名簿/16999
- (夜の闇に包まれた森の中)
(その最奥部に、突如として太陽が生まれた) (光の中心部で、この世のものとは思えぬ断末魔が響き、梢を揺らす) (鳥の群れが慌てて空に昇っていき、森は時ならぬ喧噪に包まれた) (だが、それもわずかな間のこと。重い地響きがした後、再び静寂が森を支配した) --
- (光の源は、木々が開けた空き地であった。そこに巨大な影絵となっている小山がひとつ)
(……否、それは山ではない。ワイバーンと呼ばれる巨大な怪物だ) (かつて猛威をふるい、森を支配していたその怪物は、しかしたった今、絶命した) (ワイバーンの前に立つ、ずんぐりとした小柄な人物。膨大な輝きは、その鎧から生まれていた) (目の前の巨躯と比べると、それはあまりにも小さく、非力に思える) (だが、凶暴な飛竜を倒したのは、まぎれもなく彼であった) (彼の姿は、武者と呼ばれる東洋の戦士に似ていた。兜の部分には、竜を思わせる意匠が施されている) (と、光る鎧が外れ、まるでそれ自体に意志があるかのように天に昇っていった) (光が消えた後も、彼はしばらく無言で立ちつくしていた) --
- (ワイバーンの周辺には、そこかしこに小さな塊が転がっている)
(塊の正体は、何人もの冒険者の死体だ。ある者は胴体を裂かれ、ある者は腕がちぎれ、ある者は首から上がなく・・・) (昼に同じ場所を見れば、さらに細かく散らばった肉片や臓物、染みこんだ血で染まった黒い地面を確認できるだろう) (その中に混じって、夜の闇に溶け込むような、黒と赤の装甲に包まれた人影が倒れていた) --
- (正確には、それはヒトではない。神姫と呼ばれる機械仕掛けの人形のひとりだ)
(今、その翼は折れ、左足は砕け、右腕は付け根から消失している) (胸部装甲は大きくヒビが入って内側にひしゃげ、そしてカギ爪の攻撃によるものか、) (頭頂から右目にかけてが大きく削り取られ、内部のメカニズムが露出していた) (トレードマークのポニーテールはほどけ、泥の斑を浮かべた銀色の波が地面を彩っている) (神姫は目を閉じたまま、まったく動く気配を見せない・・・) --
- (その神姫の元へ、先程飛竜を倒した影が静かに歩いていった)
(近づくにつれわかるが、その姿は頭の大きさから考えると2・3頭身、影だけの姿でも明らかに普通の人間とは違うものであった) (彼は神姫の元へ着くとしゃがみ込み、そっと、優しい声で彼女の名を呼んだ) --
- (異形の人影が呼びかけると、それまで何の反応もなかった神姫に変化が起きた)
(半壊した頭部の回路に、火花が走る。イオン化した空気の臭いが漂った) --
- (うっすらと目が・・・左側だけ残った目が開く。瞳のレンズが焦点を合わせようと、かすかな動作音を立てる)
・・・ん・・・(ようやく目の前の人影をとらえるが、その姿に驚いた様子はない) ・・・あ・・・マ・・・紅主・・・さ・・・・ん・・・(唇がぎこちなく動き、微笑の形を作った) -- イモリン
- …ソーリーよ、イモリン
ミーがもっと早く着いていればこんな姿にならずに済んだね……!! (その目は、愛する者の窮地に間に合わなかった自分を責めるように) (いつの間にか降り出していた雨のせいか、それとも彼自身のものなのか、涙のようなものを流しながら) (深い悲しみの色に染まっていた…) -- 真紅主?
- 謝らないで・・・ください・・・泣か・・・ないで・・・
(起きあがろうとするが、うまく体が動かず、すぐにまた倒れる) 冒険・・・者・・・ていれば・・・こうなることだって・・・あると・・・ 私こそ・・・帰るって言ったのに・・・迎えに来てもらって・・・すみません・・・ (唯一無事な左手を上げる。フレームが歪んでいるのか、真紅主の顔まで伸びず、途中で止まる) あれ・・・? おかしいな・・・私・・・夢なんか見るはずないのに・・・あのときの・・・真紅主さんだ・・・。 -- イモリン
- (その手をとり、そしてしっかりと握り返し)
ちゃんと手も握れるね きっと誰かがミーに手を貸してくれたんだ …遅過ぎたプレゼントだったけどね -- 真紅主?
- そう・・・ですか。じゃあこれで、完全復活ですね・・・よかった・・・。
(真紅主の手を握り返す。だがその手には、ほとんど力が入っていない) あ、そうだ・・・これ・・・見てく・・・ださ・・・い・・・。これだけは・・・守れま・・・した・・・よ。 (そう言って誇らしげに微笑む。左目の視線の先には、薬指にはまったプラチナの指輪) -- イモリン
- イモリン…!
(そんな彼女の姿を見、思わずその体を抱きしめる) ミーもようやく付けれたね (左手の指輪を見せながら) これで…やっとミーたちは本当の夫婦ね -- 真紅主?
- (抱きしめられた拍子に、胸の破損部からオイルが流れ出す。しかし苦しそうな表情ではない)
(真紅主の指輪に気がつき、笑みが大きくなる)本当だ・・・うれしいです・・・。 でも・・・ごめんなさい・・・・・・結婚・・・式・・・挙げられそうに・・ない・・・(雨に濡れた顔を歪ませる。目の端から滴がこぼれる) ・・・CSCが破損・・・AIユニットも・・・半分・・・持って行か・・・れて・・・もう・・・。 (告げる内容は、こうして自我を保ち会話ができるはずがないことを示していた) (だが、弱々しいながらも、その唇はなお動き続けている) ・・・だから・・・少しで・・・も・・・長く・・・真紅主さんと・・・一緒に・・・。 -- イモリン
- (信じたくない、だが、こうしてる間にも弱っていくイモリンが)
(目の前の現実が、彼に決意させた) …じゃあ、ここで挙式をあげよう ミーたち、二人きりで……イモリン -- 真紅主?
