日記 †
ド田舎は娯楽が無いと骨身に沁みて実感するのは夜だ。
昼間、特にやる事もなくてゴロゴロしてばかりいるツケは、寝付けない夜という形でやってくる。
気が狂いそうになるほど静か。冬だから虫の声もしない。
寒いから気晴らしの散歩に出かけるのも億劫だ。つーか雪積ってるぞクソぁ!
真夜中でもメシや酒が飲み食いできて、程好く人もいるという都会の便利さに改めて気付かされる。
ありがたや文明。
そういうわけだから久々に日記を書いている次第。
書いてる間は気が紛れる。懐かしい感覚。
黄金歴146年12月某日 †
依頼を終えて、酒場でダラダラ飯を食いつつ酒を飲んでいると、師匠に会った。
一ヶ月ぶりに会う彼女は相変わらずヤニ臭かった。というかヤニ臭いを超えて異臭がするレベルだった。
最後に湯浴みしたのはいつですか? 着替えと洗濯ちゃんとしてます? と質問すると、
彼女は暫し考えてから「一ヶ月くらい」と答えた。
信じらんねぇ! どこの山賊だよ!
すぐ湯浴みして着替えてください、と言った僕に「明日行くから準備しておいて」とだけ返し、師匠はさっさと帰ってしまった。
言われたとおり、市場に行っていくつか必要な物と嗜好品や手土産を買い揃えて、旅装を調えておく。
三回目となれば慣れたもんで、特に迷うことも無く機械的に作業を終えた。
帰ってくると友人何人かが騒いでいた。ごく手短に別れの挨拶と、一足早い迎年の文言を並べて、さっさと寝た。
黄金歴146年12月某日 †
故郷に帰ってくるとまず墓参り。
妹、母、父の墓に街で買ってきた花を供えた。
ぼんやりと簡素な墓標を眺めていると、母のものだけ綻びが目立った。
妹と父のに比べて古いものだから当然なのだが、無性に物寂しい気持ちになった。
親孝行したい時に親は無しって本当だな、と親父の墓標を叩きながら笑っていると不意に視界が滲んだ。
涙が止まるまで待っていたら完全に日が暮れており、体は芯まで冷え切っていた。
村に帰ってきて、いの一番に鼻水垂らしながら『終わりの火』の前で暖をとる。
ちょお寒い。死ぬかと思った。
その様子を見るに見かねたのか、側女の一人が暖かい薬湯を持って来てくれた。
ありがたく啜っていると、師匠が来て、開口一番「なにそのアホ面」ときたもんだ。
言葉を失っていると「年明けまで風邪引くんじゃないわよ」とありがたいお言葉が。僕の鼻を摘みながら。
その後も火に当たりつつ薬湯啜ってたら眠くなってきたので早々に寝た。
黄金歴146年12月某日 †
年明けの成人の儀式まで何もやることがないので凄く暇。
といっても儀式の最中も、基本的に師匠のやってることを見てるだけなので暇。
ヒマっ ヒマっ ヒマヒマヒマヒマっ 死んじまえー、などと鼻歌交じりに紙巻吹かしていたら、
師匠に「なにか書いてたら?」と言われたので日記を書くことにした。
とここまでの日付の日記を纏めて書いてからあることに気が付く。
暇な日々を過ごしていたら日記に書くことないんじゃないの?
黄金歴146年12月某日 †
本当にやることがないんです。
せめて寒くなけりゃブラブラ外に出て、ゴロ寝したり、鴨場に弓持ってて狩りしちゃったりなんてことも出来るのに。
寒いのはイヤだ。ただ生存するだけでもシンドイし、動く気力も体力も奪われていく。
必然室内で寒さを凌ぐことになるけど、これがまた良くない。
生家に閉じこもってると、今は亡き家族との思い出ばかりが頭に過ぎって、しょんぼりしてくる。
年取ると涙脆くなるって本当なんだなー、とつい先年に大往生した親父の遺品に呟きかけても返事は無し。
咳をしても一人。じっと手を見る。
いや村には人いるし、師匠もいるんだから会いに行きゃいいんだけど。
やっぱこう、ね。なんかね、蟠りっつーの?
三年目なんだからいい加減馴れてきてもイイ筈なんだけど、例年スタートダッシュに苦しむ有様。
体も心も里帰りモードに切り替わってないんだろうなぁ、とは思う。
だが生まれ故郷といっても、もはや既に此処は自分の帰るべき場所ではないのだ。
異郷だ。ただ昔から知っている異郷。
そして自分は異邦人だ。
ならば此処は一時の仮住まい、言い換えるなら旅先であって、それならば非日常を存分に楽しめばいいじゃないか!
などと思い立ち、村の中心地にダッシュ。中央集会所に到着。
集っていたエマノン達に向かって、「ハロー、レッツトーク」と模範的ファーストコンタクトをしたら、しきりに恐縮された。
お前らノリ悪いな! と憤慨していると、呆れ面の師匠に思いっきり背後からドツかれた。
我に返って急に虚しくなったので、その日はとっとと寝た。
黄金歴146年12月某日 †
どうにも座りが悪いのは村の者の対応だ。
やたらと丁寧なのである。
中央集会所の火の前で煙草吹かしながら、「俺をどういう人だと思ってる?」と側女の一人に聞いてみた。
「師の御付きの方、と聞いてますよ?」と返ってきた。
以前同じ質問を別の娘にしても同じ答えが返ってきたので、「そこはニッコリ笑って『塵芥のような人です』だろ!」
と小粋なジョークを飛ばしたら、その娘に泣かれたのを思い出した。
側女やそのほかの村人達は、一種の客人として俺を扱ってくれる。
それはそれで何の問題も無いのだけど、やっぱこの村でそういった扱いを受けるのが落ち着かない。
それ以上に収まりが悪いのがエマノン達の対応だ。
異常に畏まってる。
いやビビッてる、といった方が適切か?
