら、~
師匠に「なにか書いてたら?」と言われたので日記を書くことにした。~
~
とここまでの日付の日記を纏めて書いてからあることに気が付く。~
暇な日々を過ごしていたら日記に書くことないんじゃないの?~
**黄金歴146年12月某日 [#z8d7318d]
本当にやることがないんです。~
せめて寒くなけりゃブラブラ外に出て、ゴロ寝したり、鴨場に弓持ってて狩りしちゃったりなんてことも出来るのに。~
寒いのはイヤだ。ただ生存するだけでもシンドイし、動く気力も体力も奪われていく。~
必然室内で寒さを凌ぐことになるけど、これがまた良くない。~
生家に閉じこもってると、今は亡き家族との思い出ばかりが頭に過ぎって、しょんぼりしてくる。~
年取ると涙脆くなるって本当なんだなー、とつい先年に大往生した親父の遺品に呟きかけても返事は無し。~
咳をしても一人。じっと手を見る。~
~
いや村には人いるし、師匠もいるんだから会いに行きゃいいんだけど。~
やっぱこう、ね。なんかね、蟠りっつーの?~
三年目なんだからいい加減馴れてきてもイイ筈なんだけど、例年スタートダッシュに苦しむ有様。~
体も心も里帰りモードに切り替わってないんだろうなぁ、とは思う。~
だが生まれ故郷といっても、もはや既に此処は自分の帰るべき場所ではないのだ。~
異郷だ。ただ昔から知っている異郷。~
そして自分は異邦人だ。~
ならば此処は一時の仮住まい、言い換えるなら旅先であって、それならば非日常を存分に楽しめばいいじゃないか!~
~
などと思い立ち、村の中心地にダッシュ。中央集会所に到着。~
集っていたエマノン達に向かって、「ハロー、レッツトーク」と模範的ファーストコンタクトをしたら、しきりに恐縮された。~
お前らノリ悪いな! と憤慨していると、呆れ面の師匠に思いっきり背後からドツかれた。~
~
我に返って急に虚しくなったので、その日はとっとと寝た。~
**黄金歴146年12月某日 [#l9c14698]
どうにも座りが悪いのは村の者の対応だ。~
やたらと丁寧なのである。~
中央集会所の火の前で煙草吹かしながら、「俺をどういう人だと思ってる?」と側女の一人に聞いてみた。~
「&ruby(レーラア){師};の御付きの方、と聞いてますよ?」と返ってきた。~
~
以前同じ質問を別の娘にしても同じ答えが返ってきたので、「そこはニッコリ笑って『塵芥のような人です』だろ!」~
と小粋なジョークを飛ばしたら、その娘に泣かれたのを思い出した。~
~
側女やそのほかの村人達は、一種の客人として俺を扱ってくれる。~
それはそれで何の問題も無いのだけど、やっぱこの村でそういった扱いを受けるのが落ち着かない。~
それ以上に収まりが悪いのがエマノン達の対応だ。~
異常に畏まってる。~
いやビビッてる、といった方が適切か?~
昔とは別の意味で腫れ物扱いだ。~
俺の過去と経緯を知らされているのが彼女達だけとはいえ、そこまで気を遣うことか?~
もしかして無意識的に俺が彼女等に敵意を撒き散らしてるのか?~
2年前の「ハロー、この村のガンです」ってブラックジョーク挨拶が拙かったのか?~
去年、ウケ狙いに女装してみせたのが拙かったか? 側女達にはウケてたぞ?~
~
といった具合で、ぐるぐるぐるぐる考えを巡らせていると、側女に茶に誘われた。~
茶会は若い娘らが中心だったので、街で買ってきた焼き菓子を振舞ったら大層喜ばれた。~
お、この手は使える、と茶会が終わってからエマノン達にも焼き菓子を持っていったら大層恐縮された。~
どうしろってんだよ!~
**黄金歴146年12月某日 [#n5e4eaaa]
年の瀬も押し迫ってきた。~
この村も他所と同様に、年越しは特別な期間である。~
年暮れの夜から新年の日の出まで、村中の者が一箇所に集まって飲み食いしながら、無事に歳を重ねられたことを祝う。~
皆、数えで年をとるのでニューイヤーは村全体の誕生日でもある。~
数えで16の者は成人の儀式があり、彼らは他の者と別な場所で通過儀礼を行うことになる。~
俺は2年前から師匠と一緒にこの成人の儀式に参加。~
~
そんなわけで、明日は夜通し起きてなきゃいけない。~
早々に寝よう。~
まぁ俺がすることはなんも無いんだけどね。~
**黄金歴147年1月某日 [#xfd48455]
新年明けました。~
煙越しに映えるオレンジ色の朝光が目に痛い。~
なんで徹夜明けの朝日は、こうも目にダメージ与えてくるんだろ。~
~
さて三度目になる成人の儀式だが、あることに気が付いた。~
師匠のやり方が毎度違うのである。~
共通しているのは、乾燥した葛の花と根を摩り下ろした薬湯を飲ませること、葡萄酒を回し飲みさせること、~
師匠がいつも使ってる煙管を回し喫いさせることくらいであった。~
後は幼名を書かせて火で燃やし、新しい名前を書いた紙を師匠と交換し合うくらいか。~
~
