And one last time to be the one who understands?
- 満月の夜の貧民街、ややマスターの拠点に近い路地を、ランサーが警戒していると
数人の男の影が、不意に現れる。全員ほぼ黒ずくめと言っていい、異様な服装。
月光で照らし出された一団のうち、一人だけ図抜けて背の高い男は、この街では珍しい、黒い肌を持つ人種であった。
その巨漢が指示を出すと、男達は直ぐ近くで眠っている浮浪児たちへ、音もなく忍び寄る…恐らくは
この辺りでは珍しくもない、人攫いの類だろう --
- (襲い掛かってくる敵はいかなる手段であれ正面から打倒する。それが男の信念であり、それが可能なだけの力がサーヴァントにはある)
(だがその邂逅は奇妙なものだった。マスターを狙ったものではなく、しかし明らかに尋常ならざる風体のものども)
(夜の静寂(しじま)を悪用するように、スラム街の恵まれぬ子供へと魔手を伸ばす。尋常ならざるに加え、無論、善性とも思えぬ振る舞い)
(男には義侠心がある。たとえそれが普遍的であれ、一も二もなく足が動いていた)オイ手前ェら、そこまでにしとけ!
でねェと痛い目見るか、さもなきゃ二度と痛い思いができなくなるぞ。出方次第じゃ後者のほうが早ェかもな(剣呑に言う男の雰囲気には人ならざる漲る力があり) -- ランサー?
- (恐らく隠密行動は得意でも、実力はそうでも無いのだろう、気押される黒衣の者達。)
これはこれは…随分と勇ましいですな。
(その中でただ一人、ランサーの威圧をものともしない巨漢が、一歩前へ)
ですが…相手がいささか悪過ぎましたな。来世ではもう少し利口に生まれてくる事を期待なさい…貴方もそう思うでしょう?
(キャスターとは直接呼ばず、奇襲も兼ねて念話による合図を下す。今宵は満月、十全の力となったキャスターの力が如何程のものか…男は興奮を内に秘め、己が僕へ目前の敵を打倒せよ、と念話で命令した) -- シャンゴ
- (敵が余計な反抗をしないならば威圧で抑える。そのほうが生き残った連中が口伝えで仲間どもにも恐怖を伝えてくれるからだ)
(だが頭目と思しき男はそうもいかないらしい。放たれる魔的な雰囲気に、英霊の片目が顰められた)
へェ? 言うじゃねェか、まるで人でなしの守護神でもついてるみてェだな。え?(野卑に笑う。いかなるものが出てきたとて抗う、それが男の生き方)
(ここにいない誰かに呼びかけるような言葉。それが使い魔か、さもなければより強大な存在への呼びかけであることは類稀な心眼によって見切れた)
(黒外套のまま、いかなる場所からいかなる方法であれ、奇襲を受けたとしても対応できるよう、腰を落とし感覚を全方位に放射する)
(はたしてきたるは魔かあるいは、よりおぞましき何かか) -- ランサー?
- (満月されど薄曇り、朧月夜の真円は夜天を覆うように輝く。錆びたスラムに落ちる月光は、その穢れを浮き彫りにする)
(喩えるなら穀倉を荒らす害獣の鼠を駆除するさまや、住宅の裏手に放たれた火を消し止める水である)
(貧民窟に巻き起こったこの火花を抽象化すれば、正義と悪の構図である。悪側は恰幅のよい猛威を示して、正義は一歩も退くことは無い)
(観客のおらぬ活劇である。けれど、その路地へ“流れ込む”おかしな魔導の気配は、立場こそ悪玉であれど、そのどちらも興味が無い)
(シャンゴが手を翳せば嵐を巻き起こす事が出来るとして、その嵐には悪意も善意も無く風を吹かせ雨を降らすように)
(────黒い靄はどろりと満ちて、十字路に顕現する男の姿はまるで自然現象のように、殺意も何も感じられはしない)
(濃厚な魔導が満ちているのに、それは善玉の男へ向くでもない。ただ、雨の気配を感じさせる黒雲の如く留まるのみだ)
あ、あぁ ぁ 違う。 違うんだ、そんなつもりじゃなかった。違う。そんなこと、やりたいわけじゃないんだ。
やめてくれ、そんな眼で見ないでくれ。やめろ。やめてくれ。違う。嫌だ、誤解をしないでくれ。そうじゃないんだ。
違うんだ。誤解なんだ。あんな幼い子達を殺めるつもりなんて無かったんだ。あんなのは、違う。違う。
でも、手に、命の潰える瞬間が記憶されている。いつでも、思い出せるくらい鮮明なんだ。悔いている。恥もある。
違うんだ。でも、そうじゃないんだよ…………!!!(そして、男は慟哭する。誰も目に入れず、ただ漫然と姿を現す) -- キャスター
- (天に満つると書いて満天。汲々とした真円は、ぴり、と静謐に包まれつつある貧民街にさえその明かりを落とす)
(清らかなるは悪しきを切り出し、浮かび上がる漆黒は人の業。燃え上がる敵意には、天秤の何れにも違いはなく)
(飄、と。音ならぬ、肌にさえも当たらぬ風が吹いた。それは魔の風、数えられぬ元素、すなわちエーテルの風である)
(だが感じられるものがある。おぞましさである。それは風のようでありながら、タールのようにどろりとして、鉛のように重々しかった)
(気も言葉も魔も散らし、現れた男の姿は、それだけを見るなら魔術師然としている。その力の度合もまた)
(だが魔術師ならば精神は均衡していることだろう。アストラルの世界に思いを馳せ、超然とした意志を向けてくる)
(男にそれはない。譫言のように繰り返される囁きは口訣ですらない嘆きのもので、それさえもこの場にいる誰もに向けられたものではなく)
(まるで己だけが何か凄惨たるものを見、辛苦に包まれ、無窮の罵詈雑言に苛まれているかのように)
(自らを詰るという「目」を見返す眼にはただ暗澹のみが映り込む。精神は空虚ではなく、しかし正常でもなかった)
(無論、清浄でさえもなく。一言で形容するならば……)……イカれてンのか?
(狂、であった。バーサーカーの持つ、強敵に相応しき狂的な機械意志とは裏腹に、それはただ散々(ばらばら)である)
(さりとて、物狂いのように隙だらけではない。天に昇る月に似て、円状に放出される魔力の気配。人ならざる力の滾り)
(紛れもなく英霊の証、だが、嗚呼、男はその明かりゆえに狂っていた)
……まァいい。おおかた、キャスターの位階ってとこか。だったら話は早ェぜ。
(男の姿が変わる。蒼を貴重とした外套を鎧が包み、虚空から引きずり出されるは、鉄柱のように太く長い斧槍)
―――シッ(摺り足で一歩。かつん、と銀の義肢が地面を叩けば三歩分を瞬時に踏み込み)
(寸分の狂いもなく。嘆く魔術師の喉元めがけ迫る穂先) -- ランサー?
- …失敗しましたかね(満月の狂気が、疲弊した心のキャスターをさらなる高みへ押し上げるかと予想していたが)
やれやれ…まさか主が僕の尻拭いをするとは…(指を鳴らすと、シャンゴの両側に姿を現す、人程もあるハゲワシとチーターの霊)
…下僕よ、我が崇めし神と精霊の名において命ずる、人の身を、理の束縛より解き放て
(呪文を唱えた瞬間、動物霊は男に最も近い黒衣の者にそれぞれ憑依する、次の瞬間、二人の男はもがき苦しみながら、たちまちのうちに禿鷲とチーターの獣人へと、変化を遂げた)
(襲いかかる様子を見せないキャスターに対し、獣人と化した男達は、殺気を漲らせランサーを睨む)
いけ(巨漢が短く命じると、まるでキャスターを庇う様に、二体の獣人はランサーとキャスターの間へ割って入る) -- シャンゴ
- な……ッ!(奇襲といえばその変貌がよほどの奇襲であった)
(サーヴァントを従える以上、大なり小なりマスターは魔術師の素養を持つ)
(すなわち、このような邪術もまた扱えて当然。獣人そのものへと変貌した二体の獣は肉の壁のように滑り込み)
邪魔しやがってッ!(槍を引き、その場で舞踏を刻むように回転。なぎ払うような斧撃を以て獣人たちへの牽制とし、キャスターによる追撃に備え素早くバックステップを取った)
邪教の輩ってワケかい、「らしい」手合いに巡りあうたァな(十分に距離を取って着地。まずは手勢の排除、とばかりに獣人どもへ向けそれぞれに二度、合わせて四度の刺突を見舞う) -- ランサー?