昔とは別の意味で腫れ物扱いだ。
俺の過去と経緯を知らされているのが彼女達だけとはいえ、そこまで気を遣うことか?
もしかして無意識的に俺が彼女等に敵意を撒き散らしてるのか?
2年前の「ハロー、この村のガンです」ってブラックジョーク挨拶が拙かったのか?
去年、ウケ狙いに女装してみせたのが拙かったか? 側女達にはウケてたぞ?
といった具合で、ぐるぐるぐるぐる考えを巡らせていると、側女に茶に誘われた。
茶会は若い娘らが中心だったので、街で買ってきた焼き菓子を振舞ったら大層喜ばれた。
お、この手は使える、と茶会が終わってからエマノン達にも焼き菓子を持っていったら大層恐縮された。
どうしろってんだよ!
黄金歴146年12月某日 †
年の瀬も押し迫ってきた。
この村も他所と同様に、年越しは特別な期間である。
年暮れの夜から新年の日の出まで、村中の者が一箇所に集まって飲み食いしながら、無事に歳を重ねられたことを祝う。
皆、数えで年をとるのでニューイヤーは村全体の誕生日でもある。
数えで16の者は成人の儀式があり、彼らは他の者と別な場所で通過儀礼を行うことになる。
俺は2年前から師匠と一緒にこの成人の儀式に参加。
そんなわけで、明日は夜通し起きてなきゃいけない。
早々に寝よう。
まぁ俺がすることはなんも無いんだけどね。
黄金歴147年1月某日 †
新年明けました。
煙越しに映えるオレンジ色の朝光が目に痛い。
なんで徹夜明けの朝日は、こうも目にダメージ与えてくるんだろ。
さて三度目になる成人の儀式だが、あることに気が付いた。
師匠のやり方が毎度違うのである。
共通しているのは、乾燥した葛の花と根を摩り下ろした薬湯を飲ませること、葡萄酒を回し飲みさせること、
師匠がいつも使ってる煙管を回し喫いさせることくらいであった。
後は幼名を書かせて火で燃やし、新しい名前を書いた紙を師匠と交換し合うくらいか。
なんで細かい部分が違うのか師匠に訊ねると、「密に行われる通過儀礼において、細かい手順は重要ではない」とのお答え。
そんなものなんだろうか? と首を捻っていると、「名前さえつければ後はどうでもいい」と師匠。
「意識付けがポイント」と師匠は付け足したが、そんな適当でいいんだろうか?
でも適当で今まで回ってきたんだよなぁ、と複雑な心境。
「不満があるなら次からアンタがやれば? サクラメントなんて’’ソレ’’っぽければいいのよ」と、
異端審問官に聞かれたら即連行されそうな台詞を、さらっと吐く師匠。
流石我らのゴッドマザーは怖い者知らずだぜ!
儀式後の幕舎で師匠と余った葡萄酒をぐびぐび飲んでたら眠くなったので、その場で爆睡。
起きたら日が暮れてた。
黄金歴147年1月某日 †
今月の依頼を請けるために一時帰還。
あー、寒い寒い。雪道怖い。
黄金歴147年1月某日 †
先月依頼書を見た時点で何か引っ掛かる名前があると思ったら同行者大家さんでやんの。
久々に大家さんのハイテンショントークを耳にしつつ、楽勝でグール討伐終了。
このレベルでグールはないよなぁグールは。
そういや大家さんはとっくの昔に俺の大家さんじゃないけど俺は未だに大家さん(紛らわしいな)と呼んでいる。
今更レイラって呼ぶのも変だしなあ。
それはともかく大家さんは良い人だ。
どう見ても怪しい二人組み(師匠と俺)に部屋を貸してくれた上、事情をなんにも聞いてこなかった。
良い人だったからなるべく早めにあの借家を引き払った。迷惑掛かる可能性大だしね。
思えばあの頃は色々な人を自分の都合のために利用していた。もうあんなことは二度と御免だ。
好奇心は猫を殺すって本当だね! あばば。
黄金歴147年1月某日 †
冒険終わってすぐ村にトンボ帰り。
寒いと移動がしんどい。とにかくしんどい。
部屋を充分暖かくして泥のように眠った。
黄金歴147年1月某日 †
一日たっぷり休息をとって今日は朝から元気。ゆえに暇。ヒマヒマ。
あまりに暇だったので中央書庫で本漁り。ほぼ全てが魔導書関連で、適当にチョイスしてはパラパラ捲って読み流す。
中にはガキの頃に自分が写本した物もあって、微妙な気分になる。
そうして書庫に篭ってるうちに日が暮れてしまった。
明日からは村の仕事の手伝いでもするかねぇ……。
黄金歴147年1月某日 †
暇だしタダメシ喰ってるだけなのアレだから何か仕事くれ、写本や翻訳や編纂なら出来る。
とエマノン達に申し出たら、例によって大層恐縮され、丁重に断られる。
食い下がっても断固ノー。頑固なやつらだ。
それじゃあと、側女達に何か手伝うことは無いかと訊ねたら、「ジョンさんにそんなことさせたら叱られてしまいます」
と笑って流された。冗談だと思われたらしい。
さてここで説明せねばならない。「ジョンさん」という呼称についてである。
三年前、初めて師匠と共に帰郷した際、一つ危惧することがあった。
それは自分の名前によって無用なトラブルが起きたり、面倒な詮索があるのでは? ということであった。
直接面識のある人なんて爺さん婆さん(それかもう死んでる)だし、こっちは顔なんて覚えちゃいないから知己の問題はどうでもいいけど、
ダカール姓を名乗るのは何か面倒くさいことが起きる気がしてならなかった。
「ネモ・ダカールはマズイですよね?」と僕。
「そう思うのならば適当な名前を名乗れば?」と師匠。
「じゃあジョン・スミスで」と僕。
そういうわけで僕は村ではジョンさんと呼ばれている。安易なネーミング万歳。
まぁエマノン達には師匠が正体知らせてるんだけどね、これはしょうがない。
袖にされて超暇。
ジョンさん絶賛求職中。
黄金歴147年1月某日 †
ジョンさんは求職中でもネモ・ダカールは定職持ちなのである。
依頼の期日が迫ってるので準備&早寝。
依頼を終えて帰ってくる頃には、この寒さも少しは和らいでいるだろうか?