なんで細かい部分が違うのか師匠に訊ねると、「密に行われる通過儀礼において、細かい手順は重要ではない」とのお答え。~
そんなものなんだろうか? と首を捻っていると、「名前さえつければ後はどうでもいい」と師匠。~
「意識付けがポイント」と師匠は付け足したが、そんな適当でいいんだろうか?~
でも適当で今まで回ってきたんだよなぁ、と複雑な心境。~
「不満があるなら次からアンタがやれば? サクラメントなんて’’ソレ’’っぽければいいのよ」と、~
異端審問官に聞かれたら即連行されそうな台詞を、さらっと吐く師匠。~
流石我らのゴッドマザーは怖い者知らずだぜ!~
~
儀式後の幕舎で師匠と余った葡萄酒をぐびぐび飲んでたら眠くなったので、その場で爆睡。~
起きたら日が暮れてた。~
**黄金歴147年1月某日 [#te109e0f]
今月の依頼を請けるために一時帰還。~
あー、寒い寒い。雪道怖い。~
**黄金歴147年1月某日 [#x55a506d]
先月依頼書を見た時点で何か引っ掛かる名前があると思ったら同行者大家さんでやんの。~
久々に大家さんのハイテンショントークを耳にしつつ、楽勝でグール討伐終了。~
このレベルでグールはないよなぁグールは。~
~
そういや大家さんはとっくの昔に俺の大家さんじゃないけど俺は未だに大家さん(紛らわしいな)と呼んでいる。~
今更レイラって呼ぶのも変だしなあ。~
それはともかく大家さんは良い人だ。~
どう見ても怪しい二人組み(師匠と俺)に部屋を貸してくれた上、事情をなんにも聞いてこなかった。~
良い人だったからなるべく早めにあの借家を引き払った。迷惑掛かる可能性大だしね。~
思えばあの頃は色々な人を自分の都合のために利用していた。もうあんなことは二度と御免だ。~
好奇心は猫を殺すって本当だね! あばば。~
**黄金歴147年1月某日 [#t7d62889]
冒険終わってすぐ村にトンボ帰り。~
寒いと移動がしんどい。とにかくしんどい。~
部屋を充分暖かくして泥のように眠った。~
**黄金歴147年1月某日 [#j24fb5a2]
一日たっぷり休息をとって今日は朝から元気。ゆえに暇。ヒマヒマ。~
あまりに暇だったので中央書庫で本漁り。ほぼ全てが魔導書関連で、適当にチョイスしてはパラパラ捲って読み流す。~
中にはガキの頃に自分が写本した物もあって、微妙な気分になる。~
~
そうして書庫に篭ってるうちに日が暮れてしまった。~
明日からは村の仕事の手伝いでもするかねぇ……。~
**黄金歴147年1月某日 [#hd183e85]
暇だしタダメシ喰ってるだけなのアレだから何か仕事くれ、写本や翻訳や編纂なら出来る。~
とエマノン達に申し出たら、例によって大層恐縮され、丁重に断られる。~
食い下がっても断固ノー。頑固なやつらだ。~
それじゃあと、側女達に何か手伝うことは無いかと訊ねたら、「ジョンさんにそんなことさせたら叱られてしまいます」~
と笑って流された。冗談だと思われたらしい。~
~
さてここで説明せねばならない。「ジョンさん」という呼称についてである。~
三年前、初めて師匠と共に帰郷した際、一つ危惧することがあった。~
それは自分の名前によって無用なトラブルが起きたり、面倒な詮索があるのでは? ということであった。~
直接面識のある人なんて爺さん婆さん(それかもう死んでる)だし、こっちは顔なんて覚えちゃいないから知己の問題はどうでもいいけど、~
ダカール姓を名乗るのは何か面倒くさいことが起きる気がしてならなかった。~
「ネモ・ダカールはマズイですよね?」と僕。~
「そう思うのならば適当な名前を名乗れば?」と師匠。~
「じゃあジョン・スミスで」と僕。~
そういうわけで僕は村ではジョンさんと呼ばれている。安易なネーミング万歳。~
まぁエマノン達には師匠が正体知らせてるんだけどね、これはしょうがない。~
~
袖にされて超暇。~
ジョンさん絶賛求職中。~
**黄金歴147年1月某日 [#d8dd312b]
ジョンさんは求職中でもネモ・ダカールは定職持ちなのである。~
依頼の期日が迫ってるので準備&早寝。~
依頼を終えて帰ってくる頃には、この寒さも少しは和らいでいるだろうか?~
何か暇を潰せるような物を調達してこようか? などと算段しつつ就寝。~
**黄金歴147年2月某日 [#o48811b4]
冒険で良い装備がゲットできてご機嫌モード。~
鼻歌交じりに来月の同行者挨拶に出向いたら事件発生。~
記載されてる住所に向かったら、そこには膣内射精妖精のノ出さん出現、即ヒィッ。~
依頼書には『ノノエスリフェアノン』って書いてあったから、誰だか分からなかったんだ。~
酒場で遠巻きに見たことしかなかったんだけど、本当に「えっちしよっ♡ 中出ししてくださ〜いっ♡」って言うのね。~
失礼ながらダッシュで逃げさしていただきました。~
~
禍福はあざなえる縄の如しだなぁと心に刻みつつ、故郷へ向かう辻馬車に揺られる。~