- (戦乱の巻き起こる場所には前兆がある。河を遡れば山の源流に行きつくし、材料から人工物は組み上がってゆく)
(日中に挨拶が交される井戸端に戦いの気配は無い。血液の薫りに飢えて、鉄さびを指で撫で付けて、鬨の声が上がるのが戦場である)
(果たしてこの一角は火薬に導火線が繋がれ火が灯された、戦場に足る場所であった。しかし、彼は変わらない)
(敵意を向けない。武器も向けない。剣の火花舞い矢が突き刺さる場所においても、月はそれを見下ろすのみである)
(男は超然としていた。ただ自分にのみ視線を向けて、月を視るたびに躰を震わせて、狂乱して散具破具の言葉を並べるのみだ)
嘘だろう。なんで。返事をしてくれ。俺の名前を、お前から聞かせてくれ。やめろ。いかないで。待って。やめてくれ。
(色褪せたコートに軍帽を冠る。夜闇にそれは黒衣に見える。魔術師というていではない。されど、覆い隠せぬ魔導がある)
(槍士が下した穂先は喉元へ届かない。日光の道筋にも似て真っ直ぐした一撃は、軌道が逸れて止まる)
(闇の中から這出てくる。穿った穴のごとき歪な瞳から、炉から漏れだす炎のような輝きを放つ“生き物”が居る)
(それには漆黒の毛並みは尻尾まで続いていて、大柄をしている。虎程度の大きさもあろうか、動物は牙をもって槍へ飛び掛った)
(そして止め、主人への攻撃をとどめたのだ。凶暴に唸る、唸る。魂をゆすぶって壊すような、唸り声がある)
<GUUUUAAAUUUUUUU....>
(それは黒犬であった。悪魔の写し身の様な黒犬であった。地獄で死を司る黒犬であった。槍から牙を離して、主人の傍に寄る)
(漸く、ひとときの正気を取り戻したと見えて、キャスターは語り始める)誰だ……お前…………。 -- キャスター
- (如何に身体能力の上がった獣人といえど、英霊の前にはなす術もない)
(綺麗に仲良く、胸と頭に風穴をあけられた二体は、崩れ落ちる)
(続くキャスターへの攻撃が、見覚えのある黒き巨大な犬に阻止されるのを見た男は、ため息をつく)
遅い目覚めですね、戦いはとっくに始まっていますよ。
(攻める様な視線がキャスターへと向けられる…最も、あの状態では気づいているか怪しいが)
(一方、死した二体からは先程の動物霊が離れ、再び別の黒衣の者へ。)
(変化は同時に、風穴のあいた死体はあっという間に人の姿へ、逆に憑依された者は先程と同じように獣人へと姿を変える)
後はサーヴァントに任せましょうか…(獣人に睡眠薬を嗅がせたのだろう、これだけの戦闘があってもすやすやと眠る子供達を抱えさせ)
(自分達は、一歩引いた所から二人の戦いを眺める。)さあ、見せるのです、貴方の真の力を… -- シャンゴ
- (邪魔者を穴空きに変え、二度目の刺突。だがそれは黒犬の牙によって阻まれた)
(纏う雰囲気と魔導は魔術師のそれ、装いは軍人の如く、零す言葉はまさしく狂人。汝は何者なりや?)
(はたして何者ならざる男の焦点が合った。蒼の槍兵へと。問いかけるような言葉、"汝は何者なりや?")
名乗っといたほうがいいか? ランサーだよ、手前ェと同じだ。
(真名を名乗ってやってもいいと思ったが、続くマスターの振る舞いを見て気が変わった)
(敵はどこまでも邪道であり、邪悪だ。己の部下らに対する憐憫など、この場に残された平穏ほどもない)
(獣は三体、邪悪はひとつ。うち二体の獣人が子供を抱えたのを見てそちらに矛先を向けかけた槍兵だが)
(舌打ち。蒙昧な術者はさておき、黒々とした番犬は、なおもって自らに牙を剥いている)
……(さながら罪人の心臓を食らうアーマーンの如く。地獄を守護するケルベロスの如く)
(餓鬼が思うままにキャンヴァスにクレヨンを走らせたら、こんな歪な瞳が描けるのだろうか)
(周りの事も厭わず炎を燃やしたなら、あの輝きを垣間見えるだろうか)
(雷鳴響く夜に飛び出し、大きな樹の傍に寄っていればこんなうなり声が聞こえるだろうか)
(魔である。まごう事無き化物。主人を守るような振る舞いに害意がないのは、ほかならぬ狂人の指示がない故だろう)
(動物霊の加護を失い、人へと戻ったことには感慨さえ見せない。邪悪貫くべし、中庸たる男の意志は変わらないから)
夜暗に紛れて魔力袋の調達ってわけか。腐ってやがるぜ、バーサーカーの野郎といい勝負だ。
(吐き捨てるように。たとえキャスターがそれを肯定していようと否定していようと変わるまい)
(サーヴァントの業を背負うべきがマスターの使命であり、マスターの行いはすなわちサーヴァントへと伝搬する)
(わざわざ子を求める理由など一つだ。人の精髄こそ英霊を強める最大の糧、高みに実った芳醇な葡萄なのだから)
まずはその駄犬、串刺しにさせてもらうぜッ!!
(三度の踏み込み。怒りが脚へと伝わり、石畳を踏み砕き。足元に蒼い炎がゆらめき、穂先にもまた微かな浄火の輝き)
(まず四足のうち、両前脚を狙っての二段突き。攻撃の如何に拘わらず、黒犬の胴体下に斧槍を滑りこませ)
(錨を上げるが如くに斧刃を振り上げる。俊敏さを奪った上で真下から獣を両断しようという魂胆、はたして地獄のそれに通じるか)
-- ランサー?
- 違う。(否定短く首を振る。自らの意志が行うのではない。けれど、別の視点から見れば“罪の意識”すらない悪辣だ)
(狂病に侵されて月の燐光に叫ぶ男も、その矛盾の論理には気づいている。だから、否定も肯定も自らの心臓を抉るのだ)
(青鎧の男はランサーだと言う。風体も良いし逞しい。槍使いに恥じぬ格好だ。悪と正義とは別のその点でも対称的と言える)
やめろ、もう、やめろ。毛むくじゃらの・ジャック!! 襲えっ!!(命令は一手遅い)
(月光に顕になるその姿は、長毛種の犬の様だ。身構えた所へ機先を制され、イニシアティブを奪われる)
(毛に包まれた前肢も容易に刃を通さない。然し、その穂先の蒼炎が毛を灼き傷つける。ヘアリー・ジャックは低く唸った)
物品作成。(その瞬間に詠唱もなく短く、スラム街に魔術的な稲光が光り、不潔な壁を照らした)
((ガキッ)斧槍は振り上げる最中で弾かれる。キャスターの手には直刃の洋剣が握られている。斬撃は迅速に下った)
(先程までの狂気は何処へ消えたのか、瞳に闘志が満ちている。心に渦巻く雑多な悲哀や怒りを向ける先を得たのだ)
(桶の底に錐で穴を空ければそこから水は一心不乱に滴る。まるでそのように、愚直にランサーと相対する)
(ヘアリー・ジャックが“伏せ”の体勢になって傷を癒す。その隣で、声が響いた)
びくともしない 梃子を使っても 滑車を使っても 景色は身動ぎ一つせずいつもと同じように佇んでいる
うんざりした場所を変えるために 三本の釘つき王冠に祈った ダビデの女神はそれを聞き入れ 不屈の精神を齎してくれる
今ならライオンの口だって両手で抉じ開けられるんだ 見てろよ あっと言わせてやるぞ
来い リインフォース
(それは殆ど一瞬の出来事だった。何節もの詠唱を瞬間でやってのける)
(海で必死に藻掻く人間を笑いながら、ひれを蹴って快速でとなりを駆け抜けるイルカのように優雅ですらあった)
(紅の靄がキャスターの手と剣に纏い、今しがた斧槍を止めたその剣で、斧槍を下方から上方に払う)
(その膂力はランサーを持ってしても驚嘆せしめる程の、重い重い一撃であった) -- キャスター
- 素晴らしい…(知らず、笑みが零れる。)
キャスター、これ程の力を持つとは…ふふ、素晴らしい、実に、実に!