- ・・・本当ですか・・・?
・・・はい、しましょう・・・ここで・・・結婚式・・・(泣き出しそうな笑顔で、大きくうなずく) じゃあ・・・指輪を・・・(自分の手から抜こうとして、抜くための右手がないことに気づき、照れたような顔になる) -- イモリン
- (その様子を見、イモリンを近くの木に持たれ掛けさせ、真紅主はお互いの指輪を外し)
(彼女に自分の指輪を持たせながら) …イモリン ミーの指に…付けてくれるかい? -- 真紅主?
- はい・・・
(真紅主の左薬指に、自分の指輪をはめながら)・・・私は生涯、真紅主・ウヒョーを夫とし・・・ 病めるときも健やかなるときも・・・たとえこの命が尽きても・・・あなたとともに在り、 愛し続けることを・・・誓います。(大きくないが、可能な限りしっかりとした声で言った) -- イモリン
- (真紅主も、イモリンの左薬指に指輪をはめ)
私は生涯、イモリン・ザイコを妻とし、 病めるときも健やかなるときも、たとえ、この命が尽きても彼女とともに在り、 (イモリンをまっすぐ見つめ) …愛し続けることを、誓います -- 真紅主?
- (真紅主の言葉をじっと聞き、その目を見つめ返し)
うれしい・・・これで本当に・・・夫婦になれたんですね、私たち・・・(左目から、また澄んだ滴がこぼれる) (頭の破損部分から、青白い火花が走り、一瞬だけ夜闇を照らしてまた消える) -- イモリン
- そう…(イモリンをやさしく見つめながら)
ミーたちは…これでやっと…本当の…夫婦に、なれたね (感極まってしゃくり上げながら彼女を見る真紅主の目からは、) (滝のような涙が溢れ出していた) -- 真紅主?
- はい・・・(さまざまな感情がないまぜになった表情で、うなずく)
ひとつ・・・お願いが・・・ありま・・・す。 ・・・私の・・・まだ使える部品・・・を・・・真紅主さんに・・・つけて・・・くださいませんか。 そうすれば・・・私は・・・あなたと・・・本当に、ひとつになれる・・・。 いつまでも、あなたとともに在り・・・あなたを・・・守れる・・・。 (真摯な瞳で、まっすぐに夫を見つめ、そう告げた) -- イモリン
- (その妻の目を、彼もまたまっすぐに見つめ)
…わかったね、ミーは必ず肌身離さず持つね だから…まだ、まだいかないでくれ 俺の前から…いなくなるんじゃない、イモリンッ……!! -- 真紅主?
- (悲痛な叫びに、思わず顔を曇らせる)・・・ごめん・・・なさい・・・あなた・・・。
私も・・・ずっと真紅主さんといたかった・・・・。 夏は・・・海に、行って・・・クリスマスや、新年を・・・お祝いして・・・いっぱいキスをして・・・。 -- イモリン
- でも・・・でも・・・っ!(唇をかみしめ、絞り出すように言葉を紡ぐ)
いなくなるわけじゃありませんから・・・これからも・・・ずっと一緒です。 機械の私に、もし・・・魂があるのだとしたら・・・ いいえ・・・たとえなくても、無理矢理にでも・・・あなたについて行きます。 ずっと・・・どこまでも・・・お供させてください・・・! -- イモリン
- イモリン…
そう…そうだ 俺たちは別れるわけじゃない 俺たちは、いつまでも… ずっと、一緒だ -- 真紅主?
- はい・・・ずっと・・・。ありがと・・・う・・・。(満足そうににっこりと笑う。偽りのない心で)
(破損部分から流れ出ていたオイルや冷却液は、いつしか止まっている・・・もう流れ出るものがないから) くろ・・・こさんや・・・エイミィさん、オリオナエさ・・・ん・・・アミィさん・・・ ウッターゾさんの・・・お家に集まる人たち・・・たくさんの友人・・・に、囲まれて、楽しかった・・・。 そして・・・真紅主さんと、愛し合えて・・・夫婦になれて・・・本当に・・・幸せ・・・でした・・・。 (雨に洗い清められたその姿は、夜の中でも輝いているように見えた) 真紅主さん・・・最後に・・・もう一度・・・(薄く微笑み、目を閉じる) -- イモリン
- (彼は何もいわない。ただ、彼女へ)
(愛した…いや、これからも愛し続けると誓った妻へと、静かに口を近づけて)
(最後の、口付けをした) -- 真紅主?
- ・・・愛しています・・・ずっと・・・
(夫と口づけを交わす。永遠のような短い時間が過ぎていく・・・)
(低い駆動音が一度響くと、左手が水たまりに落ちた) (それきり、すべての音が失われ・・・まぶたが開くことは、もうなかった) (半分が無惨に壊れた顔は、しかし安らかな笑顔を浮かべていた) -- イモリン
- (夫は、妻の体をその胸に強く抱いていた)
(その体から命の灯火を感じなくなった後も、いつまでも) (雨は、永遠にその刻(とき)が続くかのように、未だ降り続けていた──……) -- 真紅主?
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