嗚呼、冬の晴れ間はどこまでも青く遠い。~
**黄金歴147年2月某日 [#bf2ea91b]
焦って街を出てきたからすっかり暇潰しのこと忘れてたよハハハ。~
というわけでジョンさん暇モード継続中。~
~
そろそろ時期的にOKかな? と狩場に詳しいオッサンに教えを請う。~
「兎はまだ早いんで鴨にしときなさい」と快く狩場を教えてくれた。ヒュー、親切ー。~
鴨場に向かう前に弓の練習。~
現役で弓使ってたのなんて30年以上前なので、勘を取り戻すまで大分時間が掛かる。~
弓の練習してると村の子供らが興味深そうに見ていた。~
休憩がてらに干菓子を食いながら雑談。~
子供らは与えた干菓子にも興味津々の様子。ここらじゃ砂糖は稀少品だからねぇ。~
~
そうこうしてるうちに日が暮れてしまった。~
狩りは明日にするとして早めに就寝。~
**黄金歴147年2月某日 [#qd87b46d]
射撃で重要なのは当たる距離まで接敵すること。~
狩りはさらに気取られぬことが大事。~
これらの鉄則に沿って狩り実行。~
ちょろいもんだぜと野鴨二羽ゲット。~
一羽は鴨場を教えてくれたオッサンにお礼として差し上げる。~
~
残った一羽は早速調理。~
毟る・捌く・詰める・焼く。~
取り出した内臓はミンチにしてスープにドボン。~
うめぇ! 鴨の香草焼きうめぇ!~
師匠と一緒に鴨一羽を丸々平らげる。いい気分でワインも一瓶空ける。~
腹も膨れてほろ酔い加減で爆睡。~
**黄金歴147年2月某日 [#e6fed2e3]
昼頃起床しても酒抜けず、最悪の目覚め。~
重い体と頭で、ぼんやりしながら昨日の残りのスープを温めなおす。~
朝メシの準備してるうちに師匠も起きだした。~
目覚めの一服しながら藪睨みの視線を撒き散らし、目一杯不機嫌アピールしてくる。~
前日の酒の有無に限らず、寝起きはいつもこんなもんだけど。~
餌を与えないと際限なく子供じみた嫌がらせをしてくるので、さっさと師匠に黒パンとスープを与える。~
香草を効かせたスープが弱った臓腑にじんわり染み入ってきて、ほっと一息。~
~
師匠の機嫌が回復してきたところを見計らって、求職相談を持ち掛けてみる。~
「それなら子供たちに何か教えてやったら?」~
「何かって何ですか?」~
「魔術とか」~
ふひゃ、と変な笑いが出た。~
魔術を教える? この村で? 俺が?~
面白い冗談っすねと笑っていると、師匠の目と顔は笑ってない。いつもそうだけど。~
「最初から出来る者よりかつて出来なかった者の方が向いている」と師匠。~
ですよねー師匠は教え方下手ですもんねー、とニヤニヤ笑っていたら思いっきり横っ腹を抓られた。~
「好きにすれば?」と臍を曲げてしまった師匠。宥め賺して色々やってるうちに一日が終わる。~
~
寝床に入ってから暫くは、昼間の師匠の言葉がぐるぐる頭をめぐって、中々寝付けなかった。~
**黄金歴147年2月某日 [#qfd6bcd4]
起きてもなーんもする気なし。かといって家に閉じこもってるのもアレなので中央集会所に出向く。~
いつものように火の前でボケーッと紙巻吹かしていると、良く親切してくれる側女の子が話しかけてきた。~
「どうしたんですか? 溜息ばっかり吐いて」~
~
http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst055669.jpg~
~
「それがさー……まー聞いておくれよミトロン」~
「もー、ミトロンって呼ぶの止めて下さいよー」と笑って背中をぴしぴし叩いてくるミトロン。~
~
彼女の名前はミトラ・トロンなのだが、側女の多くは「ミトラ」の名を持っているので区別するためにそう呼んでいた。~
本当ならトロン氏族のミトラって呼ばなきゃいけないんだけど、長ったらしいのでミトロン。~
俺しかそう呼んでないけど。~
~
愚痴モードで昨日師匠が提案してきたことを話したら、「面白そうですね! 子供たちも喜ぶと思いますよ!」と彼女は眼を輝かせた。~
何が面白いのか。他人事だと思いやがって、とムキムキしだす俺の心。~
じゃーアシスタントしてよミトロン、と言ったら「はい、分かりました」とミトロン即答。~
こっちが慌てて聞き返したら、「&ruby(レーラア){師};とジョンさんの仰ることには従えと言われてますので」と彼女。~
うわ、なにそれ、息苦しい。~
~
「マジで! じゃあ今すぐ『馬鹿っ! 変態っ!』って罵ってよミトロン!」~
「もー、ジョンさんったら冗談ばっかりー」~
笑顔で肘鉄きめてくるミトロン。彼女はノリが良くて助かる。~
小粋なジョークで閉塞感脱出、と思いきやミトロンはにっこり笑顔でこう続けた。~
「それじゃ明日から宜しくお願いしますね」~
え、もう決定事項なの!?~
**黄金歴147年2月某日 [#ne9ef199]
決定事項になってました。~
ガキ共の声で起こされる朝。キミら朝から元気ね。~