何か暇を潰せるような物を調達してこようか? などと算段しつつ就寝。
黄金歴147年2月某日 †
冒険で良い装備がゲットできてご機嫌モード。
鼻歌交じりに来月の同行者挨拶に出向いたら事件発生。
記載されてる住所に向かったら、そこには膣内射精妖精のノ出さん出現、即ヒィッ。
依頼書には『ノノエスリフェアノン』って書いてあったから、誰だか分からなかったんだ。
酒場で遠巻きに見たことしかなかったんだけど、本当に「えっちしよっ♡ 中出ししてくださ〜いっ♡」って言うのね。
失礼ながらダッシュで逃げさしていただきました。
禍福はあざなえる縄の如しだなぁと心に刻みつつ、故郷へ向かう辻馬車に揺られる。
嗚呼、冬の晴れ間はどこまでも青く遠い。
黄金歴147年2月某日 †
焦って街を出てきたからすっかり暇潰しのこと忘れてたよハハハ。
というわけでジョンさん暇モード継続中。
そろそろ時期的にOKかな? と狩場に詳しいオッサンに教えを請う。
「兎はまだ早いんで鴨にしときなさい」と快く狩場を教えてくれた。ヒュー、親切ー。
鴨場に向かう前に弓の練習。
現役で弓使ってたのなんて30年以上前なので、勘を取り戻すまで大分時間が掛かる。
弓の練習してると村の子供らが興味深そうに見ていた。
休憩がてらに干菓子を食いながら雑談。
子供らは与えた干菓子にも興味津々の様子。ここらじゃ砂糖は稀少品だからねぇ。
そうこうしてるうちに日が暮れてしまった。
狩りは明日にするとして早めに就寝。
黄金歴147年2月某日 †
射撃で重要なのは当たる距離まで接敵すること。
狩りはさらに気取られぬことが大事。
これらの鉄則に沿って狩り実行。
ちょろいもんだぜと野鴨二羽ゲット。
一羽は鴨場を教えてくれたオッサンにお礼として差し上げる。
残った一羽は早速調理。
毟る・捌く・詰める・焼く。
取り出した内臓はミンチにしてスープにドボン。
うめぇ! 鴨の香草焼きうめぇ!
師匠と一緒に鴨一羽を丸々平らげる。いい気分でワインも一瓶空ける。
腹も膨れてほろ酔い加減で爆睡。
黄金歴147年2月某日 †
昼頃起床しても酒抜けず、最悪の目覚め。
重い体と頭で、ぼんやりしながら昨日の残りのスープを温めなおす。
朝メシの準備してるうちに師匠も起きだした。
目覚めの一服しながら藪睨みの視線を撒き散らし、目一杯不機嫌アピールしてくる。
前日の酒の有無に限らず、寝起きはいつもこんなもんだけど。
餌を与えないと際限なく子供じみた嫌がらせをしてくるので、さっさと師匠に黒パンとスープを与える。
香草を効かせたスープが弱った臓腑にじんわり染み入ってきて、ほっと一息。
師匠の機嫌が回復してきたところを見計らって、求職相談を持ち掛けてみる。
「それなら子供たちに何か教えてやったら?」
「何かって何ですか?」
「魔術とか」
ふひゃ、と変な笑いが出た。
魔術を教える? この村で? 俺が?