ああキャスター…これからが楽しみですよ、貴方となら、私はもっと戦える…。闘争の輸悦に、身を浸す事ができる…!
(邪悪な笑みを浮かべ、キャスターと対峙するランサーを眺める。)さて、彼はどこまでやれるか…まあ、いざとなれば
(獣人達が子供へ目を向ける)切り札もありますしね(それだけ言うと、静かに戦いの成り行きを見守る…) -- シャンゴ
- (先の譫言からして、キャスターの狂気の原因が凶行にあるのは察しがつく)
(悲しきかな、男にそれを焼き払う以外に救ってやるすべはない。憐憫を見せるなど以ての外)
(ならば突き刺してやるほかない。槍兵たる所以はときに残酷でさえある)
(男は中道である。善には拠らず、されど悪に憤る。偽善を笑い、偽悪を疎んじ、真なる中立を掴みとる)
(その様の如くに。獣を正中線から二つに断ってしまおうと、膂力は天へ向けられ……)
(けれど。口訣は刹那に。ロングソード……およそ儀礼用以外には魔術師にはそぐわぬもの)
(黒犬のそれよりもなお炯々と。ついさっきまで痴れ狂っていた男の双眸に宿る理性と闘志の輝き)
(度を超えればそれも狂乱となろう。嵐の前の静けさ、荒波を揺蕩う船を導く灯台のように、自らへと敵意は向けられ)
(只々に真っ直ぐ、手の中の刃めいて研ぎ澄まされる。犬が退き、従者にして主が前に出た)
(魔力強化の呪文か。魔術に乏しい男はそれを察するにとどまり、ましてや口訣は先と同様、刹那)
(キャスターの所以。高速にして多重の詠唱、その結果としてエーテルは赤に染まり、まとわりついた)
(「ギィン!!」 歴戦の闘士のように重く鋭い剣戟。眼帯に隠されぬ鋭い瞳が、驚愕と敵意に見開かれる)
ぐお……ッ、これがサーヴァントの魔術かよ……(力業が通じない、そも魔術とは"魔"の術、すべである)
(魔に使役され、狂を以て魔に染まるものならば、それを尋常なく操れる自明の理)
(万能で当然。強力で当然。だがそんなことは知り得ている。無数の転生はそれを打ち破るためにあったのだ)
(蹈鞴さえ踏みそうな衝撃。銀の義肢を「ガン!」と重く地面に落として踏みとどまるさまは海原に聳える岩場のように)
(弾かれた斧を、下ろす。力のままに。弾かれようと、防がれようと、そらされようとお構いなしに)
(さらに横のなぎ払い。優雅な鰭を体ごと断ち切ってやろう、とばかりにぐるんと踏み込んでの一回転)
(重量に引かれるようにして斧撃のあとに背を向け、振り返るときにはなおも愚直な刺突が胸部中央を狙う)
(一歩ごとに地面に足跡を残し、踏み込み、攻め立てる。魔術師の口訣のように、槍兵の攻撃もまた刹那、刹那、刹那)
燃えちまえ……ッ、《浄火の蒼炎》ッ!!(穂先を「ぼう」と蒼い炎が包む。ダメ押しの真名開放に全体重を込め、ただ貫く一心の突き込み!) -- ランサー?
- (キャスターが現界した時から流れて満ちる不可思議な黒い靄は、視界の遮蔽も無く、ランサーに些細な影響すら与える事も無い)
(されど、深淵の魔導である。世界の狭間の裂け目から立ち上る、屍臭の如き花香が如き魔力そのものである)
(黒濁色の魔力は、魔力そのものが可視化される程高められたものである。それはキャスターが源流となっているようだ)
(至近での近接戦闘を行えばその濃度も必然的に高い。それが、僅かながらランサーの膂力を圧倒する論理となる)
(この場こそが魔術師の紡ぐ“領域”なのだ)すー……。(体内を調律する呼吸を行う。武術の心得の片鱗が見える)
(銀の脚が地面を踏みしめ留まるのを見た。筋力増強に相当の魔力を注ぎ込んだと言うのに、この男は耐え切って見せる)
(満月を見た哀しみも、幼子を殺める悔みも、ほんの少しだけなりを潜める。自己中心的に、ひと時の享楽に身を委ねた)
(生来の性分だ。他人と業を競うのが無闇に楽しい。幾度となく鍛錬し研鑽した思い出が黄泉返る。口元が愉悦に歪んだ)
(スラムの小汚い十字路は舞台に、月光はスポットへ早変わり。ここはキャスターにとって闘技を競う戦場となった)
(振り下ろされる斧槍は月光を反射して、ギロチンの刃となり落ちてくる。洋刀を斜めに構えた(キッ ィ ィ ィ イイ))
(魔術の技量だけではない。純粋な剣技として、膂力も踏まえてそれを片手で地面へ受け流す。魔法のように斬戟は流された)
(けれど、続く胴薙ぎは海も割るように凄まじい。避けるも叶わず、先程の様に流すにも横薙ぎでは二進も三進もいかない)
((ギッ)下方から、視界の外側からヘアリー・ジャックが飛び上がり、巨大な爪で斧槍を弾き、それを重ねてキャスターが剣で流す)
(攻防譲らない。片や、魔術を弄して黒犬を従え柳の柔軟で受け流す。片や、巨木の貫禄が長き年輪の記憶と膂力で連撃を飛ばす)
(決着の時は来る。身構えたランサーの槍そのものを体現する突きの一閃へ、キャスターが洋剣の突きを合わせた)
《バトル・クライ》、かぁああっぁああ!!!(手元が“ぶれ”る。空気と音を置き去りにして下る真さしく神速の突き)
(斧槍が腹を翳めて裂傷を負わせ、空気を焦がす音速がランサーの脇腹を裂いた。魔術に加えて宝具が互角まで差を詰める)
(けれど、)…………? ?? 何、だ。うわあ 熱 い 熱い、痛っづ………!!! あ、あ゛ぁああ!!!
(炙る。炙る。蒼炎が、キャスターの魔性を炙る。その魔性の源泉となる狂気を炙り、呼び醒ます)あ、゛あああ!!
いやだ、やだ、もう思い出したくない。やめてくれ。あの時の事を見せるのは。絶望を突き付けないでくれ。もう、駄目なんだ!!
う、ぁあああ!!(ランサーから離れ、炎に喘ぎ苦しむ。それは尋常のものではなく、聖火に灼かれるフリークスに等しかった)
(辛うじて逃れたヘアリー・ジャックが頼りなげに主人の傍を歩いている。闘志も青い炎に掻き消され、無くなってしまった) -- キャスター
- ちぃ…!(忌々しげに、槍騎士の宝具と思われる蒼き炎を見つめる)
どうにも、攻めている分にはいいのですが…守勢に回ると脆いことこの上ないですね…(策が必要か、頭では如何にあの状態のキャスターを扱うかを考えながら)
今日の所はお開きですね…おめでとう、貴方の勝利です…さあ、景品を受け取りなさい
(そう告げると、男が獣人達に合図をする)
(そして、次の瞬間、獣人達は未だ眠りの中にある子供達を、空高く投げ上げた!)