~
ミトロンが持ってきた朝飯を食いながらメンバー把握。~
成人前の子らが10人弱で、そのうち来年成人の儀式を受けるのが一人。~
顔眺めて名前確認しようとするも全員『ムー』だった。当たり前か。~
氏族名で呼ぶのも味気ねーなー、と思っていると「お菓子は無いの?」と催促の声が挙がった。~
どうやらこいつ等は俺の事を『お菓子くれる人』と認識しているらしく、またそれを期待して集まっているようだった。~
甘いぜこいつ等! 要求すりゃ欲しい物が何でも手に入ると思うなよ!~
ガキ共に世間の厳しさを思い知らせてやる!~
~
「はい、注目ー。今から皆さんにレートを発表しまーす」~
俺の第一声にミトロン含めてガキ共はポカーンとしていた。~
「タダで物が貰えるほどこの世は甘くありませーん。欲しけりゃ対価を差し出してもらいまーす。あ、これ交換経済ね、テストに出すから覚えといて」~
クッキー1枚:干し柿2つ、チョコ一粒:クランベリー10個……などと俺独自基準のレートについて説明。~
子供たちは真剣に聞き入っていたが、ミトロンは呆れていた。~
~
一通り説明を終えると子供たちは一斉に駆け出していった。恐らく交換品を持ってくるために。~
「へっ、ガキなんて簡単なもんだぜ」と薄汚い笑いを浮かべていたら、ミトロンの冷たい視線を感じた。~
あのぅ、冗談なんですけどツッコミは? ねぇいつものツッコミは? まさか冗談と思われてないの?~
とおずおず窺っていたら「もー、真面目にやってください!」と怒られた。~
怒られた後にお菓子を要求された。~
あれ? なんかおかしくね?~
**黄金歴147年2月某日 [#d22c3cf3]
欲望が人を衝き動かすッ……! そして……その欲望をコントロールするのは資本を握る者ッ……!~
欲望を突かれた人の心は……いとも容易く瓦解するッ……!~
狙い撃つ……そして搾取ッ……徹底的に毟り取るッ……まさに……悪魔の所業ッ……!~
~
そんなことを考えつつ献上品のドライフルーツを齧ってたら、依頼の期日が迫ってることに気が付く。~
あ、やべやべ。こんなことしてる場合じゃないわ。~
~
じゃ続きは俺が帰ってきてからねー、とジョン先生の実践経済講義は惜しまれつつ中断。~
来月は街で多めに菓子を仕入れてこようと思う。~
**黄金歴147年3月某日 [#e9474df4]
ノ出さんとの依頼は恙無く終了。~
報酬と来月の依頼受領のために酒場に出向くと、伯母のネームさんに出会った。~
「サッカーしましょう」と唐突に言い放って俺を引っ張っていく伯母さん。~
訳も分からぬ内に霊園まで連れて来られて「じゃあこれを着て下さい」とにこにこ笑顔の伯母さん。~
差し出されたのはチアガールのコスチューム。~
こんなもん着れるか! と返したら「は?」と真顔でガン見してくる伯母さん。~
うわ、ちょう怖い。瞳孔半開きじゃん。~
~
恐怖に縛られた僕は言われるがままに着替えて、その姿で急造チームメイトとの写真を撮られた。~
伯母さんは終始いつもの甲高い声で笑っていた。~
げ、外道〜!~
~
肝心のサッカーはというと滅茶苦茶な内容だった。~
ボール三つ使うし、反則上等だし、俺は蹴り飛ばされたり投げ飛ばされたりで、まさに踏んだり蹴ったりだった。~
しかもやりましょうって誘ってきた当の本人はゲームに参加せず、観客席でオホオホ笑ってるだけだし!~
とてもじゃないが体が持たないので「彼女とデートの約束あるんで」と方便使って前半終了で抜ける。~
~
ネームさんデートしましょう、とストレートな誘い文句に、彼女は目をパチクリさせ笑い出す。~
「甥っ子にデートを申し込まれるなんて罪な女ですね私」と笑う彼女。~
「デートコースは故郷巡りで宜しいでしょうか?」と続けた僕に彼女はいつもの張り付いた笑顔のまま。~
「初デートに宿泊旅行は焦り過ぎですよ」と笑ったまま行ってしまった。~
~
伯母さんの過去に何があったか僕は良く知らない。~
彼女が語ることも無いし、僕から訊ねることも無い。~
多分聞いても笑顔で流されるだけだ。~
15で男と駆け落ちし、19の時に娘一人を連れて故郷に帰り、一年余りで村を出て、以後故郷には寄り付かず流浪の日々。~
それだけが僕の知っている伯母だ。~
何年か一緒に暮らしても、彼女の嘘臭い笑いが印象に残るだけで、何を感じているのか考えているのかなんて見えてこなかった。~
それが僕とネームさんの距離感だった。~
~
それでいい、分かった気になるよりはずっといい、と師匠なら言うかもしれない。~
でもやっぱり寂しいよなあ、と馬車に揺られながら、ぼんやりと只一人の肉親のことを考えていた。~
**黄金歴147年3月某日 [#pbedb167]
寡占市場のメカニズムをガキ共に身を以って教えてやる!~
とジョン先生の経済講義を再開しようとしたら問題発生。~
まずいきなりミトロンに説教を喰らった。~