面白い冗談っすねと笑っていると、師匠の目と顔は笑ってない。いつもそうだけど。
「最初から出来る者よりかつて出来なかった者の方が向いている」と師匠。
ですよねー師匠は教え方下手ですもんねー、とニヤニヤ笑っていたら思いっきり横っ腹を抓られた。
「好きにすれば?」と臍を曲げてしまった師匠。宥め賺して色々やってるうちに一日が終わる。
寝床に入ってから暫くは、昼間の師匠の言葉がぐるぐる頭をめぐって、中々寝付けなかった。
黄金歴147年2月某日 †
起きてもなーんもする気なし。かといって家に閉じこもってるのもアレなので中央集会所に出向く。
いつものように火の前でボケーッと紙巻吹かしていると、良く親切してくれる側女の子が話しかけてきた。
「どうしたんですか? 溜息ばっかり吐いて」
「それがさー……まー聞いておくれよミトロン」
「もー、ミトロンって呼ぶの止めて下さいよー」と笑って背中をぴしぴし叩いてくるミトロン。
彼女の名前はミトラ・トロンなのだが、側女の多くは「ミトラ」の名を持っているので区別するためにそう呼んでいた。
本当ならトロン氏族のミトラって呼ばなきゃいけないんだけど、長ったらしいのでミトロン。
俺しかそう呼んでないけど。
愚痴モードで昨日師匠が提案してきたことを話したら、「面白そうですね! 子供たちも喜ぶと思いますよ!」と彼女は眼を輝かせた。
何が面白いのか。他人事だと思いやがって、とムキムキしだす俺の心。
じゃーアシスタントしてよミトロン、と言ったら「はい、分かりました」とミトロン即答。
こっちが慌てて聞き返したら、「師とジョンさんの仰ることには従えと言われてますので」と彼女。
うわ、なにそれ、息苦しい。
「マジで! じゃあ今すぐ『馬鹿っ! 変態っ!』って罵ってよミトロン!」
「もー、ジョンさんったら冗談ばっかりー」
笑顔で肘鉄きめてくるミトロン。彼女はノリが良くて助かる。
小粋なジョークで閉塞感脱出、と思いきやミトロンはにっこり笑顔でこう続けた。
「それじゃ明日から宜しくお願いしますね」
え、もう決定事項なの!?
黄金歴147年2月某日 †
決定事項になってました。
ガキ共の声で起こされる朝。キミら朝から元気ね。
ミトロンが持ってきた朝飯を食いながらメンバー把握。
成人前の子らが10人弱で、そのうち来年成人の儀式を受けるのが一人。
顔眺めて名前確認しようとするも全員『ムー』だった。当たり前か。
氏族名で呼ぶのも味気ねーなー、と思っていると「お菓子は無いの?」と催促の声が挙がった。
どうやらこいつ等は俺の事を『お菓子くれる人』と認識しているらしく、またそれを期待して集まっているようだった。
甘いぜこいつ等! 要求すりゃ欲しい物が何でも手に入ると思うなよ!
ガキ共に世間の厳しさを思い知らせてやる!
「はい、注目ー。今から皆さんにレートを発表しまーす」
俺の第一声にミトロン含めてガキ共はポカーンとしていた。
「タダで物が貰えるほどこの世は甘くありませーん。欲しけりゃ対価を差し出してもらいまーす。あ、これ交換経済ね、テストに出すから覚えといて」
クッキー1枚:干し柿2つ、チョコ一粒:クランベリー10個……などと俺独自基準のレートについて説明。
子供たちは真剣に聞き入っていたが、ミトロンは呆れていた。
一通り説明を終えると子供たちは一斉に駆け出していった。恐らく交換品を持ってくるために。
「へっ、ガキなんて簡単なもんだぜ」と薄汚い笑いを浮かべていたら、ミトロンの冷たい視線を感じた。
あのぅ、冗談なんですけどツッコミは? ねぇいつものツッコミは? まさか冗談と思われてないの?
とおずおず窺っていたら「もー、真面目にやってください!」と怒られた。
怒られた後にお菓子を要求された。
あれ? なんかおかしくね?
黄金歴147年2月某日 †
欲望が人を衝き動かすッ……! そして……その欲望をコントロールするのは資本を握る者ッ……!
欲望を突かれた人の心は……いとも容易く瓦解するッ……!
狙い撃つ……そして搾取ッ……徹底的に毟り取るッ……まさに……悪魔の所業ッ……!
そんなことを考えつつ献上品のドライフルーツを齧ってたら、依頼の期日が迫ってることに気が付く。
あ、やべやべ。こんなことしてる場合じゃないわ。
じゃ続きは俺が帰ってきてからねー、とジョン先生の実践経済講義は惜しまれつつ中断。
来月は街で多めに菓子を仕入れてこようと思う。
黄金歴147年3月某日 †
ノ出さんとの依頼は恙無く終了。
報酬と来月の依頼受領のために酒場に出向くと、伯母のネームさんに出会った。
「サッカーしましょう」と唐突に言い放って俺を引っ張っていく伯母さん。
訳も分からぬ内に霊園まで連れて来られて「じゃあこれを着て下さい」とにこにこ笑顔の伯母さん。
差し出されたのはチアガールのコスチューム。
こんなもん着れるか! と返したら「は?」と真顔でガン見してくる伯母さん。
うわ、ちょう怖い。瞳孔半開きじゃん。
恐怖に縛られた僕は言われるがままに着替えて、その姿で急造チームメイトとの写真を撮られた。
伯母さんは終始いつもの甲高い声で笑っていた。
げ、外道〜!
肝心のサッカーはというと滅茶苦茶な内容だった。
ボール三つ使うし、反則上等だし、俺は蹴り飛ばされたり投げ飛ばされたりで、まさに踏んだり蹴ったりだった。
しかもやりましょうって誘ってきた当の本人はゲームに参加せず、観客席でオホオホ笑ってるだけだし!