では、我々はこれで…うまく受け取って下さいよ(嫌味な捨て台詞を残し、夜の闇へと消えていく。キャスターへのフォローは無い。それは)
(キャスターのサーヴァントの実力を、彼なりに信用しての行動) -- シャンゴ
- (キャスターのクラス特徴たる「陣地形成」。それはサーヴァントとしての特性だが、それ以上に)
(魔術師という業そのものに通じる。居を構え、方陣を敷き、道具を散らばられ、大地と同調する)
(魔術とは、すなわち。世界と通じるわざ。ゆえにこの場そのものを己のものへと傾ければ)
(そして引き出せば。黒き瘴気はその深い狂気に似て、キャスターの力となる)
(源泉たる呼気を以て気が練られ、新たな魔力の呼び水となる)シュ―――ッ(男もまた、鋭く律した)
(さて。二度の攻撃は紙一重とも余裕ともとれる受け太刀にてそらされた)
(目下、片鱗と見えたそれは、サーヴァントに成ったことでかさらに研ぎ澄まされているらしく)
(魔術の力を得たとはいえ、男の体に、魂に刻み込まれてきた術理にさえ対抗しうるもの)
(魔術一辺倒ではない。おそらく生前には、ありとあらゆる道具、技、そして術理を用いたのだろう)
(器用なものだ、教え子か同僚か、さもなければ喧嘩友達ならば、そんなふうに賞賛していたに違いない)
(己の従僕たる獣さえも交えてのパリィング。見事の一語。一撃一撃が重塊たる斧撃は防がれ)
(そして刺突。貫く意志に対するはまた宝具。名付けられ冠され研ぎ澄まされた、技)
(戦賦(いくさうた)の名を持つその技は、煩わしい音さえもあとに引いて引きぬかれ)
音を超えた……ッ!?(驚愕。刃は土手っ腹を貫きはせず、外縁を噛む)ぐゥッ!!
(仮に相手が、魔術ではなくこの技をもうほんの少し信頼し、研ぎ澄ましていたなら)
(闇に散らばったのは血ではなくはらわただったことだろう。切り裂かれた疵に、男が呻く)
(ただの魔術師ならば力業で如何とも出来る。力量を心得たものならば術理でなんとかする)
(だがそこに武技まで加わったならば。それは男がもっとも苦手とする、自分の鏡像―――即ち、「戦闘者」だ)
(技も力も術理もあるもの同士、切り分けるのははたして正気か狂気か。はたしてその決着は、遮られた)
!! 野郎ッ!!
(狂気を呼び起こしたキャスターに、慈悲深き一撃を見舞おうとした直後。空へ投げ出される子供ら)
(薄汚いが、罪もまたない者たち。男はそれを見逃すことは……できない)
く、そ……ぐッ!!(腰を落とし、跳躍。「ぶじゅっ」と生々しい音を立て、傷口から血が飛沫く)
(存外に深い。痛みにもんどり打つ間も勿体無く、壁を蹴り三角飛びで飛距離を稼ぎ)
(宙空で子供らを抱きかかえ、疵の影響により着地に失敗する。幸いにも、腕の中の子らはすやすやと眠っていた)
野郎……ッ!! キャスター、手前ェは……ッ、糞、聞いてるのかッ!
(届くはずもあるまい。しかし慟哭のように呼びかけるほかはなかった)
(狂うのもよかろう。だがお前は、あのマスターに従うのかと)
(問いかけざるを得なかった。サーヴァントとして、戦士として、戦闘者として)
(疲労の蓄積、そして意識の散漫が影響し、宝具たる青の炎は消えた。もはやそこは戦いの場としての空気を保てない)
-- ランサー?
- (人形の扱いよりも抵当な、乱妨極まる投げ捨てを食らった子供らを眼で追う。ランサーが身を呈して庇護うのを見届けて視線を離した)
(全身から一雫も力を無くしたように膝から崩れて、焼け爛れた肌や腹の傷口から鮮血を滴らせる。スラムに赤がぽつぽつと落ちた)
他に縋るものが無いんだ。(瞳の奥底に確かな“人道”が垣間見える。主人の振る舞いを神経が裂ける程痛ましく感じている)
奪われた、単なる、単なる、暖かな家庭の幸せをアストと築きたかっただけなんだ。俺の全てが奪われて、俺の全てがご破算だ。
どんなに酷い事をしても、どんなに咎められてもかまわないと思っている。母親の前で子供を縊り殺す事だって躊わない。
見ただろう。あんな事を幾度となく主人は行う。後戻りの出来無い切り立った崖道を真っ逆さまだ。
そんなつもりじゃない。そんな事を望むものか。でも。でも。でも。でも。寂しくて、寂しくて、寂しいんだ……。
ああ、ぅ ぅうう……う、げほッ、 ぐっ、う、うう……。(涙を流している。血に涙が綯交ぜになり地面に落ちる)
(ヘアリー・ジャックが傍で主人の傷口を舐めていた。魔力の譲渡を行なっているようで、深からぬ傷は少しだけ癒える)
う、ぁああ!!(満月を見上げた。吠え声が高らかに響いた)……どうして。なんで、動かない。体温が、消えてく。
どこへいってしまったんだ……。(俄かに黒い霧が立ち上る。魔術による視界の遮蔽であろう)
(それが晴れる頃には黒犬の姿も、キャスターの姿も無い。ただ滴った血の跡があるのみである)
(ただ満月だけが変わらず、嘲笑うようにスラムを見下ろしていた) -- キャスター
- クソッタレ……が、はッ(喀血。広がった疵が内臓に達したか)
(纏い付く瘴気、それそのものが宝具たるそれによって魔力を防護すべき鎧は意味をなさず)
(男の肉体は真の意味で切り裂かれていた。立ち上がることも難しく、ただ吐き捨てるような)
(零れ落ちるようなキャスターの言葉を耳にする他にない)
(固有名詞には当然覚えがない。だが、その言葉に込められるもの、そして意味は、痛いほどわかる)
(ヤツもまた愛する人を喪ったもの。自分と違うのは、それが納得できるものだったかどうかだろう)
(寂寥感。孤独感。たとえ刃でなくともそれだけで人は死ぬ。死んだのだ。その成れの果てがここにいる)
手前ェの言うアストとやらに、手前ェの中のそいつに顔向け出来るのかよ!
「でも」で収められることじゃねェぞ、たとえ手前ェが英霊でもだ! あれは、ありゃア……闇だ。
(呪いだ。令呪という名の呪い。英霊という名の呪い。絶望という名の呪い。狂気という名の、呪い)
(金色の月がただ昇る。それを黒雲が覆い隠し、同時にまた、英雄の姿を隠すように瘴気が立ち込め)
クソが、待て、おいッ!! キャスター、手前ェはただ逃げてるだけだぞッ!!
……ボケが、次は、逃さねェ……ッ!!
(滲み出るような言葉。それは届いたか否か、苦渋に闇が晴れた頃には姿もなく)
(涙と血の染みをしばし呆然と見届け)
…………クソがァッ!!
(がつん、と。己の疵が広がるのも厭わず、渾身の力を以て血痕を、殴った)
-- ランサー?
- ここ……で、いいの…かな?ト、トナウ…です……次、冒険、一緒…だから、よろしく……ね?(同行挨拶に来た少女) -- トナウ
- お、わざわざすまねェな。よろしく頼むぜ!(ニカッと挨拶する黒スーツ黒コートの疵だらけ男。コワイ!) -- ランサー?
- ひゃ!?……う、うん……よろしく…!じゃ…!(大きな男の人コワイ!逃げるように帰って行った) -- トナウ
- おいどうした、ンな脱兎みてェな勢いで!? ……ビビらしちったかな。 -- ランサー?