「ジョンさんのお菓子と交換するために、親御さんに黙って貯蔵庫から備蓄食料を持っていく子が何人かいました」とミトロン。~
「……はい」と僕。~
「喧嘩して奪い合う子もいました」~
「……はい」~
「親御さんたちから苦情の声も挙がってます。……私の言いたいこと分かりますよね?」~
「……はい」~
孫ほど年の離れた子からガチ説教され、物凄く情けないのと正座した足の痺れで泣きたくなってきた。~
と同時に、このシチュエーションにちょっと興奮していた。~
~
「笑ってないで真面目にやってください! ぶちますよ!」~
どうやら自分で気付かぬうちにニヤニヤ笑いを浮かべていたらしい。~
これじゃあ苦痛を感じて悦ぶ変態みたいじゃないか!~
「……叩いてから言う台詞じゃないと思うんですけど」~
「もう一回叩かれたいんですか?」~
お願いします! と思わず出そうになった言葉を飲み込んで、鹿爪らしい顔で「真面目にやります」と答えておいた。~
~
こうして一週間も経たないうちに俺の独占市場計画は破綻した。~
**黄金歴147年3月某日 [#b0650066]
心を入れ替えて真面目に美味しいカレーの作り方を教えようとしたら、物凄い殺気を感じたので大人しく魔術を教えることにした。~
といっても教えるたって何をすりゃいいのか全然見当もつかない。~
「とりあえず皆、火出してみて」と、まずは生徒たちの力量を見ることにした。~
全員、苦も無く炎を出して見せた。~
「よくやったな皆……俺が教えることはもう」何も無い、と言い切る前に思いっきり脇腹を抓られた。~
くそっ、ミトロンのやつ日々ツッコミのスピードが進化してやがる……!~
~
そんな他愛も無い遣り取りをしていると「せんせーの魔術見せてくださーい」との声が。~
他の生徒も同調して見せろ見せろコールが巻き起こった。~
「ふっ……いいかお前たち。力ってのは無闇矢鱈に見せびらかすもんじゃないんだぜ?」~
と言いつつ咥えた紙巻の先に、指先から出した炎で火を灯す俺。~
決まった。視線集中度120%だ。~
「10ある力のうち0.5くらいを見せろ。そうして無能のフリしてりゃ相手は油断する……そこをグサリだ」~
「ジョンさん、教育上宜しくない話は……」~
「お前達は今見せた俺の炎が小手調べだと思っているようだが……実は俺の全力MAXだ」~
「真面目にお願いします」とミトロンが突っ込むと、生徒達は「早くお菓子くれ」コール。~
ふっ……完全に舐められ放題じゃないか俺。~
~
「はいここでアシスタントのミトロンが俺の代わりにエクセレントな炎見せてくれますハイどうぞ」~
完全に舐められてる俺は虎の威を借る事にした。~
いつになく強引な俺のトーク運びに、渋々といった感じでミトロンは炎を出して見せた。~
おー、と歓声が上がる。構成の速度も炎の大きさも桁違いであった。~
俺の出した火がマッチ箱だとすると、彼女のは練達のジャイアントくらい。~
さすが『ミトラ』に選ばれるだけはある。~
子供等と一緒に拍手を送ってる俺に、照れ笑いを浮かべながら「じゃ次はジョンさんお願いします」と彼女。~
ちょっと今日、生理重くて……と必死で調子悪い素振りを示す俺に絶対零度の視線を向けてくる彼女。~
だってなんか晒し者みたいじゃん! こんなの公開処刑じゃん! こういうの一番苦手なの! ほらお前等グミやるよ!~
と素早く『菓子に群がる子供たちバリヤー』を形成してミトロンのツッコミから逃れる。~
~
結局その日は授業になりませんでした。~
あとミトロンに「仏の顔も三度までですからねっ!」とマジ説教されました。~
**黄金歴147年3月某日 [#y8097c6d]
http://notarejini.orz.hm/up2/file/qst056205.jpg~
~
「……つまり俺達が使っている炎は、自己の魔力を一点に集中させて生み出す魔術の系統に近い、と言える。~
 周囲の魔力や儀式的魔力強化、術具・呪具などの影響が見られないのが、その証左だ。~
 詠唱や魔導器要らずの代わりにイメージがより重要になる。~
 ここでは流れる魔力を水だと思って欲しい。~
 水は蛇口捻りゃすぐに出るんだがね、強い水流や広範囲に飛沫を飛ばすためにはそれなりの工夫をしなきゃならない。~
 ホースの先を絞れば、水は鋭く、より遠くまで飛んでいく。~
 ……っとこういう風にね、具体的なイメージを作ってみると練度に差が付くのは確かだよ。~
 イメージは人それぞれだからね、一度自分で良く考えてみたほうが良い」~
と一気に喋り終えて、周りの反応を窺ってみる。~
ふっ……ジョン先生の見事な講義内容に言葉を失くしているようだ。~
~
「あのぅ……ジョンさん」とミトロンが控え目に手を上げたので「なんだいアシスタント?」と爽やかに答える。~
するとミトロン「蛇口……って何ですか?」ときたもんだ。~
あ、この村に蛇口無かったわ。当然ホースも。~
文化が違ーう!~