とてもじゃないが体が持たないので「彼女とデートの約束あるんで」と方便使って前半終了で抜ける。
ネームさんデートしましょう、とストレートな誘い文句に、彼女は目をパチクリさせ笑い出す。
「甥っ子にデートを申し込まれるなんて罪な女ですね私」と笑う彼女。
「デートコースは故郷巡りで宜しいでしょうか?」と続けた僕に彼女はいつもの張り付いた笑顔のまま。
「初デートに宿泊旅行は焦り過ぎですよ」と笑ったまま行ってしまった。
伯母さんの過去に何があったか僕は良く知らない。
彼女が語ることも無いし、僕から訊ねることも無い。
多分聞いても笑顔で流されるだけだ。
15で男と駆け落ちし、19の時に娘一人を連れて故郷に帰り、一年余りで村を出て、以後故郷には寄り付かず流浪の日々。
それだけが僕の知っている伯母だ。
何年か一緒に暮らしても、彼女の嘘臭い笑いが印象に残るだけで、何を感じているのか考えているのかなんて見えてこなかった。
それが僕とネームさんの距離感だった。
それでいい、分かった気になるよりはずっといい、と師匠なら言うかもしれない。
でもやっぱり寂しいよなあ、と馬車に揺られながら、ぼんやりと只一人の肉親のことを考えていた。
黄金歴147年3月某日 †
寡占市場のメカニズムをガキ共に身を以って教えてやる!
とジョン先生の経済講義を再開しようとしたら問題発生。
まずいきなりミトロンに説教を喰らった。
「ジョンさんのお菓子と交換するために、親御さんに黙って貯蔵庫から備蓄食料を持っていく子が何人かいました」とミトロン。
「……はい」と僕。
「喧嘩して奪い合う子もいました」
「……はい」
「親御さんたちから苦情の声も挙がってます。……私の言いたいこと分かりますよね?」
「……はい」
孫ほど年の離れた子からガチ説教され、物凄く情けないのと正座した足の痺れで泣きたくなってきた。
と同時に、このシチュエーションにちょっと興奮していた。
「笑ってないで真面目にやってください! ぶちますよ!」
どうやら自分で気付かぬうちにニヤニヤ笑いを浮かべていたらしい。
これじゃあ苦痛を感じて悦ぶ変態みたいじゃないか!
「……叩いてから言う台詞じゃないと思うんですけど」
「もう一回叩かれたいんですか?」
お願いします! と思わず出そうになった言葉を飲み込んで、鹿爪らしい顔で「真面目にやります」と答えておいた。
こうして一週間も経たないうちに俺の独占市場計画は破綻した。
黄金歴147年3月某日 †
心を入れ替えて真面目に美味しいカレーの作り方を教えようとしたら、物凄い殺気を感じたので大人しく魔術を教えることにした。
といっても教えるたって何をすりゃいいのか全然見当もつかない。
「とりあえず皆、火出してみて」と、まずは生徒たちの力量を見ることにした。
全員、苦も無く炎を出して見せた。
「よくやったな皆……俺が教えることはもう」何も無い、と言い切る前に思いっきり脇腹を抓られた。
くそっ、ミトロンのやつ日々ツッコミのスピードが進化してやがる……!
そんな他愛も無い遣り取りをしていると「せんせーの魔術見せてくださーい」との声が。
他の生徒も同調して見せろ見せろコールが巻き起こった。
「ふっ……いいかお前たち。力ってのは無闇矢鱈に見せびらかすもんじゃないんだぜ?」
と言いつつ咥えた紙巻の先に、指先から出した炎で火を灯す俺。
決まった。視線集中度120%だ。
「10ある力のうち0.5くらいを見せろ。そうして無能のフリしてりゃ相手は油断する……そこをグサリだ」
「ジョンさん、教育上宜しくない話は……」
「お前達は今見せた俺の炎が小手調べだと思っているようだが……実は俺の全力MAXだ」
「真面目にお願いします」とミトロンが突っ込むと、生徒達は「早くお菓子くれ」コール。
ふっ……完全に舐められ放題じゃないか俺。
「はいここでアシスタントのミトロンが俺の代わりにエクセレントな炎見せてくれますハイどうぞ」
完全に舐められてる俺は虎の威を借る事にした。
いつになく強引な俺のトーク運びに、渋々といった感じでミトロンは炎を出して見せた。
おー、と歓声が上がる。構成の速度も炎の大きさも桁違いであった。
俺の出した火がマッチ箱だとすると、彼女のは練達のジャイアントくらい。
さすが『ミトラ』に選ばれるだけはある。
子供等と一緒に拍手を送ってる俺に、照れ笑いを浮かべながら「じゃ次はジョンさんお願いします」と彼女。
ちょっと今日、生理重くて……と必死で調子悪い素振りを示す俺に絶対零度の視線を向けてくる彼女。
だってなんか晒し者みたいじゃん! こんなの公開処刑じゃん! こういうの一番苦手なの! ほらお前等グミやるよ!
