昔々の出来事です。
お父さんやお母さんが生まれるよりもっと前。 おじいさんやおばあさんが生まれるよりさらに前。 おじいさんの、おじいさんの、そのまたおじいさんにとっても、昔々。 あるところに、一つの大きな帝国がありました。 かつては皇帝が治め、そしていつしか何人もの王たちの合議で営まれたその国は、 種族、身分、そんな色々な違いを受け入れる、大きな、大きな国でした。 けれどそんな大きな帝国も、盛者必衰の理に漏れることなく、気づけば滅び、 人々は散り散りになってしまいました。 昔々の出来事です。 これは、前のお話より、ちょっと最近。 お父さんとお母さんが、まだお父さんとお母さんではなかった頃のお話です。 ある所に、一組の兄妹がいました。 お兄さんは気弱ですが妹を大事にし、妹は強気ですが、お兄さんを大事にしていました。 いつしか妹の苗字が変わり、違う家に住むようになっても、二人は仲の良い兄妹でした。 小さな村の小さな兄妹。幸せな、とても幸せな時間を、二人は過ごしていました。 禍福は糾える縄の如し。楽園を奪いにくるのは、いつでも蛇のお仕事です。 しゅるしゅるという蛇の声によって、その幸せな村は、突然の終わりを迎えました。 幸せな兄妹は、幸せではない兄妹になり、そして最後には、兄一人。 ただの少年が残りました。 昔々の出来事です。 君が生まれる少し前。それでも昔の出来事ですから。 物語って、そういうものです。昔々の出来事です。 ある所に、一人の男の子がいました。 何も持たない、何も持てない、何もかもを捨ててしまった、そんな一人の男の子。 そんな彼は、ある時、学校に通うようになりました。 そこで出会った色々な人や冒険は、聖書くらいながいながーいお話で、とても口では言い切れません。 つらーいこともありました。かなしいこともありました。 うれしいこともありました。たのしいこともありました。 ひとりのこともありました。ふたりのこともありました。 たくさんのことも、たくさんがへったこともありました。 何もかもが、そこにありました。 ![]() これは今の出来事です。 君が生きる、今この時のお話です。 すべてを失った男の子は、すべてを取り戻すことはできませんでした。 しかたありません。よくばりは、ばちがあたりますからね。 でも、それでも。 男の子は心の中に、ぬくもりを手に入れましたとさ。 ![]()
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