- (その場所は、シルキィの森からそう遠くないところから、彼女の森へと向かいよたよたと力無く歩く一人の少女の姿)
(膝まで届くほどの長いウェーブの黒髪と、深い夜の闇を思わせるドレスが印象に深い 聖杯戦争のマスターの一人)
(ただ、その様子はラーメン屋で見かけたそれよりも ずっと弱弱しい)
(咳をしながら、魔力を求めるかのように 森へ向かって歩んで行く) -- アイリス
- (以前の一件に対する興味からか、足が自然と件の森に向いていた)
(だがランサーがそこにいたのは何より、清廉な空気の中に感じるどことない歪さゆえか)
(シルキィもライダーも姿なく、余計な刺激をしないために今日のところは引き上げるかと思ったところ)
……アイツか(先月遭遇したバーサーカーの凶行を思い出し顔を顰める。が、それはそれ。狂戦士との戦闘も視野に入れ、堂々とアイリスの前に歩み出た)
どうした? 妙にふらふらしてるじゃねェか、サーヴァントに魔力吸われてボロボロってとこかい。 -- ランサー?
- ……けほっ……けほけほっ……(咳をしながら声をかけられた方へと振り返る)
何よ、ランサー……五月蠅いわね。……別に、私は元々体調が悪いだけよ、体が弱いの
(心配されているのがわかりつつも、つい憎まれ口を叩いてしまう)
(敵になるサーヴァントであったから。自分のサーヴァントに身を蝕まれているのを悟られてはいけないとおもって)
(彼のお節介なところも嫌いではないし……きっと、こんな場面でなければ仲良く出来たかもしれないけれど)
(咳をしながらも小さく質問する)
……今日はマスター 居ないのね、一緒に居なくていいの?……あんな幼いのに -- アイリス
- ハッ。減らず口は調子いいみてェだ、元気なようで何よりじゃねェか。
(これみよがしに葉巻でも吸ってやろうかと思ったが、さすがにそれは性格が悪いか、と思い留まりつつ、しかし皮肉は言う)
いいや、嘘だな。ヤツのあの力、あれだけの現象を起こせるのは間違いなく宝具の賜物だ。なにせ心臓を持ってかれたからな。
あンなふうに瘴気と魔力を垂れ流しにしてるサーヴァントを連れてンだ、体にかかる負荷もハンパではねェだろうな。
(あっさりと原因を指摘してみせ、続く質問には片眉を釣り上げる)
そりゃ警告か何かか? 今はキリルの時間だからな、心配はいらねェよ。何かありゃすぐにオレが飛ンでいくしな。
……マルチナはキリルと一体化してるのさ。だから、オレのマスターは二人で一人いるってわけだ。おっと、よそのマスターのお家事情なンぞ聞きたくなかったかね。
(わざとらしくおどける。子供を相手にしている大人の風体である) -- ランサー?
- ……ええ。ちょっと風邪をこじらしているみたいなの……元気なら今すぐにでもバーサーカーを呼ぶのだけれどね……残念だわ
(咳が飛ばないように両手で口元を覆い、時々顔を背けながらも話を続ける……けれど)
あ……そう。(ばれている)
(はぁぁ……と深く溜息を漏らす、嘘が通じるタイプでもなさそうだ。体調が悪い原因も理屈もその通りだったから……黙ってはいたものの、鬱陶しそうにランサーを見る目が「その通り」だと語っているに等しい)
……別に。幼いマスターだとばれたら、捕まえられて即殺される危険もあるでしょ?
…………へ?(マスターの秘密を、あっさりと喋るランサーに驚きの目を向ける)
(茶化しに、子供扱いされたことに憤慨もせずに)
寧ろ……他マスターの情報が少しでも入ればありがたいわ……けれど
何でそんな事を言うの?貴方のマスターなんでしょう……?
もし……私がサーヴァントに私の事を洩らされたら、きっと怒ると思うし&br; 何より、些細な事でも私は伏せようと思うの。……だから
(信じられない、と目を丸くしてランサーを見つめていた) -- アイリス
- (きょとんとした様子のアイリスに対し、ランサーは不敵に笑う)
あいにくだな、オレのマスターもマスターであっさり真名をバラしちまうようなヤツでよ。ま、ありゃ迂闊だったみてェだが。
たしかにそれが普通だろうよ。敵に正体を悟らせず、手の内を明かさず、情報において優位に立つ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、って言葉が常勝の戦略だとされるように、不敗の心得はその逆ってわけだ。
だからこそ、自分は報せず、相手を知る。その駆け引きもまた聖杯戦争……って、とこだろ?
(そこまで言ってから首をごきりと回し、一拍置いてから、続ける)
けど、ンなふうにちまちま姑息にやって、その先に何がある? 自分の望みが叶って得られた勝利か?
オレはンなモンはいらねェ。勿論、聖杯に賭ける望みと等価になるのか、といえばそこまでのことではねェが……。
汚らしい我欲だからこそ、そのためにどれだけの邪道を歩むかわからねェからこそ。
手前ェ自身を偽ってもどうしようもねェだろ。少なくともオレはそのつもりだ、こないだ言ったようにな。
(だから言葉にする。勿論、それが暴かれたからとて、マスターを危険に晒すつもりなど毛頭ない、その自負も含めてのものだが)
間違ってもマスターを売るわけでも、「仲良くしましょ」ってワケでもねェ。一種の挑戦状さ。「それを知った上で打ち倒してみろ」って意味での、な。
(それぞれに背負うものがある。それを知ることはある意味、敵をふみにじった勝者に重荷が増えるということでもある)
(顔も知らない相手を殺すのと、長年親しんできた友人を殺すこと、良心が呵責を起こすのはどちらかといえば一目瞭然だろう)
(だが、知り、伝えることをランサーは恐れない。躊躇わない。それを背負い、背負わせるだけの覚悟があるからだ)
で? その元気なマスターどのは、一体ここで何してンだ。アイツ(シルキィ)にちょっかいでもかけにきたか? -- ランサー?