と素早く『菓子に群がる子供たちバリヤー』を形成してミトロンのツッコミから逃れる。
結局その日は授業になりませんでした。
あとミトロンに「仏の顔も三度までですからねっ!」とマジ説教されました。
黄金歴147年3月某日 †
「……つまり俺達が使っている炎は、自己の魔力を一点に集中させて生み出す魔術の系統に近い、と言える。
周囲の魔力や儀式的魔力強化、術具・呪具などの影響が見られないのが、その証左だ。
詠唱や魔導器要らずの代わりにイメージがより重要になる。
ここでは流れる魔力を水だと思って欲しい。
水は蛇口捻りゃすぐに出るんだがね、強い水流や広範囲に飛沫を飛ばすためにはそれなりの工夫をしなきゃならない。
ホースの先を絞れば、水は鋭く、より遠くまで飛んでいく。
……っとこういう風にね、具体的なイメージを作ってみると練度に差が付くのは確かだよ。
イメージは人それぞれだからね、一度自分で良く考えてみたほうが良い」
と一気に喋り終えて、周りの反応を窺ってみる。
ふっ……ジョン先生の見事な講義内容に言葉を失くしているようだ。
「あのぅ……ジョンさん」とミトロンが控え目に手を上げたので「なんだいアシスタント?」と爽やかに答える。
するとミトロン「蛇口……って何ですか?」ときたもんだ。
あ、この村に蛇口無かったわ。当然ホースも。
文化が違ーう!
説明しなおしかよクソがっ! と内心で吐き捨てながらプランを練っていると、
「それと小さい子もいるのでもっと分かり易い言葉でお願いします」って追加注文。
なにそれ? 次は何? コート脱げ? 帽子脱げ? バター全身に塗れ?
最終的に食われそうになるの? 命からがら逃げ出して発狂するの?
気が付いたら黒板に大きく「自習」って書いてた。
「ジョンさん、もう少し頑張ってください」と当然のようにミトロンの肘鉄が飛んできた。
もーヤダよ俺。
黄金歴148年12月 †
故郷に出発前、伯母さんが来て「今年は日記書いてくださいね(笑)」だって。
回し読みしてやがったあの冷血女!
さぁ僕が書いて、師匠と伯母さんに笑読される日記はっじっまっるよー。
妹と街に買い物に行きました。
故郷の鄙びた山村から南に下った海沿いの交易都市にね。
西と東の文化の交流点みたいな街ですわ。
あ、知りたいのはそこじゃない?
買い物って言ったけど正確には『村の魔導書、魔導器、写本等を街に卸しに行くついでの買い物』です。
あ、そこでもないって?
分かってるよ妹のことだろうハイハイ。
まぁ妹っつっても僕を「お兄さん」って呼んでくるだけの、倫理審査機構通過済みの義妹っすけど。
なんかこの一行だけで僕の妄想の産物みたいに聞こえるけど、実在するんだよボケが。
だいたい年下に興味ねーし。老眼鏡の似合うヒゲダンディになって出直して来い小娘がッ!って常日頃思ってるし、実の妹は50年以上前に死んでるしな!
なんで言い訳まみれになってやがるんだコンチクショウが。
あークソ、僕の脳内想定読者であるネームさんのオホホ笑いが聞こえてきた。しね。
カワイそう、カワイそう、ババァ二人に強制的に日記書かされてる僕が超可哀想。
もう読んでるヤツ全員死ね。伯母さんに日記読まれる前になんかの弾みで日記燃えろ。そして未来の僕は必死で逃げろ。
ああ、そうそう妹は女子力(じょしちから)高くて超可愛いから。アー! アー!
言い訳に終始してさっぱり話が進みやがらねぇ。
さっさと読み進めて下さいお願い、書いてて辛いんです。
そんで卸が終わって自由行動になったから、付いてきた妹が「買い物に行きましょう!」って言ってきたワケ。
僕は護衛も兼ねて来てるからさっさと休みたいんだけど、断ると後々厄介だからショッピングに付き合ったんですわ。
僕は手持ちが殆ど無いし、妹なんて貨幣経済の概念がうっすい村娘だから小遣い銭しか持ってないわで、必然ウィンドウショッピングに。
冷やかしで街の方々ぶらついて、疲れたからパーラーでパフェなんぞつついてると、妹が「なんだかデートみたいですね」だって。
はぁ? およめさんとの初デートをすっぽかした(死んだので)僕に向かって何言ってんだコイツは?
その後も商店で服なんぞ物色しつつ、妹に似合いの可愛い服があったら試着させたりね。
んで着てみると実際可愛いし。女子力たけーなーオイ。
鏡見てる妹は「着てみると欲しくなっちゃう……でもお金無いしなあ。もぉーなんで試着してみて、なんて言うんですかーバカぁ」だってさ!
念のためもう一度。
妹は実在するから。僕の妄想じゃありませんから。
素面で思い返しつつ書いてると、まるで白昼夢のようですけど。
唇尖らせて不機嫌アピールしてくる妹を目にしても、僕は服を買ってやろうなんて気持ちは一ミリも起きません。
住所不定冒険者で甲斐性ゼロな僕だし、こんなん彼氏に買ってもらえよボッケーって思いますし。
だから手持ち限度額でブルートパーズをあしらった髪飾り買って、「テメェにはコレがお似合いだぜ!」と妹に押し付けて買い物終了ですよ。
今日も愉快な日だったねえ!
