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――暦XXXX年10月末日 ラリィ記す。 人生とは分からないものだ。 まさかアタシがこの街を離れることになるだなんて、ほんの一年前は思いもしなかった。 『ゲート』という名で出会った、アタシの知らない薬。 それを運んできたコッローディと名乗る人物。 それらがこんなにも、アタシの人生を変えてしまうだなんて。 今アタシはあらためて、アタシの人生のはじまりの場所に来ている。 がらりとした、誰もいない廃墟。アタシの生まれた家。薬物中毒の貧しい夫婦が住んでいた、貧民街のアパルトメント。 赤茶けた壁に残る、少女の残した落書き――手をつないだ家族。 それは二人の吸っていた合成麻薬の副流煙に晒されて見た、手にすることのないはずの夢。そのはずだったまぼろし。 二人は薬欲しさに自分を売った。数日もしないうちに煙と消えたであろう額。かつての自分の相場は、今の家族に拾われてから知った。 アタシにとって薬とは何なのだろう? 自分の両親を殺したもの。自分を娼館に売らせたもの。娼館で狂うほど打たれたもの。 助けられたあとも禁断症状にのたうちまわって、それでも嫌うことができずにいたのは、脳みそのどこかが溶けてしまっていたからだろうか? だが、その執着が結局――家族のなかでの自分となった。 それはアタシに家族と知識と立場を与え、誰かが見た夢にほんとうの名を取り戻させ、今また自分に新しい家族を与えようとしている。 いつか子どもは家を出て、自分の家族をもつものだ。 「さよなら、小さなアタシ」 あどけなくクレヨンで描かれた、消えかけの家族の姿にそっと花を添えること。 それが、アタシがこの街でした最後のこと。 さあ、飛行機の時間が迫っている。 大事なパートナーと、姉のような個人秘書とを待たせてしまっている。 新しい人生を始めよう。 ――新しい薬を作りに行こう。 誰もに、破滅の伴わない幸福を。 暖かな家族が持てるよろこびを。 アタシが願うのは、たったそれだけ。
「懐かしい。こんなものが出てくるなんて、よく見つけたね?」 もみじのような両手で、甘やかな香りがする胸に抱えられた一冊の日記。 すっかり埃のかぶったそれを受け取り、柔らかな陽の光の下で広げる。 甘えつく少女のブルネットの髪を優しく撫でて語りだす。 大切な家族と過ごした、懐かしい日々の思い出を。 ――Fin.
ラリィ>MF/0026
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