- ……迂闊だわ、迂闊すぎるわ……!(驚愕を隠せない様子でランサーを見て)
そうよ。相手のほんの些細な情報から、足元を崩されてしまうかもしれない
相手の事をより多く情報を得ながら、こちらの情報はなるべく広まらない様配慮する方が有利なのに……(頷く。そこまで貴方は分かっているのに……と更に驚いたように)
(ランサーの話に大人しく耳を傾ければ)……貴方も。苦労しているのね、あの幼いマスター相手なんてって思ったけれど……
姑息……ねぇ(それは自身に問いかけているかのようにも聞こえる呟き)
そうか、貴方のポリシーなのね……以前の甘いは訂正しましょう
清々しいのね(ラーメン屋の時点では、只の綺麗事だと思っていた。けれど、自身の事も隠さず伝えるのを厭わず、正面から向かってくる彼に 敬意を感じて)
……そうね。黙っているのも良いのだけれど……きっと。私が悔しくなるから私のお話しもしてあげるわ
邪道とか汚いと貴方は言うけれど……元々私の望みがそちら側なの、というより 目指している先がそれなのね
私は黒魔女の娘だし、物心ついた時から母の様になるって 思っていたの
人の感情を食い物にして、利益を得て。自分の嫉妬や執着すら原動として進んで呪術を生業としていく
私の母はそんな仕事をしていたから、幼い頃から他人の欲望を垣間見る機会も多かったわ……
表では無垢な顔をして、心の中は薄汚い連中も見て来たし
今回の聖杯も、いってしまえばそれの踏み台みたいなものなの……だから、私は自分が勝ち残る為なら厭わない
願い事なんて言葉に騙されているけれど、それらだって"欲"なのだから
(ほんの少しだけ喋ってから 暫くの間沈黙して)
アイリス・フィヨルド
マスターどのじゃなくって、アイリス・フィヨルドだから……覚えて頂戴。次は教えてあげないから
別に……あの子にちょっかいかけるつもりはないわ……とはいえ、あの子からすると迷惑なのかもしれないけど
(ポソポソと会話を続けながら 答えていく) -- アイリス
- まったくだ。わざわざ未来から来てやったサーヴァントとしては苦労が絶えねェよ。
だが、だからこそ……常套から外れ、前を向くあいつだからこそ、この戦いを勝ち抜けるかもしれない、オレはそう思ってるぜ。
(誇らしげに応える。姑息、というのは表現であり、その方法、手段自体を男は否定しない)
(ただ自分はそれを選ばないだけの話。マスターがどう在るにせよ、自分と同じ道を歩むだろう、そう考えたからこそこうして約束を守ったのだ)
(そして、「自分が悔やむから」という理由でぽつぽつと話し始めたアイリスに、にやりと笑う)
(それがランサーの行動原理だからだ。誰のためでもなく、己のためであるからこそ、己に恥じない道を歩むことが大事だと)
(少なかれ、それに対して理解を見せたことに笑みを浮かべた。無論それは、好敵手に足る存在への認識としてのものだが)
違いねェよ。誰も彼も、皮を一枚剥がせば我欲の塊だ。欲望がなきゃ、そいつは死ンでるのと変わりない。
けど、何かを求めるために誰かを踏みにじるのが人間の業だとすりゃア、そうしたくないって考えもまた同じ欲望だろ。
欲を持つこと、欲をかくこと自体は善でも悪でもねェさ。何を望み、何を為し、何を得るか、重要なのはそこだろうな。
(ゆえに男は願望を否定しない。対立するものならば、同等と認めて正面からぶつかるのみ)
(その「願い」という欲望さえも持たない相手、それだけがランサーの軽蔑するものだ)
(戦う理由を持とうとしないもの。曖昧模糊とした目的のままに闘うもの。そうした卑怯者を、男は何よりも嫌う)
(ゆえに。あの殺戮を繰り返すバーサーカーのマスターとして、アイリスのことをけして仲間や友人などと捉えるわけではないが)
(「敵」として、相争うに足るものだと、またひとつ認識を深めた)
(だが、沈黙の果てに紡がれた言葉には、さすがに面食らい、目を見開いた)
フィヨルド、だと……?
てこた、手前ェは……ヴィーラ、の?(養成校で、闘技場で相対した男の姿がよぎる)
(黒騎士。いや……まさか。疑念は湧き水のように出で、霞のように消えていった)
因果なモンだな……ま、アイツは手前ェを警戒してたからな。当然だろ、あンなサーヴァント引き連れてりゃ。
アイツはオレの目の前で虐殺をかましてくれやがった。許すこたできねェし、それを是とする考えにも同調はできねェ。だから、ぶつかる時は全力でいかせてもらうぜ。 -- ランサー?
- 未来からわざわざ来たの……?
そう……マスターの事を信頼しているのね(ふぅん、と相槌を打ちながら答える)
……何。笑っているのよ
(無愛想な、つっけんどんな返事をする。彼が何を思っているか全ては分からないけれど……きっと、彼の志に理解して自身の事を語り始めたことに少なくとも好感を感じとったまでは 感じとって)
私も、欲は言い変えると希望であり人の原動力であり成長の糧になるものだから捉え方次第なのはわかるのだけれど
(そう。七つの大罪も、言い変えてしまえば各々がそれぞれ人に必要なものなのだ)
(無欲を美徳とするところもあるが、決して、望まぬ事から展開した未来も無い)
(けど、何かを求めるために誰かを踏みにじるのが人間の業だとすりゃア、そうしたくないって考えもまた同じ欲望だろ)
(言葉が自分の中で木霊する)
(だって、今まで嫌という程人の欲望を目の当りにする機会があったのだから)
(中の良いふりをして誰かを貶めようとしたり)
(自分の望みを叶える為に、他者を厭わなかったり)
(復讐や嫉妬の為に、誰かの不幸を心から望んだり……)
(ランサーの言葉には「そう」とだけ小さく返しながら……何か 考え事をしている様なそんな様子だった)
ええ(名字を聞き返されれば、頷いて 苦い顔を向ける)
……やだ、パパの事知ってたの……(溜息。その顔は父親嫌いの思春期の娘そのもので)
森で戦闘してたのを何処かで見てたのがとても怖かったみたいね……
そう。(ランサーの言葉に短く返す)
私も……少しお喋りしたからと言って手加減しない
かかってきなさい、歓迎してあげる(バーサーカーは強い。それには自信もあるし信頼している。不敵な笑みを見せながら、くるりと森とは別方向に足を向けると去って行った) -- アイリス
- それでいいさ。手前ェらのことは、正面から叩き潰してみせるぜ。
(ぴっ、と指を突き立て、対戦を宣言する。敵が我欲によって動いている以上、それもまた欲望だ)
(その目に曇りはなく。また容赦もなく、されど憎しみはない、純粋に「倒す」という欲望だけがそこにある)
(そしてやがて、アイリスが去っていけば、森を振り返り)
……フィヨルド、か。
(黒髪の騎士の姿を回想し、次いでバーサーカーの狂乱たる有様を想起し)
………………まさか、な。
(再び湧いた疑念を振り払い、同じくその場をあとにしたのだった) -- ランサー?
- マスター同士の歪な晩餐の直後――深夜のスラム街……その路地裏
普段からあまり人気のある場所ではないが、それにしても静寂が過ぎる
そうまるで……忽然と他の世界に迷い込んでしまったかのような違和感が周囲を支配している --
- (なんとも奇妙な時間が終わった。だが、自らの主にとってはいい経験になっただろう)
(自分も同様だ。腹と心が満たされ……だからこそ、その違和感に気づいた。まるで己の過去の世界において、<月匣>に囚われた時のような)
(マルチナ/キリルを安全な場所に避難させた上で、一人でやってきた)……なンだ、このおぞましい気配は。 -- ランサー?
- 少しその違和感に足を踏み入れれば、直ぐに答えは返ってくる
辺りに漂う、濃厚な瘴気……それこそ、常人なら触れただけで倒れてしまいそうなほどの殺意の顕現
路地を1つ曲がれば、濃くなる血臭
さらに1つ曲がれば、濃くなる死臭
さらに1つ曲がれば……其処にそれらの根源は居た
無数に転がる屍の山。かつてスラムの住民だった肉の上に佇む黒い影
幾重にも傷が刻まれた、汚れたフルプレートを纏った漆黒の騎士が、其処にいた --
- (嫌な表現をすれば、「慣れ親しんだ」空気だった)
(大気の隅々まで染み渡った殺意。視覚化さえされていそうな濃密な死臭)
(五感の全てが致命的な事態を告げている。それゆえ、足取りは急ぐことなく、諦観にも似て一歩一歩踏みしめられていく)
…………。
(そして、いた。いや、「在った」と見るべきだろう。それは人の形をしているが、人ではない)
(ましてや英霊などでは、ない。そこに在るのは現象、具現化され、それを実行する暴力そのものだ)
……バーサーカー……!!
(シルキィの怯えの元凶。狂戦士。善悪の咎を超えた、全ての生命にとっての敵対者、人類の敵(パブリック・エネミー)
手前ェ……ッ!!!(しぼり出すような声。一瞥した顔があった。生前の二ヶ月の間に慣れ親しんだ者の亡骸があった)
(それらがすべてバラバラにされ、混ざり合い、「屍」という一つの意味なき物質に変じていた)
野郎ォッ!!(怒りではない。「ヤツを屠らなければならない」という、決断的なまでの意志。それに応じ、コート姿から蒼の鎧へと変じ、手には長槍)
(2m近い巨体の全力を以て、地を砕きながら跳躍。うず高く積み上がった屍(かばね)の城の王者を串刺しにしようと)
おおォッ!!(脳・脊髄・心臓・腰骨を同時に破壊せしめる、致死的な刺突を頭上から繰り出す!) -- ランサー?