二年ぶりに書いた日記ですが、もう限界です。許してください。
黄金歴153年12月某日 †
冬場を故郷で過ごすことになってから10年目。
ずいぶん遠くまで来てしまった。
自分が、ではない。
彼らが、だ。
一昨年に成人の儀を終えて、今年17になる少年に背を抜かれた。
ついこの前まで下から見上げてきた蒼い眼が、今は頭一つ上から僕を見下ろしている。
『ジョン先生の魔法教室』で最優秀だった少女は15で早々に結婚し、4歳になった子供に読み書きを教え始めた。
菓子を強請る側だった彼女が、今は自分の子に与える側だ。
年越しの準備で慌しい村の中、集会所の火の前でぼんやりとそんなことを考えながら紙巻を吹かす。
「50にして知命為らず、80にして何を知る?」
「いえ、特に、何も」
隣でいつものようにゆるゆると煙を燻らせていた師匠が、これまたいつもの静かな調子で問いかけてきた。
「嘘をつく時、無表情になる癖止めなさい」
「読心術は心臓に悪いから止めて下さい」
「何を考えているかは分からないけど、何かを考えているのかは分かる」
益体も無いことを、と師匠は付け足して煙管の火口に煙草を詰め込む。
なんで師匠は色々と分かってしまうんだろう?
そしてなんで僕には分からないんだろう?
「わっかんねぇなぁ〜」
「すべてを分かろうとしなくていい」
「ミトロンなんで結婚しないのかなぁ〜?」
快音一発。ちょうど後ろを通りすがったミトロンに思いっきりぶたれた。
黄金歴154年1月某日 †
15で結婚ってのはこの村じゃ珍しいことではない。成人の儀が終わればホイホイと結婚していくのだ。
女は十代の内に9割がた結婚してしまうのだ。20過ぎて独身なんて大年増の行き遅れもいいとこだ。
「……ということで、義兄(にい)さんとしては心配なんだよミトロン」
「ぶちますよ……!」
「もう3回もぶってるじゃん」
紅葉の付いた両頬を擦っていると絶対零度の視線を浴びせてくるミトロン。
「なに? もしかしてイジメられてる系? それで見合いの話こないの? 常勤サボって俺の世話してるから?」
「イジメられてません! ジョンさんのお世話は仕事として言いつけられてます!」
4発目がきた。
このビンタも世話の内なんだろうか?
「ミトロン真面目なのはいいんだけどさー、仕事に支障でるから結婚しないってのは良くないよー?」
その言葉にミトロンは盛大に溜息つき、
「ジョンさんって鈍いんだが聡いんだか……」
と憐れむ様な視線を向けてくる。
ほげーっとその視線を受け流していると、眦細めて唇尖らせる彼女。
「それじゃあ私も聞きますけどね、ジョンさんは何で結婚しないんですか?」
「昔結婚してたけど……失敗しちゃってねハハハ」
「分かりやすい嘘は止めて下さい」
本当なんだけどな。
まあ相手は男の上に、結婚と離婚がセットだったけど。
と、暫し元妻(元夫?)のロロに思いを馳せる。
「結婚しない理由は……分かるよね?」
「師がいるから……ですか?」
違うよ、と首を振る僕から、つと目を逸らす彼女。
彼女も自分で言ったことが違うと分かっているのだ。
「分かるよね?」
再度同じ言葉を口にして、彼女の頭にそっと手を置いた。
10年。
初めて会った時から幾分背も伸びて、少女から女に変わっていった彼女。
対して全く変わらない僕。
彼女はただじっと俯いていた。
「分かるよね」
念押しのような言葉に彼女はキッとこちらを見上げ、
「わ・か・り・ま・せ・ん〜」
と言いながら頬っぺたを思いっきり抓ってくる。
痛みに悶絶していると、頭に置かれた手からするりと逃れ、また明日、と駆け出していく彼女。
「ありがとね」
彼女が見えなくなってから、そう呟く。
10年間で徐々に変化していった村人の態度。
変わらぬ彼女の態度がありがたかった。
黄金歴154年2月某日 †
3年前だったろうか? ちょっとした話の折にバレンタインを話題にしたのは。
子供たちのネットワークは恐ろしく巧速で、あっという間に2月14日の慣習が根付いた。
「せんせ〜、はいバレンタインのお菓子〜」
女の子は何で集団で渡しに来るのだろう? などと思いつつ笑顔で彼女らの贈り物を受け取る。
中身は木の実を磨り潰して焼き上げた物だったりドライフルーツだったり。
チョコレートはこの村じゃ稀少品で、街にでも降りない限り手に入らない。
もっとも、その街でもチョコはおろか砂糖ですら稀少なので滅多に御目にかかれる代物ではないのだ。
「モテモテですね」
「義理だよ、義理。女の子はしっかりしてるねー」
「お世話になった人や気になる男の人に渡す……でしたっけ?」
「そそ。明日の教室が楽しみじゃない? いつもと様子の違う子が居たりしちゃったりさー」
貰った菓子を茶請けにして、ミトロンが淹れてくれた茶を啜る。
砂糖や香料を一切使わない素朴な味に、じんわりとした暖かさが心に染み入ってくる。
「ところでミトロンはくれないの?」
「お世話してるのは私の方じゃないですか」
だよね〜、にいさん一本取られちゃった〜アハハ〜、と締まりの無い笑いを浮かべる僕に溜息を吐くミトロン。
いつまでこの距離でいられるのだろう?
焼き菓子をポリポリ齧る。
コレをくれた女の子達。「お返しは3倍ですよー」と無邪気に笑う彼女たち。
いつまで僕を気軽に「ジョン先生」と呼んでくれるのだろうか?