~
説明しなおしかよクソがっ! と内心で吐き捨てながらプランを練っていると、~
「それと小さい子もいるのでもっと分かり易い言葉でお願いします」って追加注文。~
なにそれ? 次は何? コート脱げ? 帽子脱げ? バター全身に塗れ?~
最終的に食われそうになるの? 命からがら逃げ出して発狂するの?~
~
気が付いたら黒板に大きく「自習」って書いてた。~
「ジョンさん、もう少し頑張ってください」と当然のようにミトロンの肘鉄が飛んできた。~
もーヤダよ俺。~
**黄金歴148年12月 [#n9ec6975]
故郷に出発前、伯母さんが来て「今年は日記書いてくださいね(笑)」だって。~
回し読みしてやがったあの冷血女!~
さぁ僕が書いて、師匠と伯母さんに笑読される日記はっじっまっるよー。~
~
妹と街に買い物に行きました。~
故郷の鄙びた山村から南に下った海沿いの交易都市にね。~
西と東の文化の交流点みたいな街ですわ。~
あ、知りたいのはそこじゃない?~
買い物って言ったけど正確には『村の魔導書、魔導器、写本等を街に卸しに行くついでの買い物』です。~
あ、そこでもないって?~
分かってるよ妹のことだろうハイハイ。~
まぁ妹っつっても僕を「お兄さん」って呼んでくるだけの、倫理審査機構通過済みの義妹っすけど。~
なんかこの一行だけで僕の妄想の産物みたいに聞こえるけど、実在するんだよボケが。~
だいたい年下に興味ねーし。老眼鏡の似合うヒゲダンディになって出直して来い小娘がッ!って常日頃思ってるし、実の妹は50年以上前に死んでるしな!~
~
なんで言い訳まみれになってやがるんだコンチクショウが。~
あークソ、僕の脳内想定読者であるネームさんのオホホ笑いが聞こえてきた。しね。~
カワイそう、カワイそう、ババァ二人に強制的に日記書かされてる僕が超可哀想。~
もう読んでるヤツ全員死ね。伯母さんに日記読まれる前になんかの弾みで日記燃えろ。そして未来の僕は必死で逃げろ。~
ああ、そうそう妹は女子力(じょしちから)高くて超可愛いから。アー! アー!~
言い訳に終始してさっぱり話が進みやがらねぇ。~
さっさと読み進めて下さいお願い、書いてて辛いんです。~
~
そんで卸が終わって自由行動になったから、付いてきた妹が「買い物に行きましょう!」って言ってきたワケ。~
僕は護衛も兼ねて来てるからさっさと休みたいんだけど、断ると後々厄介だからショッピングに付き合ったんですわ。~
僕は手持ちが殆ど無いし、妹なんて貨幣経済の概念がうっすい村娘だから小遣い銭しか持ってないわで、必然ウィンドウショッピングに。~
冷やかしで街の方々ぶらついて、疲れたからパーラーでパフェなんぞつついてると、妹が「なんだかデートみたいですね」だって。~
はぁ? およめさんとの初デートをすっぽかした(死んだので)僕に向かって何言ってんだコイツは?~
~
その後も商店で服なんぞ物色しつつ、妹に似合いの可愛い服があったら試着させたりね。~
んで着てみると実際可愛いし。女子力たけーなーオイ。~
鏡見てる妹は「着てみると欲しくなっちゃう……でもお金無いしなあ。もぉーなんで試着してみて、なんて言うんですかーバカぁ」だってさ!~
念のためもう一度。~
妹は実在するから。僕の妄想じゃありませんから。~
素面で思い返しつつ書いてると、まるで白昼夢のようですけど。~
~
唇尖らせて不機嫌アピールしてくる妹を目にしても、僕は服を買ってやろうなんて気持ちは一ミリも起きません。~
住所不定冒険者で甲斐性ゼロな僕だし、こんなん彼氏に買ってもらえよボッケーって思いますし。~
だから手持ち限度額でブルートパーズをあしらった髪飾り買って、「テメェにはコレがお似合いだぜ!」と妹に押し付けて買い物終了ですよ。~
今日も愉快な日だったねえ!~
~
二年ぶりに書いた日記ですが、もう限界です。許してください。~
~
**黄金歴153年12月某日 [#j1df787b]
冬場を故郷で過ごすことになってから10年目。~
ずいぶん遠くまで来てしまった。~
自分が、ではない。~
彼らが、だ。~
~
一昨年に成人の儀を終えて、今年17になる少年に背を抜かれた。~
ついこの前まで下から見上げてきた蒼い眼が、今は頭一つ上から僕を見下ろしている。~
~
『ジョン先生の魔法教室』で最優秀だった少女は15で早々に結婚し、4歳になった子供に読み書きを教え始めた。~
菓子を強請る側だった彼女が、今は自分の子に与える側だ。~
~
年越しの準備で慌しい村の中、集会所の火の前でぼんやりとそんなことを考えながら紙巻を吹かす。~
「50にして知命為らず、80にして何を知る?」~
「いえ、特に、何も」~
隣でいつものようにゆるゆると煙を燻らせていた師匠が、これまたいつもの静かな調子で問いかけてきた。~
「嘘をつく時、無表情になる癖止めなさい」~
「読心術は心臓に悪いから止めて下さい」~