- (ランサーが咆哮し、大地を蹴れば、ふらりとバーサーカーが身体を揺らし、右手にもった魔剣を振るう。完全に間合いの外での動作。一見無意味な空振り……しかし、遠近法で僅かばかり小さく見えるその剣の切っ先がランサーの槍の穂先に僅かに触れた次の刹那)
(まるでジャイアントの拳を横殴りうけたかのような衝撃が穂先に伝わり、槍ごとランサーの巨体を弾き飛ばそうとする)
(宛ら騙し絵のような不可思議な打撃、否――斬撃) -- バーサーカー
- (遠近無視! 対手がバーサーカーを認識している限り、その視界そのものが狂戦士の間合いだ)
くっ!?(横殴りの衝撃。空中に踊っていた300ポンド近い肉体が地面と平行に吹き飛ばされ、壁に激突!)
(轟音とともに壁がひび割れ砕け、瓦礫と粉塵が舞う。だが気配は死んでいない、重畳の耐久力が致命傷を耐え切ったのだ)
(そして殺気。だが煙の奥から繰り出されたのは刺突ではなく、振り下ろし)
(人一人の腰ほどはありそうな太さの巨大な斧が、バーサーカーの頭上からその兜を断ち割ろうと顎を閉じる!) -- ランサー?
- (大地ごと粉砕するかのような振り下ろしに対し、如何とするか。避ける? 受ける? 否。どちらも否。何故ならその身は狂戦士。なら出来る事はたった一つ)
(攻撃。只管に攻撃あるのみ。ただ突き進み、全てを叩き伏せる)
(一歩前に踏み込み、逆袈裟の切り上げで迎撃する。通常ならば長柄武器に対して剣での迎撃など自殺行為。そのまま押し負け、捻り潰されるのみ)
(そう、通常ならば)
(バーサーカーの魔剣が唸る。怨嗟の呻きにも似た振動音と共に瘴気を噴出し、凄まじい剣圧を伴ってそれは放たれる)
(瘴気を伴った超振動の刀身が、空ごと戦斧を斬りとばさんと迫る) -- バーサーカー
- (「ギギギギギギン!!」 剣戟は一度、されど轟音は百度。それは刀身そのものが幼子のように泣き叫んでいる証)
(サーヴァントの得物たる戦斧をもってなお、その威力は破壊的。己の全存在を攻性とした暴力である)
(「ビシビシビシ!」亀裂が走り、枝分かれしたそれらは模様に変わり、やがて千々に乱れる破片へと変わっていく)
(だがそれは想定内。ひび割れた斧の「内部」から、"ぼう"という青い輝き。同時に、粉塵が竜巻に煽られたように吹き飛ぶ。全身を朱に染め、なおも戦意に高ぶる戦士が、口訣を唱えた)
《浄火の……蒼炎(セルーリアン・フレイムズ)》!!
(それは人外の存在を灼きつくす炎。善悪を超えたもう一つの暴力。神も魔も等しく塵へと変える天壌の業火)
(砕け散る斧のうちから生み出されたその輝きは、柄を伝いランサー自身の両手にも燃え移る。だが、宝具の発動をやめはしない!) -- ランサー?
- (砕け散った戦斧。その内より出でた蒼炎はバーサーカーの身体を焼き尽くし、漆黒の瘴気と稲妻を纏ったその黒鎧を一瞬で蒼に染め上げる)
(人外、それも裡外の存在であるサーヴァントならばこの宝具の攻撃は正に致命的。無事で居られようはずもない)
(しかし、その身は狂戦士)
(聖杯に魂を召し上げられたただの戦闘機械)
(機械ならば、例えその身が無限の辛苦に染め上げられようと。無尽の激痛に晒されようとも)
(歩みをとめることはない)
(バーサーカーは立ち止らない。一歩一歩と間合いをつめて、近寄ってくる。見れば、瘴気と漆黒の稲妻を蒼炎の更に上に纏い、気にも止めずに間合いをつめてくる)
(戦場にいるならば関係ない。その場が瘴気と死に満たされた修羅の庭である限り、永い後日談の黒騎士の歩みは止まらない)
(炎に焼かれる傍から瘴気と死によりその身を再構築し続け、左手を振るえば)
(無詠唱で生み出された漆黒の稲妻がランサーへと迫る。3方向から迫るそれは、宛ら3頭の雷竜) -- バーサーカー
- (敵は人でなしですらない。疫病、山火事、あるいは戦争という概念そのもの。そういった手合いだ)
(蒼炎はそんな概念たる邪悪を逃しはしない。炎が蜷局を巻いて食らいつき、黒鎧を燃やす)
(想像を絶する苦痛だろう。存在していることさえが難関辛苦であるはずだ)
(だが、相手は狂戦士。狂い、闘う士そのもの。強者、否、"狂"者に痛みなど、辛苦など水面に石を投げるが如し)
やっぱり止まらねェか……!!(化物め、と。常人ならば口にしたことだろう。事実、狂戦士はそういう手合いだ)
(だが違う。化物には意志がある。存在理由がある。「これ」にそんな瑣末なものはない。ただ闘うために戦う、「モノ」ですらない唾棄すべき何かだ)
(漆黒の雷龍。この近接状態でそれを避けるすべはない。三条の雷が青い体を侵し、絶無の牙が肉を喰む!)
が、は……ッ!!
(だが、敵がただ闘う存在だとすれば。永劫の輪廻を超え、なお己を保ち続けた男もまた、己を以て前に進み続ける一個の意志である。一つの生命として、限りなく極限化された戦士)
(男が槍兵たる所以は器物にありや? 否である。その「刺し貫き突き進む意志」こそ、ランサーたる位階を背負った証左!)
ぐ……ッ、オオオオオッ!!
(雷を纏い、目から口から血を垂れ流しなお。一歩踏み出す。右手をかざす。再び虚空より得物が出現、次なるものは槍に非ずんば、されど刺突の器物―――長柄のグレイヴ)
おおおおォッ!!(超絶の意志力によって、全身の肉と骨と細胞と神経とを灼く黒雷の中、蒼銀の刃を黒鎧めがけて突き出し)
(さらに一歩踏み込む。たとえ鎧に刃が阻まれようと、剣で迎撃されようと、歩みだけは然と踏みしめる)
(長柄には不利とさえいえる間合いに、なおも踏み込んでいく) -- ランサー?
- (踏み込んでくる。屹然と。毅然と。泰然と。蒼炎の担い手は堂々と踏み込んでくる)
(対し、黒雷の担い手もまた、踏み込む。無感情に。無感動に。無遠慮に)
(相手が意志で持って挑んで繰るのならば、この狂戦士はまるで間逆。無我で持って蹂躙する)
(其処には一片の慈悲も躊躇もない)
(無論、それは相手を慮ってのことではない。そう、無論それは――)
(自らの負傷など欠片も省みないということ)
(左手が、伸びる)
(グレイブで踏み込んでくるランサーに対して何気なく左手を伸ばす。間合いが近い。ならば剣よりは徒手が有効。その程度の理由といわんがばかりに伸ばした左手)
(その左手はまるでグレイブなど無視して、まるでランサーの攻撃など無視して……その左手は空を切り)
(瘴気と稲妻、そして蒼炎を伴ってランサーの左胸、心臓へと迫る) -- バーサーカー
- (無私と自我。機械と人間。蒼炎と黒雷。貫き進むものと、阻み蹂躙するもの)
(すべてが対称的。同じサーヴァントでありながら、存在そのものが真逆の両者は、されど敵に向かう点では同一)
(「ギィン!!」 直刃のグレイヴが黒鎧に突き刺さる。瘴気が血のように吹き出し、だがそのダメージなど相手は意に介さない)
(なぜなら意というものがない。そして、振るわれた左手には、そう、「何もなかった」)
な……ッ!?(ゆえに接近を許した。空白の左が己の左胸に伸び、そして)
……が、は。
(抉りこまれた。胸部の鎧を容易に、そう、そんなものなど「関係ない」ように入り込んだ左手が、心臓を、掴んだ)
(どくん、どくん。サーヴァントであれ、それは生命の源。バーサーカーの手の内で、心臓が脈動する) -- ランサー?