菓子をくれた女の子の内の一人。彼女にいつも悪戯している小生意気なクソガキ。
彼は彼女から菓子を貰えたんだろうか? あした僕に「貰ったんだぜ」と誇らしげに自慢出来るだろうか?
「センセーは義理しか貰ってないんだろー」と馬鹿にしてくれるだろうか?
甘い時間はいつまでも続かない。
菓子の最後の一つを嚥下して、いつもの紙巻煙草に火を点した。
黄金歴154年3月某日 †
「……といった次第で御座います」
相談を受けた。去年の暮れに晴れてエマノンになったばかりの15歳の女の子に。
相談内容を要約すれば『師匠の世話係になったが何をしても反応が薄く不安です』ということだった。
「私に何か粗相が?」としきりに自らの非を気にする彼女。
それが取り越し苦労であるのを、師匠のパーソナリティを解説することで悟らせる僕。
師匠がいかに言葉足らずで、鉄面皮で、皮肉屋で、横暴で(これは僕限定だろうか)、そのくせ人好きであるか。
実体験を基に多少の脚色を加えて、新たな村の長の一角であるエマノンに話す。
師匠に聞かれたら煙草盆が飛んでくるであろう箇所(多少の脚色含む)に差し掛かると、彼女はしきりに、
「それはきっと師にもお考えがあって……」だの、「敢えて厳しい態度で臨まれたのでは?」
などと、恐縮しながら当人の代わりにフォローを加えるのが面白く、ついつい長話になってしまった。
「要は素直クールツン、極々稀にデレもあるよって人だから心配しなくていいよ」
との僕の締めの言葉に、?マークを浮かべながらも一応の納得をしたようで頷く彼女。
「瑣末な悩みにお時間を割いて頂き恐悦至極に存じ上げます、高弟」
大仰な言葉と共に恭しく頭を下げる彼女の前で、笑い飛ばしたくなる気持ちを必死に押さえつけた。
3ヶ月前まで「ジョン先生は私より魔法が下手だー」と、嫌味の無い口調で明るく笑っていた彼女が!
師匠に対する態度と同じように僕に接し、他のエマノンたちと同じように僕を『高弟』と呼んでる!
この豹変ぶりに笑わずにはいられなかった。
一体エマノンたちは彼女に何を教えたのか。『僕』の存在をどんな風に教えているのか。
そんなに『ネモ』って呼びたくないのか。そんなに『ネモ』を可哀相な存在にしたいのか。
彼女の背が見えなくなり、煙草一本吸いきるだけの時間を空けてから、思いっきり笑った。
胸の内に溜ってきた澱を吐き出すように思いっきり。
あまりに笑いすぎて咽た。
いつの間にか呆れ顔で横にいた師匠の、
「バカ」
という一言で、驚くほど心が落ち着いた。
黄金歴154年3月某日 †
「一般社会に適応出来なかった者を負け犬と称するなら」
程好く脂の乗った鴨を捌いていると、煙管を口に寝転がっている師匠がつらつらと言葉を吐き出す。
「あの街は負け犬の楽園ね」
下処理を進めながらボンヤリと師匠の話に耳を傾ける。
あの街、とは冒険者の集う街のことであろう。
「あんたがあの街に居ついたのは、とても幸運なこと」
冒険者なんてヤクザな稼業してるのは皆、大なり小なり負け犬ですよ。
とブツクサ言い返して、鴨の腹に香草を詰め込んだ。
「雑多な種族が入り乱れ、不老不死が大手を振って生活出来る所なんて、私は他に知らないわ」
起した火に処理を終えた鴨を突っ込む。
余った具材で満たされたスープ鍋を掻き混ぜつつ、紙巻を点けて深く吸った。
「人に会うことと食べることは似ている」
切り分けた鴨肉を咀嚼し、ワインの小瓶に直接口を付けて流し込む師匠。
「人が人として生きていく為には人に会わなければならない」
キツネ色に焼かれた皮付きの腿肉を素手で掴み、口まで持っていく師匠。
人間性は人との円滑な関係を取り結ぶために形成される、って話を思い出しつつ、僕は香草と一緒に胸肉を口に放り込む。
「同じく生きるためには食べねばならない」
指についた脂をチロリと舌で舐め上げ、香草の効いたスープで口内を濯ぐように嚥下していく師匠。
「意地汚い食い方だなぁ」
思わず感想が口を衝いて出た。だって女としてはあんまりな食い方だもん。女子力微塵も感じねーし。
「美味しく食べるのが一番」
言って師匠はぐびぐび喉を鳴らし、深い紫を身体に納めていく。小瓶が一つ、空になった。
「必要なことなら好きでありたいものね」
青臭い息を洩らしてから、ごった煮のスープを掻き込んで一気に平らげてしまう師匠。
「ご馳走様。美味しかったわ」
満足そうに一息ついて椀を置くと、手元に煙草盆を手繰り寄せて一服始める師匠。
「アンタは美味しい食べ方してる?」
天井に煙吹き上げて、師匠は涼しげな目元でこちらを流し見てくる。
ちょっとの間を置いてから、僕は食器を放り出して鴨肉の残りに素手で取り掛かる。
暫し無心で、鴨とスープをそれぞれ口に運び、ワインをがぶ飲みした。
「美味いっす」
意地汚い食い方は、美味い。
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