「何を考えているかは分からないけど、何かを考えているのかは分かる」~
益体も無いことを、と師匠は付け足して煙管の火口に煙草を詰め込む。~
~
なんで師匠は色々と分かってしまうんだろう?~
~
そしてなんで僕には分からないんだろう?~
~
「わっかんねぇなぁ〜」~
「すべてを分かろうとしなくていい」~
「ミトロンなんで結婚しないのかなぁ〜?」~
~
快音一発。ちょうど後ろを通りすがったミトロンに思いっきりぶたれた。~
~
**黄金歴154年1月某日 [#uaafe221]
15で結婚ってのはこの村じゃ珍しいことではない。成人の儀が終わればホイホイと結婚していくのだ。~
女は十代の内に9割がた結婚してしまうのだ。20過ぎて独身なんて大年増の行き遅れもいいとこだ。~
~
「……ということで、義兄(にい)さんとしては心配なんだよミトロン」~
「ぶちますよ……!」~
「もう3回もぶってるじゃん」~
紅葉の付いた両頬を擦っていると絶対零度の視線を浴びせてくるミトロン。~
「なに? もしかしてイジメられてる系? それで見合いの話こないの? 常勤サボって俺の世話してるから?」~
「イジメられてません! ジョンさんのお世話は仕事として言いつけられてます!」~
4発目がきた。~
このビンタも世話の内なんだろうか?~
~
「ミトロン真面目なのはいいんだけどさー、仕事に支障でるから結婚しないってのは良くないよー?」~
その言葉にミトロンは盛大に溜息つき、~
「ジョンさんって鈍いんだが聡いんだか……」~
と憐れむ様な視線を向けてくる。~
ほげーっとその視線を受け流していると、眦細めて唇尖らせる彼女。~
「それじゃあ私も聞きますけどね、ジョンさんは何で結婚しないんですか?」~
「昔結婚してたけど……失敗しちゃってねハハハ」~
「分かりやすい嘘は止めて下さい」~
本当なんだけどな。~
まあ相手は男の上に、結婚と離婚がセットだったけど。~
と、暫し元妻(元夫?)のロロに思いを馳せる。~
~
「結婚しない理由は……分かるよね?」~
「&ruby(レーラア){師};がいるから……ですか?」~
違うよ、と首を振る僕から、つと目を逸らす彼女。~
彼女も自分で言ったことが違うと分かっているのだ。~
「分かるよね?」~
再度同じ言葉を口にして、彼女の頭にそっと手を置いた。~
~
10年。~
初めて会った時から幾分背も伸びて、少女から女に変わっていった彼女。~
対して全く変わらない僕。~
~
彼女はただじっと俯いていた。~
「分かるよね」~
念押しのような言葉に彼女はキッとこちらを見上げ、~
「わ・か・り・ま・せ・ん〜」~
と言いながら頬っぺたを思いっきり抓ってくる。~
痛みに悶絶していると、頭に置かれた手からするりと逃れ、また明日、と駆け出していく彼女。~
~
「ありがとね」~
彼女が見えなくなってから、そう呟く。~
10年間で徐々に変化していった村人の態度。~
変わらぬ彼女の態度がありがたかった。~
~
**黄金歴154年2月某日 [#l093fbe4]
3年前だったろうか? ちょっとした話の折にバレンタインを話題にしたのは。~
子供たちのネットワークは恐ろしく巧速で、あっという間に2月14日の慣習が根付いた。~
「せんせ〜、はいバレンタインのお菓子〜」~
女の子は何で集団で渡しに来るのだろう? などと思いつつ笑顔で彼女らの贈り物を受け取る。~
中身は木の実を磨り潰して焼き上げた物だったりドライフルーツだったり。~
チョコレートはこの村じゃ稀少品で、街にでも降りない限り手に入らない。~
もっとも、その街でもチョコはおろか砂糖ですら稀少なので滅多に御目にかかれる代物ではないのだ。~
~
「モテモテですね」~
「義理だよ、義理。女の子はしっかりしてるねー」~
「お世話になった人や気になる男の人に渡す……でしたっけ?」~
「そそ。明日の教室が楽しみじゃない? いつもと様子の違う子が居たりしちゃったりさー」~
貰った菓子を茶請けにして、ミトロンが淹れてくれた茶を啜る。~
砂糖や香料を一切使わない素朴な味に、じんわりとした暖かさが心に染み入ってくる。~
「ところでミトロンはくれないの?」~
「お世話してるのは私の方じゃないですか」~
だよね〜、にいさん一本取られちゃった〜アハハ〜、と締まりの無い笑いを浮かべる僕に溜息を吐くミトロン。~
~
いつまでこの距離でいられるのだろう?~
~
焼き菓子をポリポリ齧る。~
コレをくれた女の子達。「お返しは3倍ですよー」と無邪気に笑う彼女たち。~
いつまで僕を気軽に「ジョン先生」と呼んでくれるのだろうか?~
~
菓子をくれた女の子の内の一人。彼女にいつも悪戯している小生意気なクソガキ。~
彼は彼女から菓子を貰えたんだろうか? あした僕に「貰ったんだぜ」と誇らしげに自慢出来るだろうか?~
「センセーは義理しか貰ってないんだろー」と馬鹿にしてくれるだろうか?~
~
甘い時間はいつまでも続かない。~