- (黒騎士の身体から血が流れる。嘘のように真っ赤な血が。血が流れるということが最早冗談にしか思えないほどに活き活きとした鮮血が)
(瘴気によって無限に自己修復を続けるとはいえ、異物が混ざった状態でそんなことができるわけも無い。回復は一時的にとまり、蒼炎にその身を焼かれ続けて尚、それでも尚……)
(黒騎士は止まらない。止まることなど最初から知らぬといわんがばかりにまた一歩踏み出し、)
(左手を、その手中にある命の源泉をしっかと握り締め……)
(一息で引き抜く) -- バーサーカー
- ――――がッ
(致命は一瞬。「ぶぢぶぢぶぢ」という肉質的な音を立て、一撃によって心の臓腑は引きぬかれた)
(冗談のような鮮血が、嘘のような噴血で以て塗り替えられる。胸部に空いた穴から、咲き誇る薔薇のような流血)
(ランサーがよろけた。全身から力が抜け、そのまま消滅していく……)
(筈、である)
(だが男の姿は消えはしない。膝もつかない。殺戮のための機械が、寸分の慈悲もなく止まらないように)
(男もまた止まらない。ぎらり、という眼光が狂戦士を睨んだ!)
やれやれ、一度に二個も宝具を使うことになるたァ、な……!!
(左胸の穴を、右手で押さえる。血にまみれたその手が青い炎で燃え上がり、義肢を隠す黒い手袋と袖口が消失した)
(青銀の義肢に、浮かび上がるは麒麟菊の文様。それは青い炎と同様に、光る。何かと同調するように)
(其れが共鳴するは世界そのもの。「どくん」と脈打つように、華は輝き、その光の線は全身へ通じ、各部の義肢へと消え、そしてまた反響するように体へ戻る)
(流血が止まり。胸部の穴へと光が集中……まるで、心臓の代わりになるように、その光が瞬いた!)
手前ェの力を借りるぜ、竜二! オレに従え、ドラゴンハートッ!!
(義肢の脈動がなおも強まる。激しい緊張によって心臓の鼓動が増すように。勁き意志に呼応し、輝く!)
(そしてその体現たる存在。その名を唱える、真名開放!)
《媒介たる幻燈の箒(ヴィジョナリー・ブルーム)》 !!
(全身を光の文様が覆う。その名はメディウム、異世界ファー・ジ・アースにおいて、世界へ介入し力を引き出す「同調者」と世界を繋ぐ媒介物)
(かつて。ランサーが「騎西火天」であった頃、唯一無二の友が持っていたその力。麒麟菊の顕現、龍の戦士たるメディウム、ドラゴンハート)
(その力を己へ降ろし、意志力を以て活動を可能にする。それが《媒介たる幻燈の箒》の力)
(ランサーの意志が折れぬ限り、世界と同調した命もまた潰えない。真名開放により宝具としての力を生み出した義肢にその輝きを集め、左の掌で正拳一閃、その軌跡は槍のごとく!) -- ランサー?
- (轟音。人の形をしたものを殴ったとは思えないような爆音が響き、バーサーカーの体躯が弾き飛ばされ、廃屋の壁を突き抜け、更にその先で止まる)
(全身殴打。宝具による火炎攻撃。さらには脇腹への甚大な損傷。満身創痍という他無い)
(普通のサーヴァントならここで引き下がる。今夜は幕。それで終わり。そのはずだが)
(バーサーカーにそんな理合が通じるわけも無い)
(立ち上がり、左手に握った心臓を握り潰して血を浴びれば……その血を、サーヴァントの血肉を魔力と化して再供給し、肉体を再構築していく)
(それでもまだ肉体を十全に動かすには時が足りないが……バーサーカーは動き出す)
(みれば纏った稲妻が先ほどよりも激しく迸っている。恐らく、十二分に動かない筋組織に直接電流を流すことで無理矢理動かしているのだろう)
(無我の黒騎士がその先、どう判断したのかはしらない)
(否、判断などない。意志が無いのだ。あるわけがない。故に、黒騎士は判断したのではない)
(自動的にそうしたのだ。そうするべき相手であると自動的に処理して、そうしたのだ)
(そして、その処理に従い、両手で魔剣を握り締めれば)
(魔剣に稲妻と瘴気が迸り、さらにはランサーの放った蒼炎まで纏って刀身が肥大化していく)
(ロングソードほどの大きさの魔剣は気付けばグレートソードほどの大きさにまでなり、闇雷と蒼炎を撒き散らして黒騎士の手に納まる)
(一目でわかるほどに異様なその剣……それを黒騎士が構え、水平に振りきれば)
(あたり一面に狂気が広がる)
(それは最早斬撃などではない)
(最早、災厄。嵐そのもの)
(瘴気の嵐は雷炎となりて周囲を焼き尽くし、黒と蒼の軌跡を残して全てを蹂躙していく)
(家があった。道があった。だがもう何もない。あるのは瓦礫と死体だけ。それらもすぐに瘴気と蒼黒い焔の稲妻に焼かれ、灰燼に帰していく)
(全てが巻き込まれ、全てが薙ぎ払われる)
(そう、遠近感などまるで無視して、ランサーの眼前に広がる全てが、一瞬で) -- バーサーカー
- (メディウムは意志の顕現だ。つながれた世界という概念から汲み取る力はまさしく無限)
(ゆえに、サーヴァントの意志力、そのものがメディウムの出力につながる)
(渾身の怒りを以て放たれた一撃はバーサーカーを流星のごとく吹き飛ばした。だが、それでもなお足りない)
(マスターの体を厭う懸念、それがわずかな間隙を生んだのだ。背負う戦いは、それゆえに弱さを生むこともある)
……オレの炎を、食ってやがる……!!
(身構える。虚空から新たなハルバードを引きずり出し、雷炎の一撃に、備えた)
(最大最強、機械的であるがゆえに後先を省みぬ一撃。それをまともに食らえば、マスターを守る必要のある自分では確実に……勝てない)
……うおおおおおおおォオオオッ!!
(だが。それでもなお前に踏み込み、貫くのがランサーたる証! 宝具の力を全身にみなぎらせ、意志力そのものたる力をハルバードに集中し、対になるように戦斧を振るった!)
(そして、全てが消えた)
(黒の雷炎と蒼の炎光がぶつかり合い、すさまじい衝撃となって放たれ)
(物も、屍も、家屋も、何もかも。まるで爆心地のような凄惨たる有様)
……ぐ……。
(瓦礫の中から、輝きを喪った男が現れる。左胸は、大量の魔力の消耗と引き換えに治癒していた)
(バーサーカーは? いない。瓦礫に埋もれた自分を見失い姿を消したか、それともマスターの生命状態を鑑みて判断したか)
(いずれにしても倒せたはずはない。むしろあの力のぶつかりあいは、予想通り自分が完全に競り負けていた)
げっほ、ぐ……たく、シンドいな、ホントによ。
(全身に受けた衝撃で、生身の部分の骨があらかた砕けたのを感じる。治癒には時間が掛かるだろう)
……あれがバーサーカーか、ハンパねェな。さて、マルチナを迎えにいかねェと……。
(よろけてその場をあとにする間際、青い炎を灯した葉巻を瓦礫の山へと投げ捨てた)
(埋もれた屍たちを弔うように、青い炎が燃え上がり、邪気も魂も、すべて灼き尽くしていく)
……クソッタレめ。
(毒づくように吐き捨て、よろよろとその場を後にする槍兵だった) -- ランサー?