おれの記憶の最初は森の中だった。
森の中の開けた場所で、半分から少し丸くなったくらいの月が、おれがおれを「おれ」であると認識した瞬間に見ていたものだった。
なんでそんなところで月なんか見ていたのか。いつから、どこから、ここまで来たのか。さっぱりわからなかったが、とにかく、どうやらおれはぼんやりしていたようだ。
月から視線を外すと、ひどく腹が減っていた。何か食えるものを探そうと思ったが、何が食えるものかわからなかった。
腹が減りすぎて力の入らない体を引きずりつつ歩いていると、うまそうな匂いがした。
我ながら何をもって「うまそう」「まずそう」と判断したのかはわからないが、頭の何処かが「食べられるものの匂い」と判断したのだろう。
おれは走った。ついさっきまでふらふらだった足取りは力強くなり、口の中に唾液が溢れた。
鼻が嗅ぎつけた匂いの元には、何かの動物がいた。
今でもなんの動物だったかは思い出せないが、動いてたし鳴いてたし、動物だと思う。魔物かも、へたすると人間かも知れない。
なんでもよかった。おれはなにかの生き物に飛びかかると、噛みつき、引き裂き、血を飲み、骨を齧り、肉を喰った。
味なんてわからなかった。ただ、喉を熱い血肉が通り過ぎるたび、身体は喜びに震え、胃袋に重みを感じるたび、おれの脳に快感が走った。
食事が済むと、頭にかかっていたもやが晴れ、視界が開けたような感覚を覚えた。とても清々しい気分だった。
いい気分のまま眠るのによさそうな場所を探したが、森の土はどこも湿っていたし、落ち葉や枯れ草の類も見当たらなかった。
どうやらおれが意識を取り戻すまでの間に雨が降っていたらしい。そういえば身体はびしょびしょだし、妙に肌寒い。そんなことにも気づかないほど飢えていたようだ。
面倒になったので、その日はあまり濡れていない木の根元にうずくまって寝た。
おれが誰でここがどこかはわからなかいままだし、ひどく寒かったが、その瞬間のおれは、幸せだった。
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