菓子の最後の一つを嚥下して、いつもの紙巻煙草に火を点した。~
~
**黄金歴154年3月某日 [#q5355313]
「……といった次第で御座います」~
相談を受けた。去年の暮れに、エマノンになった女の子に。~
相談を受けた。去年の暮れに晴れてエマノンになったばかりの15歳の女の子に。~
相談内容を要約すれば『師匠の世話係になったが何をしても反応が薄く不安です』ということだった。~
「私に何か粗相が?」としきりに自らの非を気にする彼女。~
それが取り越し苦労であるのを、師匠のパーソナリティを解説することで悟らせる僕。~
師匠がいかに言葉足らずで、鉄面皮で、皮肉屋で、横暴で(これは僕限定だろうか)、そのくせ人好きであるか。~
実体験を基に多少の脚色を加えて、新たな村の長の一角であるエマノンに話す。~
師匠に聞かれたら煙草盆が飛んでくるであろう箇所(多少の脚色含む)に差し掛かると、彼女はしきりに、~
「それはきっと&ruby(レーラア){師};にもお考えがあって……」だの、「敢えて厳しい態度で臨まれたのでは?」~
などと、恐縮しながら当人の代わりにフォローを加えるのが面白く、ついつい長話になってしまった。~
~
「要は素直クールツン、極々稀にデレもあるよって人だから心配しなくていいよ」~
との僕の締めの言葉に、?マークを浮かべながらも一応の納得をしたようで頷く彼女。~
「瑣末な悩みにお時間を割いて頂き恐悦至極に存じ上げます、&ruby(ハイ・ピュピル){高弟};」~
大仰な言葉と共に恭しく頭を下げる彼女の前で、笑い飛ばしたくなる気持ちを必死に押さえつけた。~
~
3ヶ月前まで「ジョン先生は私より魔法が下手だー」と、嫌味の無い口調で明るく笑っていた彼女が!~
師匠に対する態度と同じように僕に接し、他のエマノンたちと同じように僕を『&ruby(ハイ・ピュピル){高弟};』と呼んでる!~
~
この豹変ぶりに笑わずにはいられなかった。~
一体エマノンたちは彼女に何を教えたのか。『僕』の存在をどんな風に教えているのか。~
そんなに『ネモ』って呼びたくないのか。そんなに『ネモ』を可哀相な存在にしたいのか。~
~
彼女の背が見えなくなり、煙草一本吸いきるだけの時間を空けてから、思いっきり笑った。~
胸の内に溜ってきた澱を吐き出すように思いっきり。~
あまりに笑いすぎて咽た。~
~
いつの間にか呆れ顔で横にいた師匠の、~
「バカ」~
という一言で、驚くほど心が落ち着いた。~
~
**黄金歴154年3月某日 [#icedc4dd]
「一般社会に適応出来なかった者を負け犬と称するなら」~
程好く脂の乗った鴨を捌いていると、煙管を口に寝転がっている師匠がつらつらと言葉を吐き出す。~
「あの街は負け犬の楽園ね」~
下処理を進めながらボンヤリと師匠の話に耳を傾ける。~
あの街、とは冒険者の集う街のことであろう。~
「あんたがあの街に居ついたのは、とても幸運なこと」~
冒険者なんてヤクザな稼業してるのは皆、大なり小なり負け犬ですよ。~
とブツクサ言い返して、鴨の腹に香草を詰め込んだ。~
「雑多な種族が入り乱れ、不老不死が大手を振って生活出来る所なんて、私は他に知らないわ」~
起した火に処理を終えた鴨を突っ込む。~
余った具材で満たされたスープ鍋を掻き混ぜつつ、紙巻を点けて深く吸った。~
~
「人に会うことと食べることは似ている」~
切り分けた鴨肉を咀嚼し、ワインの小瓶に直接口を付けて流し込む師匠。~
「人が人として生きていく為には人に会わなければならない」~
キツネ色に焼かれた皮付きの腿肉を素手で掴み、口まで持っていく師匠。~
人間性は人との円滑な関係を取り結ぶために形成される、って話を思い出しつつ、僕は香草と一緒に胸肉を口に放り込む。~
「同じく生きるためには食べねばならない」~
指についた脂をチロリと舌で舐め上げ、香草の効いたスープで口内を濯ぐように嚥下していく師匠。~
~
「意地汚い食い方だなぁ」~
思わず感想が口を衝いて出た。だって女としてはあんまりな食い方だもん。女子力微塵も感じねーし。~
「美味しく食べるのが一番」~
言って師匠はぐびぐび喉を鳴らし、深い紫を身体に納めていく。小瓶が一つ、空になった。~
「必要なことなら好きでありたいものね」~
青臭い息を洩らしてから、ごった煮のスープを掻き込んで一気に平らげてしまう師匠。~
~
「ご馳走様。美味しかったわ」~
満足そうに一息ついて椀を置くと、手元に煙草盆を手繰り寄せて一服始める師匠。~
「アンタは美味しい食べ方してる?」~
天井に煙吹き上げて、師匠は涼しげな目元でこちらを流し見てくる。~
ちょっとの間を置いてから、僕は食器を放り出して鴨肉の残りに素手で取り掛かる。~
暫し無心で、鴨とスープをそれぞれ口に運び、ワインをがぶ飲みした。~
~
「美味いっす」~
意地汚い食い方は、美味い。~
~
#endregion